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彼女の為に


 撃ちだされたサイクル・ショット。針を飛ばす攻撃が、包囲したブレイダー達から放たれてる。それら全ての攻撃が、セブンに当たるより前に、空中で()()している。肌に触れる事もなく、無造作に場でとどまっている。


「(訳が、訳がわからん!! )」


 カミノガエの頭は混乱を極めた。彼の今までの人生で、こんなにも状況が移ろうことなど無く、混乱は毎度の事であったが、それでも、しばらく時間をおけば冷静になり、状況把握ができるようにはなった。


 だが、セブンが今している事を、目で見えている物を、信じられない。


「(なぜ攻撃が止まっている? 奴の凍らせる能力は、たしか意識をむけねばできないはず。それも、一方方向だけ。それがどうだ? 今の奴は、全方位からの攻撃を、いとも簡単に凍らせている。なにより)」


 一歩ずつ、折れた足を引きずりながら、セブンがジェネラルの元に向かおうとしている。


「(なぜあの状態で動ける? 奴は不死身か!? )」


 カミノガエの目は、ボロボロで不気味な仮面を付けた男が、こちらの攻撃などものともせず、こちらに向かってきているようにしかみえない。


「(どこにそんな力が残っている? あの力はなんだ? )」


 カミノガエが考えている間にも、ジェネラルは攻撃を続けている。生身の人間にサイクル・ショットが命中すれば、肉体が無事で済むはずもない。しかし、そもそも命中しないのであれば、意味がない。


「何かが起こっている! 何かはわからんが、何かが! 」


 ただ、焦燥感だけが身を焦がす。カミノガエが焦っているのは、何も目の前のセブンの力だけではない。彼にとって、もっとも恐れている事がある。


「ま、まずい。このままでは」

「まだセブンが生きてる!? 」

《頑丈なやつ! 》

「――く」


 そう。後方から、すでに退避を指示していたはずの、ミーン達、龍石旅団のメンバーが、この戦いを見つけ、援軍に来てしまう事。彼らであれば、カミノガエを助けようとするのは、思考する隙さえない、当たり前の行動であった。


 さきほどケイオスを蹴り飛ばしたミーン、背中の五本の爪を抑えていたジョウ、同じく、爪を抑えていたセス。乗り手たちもまだ戦う気力は十分。援軍として来ていないのは、リクとコウ。リクは未だに中にいるリオ達が動く事ができずにおり、そしてコウは、まだ遠くにいながらも、全力でこちらに向かってきているのが、カミノガエの視力でもわかる。


「もう一回、やる。フランツ、手伝って」

「ナットの頼みなら」


 ナットとフランツが、それぞれ、得意分野で援護しようとしている。はたから見れば、ジェネラルとセブンとの闘いは始まったばかりで、ブレイダー達以外の援護も必要な状況に見える。


「(なんだ? なんで奴の周りだけ、流れが『止まって』いるんだ? )」


 唯一、『流れ』を見る事ができるサマナも、状況を瞬時に把握できなかった。彼女にとって『流れ』とは、力の向き、意思の向きであり、流れが『停滞』する事はあっても、『静止』する事はない。


 まるで、河にダムができたかのように、不自然な形で流れが『静止』している事に、疑問こそ覚えど、恐怖を覚える事は無かった。


 その『静止』している空間の内情を、理解こそできずとも、知る事ができたカミノガエは、縋るように、祈るように、ただ叫んだ。


「来るなぁあああ!! 」

「――そうだ。来ないでもらおう」


 カミノガエが叫んだその祈りは、あっけなく途切れ、そして代わりに、圧倒的な力だけが、彼らに届く。セブンが、手を向けただけで。


 暴風形態に移行しようとしたミーンとジョウは、全身のサイクルを回そうとした瞬間を。セスは、サマナの逡巡に首を傾げたその瞬間を。まるで、その場所だけ、ハサミで切り取られたように。


 三人のベイラーが、ブレイダー達が放ったサイクル・ショットと同じように、その場でピタリと、動きを止める。静止してしまう。

 

