思い馳せるベイラー
タブーっぽいことを考えるロボットです。
横風に吹く吹雪が、木で出来た壁に打ち付けるようにしてその跡を刻んでいく。すでに夜と呼べる時間に差し掛かり、皆は思い思いに過ごしていた。カリンはというと、コウを小屋の傍に待機させて、その中である作業を行っていた。カリカリと紙に何かを書いている。
「『インクは、センの実なんですか? 』」
「え? ああ、城の中に工房があって、そこで作っているのよ。」
「『原料はなにを? 』」
「原料……あー、ごめんなさい。何を混ぜているかまでは細かくは知らないの。」
「『そうですか……』」
「コウといると、わたしって物を知らないんだなぁって思い知らされるわ。」
「『そんなつもりじゃないんです。ただ、ちょっと気になって。』」
「帰ったら確認してみることが増えたわ。それも書かなくちゃ。」
「『……好奇心ついでに、さっきからカリカリやってますけど、それは? 』」
「なんでも気になるのね。」
「『すいません。』」
「謝らないで。手紙よ。お父様と、サーラのお后様であるお姉様に。」
「『あれ? でもここから手紙って届くんでしょうか。』」
「この前、ジョットの双子が輸送団と一緒にきたでしょう?その一団が明後日には帰るから、それに運んでもらうわ。」
「《なるほど。》」
そこまでいうと、カリンが作業に没頭する。かりかりと紙に、―コウはそれがいまになって便箋だと気がつく―書き記し、三枚ほどの手紙が書きあがった。出来上がった手紙を丸めて紐で結ぶ。麻のように細い繊維でできた紐だ。
「……こんなものかな。」
「《ミーンたちがそれを運んでいるんだね。》」
「ええ。」
郵便の仕事を請け負う、センの実で青く肩を塗ったベイラーたち。ミーンはその中でも、特に足が早いベイラーだ。ただ、生まれながらに両腕がなく、上り下りで苦労してしまい、山登りであったり、崖を下るであったりができない。
「さて。そろそろ、私の好奇心を埋めることを手伝ってくれてもいいんじゃない? 」
「《と、いいますと? 》」
「コウが、どんな世界で生きていたのか知りたいの。」
「《いいですよ、でも、今日は小屋にもどって寝てくださいね? 》」
「ええ。それはもちろん」
「《どんなことが知りたいですか? 》」
「そうね……コウが住んでいた国について、まず聞きたいわ。」
「《僕の住んでいた国……えーと、まず、名前は日本といっておおきな島からできる国です。》」
「ニホン。にほんかぁ。でも島ってことは、小さいの? 」
「《あー、でも、ゲレーンよりおっきいです。》」
「本当!? どれくらい人が住んでいるの? 」
「《1億と少しだから、ええと……この国の、10倍じゃ効きません。》」
「じゅ、10倍」
「《あと、この国は2つの季節が交互にきますけど、日本は4つの季節があるんです。》」
「4つ? 冬と夏以外に? 暖かいのと寒いの以外にどうゆうふうに変わるの? 」
「《秋と、春っていいます。ええと、寒くなる途中と、暖かくなる途中の季節って言えばいいのかな。秋は木々は赤くなったり、黄色くなったり。春は、冬で葉が落ちた木に芽がでてきます。」
「……森が、赤くなったり、黄色くなったり? 森を塗っちゃうみたいね。」
「《塗る、ああ、そうかもしれません。それくらいはっきり色がでるんです。》」
「森一面でしょう? そんなの、目がチカチカしそう。」
「《不思議と、そうならないんです。ああ、あと、日本で春っていえば、桜でしょうか。》」
「サクラ? 」
「《ピンク色の花を咲かせるんです。……家の近くの河川敷に、桜の並木があって、そこが一面花をつけてました。カリン。操縦桿を握ってくれませんか? 》」
「ええ。」
カリンは言われた通りに、操縦桿の握る。視界と意識の共有が行われ、コウの脳裏に浮かべた景色を、カリンも見る。
ゲレーンに流れる川と同じくらいのおおきな川が流れるその街は、コウが生まれ育った街だった。
橋の上には、カリンが知りもしない乗り物―車であると知るのはあとになる―が走り、人々は土手を歩いている。その人々のうえには、桜の並木が一列になって並んでいる。桜のトンネルが出来上がっている。その、ピンクというには薄く。白というには濃い色をつけて、人々を魅了していた。
「――――すっごい。」
「《そうですか? 》」
「ええ! ええ! 花がこんなに、それも一斉に咲いて、それがこんな淡い色をつけるなんて! ベイラーもこんな色になるかしら! 」
「《おなじ植物だし、なるんじゃないかな。》」
