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サイクルブレード

目が光るのだって理由があるんです。

 ひと悶着(主にコウの感動)があったものの、カリンが操縦することに成功した。


「こちらの準備は整いました! ()()()を呼びなさい! 」

「そうさせていただきましょう」


 バイツがその両手を口に咥え、息を大きく吸い込んだ。


《指笛? 》


 コウの予想通り、その音色は、いささか決闘には不釣り合いな軽い指笛の音色。それを鳴らした数秒後、森の奥から何者かが迫る足音が聞こえてくる。大地をしっかりと踏みしめるその足音は獣にも似て、だが確実に異なる点が一つ。


 木を削るような、耳に残る甲高い音が同時に発生している。


《指笛でベイラーを呼ぶの!? 》

「あれが、バイツのベイラー……レイダよ」


 最後にひと際大きな音がなると、そのベイラーは地面を蹴り上げ、コウの頭上を飛び越えてバイツの元へと文字通り駆け付けた。


 コウと違う、周りの森に溶け込むような深い緑色をした肌。唯一、両肩だけが鮮やかな赤に染まっている。コウが先ほど見たベイラーの顔は、やはりバイザー状で、だが頭部の兜上になっている部分は、どうやらそれぞれ個性がでるようで、レイダと呼ばれたベイラーの場合、それは左右均等に後ろに伸びた形になっていた。


 着地の後に、ゆっくりと振り返るその動作一つで、レイダと呼ばれたベイラーが、()()()()()()()()()()()()()であるかが見て取れる。


 《あれがバイツさんの?》

「はい、とても勇猛なベイラーです。バイツで乗り手はたしか三代目、名を」

 《レイダと申します、白いベイラー。それに姫さま、お変わりなく》


レイダの声は、女性の物だった。だがカリンともまた違う声質であり、カリンを『動の声』とするならば。レイダは『静の声』。しっとりした、それでいて決して軟弱さを感じない声。


《(……三代目って何のことだ)》


 気になる事をカリンがつぶやいたが、今聞く事ではないと即座に断じる。カリンはレイダの旧知の仲なのか、存外穏やかな会話を返した。


「お久しぶりね。貴女もバイツに付き合うのは大変でしょう? 」

《先代と似たりよったりですから。本当に、血は争えませんね》

「レイダ! 貴様、俺を愚弄するか!」

 《まさか! ただ、頭に血が上って、また手当り次第に当たり散らしたのかと思いまして。まだ私を呼ぶくらいには冷静であらせられて、このレイダ。嬉しゅうございます》

「ふん。いいから早く俺を貴様の中に入れろ!」

 《仰せのままに》


 コウにとって、今のレイダの評は、あれだけ猛っていたバイツをこうもあっさりと言いくるめ、かつバイツを誉めることを忘れない。品の言い侍女のようなベイラーだった。そして今のやり取りで、彼らに深い絆があり、そしてその特大の惚気をぶつけられたような気がしている。


 会話だけではない。乗せろといったバイツは、その筋肉の塊のような体をまるで風に乗っているかのような素早さでレイダの中に一瞬で入っていたのをみて、両者共に高い技量を持っているのをまざまざと見せつけられていた。


《乗り込む動作一つでああも違うか》

「経験の違いよ。気にしてたらキリがないわ」

《……こんな些細なことも共有されるのか》

「言ったでしょう? 筒抜けなの……大丈夫。やれるわ」

《なんでそう思う? 》

「初めてであんなに動けるあなただもの。それに、命のやり取りをしようというのではないのよ。それとも、やめる?」

 《……貶されたまま、やめるなんて嫌だ》

「なら、ちゃあんと意地をみせてね。私のベイラーなんだから」

 《……お任せあれ》


 カリンを乗せて、コウが、ベイラーとなって初めて歩き出す。


 ここで共有の強みが生きる。というよりも、コウが元人間であった事もあり、今まで忘れていた、歩行という動作が簡単にできるようになっていた。


 カリンが乗る前のコウでは、歩く事さえままならなかった。なぜか。それは普段、人間が無意識下で行っている細やかな動作すべてを、ベイラーは知らないためである。


・歩くときに視線を動かす

・足首を曲げて地面の角度と合わせる

・両腕を振って安定させる。


 人間の歩行はこれ以外にもさまざまな微調整を伴う。そのすべてをベイラーの体は知らない。もとより彼らは種であり木であるため、そんな必要はないのである。それでも人間を乗せるようになったのは、結果的にそのほうが遠くに行けるためだと理解したからであった。