「(あ、あああ!? )」


 カミノガエにとっての最悪の展開。それは、自分以外の援軍が、援軍足りえなくなってしまう事であった。セブンの力は不可解かつ未知数。何も知らないナット達では、対策の立てようが無いとはいえ、ナット達の助力を受けられなくなる。


 ジェネラルと、自分とで、この化け物と戦わねばならない事実に、体が押しつぶされそうなプレッシャーがかかる。


「(カリン達が来るまで、セブンをやり過ごすか!? )」


 もうはや、こちらに向かってきているコウとカリンが、唯一の希望であった。その希望も、カミノガエ達の居る場所までだいぶ遠い距離に居る。すぐさまここに来る頃は難しい。

   

「(どうする? 相手は問答無用でこちらを止められるのだぞ? )」


 混乱はさらに加速し、考えもまとまらない。そして、時間も待ってはくれない。


《陛下! もうすぐ龍の攻撃が始まります! 》

「――ッチ」


 カミノガエが、不慣れで、かつ盛大な舌打ちを打つ。そして言っても無駄だと思いながらも、怒鳴らずにはいられなかった。混乱で怒りの感情しか湧いてこない。


「龍になんかとか言え! 」

《なんとか、とは》

「あの雷を何とか引き延ばせ! コレは余の勅命であるぞ! 」


 思わず、ジェネラルに向け、強い口調で、命令口調でつい言ってしまう。状況は悪くなるばかりで、加えて制限時間もある。焦りと怒りでカミノガエはどうにかなりそうだった。


 だが、その発言は、ジェネラルにとっては、ある種の慧眼だったのか、きわめて冷静な口調のまま、とくとくと続けた。


《了承。お待ちください》

「――ん? 」


 そのまま、ジェネラルは一旦攻撃の手を止めると、そのまま、頭を上に向けて動かなくなる。カミノガエとの視界の共有も一方的に遮断される。


 わずかな時間、共有が切れていたが、その間はまばたきする程度で、すぐさま共有が元通りに始まる。

 

《――すでに充電終了状態です。これ以上に帯電は難しいと》


 共有が始まると、あっけからんと答えるジェネラル。


「貴君、たまに余以外と話しているのは、まさか」

《また後程、セブンが間合いに入ります! 》

「ええい! 後で必ず説明せよ! 」

《了承》 


 説明を求めようにも、目の前の脅威に対処する方が先と考え、カミノガエはこれ以上の追及を止めた。頭の混乱が解ける事は無いが、やるべきことは何も変わっていない。混乱し、停滞していた頭が、ようやく動き出す。


