ケイオスとの決着
「(あれ、お姉ちゃんの顔が)」
「(あれ、リオの顔が)」
コックピットの中で、急に目の前が真っ暗になり、リオとクオが操縦桿を離してしまう。二人で頑張って備え付けたシート、その背もたれに倒れ込む。あれほどベイラーであるリクと共有していた視界は、いとも簡単に切れてしまい、コックピットの中、人間としての視点しかみえていない。それでも、双子は、操縦桿を離してたとしても、お互いの視界は共有し合っている。それは最近発露した、彼女たち力であった。
ふと、二人は向き合って、姉は妹を、妹は姉の顔見る。この時、普段は気にする事などなかったが、お互いの顔が向き合った時、かがみ合わせのように、瞳の中で、その姿が何十にも折り重なっていった。
「(なんで、みんな似てるっていうのかな)」
「(そんなにそっくりかな? )」
視界は共有していても、意識は共有されない。リオとクオは、生まれてからずっと似た顔の相手がずっと傍にいた。緑豊かではあるものの、文明がさほど発展していないゲレーンという国、加えてその森の際に住む、猟師という特殊な家の都合により、彼女たちは日常で鏡を手にする事はほとんどなかった、あっても、水辺のほとりで顔をのぞきこんで、やっと自分の顔をみる程度だった。
そして、水辺で自分の顔を見るたび、リオはクオの事を、クオはリオの事を、そんなに似ていないと、心の中で思っていた。顔のわずかな違いを理解してくれるのは両親だけで、近所に住まうひとたちは、お互いが名乗りを逆にしてしまえば、全く気が付く事はない。
顔が同じ。そうやって一括りにされる事に、彼女たちが苛立ちを覚えた事もある。それでも、顔についての嘘を付けば、簡単にいたずらする事ができた。いたずらがバレた時に母にきつく叱られるのが嫌だったが、それでも、叱られる時は、きちんとそれぞれ、リオとクオを区別して叱ってくれる。
そんな母を見れるのが、彼女たちには嬉しかった。
向かい合った二人は、言葉にはせず、ただこの光景を共有し続ける。酷い疲労感と、喪失感が体を支配し、指一本動かない。
「(血みどろだぁ)」
「(汗だくだぁ)」
「(体が、熱い)」
「(風邪でもひいたかな)」
久しぶりにまじまじと見たお互いの顔は、それはそれはひどい物だった。目から、耳から、鼻から、顔のそこかしこから血が噴き出したのか、赤い血がすぅーっと垂れている、また、流れ出ているのは血液だけではなく、まるで激しい運動をした後のように、双子の肌には大量の汗が噴き出ている。その汗と血が混ざり、ふたりの服はぐちゃぐちゃに汚れていた。
どうしたこうなったのか。原因が分かるほど、彼女たちに医学の知識はない。それでも、直感的に、自分達の身に何が起きたのかは把握していた。
「(ちょっと、頑張りすぎちゃったのかな)」
「(でももうちょっとで、あいつに勝てるのに)」
赤目のその先である『木我一体』。カリンでもコウとの『木我一体』に至った結果、コウ側に損傷が起きると、中にいるカリンにも影響が出るようになった。乗り手のベイラー、二人での共有でも、これだけの代償が伴ってしまう。
リオ達の場合、共有したのは、リオとクオ、そしてリクと、リクの元になった、生まれなかった名も無き兄弟。合計四人分。より高速に、より多岐にわたって影響が及ぼし合った。八本の腕を自在に、かつ完璧に制御し、セブンとケイオス・ベイラーに迫る強さを得たが、代わりに、リオとクオの肉体側が悲鳴を上げた
つまり、双子が怪我をしたのは、手足や顔ではない。
「人間の限界か」
「(なんか、いってる)」
「(限界って、なに? )」
動かなくなったリクの前に、悠々と剣を掲げるケイオス・ベイラーがいる。リクとの闘いでいたると所が傷ついており、再生するのにはまだ時間が掛かっている。そしてコクピットから聞こえるセブンの口からは、淡々としながらも、どこか、双子に対して、見下している態度とはちがう、別の感情が垣間見えた。
「ソウジュベイラーは、人間と視界と感覚を共有する事で、さらなる力を発揮できる。ならば、乗り手である人間が2人いればどうなるのか。ベイラーも2人いれば、どうなるのか」
