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ベイラー・ナイアーホテプ


 それは、味方と判断するには外見が奇妙だった。ベイラーの特徴である関節のサイクル。琥珀色のコックピット。バイザー状の顔。それらは確かに存在している。両手両足があり、大きさも、他のベイラーとなんら変わりない。違うのは、その体表と、両腕ちょうど肘から手首にかけての部分から生えている、うごめく触手。


「ナイア」

《はいはい》


 オージェンが、ナイアに乗り込んでいく。コックピット内部もまた、ベイラーと同じ。違うのは、その体表。水面に垂れた一滴の波紋のように模様が広がっている。ともすれば、灰色で縞模様にも見えた。だが、その模様は逐一動いている。


「ナイア、なの? 」

《やぁ。こうして言葉を交わすのは、初めてかな》


 カリンは、現れたそのベイラーに問う。その声は、男性にも女性にも聞こえる。ハスキーで中性的な声をしている。


《ナイアーホテプという名前だ》

「そ、そうなのね」

《さて、このままおしゃべりをしたいが、邪魔だなぁ》


 相対するのは、ベイラーと同じ大きさをした、ティンダロスの猟犬。カリンによって首に大穴が空いているが、それでも活動している。周りには、相対的に小型となった猟犬が跋扈している。


「気を付けて! あいつは猟犬を生み出してくるわ! 」

《なるほど……契約者、聞こえているね》

「ああ。聞こえている」

《両腕の()()は伸ばせる。とりあえず、あの小さいのは黙らせよう》

「これをか? 」


 だらん、と垂れさがった触手。コレをつかえとナイアは言った。すでに操縦桿を握っているのに、ろくな共有がなされていない。視界さえ、コクピット越しのもので、まったく信用ならない。


「(だが使えというのであれば)」


 ベイラーに取った時の同じように、操縦桿を通して、腕を横に薙ぎ払った。その瞬間、映えていた触手が伸び、猟犬を絡めとる。数十匹いたはずの猟犬が、ナイアの触手一本で締め上げられていく。


《契約者が名を与えた。まぁだいぶ不満のある名ではあるが、それでも、この程度は簡単にできるほどに、ナイアーホテプはここに成ったのだ》


 締め上げ、猟犬がグチャグチャにつぶれていく。肉がつぶれた音とは別に、石が砕けたような、硬質の破砕音が混ざる。


「……今のは」

()()()()()()()()()()()


 まだ、ナイアは、腕一本しか使っていない。その上で、この破壊力。両腕を使えばどうなるか。


《まぁ、他にもできる事はある》

「サイクルを回して武器も作れるか」

《作れるが、それよりいい物がある。本を見給えよ。前より読めるはずだ》

「何? 本を」


 手の甲からはがれた豆本。それこそナイアが、オージェンを契約者と呼ぶ理由の物体。文字は書かれているが、ナイアを称える文章以外は、今まで読む事はできなかった。


 だが、今は、他の一節が、読める。


「……これは」

《おぉおと! まだ言わなくていいサ! ソレを試すのは後にしよう。それより》


 いまだ、大型の猟犬がこちらを見てる。 


「あのデカイ奴を、やるぞ」

《いいともサ! 》

「(二人とも、テンションが高い)」


 カリンの独り言をよそに、ナイアーホテプは両腕についた触手を伸ばし、猟犬を捕まえようとする。だが猟犬は、いままで見た事もないような俊敏さを発揮し、その触手の一撃を回避する。そして、牙のある口で、明確にこちらを威嚇してきた。これも同じように、今までにない行動である。