「やつを止めねばならぬ! 」

《ですがサイクル・ショットでは効果がありません》

「ならば――ならば」


 ジェネラルと議論する暇はない。ナットやサマナ、カリンのような、知恵を授けてくれる者もいない。それでも、考える事を、あきらめずにいる。


 そして、目の前の敵に対しての、ついに有効打を閃く。


「――足止めだけでよいのならば」



「(攻撃が、やんだ? 何かしてくるのか)」


 セブンの足取りは重い。だがそれでも、着実に一歩ずつ進んでいく。


「(彼女の力は、いいな。これならば、攻撃にも防御にも使える)」


 援軍に来たミーン達が、自分が手をかざしただけで、その場に静止する様を見て、気分が高揚しなかったと言えば嘘になる。


「(だが、止まっただけでは、命は奪えないようだ。前は、凍るほどならば、凍死してもおかしくなかった……これも認識が拡大したせいだな)」


 マイノグーラの力は、『凍る』のではなく『止める』。認識とも、解釈ともとれるその違いは、わずかでありならが、確実に力のありようを変えていた。


「(それでも、『何』を止めているのか分からぬ。命を止めている? いや、それでは『命』の無い、サイクル・ショットを止められた理由にならない)」


 セブンもまた、マイノグーラの力を、完全には理解できていない。


「ゆっくり、理解していけばいい。今は、邪魔者を始末し、楔を壊す事が先決。そして、ゆくゆくは、あの天に居座る龍を殺す」


 今後の展望を考えた直後、再び、ブレイダー達がセブンの周りを取り囲んだ。


「またサイクルショットか? 何度やっても無駄な事を。今度はお前たちの体そのものを止めて――」


 動きを止めようとしたその時。カミノガエが吠える。


「ジェネラル! やれぇ!! 」

《了承! サイクル・シールド! 》

「(シールド? 攻撃ではない? )」


 ブレイダーが、その手にサイクル・シールドを生み出していく。ただのシールドではなく、表面積がやたらと大きい、タワーシールドのような形をしている。


「いまさらシールドを作ろうとも、この手で切り裂いて――」


 ベイラーのシールドなど。セブンにとってはなんの支障もない。一番硬い部位である琥珀色のコックピットさえ切り裂く事ができるのであれば当然だった。だが、このシールドは、セブンの攻撃を防ぐものではない。


「今だ! 押し囲め(おしかこめ)!! 」

「――何? 」


 カミノガエの声がきっかけとなり。ブレイダーの一人が、セブンの体めがけ、生み出したシールドを、上からかぶせるように押し付けていく。


「(だが、この程度の大きさ、今の私であれば止められる)」


 目の前一杯に広がる、サイクル・シールド。それを、マイノグーラの力で、静止させる。その場に縫い留められたブレイダーを尻目に、右手で剣を振るい、盾ごと、ブレイダーの一人を両断する。


「(何が狙いだ? ブレイダーの一人が無駄死にしただけで……)」


 両断する間も、疑念は晴れなかった。故に、両断した後、ブレイダーの奥にとある光景が目に飛び込んでくる。


 視界一杯に広がる、盾、盾、盾。


 それは、ブレイダー達が、順番に、盾を構えて整列している姿。なお、セブンからは、正面からしか見える事しかできないため、視界には盾しか映っていない。


「また盾? 何度やっても同じこと」


 再び、目に飛び込んできた盾を『静止』させ、止まったところを、ブレイダーごと叩き斬る。


 その動作を、三回ほど繰り返したとき、セブンも違和感に気が付く。


「全く、同じ? 」

「そうだ。同じだ」


 そうして、もう4度目となる、視界一杯に広がった盾の奥から、カミノガエの声が聞こえてくる。


「陛下、ブレイダーに無駄な事をさせて何がしたい」

「そうだ。お前にとっては無駄だろう」

「その通り。何度だって切り倒せる」

「そうだ。()()()()()()、同じことを繰り返すしかない」

「……まさか」


 この時、初めて、カミノガエの考えを、ようやく悟る。彼の作戦は、セブンを自分の手で倒す事ではない。もとより、そのような力が無い事を自覚している。


「さぁ、まだブレイダー達の数はあるぞ! 」

「まさか、皇帝カミノガエ、この私に、()()()()()()()()()!? 」

「気が付いたか! だがもう遅い! 」


 カミノガエが、出した作戦は、物量を利用した、龍の攻撃を前提にした、ブレイダー達を使っての、消耗戦である。


「セブン、お前の力は全く分からない。だが、『目で見える範囲』でしか使えないのは変わっていないようだな」

「(……また、私は、侮ったというのか)」


 カミノガエの指摘は、まさにその通りであり、『静止』させる力は、セブンが目でみえる範囲でしか使う事ができない。ミーン達を止められたのは、そのまま、三人ともセブンが視界に収めたからであった。


 故に、タワーシールド状にしたサイクル・シールドで、セブンの視界を塞ぐ事で、強制的に『静止』させる力を、シールド単体へと向ける。


 無論、そのあとは無残に切り裂かれるだけだが、それでも、この場には48機のブレイダー達がいる。


「のうセブン。貴様は、ブレイダー一人を倒すのにどれほどかかる? 瞬きする間か? それとももっと速いか? まぁどれでもいい。いずれにせよ、このブレイダー全員を、一人ずつ相手にするのならば」


