双子の姉妹と兄弟
地上へと墜落したティンダロスの眼の上に、カリンの仲間が集結する。『流れ』を読めるサマナとベイラーのセス。一瞬んで最高速度に達するミーンとジョウ。怪力のリク。
ベイラーとして増えた数は4人。乗り手は5人。
「今更、仲間が少し増えた所で」
「いくよ、フランツ! 」
「ああ、行くぞナット! 」
ナットとフランツが声を上げ、相棒の力を引き上げる。ナットのミーンと、フランツのジョウ。腕らしい腕が生えていない彼らは、代わりに何よりも速い脚を持っている。
ベイラーの関節であるサイクルが、甲高い音を上げながら、高速で回転していく。摩擦によって全身から黒煙が上がる。あたり一帯が、まるで曇天に包まれたように、視界が急激に悪くなっていく。
「(このベイラーたちは、確か)」
黒煙を上げるそのベイラー達を前に、セブンは記憶の片隅から、彼らの特性を思い出していた。
「(やたらと足の速いベイラー達だ。だがいくら足が速かろうと)」
黒煙の中から飛び出してくる二人のベイラー。目にもとまらぬ速さでセブンの元へと駆け込んでくる。
「フランツ! 前と同じ! 」
「あの七本の剣を、ひたすら蹴りまくればいいんだな!? 」
「そう! 」
フランツ達は、その圧倒的な速さでもって、生身のセブンの剣を、ひたすら手折り続けた。腕一本を封じるのにベイラーひとりの力が必要という、あまりにロスの大きい交換条件だが、ただでさえ手数の多いセブンを倒すには、なんとしても七本の剣を抑え込むのが、必須の条件と化している。
だが、今のセブンは生身ではない。
「だとしても、ケイオス・ベイラーの敵ではない! 」
七本の剣を生み出すまでもなく、ケイオスは高速に動き続ける二人のベイラーを、その補助腕で、喉元を無理やりに掴みかかった。ミーンとジョウの首元をミシミシと締め上げていく。
《こ、この!? 》
《こんな細い腕で、ベイラーを止められるのか!? 》
「生身の頃は腕そのものが剣であったが、コレはきちんと手がついているのさ」
体についてる腕と比べ、半分ほどの細さしかないケイオスの補助腕であるが、その力は、まるで遜色がない。さらには、飛び込んでくるベイラーの喉を、正確につかめる精密さも伴っている。さらに締め上げる力を強くしていく。ミシミシという音はさらに激しくなり、ミーンとジョウの首に細かなヒビが入っていく。
「ポランド君は、本当にいい仕事をしたようだ。このまま首をへし折って――」
「サイクル・ダブルシミターァアア」
《ブーメラン! 》
片刃で重量が偏っている独特な形をした剣が、すさまじい勢いで回転しながら、ケイオスの補助腕に襲い掛かった。シミターの刃は、補助腕に確かに食い込んだものの、両断するには至っていない。それでも、その衝撃までは相殺する事が出来ず、ミーンとジョウは拘束から逃れる。
「あの時の海賊か」
「覚えてるんだ。でもうれしくないね」
補助腕に突き刺さった剣は、そのままケイオスが握りつぶしてしまう。
「こんな物でケイオスがどうにかなると――」
ナット達を確実に仕留めようと動いたとき、ケイオスの四方から、空で待機していたブレイダーが、大挙して迫りくる。
「浅はかな! もう一度真っ二つに」
ケイオスで武器を作り、一気にブレイダー達を両断しようと動きだしたその時、ケイオスの足元に、ブレイダーの内の一人が取りつき、がっしりと押さえつける。
「小癪な」
もう片方の足でけり飛ばそうとすると、その足にも ブレイダーが取りつき、両足をがっちりと掴まれてしまう。
「まさか、こいつら」
両足を掴みかかった後は、両腕、補助腕と、ケイオスの体を拘束する為だけに、ブレイダーが押し寄せていく。
「お、おぉおおおお!? 」