「(ティンダロスの猟犬は、単なる人を襲う為の、マイノグーラの手駒かなにかだとおもっていたが)」


 戦いに集中しつつ、今までの分析から、猟犬の特性と生態、そして、なぜマイノグーラが猟犬を使っているのかに思考を回す。


「(猟犬は、まるでこの地形、この状況に対応する為に変化し続けているように見える。このまま奴を殺すのが、本当に正しいのか? 何か変化の条件でもあるのか? )」

《ほう。アレを契約者は変化とみるのか》

「何? 」

《ナイアーホテプには別の物に見える》

「どういう意味だ? それともまたただの戯言か? 」

《アレは、進化だ》

「進化? 」

《単語の意味を知らなくてもいい。つまるところ、前の個体で起きていた課題を解決した個体、ということだ》

「……ふむ」


 進化。この星では、まだ生物にその事を当てはめる人物は生まれ出ていない。もっともナイアのいう進化も、説明として用いただけで、正確な意味ではない。一番大事な事は、猟犬は、弱点となる部分を、克服する術を持っているという点。


「おい待て。進化が何かが分からないが、それが続けば、やつらは水すら効かないのか!? 」

《だろうねぇ。だが、進化ってやつは厄介だ。一つの事に対応すれば、一つの別の問題が出るものサ》

「別の、問題? 」

《それが、アレだろうサ》

「……なにか、動きが、鈍いように思えるが」


 気が付くと、ナイアが攻撃を止めている。そして、敵の、大型の猟犬はというと、あれほど素早く動き回っていた体が、目で追える程度には、速度が落ちている。


《……アレは、なんでだろうねぇ? 》

「……」


 この問いかけを、オージェンは苛立ちながらも聞く。コレは、ナイアからの、謎かけ遊び。経験上、この遊びを拒否した場合、へそを曲げる。そしてへそを曲げたが最後、こちらの助力の一切をしなくなる。気性とも、性分とも違う。こういう存在であると、オージェンは納得させている。ナイアが最も度し難いのは、この気性が、いついかなる状況でも発揮される事にある。


「(この猟犬を倒さねば、私たちがやられるというに)」


 オージェンが死にそうな時。または、彼の周りで、命が掛かっている時。はたまた、買い物をしている時。甘い茶菓子を口にしている時。ナイアにとって、乗り手の状況については、問いを投げる事に対して考慮されない。


「(遅くなった? 何故だ)」


 水を克服した。それ故に、なにか別の問題が起きているとナイアは言った。それが何か。


「体をデカくしたのは、単純に強度を上げる為、なのか」


 体が大きくなれば、その分耐性も大きくなる。そして、その大きさに見合う分の強さを手に入れる事ができる。実現できるかはさておきとして、非常にシンプルな考えではある。


 なぜ、実現できないのか。


「……デカイ飼い犬には、それ相応の、餌がいる……まさかあいつ」


 そうして、ある種の答えに息つく。


「疲れたのか、のか? 」

《まぁー及第点サね》

「そんな事、あるのか? 」


 あっけない答えだった。しかし、その答えに息ついた事、そのものに、ナイアは賞賛をしている。


《いままで、人を喰う機能しかもってなかったから、燃料なんて要らなかったのだろうネ。それをまぁ、人が反抗するからって、無理したのだろうサ》

「燃料」

《燃料が必要なほど、奴らは機能を発達させた。それは脅威たりえるが、弱点を自ら作り出してしまったともいえる》

「……なら、大型の猟犬を砕くには、まずはもっと疲れさせる」

《そういう事サ。ふりまわすぞ、契約者! 》


 意図的に消耗させる為に、ナイアはその触手を振り回す、長さは、槍の間合いといったところで、見た目よりは長くない。だが、両手にあることで、その範囲も二倍。喜色悪くうごめく触手を、猟犬は難なく跳躍し、回避している。確かに回避しているが、動きに精細がなくなっている。


「そのまま続けろ! 」


 蠢く触手が、猟犬を捉えるべく動き回る。そしてついに、猟犬が回避しきれず、着地を失敗し、足を挫いた。胴体が石畳にしたたかに打ち付けると共に、ボキボキと何本かの骨が折れる音がする。


