ナイアの提案
「お、おい、あれは何なんだ」
誰もが空を見上げ、その得体のしれない生物を前に、茫然としている。生物と言っていいのかすら怪しい。まず、なぜ空を飛んでいるのか。翼もなく、サイクルジェットのような推進力も見当たらない。一応。浮いているというのが正しいが、なぜ浮いているのか見当もつかない。そして、眼球としか言いようのない、巨大な一つ目。眼球の大きさが大きすぎる事に加え、感覚器官であるならば、目につながるはずの脳があるはずだが、透き通った結晶の中には、それらしい物は無い。
なにもかも、この星に生きている生物の、生物たらしめている最低限の規則性が破綻している。見た目が気持ち悪いという事以外、何も分からない。群衆は、その存在にただ恐怖していた。それは、港で船の出航をまっていた者とて同じである。帝都中の人々が避難してきた為、今や第十二地区は人でごった返している。
「あ、あんなもんどうすんだよ」
「まさか、こっちにきて俺たちを押しつぶしたりしねぇよな!? 」
港に収まる三隻の大型船。帝都が誇る軍用艦である。本来は戦闘で使う為、武器を山ほど積み込むはずの倉庫の中に、人々が押し詰めている。一隻に五千人ほど収容できている。
人々が見あげる化け物は、おおざっぱな目測でも、城壁の高さである50mを超え、200mほどある。そんな物体が、船目掛け体当たりを仕掛けようものなら、人間などひとたまりもない。
恐怖と混乱は、一挙に伝播していく。
「オイ! まだ船は出せねぇのか! 」
「無茶言うな! 海が荒れてんるのが分からねぇのか! 」
「無理でも出せよ! このままじゃ」
いつまでたっても船が出航しないことに、民衆は苛立ち始める。先ほどから、海は急に荒れ始め、まだ目立っていないと言えど、高波が何度も押し寄せていた。船は波穏やかな時に出航しなければ、転覆の恐れがある。今回の場合、乗り込んでいるのはこの国の住人達であり、避難してきた何千という数の人が乗せられる船が存在しているのは、ひとえに帝都の国力のなせる技であるが、それはそれとして、海が荒れていては、如何に船の性能がよくても、転覆の危険が零になる訳ではない。
一方、三隻のうちの一隻。その船の管理を一手に担っている男は、冷や汗と脂汗で顔色は顔面蒼白になりながら、それでも出航を急かしてくる人々を罵倒するのをぐっとこらえ、己の職務を全うしようとしていた。
「(くそぉ!! また船長まがいなことしてるよぉ! )」
男の名はロペキス・ロニキス。サーラの王女であり、カリンの姉であるクリン・バーチェスカ、専属の付き人である。王族、それも専属の付き人と言えば聞こえはいいが、クリンから雑務をていよく押し付けられる『超』苦労人であった。
その彼が、この船を操舵しようとしているのは、帝都と商会連合の戦争が始まってからというもの、すでのこの港には帝都の軍人は出払っており、船の操舵ができる者が居なくり、そのタイミングで、たまたまそこにいたロペキスが、海の隣接したサーラ出身であるという理由で、この避難船の操舵を任されてしまった。
「(でも、この船は何としても守らなきゃならない)」
それでも彼が首を横に振らなかったのは、この船に乗っているクリンにある。すでにお腹には新しい命が宿っており、いつ出産してもおかしくない状態であった。そして、この戦争が始まってしばらくしてから、ついに彼女は陣痛が始まったのである。
「(なんてタイミングだ! お腹の子がこんな時に出たがってるなんてな! )」
ロペキスは誰に聞かせるでもない愚痴を、頭の中で吐き出し続けながら、横波を受け揺れようとしている船を必死に安定させようと舵を握る。
「でも、あの方のお子さんらしいな」
あのクリン・バーチェスカとライ・バーチェスカの子が、戦乱の中で生まれようとしている。不思議と、それは当たり前のような感覚があった。彼らの子が、平時に生まれる訳がないとも考えていた。そして、もしクリンと、クリンの子を守るのならば、武力では二人に叶わない自分ができることなど、たかが知れている。せめて、彼女たちの乗った船を守る他ない。幸いなことに、ロペキスは船の管理をすでに経験している。同じように雑務の押し付けで経験した出来事だった。
