獣の少女
少女であった。どこからか調達したのか、布切れをまとって、セブンの傍に寄り添う少女。瞳孔が縦に長い眼。口に見える長い牙。そしてなにより、氷雪を思わせる白銀の髪。四肢も顔立ちも、仕草さえ人間と同じなのに、一部が明らかに生物として異なっている。
「(な、なんだあの娘)」
カリンも、オルレイトも、龍石旅団の全員が得体の知らない存在に警戒している中で、心を読めるはずのサマナの表情が強張る。
「(心が、読めない? )」
人魚のシラヴァーズ、その呪いを受けた彼女は、人の心を読む術を身に着けつつある。同じシラヴァーズ同士ならば、心を読ませない方法を用いる事もあった。だが、目の前にいる少女は、その術を用いている様子もない。なのに、全く心が読めない。それは、何を考えている事が分からないだけでなく、心の機敏が一切読み解けない事でもある。
人には喜怒哀楽があり、表情や仕草で表現する。楽しければ笑うし、悲しければ泣く。一部の訓練された人間であれば、感情を押し殺す頃も可能だが、心の内側まで隠す事はできない。シラヴァーズが、海で恋人を作るのがうまいのは、押し殺した感情を読み解き、相手が一番望んでいる言葉をかける事が出来るから。
だが、目の前にいる少女は違う。
「(何も、何もない。空っぽの空洞だ)」
心と呼べるものがどこにも見当たない。喜びも悲しみも怒りも、見通せない。
「(どういう事だ? もし、あの女が、セブンのいう彼女なら)」
セブンはしきりに、獣のことを『彼女』といっていた。そしてこの状況。経緯は不明だが、状況証拠がすべてそろっている。
「(あの女が『獣』なら,なんで、私達に怒りを覚えない? )」
セブンは彼女の怒りを代弁するかのように、人類を憎んでいた。だが、当の本人には、その片鱗すら感じられない。
「(一体、これは)」
《サマナ、あの女はいい》
「セス? 」
《それより、あの後ろのは、なんだ? 》
状況が動いているのは、少女の出現だけではない。
灼熱のマグマの中でなお蠢いていた獣の、大きな目が見開かれる。ソレはベイラー達を一瞥すると、数度の瞬きの後、体全体が脈動する。体から伸びた4本の柱は、さらに天を突き刺すように長く長く伸び続けている。そして、自分達が腕だとおもっていた部位が、穴の淵に手をかけた。
手、というのは指先がなく、ただの棒状の肉片だった。その圧倒的な大きさで、どうにかつっかえ棒のに代わりになっている。その、腕(仮に腕とする)は、獣にはざっと10本ほど生えているのが目にみえて、サマナの頭はくらくらし始めた。
「くそ! せめて腕なのか足なのかどっちかにしやがれ! あいつもいったい何考えてるのか分からないし! なんなんだよアレぇ! 」
《何がどうなっているのだ》
「とにかくなんかヤバそうってのだけはわかった! カリン! 」
「ど、どうかして!? 」
新たな存在の出現に苛立ち続けながら、進言する。今この場にいるのは、間違いなく悪手であると、サマナの直感が告げている。獣が立ち上がりっている余波で、王城跡地はどんどん崩落が進んで煮る。このままではまた地下へと逆戻りしてしまう。そして少なくとも、あの少女がセブンの味方である以上、自分達の敵である事には変わりがない。
「退こう! とにかくなんかヤバイ! 」
「え、ええ! そうね! 皆! 港まで撤退よ! 」
この場で棒立ちしているよりはずっといいとカリンも判断し、皆に檄を飛ばす。戦いでは、考えるよりも先に体を動かす必要がある。カリンはその必要を経験的に知って居た。
「(アレがなんであるか考えるのは後! 今はとにかくこの場から逃げないと)」
《カリン、双子が壊した門がある! そこから港がある第12地区まで行ける! 》 「ずいぶん」
少女の発言で、その場の空気が凍った。人間関係に亀裂が走った時のように空気が凍ったのではない。空気が物理的に張り詰め始めた。空気中の水分が凍り始め、足元に霜が降りていく。
「ずいぶん、セブンをいじめてくれたのね」
《か、カリン、体が》
「さ、寒い」