「ナイア! 捕まえろ! 」

《捕まえた後は? 》

「なんでもいい! たたきつけろ! 」

《いいともサ》


 ナイアは、猟犬を掴むと、一度、石畳に叩きつけた。


《こうか。こうかな。こうかも! 》


 何度も、何度も、何度も、石畳に猟犬と叩きつける。骨は折れ、肉は弾け、血は噴き出す。すでに猟犬の原型はそこに留まっておらず、ついには、掴んでいた足が砕け、ずるりと落ちた。


 原型は無い。だが、それでも未だ、うようよと動いている。オージェンはこの生物に対して、嫌悪感を拭う事が出来なかった。


《おうおうおう。よく動く》

「ここまでして、なお動くのか」

《正規の手段を使わないから壊れないだけだ》

「……さっきの、小型の猟犬は死んだ」

《それほどコッチは頑丈だという事だ。さ、海に捨ててしまおうか》


 にゅるにゅると、蠢く触手が猟犬をからみ取みとろうとしたその時。


「ナイア! 後退しろ! 」

《おや? 》


 一歩、ナイアが後ろに下がる。その瞬間、目の前を、黒い塊が通り過ぎた。やがて、視界に収まったその塊は、目の前でぐちゃぐちゃになった猟犬と、同じ大きさをしている。


「まだ居たのか!? 」

《……あー。そういうことか》

「なんだ? 」

《ナイアは、個体といった。それは、この、目の前で潰した個体を、特殊な事例として処理したのだが、どうやら、進化は、もっと先に言っていたらしい》

「何が、言いたい? 」

《一個体が、局地的に進化したのではない。すでにいくつかの猟犬が、あの姿に、到達している》

「いくつかの、猟犬が……!? 」


 振り返ると、そこには、ナイアを襲った、二匹目の巨大な猟犬。


《図体がでかいのは、もはや特別でもなんでもない、という事サ。そしたら、大きさ以外にも、もう別の進化をし始めているかもしれない》

「別の進化? どんな風に」

《そこまでは分からない。そうだな。翼でも生えるかもしれないサ》

「冗談じゃない」


 地上の行き場さえ少ないこの地で、制空権すら奪われれば、人々に未来は無い。


「二匹目も片付けるぞ! 」

《いいともサ》


 二匹目の大型猟犬が、その大口を開ける。その口から、ドバドバと血液が吐き出され、地面は血の池と変わる。そして、血の池からは、小型の猟犬が現れる。増殖というよりも、大型の猟犬の内部に、小型の猟犬が格納されているようだった。


「だがそんなもので! 」


 しかし、小型の猟犬では、すでにナイアにとっては相手にならない。二本の触手を薙ぎ払うと、猟犬は成す術なく押しつぶされ、そのままぐしゃりと音と立ててつぶれていった。ナイアの言う通り、核も潰しているのか、そのまま再生もしてこない。まさに、圧倒的な力と言えた。


「(このまま行ける)」

《……あ、マズイな》


 オージェンが勝機を見出している中、ナイアは声色を変えた。それは、何か自身のミスを見つけたしまった時の物。


「何がマズイ」

《ついに()()見つかった。存外早かったな》

「オージェン! オージェン! コラ! 返事しろ、オージェン! 」

「ひ、姫様? いや、今は皇后さまか」

「見えないのですか! 空が! 」

「空? そんな物」


 空。龍が閉ざしているのであれば、そんな物は見えるはずも無い。だからこそ、人はたいまつを焚き続けて明りを確保している。カリンが『空』と言ったのは、単に、頭上を指しているに他ならない。


 そして、オージェンは頭上を見上げる。そこには、やはり空などなく、代わりに龍の肌だけが見える。とぐろを巻いており、その奥は暗く何も見えない。


 その、名にも見えない暗闇の中から、地表にまで届く、ゴロゴロとした音。その音は、彼らにとってもなじみ深い音をしている。


「……雷? 」


 空から降り注ぐ天の光。その嘶きが、頭上でずっと鳴り響いている。そして、よく見れば、龍の体表に、うっすらと光が何度も走っている。カリンの目には、この光がずっと見えていた。


