ベイラーと星の決断
※グロ注意
「セス! ブレイダー達は」
《屋根の上でピョンピョン跳ねてる。あいつら飛べないのか? 》
「人が乗ってないからかも」
《乗らずにそんな事ができるのか》
「あ! 左から来てる! 」
《ええい鬱陶しい! 》
サマナの指示を受け、その場からステップの要領で体を逸らす。肩に担いだコウがぐわんぐわんと揺れている。中に居るカリンは相当体を揺さぶられているはずだが、今は気にしている場合では無い。ステップにより躱した先で、猟犬の牙が空振りに終わる。
「(奴らに心と呼べるものはない。何度やっても読めない。でも)」
サマナは、猟犬自身を知る事を諦めた。何度心を読もうとしても、空虚なだけで何も見つからない。心が読めれば、動きの機敏のひとつやふたつ見つけられそうなものだが、ソレもない。だからこそ、サマナは、自分自身の経験を活かし、猟犬自身ではなく、猟犬を取り囲む環境に目を向けた。
「(なにもやつらを直接読む必要はない。やつらが走ってくれば風も起きる。足音も出る。なら、セスにはソレを教えればいい! )」
そうして動きの機転を、猟犬以外から汲み取る事で、四方八方から襲い来る猟犬を躱し続けていた。
《サマナ! 港まであとどれくらいだ!? 》
「門を超えればすぐ!――」
サマナが門を目指そうとした時、家の屋根上から飛び掛かってくる猟犬に気が付く。躱し続けるにも、猟犬の絶対数がすさまじい為、サマナが読み間違える時があった。
《うぉ!? 》
「――」
猟犬は声を発する事はない。ただ、牙を剥いてがむしゃらに食らいつこうとしてくる。セスの片腕は、コウを掴んでいる為使う事ができず、片手で猟犬の顎を掴み、なんとか致命傷を避ける。
「セス! 絶対に噛まれないで! 」
《分かっている! がぁ》
掴んだセス自身、猟犬の姿をまじまじと眺めると、その姿の不定形さに気分が悪くなっていく。
右足には二本の爪が生えているのに後ろ足には六本生えている。ジタバタと暴れている為、それ以上は見る事ができなかったが、他の足も不揃いだったのは見て取れた。胴体はやせ細って、内臓があるかも疑わしい。顔には目もなく、耳はあるが、映えている方向が後ろを向いている。
唯一、揃っているのは、口には大きな二本の牙を持ち、どの猟犬も黒く短い毛皮で覆われ、鼻が曲がりそうな激臭をただよわせている事。それ以外は、なにもかもがチグハグで、まとまりが無かった。
《(顔に牙がある以上、体にも一応、『骨』はあるんだろうが、見ていて気持ちのいい物ではないな)》
骨格があるのに、規則性が無い。ただ、他者を襲うという機能が備わっている。そんな生き物以前の存在に見えた。
《サマナ、爪で引っ掻かれるのもマズイか? 》
「絶対ダメ! 」
《だろうな! 》
ベイラーの方が体が大きいとはいえ、顎を抑えつつ、両手の爪から逃れるのに苦労する。このまま足を止めていては、他の猟犬に捕まってしまうリスクが高まる。
「セス! 上に放り投げて! 」
《応さ! 》
セスが、掴んだ猟犬をそのまま頭上へと投げ込む。セスの腕力ではさほど高く投げる事はできなかったが、上空で猟犬は無防備となった。
その瞬間を、後方で追いかけていたブレイダー達は見逃さない。
「撃て! 」
カミノガエの声と共に、生き残ったブレイダー達の放つ、サイクルショットの一斉射により、猟犬に風穴が空く。
「今ので何匹目だ? 」
《20を超えたあたりから数えていません》
屋根の上を伝って、ウサギのように跳ねながら後を付いていく。
「後続の、足の速いベイラー達と、四本腕のはどうなっているか」
《すでに前方に退避しています》
「うむ」
ジェネラルの他に、ブレイダー達も追従しているが、さきほどから、動きの精細さが落ちていた。着地にもたびたび難儀している。
「ジェネラル、お前たち急に力が抜けていないか? 」
《肯定します。原因は長時間の稼働です》
「長時間? 稼働? 」
《本来我々はここまで長く地上で活動するように設計されていません》
