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共有と深度


《掘削にはまだかかります》

「分かっていたが硬すぎる! 」


 ブレイダー達がティンダロスの表皮を削り続け、ジェネラルが、龍の攻撃の起点となる、楔を作り上げている。楔の形状は、釘と同じで、上から叩く事で打ち込む事ができる。


 あまりに硬い表皮を前にしては、ただ楔を打ち込む事はできない。できうる限り削りとり、より深く、長く刺さりこみ、最後には、龍の雷撃を受け、楔はティンダロスの体を崩壊せしめる。


「しかし、先ほどからこの化け物は何もしてこないな? 死んだのか? 」

《いえ、おそらくは――アレでしょう》

「アレ? 」


 ジェネラルが指さすのは、結晶の内側。半透明で遠くまでは見通せない。コックピット越しの視点ではよく見えない為、カミノガエは、ジェネラルの視覚を借り、指先の奥を見通す。


 結晶内側、半透明の先に見えてきたのは、ぐにゃぐにゃと動き回る、赤黒い、肉片のような何か。大きさとしては、人間の大人と同じかそれ以上。スライム状で四方の伸びており、常に脈打ち、蠢き、息づいている。四肢のようなものは見受けられず、特段危害を受けるような外見には見えなかった。ただ、不規則かつ不定形になる外見は、ずっと見つめていると、気が触れそうになった。


「ジェネラル、アレは、その、なんだ?」

《かつてこの星を食い尽そうとした、『猟犬』です》

「猟犬? 犬、なのか」

《今はまだ形も成していません。ですが、アレが解き放たれれば、生きている物を食い尽すまで止まらない》

「そんな大げさな。たった一匹じゃないか」

《よく、ご覧になってください》

「ん? 」

 

 カミノガエが目を凝らす。スライム状になった体の、さらにその奥。今まで半透明の結晶越しに見ていたせいで、視界が悪く見通す事ができなかったが、よく観察する事で、結晶の奥に潜む()()()に気が付く事ができた。


 そして気が付いてしまったことに、カミノガエは大いに後悔する。猟犬の奥、ただの暗がりだと思っていた背景が、ぐにぐにと、不規則に動いている。


「――群れ、という訳か」


 まだ形となっていない。ジェネラルはそう伝えた。不定形のソレらが、このティンダロスの内部で、無数に蠢き続けている。その姿は、マグマの中で猛っていた『獣』のソレと同じで、そしてようやく、不定形ながらも、特徴らしい特徴を見つける。どれだけグロテクスな外見でも、一目でわかるその部位。『獣』と呼んだ理由のひとつ。


「おうおう。ご丁寧に牙があるではないか」

《形を成して、ティンダロスから飛び出されればおわりです》

「その前になんとしても楔を打ち込まねば」

《ッツ!? 陛下! 後ろからセブンが》

「もう来たのか!? こうなれば余が戦う他あるまい! 」

《い、いえ、もうひとりのベイラーが、抑え込んでいるようで》

「もうひとり? 」

《なにやらら、腕と足がたくさんある》

「おお! しっておるぞ! そやつらは仲間だ! 」 

 


「「ソレソレソレソレ! 」」

「(急に動きかよくなった、これは)」


 ケイオス・ベイラーの視点から、多腕だった敵のベイラー、リクの腕が、さらに倍に増えている。それだけでなく、ケイオスの体を、正確に拳で打ち込んできている。すでに剣の間合いの内側へと入り込まれている為、剣は使う事もできず、また『穿孔一閃』を使おうにも、その隙が無い。ただの打撃ではこうまでケイオスが押される事は無かった。それでもリクが優位に立っているのは、ひとえに繰り出している技にある。


「(この技は、確か衛兵が使っていた)」


 がむしゃらに振り回すだけの拳なら、セブンほどの武芸者ともすれば、いとも簡単にあしらうことができる。しかし目の前にいるベイラーは、最低限の拳法を用いている。技としてはたったひとつ。


