ケイオス・ベイラー
「(ベイラー、ではあるけど)」
ケイオス・ベイラーを名付けられた存在を観察する。人工的に作られたベイラーの特徴である毒々しい翡翠色のコックピット、鉛のように鈍い灰色の肌。アーリィと違い、一つ目ではなく、人間と同じように両目がある事と、背中から生えている5本の補助腕があるのが特徴だった。
おなじ旅団の仲間である、四本腕をもつリクが居る事を考えれば、ベイラーの腕を増やせるのは可能であった。そしてその増えた腕で、セブンが生身だった時にそうしたように、両手を合わせ七つの剣から繰り出される連撃が可能である事を示唆している。カリン達がセブンと相対した時は一対一では無かった。このまま剣戟で戦うには、単純な手数が足らなくなる。
《一旦間合いから離れる! 》
「よしなに! 」
一気にケイオス・ベイラーと距離を取るべく、コウは体を飛行に適した姿へと変形させ、龍のいる空へと舞いあがる。サイクルジェットの推力と共に、二対四枚の羽根は、コウの体を空へと押し上げていく。さらに、サイクルジェットから出る緑の炎はコウの翼に纏い、そのシルエットをより大きく変えている。
《カリン! 後ろ見れる!? 奴は追ってきてる? 》
「今見る! 」
コウは飛行形態に変形する際、頭を縮こませる都合、首が自由が利かなくなる。一番の問題は、彼自身で後ろ振り向く事ができなくなり、後方への視野が狭くなってしまう。通常、ベイラーが空を飛ばなければ起こりえない問題であるため、これは改善する事もできず、後方警戒は、もっぱら乗り手がコックピット越しから見通すしかなかった。
カリンがシートから身を乗り出し、後ろを覗き込むと、ケイオス・ベイラーは確かにコウを追いかけており、一直線にこちらにむかってきている。カリンが眼を見張ったのは、その姿と速度にある。サイクルジェットを全開にしているコウに対し、ケイオス・ベイラーは推力を使わず、まるで浮遊しているかのように追ってきている。
「嘘!? 追いついてくる?? 」
《それって、加速してるってこと!? 》
コウはすでに、自身の最高速度に達している。その上で、ケイオス・ベイラーの接近を許しているという事は、つまり、ケイオス・ベイラーは、まだ加速をし続けている。
「アレでまだ速くなる? どういうこと? 」
《こりゃ、空中戦もまずいかもしれない》
「剣戟もよ。手数が足りないわ」
《なら、両方を一辺にあいつに喰らわせてやる》
相手が空中で追いかけ続けるのであれば、コウにはまだ策があった。それは剣戟と、空中戦をこなしつづけた彼の経験からはじき出された答え。空から何度も墜落している彼は、空を飛ぶ上で重要なのは、加速と最高速度だけがではないと知っている。
《カリン、たのむ! 歯を食いしばってくれぇ! 》
「いつものことねッ! 」
相手が自分の背後にいる事を確認したが最後、カリンはコウを言われるまま、両奥歯を噛みしめ、そして操縦桿を上へと引き上げた。サイクルジェットの推力をカットし、翼を折り畳み、飛行に適した姿から、剣戟の出来る四肢のある体へと変形する。さきほどまで、両翼によって安定してたコウの体は、推力の遮断と機首の振り上げによって、その空気抵抗を大いに受け、失速状態にまで陥る。
コウがヨゾラとの訓練で身に着けた、空戦でのマニューバ技術。空で相手の背後をとる為の、現代戦闘機が使う戦闘技術である。相手の背後を素早く取れるこの軌道には、減速を伴い、荷重がカリンの体を襲うデメリットがある。物理現象として、荷重は筋肉ではなく、体の骨格そのものに負荷がかかり、骨、内臓、脳を急激に圧迫する。
「(セブンの、場所はぁ)」
血流の変動により、視界がチカチカと明転しながらも、セブンの駆るケイオスに狙いを定め、人型になったコウで、『龍殺しの大太刀』を鞘から抜き放つ。