ブレイダー達に飲み込まれるように、ケイオスの姿が見えなくなっていく。
◇
ブレイダー達が人海戦術でケイオスと抑え込んでいる間、ひとまずの離脱を果たし、カリン達は距離を取った。
「サマナ、ありがとう」
「次からむやみに突っ込まないように」
「でも、あの細い腕のどこに、あんな力が」
「ついでに、奴は流れが読めない。たぶんシラヴァーズと同じ事してるんだ」
「……流れ? 」
「あ、えーっと」
まだ、共に戦うようになって日の浅いフランツは、サマナや、カリンの力を知らないでいる。彼女の力の全容を伝えようにも、内容が多すぎてこの場て正確に理解できるような物では無かった。
「えっと、ようは相手の考えている事が分かるんだけど」
「……よくわからないが、すごい力な気がする」
「それ褒めてる? 」
「ほめているつもりだ」
「ふーん。嘘は言ってないね」
「ん? 待ってくれ、それ俺たちの考えも筒抜けなのか!? 」
「まーね」
「お、おいナット、お前の友達って、変なの多くないか? 」
「変、とは思わないけどなぁ」
サマナの力は、敵味方関係なく影響される。仲間であろうとなんであろうと、心を見透かす事ができる。もっとも、見透かした所で、サマナが相手を利用しようなどとは考えない。それは、彼女が最も嫌悪する、シラヴァーズの生き方と同じになってしまう。
「とにかく、お前たちの速さは、もっとうまく使う必要があるんだ」
「うまく? 」
「後ろで皇帝のベイラーがこのデカ物を何とかしてくれる。その時間をなんとかして稼げばいい」
「なんとかって、そんな事できるのか? 」
「できるわ」
会話に割り込むように、カリンが入ってくる。同時に、コウの手から、サイクル・リ・サイクルの炎が伸び、締め上げられたミーンとジョウの首を治していく。ケイオスによってヒビ割れていた喉が、無傷の状態に治っていく。
「楔を打ち込めば、龍の一撃で倒せると、ジェネラルが」
「ジェネラル? 」
「陛下のブレイダーよ。他のブレイダーと区別するのにそう名付けたって」
「あの、たくさんいるのがブレイダー? 」
「……ところであんた誰だ? 」
「あら? 」
カリンが目を覚ました後、フランツとはロクに会話する暇も無かった。カリンもカリンで、ナットの友達であるとしか知らず、名前を聞く事もできなかった。
「カリン・フォン・イレーナ・ナガラと申します」
「―――ナガラ? 」
「はい」
「なんで皇帝と同じ名前なんだ? 」
「皇帝陛下の妻ですから」
「へぇ……へぁ!? 」
カリンの言葉に、フランツはいよいよ腰を抜かしてしまう。助けを求めるように、ナットに語り掛ける。
「ナット、お前、まさかこの人とも友達なのか」
「うん。僕を信じてくれた人だ」
「交友関係変じゃないか?? 」
「ナット、一体何の話? 」
「なんでもないんです。姫さま」
《あー、とりあえずいいかな》
コウがおずおずと声をかける。ナットとフランツの間になった事は、カリン達のあずかり知らぬ所である。一体どんな話をして、ナットはフランツを仲間にしたのか、気になる所ではあったが、今は、目の前の強大な敵の対処が先決である。
《とにかくジェネラルが楔を打ち込むのを阻止されないように立ち回るんだ》
《あのケイオスってやつを倒さないと、とてもじゃないけど楔を打ち込む暇なんてなさそうだよ》
《未知の、力》
《そうそう。あのカチコチに固まる力》
《それについては、勝算がある》
コウは、ケイオスがもつ結晶の力は、手をかざさねば発動しない事、凍らせている間は、他の事が出来なくなる事を伝える。
《凍らせるのはベイラーひとり分だけで、剣を使っている間は使えない》
「なんだ、剣さえ気を付ければいいのか。存外簡単だな。」