カリンの吐き出す息が白くなっていく。コックピットは本来、人間が快適に過ごせるようにベイラーによって温度を調節されている。夏場は涼しく、冬場は暖かい。その調節機能が全く効果を発揮できなくなるほどの、圧倒的な寒気が、少女の体から周囲へと満ち満ちていた。
「(これが、彼女の力!? 彼女は物を凍らせるの!? )」
《サマナ、コレは》
「だ、駄目だ、手がかじかんで」
ベイラー達がたまらず膝をつく。ベイラー達本人には全くの無傷だが、乗り手たちの手がかじかみ、操縦桿がうまく握れなくないために、共有がされなくなっていく。共有が切れたベイラーでは、人間のように自由に動く事はできない
《ならば! 》
超常的な力を前にし、コウがその手を開く。
《炎で熱を与えてやればいい! 》
「ええ! 行くわよコウ! 」
《おまかせあれ! 》
《「サイクル・リ・サイクル! 」》
全身から炎が吹き上がる。凍った手足が温まり、その場で動けるようになる。コウの炎を受けてカリン達だけでなく、他の仲間たちも動けるようになっていく。
その様子をみた少女は、別段気にならないように、ただため息をついた。
「無駄な事を」
「なにを! 」
「これは力じゃない。在り方。だから」
コウの炎により暖められるよりも先に、彼女の冷気が勝っていく。すでに地面には霜ではなく氷が張り始めていく。そしてついには、コウの炎さえ、その冷気で凍りはじめた。ゆらめく炎が氷の結晶の中で鎮火されていく。
「抗うことなんて、できない」
《あれ、これ、まずいんじゃ》
そして、コウの炎があっけなく凍ってしまう。動けるようになったはずの仲間たちが再び膝をつく。寒さはそのまま人の活力を奪う。活力がなくなれば、そのうち、思考すらままらなくなってしまう。思考がなくなれば、人は睡魔に襲われる。
「まるで、ここだけ真冬になったみたい」
《コレただの冷気じゃない》
「そんなの、わかってる――けど――」
《だ、だめだカリン! 寝るな! みんなも! 》
「ッツ! 」
冷たくなっていく体は眠りを誘発する。もしこのまま眠ってしまえば、もう目覚める事はない。
《(サイクル・リ・サイクルでも抗えない、こんなのどうすれば)》
「そう。そのままなにもしない。なにも、できない」
少女の声が、頭の隅に入り込むように、静かにしみこんでいく。
「そのまま、何も感じないまま、死んでいけばいいの」
《(俺は寒さを感じないけど、カリンは別だ! )》
コウは必死にこの力から脱出する為の術を探し出す。ベイラーの体は寒さをもろともしない。だがこのままでは、カリンがコックピットの中で凍死してしまう。カリンだけではない。生身の体では、この冷気を浴びてしまっては、無事でいられようはずもない。
《クソ、ならサイクル・ジェットで》
緑の炎を意図的に消し、推力として灯すサイクルジェットの力を活用する。当然体は前に進もうとするが、炎が猛って推力になるより先に凍っていく。
《嘘だろ!? サイクル・ジェットがたき火にもならないのか!? 》
「で、次は何をするの? 」
少女は、感心するでも不満を表すでもなく、どこか退屈そうだった。
「言ったでしょう? 力じゃ抗えない」
《力で、抗えない? 》
「この身がある限り、周りは止まって死に絶えていく」
《なら、なんでセブンは死んでいない!? 》
ローディザイアによって体に大穴を開けられたセブンであるが、その傷口は、少女によって凍り、それ以上、血が流れる事もなければ、傷口が広がってもいない。なにより、彼の上半身は裸であり、この冷気を浴びれば凍傷を免れない。だが、呼吸こそ浅いものの、彼は生きている。加えて、彼の吐き出すか細い息は、カリンのように白くなっていない。それはつまり、彼の周りの空気は冷えていない。
《君は、この冷気を調節できるんだろ!? だからセブンの傷口だけを凍らせられるし、セブンはまだ生きている! 力じゃないとか、在り方だとか、そんな言葉で誤魔化さないでくれ! 》
「だって、彼は特別だもの」
《セブンが、特別? 》
「彼は、在り方を認めてくれた。だから、特別」
「あ、ああ。そうだとも」
