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猟犬捕獲計画


 すでに、龍が大地を覆って三日が経過した。避難船の改装は少しずつ進み、一日目に比べて、人々は過ごしやすく変わっている。それでも人々の不満不平が満たされる事はない。だが明日、またパンが食べられるという希望が人々の胸を満たしていた。元々あった保存食は、新たに配給されたパンのおかげで、さらに予備として備蓄できるようになり、これから先、パンが無くなっても、わずか食糧は残される状態になった。


 あれから、グレート・ギフトは彼の予想通り、『サイクル・ギフト』の力を失い、その力は二度と発現する事は無かった。コックピットにゲーニッツが乗り込み、意識と感覚の共有が行われ、そしてさらに『赤目』になる事もできる。ここまでは普段と何も変わらない。


 だが、サイクル・ギフトを使おうとしても、どうしても小麦はその手から出てくる事は無かった。何度同じように力を使おうとしても、手のサイクルが空回りするだけで、何も生み出さない。サイクルそのものが不調ではないかと考えたゲーニッツは、試しにサイクルでできる道具を一通り作ってみた。サイクルブレード、サイクルシールド。サイクルショット。どれも、修練すればだれでもできるサイクルの武器。できた武器は、可もなく不可もなくといった出来栄えで、なんら特異性は見いだせなかった。


 そして、もう一度サイクルギフトを使ってでも、同じように何も生み出せない。


「(分かっていた。分かっていたが)」


 グレートとはすなわち、星の契約者。すでにギフトは、星からの賜る、無尽蔵の供給源(リソース)は、もう無い。グレート・ギフトは、ただのギフトとなり、ただの、足の悪いベイラーとなった。その事実を、ゲーニッツはゆっくりとかみ砕いていく。


「陛下、やはり」

「いや、佳い。無理を言った。ギフトよ。貴君の働き、見事であった」

《はい。ありがとう》


 それでも、確認したくなるのが人の性である。皇帝カミノガエは、グレートギフトに謝礼を述べた。グレートギフトは、カミノガエの立場をいまいち把握しておらず、ただ、労いの言葉を受け取った為に、丁寧にお礼を返した。


 カミノガエはただのベイラーとなったギフトを尻目に、艦橋(ブリッジ)へと上がる。遅めの朝食がマイヤによって作られている。如何に皇帝でも、メニューは他の者と同じ。焼き立てのパンと、干し野菜を溶かしたスープ。硬い目玉焼き。質素だが暖かく、そして栄養のある食事だった。


 もしグレート・ギフトがが生み出した小麦がなければ、ここにはパンがない。


 そして、このパンがなければ、この三日目は訪れていない。


 すでにこの避難民の人々の食糧限界点は通過していた。


「(少し経てば、パン以外が食べたいと言い出すのだろうな)」


 カミノガエは、焼き上がったパンを一口ずつ食べる。保存度外視の、焼しめていない柔らかいパンはやはり格別で、やはり質の悪い食事は人間の気力を奪うのだと実感していた。そして同時に、このパンの味に慣れてしまえば、もっと別の味を求めるてしまうのだとも思っている。その為には、パンと、保存食以外の材料が必要だった。


「(やはり、活動領域を増やすしかないか)」


 パンの時もそうであったが、船の中で籠城する事はできない。食糧と、なにより船は脆く狭い。ティンダロスの猟犬は水辺を嫌う為、船まで襲ってこないのが不幸中の幸いだった。女中であるマイヤの進言で、生活領域を広げていくのは、ある種合理的ではあるが、無計画に進出してしまうと、こんどこそティンダロスの猟犬の餌食になってしまう。


 そして、活動領域を広げた先の展望を、カミノガエは描いている。


「(そして、この地から脱出する為の調査も行わなければ)」


 最終的には、この地からの脱出をカミノガエは視野に入れていた。その希望は、同胞となったフランツ達にある。龍はこの地をぐるりと体で囲んでいる。海からの脱出を防ぐ為に、海底にも体を折りたたんで沈めている徹底ぶりである。


「(あの穴を掘る力なら、山々を掘り進めるやもしれん)」


 だがもし、山の中腹から穴を空け、向こう側に出れたとしたら。


 フランツ達がいれば、不可能ではない案だが、いさかか、突拍子もない案でもある。山で穴を掘ると言う事は、水辺が無い場所へと行かなければならなくなる。ティンダロスの猟犬と正面切っての闘いは避けられない。だがこちらには、ティンダロスを倒す術が見つかっていない。