「サマナ、その剣が七本もある事忘れてない? 」
「アレなぁ! どうなってんだろうな!? 」
「どうって? 」
「七本も腕あったら、頭の中こんがらがるだろ」
「でも、リクだって四本腕よ? 」
「リクはリオとクオがいるだろうに」
「あー……」
ケイオスを倒すには、まず七本の腕を攻略しなくてはならない。細いといっても、ベイラー一人くらいは簡単に持ち上げられるのは、先ほどの攻防で発覚している。接近戦は以前としてリスクがある。
「ナット、前はフランツさんと協力して、あの腕を抑え込めたのね? 」
「うん。前は腕そのものが剣だったけど、今回は手がある」
「だから掴まれたりもするのね」
《(仲間が来てくれた。状況は良くなっているはずだ)》
コウが、改めて仲間を見る。今までよりもずっとできる事が増えている。だというのに、こちらが確実に有利になったという実感がない。
《(でも、サイクル・ノヴァは凍らせる力で防がれた)》
剣戟を抑え、懐に飛び込み、そして全方位の無差別攻撃。普通のベイラーであれば、まず無事では済まない攻撃だった。
《(つまり、あいつを倒すには四手も居るんだ)》
七本の剣を超えて、その上で、防ぎようのない攻撃を加え、さらに追撃を行う。接近戦としては途方もない手順の多さだった。何より、どれか一つでも失敗すれば、たちまちコウ達は、ケイオスの剣で蹂躙される。よしんばケイオスを倒せたとしても、コックピットの中にはセブンがおり、セブン自身の剣戟がまだ残っている。セブンの剣もまた、ベイラーを斬る事ができてしまう。
そして、乗り手がベイラーから降りて、相手のベイラーに斬りかかる事は、カリン自身が、アイとパームと倒す為に、戦法として使っている。同じ事をセブンがしないとは限らなかった。
《(なんとか、しないと)》
「カリン! コウ! 」
「どうしたのサマナ? 」
「ブレイダー達が! 」
サマナの声を張り上げた直後、ケイオスに取り付いていた、幾人ものブレイダー達が、空の彼方へと放り捨てられていく。あるものは腕を、あるものは足を、胴体を、首を、さまざまな箇所を切り刻まれた状態で、無残に落ちていく。
ケイオスがその力を振るったのは明白だったが、その中心地にケイオスが居ない。コウ達は、すでに間合いの中に入られたと錯覚し、己の前後左右を確認する。しかし、何処を探っても、ケイオスは間合いに入っておらず、闇討ちされる気配もない。
「ケイオスは、一体、どこに」
《――カリン! ジェネラルのとこだ! 》
「まずい! ナット! フランツさん! ついてきて! リクも! 」
《―――ッツ! 》
「まてカリン! 連携しないで勝てる相手じゃない! 」
「でもジェネラルを守らなきゃ、ティンダロスを倒せなくなる! 」
ケイオス打倒の算段を立てる暇もなく、簡単な指示だけを告げ、コウを変形させて飛び上がる。そして、上空から、ケイオスが、離れた場所にいるのを発見する。ケイオスは作業中のジェネラル達を切り刻まんと、七本の剣を携えている。
《(奴にとって俺たちに勝つことは重要じゃないんだ! )》
「(でもこんなにあっさり背中を向けるなんて)」
ケイオスの背後はがら空きで、隙だらけだった。七本ある剣の全ては前を向いており、一切警戒されていない。まるでこちらの攻撃を誘っているようだった。
《罠? 》
「だとしても罠ごと叩き潰す! 『龍殺しの大太刀』を! 」
《分かった! 》
「出し惜しみは無しよ! 全力でいく! サイクル! 」
《「リ・サイクル! 」》
大太刀を手にし、ぐっと力を込めている。キュルキュルとサイクルが高速で回ると同時に、大太刀そのものにも、コウの力である緑の炎が伝播していく。
《もっとだ、もっと》
「もっと煌めけぇええええ!! 」