空戦のマニューバによる、減速と旋回。そこに、自身の回転を加えて剣戟を放つ。ケイオスに対し、手数が足りないのであれば、相手の速度を利用し、相対的に速く剣戟を届かせる為のもの。考え方としては、返しと同じ。
「《ズェアアアアアア! 》」
居合斬りの為に腰に鞘を持ってくる暇もなく、構えもままならないまま、『龍殺しの大太刀』を振り下ろす。それはほぼ衝突と変わりなく、技と言えるのかさえ怪しかった。だが目の前にセブンはおり、そして大太刀は敵の正中線を捉えている。完全にセブンの不意を突き、かつ狙い済まして大太刀を振り下ろせていた。
振り下ろした相手の、ケイオス・ベイラーの両腕には剣は無く、そして、あれほど硬かったアイの表皮でさえ切り裂いた大太刀であれば、確実に切り裂ける威力を備えた剣戟であった。
「本当に危険だな。君たちは」
「―――えっと? 」
疑問形で応えるしかなかった。切り裂いた手応えも、ぶつかった手応えもない。かといって、剣ではじき返されたのでもない。
「彼女の力がなければ今頃、私は真っ二つだろう」
(何? 何か間違えた? )
一瞬の間だが、相対的に速度で勝り、剣戟を叩き込んだ相手が、今も悠々と空に飛んでいる。はじめ、カリン達は自分達がなにかミスを犯したのだとおもった。そのミスの種類は、自身が行った剣を振るう動作の不順。
例えば、大太刀の刃が立っておらず、相手に有効な一撃となりえなかった。
例えば、手先が狂い、大太刀に本来入るべき力が入らなかった。
例えば、例えば、例えば。
剣戟に限らず、格闘は手先の動きをわずかにでも間違えば、結果として相手に攻撃とならないケースがいくらでもある。今回も、セブンがまだ生きているのは、もしくは、ケイオス・ベイラーが損傷していないのは、自分達が何かミスをしたのではないかと。カリンは考えている。
そして、カリン達は実際ミスを犯した。手順を間違えたのではない。
「だが彼女の力は、このような接近戦にこそ、真価が発揮される」
《「(大太刀が、止められてる!? )」》
相手の力量を推し量るより前に、自らの切り札を駆使してしまった。それがカリン達のミスである。マニューバと剣戟を合わせた大太刀の一撃を、ケイオス・ベイラーは、片手で悠々を防いでいる。刃が肌に触れることさえしていない。
「(普通のベイラーと変わらないのに、なんていう剛力!? )」
カリンは、ケイオス・ベイラーの力を、ものすごい、腕力のあるベイラーだと解釈した。そうでなければ、ただえさえ大きな得物である『龍殺しの大太刀』を、片手で防げるはずもないと思っている。相棒であるコウもそう考えているはずだと確信していた。
だが、コウは、ケイオス・ベイラーの力を、全く別の方向で驚愕している。
《(なんで、俺たちに何にも無いんだ? )》
空中で激突する、もはや交通事故といって変わらない一撃だった。相手にすさまじい斬撃を与えられる事は必定だったが、同時に、自分達の体にも、何かしらの反動が襲うであろうとも予期していた。単純な慣性の話である。質量のある物体が動き続けた時、障害物にぶつかれば、その質量と速度に応じて物体に影響が及ぼされる。コウの一撃が命中した時、衝撃で『龍殺し大太刀』が壊れるか、もしくは、コウの両肘から先が、折れてしまうかもしれないと。交通事故で、加害者と被害者の車が、両者ともに、ベコベコに変形してしまうように。
コウの体は、乗り手であるカリンと共有している。コウの腕が傷つけば、カリンの腕にも傷がつく。もしコウの腕が折れるような事があれば、それこそカリンの腕もまた折れてしまう。故に、コウは、いつでもカリンの体を治療できるように、サイクル・リ・サイクルを使う手筈と整えていた。当然怪我をすればカリンに激痛が走る事を知った上で、それでも、両手が使えなくなるよりいいだろうと。
