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星の来訪者


「せめて、せめてご一報を」

「ごめんなさい、そんな暇なくって」

「それはそうでしょうけど! 」


 第十二地区の港。住人が避難すべく用意された軍艦。その甲板で、ロペキスが年甲斐もなくぷりぷりと怒っている。この混沌とした戦いがはじまってからすでに半日。太陽は沈み、辺りが暗闇に落ちる頃。カリン達が、突然上空から降り立った。もはや着陸なのか墜落なのか分からないほど、甲板はしっちゃかめっちゃかになったものの、幸い怪我人はおらず、巻き込まれた者もいない。


 ロペキスも、最初はカリンの無事にただ喜んでいた。そして、到着しだい、離れ離れになっていた黒騎士とレイダの再会が叶う。レイダの半身は、コウのサイクル・リサイクルにより治療できた。だが、乗り手である黒騎士ことオルレイトの症状は、いかにコウの力でも、治す事ができなかった。


《ごめんオルレイト》

「あう、あーあー」

「気にするな、と言ってるぞ」


 ひとまず、舌は回るようになったのか、なんとか声を上げることはできる程度には回復しはじめている。隣で通訳まがいの事をしているサマナのおかげで、意思疎通は行う事ができた。


《奴隷王さんは》

「顔を隠して牢屋にぶちこんでるってよ。今はその方がいい」

《それもそうか》


 そして、この戦争の引き金を引いた首謀者の一人。商会同盟軍のトップ。商業国家アルバトの首相であるライカンは、牢屋に閉じ込められている。彼の犯した罪はあまりに多く、かつ、彼を見つけた民衆が、彼に私刑を加えるのは火を見るより明らかであった。


 故に、顔を布で覆いかぶせ、ひとまずの拘留を行っている。


「それにしてもですねぇ」


 そして現在。船の総指揮をとっているロペキスは、船に降り立った、様々な、実に様々な立場を持つ人々を前にして、思わず悲鳴を上げている。


「どうして鉄拳王や陛下まで!? 」

「余が居てはまずいのか? 」

「まずくありませんが、何もご用意がありません! お部屋なんかないんですよぉ!? 」

「非常時である。致し方あるまい」

「それはありがたいのですが、他の方がそうではないんですってぇ! 」

「ん? 」


 カリンと共に現れたのは、帝都近衛騎士団の団長である鉄拳王シーザァー。さらには、この国のトップに君臨するカミノガエである。他国の、それも一介の付き人が出会う事などまずない人種たちが目の前にいる。ここでロペキスが問題にしているのは、陛下の処遇である。


「(このまま、他の人々と同じように窮屈な思いをさせたら、あとで何をいわれるか――いや、俺に直接言ってくるならまだいいんだ。最悪の場合、クリン様の方に風評被害が! )」


 他の避難民と同じ扱いを、陛下自身が許容したとしても、その光景を見た周りの貴族から、どんな反感を買うかわかったものではない。そしてその反感は、ロペキス個人ではなく、主人のクリンや、サーラ王であるライにまで及ぶ可能性がある。


「(どうしたもんかな。クリン様は動けないし)」 


 指示を仰ぎたくても、彼の主人であるクリンは、陣痛でそれどころではない。対応しかねる状況に頭を悩ませていると、甲板に控えていたベイラーが声をかけた。


《証人がいれば問題ないか》

「あ、ああ、何も問題な――っておぉお!? 」

《何か? 》

「ブレイダーが、いっぱい!? 」


 総勢50人のグレートブレイダーが、船を囲むように、上空で待機している。その景色は、ベイラーと馴染みが無いロペキスにとっては警戒心を高める要因たりえた。見かねたカリンは、怯えるロペキスをなだめるべく、大げさな手ぶりで情報を補足しようとする。


「深い、深い訳があるのよ」

「い、一体どんな訳が」

「いえ、私達もなんでブレイダーがこんなに居るのか分からないけど」

「分からないんですか!? 」


 しかし、カリン達もまた、情報が圧倒的に不足しており、ロペキスの頭をさらに混乱させるだけとなってしまう。彼らがなぜこんなに大勢なのか。一体どこから来たのか。なぜ来たのか。どれもこれも、カリン達には答えを持ち合わせていない。