「ようは腹が減っているのか? 」
《似たようなものです》
淡々とやりとりしながら、猟犬たちの追撃を阻止していく。
「ジェネラル! こいつらの狙いはなんだ!? やつらがこうも港にまっしぐらなのはなんでだ! そもそもなぜやつらはベイラーを食おうとしている!? 」
カミノガエは、猟犬の行動にある種の法則性を見出していた。こちらを徹底的に襲ってくるのには、何か理由があるはずだと。
《なぜ、そのようなお考えを? 》
「もしやつらが、ただこの星を喰らいつくす気なら、さっさと四方に散ればいい! だがやつら、明確にこちらに狙いを絞って襲ってきている! 」
《理由は、推測できます》
「誠か!? 」
《ただ、この推測が陛下への問いの、回答となるかどうか》
「佳い! 答えよ! 」
藁をもつかむ気持ちで、ジェネラルの言葉を待つ。
《奴らは、生命体を捕食しようとしています》
「生命体、それは、生きているもの、か? 」
《肯定です。ですが、ただの生命体ではなく、ある一定以上の、知能、もしくは認識をもつ生命体を捕食したがっているように思えます》
「認識? 」
《己がなんであるかを確立している生命体、つまり、人です》
「佳く分かった」
なおカミノガエは例によって半分も理解していない。
「やつら、ここにいる人間をすべて食い尽す気という訳か」
《ここにいる人間だけと限りません。港を超え、山を越えてしまえば》
「まさか、他の国の人間もか!? 」
《否定できません――陛下! 門です! 》
「やっとか! 」
猟犬のおおよその狙いを把握した所で、目の前に巨大な門が見えてくる。城と第十二地区を隔てる門であり、普段は閉じられているが、式典に際して解放していたのに加え、龍とティンダロスとの闘いの余波で、半分が崩れ去っていた。
「港は! 港はどうなっているか!? 用意させた船が四隻あったはずだ! 」
《避難は、完了しているように見えます》
「確かめさせる! ジェネラル! 赤いベイラーの元へ! 」
《承諾》
「他のブレイダー達は迎撃させろ! 」
《重ねて承諾》
異なる二つの指示を飛ばしつつ、コウを担いでいるサマナ達と合流する。
「あー、カリンの友人であるな」
緊迫した状況下にも関わらず、どうにも言葉選びがぎこちなくなってしまう。
「なんでしょうか、皇帝サマ」
「避難民がどれだけ船に乗っているか確認できるか? 貴君ならできると聞いた」
「あー……」
サマナは。ざっと周囲を見回す。通常の視界とは別に、流れを見る目で見渡すと、船の奥底から、人々の不安の恐怖が入り混じった感情が溢れ出ている。
あまり長く見ていると当てられそうな、感情の濁流であるが、船の中から生じているという事は、逆説的に、港には避難民が居ないという事にもなる。
「完了してる」
「そうか! ではすぐに船を出そう。せめてカリン達を下ろさなければ」
「猟犬は? 」
「壁を作るしかあるまい」
第十二地区、その港は、ようやく人々が船に乗り込み終わったようで、人影は薄かった。船の傍らには、帝都の兵士達と、ウォリアー・ベイラー、パラディン・ベイラーが待機している。そしてそばには、戦いによって壊れたアーリィ・ベイラーがそこかしこに転がっている。
「(そういえば、商会同盟との闘いが発端であったな)」
まだ今朝の話だというのに、戦いのスケールが大きくなりすぎて忘れかけていた。すでに商会同盟軍の首領たるライカンは捕らえられ、商会同盟軍は指揮官を失っている。そもそも、ティンダロスの出現によって、すでに戦争そのものは瓦解し、同盟に与していた兵士達は散り散りになっていた。
「(どさくさに紛れて船に乗っているか、それとも、すでに山のほうに逃げたか。あるいは――まぁ佳いか)」
かつて敵であった者たちを気に掛ける余裕はなかった。すぐに頭を切り替え、ジェネラルの中から顔をだし、兵士達へと告げる。
「兵士達よ! これより敵が来る! サイクル・シールドで道を塞げ! 」
「へ、陛下? 」
「なぜこのような場所に」
「これは勅命である! 急げ! 」