 ゴロゴロ、バチバチと、徐々に音は大きくなり、やがて、鼓膜が破れんばかりの轟音が空を包んだ。避難船にいる人々でさえ、耳を塞いでうずくまり、音が終わるのを身を竦めながら待っている。


 オージェンには、この音の発生源と、そして、その後に起こる事を予想し、そして、叫んだ。 


「姫様! さが――」


 そして、音よりも早くソレは来た。一条の、黄金の雷が、この場に顕現する。



「――痛ぁ」


 体が吹き飛ばされ、カリンは地面を無様に転がる。幸い受け身が取れた為、怪我はない。ただ、その音の大きさと衝撃で、この場で何が起こったのかを察するのに時間が掛かる。


「今の、龍の雷? 」


 黄金の雷。それは龍が使う力。その力が、何故か今になって使用された。


「使えるなら最初から使えばいいじゃない! 」


 状況を理解して立ち上がると、思わず、誰に聞かせるでもない愚痴を叫ぶ。そもそも、龍がこの地を閉ざしたのは、ティンダロスを他の場所に行かせない為であった。人は、その犠牲になったのだと。


「でも本当にどうして? 」 


 それは今更になって、まるで人間を手助けするような行動に思えた。


「いや、きっと違う。悔しいけれど」


 龍は全て、この星の為に動いていた。ブレイダーは、龍は人を好いていると話していた。その上で、この地を閉じ込めたのは、この地以外の人を守る為でもあったのだろうと、納得はできないが、理解する事はできるようなった。そして、龍が戦うのは、ティンダロスと、その猟犬や、結晶の魔女マイノグーラを倒す為。であるならばとカリンは考える。この星の敵対者と戦うのが、龍の仕事。それ故の、星の守護者。その星の守護者が、牙を剥いた。つまり、新たな敵が、現れたと言う事。


「ティンダロスの猟犬が? でもいままでそんな事は」


 思考を巡らせている間に、舞い上がった瓦礫が晴れていく。そこには、衝撃で吹き飛ばされたものの、未だ健在の、あの大型猟犬が居る。そして。


「ナイア! 無事だったの……ね……? 」


 ナイアーホテプ。そう名付けられ、そう名乗るようになったベイラーの左腕が、無残に焼け焦げている。それはつまり、先ほどの雷は、猟犬を狙ったものでなく、ナイアを狙っていたという事。


 そして、龍が狙うのは、星の敵対者。


《すこし派手に暴れすぎた。目を付けられてしまったネ》

「再生は!? 」

《あ゛・ア゛・a゛・唖゛! すぐにはできない! そしてやはり、この姿でいられるのには、時間の限りがあるようだ》

「何をいけしゃぁしゃぁと! 」

《仕方ないサ。それよりも》

「それよりも? 」

()()()()


 まだ左腕があるとはいえ、戦力は大きく下がった。これにより大型の猟犬と戦うのは困難となる。だがそれよりも、頭上にはまだ、雷の轟きが収まっていない。


 それは、第二射が来るのを示唆している。一射がナイアーホテプの腕だけを砕いたのは、ソレが試射だったに過ぎない。二射目は、確実に本体を射抜くべく、より早く、正確に、そして強大な雷が来ることは必定。


「さっさとやれ! 」

《そうは言うがネ》


 右腕の触手を振るう。しかし、大型の猟犬を捕まえるのがやっとで、叩きつけるまでいかない。それをするにしても時間が足らない。


「あの雷を避けられないのか!? 」

《避けられるようなものじゃない。打ち砕かないと》

「雷を、打ち砕く? 」

《ここには、ソレができる者がいる》

「馬鹿な、そんな事ができるはずが」

《いるサ。大地を切り裂く剣士がそこに》


 ナイアーホテプが一瞥する。その先には、神妙な顔つきで、じっと睨んでいるカリンが居る。ナイアの言葉は、意図してなのか、それとも偶然か、同じ言葉を、親愛なる義兄から聞いている。


