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神の居ぬ間に


 ティンダロスの表面が、龍の一撃により抉れ飛んだ。修復できるような規模ではなく、欠片が地表へと、パラパラと落ちては消えていく。そして本体たる目玉もまた、地上に大きな音を立てて落下していった。地表を削りながら、正六面体の体は、もう正確な角度を保てていない。


「龍が、ティンダロスを砕いた? 」

「――なるほど」

「どうしたの? 」

「アレは、『重さ』と同じく、星由来の力だ」


 内部にいたマイノグーラと、セブン。二人のいる空間にはなんら影響は出なかったものの、単純に、龍がティンダロスにダメージを与えた事に驚いている。

 

「でも、()()()()()()()をして、全く利かなかったのに」

「おそらく、自らの力とは別に、星の力も借り受けたのだろう」

「龍のかみなりと、星のかみなり? 」

「その二つを掛け合わせ、放ってきている。以前は龍だけだった。これは、この戦い、決着は長引くかもしれん。君を封じ込めていた間も、龍は牙を研ぎ続けていたようだ。恐るべき執念と言える」

「その、執念に、負けたのね」


 マイノグーラの声色が悲しみで沈む。この星には龍が二匹おり、つがいだった。そのつがいの片割れが、命を懸けてティンダロスを地中深くへと封じ込めていた。封じ込められていた幾星霜の間、ティンダロスとマイノグーラは、何度も何度も、何度も何度も何度も何度も、マグマにその身を焼かれた。


 しかし身を焼かれたのは、この際マイノグーラは気にしていなかった。痛みや苦しみが、喉元を過ぎ去るのはずっと早く、言ってしまえば慣れてしまった。その彼女が、何よりも許せなかったのは、永劫にも等しい虚無の時間にある。『もう二度と、地上には出てこれないかもしれない』『この場所で、永遠に身を焼かれ続けるのかもしれない』何度も考えが頭をよぎり続けた。


 どこまでも広がる暗黒の宇宙を旅してきた彼女にとって、この星は初めての到着地。セブンというかけがえのない存在と出会えたあとに味わう、再びの孤独は、何物にも耐え難い苦痛だった。


「忌々しい。あの龍さえいなければ」

「もういいんだ。忘れようマイノグーラ」

「そうね、貴方と、こうしてもう一度出会えたのだから」

「ああ」

「今でも思い出すわ。あの時の事」


 寄り添うセブンに、体を預ける。彼の肉体に、七本の牙を与えたのも、またマイノグーラである。最初は、彼女にとってのただの戯れだった。突然、己に敵意なく近寄ってきた人間相手に、興味本位と、追い払う意味も込めて、その身に猟犬たちと同質の力を分け与えたのである。


 分け与えたと言っても、それは飼い犬に餌をやるような、慈悲の心からではない。むしろ、毒を食わせて、苦しむ様を見たいが為。この星の知性を持った生命が、猟犬の性質を受け、正気でいられるはずがないと。よくて、猟犬と同じか、悪くて、自我と肉体が崩壊するか。マイノグーラにとってはどちらでもよかった。ただ、目の前に、やたらと頭を下げ続ける異様で目障りな生命体が、この場から居なくなる事だけは、確かだと思っていた。マイノグーラに跪き、セブンがその力を受け入れた時まで、そんな決まりきった筋書きが起きると思っていた。


「貴方って、本当に不思議」


 だが彼は、セブンは、彼女の描いた筋書きから大きく逸れた。


 うめき声をあげ、足元で倒れ込んだ彼を無視し、マイノグーラが立ち去ろうとした時。確かな物音を聞き振り返ると、セブンは、ゆっくりと立ち上がっていた。それも、猟犬になって立ち上がったのではなく、人としての知性を保ったまま、異星の力をその身に宿し、己の意思で立ち上がった。背中と両腕には、長く鋭い牙が7本、何者をも切り裂く刃として生えていた。


 すでにその姿になった時点で、マイノグーラの想定を超えている。だが、ソレでも彼は、セブンはまだ足りないと、自分が彼女の味方であると証明するために、人類に反旗を翻した。彼は、龍と、龍の味方であった人間との敵となる事を選び取った。そして友を、部下を、仲間を、その家族に至るまでのことごとくを殺して回っていった。まだ人類には飛び道具が無い時代で、剣術という概念さえまだ定着していない時代に、力を持たぬ民草には、彼の剣を防ぐ手立てなど無かった。