《おお、歩いてる歩いてる》

「当たり前でしょう」


 そんな、人間とベイラーの間にある歴史などはまったく興味がわかず、ただ自分が歩いている事実にただ驚嘆していた。さきほどまで叫び声をあげて渾身の力をこめてようやく立ち上がる事が出来たのである。それがいきなり歩くところまでいくのだから、当然と言えば当然であった。


そうして、白と緑のベイラーが向き合うする。その足元で、審判らしい男が立った。カリンの声に最初応えた、あの熊男である。


「決着は、降参を宣言するか、どちらかが戦えなくなるほどの怪我を負うか。よろしいか」

「よくってよ」

「応さ」

「また、この戦い、決して命をとらぬよう。間違ってもあってはならない。もしそのようなことがあれば、末代までその名は貶められることとなる。それでは、両者! 相対!」


 バイツを乗せたレイダが一歩前に歩き、その右手を前に出した。決闘の作法が分からぬコウは、最初それを握手と勘違いし、握りしめそうになる。


「コウ、手の甲をあわせるの」

《ああそうなのか》


 軽くひらいた手の甲を、レイダとコウが合わせる。構えは同じ。コウがわずかに腰が高くなっているが、僅差でしかなかった。両者の間に、否が応でも緊張が走る。


「それでは……はじめぇえ!! 」


 合図とともに、両者がお互いの手を弾き飛ばした。コウにとってこの世界で初めて、かつ、生まれて初めての決闘が始まった。


 一瞬で手が弾かれたと思えば、レイダは真正面からコウにぶつかるように 突進してきている。セオリーなど分かないコウは、きっとこれに対処する方法をしっているはずだと、全面的にカリンを信頼していた。


 対してカリンは、その突進を避けるつもりなど無かった。思わずコウが悲鳴を上げる。


《ぶつかるぞぉ!? 》

()()()()()()!! 」


 両者ともに7mの巨躯が、すさまじいスピードで真正面から激突した。その衝撃は空気を揺らし、地面を割る。緑と白の破片があたりに一面に飛び散っていく。みしみしと体中から軋む音が響き渡る。この時点で、コウはこの決闘が何なのか理解した。


《相撲だコレ!?》

「あら、知ってたのね! ならがっぷり行くわよ!! 」

《がっぷり!? 》

「前に、でるのよ!」


 操縦桿を握りしめるカリンは、戦いで戦意が高揚していた。高ぶる感情をそのまま力にかえるように、コウを前へと進めようとする。最初の激突で面食らっていてコウは、これが作法だと割り切り、ようやく、この戦いに本腰をいれる。


《前に、でる! 》


 この瞬間、2人の意思が重なった。すると、関節が今までにないほどの力を生み出し、レイダの体を一歩分前へと押し出していく。コウは、この突如現れた謎の力に困惑しつつも、その力は決して悪い物ではないという確信があった。


「そうよ! それがベイラーの力の出し方! サイクルをどんどん回して!」

 《サイクルっていうのは?》

「あなたがどんどん動けば動くほど体から木が()()()。それが削れて丸くなって滑らかになっていくの! その生やす力がサイクルよ! 結果的だけど、レイダだって手伝ってくれてるんだから、じゃんじゃん力を出しなさい!!」

 《そういうことなら、お任せあれ!》


 カリンの言う通り、結果論であるが、決闘することで初めて力の出力の仕方を体感しているコウがそこにいた。


 ベイラーの体が動くたびになぜ音が鳴るのか。それは文字通り自分で生えた部分を削りとり、より滑らかに、そして力強く生え変わっているから。生やしては削り、生やしては削りを繰り返す。


