進行する代償
「――状況は、把握、できたわ。信じれないけど」
「ひとまずの食糧は賄えてる」
「ごめんなさいね。みんな頑張っている時に眠ってしまって」
カリンが目覚めた事で、龍石旅団は喜びに胸を躍らせていた。
「姫さま、どこも痛くない? 」
「どっか変になってない? 」
「ええ、何も変わってないわ」
「さて、じゃぁ皆でこの後の事を考えましょう」
「「「はい! 」」」
共に旅した仲間は、カリンの言葉で再起し、奮闘する。だが旅団以外にも、彼女の復活を心待ちにしていた者がいる。
「本当に、眠っていただけ、なのだな」
「はい。陛下」
「なら、やってほしい事は山ほどあるぞ、我が妻よ」
「ええ、望むところ」
伴侶となったカミノガエは、そのなんら変わりない返事に、安心すると共に、この苦境を乗り越えられるかもしれない希望を見出していた。
一同に顔を合わせた後、カリンはとにかく現状の把握に努めた。龍がこの地を閉ざしてすでに4日。食糧の備蓄は小麦粉とわずかな保存食、そして釣り上げた魚。これでも丸二日からかなり進歩している。そして。猟犬の対応。これがなによりの急務であるとの見解を示す、おおむね、黒騎士と同意見だった。
「で、コレが、私が起き抜けに斬った」
「猟犬の、核だな。なぁカリン、なぜあの時、あの場所に? 」
「黒騎士は何処? って、衛兵さんに聞いて、たどり着いたら、いきなり目の前に変な物が飛び込んできたんだもの、そしたら」
「そしたら? 」
「その、反射的に」
「反射的に」
手元で鈍く輝く、半分に割れた宝石。これこそ、あの恐ろしい猟犬の体内にあったなど、カリンはにわかには信じられなかった。
「でも、コレ、ただ石ころじゃなくって? 」
「その石ころになるまでに、いろいろあったんだ」
猟犬は、水に囲まれると、その身を守るかのように結晶となる事。さらに、結晶に水を与え続けると、ヘドロ状となり、あたりをさまよう。そのヘドロの中心部に、核と呼ぶべき部位があり、ソレを壊せば、猟犬は活動を停止する。
コレが、黒騎士とカミノガエが出した、猟犬を倒す為の手段であった。
「知っての通り、猟犬は群れをなしてる。今回は一匹だったから対処できたが、複数で囲まれれば、水を浴びせるどころの騒ぎじゃなくなる」
「でも、倒し方はわかったって事ね」
「ああ。あとは、どうやってソレを実行するかだ。文字通り、一匹ずつじゃ埒が明かないからな。一遍に、かつ効率的に仕留めていく必要がある」
「――その、聞くかどうか悩んだのだけど」
「何か? 」
「その腕は、私のいない間に? 」
「あー……手甲をしていればバレないと思ったんだけど」
「不自然に動いてないもの。バレるわよ」
「気にするな、っていう方が無理か」
黒騎士は、観念し、ひとまず左腕にはめていた義手を取り外す。義手といっても、あくまで鎧の手甲を体からつるしていただけで、なんの機能も持たない。あくまで外見を補う為の物だった。
「腕を、猟犬に腕を喰われた」
「そ、それじゃぁ」
「でも、猟犬になる前に、腕を自分で斬ったんだ。君がそうしたように」
「な、なんでソレを」
「君をコウから降ろす時、コウの中に、君の脚が落ちてた」
「――」
「コウは君とつながっている。おそらくコウが喰われたんだろうとは思ったが、それでも切り落とさないといけなかったんだろ? 」
「――ええ」
「だから、君の対処の方法のおかげで、僕はここにいる。事前にアレをみていたから、切り落とす覚悟ができた」
「……なんて、言えばいいのかしら」
「カリン? 」
カリンは、まだ残る黒騎士の腕を取る。少しだけ強く握った。