 

 殺戮に次ぐ殺戮。七爪の災害はその時に付いた忌み名である。 


「もう、どのくらい昔の話? 」

「さぁ。数えるのを諦めたよ。さて」

「もう行ってしまうの? 」

「龍との闘いは、次の段階に移るだろう」


 セブンは名残惜しそうに立ち上がる。氷の結晶が、剣聖との闘いで空いた胸の傷を塞いでいる。どくんどくんと、弱々しくも鼓動する心臓が透けている。


「この体で、彼らと戦うにはいささか工夫がいる。やはり()()()を使うしかないか」

「器って、さっき一緒に持ってきた、あの? 」

「ああ。念のため、作らせておいた。使わないに越したことはなかったが」

「最後の仕上げに、お願いされた通りにしておいたけど、アレでいいの? 」

「ああ。アレでいい。アレがいいんだ。」

「……あんなものに乗らなくても、貴方の心臓はまだ止まらないわ」

「まだ、ね。それでも、足りないかもしれない」


 マイノグーラが行ったこの措置が、治療ではなく延命である事はセブンも理解していた。剣聖により穿たれた傷は大きく、全快するのにどれほどの時間が掛かるかも分からない。それでも、剣聖から受けた傷を受けてなお、動作に支障がない程度に、傷のそのもの進行を氷結されている。


「猟犬たちを、ちゃんと地上に下ろしてやるためにも、私が出て、彼らの注意を引き付けなければ。それに」

「それに? 」


 彼女、マイノグーラの持つ結晶の力、その得体の知れなさに、セブン未だに畏怖を覚えるが、その度に、セブンは彼女に惚れ直している。そして、そんな彼女の力に心酔しているからこそ、無視できない存在を、彼は知っている。


「白いベイラー。あの存在は脅威になる」

「脅威? 」

「彼の炎は、体を急速に再生できる。ベイラーや人を問わずだ」

「その力がなぜ脅威になるの? 」

「彼の炎が、君の結晶とがぶつかったのを覚えているかい? 」

「ええ」

「君の力を受けて、わずかにでも拮抗してみせた」

「すぐ凍ったわ」

「凍るのは、君の力の、ほんの一側面でしかない」


 マイノグーラの目をしっかりと見据える。セブンの語り口は、マイノグーラの力そのものの言及へと変わっていく。その様子を、マイノグーラは微笑みながら見守る。かつて、同じように諭された事があったなぁと思い出しながら。


「えーと、『君は、なにも冷たくしている訳じゃない』だっけ? 」

「そうだとも。この星に縛られている我々が、君の来た、宇宙という物を理解していないが為に、かろうじて理解できる、目にできる現象として、凍ってるように見えているだけに過ぎない」

「この星に、縛られている」

「君から力を得た私でさえ、凍っているとしか見えない。……すまない。うまく、説明できないんだ。私には、目の見えない者に、色を伝える術を持たない。そしてこの場合、私が『目の見えない者』なんだ」


 結晶の力の正体。それはセブンすら理解できておらず、かつ説明もできていない。それは、マイノグーラにとっても同じであり、この力を行使する事で、事象として凍る事は経験として得てるのであって、本来はそのような力ではない。これは、観測者側の問題であった。