「すっごいなぁ。でも、こんなに一斉に咲いているなら、一斉に散っちゃっうのでしょう。こんなに沢山咲いていると、なくなったら寂しくなってしまいそう。」
「《……どうなるかみせようか? 》」
「どうしたの? 自信がありそうだけど。」
「《いまみせたのは3月の後ろとかで、まだ7部咲きとかそのあたり。満開じゃなかったんだ。》」
「もっと咲くの!? あれから!? 」
「《でも、満開になると散り始めもするんだけど、どうする? 見る? 》」
「うぅ、散ってるところをみるのはしのびないけど、満開を見ないっていうのは、そのサクラに対しても失礼な気がするわ。見せて頂戴。」
「《お任せあれ。》」
コウがそのまま、過去自分がみた景色を思い出す。河川敷は満開の桜が咲き乱れ、そして、その桜が1枚1枚はらはらと散っていく。河川敷を伝って吹く風が、花びらが舞い上げていく。やがて、その花はふたたび、自分の生まれた木えと還っていく。春先の、数少ない晴れ間に見れた、かつての景色。だが、その景色にを思い出したとき、別の記憶も一緒に現れでた。
それは、両親に両手を引かれて歩く子供。これは、このときに見た景色だった。桜を見て、ただただ、綺麗だねと口をそろえて言い合う親子。頭に花びらが乗ってしまい、それを払ってやる父親らしき人物。この景色を、どうやってみたのかを、コウは思い出した。
「《カリン? 》」
「綺麗だった。とっても。」
「《その、ごめん。》」
「なんで謝るの?」
「《変なことまで思い出した》」
「へんな事じゃないわ。綺麗だった。ものすごく。花が散っているのに綺麗だなんて思ったこともなかった。」
「《あの桜の下で、宴会を開いたりもするんだ。みんなで騒いだりしてさ。お花見っていうだけど。》」
「お花見。花を愛でながら、騒ぐなって、ちょっとお行儀が悪いわね。でも素敵。……生まれ変わりって、大変ね。」
「《どうしたのさ急に。》」
「ふとした瞬間に、自分の両親を思い出してしまうのね。」
「《……そうだね。》」
「でも子供のコウ、可愛かった。」
「《可愛いって言われても嬉しくないんだけどなぁ。》」
「褒めてるんだからいいじゃない。」
「《どうせならかっこいいとかのがいいよ。》」
「歩いているだけでかっこよくなれると思う? 」
「《そりゃ、思わないけどさ。》」
「ならいいの。素直に受け取っておきなさい。」
「《釈然としないなぁ。》」
「コウ。」
「《今度はどうしたの? 》」
「冬が終わって、暖かくなったら、お花見をしましょうか。」
「《……そうだね。》」
「ゲレーンにはサクラはないけれど、野原に咲く花でよければ、とびきり綺麗な場所を案内してあげる。それに、コウはまだ、夏のゲレーンを見たことないでしょう? 」
「《うん。冬に入る少し前だったから、真夏がどうゆう物かしらないんだ。》」
「すっごいわよ。森なんか木が生えすぎて、間引くのが間に合わないくらいなんだから。」
「《でも、嵐でだいぶ削れてしまっているよ? 》」
「キノコが言っている通りなら、土の中に種は残っているのだから、すぐ芽を出してくれる。そうしたら、また、青々とした山に戻ってくれる。」
「《わかった。そうなったら、その、とびきり綺麗な場所に案内してくれると、嬉しい。》」
「決まりね。」
カリンが、コクピットの中から出た。そろそろ、小屋に戻って寝に入るのだ。見れば、2つの月もかなり高い位置に登って、あれだけ吹きつけていた吹雪も収まっていた。
「じゃぁ、おやすみ。コウ。」
「《こうゆうときは、あの挨拶は使わないの? 》」
「あの挨拶?……ああ、使ってもいいのだけど、私、となりの小屋にいるのよ? すぐ会えるじゃない。」
「《弔い以外で使ってみたいんだ。ダメかな? 》」
「まぁ、そうね。そうゆうことなら、いいわ。」
カリンが、膝立ちになっているコウの傍によって、コクピットに触れた。琥珀状の胸部に、ほんの少しだけ波が立つ。
「また共に。コウ。」
「《また共に。カリン。》」
さっと手をはなし、そのまま、カリンは小屋の中に入っていった、胸部が、先ほどより激しく波打つ。
「《……女々しいことしちゃったなぁ。》」
もう帰ることはできない場所に、つい思いを馳せてしまった。そもそも、コウはすでに死亡しているのだから、元いた場所に帰ることなどは、何かしらの例外でもなければ出来ることはない。そして、そんな例外を探す術を、コウは持ち合わせてなどいないのだ。
「《でも、懐かしいなぁ。小学校の時だ。》」
カリンに見せるための風景が、自分の思い出と重なり、それが呼び水となって、いままで思いもしなかったことを思い出し始める。この体になる前の自分の生活のことを。そして、きっかけとなった行動のことを。