《(なんで俺たちは無事なんだ?? )》
だが、コウ達には、一切の反動や衝撃が来ていない。空を飛び回り、大太刀を振り回していたはずの慣性を全く無視されている。自分が無傷である為、カリンに怪我が無い事がなにより喜ばしい事だが、それよりも、目の前にいる相手の、今までにない異様な力を前に、恐怖と混乱が入り混じる。
《(こいつにどうやって勝てばいいんだ!? )》
「――さて」
右手で大太刀を抑えているケイオス・ベイラーが、左手の指先を、コウのコックピットへとコツンと当てた。ケイオス・ベイラーは指先も氷の結晶で覆われており、それが人間の爪によく似ている。そしてその爪先には、中にいるカリンに向けているようにも思えた。
ケイオス・ベイラーの乗り手は、セブンである。そしてセブンが使った技を、コウは見た事がある。
そして、セブンが静かにつぶやく。
「穿孔一閃」
現状と、その技の発生に見覚えがあったコウは、即座に行動を移した。具体的に何がされるか全て理解できた訳ではないが、それでも、この膠着状態から脱出しなければ、状況はさらに悪化する事だけは、確かだった。
《このぉッ!! 》
コウはとっさに大太刀を手から離し、ケイオス・ベイラーの右手を脇へと弾き飛ばした。すると、コックピットから逸れたケイオスの指先が、一瞬にして長い刃となって延長されていく。
「剣士が剣を捨てるか!? 」
穿孔一閃。セブンが生身でもつかった、自身の刃を、一本の細く長く変形させて突き刺す、彼の遠距離からの攻撃である。ケイオス・ベイラーも、セブンと同じよにその技を使用できるのだと、直感的に理解し、今の一撃をかろうじて躱せた。躱されたセブンもまた、その避け方に驚愕している。剣士がいともたやすく剣を捨ててその身をひるがえすなど、セブンであれば選択肢にさえ上がらない行動だった。
《「(今だ)」》
わずかでも、その驚愕は、コウ達にとっての隙となる。
《今のうちに離れる! 》
「ごめんあそばせ! 」
そして、大太刀を抑えていたケイオスの右手を、コウが残った足で蹴り上げる。剣を手放す事になんの躊躇もないカリンでなければ大太刀は放物線を描きながら、地上へと落下していった。カリン達は、大太刀を拾い上げる為、変形し地上スレスレへと、這うように飛行する。
「なんと行儀の悪い」
「なんとでもおっしゃい! 」
淑女の行いとは程遠いが、戦いなのだから、通常そんな事は気にする必要はない。それでもセブンが口にすると、ひどく説教じみている。
「礼儀作法がなってないな」
「貴方に使う気がないだけよ」
「そうかい」
「(とにかく距離を離さないと)」
《カリン! 大太刀はどこだ! 》
「見えてる! あそこ! 」
距離を離しつつ、地面に突き刺さった大太刀を回収する。砂漠の戦いで手に入れた後、ようやく手に馴染みはじめた愛刀であるが、先ほどの攻撃でも、刃こぼれはおろか、傷ひとつなく。あれほどの衝撃があったとはとても思えない。
《(やっぱり、衝撃そのものが無かったってことだ)》
それは、あの交通事故まがいの攻撃が、セブンの手によって無かった事にされているとしか感がられなかった。
《でもなんでだ?? 》
事実を確認した上で、そうなった過程と理屈が全く思い浮かばない。少なくとも、物理現象とはかけ離れている。
「私達の一撃が、あんな簡単に防がれるなんて」
《そ、そうだね》
「一対一じゃ、すこし厳しいかも」
《悔しいけど、そうだよなぁ》
自体を深刻に理解しているのはコウの方で、カリンはというと、あっけからんとした認識だった。セブンには不可思議な力があり、空を自在に飛び回り、こちらの全力をかけた一撃を容易く防いでしまう術がある。対してセブンは、生身でも使った『穿孔一閃』や、七本の剣を用いた接近戦をこなしてくる。防御面でも、攻撃面でも付け入る隙が無い。