 カミノガエが、勝ち誇るように宣言する。


「龍の雷が落ちる方が速い! 」

「(あの、戦いの素人であったはずの、皇帝が、この策を練ったというのか)」 


 すでに、ブレイダーを追加で5人斬っているセブンの頭には、皇帝カミノガエが、この策を考えつき、そして実行に移した点に、驚きと、後悔が募った。


「(私は、また、侮ったというのか)」


 カミノガエが仕掛けた消耗戦。上空にいる龍は、今にも雷を放とうとしている。そして、ブレイダーはまだ残っている。


「(最初に、ブレイダー達を全員。切り捨てておけばよかったのか……いや、最初はそうしていたはずだ。それができなくなったのは)」


 10人目を切り捨てた後に、自分の背後で、自分以外の変化が起きる。視界の端で、チラチラと、小さな炎が見える。セブンは、その炎に見覚えがあった。


「この、緑の、炎は」


 その炎こそ、セブンが、ブレイダー達を、全員切り捨てられなかった最大の要因。なおかつ、この消耗戦をさらに長引かせる原因となるベイラー。


「後ろに、君が居るのか。コウ君」

《――ああ。いるよ》

「ずいぶん、速かったね」


 振り向く暇は無かった。切り捨てたはずのブレイダー達が、再び起き上がり、サイクル・シールドを構え、セブンの前に立ちふさがっている。コウが、サイクル・リ・サイクルを使い、この場にいる全員の体を治している。


《もう、あなた一人だ。セブン》

「それでも、あの仲間のベイラー達は助からんよ。彼らは、この手で確実に『静止』させた」

《静止? 》

「なんだ。そこに三人、人形のように固まっているだろうに」

「――あれ、セブンは? 」

《ナット、もう動ける? 》

「もちろん! 」


 それは、セブンにとって聞こえるはずのない声だった。


「(今の、声は、ナット君と、ミーン君の声か? )」

「コウ、姫様、気を付けてくれ。あいつ周りの流れが妙だ」

「(か、海賊の娘の声もするだと!? )」


 切り捨て続ける為に、背後を振り向く事ができない。もっとも、振り向くことなど、周りにいるブレイダー達が許さない。常にシールドを持ち、視界に己が映らないように構えている。


「(なぜ動けている!? 確実に止めたはず? 何が、原因で――)」


 その時、緑の炎が、セブンの目にちらついた事で、つい数分前の、マイノグーラとの邂逅の瞬間を思い出していた。


「(そうだ。そうだった。彼の炎は、マイノグーラの力を拮抗したではないか! ならば、コウ君の力は、ただの治癒ではない! 空を飛ぶ力でも、ましてや熱いだけの炎でもない! )」


 コウが獲得した、サイクル・リ・サイクルの力。それは治癒としての側面が大きいいが、その他にも、単純な力の増加から、炎による攻撃など多種に及ぶ。だがそれらすべてが、マイノグーラの力のように、『そのようにしか認識できない力』だとしたら。


「(なんということだ。コウ君は、彼女の『静止』の力に拮抗する力を持っている。私が『静止』させた物を再び動かせるようになるほどの! )」


 コウやカリン達でさえ、まだ気が付いていないその力の本質を、セブンは理解し始めている。


「(このままでは、マイノグーラが、ティンダロスが、龍によって砕かれる! どうすれば、どうすれば)」


 この瞬間、初めて、セブンは思考が焦り始める。カミノガエが策に困窮したように、セブンもまた状況に困窮していた。


「(何のために生き永らえたのだ。何のためにヒトを集めて、何のためにアイ君を目覚めさせ、憎しみを束ねて、ティンダロスを呼び起こした! これでは、このままでは、全て無に帰す! なんとしても、なんとしても! )」


 この場を切り抜ける術が、閃かない。セブンの場合は、この場に至るまでの、あまりにも長すぎる年月が、さらに思考を混乱の渦へと押し込めた。


「(こんな事で終わっていいはずがない! なんとしても! ここを切り抜けねば、私は、今まで)」


 もう、20人のブレイダーを切り捨てていた。苛立ちをぶつけるように、21人目のブレイダーを切り捨てる。


「何の為に、ここまで来たというのだ! 」


 それは、感情の起伏が薄くなっていたセブンの、怒りだった。人を裏切ってなお、星を裏切ってなお、マイノグーラの味方で居続けた彼の慟哭であった。


「何の、為に」


 慟哭はやがて、振るう剣と共に収まってく。すでに切り捨てられたブレイダー達は、コウの炎によって全快の状態に戻っている。そしてブレイダー達の背後には、同じように全快となったミーン、ジョウ、セス、して、リクが居る。