《我らはその説明をしに来た》

「あの、おっきな目玉の事もご存じなの? 」

《知っているとも》

「あー、それって長話になります? 」


 話の腰を折る前に、ロペキスが提案する。


「それなら、ひとまず屋根かなんかあった方が。いま、ちょっと波が高いから」

「あらそうなの。コウ」

《おまかせあれ》


 コウは慣れた手つきで、船の上に巨大な屋根を作り上げる。手のひらのサイクルがグルグルと回っていくと、板がまるで傘のように広がっていく。ある程度の大きさまで広がった後は、自身の代わりに柱を一本、太く丈夫な物を建て、支えとした。構造としては、ビーチパラソルの要領である。マストを傷つけないように、その場所はグネグネと変形させている。、


 あっという間に船の上に屋根ができあがり、ロペキスは両手を叩いて賞賛したのちに、少しだけ眉をひそめて困惑した。


「出航する時はどうするんですかコレ? 」

《壊してくれれば大丈夫。なんだったら俺が壊す》

「あー、じゃぁ、出航の時はそうしてほしいなぁ」

《はーい》


 なんとも気の抜けた返事だったが、屋根ができた都合、あの空に浮かぶ巨大な目玉を、目視しなくて良くなったのが、ロペキスはありがたかった。


「それに、この傘のおかげで()()を見なくて済むのは助かる」

《さぁブレイダーさん。話してください。アレは、獣って何なんですか? 》


 おおざっぱに舞台を整えた後は、コウは遠慮なくブレイダーに問いかけた。


《アレは、この星の、さらには外から来たもの》

《この星の、外? 》

《我らは、アレに対抗すべく存在している》

《一体、いつから》

《とても、長い長い間だ》


 そして、その問いかけに、ブレイダーはぽつぽつと語り始めた。



《あれは、まだこの星に、国という考え方が無かった頃に、奴は来た》

《奴? そもそも、アレには名前があるの? 》

《わからない。最初、我らは『結晶の魔女』と呼んでいた。のちに我らが名前を知ったのは、一人の人間が、聞き取った言葉があったから。最初、我らでは発音さえできるかどうかさえ怪しかった》

「発音、できない? 」

《その名前が、一体どんな意味なのかは全く分からない。だが、その名は、人の名前としても付けられる事のあるような、ひどく当たり前な名前にも聞きこえたようにも思えた》


 ◇


「マイノグーラ。ああ、マイノグーラ。会いたかった」

「フフ。ずっと同じ事を話してる」


 ブレイダーが語り掛けている中、同じ時間に、二人が抱き合ってる。一人は、セブン・ディザスター。腹に大穴をあけていたが、その怪我は、氷で固まっている。


 二人がいるのは、あの結晶の化け物の内部であった。居住スぺースというには狭く、部屋というには広い、奇妙な場所だった。至る所が鋭角でできており、建築様式らしい物はまるで見当たらない。家具も寝具もなく、水場もなければ、何か作業ができるような台もない。生活感が皆無の空間だった。


「マイノグーラ。ずっと会いたかった」

「また会いに来てくれたの? 」

「ああ。失ったものや代償はたくさんあったが、今この瞬間の為だったと思えば惜しくはない」

「本当に不思議な人間」


 マイノグーラ。そう呼ばれた彼女は、微笑みを絶やさないでいる。口の端をわずかに上げるだけの、かすかな微笑み。セブンはその微笑みを見ただけで、腹に傷がある事など忘れてしまいそうなほど、気分が高揚していた。


 彼女が、仮面卿の名の由来である、バケツ頭の仮面を撫でた。さらさらと撫でる彼女の手には、およそ体温という物がなく、鉄の冷たさと相まって、雪が落ちているような感触だった。彼女はその仮面を何度か撫でていると、ふと零した。


