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ベイラーと進まぬ会議


 避難船三隻が、集まっていくる。第十二地区の港、その浅瀬で、互いに座礁しないように注意しつつ、船を寄せる。頭上は暗く、夜目が効かない人々の為に明りが適宜照らされている。


 オルレイト達は、己の相棒たるベイラーに乗り、文字通り橋渡しを行っている、レイダが簡易的な架け橋を作り、船同士の行き来を可能にする。ここで、全ての人々を自由に行き来できるようにはせず、兵士や大工など、専門的な職人だけが、ひとまずの通行を許された。理由は、乗っている乗員による。


 貴族、平民分け隔てなく否応なしに乗り込んだ為、今や身分と貧富の差が顕著に表れている。そこに、今まで存在を隠されていた、スキマ街の人々も加わり、不満不平が今にも噴出しそうであった。特に彼らの劣悪な生活環境によって生み出された、その体臭は、いかんともしがたい。もし、人々を自由に行き来したら、誰もがスキマ街の人々が居ない船へと向かうのは明白だった。そうすれば、船の均衡が崩れ、沈没の恐れが出てくる。


 故に、カミノガエの側近たるコルブラットは、極めて冷徹に、かつ正確に物事を伝えるべく、各避難船を奔走した。


 まず、職能を持つ者を集める旨を伝えた、この絶体絶命の状況で、人々が一日でも長く生き延びる為に、専門の組織を作ろうとした。その際、家族と引き離す事になったとしても、『これは陛下からの勅命である』の一言で納得させた。次に、人々の往来の禁止。これは反対意見が起きた。三隻ある避難船で、それぞれ家族の安否を気にする物、人がもつ当たり前の優しさからくる懸念。それらを『カミノガエから賜った勅命』であると、すべて遮った。


 船の行き来は、お互いの安否を確かめる為ではなく、この暗くなった世界を一日でも長く生き延びる為。それが、使命であると。コルブラットは、振るえる声を抑えられなかった。


 民は、納得はしていなかったが、今までにないコルブラットの声に、思わずたじろいでしまた。最も、コルブラットは、生き延びる為の手段までは伝えていない。地上でひしめくティンダロスの猟犬たちを切り抜け、陸にあるパン屋まで壁と道を作るなど、伝えても理解されると思わなかった。未だに自身も理解できていないため、当然ではあった。


 そして今、船と船との間に桟橋が掛かり、兵士(肉体労働)大工(左に同じ)、医者(怪我人の看病)、商人(数字の勘定ができるもの)を集めていく。

 

 架けた橋から人々が集まる様子を前に、オルレイトが思わずつぶやいた。


「これが、明日のパンを得る為に集まった人たちか」


 その数は20人も満たない。避難民の総数が600人を超える中、いささか頼りない数であった。

 