「「帝都近衛格闘術、正拳突き!! 」」


 双子の声が重なり、リクの、八個まで増えた拳を、丁寧に繰り出していく。右の拳を出し、左の拳を出し、そしてまた右の拳を出す。左右で一組、計四組で八連打。それらを一瞬で繰り出してく。八連打が終えれば、また一発目に戻って、再度繰り返す。ケイオスは、それらの拳を防ぐのに、拳ひとつに対し、腕一本使う必要があるが、腕の本数が一本足りない為、八連打目を避けるか受けるかが必要となる。


「(この突きを受け続ける訳にはいかない)」


 セブンは、紙一重でその拳を躱し続ける。それでも完全に躱す事ができず、かすかにリクの拳が肌のいずれかを掠め、そのたびに、体全身に痺れるような衝撃が走った。直撃すれば、間違いなく致命傷になる威力が籠っている。


「(こんな、ただのベイラーに手間取るとは)」


 ケイオスの中で、少しずつ、状況に対して焦りが生まれ始める。


「(ティンダロスに取り付いたブレイダー達が、妙な事をしていた)」


 セブンは、さきほどブレイダーがティンダロスに向かって、その肌を掘削している場面を目撃している、一体なぜそんな事をしているのか、セブンは知る由もないが、ここでとって重要なのは、ティンダロスに対して何か有効打を与えるとしたら、それはブレイダー達のいずれかであるという事。


 そのブレイダーが、得体のしれない行動をしている。振り向く暇は無かったが、目線だけで、ブレイダー、およびジェネラルが居る場所を、時折観察する。


「(ブレイダーは、常に合理的な行動をする。私や彼女を封じる為に働いていた奴らが、生半可な攻撃はビクともしないティンダロスに対して、その肌を削るなど、理由がないはずがない)」


 星の守護者たる彼らが、なぜか、壊れるはずもないティンダロスの肌を、一生懸命にカリカリと削っている。その意図は分からずとも、その行動が自暴自棄でない事だけは確かであった。


「何をするかは分からないが、その何かを止めなければならない。だが」

「「ソレソレソレェエエ!! 」」

「邪魔をするなぁ! 」


 ブレイダーの元に向かおうにも、リクがぴったりと張り付いて、それ以上の行動を許さない。八本の腕が、まるで嵐のようにケイオスの体を強かに打ちのめす。ケイオス・ベイラーと比べ、一本分のアドバンテージ。そのたった一本のアドバンテージが、少しずつ、確実に効いてくる。最初は、ミシリと乾いた音と共に、ケイオスの補助腕が一本へし折れた事に始まる。


「さ、再生を」

 

 防御は確かにしていた。しかしリクの正拳突きを受け続けた事で、先に防御した側の腕が耐え切れなくなり、結果折れてしまった。そうして、ケイオスに無視できない傷が生まれ始めている。それでも、ケイオスには再生能力により、折れた腕を即座に回復できる。だが再生のスピードと、壊れるスピードの差が、すでに埋まり始めていく。


 このまま、再生が追いつかないほどのダメージを受ければ、状況は一変してしまうのは明らかであった。


「(本当に、ただ腕が増えただけなのか? それだけで、このケイオスが危機に陥るなどありえない。一体このベイラーに何が起こった?)」


 セブンにとって、ブレイダーを止める事は必須であったが、リクの手によりそれが叶わないでいる。リクの急激な変化に、戸惑いを隠せない。


 そして戸惑っているのは、リクの仲間たちも同じであった。



「リクの腕が、増えてる? 」


 リオ達に加勢しようにも、ケイオスとリクの攻防が激しく、横やりを入れる暇もなかった。ただ、リクの姿が変わって、そしてケイオスと対等に渡り合っている事実に、驚愕していた。


「リク、いつの間にあんな事ができるようになったんだ? 」

《アレ、ガインの真似だ》

「ガインの? 」

《ナット、『サイクルツールセット』覚えてる? 》

「うん。指先に何個も道具を作る奴」

《リクは、その道具を、腕でやってる》

「そ、そんな事できるの? 」

《ミーンは腕がないからわかんない》

《できる》


 二人の会話に割り込むようにして、セスが答える。


「べ、ベイラーってすごいなぁ」

《勘違いするな。()()()()()()()()()()