「お面、まだつけてくれているなんて」

「君がくれたものだからね」

「何度も何度も直した跡がある」

「何度も何度も壊れてしまってね」

「その度に、どうおもった? 」

「その度に、恋しくなった」

「――うれしいわ」


 マイノグーラは、にぃと笑う。口の端から見える牙が、否応なしに彼女が人間でない事を証明している。しかし、セブンにはそんな事お構いなしだった。


「君がこの星に来た事を今も思い出す」

「人間がまだこんなに居なかった頃ね」

「私は、友がいた――おそらく、友といってよかった」


 座れる椅子が無く、無造作に壁に背中を預け、セブンが腰を落ち着ける。マイノグーラは、その隣にピタリと寄り添うように座り込んだ。昔を懐かしむように、セブンは続ける。


「彼の周りには、たくさんの人がいた。私も、そのたくさんの人々と同じように、彼と共に生きるのだろうと思っていた。そして、年老いた彼の死を見送る。もしくは、彼が、年老いた私の死を見送る。そんな予感があった」

「それが、この国の王? 」

「ああ。建国の父」

「名前は? 」

「名前? 」


 しばらく、セブンが硬直する。しきりに頭を傾ける。やがて、その動作を取りやめた。それは思い出すのを取りやめたような仕草。


「もう、忘れてしまった」

「お友達なのに」

「もう、友でもない。君が落ちてきた時、彼は、言った」


 『アレは、この星にいちゃいけない存在だ。僕らで打ち倒すんだ』


「ひどい。そんな事を言っていたのね」

「ああ。本当にひどい。君は、君たちは、この星の大海を超え、やっとこの星にたどり着けたというのに、彼はソレを無為にしたんだ」

「アナタは、私を助けてくれようとした」

「ああ。正直、最初は、不気味だったさ」

「あら、酷い」

「許してくれ。何も知らなかったんだ」

「でも、今はこうして、一緒に居られる」


 マイノグーラは、隣で目を閉じながら、肩を預ける。性別の概念を棚に置いておき、彼女の仕草や行動は、まるで恋人にするソレと全く同じだった。



《じゃぁ、アレは、宇宙人って事!? 》

《宇宙から来た人、という意味では正しい》

《あの女の子が、マイノグーラ》

《そして、今、空に浮いているのが、『ティンダロス』》

《ティン、何? 》

《ティンダロス》

「な、なんか、口が回らないわ」

《もしくは、マイノグーラの巣とも呼んだ》

《巣!? もう生き物ですらない! 》

「なんだか、もうよく分からないけど」


 同じ話を、グレートブレイダーが語っている。セブンは、恋人の馴れ初めを。ブレイダーは、人類の敵との会敵を。方向性がまるで違う為、語り口もそれぞれ全く異なっている。


《アレがこの星に堕ちてきた後、巣からは人間を食い殺すだけの獣が現れた》

「獣? 」

《かろうじて四肢がある、四つ足の獣。瞳がないが、牙がある》

「かろうじて? 」

《生え方が均等ではなかった。片側に三本生えていたり、そもそも四本以上の手足が付いていたり、規則性がまるでない。共通しているのは、頭に瞳が無い事》

「そんな物が、人を襲うの? 」

《襲う。この星の生き物と違うのは、その獣は、殺す為に襲う事》

「殺す為に? 」

《生き物を殺す過程には、食べる為であったり、群れを守った結果であったり、必ず過程がある。だが、奴らは違う》


 ブレイダーは、言葉の端々から、口にするのもおぞましいように語る。


《殺す為に、殺す。その為の生物だった。ティンダロスから出てきた事で、それらを、『ティンダロスの猟犬』と飛んでいた》

《ティンダロスの、猟犬》

《猟犬によって、当時の住人の半分は、文字通り食い殺された》

《は、半分》

「の、残り半分は、生き残れたのね」

《いいえ》


 ブレイダーの口調が、苦々しくなる、


《猟犬に噛まれた人間は、たとえ生き永らえたとしても、その人間自体が『猟犬』へと変貌します。残りの半分の内、さらに半数以上、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

《人間が、変貌する!? 》



「君が目覚めたのだから、猟犬もそろそろかい? 」

「ええ。でも、この星では、あの子たちの力の全てを使えない」


 マイノグーラがむずがりながら、縦に長く細い瞳孔を、セブンのいる場所よりもさらに奥にむける。結晶の内部に、その四肢を凍らせて眠っている、大小さまざまな大きさの獣たち。