《ああ! だからサイクルか! 》

「納得してるとこ悪いけれど、もっと気張って!? 押し負けるわ!」

《ああごめん!》


 カリンの声が発破となり、再び一歩前に出る。二歩、レイダを押し返した。


「バ、バイツが押し負けてるぞ」

「レイダが手加減してるんじゃないのか?」

「そんなこと、乗り手のバイツが許すものか」

「それじゃ、あの白いのは本当に力があるっていうのか」


 外野がその決闘の行く末を見守っている。中には賭けを始める者もでてきた。最初はだれもコウに賭けなかったが、3歩目まで押し出した頃。ついにコウに賭け始めるものが出る。その様子を傍目にみながら、カリンは思わず苦笑した。


「まったく、好き勝手してくれちゃって」

《このまま相手が参ったって言ってくれないかな》

「そうやすやすと事が運ぶと思う? 」


 カリンの問いかけも最もだった。ここで簡単にあきらめるような相手なら、そもそもカリンに決闘を挑んだりはしないのである。


「それに、降参なんか、させる暇は、与えない!! 」


 カリンの気合がさらに爆発し、コウを推し進める。すでに五歩分、レイダを動かした。


「このまま、森の外に追い出してやるッ! 」

「……白いベイラー。なるほど力はある。だがぁ! 」


 コウが、そしてカリンが、この決闘で初めて背筋が凍った。自分たちが優勢であったはずのに、それを一瞬で覆すような何かを、バイツが仕掛けようとしている。その半ば直感ともいえる感覚が、レイダから距離を置こうとする。


《逃がしません》


 どこまでもその声は冷徹に響く。レイダの両腕がコウの腕をつかみ決して話さない。真正面から激突したレイダの顔が一瞬、バイツのソレと重なる。


「もう遅い!! 」


瞬間、レイダのバイザー状の目が真っ赤に輝く。同時にレイダの全身からはコウとは比べ物にならないほどの甲高い音が響き渡る。それはサイクルが高速で回転し、すさまじい力を生み出している証であり、その力は思いもよらない形で発露する。


《なかなかでしたよ。白いベイラー》


 レイダが、冷静に、そして確実にこの勝負を終えるべく動く。両腕をつかんでいた手を一瞬だけ離し、かわりにコウの股下へと腕を潜り込ませる、レイダはそのまま、上体を持ち上げると、コウの体は、地面がら徐々に離れ、やがて、トロフィーを掲げるかのように。


 ベイラー1人を、持ち上げて見せた。


《ですが、これはどうですか!》


 そして無造作に、無慈悲に、地面に向かって、コウ達はあっけなく投げ捨てられた。



《(強い……あれが僕と同じベイラーなのか)》


 樹木由来での力など、たかが知れているとコウは奢っていた。それはベイラーを知らないコウだからこそであり、カリンが止めるべき奢りでもある。だがカリンは初めてのベイラーとの共有での興奮と、レイダの機転により、ある種の恐慌状態に陥っていた。冷静な判断などできようはずもない。


《まんまとやられたが、まだいけるぞカリン……カリン? 》


 全身に衝撃を与える『投げ』の威力に無い舌を巻きがら立ち上がろうとすると、先ほどと視界が違う事に気が付く。視界の違いに気が付くと、やがて様々な物が先ほどと打って変わってできなくなっていることに連鎖的に勘付いていった。


《体が、思うように動かない……それより、なんで()()()()()()()()()!? 》


 コウは、自らの記憶を掘り返し始める。カリンはこの体を操縦するとき、なんと言ったのか。


《意識と視界の、共有……それが切れてるってことは……カリン!》


 コクピットを上から覗き込む視界で、ようやく何が起きたのかを理解した。そしてその理解は、コウを戦慄させる。


 カリンが、頭から血を流して倒れている。今の衝撃はコックピットにも直に伝わる。それはすなわち、中の人間がシェイクされるのと同義であり、車のような椅子も、ましてやシートベルトもないベイラーの中では、人間は簡単に怪我をする。そのこと、カリンの血を見るまで全く想像できないでいた。