 

「奴らが居る場所の調査、食糧と水の管理……やる事は多いな」


 名残惜しそうに、残りのパンを口にする。甘い香りが鼻を通りぬけた後に、飲み水で流し込む。真水も貴重である為、海水を干して真水と塩に分ける作業も連日続いていた。


「何から手をつけたものか」

「陛下、いまよろしいでしょうか」


 物事の優先順位を決めようとした時、仮面を被った黒騎士がやってくる。すでにカミノガエは黒騎士の正体がオルレイトであると知って居る為、ため息と共に着脱を促した。


「貴君、その被り物、なんとかならんのか? 」

「その、コレを被っていると、皆さまに通り(とおり)がいいと言いますか」

「通り? 」

「言う事を聞いてくれる、といいますか」

「ふーむ」

「兵士の方も、そうでない方も、なぜかこの仮面を被った時は話を聞いていただけるんです。素顔だとそんな事ないのに」


 肩を落としながら語る黒騎士。素顔のオルレイトは、線も細く病気がちで、一見頼りなく見える。だが、彼は黒騎士として、選抜闘技大会に参加し、勝利を収めている。その際、倒した相手が商業国家アルバトの首相、ライカンであったのも相まって、帝都内で黒騎士の人気は、熱狂的なファンができたほどであった。

 

 こうして、オルレイトは、素顔でいるよりも仮面を被っていたほうが、全ての行動がしやすい事に気が付き、こうして仮面が手放せないでいる。


「まぁ佳い。して何か」

「この後の、僕たちの行動について、少々お話が」

「ほう。余も考えねばならんと思っていたところだ。さ、何から手を付ける? 」

「何から? 」


 会話が突然中断される。お互いに想像していたのと違う答えが返ってきて、双方首を傾げた。


「食糧から、水から、何から、もろもろの事ではいのか? 」

「いいえ、もっと根本の部分です」

「根本? 」

「ティンダロスの猟犬についてです」

「いや、それは」


 猟犬は獰猛かつ凶暴。なにより、その首を落としたとしても、血の中から肉体が復活してしまう。復活なのか、それとも別の個体がその場から現れているのかはまだ分からないが、マグマの熱に耐え続けていたティンダロスの中かた出てきた生命体であれば、この星に生きる生き物のルールを守っているとは言い難い。唯一、対抗しうるのは、彼らにとって水が弱点であるということ。


 それでも、水に触れたら何か起きてしまうからなのか、彼らにとってただの畏怖の対象なだけで、水を被ってもなんら効果が無いのかも、まだ分からない。


 未だ人々は、猟犬について何も知らないのが現状であった。 


「確かに、この状況はあの猟犬のせいではあるが、しかしなぜ」

「僕たちは、やつらについて何も知りません。ですから」

「ですから、どうする? 」

()()()()()()()

「――ヘァ? 」


 カミノガエも、自身から出た声とは思えないほどの変な声が出た。


「ティンダロスの猟犬、捕獲作戦です」

「何を言っておるのだ貴君!? 」


 カミノガエは、ここ数日で、理解不能な物を飲み込む術を手に入れたと、個人的には思っていた。グレート・ブレイダーが何人も現れた時も、その口から、ブレイダーは月からやってきたと説明された時も。なにもかも、理解できない事があったとしても、相当の事がなければ、何があっても動じぬ心を得たと思っていた。


 だが、それは誤まりであった事を自覚した。言葉はわかるのに、何を言っているのか全く分からない。目の前で黒騎士が言い出した作戦をきちんと理解するのに、本当に時間が掛かった。