《そういえば、龍の方はどうなってる? 》
「膠着してる。両方動いてないわ。あ」
《どうした!? 》
「どっちも眼ぇ閉じてる。寝てるのかも」
《うわ、ほんとだ》
一瞬、戦場を見渡すと、龍とティンダロスが相対したまま、両者は動いていない。龍もティンダロスも、互いに消耗しており、お互いに小休止している事がうかがえる。
なお、港では、迎撃のために龍が起こした大風によって、避難民の幾人かが、その強風で海へと放り出されてしまい、それを兵士達が一丸となって救出している。この小休止のおかげで、なんとか救助ができている状態だった。
「また戦いがはじまる前に、海に出て方がいいかも」
《それはそれとして、あの化け物、どうしようか》
「どうするもこするも……えーと……」
セブンが、あのティンダロス、そして今は姿を現さない、魔女マイノグーラの仲間であり、人類に対し憎悪しているのはわかっている。だが今までの敵とは次元が違う。まったく対応策が無い。何が有効打になるのか見当すらついていなかった。
《ひとまず、アレが何なのか分からないと》
「あの、凍らせる力ね」
《凍らせる力、なのかなぁ》
「あのケイオス・ベイラーといい、ティンダロスといい。なんであんな簡単に空をひょいひょい飛べてるのよ」
《あ、カリンが気にしてるのそこなんだ》
「それはするでしょう」
この数分間の間、様々な事が起こったが、カリンはその中でも特に、セブンが悠々と空を飛んでいる事が一番腹立たしいようだった。それ以上に気にする事などいくらでもありそうなものだが、それでもカリンは、セブンがなぜ空を飛べるのか。ソレが知りたい様子だった。
「だって、コウが飛べるようになるのにどれだけかかったか」
《飛べるように、っていうか、落ちないようにっていうか》
「どっちもでいいの! 」
《……っていうか、セブン、追ってきてない? 》
「ええ。こっちきてないわね」
カリンがあまりに気にする為に、コウもまた、セブンが飛んでいる理由を考え込む。翼も無く、推力らしい物もない。そこでコウが着眼したのは、音であった。音といっても、わずかに近寄った時に感じたもので確証もない。
《なんか、空気がいっつもピキピキ、してる、気がする》
「ピキピキ? それって、凍ってるから? 」
《いや、飛んでる時もずっと。俺達の攻撃を止めてる間も、ずっと何かが凍ってるような、あのベイラーの周り、なんか冷たいというか」
それは常時、冬の冷たい空気に触れているようで、気味の悪さを感じていた。コウの知るベイラー達は、そんな空気を纏うような存在はいなかった。ふと、自らの発言を顧みると、例外として、黒いベイラー。アイが居た。だがそもそも彼女の場合、その纏う空気は、憎悪と怒りで煮えたぎっているようで、肌に触れれば火傷してしまいそうな、灼熱の熱さだった。
セブンは、アイのあの圧倒的な脅威とはまた違う、ただひたすら意味不明な不気味さを纏った敵だと改めて認識する。
「私が乗ってるのに他の女の人の事を思い出すのね」
《ごめん! そんなつもりじゃ》
コウの真剣さとは裏腹に、カリンは、一瞬でも彼女の顔を思い浮かべたコウに愚痴を垂れた。
「冗談よ」
《冗談キツイなぁ》
本心である事は間違いないが、それでもカマされた側はたまったものではない。
だが、その冗談ひとつで、コウには心の余裕ができたのか、それともスキマがふとできたのか、定かではないが、それでもセブンに対抗する為の手札を思い付く。
あまりに都合のいいタイミングでの思いつきで、コウは自分で自分をクツクツと笑ってしまう。
《冗談ついでにさ、一個、策があるよ》
「まさか、セブンを倒すための? 」