「《後悔はしていないけれど、あのあと、どうなったかを知りたいなんて、そんなこと思ったらまずいのかな。》」
死んでしまったからそれを知ることなどできない。そう思い至り、思考を中断する。明日からまた雪かきをしなくてはならないし、オージェンが追いかけているという盗賊団との件もある。街道に来ている以上、やることがなくなるということはない。
「《ここには、月がふたつあるけれど、あれ、別々に名まえがあったりするのかな。今度聞いてみよう、それから、僕が暮らした街のこととか、あとは、それから……》」
だんだんと、習慣づけていた睡眠が始まっていく。爛々と輝く月に照らされて、コウは眠りに落ちた。同じように、カリンもまた、毛布にくるまり、寝息を立てる。
こうして、コウのカリンの休日は終わりを迎えた。
◆
朝日が登り、1日の始まりを告げる時間が来た。吹雪は止み、造りたての小屋には、もうつららが出来上がっている。コウの目も覚めて、当たり一面の銀世界を堪能する。日の光が反射して眩しく光り輝いている。ここの太陽は、月とは違い2つに分かれていない。その輝きは、この世界でも生き物たちに暖かさを届ける役目を、きちんと果たしていた。
数名が小屋から出てきた。顔を洗いに井戸までいくもの。自分のベイラーに会いにいくもの。食事を取りに出かけるもの。目的は様々だが、すべては、この街道を整備し、サーラからの輸送団を迎え入れる仕事の為だ。
「《でも、こうも連日吹雪じゃ、いたちごっこだとはおもうけどなぁ》」
コウがつぶやき、再び景色を堪能しようとしたとき、ソレは視界に写りこんだ。
雪柱を立てながら、猛スピードで何かが迫ってくる。それが、方向で言えば、ゲレーンの側からきており、真っ直ぐこの小屋に向かってきている。驚くべきはその力強さで、まだ雪が降り積もったままになっている道なき道と呼べる部分を、雪を吹き飛ばしながら猛烈な勢いで爆進してくる。
「《か、カリン! 起きてください! 起きて!! 》」
「朝からどうしたというの、そんなに大声だして。」
カリンが、のそのそとコウの声に応えるように小屋からから出てくる。身なりが整っているところを見るに、すでに起きていて、身支度を済ませたあとのようだ。
「おはよう。どうしたの? 」
「《お、おはようございます。ってそうじゃない! 何かが猛烈な勢いで雪をふっとばしながらこちらに来ているんです! 》」
「落ち着きなさい。とりあえず乗せて頂戴。」
「《お任せあれ! 》」
寝起きだというのに、カリンの身のこなしは軽く、軽快にコウを駆け上がってコクピットに収まった。すぐさま視界の共有が始まる。それを見て、カリンが驚嘆する。
「なぁにあれ。積もってる雪なんか物ともせずに突っ切って来てる。」
「《ココからだと角があるようにも見えます。どうしましょうか。》」
「待って、角? ってことは、それってキールボアじゃないの?」
キールボア。森に済む哺乳類で、猪と似た生態を持つ生物。ただ、猪と決定的に違うのは、肩から伸びる巨大な角だ。通常なら大きくても5mほどだが、コウは7mの個体と遭遇し危険な目にあった。そして今、そのことを思い出したことで、カリンとコウは相互にその体験が頭の中でフラッシュバックしている。
「で、でも、角の形が違うように見えない? 槍っていうより、もっと別のものに見える。」
「《……早とちりするとまずいです。でもキールボアだった場合もっとまずそうです。》」
「……サイクルミルフィーユシールドをつくって置きましょう。あのサイズのキールボアであることはないでしょうから、少しはそれで見極める時間が稼げるはず。幸い、味方はすぐそばにいるわ。危険なら助けを求められる。」
「《では、そのようにしましょう。》」
「全力で動くけれど、もう体にシチャ油は残ってないのね? 」
「《残ってたら昨日雪合戦なんかできないよ。》」
「それもそうね。ではよしなに。」
「《お任せあれ。》」
サイクルを回し、その手から、幾層にも重なるシールドを創りだす。後ろの小屋を守るべく、大きく、そして、何枚も作ることで厚みを持たせていく。やがて、こちらが、向こう側を視認できなくなるほど、大きく分厚いシールドが完成する。
「《あれ? 姫様? 》」
「どうしたんですか?コウ君にシールドなんか作らせて。 」
「アネット! シーシャ! このシールド、少し支えてくださらない? 」
「構いませんが、なにゆえにでしょうか? 」