《カリン! カリン! 返事をしてくれ!! 》

「……自分の乗り手を庇わず、受身すらせずに投げを喰らいよったぞ。どうせ治りがはやいのだから、何が何でも乗り手を守ればよいものを。姫様はさぞ、痛かったろうに」


 バイツの声に反応を返す余裕もなかった。すべて正論であり、まぎれもない事実であり、何も言い返すことができなかった。


 すでに戦意は消え去り、今はただ、カリンを速く手当することだけが頭の中を支配している。


《僕の事はいい、カリンをコックピットから出してくれ…‥怪我をしているんだ》

「それは、乗り手を降ろし、敗北を認めるという事か」

 

熊男が、冷静に事の次第を見極めようとしている。その態度が、コウの神経を逆なでした。


《勝ち負けにこだわっている場合じゃない! けが人なんだぞ!? 》

「決闘は両者共に認めたものだ。怪我の一つや二つは承知の上」

《だ、だからって》

「白のベイラーは、乗り手を降ろして戦えるのか?

《そんなこと、できるわけがない! 》

「ならば、乗り手を降ろすは降参と同義。この決闘において敗北を認め降参するのか? 」

《……僕は、僕は》


 果たして、カリンは、どっちを望むのだろうか。


 彼女は、覇気をもってこの決闘に臨んだ。それはコウの名誉を守るためだった。その名誉を守るためならば戦って良いと。コウは、それをなんら深く考えず、二つ返事で了承してしまった。怪我のひとつやふたつすることをなんら想像できずに。


《僕は、君に怪我をさせてまで守りたいものなんて……守ってもらうものなんて》


静かに、審判に向き直る。心はもう決まった。


《僕は、この戦いの敗北を……敗北を……》


 決まったはずの心が揺らぐ。本当にそれでよいのかと。


わずかな、時間が空いた。その時間が、彼の命運を分ける。


()()()! 」


  

 視界が急激に開き、コクピット内部の視野が広がっていく。手の甲で自らの血を拭い去り、目を開けたカリンがそこに居る。彼女は意識を失っていたに過ぎなかった。


「あなた、意地を見せてくれると言ったでしょう! お任せと言ったでしょう! それを、敗北を認めるなど、何を考えているのです!」

 《それは君の意識がなくなったからだ! 視界と意識の共有がプッツリ切れた!》

「ええ、そうです! ちょっと気を失ってました。バイツは手加減せずきちんと向かってきてくれているようです。でもそれがどうしたというのです」

 《君が心配になったんだ! それで》

「それで? 負けを認めて、私を中から降ろしたかったのですか!? そんなに」


 目を覚ましたカリンは、頭に血が上っていた。それは感情的な意味でも、怪我の具合の意味でもそうであった。額を斬った傷からは滴る血が止まる気配がない。コウにむかって吐き出される言葉が止まる気配がない。


「そんなに、私は、貴方の乗り手にはなれないの? 」

《僕がぁ! 僕がいつ! そんなことを言ったぁ!? 》

 

 今度はコウの言葉があふれ出た。互いに海で水を掛け合うように、互いに避けることもなく言葉の水を浴びせかけ続ける。


「言ってないなら意地を見せなさいよ軟弱者! 」

《君は気絶してたじゃないかぁ! 》

「起き上がったのだからいいでしょう!? 」


 お互いに、いつのまにか遠慮が無くなっていた。そんな垣根を怒りが消し飛ばしている。痴話喧嘩にしてはその言葉があまりに強火で、はたからは見ていられない光景だった。


 ただ一組を除いては。


《白のベイラー、立ち上がりましたね》

「さっきの腑抜けが嘘みたいだな」

 《バイツ様もお人が悪い。いきなり私を()()になるまで動かさなくても》

「そうでもなければ。あの姫様は諦めてくれん」

 《だから過保護と思われるのですよ》

「構うものか」


 バイツと、そのベイラー、レイダである。決闘はまだ続いていた。


「仕方ない」

 《何をなさるので?》

「武器を使う」

《どれにしましょう? 》

「ショットだ」

 《それは……やりすぎでは?》

「姫様の跳ねっ返りもこれで収まれば俺が嫌われることなど安いものだ……行くぞ!」

 《はい。仰せのままに》



 自らの胴体に向かって頭に血が上ったまま会話をするというのは、人間であったころでは考えられない行動であった。しかし今、滞りなくそれが行われているため、自分もそろそろこの体に慣れ始めてしまったのだと、ある種の悟りを開いている。それはそれとして会話は今だ平行線だった。


