演奏する乗り手
ロボットが活躍しないときもあります。
コウ発案の作戦によって巨大な雪玉に押しつぶされ、雪の中で身動きの効かなくなっていたベイラーを救出し、しばしの団欒の時間が流れた。コウに負けたことで、リースはひどく機嫌が悪かったが、それは周りに当り散らすというよりも、次はどうしたものかと1人で策略を延々と練り、話しかけようものなら、その剣幕でみな近寄ってこないのだ。
しかし、それを気にしている者も少なく、多くは、音楽を奏で周りを囃す者、酒を飲んで騒ぐ者。そして、ベイラーと共に雪で遊ぶ者。みな各々好きに過ごす空間が戻ってきた。この空間の中は、温は変わらないはずなのに、どこか暖かで陽気な雰囲気が満ちていた。
「《そうえば、カリンは演奏に加わらないの? 》」
「私? 」
「《たしか、稽古をしていたよね。えーっと、笛の楽器で、なんて言ったか。》」
「ああ、エアリードね。一応、持ってきてはいるんだけれど。遠慮するわ。」
「《どうして? 聴いてみたいのに。》」
「……あまり上手くないのよ。私。お姉様のに比べて、全然。」
視界と意識の共有がされていなくても、コウはカリンの顔が伏したのを感じる。オージェンが言っていたように、優秀な姉と自分を比べる癖が、このような形で初露するのを初めて見る。しかしコウに、その癖を止める手段はない。他人ならまだしも、身内の兄弟と比べられるというのを、コウは経験したことがなのだ。生前は一人っ子であったがゆえの未経験だった。
コウは言葉を選ぶ。ここで「きっと上手いから大丈夫」等と無責任にカリンを褒めれば、逆上を買うのは目に見えている。少なくとも生まれてからずっと、カリンの傍にはクリンという優秀すぎる姉がいたのだ。先ほどの発言も、決して自分を卑下しているわけではなく、事実として、エアリードの演奏もカリン以上なのだろう。それでも、コウは、カリンの演奏を聴きたかった。彼女が、どんな風にその笛を奏でるのかを聴きたかった。だからこそ、言葉を選び、その意図だけを伝えようと努力する。コウは最近になって、この努力が苦で無くなっていた。誰かの為に言葉を選び抜くというのは、とても歯がゆく、もどかしいが、それが通じた時の喜びは、何にも勝るものだと、カリンを通して知ることができたからだ。
「《クリン様のことは、今は、横に置いてくれませんか? 》」
「ん? それは、どうゆう意味? 」
「《僕は、カリンの演奏が聴きたいんです。誰が上手いとか下手とかじゃなくて。カリンの、エアリードの奏でる音が聞いてみたい。》」
「……それは、エアリードっていう楽器に対する好奇心? それとも興味? 」
「それもある」と口を開きかけて閉じる。ここで雑音を入れると意図が通じにくくなる。
「《カリンが普段稽古をしている演奏のことを知ってみたいって思うのは、ダメですか? 》」
「ダメじゃないけど、別に面白くないわよ? 」
「《僕にとっては面白いからいいんです。》」
「あら。私は曲芸師かなにか? 」
「《そ、そうじゃなくて、カリンのことを知れるから、面白いんです。》」
「……そう。」
コウが、固唾を飲む。途中から怪しくなってしまった。カリンは演奏をしてくれるかどうかはまるでわからない。それはそれとして、ベイラーに唾液を分泌する器官はないので、別に本当に固唾を飲み込んでいるわけではないのだが、それでも思わずじっと見守ってしまう。
「少しだけで、いいなら。」
「《はい! 是非!! 》」
「へんなの。」
カリンが操縦桿を握り、即席の楽団の元にゆっくりと歩いていく。視界が共有されたことで、コウの視点がコクピットの中からの物に変わる。視界の端に、自分の視界もわずかながら垣間見えるこの感覚もだいぶ慣れてきた。そして、カリンの座っている場所をみて、思いつきを口にする。
「《そうえば、ベイラーの中に持ち込めるものって、乗り手が触れていれば持ち込めるんでしょうか? 》」
「ん? パンとか服とかならそのまま持ち込めるわね。それがどうしたの? 」
「《ずっと考えていたことがあるんです。ベイラーの中って、歩いたり走ったりくらいなら問題ないとはおもうんですけど、戦ったりするとき、どうしても揺れますよね。》」
「まー、そうね。だから私もぶつけないようにするのだし。」