 力が変質してしまっているが、それがどうであれ、圧倒的である事には変わりない。


「私が危惧しているのは、白いベイラーが、君と同じように、本質が異なる場合なんだ」

「生命を与える力が、()()()()()()()()()()()()? 」

「その通り」


 教師と生徒の関係だった。そしてその生徒が満点の回答を示し、教師であるセブンは、仮面の中で微笑んで、しかし固く口を結んだ。


「すまない。私が、もっと君の力を理解できれば」

「謝らないで貴方。もう気にしていない」

「だが、ひとつ確かな事は、君が生み出すこの結晶は」

「「『この星で一番美しい』」」


 ふたりの声が、空間と時間が混ざり合った平面で重なる。マイノグーラはおどけてみせて、セブンは、気恥ずかしくなって、わざとらしく咳き込んだ。


「貴方が昔、そう言ったのよ? 」

「まさか、一語一句覚えているとは思わなかった」

「この言葉のおかげで、貴方の事を忘却しないで済んだの」

「私の、事を」

「ええ。貴方の声を、貴方の顔を、貴方の仕草を、忘れなかった」

「マイノグーラ……」


 思わず、セブンの口から、感嘆のため息が漏れ出ていく。あまりにも長い時間が掛かってしまったために、最悪、マイノグーラが自分を忘れ去っているかもしれないと考えてもいた。それほどまでに、彼女と離れた時間は長すぎた。セブン自身も、もやか彼の素顔を知る者は、人間にはいなくなり、彼の事を描き、わずかに残った伝承も、帝都ナガラの人々により秘匿され、隠匿され、上書きされた。


 それでも彼はあきらめなかった。彼女との再会、そして再会した上で、共に生きる為に龍を殺す。その手立てを、気の遠くなるような年月と作業を続け、ここまで来た。


「(なんという、善い報いだろうか)」


 彼は、嬉しさのあまり、思わず昇天しそうになってしまった。それほどまでに、彼女が、己の同じように、覚えていた事が、とても嬉しかった。


「(だが、まだだ。この報いを、この喜びを、この幸せを、計画の到達点にしてはいけない。私は、彼女と添い遂げる為に、ここまできたのだ。彼女に覚えてもらえていた事実を確認する為ではない)」


 再び、大げさに咳き込んだフリをして、調子を戻す。彼の目的は、この星の守護者たる龍、および人類への復讐と、彼女、マイノグーラとの生存にある。再会そのものではない。未だ志半ばである。


「白いベイラーには、君にとっての私のような、とても心強い味方がいる。我々にとっては忌々しい事だが」

「それは忌々しいわね」

「だろう? 」

「行かなくては――少し、いいかね? 」

「ん? 」


 一言、断わりを入れてから、マイノグーラを抱きしめるセブン。抱きしめられたマイノグーラは最初こそ微動だにしなかったが、少しずつ抱き返していく。


「こういうとき、何ていえばいい? 」

「こういうとき? 」

「貴方を、戦場に送り出す時。あ、さようなら? 」

「なら、こう言ってくれ」


 セブンは、己の脳細胞がフルに回転しているのを感じた。マイノグーラは、この星の外から来た存在、生命体である。こうして自分と会話している時点で、高い知性を能力を持っているが、日常で使う会話のボキャブラリーに関しては、まだセブンに軍配が上がっている。


「(以前も、こんな事があった気がする)」


 一瞬感じたデジャブは、すぐに脳裏から過ぎ去ってしまう。出会いった当初より、ずっと言葉の数が多くなった彼女であったが、それでも、時折覗かせる、会話の行き違いが発生しているものの、セブンもやはその行為自体に愛しさを感じている。それはそれとして、今ここで、彼女に、自分が言ってほしい言葉を教えれば、彼女はなんら疑問を持つ事なく、自分をその言葉で送り出してくれると確信していた。


「(私が、彼女に言ってほしい言葉)」


 浮かんでは消える言葉たち。酒場で男たちが語らうような話題である。まるで新たに迎えた妻のような、愛らしさのあるものか、それとも無知な事をいいことに下世話な言葉を教えるか。それとも、単純に労いの言葉か。


 だが、どれもしっくりこなかった。故に単純な物を選ぶ。


「『無事の帰りを、待っています』かな」

「ふーん」

「なにかね? 」

「たしか、前は『無事の帰りを祈っています』だったわ」

「あー、そうだったか」


 普通、適当、無難。それらをまとめたような祈りの言葉を選んだつもりだった。それでも、セブンが感じたデジャブの正体を知り、内心、どっと冷や汗をかく。以前己の記憶力がどれほどアテにならないか、己の口で証明してしまったようで悔しかった。同時に、そんな些細な事を覚えてくれたいたマイノグーラに、再び感激していた。