「ここまでよ。セブン」

「――ああ、ゲレーンの、姫君。今は、皇帝の花嫁だったな」


 すでに、上空の雷雲から、龍の牙に向け、雷が降り始めている。コウ命名の、龍の雷、『ライトニング・ブレス』が打ち出されようとしている。


「これで終わりよ」

「これで、おわりか。あっけないものだ」

《龍石旅団の皆さま、退避を》


 ジェネラルの懸念は、ここで龍の一撃を、セブン以外が受けてしまう事、その一点となった。楔は後方にあり、もはや壊される心配もない。あとは、龍の一撃が放たれるより前にここからできる限り遠くに離れる事のみ。


《カリン、急ごう。ここに居たら俺たちも巻き込まれる》

「ええ。陛下。雷が来ます。お早く」

「余は最後だ。ブレイダー達が抑えてくれている」


 カミノガエがきっぱりと言い切る。だがカリンは怯む事なく、カミノガエの言葉に返答した。


「なら、私も残ります」

「――佳し。許す」

「ありがとうございます」

「言っても聴かぬであろう」

「よくご存じで」

「強情なやつよな」


 カミノガエも、こうして軽口を叩ける程度には、カリンの事を知り始めていた。


「(――何の為に、私はここまで来た。誰の為だ)」


 朗らかな空気のなか、シールドで四方を囲まれたセブンは、自問自答を繰り返している。


「(策を弄し、騙し、嘲ってきた。その結果がコレか。コレなのか)」


 それは、後悔と呼ぶにはあまりに重い。長すぎる歳月が、セブンの思考にブレーキをかけていた。


「(全て、無駄であったか……何の、為に)」


 やがて、思考はただ一点に集約されていく。


「(何の為? いや、誰の為に)」


 そして、脳裏に浮かぶのは、すでに目に焼き付いた、彼女の姿。そして、その姿を思い描いたが最後、彼の中で、答えが導き出される。


「そうだ。忘れていた。私は、彼女の為にここまできたのだ」


 それは、最初の動機。あまりに長い年月が経ちすぎ、かつ、マイノグーラとの再会によって、わずかでもぶれてしまったその目的。


「ならば、私がすることなど、ただ一つ」


 そして、セブンは、覚悟を決めた。もはや状況を打開する策はない。空では、今にも黄金の雷がティンダロスを砕くべく発射されようとしている。


「――彼女は、怒るだろうか――怒ってくれるだろうか」


 ほんの少しの懸念を胸に秘め、セブンが行動する。



《陛下! これ以上は限界です! 》

「う、うむ。行くぞカリン! 」

「はい陛下! 」


 龍が纏う雷が、全身にまとわりつき始める。積乱雲の中から、無数の雷が、紅の鱗の奥から、黄金に輝く雷光が、それぞれ牙に向かって集約されていく。


 一枚かけた、三枚の翼を大きく広げ、龍が狙いを定める。


 カミノガエと、ジェネラル、カリンとコウが最後となり、ティンダロスの上かた退避しようとしていた。


 その時、すでに退避しはじめていたセスと、サマナが血相を変えてカリン達の元へ向かってくる。走りながら、力の限り叫んでいる。


「サマナ! 貴方も早く逃げて! 」

「違う! ()の『流れ』が変わった! カリンこそ逃げろ!! 」

「奴? まさか」

「――せん、こう」


 すでに心折れ、ブレイダー達に囲まれて動かなかったはずのセブンから、小さく、か細い声が聞こえる。


「(まさか、楔を狙って)」

「カリン! 楔じゃない! 『流れ』はカリンに向かってるんだ! 」

 

 サマナが必死の形相で叫び、伝えた。その声に、カリンより先に行動したのはコウであった。コックピットが納まる上体を、わずかに逸らす。次の瞬間。


「『穿孔一閃』」


 細く、永く、鋭い剣が、コウのコクピットを目掛けて襲い来る。サイクル・シールドを貫通し、ブレイダーの一人を蹴散らし、そしてコウの、琥珀色のコックピットに確かに突き刺さる。セブンの『穿孔一閃』はコウの背中まで貫通し、後ろにいたサマナ達にも刺さらんとする勢いだった。このままでは、サマナ諸共串刺しになる。