「ゲレーンの方角から、なにかものすごい勢いでこちらに向かってきているのです。雪を物ともせず進んでいるのをみると、キールボアかもしれません。」
「そ、そうゆうことなら、支えてご覧にいれます! シーシャ! 」
「《朝からハードだなぁ》」
シーシャがシールドを支えれくれたのを見てから、前に躍り出る。コウにとって、全身を覆って身動きの取れなくなっていたチシャ油を取り除いたあとでの、始めてカリンを載せての立ち回りとなる。どの関節も滑りがよく、走るくらいでは音がでないほどに滑らかに動く。乗り手がいないときに感じた、体が不自由であることの歯がゆさから解き放たれ、カリンの元で存分に動けることへの感激で満ち溢れる。
「《なんじゃぁこりゃぁ! よく動く! これで雪合戦したかったなぁ! 》」
「ぜったいやらないからね? 」
「《ご無体な! 》」
「ベイラーにサイクルショットがあるの、忘れたの? みんな雪玉なんか使わなくなるんだから。」
「《まぁ雪玉投げるよりは当たりそうだ。 》」
「とりあえず構える! 」
「《お任せあれぇ!! 》」
ややテンションが振り切り気味のコウが、大げさに腕を振り回してサイクルブレードを構える。なんやかんや、コウの中でこれが一番付き合いの長い武器になっている。
「《大きさはどのくらいかな。》」
「この前のよりは小さいと思うわ。そうであってほしい。」
「《一撃でやってみる?》」
「まずは様子見。後ろには心強いベイラーたちが居る。いざとならばシーシャを走らせて助けを呼んでもらえばいい。」
「《消極的じゃないかな。》」
「成功はするでしょうけど、また怪我させたくないの。分かって? 」
「《……わかりました。》」
コウのテンションが若干下がる。それでいて、冷静に相手を見極めることができるほどになった。サイクルブレードを両手で持ち、足を肩幅に開き、右足を後ろに、左足を前に置く。そのまま、ブレードを右肩に置いた。ギリギリまで惹きつけ、見極めをした後に、上段からの一撃を見舞うための構えだ。
「すさまじい雪柱ね。なんでわざわざ道から外れてきているのかちょっと不思議だけど。」
「《……そうえば、なんででしょうね。》」
「後から考えればいいわ。来る!! 」
雪柱をあげて迫ってきたその物体がついに姿を表す。小ぶりな、三角形になった盾のようなものくくりつけている。体は蒼い空色をしており、雄々しくはためく黒いマントが、この一面の銀世界に映えている。
「《あれ? 未来のお客さんではありませんか。どうしたんですか? 武器を構えて。》」
「《その声、ミーン? 》」
「《はい。もちろんナットもいます。》」
郵便をするミーンが、雪をかき分けながらやって来た。
「ミーン? どうしたのその、えっと、盾? を持っているの? それに、道をはずれてわざわざ雪に突っ込んでくるようなことを?」
「《新しい道具で、雪をかき分けながら進める道具だそうです。先端が鉄で出来ていて、切り裂きながらすすめるとかで。試しに使わせてもらっています。でもちょっと、いやかなり重いです。いつもより全然スピードが出ませんでした。》」
「《……カリン。ベイラーって鉄が苦手って言ってなかったっけ? 》」
「ミーンは平気なんでしょう。そうゆうベイラーもいるって話。」
「《はぁ。しかし、除雪器かぁ。コレ、サイクルを回してつくれませんかね。》」
「構造は、簡単そうね。……やってみましょうか。」
いつの間にかミーンの中から、その乗り手であるナットが出てきて、その体に括りつけられた除雪器をはずしてやる。縄でカラダに何重にもなっていたためか、解き終えたあとにミーンが体を振るわせた。そして、2人の特技を、コウたちに見せてくれる。
「姫さま! また共にあれて」
「「《嬉しゅうございます! 》」」
乗り手と、ベイラーがそっくりそのまま同じ動きをして、礼をしてくれた。ミーンには腕がないが、それをもって有り余る器用さを備えている。乗り手抜きでこのような芸当をしてしまうのだ。
その礼にこたえるべく、カリンは武器を捨て、そのままコウの中から降りる。
「ええ。私も嬉しいわ。郵便を届けにきてくれたのね。」
「でも、いつもより遅くなってしまいました。」
「あのミーンにつけていた道具はそこまで重いのですか? 」
「うん。でも雪をものともせず突き進めます。でも、森の中では使わないほうがいいです。」
「うん? それはどうして? 」
「土までえぐっちゃいます。寝てる虫を起こすのはダメ。」
「それはダメね。コウ! シールドを支えてるシーシャたちを呼んで。郵便よ。」
「《わかりました。》」