呼吸を整えながら、セブンが口を開く。彼は、隣に立つ少女の存在が信じられないといった口ぶりだった。それでも、言葉の端々から、喜びがにじみ出ている。
「私の、彼女には、強い絆がある。君たちベイラーと、乗り手のように」
《絆? 》
「セブン。もうお話はいいわ。この人たちはもうすぐ死ぬ」
「ああ。そうだね。もうすぐ、君たちともお別れだ」
呼吸を整え終わったセブンは、悠然と立ち上がる。胴体にあった大きな傷跡は、氷の結晶となって塞がっている。傷だけが明確に塞がり、そのほかの器官にはまるでダメージが無かった。
《(な、なんで内蔵を凍らせて立ち上がれるんだ? )》
コウの頭に浮かんだのは、順当な疑問だった。傷口を凍らせれば、確かに傷口は塞がる。だがセブンの場合、胴体を貫通すつ傷である。失われた血液や、内臓の損傷まで止まっているのは、とても凍っただけでは説明できなかった。
《(ただの冷気じゃない。一体、なんだ)》
「コウ……もう、駄目」
《カリン!? ッ》
疑問が浮かんでは消えながら、仲間たちが一人、また一人と倒れ込んでいく。サイクルジェットで灯した炎も、すでに凍って動かなくなった。そしてカリンはついに操縦桿を離し、意識が薄れていく。冷えは体の末端から侵攻し、やがて体の芯を凍らせていく。眠ったが最後、それは抗う事はできない。
《みんな! 起きろ! 起きてくれ! 》
「これでおしまい。さぁセブン。帰りましょう。まずは傷を治さないと」
「ああ、そうだね」
軽い足取りで彼らは、背後でうごめく巨大な獣へと向かっていく。
《(帰る? 帰るって、アレが家? いやそれよりも)》
体中が凍り、サイクルがガタガタと音を立てて。満足に回せなくなっていく。生やして削ることで動くベイラーの関節は、砂を噛むだけでも十全に機能しない。その関節に霜が生えようものなら、歩く事はおろか、立ち上がる事もできない。
どんなに強くなったコウも、例外ではない。動かなくなりつつある体を引きずりながらも、コウはある言葉が引っかかっている。
《(治す? セブンは、治ってないのか? )》
彼らは、傷を治しに帰るといった。だが今、セブンの体は確かに動いている。治療が終わったようにしか見えない。
《(爪だってすぐに生えたんだから、すぐに治るもんだとおもったけど)》
セブンが使う、象徴的な七本の爪。それらの爪は耐久性がお世辞にも高くないが、何度折れても生え変わる特性がある。もし、彼の肉体も、その爪と同じように治ったとしても不思議ではない。だが、彼の体は、大穴を開けられたまま塞がっていない。正確には、凍った体以外は元のまま。
《(そういえば、爪も生え変わってない。なんでだ? )》
冷気で思考がクリアにならない。答えのでない問いだった。
《(何か、何かあるはずだ。この冷気が、ただの冷気じゃない秘密が)》
だが、その答えがでるより先に、コウの体が限界を迎える。ついに立っていた膝が、凍ったまま折れてしまい、地面に無様に倒れこんでしまった。中にいるカリンは、シートベルトで無事――ではなく、つい先ほど、パームとの闘いでコックピットの外にでる為に、シートベルトを外して、そのままだった。
結果。体を固定しないまま、眠りかけていたカリンは体を投げ出され、強かに頭を打つ。ゴンっと鈍い音が出て、一呼吸おいて、カリンは打った額を手でさすりながら、苦々しい声を上げる。
「――あ゛ー、久々にやったわね。コレ」
《ご、ごめん》
「いいわ。おかげで目が覚めた」
《でも今度からはちゃんとベルトを締めて》
「そうする」
だが、その痛みさえもはや懐かしかった。初めてコウに乗ったその日も、コックピットで頭を打って失神した。今度は、失神中に、頭の痛みでカリンは強制的に目覚めている。
「まだ、まだよ! 」
「人は、抗うのだけは得意ね」
「当然よ! 」
「なぜ? このまま、何もせず、眠るように息絶えるのがそんなに悪い事? 」
「なら聞くわ! この力は、在り方だという! 」
「確かに、そう言った」