「――そう何度も同じ手を」


 セブンの『穿孔一閃』で作り上げられた剣は、確かにコウのコックピットを貫通した。だが、その剣には、乗り手の血が付着していない。コウが瞬時に上半身を逸らした事に加え、カリンも、コックピットに備わったシートベルトを外し、突き刺してきた剣を避けていた。


「《喰うと思うかぁああ! 》」

 

 そして、裂帛の気合と共に、『穿孔一閃』を叩き壊す。突き刺さった残りの部分を引き抜き、無造作に捨てた。


「最後の一撃も、あっけなかったわね」

「――ああ。最後だ。もう再生もできん」


 ブレイダーに囲まれた枠の中からセブンの弱々しい声が聞こえる。


「『穿孔一閃』を放つ為に、私の持つ最後の力を振り絞った。もう私には、何も残っていない」

「その、ようね」

「ああ。ここで、終わりのようだ」


 セブンの声が、感情の起伏が感じられない、平坦な声へと戻っている。その声のまま、淡々と続ける。


「あまりにも、永い時間だった。彼女に会う為に。それだけを考えていた」

「……」


 そこまで言って、『穿孔一閃』で伸び、そして折れた剣を、天へと掲げた。さきほど蹴散らしたブレイダーの分、彼には幾分かスキマが空いていた。


 細く、長い、壊れた剣が、黄金の雷が轟く中で掲げられる。


 その、あまりに自然な仕草に、その行為に、誰しもが意図を汲み取れなかった。そこに意図があるなど、誰も思い至れなかった。


 そして、誰も意図に気が付けないまま、龍が、その雷を吐き出した。



 コウ命名。『龍の雷咆(ライトニング・ブレス)


 空の雷雲と、自身の発電器官から流れ出た電流を牙へと集め、一挙に放出する、この星の守護者が持つにふさわしい攻撃であった。この攻撃に当たって無事な者などいない。ティンダロスでさえ、弱らせる事ができ、『境界線』の奥へと打ち込んだ楔へと放てば、ティンダロスそのものを破壊せしめる威力だった。


 誰しもが、ソレを疑わなかった。雷による視界の白飛びと、轟音による耳鳴りが納まるまで、戦いが収束したのだと信じていた。


 ただ一人、この世界の住人では無かった、コウだけが気が付く。それは、義務教育時代に習ったのか、はたまた、何かの本でたまたま目にしていたのか。少なくとも、この天候で、セブンは、一番やってはいけない事をやっていた。


《あいつ、まさか》

「コウ、どうしたの? 」

《あいつの狙いは、俺たちじゃなかった》

「どういうこと? 」

《もちろん、楔ですらない。あいつは》


 やがて、視界の白飛びが終わり、耳鳴りも収まり、周囲の状況が確認でき始めた頃。カリンはようやく、コウの言いたい事を理解し始める。


「そ、そんな」

《あいつは最初から、『穿孔一閃』を当てる気は無かったんだ》


 龍の一撃は、確かに楔へと放たれたはずであった。威力も、速度も十分であったはずであった。だが、ティンダロスは健在のままである。


 表皮こそ剥離したものの、未だその存在は揺らいでいない。


 何より、龍の一撃は、楔に命中していなかった。


「なんで、楔に当たってないのよ!? 」

《雷は、()()()()()、当たったんだ》

「別の、もの? 」


 コウが、ゆっくりと歩いて聞く。ぎりぎりで退避していたカミノガエとジェネラル、ミーン、ジョウ、セスと、その乗り手たちは無事であったが、最後までセブンを留めていたブレイダー達は、雷によって、ほとんどが焼け焦げている。あまりの熱量で、あたり一帯が火事の跡の様だった。


 そして、その中心部に、()()は居た


「こ、これは」

《――落ちた先は、楔じゃなくって、この人だ》


 そこには、おそらく、セブンであったであろう物が、原型をとどめていない状態で転がっていた。かろうじて、上半身の、さらに半分が残っているような状態で、その上半身も、マイノグーラによって凍っていた部位が溶けだしている。なにより、ずっと仮面で隠されていた頭部は、もう顔を確認する事もできない。