大太刀に注がれた炎は、ただでさえ大きいその刀身を、炎でさらに大きく広く変えていく。やがて天を突き刺すように掲げらた剣を、ケイオスに目掛け、横薙ぎにふるう。たったひとりのベイラーに向けて放つには、あまりに大きく太いその剣は、もはや躱す事などできはしない。
「真っ向」
《一文字》
《大炎斬!! 》
がら空きの背中に向けて放つには大きすぎるその技を、ケイオスを確実に倒す為だけに使う。飛び上がって躱すにはすでに間に合わない。
「……不本意だが、応用を見せよう」
それでも、前を向いたままの、ケイオスのコックピットから、何処までも冷ややかに、他人を見下す事しかしてない声が、小さく、細く、そして不気味に、空に響いた。
「穿孔一閃」
瞬間、携えていたはずの剣が消えると同時に、ケイオスの指が、途端に何十倍もの長さへと伸びた。伸びた指の鋭さは、剣のソレと同じで、ケイオスは、その伸びた指、もとい剣を、コウと全く同じうように、横へと薙ぎ払う。ここで、彼が前をずっと向いていた理由が明らかになる。彼は、背中を晒していたのではなく、前から後ろへと、遠心力を味方につけ剣を振るう為に、あえてずっと前を向いていた。
火炎を纏った大太刀と、細く心もとない細剣。それらが、空中で鍔迫り合いをしてみせる。
「この技は!? 」
《薙ぎ払いもできるのか!? 》
「君たちの剣は確かに大きい。だが」
鍔迫り合いそのものは、一瞬だった。ケイオスの細剣が、大太刀に食い込んだが最後、切り結んだ真ん中から、炎の勢いが弱くなっていく。
「中身がスカスカだ。故にこんなにも、脆い」
そして、あまりにも簡単に、炎を受けて大きくなった大太刀が、真ん中から、バックリと割れていってしまう。
《サマナ、コウがやられた》
「やられてない! でもマズイ! 速く! 」
サマナ達も、その光景は目の当たりにしていた。コウとカリンが繰り出した、渾身の一撃が、ケイオスによって、いともたやすく打ち砕かれた事が信じがたかった。
「う、嘘」
《大炎斬が、こんな》
「君たちは厄介だ。だから、動けなくなってもらう」
そして、再び、ケイオスはコウ目掛けて指を構える。
穿孔一閃。その切れ味と間合いの長さもさることながら、生身の人間にわずかでも命中すれば、たちまち猛毒に侵され、動く事はおろか、しゃべる事さえままならなくなってしまう。空中にいるコウは、普段であれば躱す事ができた。だが、コウはサイクルジェットを存分に使う事はおろか、ヒュルヒュルと地上へ落下し始めている。
《白いのは速く動け! 何をしている》
「まさか、緑の炎をつかいすぎたんじゃ! 」
《それはつまり? 》
「カリン共々眠気がきてるんだよ! 」
生きる力を後押しする、サイクル・リ・サイクルの弱点。使えば使うほど、コウとカリン両名に、耐え難い眠気が襲う。そしていつかは必ず深い眠りに落ちてしまう。その眠りも、普通の眠りとは異なり、肉体から精神が剥離してしまい、自分では目覚める事はできない。
「なんだ。これなら鳥を落とすよりも容易い」
「動けカリン! 動いてくれぇ! 」
サマナの叫びも虚しく、コウ達は一定の速度で落下し続けている。予測できるその動きは、狙いを定めるのになんの障害も無かった。
「穿孔いっせ――」
「「そぉおおおおれぇえ! 」」
ケイオスが狙いを定め、『穿孔一閃』を放とうとした時、一目散に駆け込んできたリクが、全身をぶつけるようにして、ケイオスに掴み掛かった。その衝撃で狙いは逸れて、空中を落ちていたコウに、伸ばした剣は届く事なく過ぎ去っていく。
「リク! 」
「そのまま離さないで! 」
《―――ッツ! 》