「「は、はい! 」」
兵士達は、カミノガエがこの場に姿を現している事に驚き、そしてその大声に驚いていた。今まで、カミノガエが声を荒げた事など無く、兵士達にとっては、これが初めて聞くカミノガエの怒鳴り声だった。カミノガエ自身、自分でこのような大声がでるとは思ってもみなかった。しかしながら、生涯使ってこなかった喉はすでに枯れ始め、血が滲み始めている。
いそいそと兵士達が道を遮るようにサイクル・シールドを作り上げ始める。
「(乗り込む時間だけでも稼げれば佳いが)」
「カミノガエ陛下? 」
なお、声に驚いていたのは、兵士達だけでは無い。
「その顔、たしかサーラの」
「ロペキスと申します。陛下」
「すぐに彼らを乗船させよ。出航だ」
「それは、善いのですが、今は出航は無理です」
「何故だ? 」
「波が高すぎます! このまま出れば転覆を」
「なら、波止場から出るだけでもよい! できるか!? 」
「で、できます! 」
「佳し」
「(で、出てきてよかったー)」
仮の船長として、ロペキスが迎えに来る。彼はカミノガエの姿を見かけた為、保身も兼ねて視察に出てきていた。
「(陛下置いて国を出ていったとあったら、何と言われるか)」
善意も無い行動ではあったが、今のカミノガエにとっては、彼の行動は最適であった。
「ロペキスとやら! この船はカリンのベイラー達を収容できるか!? 」
「は、はいできます! ってわぁ!? みんな傷だらけじゃないですか」
コウを背負ったセス、リク、ミーン、ジョウ、ジェネラル。この戦いで大なり小なりの負傷をおったベイラー達を目にする。
「こちらに! 陛下、カリン様は? 」
「戦い疲れておる。中で休ませてやってくれ」
「はい! 」
「(さて、これで一息――)」
小休止が取れると思った矢先。サイクル・シールドで道を塞いでいた兵士を、黒い影が食い破った。鮮血が舞い、ボトリと命だったものが転がる。
「うわああああ!? 」
「な、なんだこいつ!? 」
ティンダロスの猟犬の一匹が、シールドを突破して潜り込んできた。生身の兵士達は、その得体のしれない生物を前に、反抗する暇もなく、無残に食い殺されていく。肉が切り裂かれ、骨が砕かれ、食い散らかされる。
「野郎! 踏み潰してやる! 」
「やめろ! 仲間を巻き込む! 」
「ジェネラル! 撃て! 」
《承諾》
サイクル・ショットで、猟犬の頭部を打ち抜く。そのまま遥か後方へと吹き飛んでいく。
「アレは、犬、なのか? 」
「兵士達よ! 死にたくなかったらすぐに船に乗り込め! 」
「は、はいいい」
「ロペキス! 兵士達の誘導を! 」
「お、応とも! 」
「ジェネラル、ブレイダーに援護させい!」
《承諾》
カミノガエは、説明より先に、指示を出すのを優先した。喉が枯れ、口の中に鉄の味が広がりながら、カミノガエは必死に兵士達を守ろうと、サイクル・ショットで猟犬たちを打ち抜いていく。
一方で、シールドが食い破られ、猟犬たちが一気になだれ込んでくる。ブレイダー達の必死の迎撃も虚しく、黒い毛皮の塊が牙を剥き、生身の兵士達を、ウォリアーを、パラディンを食らいつかんとする。
「なんだこいつら!? 」
「走れ! 走らんかぁあ!! 」
サイクルショットで迎撃するにも、限度がある。一人、また一人と、生身の兵士たちが猟犬のその喉を食い破られていく。
「やだ! やだああ! 死にたくな――」
兵士が一人食い殺されると、猟犬たちはそこに群がるようにして、さらに肉を喰らう。兵士達はその光景に恐怖した。足を止めれば、自分達もああなる。
ただ、がむしゃらに、足を動かした。重い鎧を、兜を、剣を捨て、できる限り身軽になろうとする。恐怖の光景は、さらにその先があった。最初にソレを見つけたのは、サイクル・ショットでずっと猟犬に狙いを付けていたカミノガエだった。
「――なるほど、猟犬に喰われると、ああなるのか」
一番最初に、猟犬に食い殺されたはずの兵士が、ぬるりと立ち上がっている。
だが、すでにその眼球が無い。物理的になくなっている。