 状況の悲惨に言葉を失いながら、それでも、当初の作戦通りにならなかった事について、カリンから疑問の声が上がる。


「ど、どうして、セブンに雷が落ちたの? 」

《この人は、『穿孔一閃』で『避雷針』を作ったんだ》

「ひらい、しん? 」

《簡単な理屈だ……雷は、()()()()()()()()()

「――あ」

《あの最後の『穿孔一閃』は、もう攻撃じゃなかった。単なる『長い棒』を作り出す為のものだったんだ》

「な、なんの為に」

「それは私の為」


 それは、唐突に聞こえてきた。


 コウの足元で、すでに灰となった、セブンだった者の傍に、いつの間にか、寄り添うようにして現れた、銀髪の少女。


「セブンがこうしなければ、ティンダロスは壊されていた。セブンは、私の為に、こうしたの」

「結晶の魔女!? 」

《マイノグーラ! 》


 二人が、一気に臨戦態勢へと変わるが、そんな二人の事などお構いなく、マイノグーラは、灰となったセブンを抱きかかえ、愛でるように撫でた。


「人間だった貴方。人間を裏切った貴方。最後は星の使いに殺された貴方」


 それは、まるで童話を読み上げるような、少なくとも、セブンが抱いていたような情熱とはかけ離れた、しかし愛情を感じるやさしさの籠った声だった。


「でもおかしな人。貴方は私と一緒にいたくてここまで来たのに。これじゃ、私、またひとりぼっちだわ」

「(外の星から来た者……でも、人と同じように、悲しんでいる? )」


 カリンは、マイノグーラの仕草が、人間のソレをまるで大差がない事に驚きを禁じ得なかった。もしかしたら、マイノグーラのような存在と、手をとり、協力する未来も、どこかにあったのではないか。そんな想像さえし始めていた。彼女が、次の言葉を紡ぐまでは。


「さて、おかしな人もいなくなったし、この星、全て食い尽しましょう」

「――はい? 」

「そして力を蓄え、同じような()()()()()()()()()()()()()()()


 あっけからんとマイノグーラは答えた。一人の男が、何十年、何百年と想い続け、命さえ捧げた好意を、彼女は無碍にしただけでなく、星を喰らうと明確に宣言した。まるで、子供のお使いのような無邪気さだったが、それでも、この魔女は、確実にその行動を遂行するという確信だけがあった。


「コウ! 」

《大炎斬を使う!! 》


 理解不能であり、共存不能な存在だった。龍殺しの大太刀を抜き、大上段に構えようとすると、マイノグーラがつぶやく。


「戦うのね? でも、もうおしまい」

「何? 」

「だって、もう()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その時、コウが、ティンダロスの奥底から、おびただしい数の気配を感じ取る。それは、マイノグーラの背後、透き通ったティンダロスの外殻の中から、ソレは、ゆっくりと這い出てくる。


 四肢のついた、犬に近い哺乳類に見えた。だが、四肢の外見が一定ではなく、三本足でだったり、五本足であったり、前足が変形して猿のようになっていたりと、大きさも体つきも、それぞれ形が固定されていない。体毛は黒く艶やかだが、風もないのに揺らめいている。


 唯一、その動物に似た何かの共通点として、顔があげられる。牙の見える獰猛な顔つきだが、それらの顔には、必ず瞳が無かった。瞳を納めるべき両目の穴は存在

するが、瞳だけが無い。


「さぁ、いきなさい。猟犬たち。全てを食べ終えるまで帰ってこなくていいわよ」


 口からは、よだれが垂れ出ているが、そのよだれがドブの色をしている。不潔、不快、不衛生。不気味であった。そして、その数。ティンダロスの中から、ざっと見える範囲だけでも2()0()0()()()()()

 

《――げろ》


 コウが、思わず口に出した。先ほどまでマイノグーラと戦う気でいたはずなのに、現れた猟犬たちを前にし、戦う気など失せてしまった。


《みんな逃げろぉおおおおお!! 》


 ティンダロスの中から、猟犬たちが、ついに解き放たれた。 

 

ついにここまで来ました。次週以降ハードな展開が続きます。

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