「なら貴女は、他の生き物が、同じように、眠るように息絶えるのに、貴女は何も感じないというの!? 」
「感じないわ」
もはやそれは、会話にすらなっていなかった。
「この星の生き物がどうなっても、どうも思わない。この星が、受け入れないというのなら、いいでしょう」
そして、銀髪の少女はさも当然に宣言する。
「この在り方で、星を覆ってしまえばすむ事だもの」
「(だ、駄目だわ。この人を、いや、この存在を認めてしまっては)」
《(本当に、俺たちを絶滅させるだけの力がある)》
冷えによる手の震えと思考の鈍化は変わっていない。頭から流れた血の生暖かさで、どうにか意識が途切れていない。その暖かさも、いつ消え去るか分からない。それでも彼らは、目の前の少女を睨みつける。この冷気を生み出す少女が、このまま自由に闊歩するような事があれば、地上には永遠の冬を迎える。この少女には、それだけの力がある事を、まざまざと見せつけられた。
少女は、未だ立ち上がろうとするコウに、そして、中にいる乗り手へと、心底呆れかえった声でしゃべりかけた。ほぼ憐憫であった。
「まだ生きているのね」
《まだ生きていたいからね》
「人はいつもそう。そんな事をしても無駄なのに」
《「それを決めるのはお前じゃないッ! 》
コウとカリンの意思が重なり、凍ったはずの緑の炎が再び灯される。氷が内側から溶かされ、周囲に湯気となってまき散らされる。緑の炎が、仲間たちに降り注ぎ、凍った体を温めていく。例え打開策が思い浮かばなくても、人は火を灯すことはできるのだと、銀髪の少女に見せつけるように。この行いが、決して無駄ではないと吠えるように、毅然として立ち上がる。
「何千年経っても変わらない。本当に、本当に鬱陶しい」
《(立ち上がってみせたけど、ジリ貧だなぁ!? )》
もはや二人は意地で立ち上がっている。倒れる訳にはいかない。だが、倒せる相手とは思えない。だが倒さなければ、人間は、ベイラーは生き残れない。
「一体、どうすれば」
《――搭乗者。視界はよろしいですか》
「あ、ああ! 余は、何とかなっているぞ! 」
その時、背後でこの場に不釣り合いな声が聞こえた。片方は事務的に事を進めるような声。もう片方は、成れない動作に四苦八苦して、声が震えている。
「余が、本当に乗ってよかったのか? 」
《それが、前搭乗者の希望でした。まずは歩行を》
「う、承った! 」
そして、一歩ずつ、ゆっくりと歩いてくる、ひとりのベイラーが、コウの前へと進む。それこそ、月より飛来した、グレート・ブレイダー。
《ま、まさか、その声は》
「陛下!? 」
「余の妻ながら慧眼である」
乗り手は、あの、カミノガエであった。操縦桿をしっかりと握り、銀髪の少女の前に立っている。
《だ、駄目だ! あの人の前に立ったら氷漬けになる! 》
《地上のベイラー。警告は不要です》
グレート・ブレイダーは、鬢髪の少女の力をうけてなお、関節は凍っていない。それどころか、その肌には霜のひとつも降りていない。歩き一つとっても、少女の力の影響をまるで感じさせない、軽快な動きだった。
そして、グレート・ブレイダーを見て、今まで飄々としていた少女の声が、明確に、敵意を孕んだ声へと変わった。縦に長い瞳孔が、さらに細く鋭くなる。
「ああそう、いるわよね。絶対に現れると思った」
《今すぐ地下へと戻りなさい。そうすればこれ以上の実力行使はしません》
《(ブレイダーと知り合いなのか?なんか口調も変だし)》
コウは、銀髪の少女の代わりように驚くと共に、ブレイダーとのやり取りを聞きとる。彼らは旧知の仲なのか、自分達よりも、きちんと対話しているように見えた。もっとも、彼らの仲は最悪で、凍った空気の中で破裂しそうな怒気をはらんでいる。
《二度目の警告。今すぐ地下へと戻りなさい》
「嫌」
《警告を無視するのか》
「ええ。三度目はどうするの? 」
《三度目はない。実力を行使する》
ブレイダーは、両手にサイクルブレードを生み出す。この極寒の環境下で、サイクルが動いている事にも驚きだが、中にいるカミノガエが一番驚いている。