「――なんでやんないのさ? 腕が増やせるなら便利なのに」


 ナットの疑問は至極当然だった。人間でも、もう一本腕があればと願う場面は多い。それは仕事の時であったり、戦いの時であったり、なんでもない日常生活でも、腕がもう一本生えていれば、などという夢想はよくある事。


 その夢想を、セスはバッサリと切り捨てる。


《あっても使えない》

「なんで? 」

《人間に腕が三本もない。そして、無い物をどうやって使える? 》

「で、でもガインは『サイクルツールセット』で何個も同時に」

《それは、そのツールセットで作る道具を、乗り手が、ひいてはベイラーが、使い方を知って居たからだ。だから同時に使えるし、精密にも使える》


 セスの言葉を、ナットが少しずつ飲み込んでいく。


《三本目の腕が映えたとして、どうやって動かす? 》

「そりゃ……ええと」

 

 ナットは試しに、自分の体にもう一本の腕が映える想像をして、その上でどうやって動かすかを考える。だが何度考えようとしても、結局二本の腕の延長上の事しかできず、今まさにリクが行っているような、格闘など思い描けなかった。


「わ、わからない」

《だから生やさないんだ。生やしてもどうせ使われない》

「でも、ならどうしてリクはできてるの? 」

《セスが知る訳ないだろう》

「て、てきとうだなぁ」

「(普通、腕が生えたからって、すぐ使えるようなもんじゃない。頭がこんがらがっても不思議じゃない)」 


 リクの戦いぶりは見事という他ない。しかし、不可解な事がリク自身に起こっている。そして戦いの中で変化しているのはリクだけでではない。


「(双子の声が、合いすぎてる。声だけじゃない)」


 乗り手の二人の声が、リクの腕が増えてからというもの、ずっと重なり続けている、ただ声が重なるだけなら、リオとクオの二人であればよくある事として片づけられる。仲の良さに関して疑う事は無い。問題は、二人が、声だけではなく、その考えまで一緒になっている事にある。


「(リオもクオも、それぞれ考えてる事は今まで違ってた。でもそんなの当たり前だ。仲のいい姉妹だって、考える事がずっと同じなわけが無い。なのに)」

 

 サマナが、意識を集中させ、リオとクオの心を読み解こうとする。シラヴァーズの、読心術とでもいうような力。相手の心を読む事ができるその力で、リオとクオを見透かそうとする。


「(二人分の声は聞こえる。でも、何か、心が)」


 声は重なり、まるで一人で言葉を発しているかのようだった。そして何より、聞こえてくる心が、ほぼ同時に聞こえるせいで、全く二人分に聞こえない。それどころか、二人の声が徐々に溶け合っていく。

 

「(この感じ、確かコウの時もあった……『木我一体』とか言ったっけ)」


 ベイラーと人が、心を重ね合わせる事で、ベイラーの目は赤く光り輝く。そして、重なり合った心がさらに高まり、乗り手とベイラーとの区別がつかなくなるほど、深くつながった時、ベイラーと乗り手は『木我一体』の極致へと至る。


『木我一体』になったのは、剣聖ローディザイアと先代ブレイダー。そしてコウとカリン。極致に至った乗り手の二人は、コックピットを降りたとしても、己のベイラーとの絆を保ち、そしてその手にサイクルによる武器さえ作り出して見せた。


 今、リオとクオは、まさにその状態に近くなりつつある。


「(何か、何か見落としている気がする。今のリクは間違いなく強くなってる。仲間としては嬉しいのに、心がザワザワする)」


 強くなったリクを、手放しで喜ぶ事が出来ない。それは乗り手の状態が、今まで見た事のない状態になっている為。『木我一体』は、乗り手のベイラーの二人がそれぞれ影響を及ぼし合っていた。リクの場合もそれは変わらない。


 ただ、リクは元々、双子の兄弟が混ざり合って生まれた、ベイラーとしては異例の存在である。そこに、さらに双子の姉妹が乗り込んでいる。すなわち、四人で影響を及ぼし合っている。