思い出すように、懐かしむように、セブンが語り掛ける。
「そんな実験ケースを、人工ベイラーを作るときに考えてはいたが、どうしても効率が悪い。ポランド君は面白がって作ってはみたようだが、結局成功例は一つも無かった。まさか自然的に、その実験ケース、その成功例この目で見られるとは。ポランド君がここに居たら、さぞ感激していた事だろう」
「(しぜん、はっせい? )」
「(けーす? )」
「成功例が出なかった理由、それは」
まだ戻らない手足の再生のついでなのか、セブンの、双子に向けての独り言は続く。意識はあくまで背後の楔にあり、目の前にいる動かなくなったベイラーへの興味は薄れていた。
「人間が2人で共有すると、かならず片方が死んだからだ」
「(ふーん……しんだ? )」
「(しんだ? )」
「人間の頭は、ベイラーの頭と同じように、不明な事が多い。それでも、二人乗りのベイラーの実験では、片方が共有でき、片方が共有できない。そして運よく、お互い両方がベイラーと共有できた場合、二人は頭がどうにかなってしまう。それがポランド君の結論だ」
「(どうにか)」
「(なる)」
「だがそうか。声からするに、君たちは姉妹なのだろう。人工ベイラーの実験に、二人分の肉親や、親しい間柄の者は実験には連れ込めなかった。それはポランド君も悔いていたが。なるほど。こうなるのか。いい勉強になったよ」
人間を見下しているセブンが、単純なる興味で、双子の事を感心していた。その上で、彼女たちが、自分の脅威となる可能性が、ゼロではない事も。
「仮に、成長しきった君たちであれば、私を倒すまでに至るかもしれなかった。ほんの、ほんの少し焦りを覚えたよ。だからこそ、その芽はここで潰させてもらう」
コウ以外で、自分の事を追い詰めるベイラーなど居ないと考えていた。その考えを、この双子が覆してしまった。故に、双子へ行われる攻撃は決まっている。
「(コックピットの中にいる双子ごと、ここで切り裂く)」
迷いも躊躇も油断もなく、ここで双子を確実に始末しなければ、計画に必ず支障がでる。否、すでに支障が出始めている。背後ではブレイダーが、ティンダロスに対しての破壊工作を行っており、予断を許さない。そして、最も危険視していた白いベイラーが、この戦場に復帰してくるとも限らない。
そうして、剣を無造作に横にふるう。動かない相手を斬るなど、セブンには造作もない。もはや相手を見るまでもなく、ブレイダー達に目を向け、剣を振りぬく。
だが、コックピット目掛けて振りぬいたはずの剣が、下から弾きだされるように逸らされた。目線だけを戻し、弾いた相手を見やると、其処には見知った顔があった。かつてアジトで、セブンが誘いを掛けた相手。
「――そうか、今度は君が邪魔をするのか。ナット君」
「何をした!? セブン! 」
剣は、空のような青い肌をしたベイラーに阻まれている。中にいる乗り手―――ナットが、怒りに震えながら吠える。
「リオに、クオに、何をしたぁ!? 」
「何もしていない、といっても信じないだろうが」
淡々の答えながら、ナットとミーンを無視し、ブレイダーの元へと、ケイオス・ベイラーが飛翔する。空気がわずかに冷え、浮かぶようにしてその場から立ち去ろうとした。
「すまないが君の相手はごめん被る」
「逃がすかぁ!! 吹き荒べミーン!! 」
《あいあいさー! 》
ミーンの体から黒煙が立ち上がり、同時に、その場から一瞬でいなくなる。
「(ミーン君はただ速いだけのベイラーだ。空にさえきてしまえば)」
「だぁあああああ!! 」
「―――」
セブンは、声が聞こえる方向に目をやり、そして一瞬、己の目を疑った。剣の冴えや、見切りなどは損なうはずもない。そんな己の目を、一瞬でも疑ってしまった自分に、再度驚いた。
「なぜ、なぜ」
ミーンは、確かに足の速いベイラーである。そして、暴風形態に移行すれば、全身から黒い煙を吐き出し、最高速度を維持し続ける、まさに嵐のようなベイラーへと変貌する。だがそもそも、ただ速いだけならば、ケイオスは全く意に返さない。七本の爪をつかうまでもなく、空へと逃げれば、ミーンは手出しできない。