 大量の猟犬が、眠りについている。彼らの体は、セブンと同じように、そこかしこに怪我を負い、動くのかも怪しかった。


「この星を作り上げた力が邪魔をしているの。本来あの子たちはもっと素早くて、獰猛で、猟奇的なのに。その力の、砂粒ひとつ程度の力しか使えない」

「恐ろしいな。人間は猟犬に噛まれれば、その身を猟犬へと変えてしまうのに、その力でさえ、砂粒ひとつ程度の力か」

「ええ。そもそも、そんな力を生かさずとも、猟犬ならばこの星の人間、そのことごとくを食い尽せる、はずなの」

「それを、妨げているのが、星の力」

「ええ」

「君も、そしてこの空間もか」

「本来、この空間はもっと尖っているのに、ソレも覆いかぶされている」


 彼らの会話の意味を理解できる者はいない。何が尖っているのかなど、セブンにも分からない。彼女の意図する事は、この星のせいで、彼女か彼女足らしめている力がまるで弱まっている事が重要であり、ソレを排除する方法を模索するのが先決だった。


「君を解き放つ術を、長年追い続けた」

「――まさか、見つかったの? 」


 彼女の目が見開かれる。


「どうするの? 」

「あの、龍を殺す」

「龍? でも、もう殺したのに」

「もう一匹いたのさ」

「もう一匹? 人でいう、親子? 」

「いいや。夫婦の方だ」



《砂漠にあった亡骸って、龍のつがい!? 》

《雌雄はありませんが、あえて彼、彼女と呼びましょう。その方がこの星で生まれた者たちには、話が理解しやすいでしょうね》

「そうしてくれると、助かるわ」

《龍は、この星を守る為、そしてマイノグーラを監視するために作り出されました。そして、かつての戦いで、彼女はその命を懸けて、マイノグーラを地下へと封じ込めたのです》

《なら、俺たちが出会った龍は》

《彼は、役目を忠実に果たしています》

《なら、どうして今はこっちに来ていないんだ? 》

《それは、ここでマイノグーラと彼とが戦う事になった時、人の安全が保障されていないからでしょう》


 淡々と語るブレイダーの言葉に、カリンが違和感を覚える。


「人の、安全? 」

《彼は、ベイラーと同じように、人を好いています。星を守る為に戦うでしょうが、その戦いに、貴方たちを巻き込みたくないとも、考えているのです》

「龍には、意思があるという事? 」

《さようです。そしてよく考えてください。あの龍と、ティンダロスが戦って、地上が無事で済むとお思いですか? 》

「た、確かに」


 両者とも、そもそもの大きさが天文学的な物である。龍と結晶が相対し、どのような戦いになるのかは分からない。それでも、戦いの余波だけで地上がめちゃくちゃになるのだけは理解できた。


《躊躇しているのか、それとも、別の要因があるのかはわかりません。しかし、こちらに向かってきているのだけは確かです。でなければ、我々ブレイダーが稼働できません》

《あの、質問したい事は山ほどあるんだけど》

《では、端的な物からどうぞ》

「(白いのは何を質問する気だ? )」


 サマナが、コウの発言を注視する。心が読めるサマナが見る限り、ブレイダーの言葉には、一切の嘘偽りが無かった。つまり、彼の語る歴史はまさしく真実であり、そしてティンダロスとマイノグーラ、そしてティンダロスの猟犬という三つの力がある事は、まさしく事実である事に震えている。


《――なんで毎回月から来てるんですか? 地上にいればいいのに》

《《「「(気になるのそこなんだ?? )」」》》

 

 コウの質問に、一同が心の中で突っ込みを入れる。ブレイダーの説明は、その年数や大きさのスケールこそ大きいが、ひとまずの回答を逐一しめしてくれている。今のところ、説明には満足していた。その上で、コウの質問は些事でありながら、好奇心が鎌首をもたげる絶妙なラインだった。