「この船を沈ませるものか」
「せ、船長代理! 波がさらに高くなりました! 」
「クソ! 港から出るなんて無理かなぁ 」
「風も出てきてます! 」
「分かってる。そういえば、黒騎士のベイラーを連れてきた奴らが居たな? 」
「はい。近衛騎士が連れてきました」
「そいつらは中に入れたのか? 」
「なんとか入れてます! 」
「でかした。他の連中は? 」
「八割ほどです」
「まだ八割か」
逃げ遅れた人々、船に乗れずにいる人々、我先にと船に入りろうとして、暴動まがいな事さえ起きようとしている。そして何より。
「空に浮かんでるあの気持ち悪いのはなんだ!? 」
「知りません! 」
「そうだよねごめん! 愚痴っただけ! 」
「愚痴ってる暇あったらなんとかしてください船長代理! 」
「あーもう! なんとかするよぉ! 錨上げろ! 」
「どうするんです!? 」
「ひとまず入り江から出るぞ! サーラに向かえればそれでいい! 」
「はい! 」
「(今、出航するしかない)」
ふと、取り残されている人々が頭によぎる。全員を収容できたとして、これからさらに荒れるであろう海めがけ船をだせるかどうか。穏やかではないしろ、まだ出航できない訳ではない。少々強引だったとしても、出航さえできてしまえば、サーラまでの航路が分かるロペキスであれば、脱出は可能である。
「(憎まれてもいい。絶対助けを呼んできてやる)」
サーラについてから、援助としてこの国に戻ってくればいい。そのために、今は切り捨てる事を選ぶ。そうしなければ、船の中にいる人々や、なにより、新たな命を抱えたクリンを助けられない。ロペキスは、クリン以外の命は、勘定に入れていない。冷徹さといよりは、彼自身が、自分の出来る事と出来ない事をきっちり理解しているが故の、判断だった。
「錨、上がりました! 」
「ようし! 出――」
「ま、まってください! 」
「今度はなんだよぉ!? 」
「隣の船が! 動き出しました! 」
「な、何ぃ!? 」
ロペキスの指揮下にない、三隻のうち中央にあった船が、突然出航しはじめていた。乗り込もうとしていた人々も、出航する事は知らされていなかったのか、突然の行動に驚いている。建てつけられた桟橋すら外すことなく出航したため、途中まで乗り込もうとしていた人々は、急に足場がなくなり、避難してきた人々は、成す術なく海へと落下していく。
「くそ、焦ってやがる! 」
「あんな大きな目玉をみたらしょうがないでしょう」
「でもありゃ酷い」
「どうするんです? 」
「出航取りやめ! このまま出たら衝突して二隻とも沈む! 伝令急げ! 」
「はい! 」
「それから,落ちたやつをできるだけ拾ってやれ! 」
「えぇ!? 助けるんですか!? 」
「(ッこの!?)」
ロペキスが時折感じる、帝都の人々との隔絶。海に出るのであれば、落ちた人間は助け出すのが、サーラにとっては基本だった。例えそれが、船を襲いに来た海賊でも、罪の裁きは陸で行うのが通例である。だが、帝都の人間には、この思想は全く通用しない。海に落ちたのならばそれまで。また補充すればいいという考えが、根底に根付いている。落ちたのがただの物資ならばそれもロペキスには理解できるが、帝都の人々にとっては、人間すら簡単に補充できると考えている。
「(それは間違いだと怒鳴る事はできる、でも)」
海の上では何が起こるか分からない。帆が破れて風を受けられなくなったり、舵が効かなくなったり。トラブルの種類は多種多様に存在する。その数々にトラブルに対処するには、人の力は何にも代えがたい。トラブルが起きてから、無くした分を補充する事など、海ではできない。