「(そんな状態で、リオはリオのままでいられるのか? クオはクオのままでいられるのか? )」


 今でさえ、二人の意思は溶け合い始めている。このまま戦いを続けて元に戻る保証などどこにもない。しかし、このサマナの予感には、確証も証拠も根拠も無い。そして、サマナだけが知覚できる情報がもう一つある。


「(それに、ティンダロスの中から、何か、恐ろしい物が出てこようとしてる。まだ直接見たわけじゃないのに、ここからでもわかる。あの腹の中にどんな化け物がいるんだ)」


 ティンダロスの奥からあふれ出ようとしている『猟犬』の存在。状況の変化速度が、理解できる範疇をとうに過ぎ去っている。


 その状態で、リクがケイオス・ベイラーに立って優位に立っているのも、今は確かな事実であった。この確かな事実が、わずかな不安と予感を、頭の奥へと押し込めつつある。


「(本当に、ふたりを戦い続けさせていいのか? )」

「サマナ! 」

「な、なんだ? 」

「落っこちた姫様たちを迎えにいって! 」

「お、お前はどうするんだ!? 」


 対応を考えあぐねていると、隣にいたナットが声を荒げる。


「なんかふたりの様子が変だ。加勢ができなくたって傍に行く! 」

「ミーンであの戦いに割って入るのか!? 」

「何ができるか分からないけど、何もしないよりずっといい! じゃぁ! 」


 そう言って、ナットはミーンと共に、リクとケイオスが戦っている場所へと向かっていく。


 その時、サマナはナットの心を、その気がないまま、覗き込んだ。先ほどまで双子の心を読み解こうとして力を使っていた最中であり、サマナはまだこの力の制御をうまくできていない。仲間の心を許可なく覗き込むような真似をしてしまい、罪悪感が体を襲うが、同時に、ナットの心中を垣間見た事で、内心は驚いていた。


「……知らなかったなぁ」


 リオもクオも、ナットの事を少なからず好意を持っていた。だが、ナットの方は、今まで何かアクションを起こした訳でもない。


 だが、ナットの心は、いつの間にか、どちらかに決まっていた。


「あとで勝手に視た事、謝ろう。でも根掘り葉掘り聞いてやる」

《覗き見とは、いい趣味してるな》

「うるさい」


◇ 


「(正拳突き、正拳突き)」

「(足を踏ん張って、腰を落として)」


 ケイオスに向かって、機械的に、連続で突きを放ち続ける。リオとクオは、増えた腕の、制御権というべき物を、それぞれ分担して動かしている。制御権は、リクの全身に割り振られており、例えば四本ある足を、仮に前足、後ろ足と分けた時、右の前足はリオ、左の前足はクオ、というように、左右それぞれで、リオとクオが動かせる部位が異なっている。


 その法則は、増えた腕にも当てはまり、双子は、八本の腕の内、リオが四本、クオが四本それぞれ担当している。クオが担当している腕はリオが動かす事はできず、逆にリオが担当している腕を、リオは動かす事はできない。


 この細かく分担された部位の制御権を、双子は今まで、完璧に制御しきってきた。歩く事はもちろん、走る事や、物を運ぶ事はなどは朝飯前。戦う事だってできる。


 だが、戦いは、どうしても動作そのものの数が多くなる。今使っている『正拳突き』でさえ、紙に書きだそうと思えば無数の項目に細分化されてしまう。それらを制御しつつ、かつ連続で滞りなく行えているのは、リオとクオの、今までの経験による所が大きい。


 そして今、その経験が、彼女たちを『木我一体』の極致に至らしめた。


「「(奥に、へいかがいる。ここで、この悪いやつを、やっつけないと)」」


 思慮深いとは言い難い思考であったが、目的意識だけははっきりしている。そしてリオとクオは、互いの視界を、無意識で共有し合っている。リオのみているものはクオも見る事ができ、クオの見ているものは見る事ができる。この共有には距離が関係なく、どこまで遠くにいても、二人はお互いに見ているものが見え、そこには時間差も存在しない。 つまり、二人は人間でありながら、ベイラーに近い力を獲得している。さらには、人間が情報を得るときに使う器官こそ、視覚である。