立ち上がった後に、四肢がバキバキと形を変え、やがてその姿は、周りの猟犬たちを同じになっていく。身の纏った衣服や鎧がそのまま、牙を生やした化け物に変貌している。
「(ジェネラルが言っていたが、実際に目の当たりにすると、コレは)」
嫌悪感による吐き気が渦巻いている。コウが猟犬と戦った時、猟犬はどうやって死ぬのかわかっていなかった。それはつまり、猟犬に喰われたが最後、自分も猟犬となり、最後には死ぬことさえできなくなるのではと。
「――ふざけろ」
サイクル・ショットで、猟犬の頭を打ち抜く。多少は勢いがそがれるが、やはり致命傷とならず、遠くへ吹き飛んだとしても、再び立ち上がってくる。徒労、無駄、虚無。そんな言葉が頭をよぎる。こんな存在に、勝てるのかどうか。
その時、視界の端で、白い体のコウが、やけに目に残った。すぐに船の内側に入り見えなくなったが、その、力なく垂れ下がった体の中に、同じようにカリンが居る事を、再度認識する。
「あんなのに、余が喰われてたまるか。あんなのに」
カミノガエは、己の内側に沸き上がってくる気力を感じる。今、ここで諦めたならば、船の中にいるカリンがどうなるのか。考えるまでも無かった。
「カリンを喰わせてなるものかッ! 」
《陛下! 最後の兵士が乗り込みました! 》
「佳し! 撤収だ! 」
サイクルショットで迎撃しつつ、船にかかる桟橋を叩き落とす。ジェネラルと共に船に飛び込む。その時、桟橋に足をかけていた猟犬が、海に落ちまいと引き返していった。
「(なんだ? 船に飛びついてこない? )」
見れば、港におしよせていた猟犬たちは、じっと船の眺めるだけで、こちらに泳いでやってくる事もなく、たた牙を剥いて、眼球の無い顔でにらみつけているようだった。しばらくすると、猟犬たちは踵をかえし、元から来た方向を戻っていく。
「やつら、泳げないのか? 」
《――》
「いや、まさかな」
《山岳へ……このまま広がれば……しかし》
「ジェネラル? 」
《それでは、ここに居る人々は》
「(また、話しているのか……また後でよいか。今は)」
扉を閉め、船の中でジェネラルを膝たちにさせる。客船としては巨大な船であるものの、ベイラーが中に入ってしまえば、かなり狭苦しい空間となる。そこには、戦いで負傷し、前線から退いていた顔が居た。ジェネラルの中から降り、その顔へと近づいていく。
「緑のベイラー、名は、たしかレイダだったか」
《カミノガエ陛下、ですね》
「そうだ」
《コウ様は、眠っているのですか? 》
「貴君の胴体を治すにも、早く起きてほしいものだ」
《あの、剣聖セブンは? 》
「――あの結晶の魔女を守って、死んだよ」
《口惜しい》
「何? 」
《この傷の借りを返す機会がなくなりました》
上半身と下半身が分かたれ、ベイラーとしては戦えない身となりながら、レイダはずっとセブンとのリベンジマッチを考えていた。
「貴君の力は、別の形で生かしてもらおう。黒騎士のベイラーよ」
《はい。黒騎士も、治り次第力をお貸しします》
「(――さて、これで、少しは)」
《陛下》
レイダの容態と、その心意気を確認し、ようやくこの長い戦いで一息つけようとしている時、今まで、何者かと話していたジェネラルが口を開く。その様子はどこか重々しい。
「流石に、余も読めてきたぞ。貴君が誰と話していたのか」
《――》
「貴君は、あの龍と話しているな? 」
《――》
「さしずめ、龍から何か指令でももらったのだろう。申してみよ。余が許す」
《――》
ジェネラルが、その言葉を受け、ゆっくりと頭を下げ、ぽつりと言う。
《申し訳、ありません》
「なぜ、謝る」
《まず、当機、呼称名ジェネラルは、最後まで陛下の剣となる事を、お約束いたします》
「うむ。そうか。佳きに計らえ」
《そして、陛下の憶測も肯定いたします》
「やはりな! なら龍から何を言われた! なんであろうと猟犬は余とカリンが」
《龍は、この地域の封印を決定いたしました》
「ん? 」