「《その、提案なんですけど、僕の中を少し手を入れるっていうのは、どうでしょうか? 》」
「手をいれる? どんなふうに? 」
「《例えばですけど、もっと座りやすい椅子をつけてたり、体を固定できるようにしたり。》」
「貴方、自分が何言ってるか分かってる?自分の中身を改造しろっていってるのよ? 」
「《そのほうが、長く乗るカリンが怪我しなくて済む。》」
「……長く乗っていいの? 私が? 」
「《もちろん。》」
「へぇー。へー。そう。そうなの。ふーん。」
「《どうしたの急に。》」
「別に。私が乗り手じゃなくなることをこれっぽっちも考えないんだなぁって。」
「《あ! いや、そうか、そうゆうことも、あるのか。あるよなぁ……》」
「もう。わかったからシュンとしないの。1度、城に帰ったら試してみましょうか。でも別の素材をくっつけるなんて、痛いとおもうけど。」
「《カリンが頭をぶつけるよりずっといい。それに、体に色の塗るのと何が違うのさ。》」
「それもそうね。さて。」
そんなことを話しているうちに。、自然とできあがった即席楽団についた。見れば、太鼓にみえる楽器が複数と、木製の土台に弦をはった楽器、そして、横笛を持っている者がいる。コウがエアリードの実物を見たのは、これがはじめてだった。
「《エアリードって、木製のフルートなのか。》」
そうすると、カリンが感嘆の声をあげる。コウが頭に思い浮かべたことは、操縦桿を握っている限り、カリンには伝わるのだ。
「へぇ。これがフルート。ピカピカ光っている銀色がすっごく綺麗ね。これはコウの世界の楽器?」
「《はい。金管楽器っていって、金属でできている笛なんです。ああでも、金属はゲレーンではあまり見ないですね。》」
「他の国から買ったりしてるわね。城にあるのも大体そう。鉱山も、あるにはあるんだけど、あんまり使ってないわ。」
「《……初耳です。ゲレーンには鉱山があるんですか? 》」
「ある、にはあるんだけど、使いたがらないのよ。高い精度の製鉄技術が伝わっているわけでもないし、鉱山があるのは国の端で、石を持ってくるのも手間がかかる。おまけに、ベイラーって、金属が、というよりは鉄が苦手で手伝ってはくれないから、だれもやろうとしない。鉄が人にとって便利なのはわかるんだけどね。」
「《鉄が、苦手? 》」
「みたいなの。なんでかは知らないわ。でも、鉄って、作るとき沢山の火がいるでしょう? それも、人が温まるくらいのじゃなくって、森を焼き尽くしちゃいそうな、ものすっごく強い炎。」
「《鉄って、熱くないと溶けませんからね。》」
「だから、みんなその炎を連想しちゃって嫌なんじゃないかなって。私の勝手な想像だけどね。」
「《知らなかった……この体、鉄が苦手なのか。でも見たときはなんともなかったけどなぁ。》」
「みんながみんな苦手って訳じゃないんじゃない? コウは、鉄とは馴染み深いみたいだし。」
「《そうかも、しれません。今思えば、鉄に囲まれた生活だったと思います。》」
「なにそれ!? どうゆう生活なの!? あとで聞かせてね! 」
「《はい。》」
「じゃぁ、私の演奏、心して聞きなさい。」
カリンがコクピットから躍り出た。その手には、肘から下ほどの長さをもつ笛が握られている。たしかに、ほかの者たちがもっているエアリードよりは短く、簡素な作りをしているように見えた。それでも見劣りしないのは、木々に端に細かな木彫り細工がよく映えているからだ。
おもわぬ演者の登場に、楽団もいっきに沸き立ち、カリンを歓迎する。しばらく、カリンは自分の楽器の音を調節する。笛には節が何節かあり、それを抜き差しすることで音を調節できる。その様子をみた楽団の一人が、おもむろに音を長く長く吹いた。周りの人間も、その音に合わせていく。
楽器というのは、その時の楽器の状態、外の気温、気圧、湿度で音がぶれてしまう。それで何が起こるのかといえば、音階がその日その日で変わってしまうのだ。おなじドレミの音でも、同じように聴こえるだけで、酷いときは半音低くなってしまっていたり、逆に高くなってしまう。1音だけなら、そこまで問題ではないが、これが続した音の重なりである演奏となると、話が変わってしまう。画用紙にずれたままで定規で線を真っ直ぐ引いても、その始点と終点が大きくずれてしまうように、本人とは意図しない場所で、聴く側に違和感を与えてしまう。だからこそ、こうして随時、音を合わせること、チューニングと呼ばれるものが必要となる。現代では手のひらサイズの機械がその基準を鳴らし、演者がそれに合わせることでチューニングすることが一般的だが、今この場では、どうやら音感に自信のあるものがいるのか、どの音が正しい音かわかるらしい。最初に長く吹いた者は、絶対音感があるのかもしれない。