「……私の、事?」

《この星にとって天と地は等しい。大地を砕く剣士は天も斬り裂ける》

「……」

《今度の雷を砕いてくれれば、ナイアは奴を確実に仕留めると約束しよう》

「おい。そんな物あるならなぜ最初から使わなかった……まさか」

《そう、さっきの、読めるようになった一文サ》


 豆本に記載された、読めるようになった一節。それこそが、ナイアの新たな力のトリガー。

 

「なぜ最初から使わなかった? 」

《使えば、もっと前に雷が落ちていたサ》


 目の前にいるのは、星の敵対者。あのマイノグーラと同じだと、龍は伝えているようにしか思えなかった。だが、ナイアーホテプは、そのマイノグーラの眷属である猟犬と、戦っている。


 カリンにとって、それは敵の敵となる。敵の敵は味方とは、誰の言葉だったか。


「猟犬を倒すには、仕方ないわね」

「姫様!? 」

「ナイア! 私を貴方の肩に」

《いいともサ》


 残った右手で、カリンを器用につまむと、肩にすとんと落とす。足場を確保し、腰の剣を抜く。


「……コウ、力を貸して」


 己の相棒の名を口にし、息を大きく吸い込む。深く、長く。そして唱える。


木我一体(きがいったい)!! 」


 カリンの体から、緑の炎が沸き上がる。燃料も何もなく、不自然に燃え広がるその炎は、何かを焼く事はなく、ほのかに暖かい。


 剣を大上段に構える。すでに空から鳴り響く音は、黄金の雷を解き放とうとしていた。ソレは先ほどよりも激しく大きい。回避はもとより、逃げる事さえ不可能。ならば打ち砕き無散さねば、ナイアはおろかカリンの身も危険である。雷が落ちるタイミングは、さきほどの一撃で分かっている。タイミングを合わせて、迎え撃つ他ない。


 ならば、何で打ち砕くか。疾さで選ぶならば、居合か。


 否。もとより疾さで雷と競うのは不利。


 ならば、飛び道具たる、大火砲か。


 否。炎を貯めるには時間が足らない。


 ならば。ならば、大上段の真っ向勝負で向かえ撃つか。


 是なり。


「真っ向、唐竹ぇ」


 カリンの体から、サイクルと同じ音が鳴り響く。なんら変哲もない剣技。大上段からの唐竹割り。カリンが最も得意とする剣技。単純明快。そこに、コウの力が加算される。緑の炎が、剣に大きく纏われる。折れず、曲がらない事が取り柄の刀が、炎を受けて大太刀へ変貌していく。これにより剣技の威力は、単なる加算ではなく、乗算となる。


大炎斬(だいえんざん)!! 」 


 真っ向唐竹大炎斬。天が光り、深緑の大太刀が雷をたしかに捕らえ、拮抗する。余はだけで地表を削るその威力は、カリンの筋肉を用意に断裂させる。だが、肉を斬り裂かれてもな、コウの力、サイクル・リ・サイクルによって瞬時に治療される。


 無論、痛みを耐えて、カリンは叫ぶ。己が、大地を切り裂く剣士なのかどうかなど、どうでもよい。この雷を打ち砕かなければ、猟犬を倒す事叶わず、皆を守る事はできない。


「ズェアアアアアア!! 」


 痛みを感じる暇などなかった。吠え叫び、雷を捉えた刀を、振りぬく。そして。


 黄金の雷は、深緑となった大太刀によって、真っ二つに斬り裂かれる。カリンは、ナイアーホテプの言う通り、名実共に、大地を、天を切り裂く剣士となった。


 雷を斬った。その偉業を成し遂げた事を誇りたい気持ちを、カリンは抑える。雷を斬るのは、あくまで、手段。目的ではない。


「ッ! オージェン! ッ今!! 」

「先ほどの一文……こ、これか」


 豆本をめくり、新たに読めるようになった文章を見つける。読める。音が確かな部分と、音も意味も分からないとある単語、致命的なのは単語が部分的で、全て読めない。しかし。この一文を呼んだ前と後では、己が絶対的に元に戻れない予感を感じる。