 それでも、この瞬間から、彼らの、生存の為の闘争が始まった。



 上陸による窯の確保。そのために必要な物をそろえるべく会議が行わている。


「こちらが第十二地区の地図です。この港から一番近いのはこのパン屋かと」

「……一番近くて、ここか」


 地図は、第十二地区のちょうど中央に位置している。港からは距離があった。


「この距離を、猟犬を掻い潜っていかねばならん」

「猟犬は倒せるのですか? 」

「まだ、分からん」


 まず第一に、猟犬をどうにかしなければ話は進まなかった。その点を、オルレイトの提案により事態がわずかに進む。


「奴らは海水を嫌います。なら、水を撒きながら進む、というのは」

「それは、一時的には退くであろうが……すぐ干上(ひあ)がるであろう? 」

「水路は、どうでしょう? 」


 マイヤが手をあげながら続ける。


「猟犬が水を嫌うのなら、ベイラーで水路を立ててしまえば」」

「なるほど。女中の案は悪くない」

「まってください陛下。それにマイヤ」

「はい? 」


 マイヤの疑問に、丁寧にオルレイトが答えていく。


「おそらく、ベイラーでは無理だろう」

「何故です? 」

「第十二地区の()()()を覚えてるか? ベイラー一人が作業できるほど、あの道は広くない」

「……確かに。歩くのもとても苦労しました」

「だが、水路の案は妙案だ。せめて、港口だけでも、壁と一緒に、水路で覆うようにすれば、奴らはこちらまで来れなくなる」


 オルレイトが現在地をペンで囲む。猟犬から三隻の船を守るようにして壁を作り、さらにその壁の外には、水路で囲む。


「……問題は、水路がどれくらいの効果があるかだが」

「コルブラット、貴君から何かないか? 得意分野であろう? 」

「では、僭越ながら」


 コルブラットが咳払いをしつつ答える。


「まず、水路の試作を作り、外に置きます。細い物、太い物、その中間の物を作り、奴らが近寄るかどうかを確認します」

「外に置く? 」

「はい。壁を作り、壊されるより前に設置する事で、即座に退避します。あとは、遠くから観察すれば、おのずと結果は見えてくるかと」

「……悪くないな」

「水路は、ベイラーで作れないなら、兵士と大工で作らせましょう」

「兵士は、ともかく、大工たちは作ってくれるでしょうか? 」


 オルレイトの危惧は、常日頃から戦いに身を投じている兵士と、そうではない大工との差にある。水路を作り、運ぶとなれば、猟犬に出会う危険が伴う。そんな役目を、果たして大工が首を縦に振るかどうか。だが、その危惧は、カミノガエの一言で収まってしまう。


「余が、直接説得しよう」

「陛下自ら、ですか? 」

「余にできる、唯一の事だ。故に余が行わねばなるまい」


 コルブラットは、内心驚いている。説得は自分が行うだろうと考えていた。コルブラットは、自分が受ける他者の評価を理解している。冷徹、非常。それらの評価が、およそコルブラットに向けられる言葉である。その評価を受けた事事態はさほど問題ではない。帝都の巨大な組織の内部では、情に訴えて事態が進む事など皆無であるからだ。故に、どんな罵りや嘲りを受けたとしても、すでに慣れ切っている。 だが、その役目を、陛下自らが買って出ると言う。自分が民に説得するのとでは効果のほどが違う。


「……陛下、お願いいたします」

「うむ。早速試作を作らせよ」 

「御意」

「あとは、パン屋までのルートだ……だがコレは」


 オルレイトが地図を見渡す。パン屋までの道は一本道だが、両脇には建物があり、物陰が多い。猟犬たちが隠れるには絶好の場所と言える。


「(一口でも猟犬に噛まれればひとたまりもない。ましてやこの暗闇で目も役に立たない。兵士が護衛に付いたとしても、不意打ちに対応できるかどうか)」


 猟犬の性質を相まって、生存権の拡大はやはり難しいと考えざる終えなかった。それでも、食糧問題を解決するには、この方法しかないのも事実。議論はさらに続いてく。


 空を飛ぶベイラー達で輸送するか? 

 窯を中で作ってしまったほうが速くないか? 


 答えの無い議論が続いていく。生産性は皆無であり、疲弊だけが積もっていく。


 やがて、マイヤが自分の目を擦った時、ふと気が付く。


「皆さま、いつお眠りになりますか? 」

「寝る? それは夜に……」


 ここで、この帝都ではすでに夜明けが存在しない事を思い出し、わずかに心が荒んだ。もう、自分達は朝日を拝める事は無いのかもしれないと。


「少し横になりましょう。まだ始まったばかりですので」

「そ、そうか」

「皆、一旦解散だ。朝になったら続きをしよう」


 結果、会議は煮詰まり、何も決まる事はなく、その日は終わってしまった。焦りが無いといえば嘘になるが、帝都と商会同盟との戦争から、ティンダロスとの闘いで、全員が精魂疲れ果てており、ろくな寝台もなく、雑魚寝する形でも、即座に眠気が襲ってくる。


 明りを消すのは、暗闇に支配されそうで恐ろしく、少しだけ明りを付けたまま、カミノガエ達は眠りについた。



「(……習慣とは恐ろしいものですね)」


 5時間ほどたった後、マイヤはパチリと目を覚ました。彼女の体内時計はほぼ完ぺきに機能し、龍に空を閉ざされてなお、皆の朝食をつくる為に早起きしていた習慣が、そのまま根付いている。


「皆さまは、まだ眠っていますね」


 硬い床の上で眠った為、体が少し軋んでしまったが、それでも眠った事で気力、体力が回復していた。これから彼らの為の食事を作ろうと、船に備え付けられた調理場へと向かう。