《こんな動き回るなら固定用のベルトの一つや二つなんで持ち込まないんだ!? 》

「またそうやって私の知らない言葉で! 自分が賢い事でそんなに目立ちたいの!? 」

《ご両人、そろそろ》

《「今大事な話を! 」》


 話を遮ろうとしたレイダに、両者が食ってかかる。そのまま勢いでまた不毛な争いが始まろうとしたとき、コウの足元ですさまじい衝撃が生じ、コウがその場から転びそうになった。


《なん、だぁ!? 》


 また転んでコックピットに衝撃を与えてしまえば、カリンがどんなことになるかわかったものではない。右手で体をささえつつ、強引に倒れるのを阻止する。


《何をされた! 》

「コウ! 走って!? 」

《で、できるのか!? 》

「じゃないと負ける! あの髭ぇ!! 」

《君もしかしなくても口悪いな!? 》


 体を支えるために重心がわずかに傾いていたのが、この場合功を成した。そのままクラウチングスタートの要領で駆け出していく。即座に駆け出したことで、たった今自分がいた場所が再び吹き飛んでいた。今度は、何が起こったのかをしかと見届け、愕然とする。


《レイダさんは決闘で飛び道具を使うのか!? 》

「サイクル・ショットよ! アレに当たったらひとたまりもないわ! 」

《あんなのいつ持ち込んだんだ! さっきは持ってなかったぞ!? 》


 レイダは、右腕まっすぐ伸ばし左腕で支えるような構えをとり、その右腕から高速で針を打ち出していた。その針は執拗にコウを脚を狙っている。それがわかっているため、時折軌道を変えながら走るのをやめない。ズガンズガンと外れた攻撃が土煙を生む。


「サイクル・ショットはベイラーが作れる武器の一つ、あの場で()()()()()()!」

《そんなことできるの!? 3Dプリンターじゃん! 》

「サイクルを回して木が生えるのなら、その形を整えてあげればいいだけだもの」

《その理屈と、飛び道具ができる理屈がかみ合わないけど》

「あれは高度な技術で簡単にはできない! レイダはそれを努力で成し遂げたの! 」

《そういえば勇猛なベイラーだって言ったね! 》

「よく覚えたわね! 花丸よ! はいジャンプ! 」

《ジャンプ!? 》


 カリンの指示に度肝をぬかれながらも、レイダの攻撃を躱すべく飛び上がる。その跳躍であわや直撃の攻撃をものの見事に回避してみせた。


《これついでに聞くんだけど》

「何!」

《レイダさんの目が真っ赤なってるのは、あれ何? 》


 レイダがサイクル・ショットを撃ちこむ際、必ず目が赤く光り輝いている。これだけ避けることができるのも、その目の発光が発射タイミングだとカリンが気が付いているためだった。しかしそもそもなぜ赤く光るか、コウはそれが気になっている。


「あれは、ベイラー単体では決して出ない力の領域に入ったときに現れる『赤目(あかめ)』と言う現象です。一つの目的でサイクルを回し続けるという強い意思を、ベイラーと乗り手、二人で重ねなければなりません」

《……なるほど》


 威力のある飛び道具に、1人では成しえない力である赤目。


どれも、今のコウではたどり着くことができない世界であった。


《僕じゃ、無理か》

「サイクルショットは、難しいかもしないけど」

《けど? 》

「他の、もっと簡単なのなら、できるかもしれない」

《なら、赤目の方は? 》

「それは……」


 カリンが言葉に詰まる。詰まった時点で、応えているようのな物だった。


 事態はさらに悪い方向へと進む。レイダのサイクルショットが、一発、コウの右足に命中してしまった。破砕はされずとも、片足に大きなヒビが入る。この時はじめて、サイクル・ショットが、円錐状の針を飛ばしているものだったのだと、倒れながら実感した。


《終わりですね》


 半ば勝利宣言に近かった。それは第三者からみても、納得の内容である。コウは、片足が満足に動かず、赤目にもなれず、武器も持たない。レイダの方は、まったくの無傷。これで勝利を確信しない方が無理といえる。軍人たちもすっかり賭けにならず、コウに賭けた側は頭を抱えていた。