しかし、ロペキスは、仮の船長。尊敬を集めている訳でもなく、船員は顔も名前もまだ知らない。そんな彼が、今ここで頭ごなしに怒鳴っても、状況は何も変わらない。むしろ、帝都の人間ではない事が船の中で知れ渡り、操舵に影響が出てしまう事の方が気がかりだった。
「とにかく助ける! いい!? 」
「はい! 船長代理! 」
「(指示を受け取ってもらえるだけありがたい)」
素直に指示が受け入れられ、ロペキスは胸をなでおろす。再び伝令が奔り、桟橋から叩き落された人々を救助すべく、ロペキスの船からロープが下ろされていく。我先にと出航した船は。すでに入り江から出ようとしていた。
「(サーラの船乗りって、いい連中だったんだなぁ)」
故郷のサーラであれば、乗客が乗り込み終わる前に出航するような暴挙に出る船員は一人もいなかった事を、しみじみを思い出している。
「船長代理」
「(サーラに付いたら援助の相談と、あとは)」
「船長代理! 」
「(酒、一杯くらいひっかけても怒られないよな)」
「オイ代理! 」
「ってなに!? いやせめて船長はつけて!? 」
「前! 前! 」
「え!? 」
サーラに帰ってからの、ざっくりとした行動計画を立てていると、目の前の信じがたい光景が飛び込んでくる。今までとは比べ物にならない大波が、入り江に来ようとしている。その大きさは、帝都が築いた防波堤が何ら役に立たないほど。なにより、先に出航した船が、強引に前に出ている為、その大波を、船体に対して、横方向に受ける形になっている。
船が、横から波を受ける。するとどうなるのか。知らないロペキスでは無い。
「オイオイオイ! あれじゃよくて座礁、悪くて転覆だ! 」
「どうするんですか! 」
「どうにもできねぇ! 」
「そんな!? 」
「と、とにかく何かに掴まれ! 」
指示というには投げやりだった。しかし、今まさに波を受けようとしている船は、ロペキス達が操舵していつ訳ではない。祈るような気持ちでロペキスは足を踏ん張る。
「(座礁でも転覆でもいいが、せめて俺たちを巻き込まないでくれ!! )」
最悪の場合、大波で転覆した前の船と衝突し、ロペキス達の乗る船さえも沈没する恐れがある。しかし、この状況を打破、もしくは改善する方法を、ロペキスは持ちえない。ロペキスはおろか、この船の全員にそんな手段などありはしなかった。
「(頼むからなんとかしてくれぇ! )」
ロペキスが、天を仰いだその時。声が聞こえてきた。成人した、男の声である。最初、その声の意味は、ただの否定にしか聞こえなかった。
「(なんだ? 『いや、いや? 』)」
「――くるとぅふたぐん」
歌声と呼ぶには、規則正しく、独り言にしては、耳に残るリズムがあった。
「――いあ、いあ、くるとぅふたぐん」
「(なんだ? この声は)」
心を揺さぶる声ではなかった。しかし、頭に残る声ではあった。同じリズムで、同じ言葉が繰り返される。だが、その言葉の意味は、ロペキスには、何一つとして理解できなかった。
「――にゃるら、ほってっぷ、つがー」
だがそれは、彼にとって幸運である。狂う事が無いのだから。
「――くるとぅふたぐん」
最後の言葉だけ、やけに威勢がいい事だけはわかった。その声が響いた直後。襲い掛かっていた大波の中心に、ぽっかりと大きな穴が開いた。
それはまるで、空中で、何かが津波を食べてしまったかのような、そんな唐突さであった。入り江に向かっていた船の両脇を、波の残骸が素通りしていく。
「た、助かった? 」
「や、やりましたね、船長代理! 」
「いや、今、変な声がしたような」
「声? まさかぁ」
「そ、そうだよな。聞こえる訳ないよな」
ロペキス自身、高波の中で声が聞こえたなど信じていなかった。気のせいだと考え頭を切り替えていく。
「(奇跡ってやつが起きてくれたのか)」
どうにもならない状況を切り抜けたのは、自分の力ではないとわかり切っていた。だが、何が原因で津波を消し去ったのかは全く分からない。故にロペキスは、その現象は奇跡であったと結論付けた。偶然というには都合が良すぎた。でなければ説明がつかない。