そうとも知らずに、コウはこの状況に激しく混乱していた。カリンを自分から下ろした直後、皆が突然同じ音を出し始め、演奏をやめてしまったのだ。自分がなにか余計なことをしてしまったのかと不安になって、おろおろと落ち着きがなくなる。
「《カリン! カリン! なにかあったんですか!? 》」
「ん? ああ、音合わせよ。気にしないで。」
「《音合わせ……? 》」
「あとで教えてあげる。さて……何を演奏するか。冬だから『から風』とかがいいのかしら。ああ、でももっと明るい曲のほうがいいのかしら。うーん。」
カリンがうんうん唸っていると、小太りな男がカリンによってきた。先ほど、まっさきに長い音を出して皆の音をまとめた男だ。
「恐れながら姫さま、この場に楽譜が必要でありましょうか?」
「……あー、しまった。みなの分の楽譜なんて持ってきてないわ。」
「そうではありません。カリン様、この耳しか能のない男の願いを1つ、聞いてはもらえんでしょうか?」
「え、ええ。それは、如何様なもので?」
「即興演奏を行うのです。その合間合間で、単独で演奏する部分を入れて、各々自由にやるのです。いかがでしょうか。」
「即興で合わせるの? でも、私、エアリードを楽譜に合わせてでしか吹いたことないのよ? 」
「大丈夫。皆をみれば、自然とどうすればいいかわかります。」
「ちょっと不安だわ。でもそうね。楽しそう。……そしたら、やりましょうか。皆はどう!? 」
カリンがその旨をよしとすると、みなは各々の楽器を掲げて答える。肯定の意だろう。すでに太鼓で鼓舞しているものもいる。
「では……不詳ブブジ。行きますぞ。」
「ええ。よしなに。」
小太りの、ブブジと名乗ったその男が、大きく息を吸った。すかさず、皆も自分の持っている楽器を手に取り準備する。カリンも、その笛に口をつけた。ブブジが、一際大きく、手に持ったエアリードとは違う、縦笛を吹いた。
「「「ハァイ!ハァイ!ハァイ!ハァイ!」」」
太鼓を含めた、打楽器を扱う者達が、負けじと声を張り上げて音頭を取る。それが合図となって、演者たちの背中を押した。
コウの耳に、楽器によって発生した音の雪崩が押し寄せる。雑多でありながら、大きな流れとも言うべきものを、その音楽は持っていた。打楽器がリズムを刻み。幾多の笛や弦がその上にメロディーを乗せていく。和音がメロディーに厚みを持たせ、時折聴こえる囃したてるような声が、さらにその場の流れを大きく強くしていく。カリンはというと、その流れに乗るのに必死で、表情もひきつり、周りに気を配るほどの余裕がなく、演奏中に体が他の演者とぶつかってしまいようになる。しかし、それでもカリンの演奏は、その流れを作っている一部となって、確かにコウの耳に届いている。
このまま、流れが際限無く大きくなっていくと思われたが、突如として音が少なくなった。その代わりに聴こえるのは、楽器単体での演奏。現代でのソロパートに入る。最初は打楽器がその刻むリズムをメロディーに聴こえるほど多彩に変化させた。次に、木に弦を張った楽器を持った者たちが、その繊細であろう音を、弦が切れても構いはしないとばかりに音をかき鳴らしていく。次に、大小様々な笛が、己の技を見よといわんばかりに、そのメロディーを奏でていく。ここまでくると、一部の演者は、演奏を見よというより、この俺を見ろといわんばかりのパフォーマンスを披露してみせる。バック宙をしながら笛をふいたり、3人組となって、2人の肩に1人が乗って笛をかなでたり。ブリッジをしながら弦楽器を鳴らすものまで出てきた。もう演奏とは名ばかりで、各々やりやりたいことをやりたい放題し尽くしている。そして、ほぼ全員自分の番は終わったと演奏に戻っていくと。ついに、カリンの番がまわってきた。