「猟犬、捕獲作戦」

「第一次捕獲作戦としました」

「第一? 」

「失敗しては駄目なんですが。万一を考えて、第一としています」

「そ、そうか」


 ようやく黒騎士がなんと言っているか理解できたが、やはり頭を抱えた。黒騎士はその様子をガン無視し、説明に入ろうとしまう。


「作戦の概要は――」

「待て」

「今から説明するんですが」

「説明しろといったのは余だが、待て」


 言葉の意味を理解し、そして黒騎士に説明を求めた。黒騎士は意気揚々と説明したが、カミノガエが説明してほしい部分を丸々省略した為、当然だがストップがかかる。


「まず、アレは、猟犬は、捕まえられるのか? 」

「分かりません」

「――何? 」

「だから、調べる為に、やるんです」

「――」


 言葉を失った。その様子をみた黒騎士は、しかしまくし立てる。


「まず、アレが水に弱いのはわかっています。なら試しに、水で囲った檻でなら、一匹だけでも捕まえられるかもしれません」

「水で、囲った、檻? 」

「はい」

「そんな物、作るというのだ? 」

「まず管を作り、そこに水をいれるのです。このように」


 そうまで言うと、黒騎士は手元から、設計図と思しきものを見せた。殴り書きで書かれた、それは設計図というより、ちょっとした落書きにもみえる。ぱっと見る限りは、なんの変哲もない檻であった。木製である事意外は、とても猟犬を捕まえられるような造りには見えなかった。


 まず、中が空洞な、木製の管を作り、その管を用いて、動物を納めるような檻を作ってある。外から檻を閉じる仕組みであった。


「このような物を、帝都中にに置くのです」

「こ、これは」


 驚きと呆れとが入り混じった感情がカミノガエを包んだ。まず木製という点。木でできた檻など、猟犬に限らず、獣であればいとも簡単に破れそうである。ましてや水を中にいれるとなれば、さらに脆くなるのは必須。何より


「これは、餌が無ければ入らないではないか」

「はい。そのような仕組みにしてあります」

「――」


 今の説明を聞き、では実行せよと命令できるほど、カミノガエは呑気ではなかった。あまりに懸念事項が多すぎる。それでも、ようやく檻の構造と仕組みを理解した後、ふと口を開いた。


「貴君、少し休んだ方が良い」 


 それは、作戦など関係なく、ただの黒騎士への労いだった。


「少し横になれ。疲れておるのだ」

「いえ、そんな暇はありません」

「では聞くが、猟犬の餌になる者など、人間以外にない。分かっておろう? 」

「はい。その通りです」


 猟犬は、認識をもつ生物を捕食し、増殖する。単なる知性とはまた違う、人間がもつ領域があるのが条件である。故に猟犬は、無機物を食べず、有機物の中でも、可食部が少ないであろう人間を食べる。そのためには、ひとりの人間を食い殺すのに、何十匹の猟犬が群がるほどである。


 もし、この捕獲作戦が失敗すれば、むざむざ敵の戦力を増やしかねない。


「この作戦は却下だ」

「何故ですか陛下? 」

「説明が必要なのか? 」

「はい」

「――ハァ」


 ため息と共に、黒騎士の目を見る。仮面の奥底にある目は、想定よりずっと正気のように見える。少なくとも、酒に酔って作り上げた作戦ではないのはわかった。徹夜なのかどうかは、この場では判断が付かない。なお、この作戦そのものが、黒騎士渾身の冗談の可能性も視野にいれた。


「(いっそ、冗談の方が楽であったな)」


 だが、記憶の中にいる黒騎士は冗談をいうタイプでない事を思い出し、冗談の線は削除する。このままでは、黒騎士がずっと引き下がるだろうと思いながらも、言葉を続ける。


「餌は一体どこから持ってくる気だ? 」

「はい。それに関しては」


 そして、黒騎士の口から、信じられない言葉が出る。


()()()()()()()()()

「馬鹿も休み休み言えんのか!? 」 


 呆れる暇もなく、今度は即座に怒鳴り声となって出た。


「貴君は今や、この避難船の中で貴重な存在だ。ベイラー乗りである事、戦える戦士である事、もはや貴君の代わりは、ここにはおらん。それを余が、貴君を見殺しにするような真似を、わざわざさせると思うのか? 」