「貴方が、猟犬にならなくてよかったっていうべきなのか。それとも、無茶をさせた事に、あやまればいいのか、それとも、他に何か」
「――だったら、僕からは1個だけだ」
「1個? 」
「『また共にいてくれてありがとう』だ」
「そう、ね。じゃぁ」
カリンは、微笑みを絶やさず、静かに告げた。
「また、共にいてくれてありがとう。オル」
「こちらこそ」
「なんか、改めて言うと、照れるわねコレ」
「照れた次いでに、君の相棒に会わせてくれ」
「コウに? 」
「正直、治してくれると思っていなかったら、切り落とせたかわからなかった」
「貴方、私達をアテにしたのね」
「よしてくれ。その件はもうこっぴどく叱られた」
「へぇ、誰に? 」
「リオにだ」
「……へぇ!! 」
二回目の『へぇ』は、わずかに甲高い声だった。人物の意外性と、そしてリオ自身の成長を喜ばしく思っている。
「分かったわ、追及はしないであげる」
「助かるよ」
「でも、まだコウに会う必要は無いと思うわ」
「それは、どうしてだ? 」
「帰ってきたのは、私だけだからよ」
「――何? 」
「ちょうどいいわ。皆からお話を一杯聞いたから、今度は私が話すわ。ついてきて」
◇
カリンはオルレイト達を引き連れ、船の倉庫内へと向かった。そこは今や、ベイラーの格納庫と化している。レイダ達以外にも、帝都で使われていたパラディン・ベイラーなども同じように格納されている。姿勢は主に膝立ちで、ベイラー達からすれば窮屈ではあるものの、避難船の限られた空間では、ベイラーに乗り込む為の足場を組む事はできず、かつ多少なりとも揺れる船の中では、下手にベイラーが立っていると、揺れた拍子に倒れてしまう。そして倒れれば最後、狭い空間でドミノ倒しになりかねない。重心の膝立ちであれば、倒れる前に手をつくことができる。
そして、立ち膝の状態でいる、白いベイラーがひとり。その目には光が無い。
「……起きて、いないのか」
「ええ」
「どういうことだ? 今まで君が起きたなら、コウも一緒に起きていたじゃないか」
「眠っている間に、私達が『綿毛の川』に行っているのは、前話したわね」
「話したような、話さなかったような」
この星では、肉体と魂は分けて考えられている。そして魂には故郷がある。人の魂の故郷は、『綿毛の川』と呼ばれる場所である。
カリン達は、サイクル・リ・サイクルという、他のベイラーにはない圧倒的な力の代償として、カリンとコウは眠りにつく。そして、眠っている間、2人の魂は『綿毛の川』にいってしまう。もしこの間に、2人の肉体に損傷があろうものなら、2人の魂は帰る場所を無くし、廃人になってしまう。
「「「(それ大変なのでは? )」」」
初めて聞いた者、説明を受けた事がある者、龍石旅団の中でも差はあるのの、感想は同じだった。サイクル・リ・サイクルの力は確かに強大かつ便利ではあるものの、代償があまりに大きい事に気が付く。カリンも危険性は自覚しているようで、旅団の顔色を見ながら続けた。
「使わないに越したことはないけど、必要なら、この力は使うわ。それがコウとの約束だから」
「(……だと、思った)」
オルレイトはぼやきたくなるのを堪えて、カリンの話の続きを待つ。今、カリンに力の是非について追及してもなんら意味はない。
代わりに、サマナが質問を投げた。
「なぁ、コウは結局、なんで帰ってこないんだ? 」
「コウの魂は今、人から、ベイラーに近くなってしまっているの」
「魂が、近く? 」
「だから、綿毛の川から、別の場所へ行ってしまった」
「オイオイそれって」
「その予兆はあったのよ。リサイクルの力を使うたびに、彼は人間からどんどんベイラーに近くなっていった。――そして、きっと私もそう」
「カリンも? 」