先程までまるで余裕がなかったカリンは、ここまでの演奏を見て、もう作法や楽譜など知ったことではないと開き直っていた。肩で息をしつつも、その顔は高揚でほんのり赤くなっている。そして、皆の前に躍り出た。カリンが行った即興は、自分も演奏しつつ、それに踊りを合わせてみせたものだった。ステップにターン。ジャンプも入り混じり、それに演奏もあわせていく。時折混ざる細かい息の繋ぎは、肺活量と体力で強引にねじ伏せていく。そして、演者たちの周りをぐるりと1周回って走り回る。それが終わると、ついには口から笛を離して、天高く放り投げた。そのまま、放物線を描きながら目線で追っていくと、なんとそのままコウの方向にエアリードが飛んでくる。
「《え!? え!? 》」
「コウ! 手を階段に!! 」
今の今まで観客のままでいたコウは、何が起こっているかも、そのカリンの指示の意図もわからぬまま、とにかく言われた通りに、いつものようにカリンが乗り込みやすいよう、手を階段にして待ち受ける。そして、カリンはその手に飛び乗った。ただいつもと違うのは、コクピットの中に入ってこないことだけだ。そのまま、投げられた笛を、コウの手の上でジャンプしてキャッチする。くるくるくると、まるでバトンのようにエアリードをまわしながら、次の指示を飛ばす。
「そのまま上へ!」
「《はい! 》」
いわれるがまま、カリンを載せたその手を上にあげていく。演者たちの目線は。カリンに釘付けになっている。そのまま、その笛を、今度は一際大きくその音を奏であげる。そして、その仕上げに、エアリードを高く掲げ上げ、吠えた。
「ハァイ!」
「「「イェエエイ!」」」
カリンは、今この場を、最高潮に盛り上げてみせた。
「コウ! ありがとう! もうそろそろ降ろしてくれて? 」
「《も、もちろん! 》」
起こっていることが唐突かつ盛大すぎて、半分思考停止となりつつも、こちらを見て飛ばされたその指示に従ってカリンを降ろす。一瞬だけみえたその顔の笑顔は、肩で息をしながら、汗を弾け飛ばしながらも見せる満足げな笑顔は、ついにコウの全ての思考を停止させた。
カリンが演者たちの元に戻ると、今度は全体でクライマックスに向かう流れが出来上がっている。ここまできても、誰ひとり自分の好きなことを手放さず、それでいて、他人の邪魔にならないように最低限の、遠慮というには程遠い、でも配慮というにはきめ細やかなすぎるソレを行っている。その流れは、もう誰かが止められるような物ではなかった。しかし、これが演奏である以上、必ず終わりがある。その合図を鳴らしたのも、はじめに合図を鳴らしたブブジだった。
重低音が一際大きく鳴り響くと、打楽器も、弦楽器も、笛も、音を長く長く奏でるか、もしくは短く鋭く強く刻み始めた。そして、ブブジの楽器が成り終わったとき、三音、綺麗な和音とリズムが、最後の最後で重なって、その演奏の終わりを締めくくった。
一瞬の静寂が森を包む。
「――最っ高!! 」
カリンが、一番最初に口を開いた。それがせき止めていた感情をほどいて、吐き出させる。息を大きく吸い込むもの。雪の上に倒れ込むこ者。反応は様々だった。
「最高だったわ! こんな音楽もあるのね!! フゥ!!」
「姫さまは、このような演奏は始めてでいらっしゃる? 」
「ええ! 楽譜通りにやることしかできなくって、楽しいって思ったことは本当に少なかったの。誰かに聞かせているときが一番楽しかった。だから練習は、正直あまり。」
「それは、楽譜に書いてあることだけをなぞっているからでございます。」
「……何度か言われたことがある言葉だわそれ。ブブジといったわね? それは、どうゆう? 」
「あ、ああ。失礼しました。老婆心というやつでして、忘れてくだされば。」
「いえ。少し気になるの、教えていただけない? 私、まだその言葉の意味を理解していないの。」
「で、では、恐れながら申し上げます。いまの演奏は楽譜などありませんでした。」
「そうね。『踊りながら吹け』なんて書いてある楽譜なんて見たことないもの。」
「そうでしょうな。私もみたことはありません。しかし、楽譜というのは、すべてその曲をつくった者の意図がはいっているものです。私たち演者は、それを汲み取って初めて、その曲の作者の描いた通りの曲足りえます。そして、時にそれを超えることだって出来るのです。」
「作者の想像を超えた、作者の作った曲ができあがると? 」
「はい。」
「そんなこと出来る? 」