《ああ。決まれば、おそらく》
「聞かせて」
《ソレをくらわす為にも、セブンの位置は? 》
「えっと、ティンダロスに向かってる――あら? 」
《どうしたの? 》
「ティンダロスの前に、彼らがいるわ」
《彼ら? 》
「瞼の上になんか乗ってる」
◇
「佳いのか!? というか効いとるのかコレ!? 」
《はい! このまま続けます! 》
彼ら。それは総勢50人のブレイダー達である。司令塔となったジェネラルを中心に、ティンダロスの瞼の周りを、円を描くようにブレイダー達が己の刃を食い込ませようと四苦八苦していた。氷の結晶となった表面を、ガリガリと無理やり、ミリ単位で少しずつ削りながら、刃を食い込ませていく。すでに刃こぼれしはじめている者もいたが、なりふり構わず続けていた。剣で岩を削る作業など見た事もなかった。乗り手である皇帝カミノガエは、明らかに気の遠くなるような作業である事はわかった。
「これを、いつまでつづけるつもりか? 」
《50人のうち、1人でも、その身を半分以上食い込ませれば、楔となります》
「楔? 」
《この異界の者を倒す、足掛かりです》
明らかになった、ティンダロスを倒す術。
「足掛かり? 」
《この表皮に楔を打ち込み、そこに龍の雷撃が加われば、ティンダロスの内部をも侵食せしめます。さきほど『共有』がありました》
「なんと! 倒せるのか!? しかし表面が多少削れているだけだぞ? 」
《それは違います陛下。削れる程度には弱っているのです》
「それは、つまり。好機という事か? 」
《肯定いたします》
「ならば佳し。続けよ」
問いただす事はしなかった。カミノガエは、ジェネラルのさせたいようにすると決めている。それでも時折、ジェネラルが作業の手をわずかに止め、乗り手である自分以外の『何か』と、まるで会話しているように頭を動かすそぶりを見せているのを、先ほどから黙って見過ごしている。
「(操縦桿を握っているのに、共有されぬ。それはつまり、余に聞かれたくないのではなく、そもそも余が理解できないから、と考えるべきか)」
カミノガエの中で、人間とは、理解の範疇を超えている時は、そもそも自分が存在を認識できないと、ティンダロスのような、超常の存在によって、己の中に認識が芽吹いているのを感じ取った。
目の見えない者に、青空の美しさを伝えるのは難しく、耳の聞こえない者に、狼の遠吠えの恐怖を伝えるのもまた難しい。
「(余の中に、目も、耳もないという事か)」
そして、目と耳以外にも、人間には、認識という、脳で理解できる領域があり、その領域の及ばない範疇では、そもそも認識できない。認識できなければ、そこに無い物と、脳の感じ方は変わらない。
「(だが、一体誰と話しておるのだ? 共有という事は、他のブレイダーの中に、誰かおるか? )」
悲嘆にくれる中、ほんのわずかに残った知的好奇心が沸き上がる。
「(それとも、別の、何かか)」
《ッツ! 陛下! 迎撃します! 少々揺れますがご容赦を》
「ん? ああよ――」
佳い。そう答える前に、衝撃が全身を襲った。
ジェネラルが、自身のサイクルブレードを作り上げ、迫りくる脅威を前に、防御の姿勢を取った。瞬間、刃と刃がぶつかり合い、本来、使い切りで刃こぼれしやすい。ベイラー同士の戦いでは、ありえないほどの量の火花が散る。
それは両者の使うブレードが、鋼鉄と同等かそれ以上の高度と粘度を持っている事を証明している。
《セブン・ディザスター! ベイラーまで用意していたか!? 》
「いまティンダロスを封じるのはよしてもらおうか」
《封じるのではない。葬るのだ》
「なおさらよしてもらう! 」
ジェネラルが鍔迫り合いしている脇で、他のブレイダー達が果敢に、セブンのベイラー、ケイオスへと斬りかかる。だが、ケイオスの補助腕から伸びたブレードが、他のブレイダー達を押しのける。