その、はずであった。
「なぜ君が空に居る!? 」
「それは俺が教えたとっておきだ」
そして、今度は別方向、しかしミーンと同じように空から、その声が聞こえてくる。声だけではなく、高速で回転するサイクルと、そして本来は地面を切削する為の武器が奏でる、甲高い回転音。
「足を地面に付く前に、空気を蹴っ飛ばして飛んでんだ。スキマ街には天井があったから使う事はなかったが、ここなら問題ない」
「そ、その声、たしかライカンの所にいた奴隷」
「覚えていてもうれしくない。やるぞジョウ! 」
《突貫》
空中を疾走しているミーンと、もうひとり、頭巾を翻しながらジョウが現れ、そのドリルを突き刺す。背中から伸びた再生しきっていたはずの腕は、根本からガリガチと無残に削り落とされ、空中でバラバラに消えていく。再生をしようとしても、その再生するたびにドリルで削り取られ、満足に腕の形を保てない。セブンは、そのドリルを見たのが初めてで、自分の体が切削されている事に気が付かなかった。
「これはのこぎり? いや形状が違う。私の知らない道具? 」
「これは土を掘るジョウのドリルだ。再生するならしてみろ! お前のベイラーの肌くらい、ジョウならいくらでも削り落とせる! 」
《回転、全開》
ジョウのドリルがうねりを上げて、ケイオス・ベイラーの腕を削り続ける。
「たとえ背中側を腕を封じられようとも、まだ二本の腕が」
「―――あと二本! 」
《サイクル・シミターブーメランッ!! 》
地上から、片刃の剣が、ケイオスに向かって投げ込まれる。片方に重心を偏らせた剣が、空中て円の軌道で襲い来る。赤い肌をしたベイラーが投げ込んだ。その名の通り、ブーメランのように投げ込まれた剣が、ケイオスの腕へと食い込む。だが、手応えは軽く、わずかに刃が沈む程度。ジョウのドリルのように、常にダメージを与えている訳でない為に、切り落とすまでには至らない。
「ただの投擲で、このケイオスの腕が落ちるものかよ」
「一本でダメなら六本だぁああ! 」
だが、投げた当の本人たちは、ケイオスの腕を切り落とせていない事を、全く気にしていない。むしろ彼女たちにとって、この後の攻撃こそ本命。
「《六連刃ぁああ!! 》」
紅いベイラー、セスが指と指の間に剣を挟み、そのままブーメランとして投擲する。これにより同時に六本の剣を投擲できる。一本目は、相手との距離を測る為の試射。一本、また一本とケイオスの腕に重なるように刃が食い込み、そして六本目が剣に叩きつけられた時、ケイオスの左腕は片口から、六回分の衝撃を境に、ばっさりと切り裂かれてしまう。
剣は役目を終えたと言わんばかりに砕け散り、ブーメランの本懐を遂げる事は無かった。
「(この、ただのベイラー達の、どこにこんな力が)」
先ほどまで、双子の姉妹に追い詰められていた。今度は、その姉妹の仲間たちに、セブンは追い詰められていく。セブンにとって信じがたいのは、どの攻撃も、初見ではないという点にある。ジョウのドリルも、セスのブーメランも見た事があり、それぞれ対処が出来ていた。
だというのに、だた組み合わせの連携をされて、追い詰められている。
「(この敵を倒すのは後だ。まだ腕は一本残っている。今は何としても、ブレイダー達を止めねば、ティンダロスが、彼女がまずい)」
セブンの思考が、徐々に狭まっていく。自身の目的はあくまでブレイダー達が行っている工作の阻止、および破壊。だが、そのことごとをミーン達に邪魔され続けている。
「(飛んでいたナット君が見えないが、この際どうでもよい。この場は倒すのを諦め、残った一本だけでもブレイダー達に対処せねば)」
思考はすべて、腕が一本残っている前提で進んでいた。空中疾走という離れ業をしたミーンが視界から消えているのは気になるものの、今は、対処すべき優先事項を立てるのが先決だった。