 船の調理場は、わずかな水場と、多少火が扱える程度。食材を切ったり煮たりをするには手狭で、乾燥した食べ物をふやかして腹を満たすだけの、非常に簡易的な調理場であった。奥には、三隻の避難船から集め、再分配された保存食(主に焼き固めたパンと、歯ざわりの悪い、甘くないクッキー類)と、多少は日持ちする根野菜。野菜は肉以上に、船の上では贅沢品である。


「(まずはお湯。その後硬いパンを切ってそして――)」


 マイヤは手早く火を起す。供えられたマグネシウムの塊を、ナイフで何度か削ってやる。火打ち石の何倍もの火花が一気に薪へと降り注ぎ、小さな火が灯る。灯した火に息を吹きかけ、少しずつ、少しづつ大きくしていく。少々の時間がたつと、お湯を沸かせるほどの火力となる。


 そして大きな鍋をかけ、お湯を作り始める。その間、パンを手に取れるほどの大きさに切り分ける。そしてパンの上に乗せる具材を何にするかを考え始めた時、視界の端で、ガタガタと音かなった。テーブルが揺らされ、無造作に置かれた調理器具がボトボトと落ちていく。


「誰ですか!? 」

「……イタタ」


 テーブルの下から頭をさすりながら、ゆっくりと人影が現れる。その影はマイヤより背が低いそのシルエットと声は、よくわかった。


「ナット様!? 起きていらっしゃんたんですね」

「あ、あはは……」

「馬鹿、隠れておけばバレなかったのに。妹に食わす物持っていけなくなった」

「妹? ええと、たしか貴方は」


 ナットの背後から、フランツが出てくる。腹を空かせた妹の為に、何か食事を持ってこようとしたのをナットが見つけ、そのままついてきた。


「フランツ。僕の友達! 」

「知り合いなだけだ」

「ええー! 」

「マイヤ・マライヤと申します。以後お見知りおきを」

「フランツ。ジョウの乗り手だ」

「ジョウ……ああ! あの不思議な右手の! 」

「ナット、お前の知り合いみんな同じ反応するな」


 フランツとの挨拶が終わり次第、起した火加減に戻る。てきぱきとした仕事ぶりに感心しながら、ナットはつぶやく。


「マイヤに見つかるなんて、運がないなぁ」

「少々お待ちください。私ひとりでは、この船全員分は無理でも、旅団の皆さま分であればすぐにおつくりできますので」

「え、いいの? っていうより、マイヤが勝手に作っていいの? 」

「皇帝陛下と、その側近の方が造ってくださった、非常用のレシピです。このレシピに記載されている一人分の分量を守れば、少なくとも、この船全員、丸二日分は大丈夫だそうです」

「二日、二日かぁ……それまでに、パン屋まで道を作らないとね」

「パン屋? 道? 」

「ああ、フランツ。実はね」


 フランツは会議の場に居なかった為、簡単な説明を行う。


「――てことなんだ」

「ナット。お前騙されてるよ」


 そして、ひどく真っ当な感想をフランツが零す


「ベイラーが手から小麦を出す? 何言ってるんだ」

「そうなるよね。うん。僕もなった」

「私もです」

「ならなんで信じてるんだ」

「信じざるおえない、というか」

「私達の国、ゲレーンが、嵐に襲われ、田畑を流されても、なぜ飢える事が無かったのか、ストンと理解できたといいますか」

「……ゲレーンには、変なやつばかり集まるんだな」

「(とても不本意な()()()をうけている気がいたしますが)」

「(姫様やクリン様の例があるから、ちょっと反論できない)」

「道、道ねぇ」


 お湯の加減が良くなると、マイヤは根野菜をいくつか放り込む。泥を落とすと共に、中まで火を通し、柔らかくする為である。ポトポトと鍋に落としてかき混ぜていく。


「そう言えば、フランツ様はよくこの」

「様? 」

「……何かおかしなことでも? 」

「や、やめてくれ、様なんて」

「では、フランツ君は」

「君ッツ!? 」

「――どちらになさいますか? 」


 フランツはスキマ街出身で、自分の名前に、敬称を付けられる事など無かった、呼び捨てか、もしくは名前すら呼ばれず『お前』としか呼ばれなかった。そんなフランツとって、突然敬称を、それもまだ挨拶したばかりの女性に使われたのは、大いに戸惑いを生んだ。