 言葉に出してカミノガエ自身も改めて理解する。カリン達が動けない今、目の前にいるこの男は、この帝都の中で抜きん出ている。


「今や、貴君はカリンの代わりとなっている」


 その彼が、自分を犠牲にする作戦を自ら口にしている。そんな事、到底容認できるはずもなかった。しばしの沈黙の後、やがて黒騎士はゆっくりと口を開いた。


「陛下は、何点が勘違いをしておいでです」

「勘違い? 」

「僕は、カリンの代わりにはなれていません。カリンはきっと、僕なんかが想像できないくらいの無茶をして、その無茶をコウが支えて、この状況を打破します」

「そんな、訳が」


 ない、とも言えなかった。カリンなら、コウなら、そうしてしまうかもしれないと考えうる。現実に、カリンは、コウはそうして来た。


「僕は、僕ができる範囲の事しかできないんです」

「それが、なぜ自分を餌にする事につながる? 無駄死にするつもりか」

「そんな事しませんよ、この図を見てください」


 そう言って、黒騎士は設計図を広げる。彼の目は、正気を失ってなどいない。


「これは、狩人の友人から聞いた、狩猟用の罠に少し手を加えたものなんです」

「狩人? 」

「あの顔がそっくりな双子のクオとリオです」

「あの双子、狩人だったのか」

「(両親が、とは黙っておこう)」


 注釈を入れる暇は今は無かった。


「まず、罠の中に僕が入り、扉を開け、猟犬を待ち構えます」

「待ち構える? 」

「はい。そして猟犬が来たら、僕はこの、人がひとり抜け出せるだけの穴に飛び込んで、罠から脱出します。そして、僕が外に出たその拍子に、扉は閉じ、猟犬の捕獲は完了です」

「――」

「決して、犠牲にならないと分かっていただけましたか? 」

「1つ、いや3つ聞かせよ」

「どうぞ」

「この罠は、いつできる? 」

「明日には」

「明日!? 」


 あまりに早い完成であった。それは実行までに日がない事を意味している。


「もし、猟犬が暴れて、罠が壊れたら、貴君はどうなる? 」

「おそらく、食べられますね」


 そしてさも当然といったように、黒騎士は答える。


「貴君が、逃げられなかった時は」

「その時も、食べられるでしょう」

「そこまで、分かっているのであれば、何故」

「誰かが、やらないといけないんだ」

「それなら、貴君以外の」


 誰かを。そう言葉が続こうとした時、黒騎士は手で制する。黒騎士の声には。怒りがにじみ出ている。


「そこから先の言葉を言ったら、陛下と言えど僕は許せなくなる」

「(なんだ? 何が黒騎士をこうさせているんだ? )」


 黒騎士は、自分はカリンの代わりにはなれないと言った。だが、すでに黒騎士自身、他の代わりが務まるような者ではないのだ。それを、まるで自分の身を顧みない作戦を立てている事が、カミノガエは理解できない。

 

「僕は、奴隷王の『あの』ライカンに大見得を切った。お前を許さないと」

「それは、あの国の方針だ。貴君が気にする事ではない……まさか」


 ライカンは、人の奴隷を餌にして、恐ろしい剣闘獣を作っていた。そしてそのライカンを、黒騎士は決闘の場で叩きのめしている。


 なお、帝都にも奴隷はいる。カミノガエが好んで使う事はないが、生活の一部として、奴隷はごく自然に存在していた。カミノガエが、黒騎士以外の餌を用意しようとするなら、迷わず奴隷を使えばよいと考えるほど。


「ライカンを叩きのめした僕が、ライカンと同じ手段を取ってはいけないんだ」

「だから、貴君は、自分で餌になるというのか? 」

「いずれ誰かがやらなきゃならないなら、僕が最初にやる」


 黒騎士ことオルレイトも、この作戦を考えた時、奴隷の事が頭に浮かばなかったかと言えば嘘になる。だが奴隷制度については、毎回不快感を超え怒りを覚えていた。人が人を売り買いするなどあってはならないと。しかしこの極限の状況下では、奴隷の存在はあまりに都合が良すぎた。


 餌として奴隷を使えば確かに事は済むだろう。だがその行動をした時、オルレイトは己を許す事ができない。


「それに」


 もし、同じ立場であったなら、()()()、オルレイトと同じ決断するという確信がある。


「カリンなら、同じ事をします」

「――」


 言葉に詰まった。そうではないと否定する言葉が胸にあふれた。


 だが、カリンならば、確かに、その行動をとるかもしれない。他人の為に自己犠牲をいとわない彼女であれば。そして、その自己犠牲を、犠牲にさせない行動で補う、あの白いベイラーであれば、きっとその無茶を通し続ける。


「そう、かもしれんな」


 曲りなりにも、自分はカリンの夫である。ならば、妃の無茶は止めるべきだ。だが、カリンの行動はどうしようもなく正しい。その心に慈悲を持ちながら、剣を持って敵を即座に打ち倒さんとする。雄々しさと美しさが同居している彼女に、カミノガエは惹かれている。


 きっと、目の前の黒騎士も同じ。故に意見も一致した。


「カリンならば、あるいは」

「彼女が起きれば、真っ先に餌になりに行きます。ですから先に、僕が」


 餌になります。オルレイトはそう宣言した。


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