双子の声を受け、リクはケイオス・ベイラーの腰を、がっちりと掴んで離さない。調子近距離であるこの間合いであれば、すでに剣で対応できる距離を過ぎていた。セブンは、突如として現れたこの黄色いベイラーに、苛立ちを覚えると共に、そのわずかに興味が湧いた。
「四本腕の、四つ足? そんなベイラーもいるのか」
「そのまま押し切っちゃえ! 」
「いい加減学習したまえ。ただのベイラーがこのケイオスに勝てる訳が」
「「ただのベイラーじゃない! 」」
双子の声が重なる。リクの四ツ目が真っ赤に輝き、さらにサイクルが回転していく。そしてこの時点で、ケイオスは乗り手が2人いる事を初めて認識した。
「(四本腕の四本脚に、乗り手が2人? しかも子供の声? )」
聞こえてきた声がふたつある時点で興味深いのに、さらにはその声はまだ幼い。かつて人類を嘲り、冷笑しつづけていたセブンは、まったく同じように双子の力を見下す。
「子供が勝てるものかよ」
「いくよリク! 」
「やってやろうリク! 」
どれだけ見下されようと、どれだけ嘲りを受けようと、双子の心は決して折れる事は無かった。むしろ、この相手に、自分達が信頼しているベイラーがどれほどのものかを、今この瞬間に見せつけてやろうと、さらに自分達を鼓舞していた。
「「サイクル・フルパワー!! 」」
《―――ッツ!! 》
双子の声を受け、リク目が真っ赤に輝くと共に、リクの頭に、四本の角がメキメキと生えていく。『サイクル・フルパワー』は、単なる掛け声であり、自分の力を出す為の掛け声のようなもの。もちろん技でも何でもなく、リクはソレに応じて、全力でサイクルを回していく。
「こんなもの簡単に振りほどいて」
掴みかかられた方のセブンは、『赤目』の状態になったリクを前にしても、決して平静を失わず、何事もなく、リクの腕をひっぺがし、その体を切り刻んでやるつもりで、リクの腕を取った。しかし、いくら動かそうとしても、ケイオスの体にぴったりとくっつき、離れる事がない。
それどころか、リクは掴まれた腕を、逆に掴み返し、そして、そのまま腕を握りつぶしてしまった。
「何? 」
一本が終わったらもう一本を。そうして、七本ある腕を、丁寧に七本、文字通りリクは捻りつぶしてく。セブンは、何が起きているのか理解する事ができず、茫然と事の成り行きを眺めてしまった。それほどまでに、単純で、単調で、感嘆に、ケイオス・ベイラーが壊れていく。
「ブレイダーでもないベイラーが、このケイオス・ベイラーを壊す? 」
「お前がぁ! ミーンちゃんにやった事と! 」
「おんなじ事をしてやる! 」
リクは、ケイオスの腰に抱き着き、ケイオス自体を、全力の力で締め上げていく。リオもクオも、特に考えていた訳ではない。単純に、リクの力を最大限生かすようにしたら、自然とこのような形となった。それはプロレス技のベアバックにも似ており、はたからみれば、リクがケイオスを抱きしめているようにしか見えない。しかし、ベイラーの中でも、特に大きい腰部分が、リクの手によって、形がどんどん歪んでいく。
それはまるで、万力で締め上げていくように、ケイオスの体が、リクによって絞り上げられていく。
「お前! ミーンちゃんの首を絞めただろ! 」
「ならお前の体を! 同じように締め上げてやる! 」
「(なんということだ)」
セブンは、ケイオスの体が強引に歪んでいくの、コックピットで感じていた。腕は潰されてしまった。
「(あの高速で移動するベイラーが、白いベイラーの次に厄介な存在だと思っていた。しかしその脅威は、ケイオスであれば無意味だった。だがどうだ? 目の前にる、この黄色いベイラーは、ケイオスの力に拮抗するどころか、ケイオスの腕を簡単に折った。そしてこの状況では、凍らせた所で、こうも密着されては)」