「(男の声だったのだけが残念だ)」
それはそれとして、奇跡を起こした声の主が男であったことに、ほんの少しだけ不満を漏らす。もし女性であれば、声をかけたのにと。
◇
《契約者。前よりも読めるようになったじゃないか》
「うるさい」
船の甲板の上で、男が吐き捨てるようにつぶやく。先ほどの現象は、偶然でも、奇跡でも、ましてや人力でもない。船の上に待機していた、オージェン・フェイラスが。契約を交わした『ナイア』の力を借りて、津波を壊して見せた。
「空に浮かぶアレは、お前の同類なのか」
《その問いの答えだが――》
甲板で体をくねらせるベイラー、ナイア。ベイラーではあるが、それは外見上であり、その動きや仕草は、ベイラーとは似ても似つかない。かろうじて体のサイクルが見て取れるというだけで、肌の色は、時に風景に同化し、時に絵の具をぶちまけたような鈍色に変化し続けている。ナイアという名前も、ナイアが名乗ったのではなく、オージェンがかろうじて読み解けた、かつ、発音が可能だった、本の一節からとっている。
そのナイアは、オージェンの問いかけに、たっぷりと勿体ぶった後に答えた。
《YES、だよ》
「やはり、星の外から来たものか」
《でも勘違いしないでほしい契約者。アレは》
ナイアが指さす先には、あの結晶体が悠然と浮かんでいる。第十二地区の港にいるオージェンの目にもはっきりと映るほど巨大で、不気味だった。
《契約者がみているこの体とは、また別だ》
「別? 」
《雄や雌といった区別ではない。異なる生態。異なる生命。異なる次元から来たものがアレだ》
「お前なら、アレに勝てるか? 」
《その問いの答えは――》
ナイアが再び返事を遅くする。そのたびにオージェンの顔に深い皴(特に眉間)が刻まて行く。ナイアは時折、オージェンとの会話を、意図的に遅延させる。勿体付ける事を楽しんでいる節もあるが、なにより、オージェンがナイアに問いかける場合、他の人間に問いかけても答えが出ないものばかりである。星という存在すら未だ理解していない人々にとって、ナイアの存在は、目に映らないほどに曖昧である。ナイアの体が風景に溶け込むのも、この星の住人のほとんどが、ナイアの存在を認知できるレベルに達していない為であった。
たっぷり時間をおいた後に、ナイアが答える。
《NO》
「何故だ」
《前にも言っただろう。大きさが違う》
「それ以外の理由は? 」
《おー、ソコを聞いてくるのか、であれば答えないと》
ナイアはうんうん唸りながら、ひとまずの会話を続ける。
《人間の言葉には、『相性』というのがある》
「ある」
《火は水をかければ消える。逆に油を注げが良く燃える》
「当然だな」
《その当然が、契約者の見ているこの体と、あの空飛ぶ異界の者にも当てはまる》
「何? 」
ナイアの会話は、意図的な遅延により、常人は苛立ちが勝る。加えて、ナイアは会話をする際、一人称を用いない。必ず、オージェンから見た体の事を指す。それゆえに、会話はどうしても長くなる。
一人称を使わない要因は、オージェンにも分からない。この星で、ナイアのような異界の存在が一人称を使えない理由など見当もつかない。もっとも、ナイアの場合、あえて言い回しを長くしていると言われても、別段驚かなかった。
閑話休題
《つまり、アレとは相性が悪い》
「全力で戦ってもか? 」
《うーん。契約者の肉体が持たないだろう》
「俺の体などどうなってもいい」
《それはダメだ》
ずいっと顔を近づける。顔の輪郭はベイラーと同じだが、バイザー状の目は無く、どれだけ近づかれても、目線が合わない。
《契約者が消えれば、この契約者が見ているこの体も消える。それはいけないなぁ》
「ならばどうする? 」
《なに。協力すればいいのさ》
「協力? 誰と? 」
《この星の守護者とさ》
「守護者? それはまさか」
《さて、見つかると何されるか分かったものではない。おさらばおさらば》