 外の感覚を得る為の器官を共有している双子。そこに、もともと双子であったベイラーが、先天性でひとつになって生まれてしまったベイラーと、さらなる共有を果たす事で、彼女たちは、驚異的なスピードで、思考と肉体とが共有され始めている。

 

 ベイラーの強さは、乗り手との共有がどれだけ果たされているか。その点、今のリオ、クオ、そしてリクは、コウやアイにも引けを取らない強さを獲得ていた。


「「正拳突き!! 」」


 足を踏ん張り、腰を落とす。そして八本のうち、四本の拳が握りこまれ、腰を回転し、腕の力ではなく、重心を生かした突きを放つ。


「ただのベイラー如きに」


 ケイオス・ベイラーが、おなじく四本の腕で、正拳を横から弾くようにして防御する。真っすぐ打ち込まれた拳も、対象に命中する前であれば、横からの力を加えて無力化できる。拳法としては至極当然の帰結。それでも、横から受けたにも関わらず、一瞬、リクの拳の衝撃により、ケイオスの腕が動かなくなる。


 ここで、単純な減算の問題が起きる。ケイオスにはもう腕が三本しかない。


「「正拳突き!! 」」


 動かなくなった四本の腕。そして残り三本の腕。そしてスパンの短い連打の攻撃。ケイオスの乗り手、セブンは、思考を回す暇もなく、残りの腕でリクの腕を防ごうとしてしまう。


 そして、当然、残った一本が、ケイオスの胴体、その肩に、ついに突き刺さった。バキバキと音を立てて、ケイオスの肩が木っ端みじんに粉砕される。


「(白いベイラーだけでなく、この黄色いベイラーも脅威だったのか)」 


 セブンは舞い散るケイオスの欠片を見つめながら、眼前のベイラーを、今まで侮っていたベイラーを、完全に、倒すべき敵をして認識を改める。


「(だがなぜだ? なぜいままでこの強さに気が付かなかった? )」

  

 同時に、セブンがこのベイラーの存在を見落としていたことに疑問が生じた。ベイラー攫いとして実働していたパーム・アドモント、ポランド・バルバロッサをはじめとした技術者集団、帝都の内部抗争を把握できるだけの情報網。そのどれからも、このベイラーが、ここまで強いとは情報として挙がってこなかった。


「(この場で、急に強くなった? そんな都合のいい事が)」


 粉砕されたケイオス・ベイラーがわずかに後ずさる。少しでも間合いを離し、剣の間合いで勝負する以外、このベイラーに勝てる想像が出来なかった。しかし、後ろに下がろうとした時、その場から動けない事に気が付く。


「ど、どうしたケイオス!? 」


 わずかに声を上ずらせながら、足元を見る。すると、ケイオスの右足を、黄色い脚が、ずんぐりと踏みしめていた。手を使わずに、敵を一瞬足止めする、徒手空拳というよりは、それは喧嘩殺法と言える無法の技。だが、相手の逃がさない、そのただ一点において非常に有用である。


「(こ、この距離はマズイ)」


 ケイオスは、逃げる事も、防ぐ事もできない。そして再生は追いつかない。


「「喰らえ! 正拳突―――」」


 双子の声が重なりながら吠えようとした。握りしめた拳は、正確にケイオスのコックピット目掛け放たれる。


 はずであった。


「「―――あ」」

「れ? 」

「どう、して」


 いままで重なっていた声、意思、視界が、急激に乖離していく。突きだそうとした拳は行き場をうしない、その場てピタリと止まってしまった。


 それは、高ぶっていた炎が、まるで薪を失って消えていく様によく似ていて。


「お、ねえちゃん、なんか、血が」

「クオも、なんか変」

 

 目の前にいる姉が、妹が、その顔を、どこから流れたかもわからない血で濡れている事に気が付く。すると、とたんに、自分達の状態を冷静に把握し始める。服には、いつの間にか流れ出た血で汚れており、目に入った血によって、視界が赤く染まっている。彼女たちはいままで、ずっと、その目から、耳から、血が流れ出ていた事に()()()()()()()()()()()

 

 サマナの予感と不安が、的中してしまった瞬間だった。

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