「とりあえず君で」

「かしこまりました。フランツ君。ひとつ伺っても? 」

「なんだよ」

「なぜ、この調理場が分かったのです? 船の構造に御詳しいのですか? 」


 料理をしながらマイヤが問う。マイヤは、調理場の場所はあらかじめ知って居たものの、この暗闇ではたどり着くのにかなり難儀した。加えて、彼女は眼鏡をかける必要がある視力であり、夜目など利きようはずもない。


「ああ、ジョウが教えてくれたからな」

「ジョウ? ベイラーが、何故?」

「あんた、ここで火を使っただろう? だからだ」

「あの、火を使う事と、調理場の場所が分かる事に何か関係が? 」

「ジョウは、熱い所、冷たい所が分かる目なんだよ! すごいよね! 」

「熱い所が、目で分かる? 熱いのは、触らなければ、分からないような」

「ジョウの目は特別だ。あいつの見ている風景は、俺達とは違う」


 先ほど、ナットがフランツにグレート・ギフトの話をしたように、今度はフランツがナットとマイヤに、ジョウの話をする。


「熱いと赤く、寒いと青く見える。明りも赤いが、料理の火はもっと赤くなる」 

「なる、ほど? 」

「ジョウは、ゲレーンのベイラーよりも変じゃないと思うぞ」

「どっちも凄いよ。それにジョウはその右手で穴が掘れるし、堀った穴の中でも、地表にいる生き物が何処にいるかわかるんだもん」

「なる、ほど? よくわかりませんが、すごいような――」


 そこまで聞くと、マイヤはお湯の中に入った根野菜をかき混ぜる手が止まった。


「ナット様、フランツ君のベイラーは、穴が掘れると? 」

「うん? そうだけど」

「そして、地表に居る生き物も分かると」

「うん」

「フランツ君、確かですか? 」

「あ、ああ。朝飯前だぜ」

「……フランツ君、すぐ来てください! 今すぐ! 」

「お、おい! 鍋はどうするんだ!? 」

「ナット君! 鍋を見ていてください! 行かなければ」

「行くって、何処に!? 」

「皇帝陛下とオルレイト様の元に! さぁフランツ君! こちらです! 」

「お、おい!? 手を掴むな! 引っ張るな! 引きずるなぁ! 」


 フランツの叫び声だけが響くが、マイヤは気にも留めず走っていく。階段を奔り、甲板を奔り、艦橋へと向かう。フランツは、この家政婦か女中かもまだ区別がついていないが、とにかく、この女の馬鹿力は何なのだと恐れおののくしかなかった。そして、先ほどまでマイヤも眠りこけていた場所で、オルレイトの耳に届くように叫ぶ。


「オルレイト様ぁ!」

「うぉあああなんだ!? 」

「道も壁も、水路の試作もいらぬ手段がわかりました! 」

「……な、なんだ一体」

「彼と! 彼のベイラーです! 」


 そこには、首根っこを掴まれ、泡を吹き、さながら借りて来た猫のようにおとなしくなったフランツが居た。


「彼のベイラーは穴が掘れます! 」

「ほう。そうか。でもそれが何の――」


 寝ぼけてていた目が、マイヤの言葉を受け見開かれる。そして、二人の声が重なった。


「「地下水道!!  」」

「大工を起せ! それから、この街の地下水道の地図をもってきてくれ! 」


 猟犬は水を嫌う。そして、この国の地下には、下水道が通っている。暗闇で探索は困難であるはずだが、ここに、フランツと、彼のベイラー。ジョウが居れば。事態は一気に解決する。水は下水道で、そして暗闇による視界不良は、そもそも()()()()()()()()()()()()()が居ればよい。


「君に、大役をお願いする事になるぞ」

「(こいつ、自分を刺した相手くらい覚えてないのか? )」


 大役がどんな物かまだ分かっていないフランツであったが、目の前にいるのは、かつて自分が腹にナイフを突き立てた相手だった。オルレイトは顔を見ていない為、フランツが、あの時の人物だと思っていない。


「(どいつもこいつも、変なやつばっかりだ)」


 オルレイトの声で強制的に目覚めさせられた人々が文句を垂れながら、一応指示された通りに動いていく。その人の流れをみつつ、フランツは、自分の頬が緩んでいく。それは、オルレイトを刺し立時に漏らした、彼らへの感想。


「でも、いい奴らなんだな」


 そのニヤケ顔を指摘されるまで、フランツの頬は、ずっと緩んだままだった。

 

更新を月曜日から火曜日に変更する予定です。随時記載いたします。

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