ナイアはそれだけ言って、風景と同化して消えていく。輪郭が消え去り、そこには元から何もなかったように、ぽっかりと空間だけが空いていた。こうなってしまえば、乗り手であるオージェンでさえ、ナイアを呼び出す事は困難である。ナイアはどこまでも気分屋で、利己的で、愉快犯であった。
「まさか、もう来ているというのか。ここに」
ナイアの言った、守護者という言葉。そして、ナイア自身も、出会いたくない相手。その相手に、オージェンは心当たりがある。大地を震わせ、海を猛らせ、空を割く力を持った存在を知って居る。
◇
《急げ急げ! 》
《分かってる! 》
第十二地区に向かおうとしているのは、サマナが造った船。コウ達ベイラーと、その乗り手を乗せ、風の流れに乗って、すいすいと空を滑るように飛んでいく。傍らには、あの、月からやってきた、ブレイダー達49人が、追いすがるようについてきている。コウが時折サイクルジェットで推力を貸しており、いつになく激しい空の旅となっている。
彼らが慌てふためいている最大の理由は、少しでも速度を緩めれば、みるみる内に体が冷えてしまい、終いには体が凍りはじめてしまうのである。
《全員まだ平気か!? 》
「凍ってない! 」
《一体どれだけ離れればいいんだ! 》
「もうすぐだ! もうすぐ流れが変わる! そうすれば」
風の流れを読み、コウに的確な指示を飛ばし、最高速度を維持し続けていたサマナの目には、ある一定の距離までくれば、この『獣』の影響下から逃れられる事を理解していた。しかしそれは、サマナ自身の力があってこそであり、常人であれば、訳も分からずただただ寒いこの空間が、いつになったら終わるのか、気が気でなかった。
「それでも、こちらを追いかけてこないのは、何故かしら」
《追いかけなくても同じなのか、それとも、全く別の理由か》
《ともかく、港で先にマイヤ達が待っている》
真っ赤な肌のセスは、サマナと視界を共有している為、もうすぐ暖かくなるのを知っており、比較的冷静だった。
《特にレイダの怪我がひどい。白いの。お前の力が必要だ》
《分かってる》
「しっかし、そこかしこに逃げ遅れてるのが居るな」
「地上は凍ってないわね」
サマナが地上を眺めながら言う。帝都の街は今や戦場跡地であり、瓦礫がいたるところに散乱している。加えて、同盟軍が使用した爆薬により、この国では初めてとなる爆心地が点在し、人々は時折、その爆心地に足を取られ、身動きが取れないでいた。
「これでも、半分は港に言ったはずよ」
「残りの半分は陸路か。同盟軍に捕まってなきゃいいが」
「陸路は、近衛騎士たちが叩いてくれています、ご安心なされ」
鉄拳王シーザァーがカリンの肩を叩く。人工ベイラーであるシーザァーのベイラーは、ソウジュから生まれた、通常のベイラーよりもコックピットの効きが悪いのか、吐く息が白くなっている。
「こうなっては、もう同盟も帝都もありますまい」
「そうね、あんなものが出てきてしまったのだから」
「アレ、どうにかできるのか? というか、どうにかしなきゃならないのか? 」
「さ、さぁ――よし! 出るぞ! 」
サマナの掛け声が終わった直後、みるみる内に外気が暖かくなっていく。
《ほ、本当に暖かくなった!? 》
「というより、コレが普通なのよ」
《もう、夜になるんだな……えーと》
《何か? 》
外気が元通りになったことで、多少の余裕がでたコウが疑問を口にする。
《アナタは、一体? 》
《やはり、語らねばならないだろう》
そう答えたのは、グレートブレイダー。他の49人を統率し、中にはカミノガエを乗せた、月より飛来したベイラーである。第十二地区が視界に収まり、ロペキスが操る船が見えてきたころ。グレートブレイダーは、口を開いた。
《あの船の上で、話そう。我らと、あの来訪者について》
「来訪者? 」
《この星に、まだ人の数が、ずっとずっと少ない頃の話だ》
ブレイダーが、ぽつりぽつりと、話はじめた。その語り口は、昔を懐かしんで、というよりは、かつて、自分が犯してしまった罪を告白するような、重々しさがあった。