「(背中で補助腕を、根こそぎ粉砕し続けているジョウとかいうベイラーを始末し、そして残りは無視すればいい。幸い目に見える距離にブレイダーがいる。振り向きざまにジョウとやらを、うるさい乗り手と共にコックピットごと切り裂き、ここから『穿孔一閃』でブレイダーを狙えば、勝てる)」
一秒にも満たない思考時間で、セブンは、ジョウ達を同時に相手する事を諦めた。意識をブレイダーへと向け、行動を始める。そして、残った右腕に、ジョウを切り裂くべく剣を生み出そうとした時。
「まっこう」
遥か彼方から、息も絶え絶えとした声が聞こえた。それは本当にかすかな声であったが、それでもセブンの耳には確かに聞こえた。今まで一番の障害として認識していた乗り手の声。どんなに小さくとも察知できるように、常にセブンが警戒していた声。
「からたけ」
「(どこだ? どこから)」
セブンは耳を澄まして声の主を探す。目はこの際役に立たない。
「(墜落したはず。もう復帰したのか? ならばどこから)」
その声は、間違いなく、白いベイラー、コウの乗り手であるカリンの声。だがさきほど、『真っ向唐竹大炎斬』を正面から撃ち破っている。
「(恐れる事はない。第一、声は剣術の間合いの中に居ない。ならば)」
右手で剣を生み出しつつ警戒せざるおえなかった。目には敵は映らず、それ以降に声も聞こえない。
「(アレは、ただのはったりと見た! このまま切り裂く)」
コウもカリンの姿も形も見えないのをいいことに、セブンは索敵を止め、背後のジョウの対処に踏み切る。
「もう少しだ! もう少しでコックピットまで! 」
「このケイオスを削りとろうとしたその力。見事だ。だが」
背中に食い込んだドリルを、体を縦へと回転させる事で、突き刺さったドリルを、遠心力で振りほどく。バラバラに砕け散った補助腕を見送る。
「ここまでだ! 」
「は、弾きだされた!? 」
「死ぬがいい! 」
背中側でドリルを押し込む事で張り付いていたジョウは、突如として横軸の回転を受け、強引に引きはがされてしまう。結果、ジョウは一瞬とは言え、空中に無防備に放り出される。そしてセブンは、再生する時間すら惜しみ、右手の剣を横薙ぎに振るおうとした。
その時、かすかに聞こえていた敵の声が、はっきりとこの戦場にいる誰しもに届く声として、耳に聞こえてくる。
《大炎砲!! 》
それは、コウが、カリンが、襲い来る眠気を、その腕に剣を突き立てて、正気を保っていた。そして、眠気を振り切り、放った大太刀の攻撃。
「なんどやっても同じ―――」
セブンは、ほぼ反射的に、攻撃を切り崩そうとして剣を振るう。コウの『大炎斬』を打ち破った時のように、剣一本で叩き伏せるつもりだった。だが、遥か彼方から飛んできた攻撃は、自分の想像していたものとは、まるで違う攻撃だった。
「(剣技ではない!? これは)」
それはまさに、セブンを襲う、火柱。カリン達は、『真っ向唐竹大炎斬』を、薙ぎ払いではく、突きとして放った技だった。ここまでくれば、もはや唐竹ですらないが、カリン達には技の名を考える余裕も無かった。
深緑の色をした炎の柱。剣戟とは異なるケイオス・ベイラーを、一瞬にして飲み込んでしまう。防ぐ事は叶わず、最後の一本の腕を吹き飛ばされる。
「(な、なんだ? セブンが炎に喰われた? )」
意図せず空中に投げ出されたフランツとジョウは、セブンが炎に飲み込まれていくのを、ただ茫然と眺めるだけだった。
《アレは、コウの、炎か。でもどうやったんだ? 》
「大炎斬で、突きを放ったんだ」
今の攻撃が、コウによるものであるのを、正確に把握できたのは、その技を受けた張本人であるセブン以外では、戦場の『流れ』を見る事ができたサマナだけであった。サイクル・リ・サイクルの代償を知って居るサマナは、その代償を無理やり引き延ばすようなやり方を、快く思っていない。同時に、新たな剣技を使って、ケイオス・ベイラーを腕を確実に叩き折ったその威力に、感心していた。
そして、直撃を受けた側は、ひたすらに混乱していた。声には出ないだけで、頭の中で、情報が錯綜し続けている。
「(『穿孔一閃』が間に合わなかった? 白いベイラーは、アイ君と同じ事が、いつの間にかできるようになっていたんだ? )」