 だが、質問を受けたブレイダーの方は、すでにコウの質問に関しては想定してあったのか、丁寧にスラスラと答えていく。


《この体は、星に降りる術も、離れる術も持ちます。もっとも、降りるのも、離れるの、一度きりです》

《一回だけ? 》

《我らは最初、鎧を身に纏っています。星へと降りる際に、その鎧が身代わりとなってくれるのです》

《じゃぁ。なんで月に帰れるの? 》

《それは、月が私達を引っ張り上げてくれるからです》

《引っ張りあげる? 》

「ずいぶん、いろんな事をなさってるのね」


 カリンはすでに理解の範疇外であると結論づけ、聞き耳半分になってしまった。それほどまでに、宇宙の話は難解であった。


《元々、我々は、マイノグーラのような存在がまた現れても、我々が戦えるように、地上ではなく、月の宿り木『ムユウジュ』にて、迎え撃つ為なのです》

《へぇ……え? ムユウジュ? 》


 コウが、その木の名が、どこか懐かしい響きである事に気が付く。


《ムユウジュ……ソウジュ……もしかして、あの双子月の片方って、ソウジュの木みたいな大きな木なの!? 》

《その通り。ソウジュとムユウジュは、いうなれば兄弟のような存在です。違うのは、ムユウジュは、もうこの星には、あの一本しかないとい事》

《なら、ブレイダーは厳密には、ベイラーじゃない? 》

《ほぼ変わりません。人を胸に乗せ、その力を借りる。違いは、この身を、ベイラーのように、ムユウジュにはなれない事――もっとも》


 空に浮かぶ双子月。その片方がソウジュの木とつながりがあった。ブレイダーは、ムユウジュから生まれた事。生態はほぼ変わらないように思えた。


《前任者は、ソウジュの木から生まれたベイラー達を兄弟と呼んでいました》

《うん。前に戦った時、そう呼ばれた》

《なぜなら、彼が一番長く、他のベイラーと、人と過ごしていたたからです。いつしかそう思えるほどに。それに、彼には友が居ました》

《友? 》

《アナタが乗り手としている方の故郷にいるベイラーと、今は砂漠で旅を続けているベイラーです》

《カリンの故郷? 》

「砂漠で旅? それって」

《グレート・ギフトと、グレート・レター》


 同じグレートの名をいただくベイラー。ギフトはその手から、小麦粉を生み出し、レターは、自身や物を瞬間移動、テレポートできる。ふたりとも人知を超えた力の持ち主だった。


《そのふたりは、戦う事は決して得意ではありませんでした。レターは気分屋ですし、ギフトにいたっては、彼はずっと庭師でしたから》

「庭師? 」

《草木の伸び切った草原を、人が住めるように、広大な土地を、来る日も来る日も、何年も何年も、大鎌で刈っていたのです》

「あの、ゲレーンの土地を? 」

《はい。人の庭のすべて足りるまで。ギフトと、ギフトの最初の乗り手と共に》

「アイン・ワイウンズ様だわ」


 森と川に囲まれた土地とはいえ、人が暮らすには手をいれなければならない。その膨大な作業を、グレート・ギフトが行っていた。ブレイダーが語る話の、獣とは無関係の、ちょっとした小話であったが、カリンの胸には、不思議と暖かな気持ちが込み上がってくる。


「(脈々と続く人の営みの先に、私達が立っている)」

《カリンの、ご先祖様が》


 それは、話を聞いていたコウも同じだった。


《きっと、いい人だったんだね》

「ええ。きっとそうよ。でないと、お父様の代まで乗り手を迎えていないもの」

《そっか。そうだよな》

「――なんだが、グレート・ギフトに話を聞いてみたくなったわ」


 一体、どれほどの年月を人と共に過ごしたのか。そして、その年月の間、この星を守り続けた龍が。この星にはいる。


《話を聞く前に、獣たちと、戦わないといけない》

「もし、ティンダロスから猟犬が解き放たれれば、大変な事になる。ねぇグレート・ブレイダー。私も質問いいかしら? 」

《なんなりと》

「そういえば、あの『ティンダロス』には、どんな力が? 」


 マイノグーラには、空間を凍らせる力があった。そして。猟犬は、ただ人を殺すだけの暴力性があった。であるならば、空に浮かぶ巨大な結晶には、一体どんな力があるのか。気になるのは無理もない話だった。