ここで、まだコウも見抜いていない、『凍らせる力』の弱点が露呈する。マイノグーラから授かった、『凍らせる力』は、自分との距離が近すぎると、自分自身も凍ってしまう可能性がある。凍らせる対象を、事細かに選ぶ事が出来ない。特に、ケイオスとリクが、傍目に見れば抱き合っているようにしか見えない距離感では、リクだけを丁寧に凍らせる事は、今のセブンには不可能だった。
「こんな、原始的な方法で対決など」
「いいよリク!」
「このままベキベキにしちゃえ! 」
今まで、誰かを守る為に、リクを動かし続けていた双子にとって、初めての経験であった。ただただ高揚感が全身を支配していく。今は、ミーンにひどい事をした相手を懲らしめてやる事しか考えていなかった。そこに一切の思考はなく、ただ、その手にある力を、振るえるままにふるっているだけに過ぎない。力とはリクの事であり、リクの力とは、腕力であり、剛力であり、怪力である。とてもシンプルな力であるが、その力が圧倒的であればあるほど、思考は必要ない。
暴力による快楽に、リオとクオは、半ば酔っていた。
「――君たちは、脅威だ」
その酔いを覚ますような、抑揚の無い、平坦のな声が響く。そして次の瞬間。リクが叩き折ったはずの、七本の腕が、折れた箇所から、赤く濁った肉片がぐにぐにと生え変わっていく。
そして、瞬きする間に、肉片は、ケイオス・ベイラーの腕を再生してる。
「「え? 」」
「何を驚く? ケイオス・ベイラーをお披露目したときにも見せた力だ」
得意げに話してはいるものの、やはり抑揚が無いため、嬉しそうに聞こえない。
「さぁ、お返しだ」
「ッツ! リク! 」
ケイオス・ベイラーが、今度はリクを締め上げるべく両手を広げた。リクは対抗するように、広げられた手をがっちりと握り、そのまま掴んで離さない。しかし、あくまで両腕だけである。
「まだまだあるぞ」
補助腕がコックピットへと延びる。二本は残りの腕で押さえつけらたのもの、残りの三本の腕が、リクのコックピットを鷲掴みする。
「腕が足りないのだよ。腕が」
「ど、どうしよう、おねぇちゃん」
「―――」
「おねぇちゃん? ―――どうした――の――」
先ほどとは立場が変わり、リクはケイオスに締め上げられていく。ミシミシとコックピットにヒビが入り始める。しかし、リオは取り乱す様子もなく、とても冷静に、じっとケイオスも見つめていた。最初は姉に助けを求めていたクオも、同じように、冷静にケイオスを見つめる。
二人の視界は共有され、リクの視界と重なる。
すると、リオとクオの口から、ぽろっと言葉がこぼれた。
「「なら、腕を増やせばいいんだ」」
「なんだと? 」
突拍子もない言葉に、セブンは思わず疑問形で返した。無論、言葉が返ってくるのを期待している訳ではない。
双子の声が重なり続けている。そしてリクの目も、真っ赤に輝き続けている。共有がさらに深く、強くなる。そして、その名を唱える。
「「―――サイクル・ツールセット」」
唱えた直後、リクの腕の、肩から先が、パックリと割れていく。四本腕が、さらに倍の数に。そして、先端に、手のひらがサイクルによって生成されていく。
そしてすぐに、リクの腕が、四本から、八本になった。
「「これなら一本、勝てる」」
それは、かつて、双子が慕っていた医者のベイラーが使っていた、『サイクル・ツールセット』を彼女たちなりに再現してた物。無論、本来は繊細な造形が求められ、腕そのもの作り出す事はできない。だが、双子は、リクとの共有をさらに深める事で可能にした。
同時に、双子の声は、まったくぶれる事なく重なっていく。それは、息を合わせて、などという生易しい物ではない。どろどろに溶けあっていくような、そんな光景だった。