コウの使った新たな技『真っ向唐竹大炎砲』。『大炎斬』の突き版とでもいうべき攻撃だが、セブンには、どうしても。黒いベイラー、アイの使った技『サイクル・ノヴァ』との類似点を見出してしまった。直線的な遠距離攻撃というくくりであれば、確かにコウの技と、アイの技は、至る経路は違えども、結果として近しい存在となる
故に、セブンの頭は、何故、どうしての答えを求め続けた。
「(白いベイラーは、あくまで計画の主軸ではなく、副産物だったはずだ。必須だったが、役目が終われば、その後はとくに私の計画に支障が出るような存在ではなかった。それがなぜ、なぜ)」
それは、セブンの中で、想定以上の脅威度へ成長していた事への疑問。
「(コウだけではない。乗り手も、その仲間であるベイラーも、元はなんの変哲もない、ただの田舎者の集まりだったはず。それが、何故、何故だ? )」
セブンの立てた、マイノグーラ復活、そして彼女と添い遂げる計画。その成就が果たされようとしている目前で現れるいくつもの障害。
「(このケイオス・ベイラーは、龍と相対する為の切り札のだった。それが、こうもあっさり、ただのベイラー達に)」
背中の補助腕も壊され、両腕も欠損している。再生するのを忘れてしまうほど、目の前の者たちに、こうまで痛めつけれた事に愕然としている。
「(何故、何故負けようとしている? )」
ケイオスは、吹き飛ばされ、ティンダロスへと墜落するほかない。飛行するのも忘れている。
「(何か、何かあるのだ。負けている理由が、何か)」
憎しみ、怒り、嘆き、それらすべてを人間に対して向けていた。故に嘲り、驕り、見下し続けた。それが当然だと疑わなかった。
それほどに、セブンは強く、無敵だった。
「(なのに、何故)」
だからこそ、この砕け散ったケイオスを前に、思考の鈍化が止まらなかった。そして鈍った頭では、足し算すらおぼつかない。
背中の五本を、ジョウが砕いた。
左腕を、セスが切り裂いた。
最後の右腕を、コウが焼き切った。
そして、この戦場には、まだもう一人のベイラーが居る。
「……そうか、君が」
青い、空と同じ肌をして、ずっと上空へと高度を稼ぎ続けていた、最後の1人。
「よくも、よくも」
関節という関節から、黒い煙を噴き出して、空を駆ける。ナットの体が圧力を受けミシミシと軋んでいる。『暴風形態』を、長時間維持し続ける為、フランツから受けた忠告。それは、急加速、急減速、急旋回をしない事。それら全ては、乗り手であるナットに荷重がかかり、最後には骨が砕けてしまう。
ナットも、最後まで忠告を守る気でいた。しかしそんな忠告などどうでもよくなる事が起きている。
「よくもリオを!! 」
双子の、リオの怪我を見て、彼は冷静になれなかった。感情に、衝動に、激情に身を任せて、ミーンを加速し続ける。ミーンも、彼を止める事はしなかった。
怒りと同じくらい、ナットは悲しんでいた。リオ達を守れなかった自分がふがいなくて、許せなかった。
怒りと悲しみがないまぜになって、最後にはもう叫ぶしかなかった。
「あんたを許さない! サイクルぅうう」
《イカヅチぃい》
「《キィイイイイイック!! 》」
フランツが教えてくれた、空中疾走。そこに、ミーンのもつ脚力をもってして、全力でケイオスを蹴り込む。激情に身を任せながらも、正確にコックピットを狙っている。セブンは、ただ唖然としなが、目の前に広がるミーンの足を眺める他無かった。
「(私が、負けた理由、ソレは―――)」
それ以上は、もう思考できなかった。
セブンの駆るケイオス・ベイラーは、体を九の字に曲げ、ティンダロスへと盛大に叩きつけられていった。ミーンの全力の蹴りを受けてなお、ティンダロスはピクリとも動かない。
だが、同じように、ケイオス・ベイラーもまた、動かなくなった。四肢の再生もされていない。
「……お、終わった、のか? 」
不気味なまでの静寂が、戦場を包んだ。ブレイダー達がひたすらにティンダロスを削っている音だけが、辺りに響き渡っていた。
続きます!