 一方、感激されていたマイノグーラの方は、事実の確認のために問いかける。


「無事の帰りを祈らなくていいの? 」

「ああ。構わない」

「どうして? 」

「人が祈る時は、神に対して祈るんだ」

「神」 

「そう、神だ」


 祈る。という言葉は、何よりふさわしくない。なぜなら、この星、ガミネストに住まう人々には、神が現れていない。この世界ではまだ星と神に違いはなく、遠くて近い、決して手の届かない存在のままだった。つまり、信仰や、宗教観念が根付いていないのである。神は、まだこの星の民草の前には生れ落ちておらず、人々には神話が生まれていない。否、まだ神話の真っ最中である。のちに神と呼ぶべき存在は闊歩しているが、人々はまだソレに気づいていない。


 この星には、ARMEN(アーメン)と祈る対象がまだ居ない。

 

 だがセブンは知っている。知ってしまった。外から来たマイノグーラと出会った事で、偶像崇拝的な神とは別に、この星を生み出した、創造神と呼ぶべき者たちがいる事を。本来、神として彼らを、崇拝し、信仰し、布教するのが、人々の心の支えとなってもおかしくなかった。だが神は、この星を龍に託し、別の場所へと行ってしまった。


 龍とは神の代行者。その代行者に、目の前の彼女は拒絶された。

 

 そして今もなお、彼女は拒絶され続けている。であるならば、神に祈る事など、セブンにはあり得ない。愛する彼女を否定する存在を、どうして両手を使って祈る事ができようか。


「私が望むのは、君がここにいるという、純粋な事実だ」

「貴方は、不思議で、奇妙で、時々、よくわからないわ」

「そうだろうね」

「でも、貴方のお願いはよくわかったわ」


 抱き合った体を離し、マイノグーラは瞳を見つけ返す。


「無事の帰りを、待っているわ。セブン」


 そうして、セブンが振り返ってしまうより先に、その頬に、淡い口付けを落とす。一瞬、セブンは己の身に何が起きているのか分からなかった。たっぷり5秒の時間が掛かり、ようやく事実を認識する。頬に掠めた、()()()()()()、冷たい感触が何よりの証だった。


「――ずるい人だ」

「人じゃないわ」

「そうだったな」


 そう言い返すのが、精一杯だった。セブンは愛しい人の見送りを受け、外へと向かっていく。白いベイラーと、龍と、そしてこの世界とに決着をつける為に。


 結晶に足跡をつけて、立ち止まる。愛しい人がもう二度と苦しみを受けない為に。彼女との楽園を築く為に。神に復讐する為に――器と呼んだ、ベイラーに乗り込む。操縦桿を握りこむと、頭にある()()()怪しく灯った。



「(ティンダロスが、止まった? )」

《(龍も、今の一撃で消耗してるんだ)》


 コウ達にとって、龍とティンダロスの戦いが、小休止しているように見えた。龍は口から吐き出した莫大な電流の、余りが駄々洩れし、バリバリと空で雷が高鳴っている。対するティンダロスは、山に墜落したのちに、その大きな目は閉じられ、ともすれば眠っているようにも見えた。


 致命傷でなくとも、損傷は与えた。だが両者ともに追撃をかけられるほどの状態でもない。


 龍たちの状態もさることながら、地上の状態はてんやわんやもいいところだった。ティンダロスの力を目の当たりにして、ただでさえ混乱している中で、龍の雷による、鼓膜を裂かんとする突然の大音響により、人々の耳に多大な不調をきたした。実際、耳から血を流している者さえいる。その結果、人々は耳が聞こえなくなり、コミュニケーションが取れなくなってしまった。


 大音響による一時的な聴力の低下により、とにかく人々は安心を求め、肉親を、友を、隣人を抱き合い、船の中で縮こまっている。出歩く事など考える余裕がなかった。


 そして、聴力の低下は、コックピットにいたカリン達も同じである。喉による発声では声が聞こえない為、ベイラー特有の、思考の共有を利用し、頭の中で会話を続けている。


「(私達にできる事、何かないかしら)」

《(龍の手助けしたいところだけど)》


 果たして、コウ達でどれほど龍の助力になれるのか。すでにスケールの違いで、まったく助太刀になる気がしない。加えて、ティンダロスの放つ氷結レーザー(仮)に当たってしまえば、ベイラーなどひとたまりもない。中にいる人間も、氷漬けになって無事に済むはずもない。ただ、乗り手であるカリンはというと、単純な知識不足で、氷漬けの現象に関して恐怖心が煽られなかった。