「難しいことですが、必ず。良い演者とは得てして、それを成す者ですので。」
「……そうね。きっとお姉様もそうだったんだわ。だから、私に技能の話しかしないのね。」
「クリン様は、誰にでも厳しい御方でありますれば。それはご自分もそうなのが、このブブジ、心配でございました。」
「ええ。サーラに嫁いでもそれは変わっていないわ。……ブブジ。ありがとう。私は、今日この日を忘れることはないわ。」
「それは、この人よりも太い体でも余りある栄誉であります。」
はらはらと、頭上から冷たい物が皆の頭上に落ちてくる。よく見れば日は傾き始め、すでに月が1つ、その輝きを灯し始めていた。そして、落ちてきたのは、あの、ベイラーたちには忌々しい雪であった。
「まったく。楽しい時間ってこんな早くすぎるものなのね。ブブジ。また機会があれば、えっと、いまのはなんと言えばいいの?合唱、とは違う気がするけれど。」
「セッションと申します。」
「セッション、セッションね。またやりましょう。セッション。」
「はい。この身があれば、いつでも。」
「今日はもうおやすみなさい。きっと吹雪くだろうから。皆もそうして! 明日からまた雪かきと街道を整備するのですから、ゆっくり休むのです。そして、皆さえ良ければ、またこうしてセッションして欲しい。どうか! 」
各々、今度は楽器ではなく、声で反応を示した。この騒がしくも楽しい時間が、もう終わってしまうことを嘆く者も居るが、それでも、カリンは決して悲観することなく、この場を収めて見せた。
「また共に。カリン姫様。」
「でわねブブジ。また共に。」
カリンがブブジと挨拶を交わし、コウの中に入っていく。さきほどのカリンの言葉が現実となるようで、すでに雪が上からでなく、風を伴って斜めから吹いてきている。きっと今日も冷えるのだろう。ふと、コウが先ほどの言葉が気になり、説明を求めた。
「『また共に』っていうのは、弔いの言葉じゃありませんでしたっけ? 」
「それもあるけれど、あれは別れの言葉なの。すごく広い意味で。」
「《広い意味? 》」
「コウは、前、ベイラーが死ぬことはあるのかって言ってたでしょう? 」
「《言っていました。結局、木になるのだから、死ぬことはないって。》」
「ベイラーはそう。でも、人はそうじゃない。病気だったり、おじいちゃんおばあちゃんになりすぎたり。いろいろなことが重なって死んでしまう。」
「《悲しい、事です。》」
「そうね。とっても悲しい。でも、そればっかりじゃない。この国では、命は巡り巡るものだと言われているの。この体が朽ちても、それは誰かの糧となる。それは植物の根となり葉となるかもしれないし、動物の血肉になるかもしれない。でも、そうして繰り返していけば、いづれまた、人としてもう一度生まれ出ることがあるかもしれない。その時があったら、共に生きていよう。そうゆう願いを込めて、「また共に」と言葉を交わすの。」
「《輪廻転生みたいだ。》」
「へぇ。コウの世界にもあるのね。そうゆう意味の言葉。」
「《この世界だとなんていうの? 》」
「あなたが動くときとおんなじ。」
「《僕が動くとき? 》」
「サイクル。私たちは命と言う名のサイクルを回して生きていくの。ベイラーがサイクルを回して動くように。」
「《サイクルを回していれば、またいつか会えるってこと。》」
「ええ。だから、別れの言葉でもあるし、弔いの言葉でもあるのよ。」
「《死んでしまうことは悲しいけれど、そればっかりじゃない、ってことか。》」
「覚えておいてね。いつか、誰かが死んでしまったとき、その言葉は、きっと貴方と、貴方の周りの人を少しだけ励ましてくれるから。」
「《……わかった。この言葉は忘れない。》」
ふと、コウは考えた。ベイラーの寿命が長いのなら、誰かを見送ることがあるかもしれないと。そして、それは、ベイラー以外の誰しもに当てはまることなのだ。いままで関わってきた人間全員が先立っていなくなってしまう。その時、この言葉がどれだけの力を持つのか。さらに言えば、カリンが先立ってしまったとき、この言葉があるかないかで、自分にどんな影響があるのか。考えてしまう。でも、さようならよりは、いくらか心が穏やかになるのかもしれない。
この国で、「また共に」という言葉は、祈りであり、弔いであり、約束なのだ。