返事はせず、カリンは着けていた手袋を外し、皆に見せた。そこには、人間の柔肌があるが、よくみれば、手の甲の中心部が、ささくれている。ささくれ方は円を描くように均一で、まるで機械で彫り込まれたかのように正確だった。だが何より、その模様は、ベイラーのもつサイクルに酷似している。
「まさか」
「剣聖ローディザイアが、100歳を超えても、剣を振るえるほど生きていた理由が、なんとなくわかったの。きっと、あの方もこんな感じになったんだって」
ベイラーとの共有が深くなればなるほど、人間にもまた変化が訪れる。カリンは今まさに、その変化のただ中にいる。
「だから私、もしかしたら、うんと長生きするのかも」
「(……長生きだけで済むわけないだろう)」
オルレイトは声を荒げたい衝動に駆られた。サイクル・リ・サイクルの代償として、カリンは人ではなくなってしまうかもしれない。手の甲にあるサイクルはその証にしか見えなかった。これ以上、サイクル・リ・サイクルを使わせたくなかった。
「(でも、そうしたら、僕たちはどうなる!?)」
だが、状況はソレを許さない。コウの力はこの閉ざされた世界にとって代えがたい力である。そして何より、オルレイトは猟犬を倒した後の事を考えている。
「(猟犬をすべて根絶やしにしても、まだあの魔女がいる)」
猟犬を生み出した張本人、結晶の魔女マイノグーラ。彼女がまだ地上に残っている。いくら猟犬を倒そうとも、彼女がいる限り、この星に安寧はない。
ならば、最終的には、猟犬を倒した後、魔女とも戦わなければならない。その時、魔女と唯一対抗したのが、コウのサイクル・リ・サイクルであった。魔女の冷気を浴び、他のベイラーが一切動けなかった中、コウの生み出す炎だけが、体の硬直を融かしている。
「(あの魔女を倒すには。コウの力は絶対に要る)」
マイノグーラを倒す為に。コウの力が必要なら、カリンの体はさらにベイラーに近づいてしまうという事になる。
「(僕は、本当に一体、何に甘えようとしていたんだ!)」
オルレイトは心の中で、左腕を切り落としても、コウに治してもらえばいいと考えていた己の行動を恥じた。もう何度目かの謝罪だった。そして、心を読んでしまえるサマナは、その何度目かの謝罪を読み取ってしまう。
「(別に、カリンは気にしないだろうに)」
「……えーと、その」
カリンの告白で、周りの空気は、曇天のように重く暗くなった。カリン以外の心境を思えば、当然と言えば当然なのだが、当の本人が、一番困惑していた。
「みんなどうしたのよ。コウは絶対に帰ってくるし、私も、ベイラーになる気は無い。それだけははっきりさせておくわね」
「……分かり、ました」
重苦しい空気が晴れる事はないが、それでも、一応の話の着地を終えた。状況の整理と把握を終えると、こんどはカリンから質問が飛ぶ。
「で、オルレイト、陛下、とにかくあの猟犬の数を減らしたいのよね? 」
「あ、ああ。やはり食糧がパンだけでは心もとない。幸いここは港街で、宿屋も多い。新鮮な野菜は無理にしろ、街に出れば、調味料や調理器具を充実できるはずだ」
「なる、ほど」
そして話は、猟犬の対処方法へと変わる。
「猟犬の分布図、とまではいかずとも、何処に何匹くらい要るかわかれば、探索ルートを作る事もできたが、まず奴らが何匹いるのか僕たちはわかっていないんだ」
「でも、猟犬の倒し方はわかったのよね?」
「さっきも言ったが、剣で一匹ずつやってたら埒が明かない。猟犬がどれほどいるか分からない以上、もっと大量に、かつたくさんの場所で倒す必要がある」
「あー、うーん。」
カリンはウンウンと唸りながら、彼女なりに話を整理していく。