「(凍るって、どうなっちゃうの? コウ知ってる? )」

《(凍るって事は、アレは零度な訳で、人間の体の、たしか六割が七割だかは水でできてるんだから、えっと)》

「(コウ、今、水の話してないわよ? )」

《(あー、つまるところ、寒いと人って死ぬんだよ)》

「(――)」

《(ちょっと説明が雑過ぎたかも)》

「(――いえ、そうね。冬の山とか入ったら駄目だわ。寒くって人って死ぬわ)」


 氷漬けにして危ないというより、寒いのは基本的に駄目だという、山の中で育ったカリンの中の実体験と結びついた事で、ようやく恐怖が呼び起こされる。同時に、カリンの胸の内には、代えがたい仲間の言葉が呼び起こされる。


「(お医者様だったネイラが言っていたわ。人って、寝不足と、冷えと、空腹が重なると病気になるって。冷えって、そのうちの一つだものね)」

《(――あいつがその気になれば、もしかしてこの星を氷漬けにだってできるんじゃ)》

「(やっぱり、龍に任せるしかないというの)」

《(でも戦いようがない)》

「(歯がゆいわね)」


 いつでも助力する気でいたが、ティンダロスの力を前にし、そして何より、龍の底力を前にして、早くも尻込みしてしまった。龍の雷でようやくダメージを与えらるような相手に、剣戟が通用するとはとても思えない。すでに、両者の戦いは、コウ達が経験してきた人相手、ベイラー相手の戦略や戦術が、ほとんど役に立たないレベルに到達している。今は、そのレベルの違う戦いの余波に、自分達が如何に巻き込まれないように立ち回るかで精一杯だった。 


《(とにかく、避難民と、この船を守ろう。俺たちの出来る事をするんだ)》

「(――)」

《(カリン? )》

「コウ、アレって、連発できないって話だったわよね? 」


 カリンが突然、共有ではなく声を使って発言した事で、コウの反応が遅れる。しかし、操縦桿を握って居た事で、思考と、視野が共有されていたことで、カリンが一体、どんな意図でその質問をしてきたのかを、コウは、反応こそ遅れたものの、すぐに理解できた。


《みんな! 耳を塞げ! 》


 そう叫び、己の体の、本来無いはずの耳を両手で覆い隠す。そのジェスチャーだけでも、周りにいた仲間のベイラー達や、避難民もつられて耳を覆った。


 直後、空から地鳴りのような、低く、連続した音が響き始める。それは、龍の牙の周りで、再び雷雲が蠢き始めた兆候であった。ゴロゴロ、バチバチと龍の体の周りで雷が奔る。


 その巨体にふさわしい大きな牙に、雷が何度も何度も落ち始める。


「また来る! 」

《必殺技って連発できないから必殺技なのに! 》

「消耗度外視で撃ってるんじゃないくって!? 」


 コウの文句を、カリンの叫びがかき消し、そして二人の声を、さらに大音量の落雷が打ち消していく。やがて、ふたりの声だけでなく、人々の声が届かなくなる頃。龍の体は、内側から黄金の光を放ちながら、体を駆け巡り、そして。


「GYAAAAAAA――」


 龍は、その口をおおきののけぞらせ、けたたましい声と共に、黄金の雷光を放電する。文字通り光の速さを持ってして、次の瞬間には、再びティンダロスが砕け散る光景が目の前に広がる。はずであった。


 黄金の雷光は、しかし目標であるティンダロスの直前で、命中する事なく阻まれてしまう。


「……嘘、でしょう」

《カリン! 何が見えてる!? 》


 正確には、雷光は命中している。だがティンダロスには命中していない。多大で、膨大で、莫大な熱量である雷を、その身ひとつで受け流している何者かがいる。


 雷は標的から強制的に逸らされ、代わりに地表を砕き、抉り、削っていく。やがで、龍からの放電が納まると、そこには、放射線状に山々を傷跡が残った。吹き飛んだ地面が土煙となってあたり一面を覆い隠す。