 失笑が、冷笑が、そして嘲りの声が、小さく、だが確実に増えていく。


「コウ、貴方は」

《僕は、最初、不思議でならなかったんだ》


 倒れたまま、誰に聞かせるでもなく、つぶやくように告白する。


《なんで、僕なんかに、そんなになるまで頑張ってるんだろうって》

「……」

《今だって分からない。なんでそんなにカリンが頑張れるのか》

 

 倒れた体には土煙と泥にまみれ、白い体は見るも無残な姿に変わっている。


《でも、でもさ。一個だけわかった》


 それでも、彼は、サイクルを回すのをやめない。


《初めてだ。こんなに悔しいの》


 全身のサイクルが回る。立ち上がるために。否。


《だって、僕はいままで、()()()()()()()()()()が、きっと無かったから!! 》



 彼は、戦うためにサイクルを回している。


《カリン、僕は、あの人達に、勝ちたい! カリン! 僕を勝たせてくれ!! 》

「……それでこそ、私の選んだベイラーね」


 立ち上がり、レイダに向き直る。もはや足を使って逃げる回ることはできない。


「この足じゃあと6歩、いえ、4歩が限界ってところね」

《ちなみに、希望的観測を聞くんだけど、サイクル・ショットに弾切れは? 》

「ないわ。しいて言うならレイダの心が折れた時ね」

《ちなみに、レイダさんって臆病? 》

「そう見える? 」

《全ッ然! 》

「脅しなんか通用しないわよ」

《キッツいなぁ》

「何? 弱音? 」

《まさか……カリン、僕が作れる簡単な武器って? 》

「それは―――」



《まだ立ち上がるとは》

「……レイダ、注意しろ」

《はい? 》

「空気が変わった。ベイラーの肝が据わったのか。それともやぶれかぶれか」

《ふむ》


 レイダには一切の情けを掛ける理由はない。カリンがベイラーにのればそれだけ怪我も増える。頭を打って打ち所が悪くて亡くなることもある。基本ベイラーに乗ることは危険であった。その危険を取り除いてやりたいと願うのは、旧知の間柄では当然であった。しかし、生まれたてのベイラーにわざわざ飛び道具まで使う必要性はなかったのではないかという疑問もある。素手においてもレイダはコウを投げ返している。真向から戦って勝てない相手ではない。


「確実に仕留める……レイダ。サイクル・バーストショットだ」

《そこまでせずとも、勝てますが》

「負けるなどと思ってはいない。だが全力を出さない理由はない」

《……仰せのままに》


 レイダが、片腕を支える構えから、両腕を白いベイラーに向けなおす。


 レイダのサイクルショットが、いくつかのバリエーションがある。これはそのうちの一つ。最も隙が大きくなる代わりに、最大の火力と範囲を誇る技。通常、針を飛ばすのは1本と決めている。狙いが正確になり、なにより1本しか作らないのである程度の連射ができる。通常のベイラーを相手取るのであればこれで十分であった。


 バーストショットは、ベイラーではなく、その性質上、素早い獣や鳥に向けて使う事の方が多い。あまりに火力が()()なのだ。


《サイクル・バーストショット》


 両腕から、針を複数作り出す。その数、片腕で10本。()()()()2()0()()()()()()()()


サイクルショットの威力を落とさぬままの散弾。それがバーストショットであった。


「これが避けられるものかぁ!! 」


 すでに発射態勢を整えて終えている。このまま発射し、木っ端みじんになるのを見届けるだけ。


 そう、思っていた。


《「避けるかぁああああああ!! 」》


 コウ達は、避けるでもなく、ましてやあきらめるでもなく、真正面から突っ込んできた。あまりに無謀、無策、無計画。勝算などかけらもない暴挙に見える。無論、全弾がコウへと命中し、白い欠片と、射角から逸れた針のあげる土煙があたり一帯に巻きあがった。


 その行動の中、ひとつだけバイツの予想外なことが起きていた。


「気のせいか、一瞬、あのベイラーの目が、赤くなったような」

《ありえません。こんな短期間にそのようなこと》


 レイダもまた、感覚と視界を共有しているために、バイツが見たものをがにわかには信じがたかった。生まれたてのベイラーが、即座に乗り手と意思を尊重し合い、赤目になるなど聞いたことが無い。