七本の剣を携えたその姿をみたジェネラルは状況をつぶさに観察する。
《(先ほどの盾といい、セブンの力を再現といい、このベイラーの強さは、ティンダロスと比類するかもしれない。だが、この局面でセブン自身がティンダロスを守るという事は、やはりティンダロスは弱っている)》
「流石は星の守護者。冷静だ」
《50対1で勝てるとお思いか? 》
「50? 」
七本の爪が、即座に動いた。ジェネラルは咄嗟にブレードを仕舞い、サイクル・シールドを作り上げ、自分と、後方にいる他のベイラーを守るべく展開した。
次の瞬間、シールドで覆えなかった、つまり、円形に配置していたブレイダーの内、ジェネラルの前、セブンの背後にいた、半数近くの他のブレイダー達。彼らはあっけなく切り裂かれる。手足、胴体、首、それらが、七本の爪で、バラバラに、ゴトゴトと落ちていく。
まるで熱したバターを切るかのように、あまりにも簡単に斬られてしまう。
「20、いや、もっと多いな。24かな」
「(なんだ? 何が起こった? )」
シールドを張っていた為に、かろうじて致命傷にならなかった、ジェネラルと他のベイラー達。それでも、シールド越しに無数の切り傷が加えられている。
「そら、25人だ」
ブレイダーのうちの一人が、その両手を切り落とされ、最後に胴体を貫かれ、そして、中心から真っ二つに切り裂かれる。現状を認識するより先に、状況が変化してしまい、情報の更新が追いつかない。できない。
それでも、鮮明に、明確な敵が迫ってきている。その敵は本来、人間を守るために一番硬く丈夫になったベイラーのコックピットを切り裂いている。
つまり、あの刃で斬られれば最後、乗り手も、死ぬ。
「(ブレイダー達がいともたやすく、コックピットは特別丈夫だとい話はなんだったのだ、あんな相手にどう戦うのだ、共有は、そもそも余はどうやって奴とたたかえば、どうすれば)」
コックピットをやすやすと斬り裂いたセブンのケイオス・ベイラーであれば、中に人間がいようと関係ないのは明らかだった。
このまま無策に戦い続けて、生き残れるとは、とても思えなかった。
「(どうすれば、どうすれば)」
「ああ、中にいるのはカミノガエ陛下だったな」
そういえばと、ため息をつきながら、セブンは無慈悲に刃を振り上げる。
「これで、ようやく終わるのか」
「(終わる? 何がだ? 余の命がか? それともそれは)」
別の何かか? そう問いかける暇はなかった。剣が振り下ろされたのではない。
《サイクル! 》
「リ! 」
《「サイクル! 」》
辺り一帯を、緑の炎が包まれる。確かに炎だが、熱は弱く暖かい。
そして、その炎によって、傷を負ったブレイダーや、ジェネラル達。そして、先ほど切り落とされた半数のベイラー達が、傷を癒していく。
「陛下! 助太刀いたします! 」
「カリンか!? 」
ジェネラルの隣に並び立つ、白いベイラー。緑の炎を身に纏い、金のエングレービングが、炎の光を受けてキラキラと瞬いている。
「――あの数を、治療できるのか。どこまで脅威なんだ君たちは」
白いベイラー、コウと、月から降り立った、ブレイダー改めジェネラル。二人のベイラーを前に、セブンが憎々しげに吐き出す。
「ティンダロスを、彼女を、やらせはせんよ」
「陛下、共に参りましょう」
「佳い。伴をせよ我が妻よ」
ジェネラルがサイクル・ブレードを、コウが龍殺しの大太刀を構える。
カリン・フォン・イレーナ・ナガラと、カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラ。あまりに唐突に終わった式の続きは、めぐりめぐって、共に戦う事であった。