続く言葉の意味を、一瞬理解しかねた。
《猟犬をこれ以上、この星に広がせない為に、龍は、ここを封印の地とすると》
「まて、封印? そんな事ができるのか! 」
《はい》
「なんだ! 倒さなくってもよいのか! よし。よぉおし! 」
カミノガエは全身でガッツポーズする。猟犬に勝てる手立てが見つかっていない今、龍が封印できるというのなら、当面の問題はすべてチャラになる。そう、思った。カミノガエの喜びに水を差すように、重苦しくジェネラルは続ける。
《陛下の認識と、龍の決定には齟齬があります》
「なんだ? すべて丸く収まるではないか。猟犬を封印するのなら、あのティンダロスも、あの魔女も同じことであろう? 」
《封印するのは、この地の、今、この瞬間からです》
「今、この瞬間? 」
カミノガエは、言葉をかいつまんでいく。何か、大事な事が抜けているような。そんな違和感。最初から紐解いていく。謝罪から始まった一連の会話。その一か所、妙な場所がある。
「貴君。なぜ、この地を封印なのだ? 」
《――》
「封印するのは、猟犬であろう? ティンダロスであろう? あの魔女であろう? なぜこの地なのだ? それにまだ余が、人間が、この地に居るではないか」
《――》
「答えよ、ジェネラル。封印とは! なんの事だ!? 」
「陛下! カミノガエ陛下! 」
答えは、ジェネラルからの言葉ではなく、空から降ってきた。
「龍が! 体を! ええっと」
「ロペキス! 連れていけ! 」
「と、とにかくこちらに! 」
ロペキスの先導を受けながら、ベイラー達を残し、甲板へと出る。外は、すでに夕暮れ時は終わり、日が落ちて真っ暗になっている。
だが、その夜に、ひときわ目立つ結晶。ティンダロス。そしてそのティンダロスと相対する為に地上に降り立ったはずの龍の姿が見えない。
「なんだ? 龍はどこにいった? 」
「どこにもいっていません! 」
「どこにも? 」
「上を! 」
「上? 」
いわれるまま、カミノガエは上を見上げる。そこには、あるはずの星空が無かった。代わりに、天を覆い尽す、赤い鱗が蠢いている。
「……これは、龍の体か? 」
「突然、とぐろを巻き始めて、空にもあんな風に天井が出来ちまって」
「とぐろ? 天井? 」
「何がどうなってんです!? 海にもあの龍の胴体が横たわって沖に出れないし」
「まて、まてまてまて」
封印。その言葉の意味を思い出す。カミノガエは、もっと超常的な意味で、封印の行うのだと勝手に解釈していた。だが、現実は、もっと直接的、かつ物理的な方法だった。
「まさか、龍はその体で、この地をぐるりと囲ったのか!? 」
「そ、そうです! でもなんでそんな事を」
「なぜ、それは……」
《猟犬をこれ以上、この星に広がせない為に》
ジェネラルは、確かにそう言った。
山脈のような巨体をもつ龍であれば、帝都の周りを囲う事など余裕である。帝都には二つの入り口がり、それは港と、砂漠へと通じる山岳地帯。人と接触してしまうのであれば、その二つどちらも通行止めにしてしまえばいい。文字通り、壁となって、猟犬の侵攻を防いでいる。ソレは同時に、中にいる人間の意思を無視している。
「余は、この国の人間は」
見上げれば、必ず目にしていた星空はすでになく、分厚い鱗で覆われている。とぐろを巻いた龍の顔は、もう見えない。暗闇の中で、港で、蠢いている猟犬の気配だけが漂っている。
「星に、捨てられたのか」
この星にとって、人間の数量など、さして重要では無かった。その視点が、カミノガエには抜けていた。カミノガエ自身が人間であれば、致し方なかった。封印された土地でどれだけの人間が喰われようとかまわない。最低限の犠牲で、この星を守る為に、龍はこの方法を決断したとしか考えられなかった。
「なら、余は、皆は、カリンは、これから、どうすれば」
溢れていたはずの闘志も、活力も、体から流れ出ていくようで。本来空にないはずの天井に目掛け、ただ枯れた喉で慟哭する事しか、彼にはできなかった。
水星の魔女、楽しいですね。