「だがこれで終わりだ。さて。かえって牧場をみてやらねば」


 その場から立ち去ろうとしたその瞬間。信じがたい音を耳にした。


 それは、レイダと同じ、高速で回転するサイクルの音。だが、音が出ているのはレイダからではない


「ま、まさか! 」


 土煙を切り払い、白い体が、何本もの針を打ち込まれながらも、突撃してくる。


「(バーストショットを受けて立ち上がれるはずがない!? )」


 レイダの一撃はベイラーの脚を砕く、そんな一撃を一度に20回分も受けて無事なはずがない。


 そして事実、コウは無事ではない。全身にヒビがはいり、動いているのが不思議なほどであるが、決定的な原因がある。


「コックピットを守るために捨てたか!? 左腕を! 」


 それはコウの走るフォームであった。左半身をむけ、被弾面積を最小限に喰いとどめるだけでなく、コクピットと頭部をなんとしても守るべく、左腕を半ば犠牲にしてサイクルショットから体を守った


 五体不満足であるが。コウにはまだ右腕が残っている。そして、最後の武器を得る。


「今よ! コウ!」

 《サイクルブレード! 》


 サイクルを回す。3Dプリンターが生成するように、手のひらから刀が生み出されていく、柄まで生み出した刀をボキリと折って、文字通り手に入れる。それは片刃で、鍔もなければ反りもない。切れ味もよいわけではない。一度斬撃をおこなえば刀身が砕け散ってしまうような、あまりに乱雑な造りの武器。


 だが、一撃あればそれで十分。


《「ゼャァッアアアアアアアア!!!!」》


 カリンとコウの、獣のような裂帛の気合が込められた一撃が、レイダを見舞う。これがただの斬撃であればレイダはよけることができた。それができない理由がある。


《この、短期間に、赤目を!? 》


 コウの目は、土煙の中でも真っ赤に輝いていた。その閃光と共に放たれた斬撃はレイダの胴体めがけ、横薙ぎに降りぬかれた。レイダの体に白い体から生まれた白刀(はくとう)煌めく(きらめく)


《……お見事》


 踏み込みは4歩。斬撃も一度。退くこともできず、ましてや躱すこともできない。そんな彼らの選んだ戦法は、全てをなげうってでもつかみ取る、捨て身でありながら、決して命を粗末には扱わない。勝利の一撃のために無駄を徹底的に排除したものだった。


 その一撃は、レイダの胴体をねらっていた。


 しかし、バイツとレイダはとっさに両腕をクロスさせ、自身が両断されるのを防いで見せた。だがふせげたのはあくまで体の両断だけであり、両腕そのものは物の見事に切り飛ばされる。同時に剣圧によって、しりもちをついてしまった。


 必殺の一撃を終え、刃こぼれした刀をレイダの首元にあて、審判の判断を仰ぐ。


 たった一撃で変わった戦況は、たった一撃ですべてをひっくり返した。


「レイダはこれ以上戦えない。故にこの決闘、姫様の勝利とします」


 誰もが息をのんだ。信じられないといった表情の者。空いた口がふさがらない者。掛け金がいくらか必死に計算している者。どれもこれも様々な表情をしている。


 そんな彼らに、カリンは、コウは、これ以上なく宣言する。


「《我々の勝利だ!! 》」


 圧倒的な勝利宣言。いまここに、決闘はカリンの勝利で幕を閉じた。その雄姿に拍手と喝采をうけながら。カリンは握りしめていた操縦桿をようやく離す。


「……勝ったわ」

 《そう、だね》

「勝った。私たち勝ったのよ」

 《ああ。勝った。……姫様》

「どうしたの。改まって」

 《これから、どうぞよろしく》

「ええ。よろしく。私のベイラー」



 心からの笑顔を、彼女はコウに見せる。その笑顔は、間違いなく今日一番であった。

 

 それだけで、コウは体ががボロボロになったことなど忘れ去っていた。


 激闘が幕をとじ、彼の、コウの膝が壊れ倒れこむ、10秒前のことであった。


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