「オル。私の時は剣だったけど、割るのに何も剣を使う必要はないんじゃないかしら」
「と、いうと? 」
「あの核をこわすだけだったら、他の方法がいくらでも使えるのではなくって? 」
まずは、猟犬の核の壊し方についてだった。先ほどはカリンが反射的に剣を使っただけで、何も剣である必要はないかもしれない。
「他のって、例えばどんなのだ? 」
「飛び道具よ! 弓とか、投石とか、それこそサイクルショットとか! 」
「――一理、あるかもしれないが」
通常の猟犬であれば、弓も石もショットもなんら効果はない。だが、水を浴びせ、核を打ち壊す事ができるのなら、その手段を迷う必要はない。剣で壊せるのなら、他の方法でも壊せる可能性は十分にあった。
「猟犬を一挙に仕留めるより先に、どの位の威力なら核を砕けるのか、調べる必要があるな」
「また一匹捕まえるか。黒騎士」
「はい陛下。そのほうがいいでしょう」
「ねぇ、一匹じゃないと駄目? 」
カリンが心底不思議そうに尋ねた。オルレイトは質問の意図が分からずに続ける。
「そりゃいくらでも欲しい。そうだな。3、いや5匹もいれば十分だろう。まず檻を作る所からはじめないといけないが」
「オル、もしかして一匹ずつ捕まえようとしてない? 」
「……その、つもりなんだが」
「ふふふ。もっと簡単にたくさん手に入れる方法があるわ」
「本当か!? 」
「その為には、リオ、クオ、そしてフランツ君に、協力してほしいのだけど」
「「はーい! 」」
「……なんだ急に」
名指しで呼ばれたリオ、クオ、そしてフランツ。双子は元気よく返事を返したが、フランツに関しては、まだ出会って、言葉もそこまで交わしていない相手に呼ばれて、とっさに返事が遅くなる。
「貴方のベイラーが、パン屋までの道を開いたとか。まずはお礼させてください。ありがとう」
「……どう、いたしまして」
「貴方と、貴方のベイラーにぜひやってほしい事があるの」
「ん? 」
「リオとクオには、作ってほしいものが」
「ま、まてカリン、一体何をする気なんだ」
「獣と戦うのに、なにも正面切って戦う必要ないのよ」
「なら、どうやって戦うんだ」
「オル。リオとクオのご両親が何をしていたのか忘れて? 」
「何って、そりゃぁ、狩人だろう? 」
リオとクオの父親、ジョット・ピラーは狩人である。彼は獲物を仕留めるのに弓矢などは使わず、罠を用いて狩りをしていた。リオ達も、その罠の作り方は知っている。
「まさか、罠を? 」
「ええ。猟犬を捕まえる為の罠。それも、一網打尽にするための」
「だ、だが檻にいれる罠はつくるのに時間がかかる。何個も作るとなるとかなりの時間がかかるぞ」
「檻は作らないわ」
「何ぃ!? 」
「代わりに、もっと大がかりな物を作るのよ」
「姫様、何を作ればいいの? 」
「大丈夫。リオ達なら作れるものよ」
オルレイトには全く想像できなかった。己の左腕を犠牲にようやく1匹を手に入れたが、リオ達であれば、さらに多くの猟犬が手に入るという。さらに、その道具はリオ達でも作れると言う。
「何を、する気なんだ? 」
「落とし穴を作るのよ」
「……落とし穴ぁ!? 」
かくして、さらなる猟犬解明の為に、第二次捕獲作戦が立案された。内容はとてもシンプル。猟犬をおびき寄せ、落とし穴にはめる。ただコレだけである。
オルレイトは空いた口が塞がらず、サマナは大笑いし、カミノガエは茫然とした。だが、決死の覚悟で檻の中に誘導するよりも、ぐっと危険性が下がり、そして一度に大量の猟犬を確保できるとして、誰ひとり反対する者はいなかった。かくして、冗談のようは方法ではあるものの、第二次捕獲作戦は、すぐに実行に移される事となる。