 ただでさえ龍の雷光により視野が白飛びし、土煙による視界不良。加えて、爆音による、一時的な聴力低下により状況の把握が困難になっている。


 それでも、カリン持ち前の、純粋な視力によって、何者かは把握していた。


「ベイラーよ」

《な、ないぃ? 》

「ベイラーが、防いだ」

《龍の、あんな攻撃を、ベイラーが防ぐ!? 》


 それは、自分にはとてもできそうにない芸当だった。どんな硬いサイクル・シールドを作ったとしても、あの雷を前にしてしまえば、紙よりも心もとない。


 その攻撃を、ベイラーが防いでみせたという。


 どんなベイラーが、そんな事をできるのか。雷による土煙が納まり、ティンダロスの前に姿を現したその存在を目にし、コウはひとことぽつりとつぶやく。


《花? 》


 それは、綺麗に開いた、花弁(かべん)のようだった。ただの花ではない。ティンダロスとおなじように、透明でわずかに青い結晶でできた花弁。それが七枚。重なっている。黄金の雷光を受け、それら全ての花弁はひび割れており、やがて、氷のようにパリパリと崩れ始めた。ただの氷と違うのは、その結晶には水気はまったく帯びておらず、周りに水滴は一切発生していない。


「あれは、盾? 」

「――注文通りの、いい品だ。バルバロッサ君」


 花弁は確かに砕け散った。だがその花弁の内側には、全くの無傷で佇むベイラーがいる。


「人工ベイラーは、他のベイラーの欠片を埋め込む事で、その影響を受ける。黒いベイラー、アイ君の欠片を埋め込んだアーリィが、その憎しみを受けて変化するように」


 大きさは、他のソウジュ・ベイラーと変わらない。全長は8mに満たない程度。胴体には、毒々しい翡翠色のコックピットがある。その中には、仮面卿改め、セブン・ディザスターが、操縦桿を握りしめている。肌の色は、白に限りなく近い灰色。


「ならば、マイノグーラの力を受ければ、その影響を受ける。当然の結果だった。そこに私の、猟犬の力をも取り入れば、さらなる力を得る」


 しかし、その灰色の肌に不釣り合いの、表面が透き通った結晶が、各所に埋め込まれており、肌の色から受ける印象よりも、ずっとギラギラとしている。そして普通のアーリィベイラーと明らかに違うのは、背中から前に伸びる、細く補助腕(サブアーム)にある。頭の後ろから三本。脇の下からそれぞれ一本ずつ。両腕と合わせ、七本の腕が、そのベイラーにはある。七枚の花弁に見えたソレは、七つの刃でもあった。砕けた刃を捨て、サイクルをガリガリと回し、新たな刃を生み出す。


 先ほどは、この七本の腕からそれぞれ、花弁にも似た結晶の刃を生み出し、龍の雷光を逸らしてみせた。ティンダロスを守れるだけの強度を誇り、なおかつ、ベイラーの性質を持っている。


 つまり、壊れても、サイクルによって()()()()()()()()()()()()()()

  

 そして、そのベイラーは、さも当然のように、空中に飛び出してくる。本来必要な、サイクルジェットのような推力も見受けられず、浮力を得る翼もない。そしてそのベイラーは、真っ直ぐ避難船に向かっていく。


「そこにいるな! 白いベイラー! 」

《カリン! こっちにくる! 》

「ベイラー相手なら手伝うしかないわ! いけるわねコウ! 」

《お任せあれ!! 》


 コウは、背中の龍殺しの太刀を引き抜き、飛んできたベイラー向けて、迷う事なく振り下ろした。その一撃を、セブンは、悠々と防いでみせ、そして名乗る。


「やぁ。白いベイラー――コウ君、だったね」

「その、声は」

《仮面卿!? それに、このベイラーは》

「しばし、私と手合わせしていただこう。セブン・ディザスターと、この」


 大太刀の一撃を、あえて受け、後ろに下がる。そして、七本の腕から、それぞれ刃を生み出し、生身と時と同じように、悠然と構える。


 補助腕の存在とは別に、アーリィの設計には無かった、もう一つの差異。通常の、ソウジュの木から成るソウジュベイラーと同じ、両眼を持つ顔。その眼が、赤く輝く。


「『ケイオス・ベイラー』とね」


 混沌(ケイオス)の名をもつそのベイラー。セブンと、マイノグーラと、ティンダロスの力。さらには、ベイラーそのものの力を持った、神のいない間に現れた、神を冒涜する為に遣わされた使者たる存在が、コウ達の前に、滅びを呼ぶべく現れ出た。


  

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