 そして、その問いかけに、ブレイダーは再びスラスラと答える。だがコウの時と違い、その答えはひどく曖昧だった。


《ティンダロスが、何か特別な力を発露した記録はありません》

「記録が、ない? 」

《え、目玉からなんか出したりしないの》

《そのような記録もありません》

《え、ええ》

「それじゃぁ、あの目玉は、()()()()()()()()()? 」


 全長200m以上の大きさを持った目玉。そう形容するしかない存在が、存在そのものには特別な力がないと、ブレイダーは主張している。カリンは、あっけない回答を受け、続けざまに質問をまくしたてた。


「えっと、何故飛んでいるの? 」

《不明です》

「翼も無しにどうやって飛んでるの? 」

《不明です》

「あの目玉はなんの為についてるの? 」

《不明です》

「別名が巣って事は、中にたくさん猟犬がいるのよね? 猟犬はどのくらいいるの? 」

《不明です》

「――コウ、私もしかしてバカにされてる? 」


 カリンの額にわずかに血管が浮かぶ。コウも慌ててサマナに助けを求めた。


《サマナさん! ブレイダーさん嘘言ってる!? 》

「言ってない。本当に分からないんだろ」

《ええ――》

《分かっている事は、あの『ティンダロス』は、この星へと落下したうえで、損傷らしい損傷はなく、龍がその命に代えて、マグマへと押し込んでなお、猟犬たちを、あの結晶のようになった外郭にまとう事で、今まで息ながらてていた正真正銘の、化け物という事です》

《(星に落下して無傷? )》


 コウの中で、ティンダロスの脅威度が別の意味で跳ね上がっていく。このメンバーの中では、ブレイダーを除いて唯一、コウは宇宙の存在を、一般教養として理解できている。 

 

《(大気圏突破ってめちゃくちゃ大変だったよな。ソレで無傷? ならあの結晶って、とんでもなく固いんじゃ)》


 猟犬の力も、マイノグーラの力も圧倒的であったが、何もかもが不明であるティンダロス自体もまた、圧倒的な力を隠しているとしか思えなかった。


《猟犬は、まだ俺たちで戦えるかもしれないけど、ティンダロスはそもそもどうやって戦えばいいんだろう》

《――白いベイラー。心配には及びません》


 ブレイダーが、空の彼方を見上げてつぶやいた。



「――まさか、向こうからやってくるとは」

「本当に、もう一匹いたのね」

「マイノグーラ」

「大丈夫。もう、星の中心へ沈められたりしない」


 ブレイダーが空を見上がている、まさに同じ時間に、マイノグーラは、空の彼方からやってきた存在に向け、その牙を剥いてた。


 山脈のような長い胴体。2対4枚の羽根。真紅の鱗。


 嵐を纏って、こちらに近づいてくるその存在こそ、この星、ガミネストの守護者


「今度も殺してあげる」


 結晶の眼球と、真紅の龍が、天空にて相対した。


 それは、人が立ち入る事など到底許されない雰囲気がある。無論、物理的にもほぼ不可能である。人間が空を飛ぶ生き物に戦いを挑めるはずもない。


 そして、龍とティンダロスによる、この星の生存権をかけた、史上最大の戦いが始まろうとしていた。 


・ティンダロス


結晶の眼球。法外な大きさをしている。内部に空間があるが、時折よく歪むため、地図を書いても役に立たない。


・ティンダロスの猟犬


ティンダロスより発生した獣たち。本来の力や姿を成していない。


・結晶の魔女マイノグーラ


ティンダロスや、その猟犬を従える魔女。魔女と呼ばれてはいるものの、生物学的に女であるかどうかさえ怪しい。外見が女性に似ている為に、便宜上呼ばれている。彼女が手をかざせば、当たりは凍り付き、結晶が至る所に生まれる。なお、猟犬たちはその影響を受けず、自在に動く事ができる。


 この力により、周囲の人間の動きを止め、猟犬が止まった人間を食い殺すというのが、かつての彼女たちが行った一連の動作であった。


 だがかつて、たった一人だけ、彼女の目に留まった男がいた。そしてその男は、魔女を助けるべく、人類を裏切った。

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