「(それでも)」


 目の前の、親友の娘を、愛した女性の娘を守れるのならば。唱えない選択肢は無かった。


「果てへと向かえ、とらぺど」

《――まだその程度か、だが及第点サね》


 ナイアーホテプは、契約者の不甲斐なさを笑うと共に、その不完全な一文でもって、それでも力は、確かに開放される。


 ナイアーホテプの胴体、コックピット部分の中央に、黒く深い穴が、ぽっかりと開く。


螺旋(らせん)最奥(さいおう)永劫(えいごう)の先、星の彼方(かなた)へと向かうがいい》


 今まで、女性にも男性にも聞こえた声が、どこかおどけた口調だったものが、静かで冷たい声色となる。そしてその大穴から風が吹き荒れ、猟犬を吸い込まんとしている。奇妙なのは、猟犬以外の存在は、その大穴に一切吸い込まれていない。むしろ、小さな破片すら浮く事がない。その大穴は、猟犬だけを、正確に吸い込んでいる。大型の猟犬は手足をばたつかせているが、しかし全く効果がない。やがて、大穴に頭が吸い込まれ、胴体が、両足が、そして全身が飲み込まれていく。


 猟犬を吸い込み終えると、大穴は役目を終えたと言わんばかりに、痕跡も残らず消え去ってしまった。猟犬は、どこに行ってしまったのか。なにも分からない。


 だが事態は、確かにナイアの言う通り、あっけなく収束した。

 

《よし。契約者よ降りろ。時間切れだ》

「な、なに? 」

《三分が限度だな。それ以上は龍の逆鱗に触れる。ナイアはアレと戦うのは嫌だ》

「し、しかし」

《早くし給え。また雷が来るぞ》

「チィ! 」


 ナイアだけが分かる説明をした後、オージェンは仕方なくナイアーホテプから降りる。


「オージェン、どうしたのです? 」

「離れてください姫様」

《左腕が治った頃、また会おう契約者》

「……勝手に言ってろ」


 やがて、頭上から、三度目の落雷がナイアーホテプを襲う。カリンとオージェンは、目が焼かれるのを承知の上で、その姿を見続ける他無かった。ベイラーが、雷の一撃を受け、ゴウゴウと燃えている。その燃えている姿の中で、確かに、両腕に生えていた触手とは別のものが、蠢いていたのを。


 そして、炎が巻かれた跡には、もうナイアーホテプの体はそこには無かった。燃え尽きたのか、それとも、別の何かが理由なのか。この場にいるカリンも、オージェンも、もはや考える余裕は無かった。


「(龍が、敵とみなしている相手と、オージェンは、何故)」


 結晶の魔女マイノグーラも、ティンダロスの猟犬も同じく脅威である。しかし、今、目の前で龍の雷に打たれた存在は、こちらを手助けしたにも関わらず、脅威でないと、カリンは言いきれなかった。そんな二人の背後からは、救援に来たパラディン・ベイラー達がやってきていた。彼らの出迎えに、笑顔で手を振る。


「まずは、食事にしましょうか」

「そう、しましょう」

「オージェン」

「はい? 」

「良くぞ、戻りましたね」

「……はい」


 生き残りの救助。新たな猟犬の出現。ナイアーホテプの顕現。


 閉ざされた地で生きる者たちは、選択を強いられようとしていた


○○〇の国から僕らの為にきたぞ我らの……いや、かえってくれ

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