先ほどまで乗っていたパラディン・ベイラーとは、動きの滑らかさが段違いであり、乗り心地も抜群で、同じベイラーに乗っているとは思えなかった、
「おお! 余の、思うがままに動く!」
《搭乗者。緊急時の為、本来の運用ではない方法を行います」
「緊急時? 運用? 」
《口頭による認証です。これより『獣』を全機で攻撃します。許可を》
それは、ブレイダーが何気なく求めた許諾。カミノガエは特段気にすることもなく、ただ、今までとはまるで桁違いに異なるベイラーの存在に、酔っていた。
「なんだかしらんがとにかく佳い! やってみせよ! 」
《承諾》
「――ん? まて? 全機? 」
故に、ブレイダーの言葉の半分も聞いておらず、その意味を考える事もない。だが、ブレイダーは許諾を求め、そしてカミノガエは許可を出した。本来は、こんな簡単に許可を出さないように、厳重かつ、厳格に管理された方法で、ブレイダーが使う、彼の力の全て。
否。彼らの全て
最初の変化は、音の変化。気が付いたのは、上を見上げていたコウ。
《……なんだ? 》
「これって、サイクルジェットの音? 」
凍り付いた景色の中で、空だけが安寧としている。流れる雲を、一条の線が切り裂いていく。やがてその線はひとつでは無くなっていく。降り注いだ一閃が、雲を切り裂きすぎて、形を無くしたころ。地下から這い出ようとした大きい『獣』を、事のついでのように串刺しにしていき、肉片をあたりにブチ撒け、貫通して、彼らが着陸する。
氷結していた空気が一瞬にして溶けだし。あたりに水蒸気が立ち上る。視界が白飛びしながらも、
それは、地面に突き刺さる、巨大な剣たち。それらの外見は、すべて、グレートブレイダーと瓜二つ。彼らは、剣状態から変形し、人型へと姿を変える。その数49人。カミノガエの乗るブレイダーと合わせ、50人。
《予備機を導入しました。ブレイダー、攻撃を開始します》
《《《攻撃を開始します》》》
《投擲よーい》
《《《投擲よーい》》》》
50人全員が、両手にサイクル・ブレードを作り出す。ベイラー達が作り上げる、標準的な片刃のブレード。切れ味に富んでいるものの、薄く脆い使い切り。何度も作る事ができるベイラーならではの武器。月から飛来したブレイダーたちにとって、少女の冷気は何ともないのか、サイクルは十全に動き、動く事に加え、武器を作る事にも成功している。
そして彼らは、その作り上げたブレードで、少女を、そして、背後にいる巨大な『獣』目掛け、一斉に投擲し始めた。膨大な数のブレードが少女へ、50人がそれぞれ2本ずつ。計100本の刃が無慈悲に向かう。少女ひとりを滅するには十分すぎる攻撃である。
「させるかぁああ!! 」
しかし、少女には、ただひとりの味方がいた。腹に空いた傷口が再び開きながら、七本の爪が、少女に襲い来る刃、そのすべてを、ことごとくを撃ち落としていく。もはやそれは、人間が習熟できる技巧を超えた、圧倒的な速さ。圧倒的な力によって成し遂げられた、あまりにも雑多で、確実な防御法。
ブレイダー達が放った刃は、セブンたった一人の手で防がれた。
《人の裏切り者が騎士を気取るか》
「正真正銘の騎士だとも」
「もう。そんな事をしなくても大したことなかったのに」
「私が、したかったのだ」
「ええ。そうでしょう。セブンはそうなのでしょうね」
セブンの、献身にも見える行動を、感心はおろか、ねぎらうでもなく、こともなげに少女は告げる。
(余は、何も、しておらん)
コックピットの中にるカミノガエは、視界の共有を行っているものの、目の前で起きる戦いにまるで入ってこれない。操縦桿を握っているものの、自身でブレイダーを操縦していない。彼らは、彼らの意思で動いている。
(余は、一体、何を許可してしまったんだ? )
目の前にいる敵は、強大で恐ろしい。セブンの力も、銀髪の少女の力も、カミノガエでは打倒などできはしない。それでもなにより、今自分が胸に収まっている、このコックピットと、そのベイラーが、何より理解できず、恐ろしかった。
わずかに茫然としていると、乗っているブレイダーから声が届く。
《搭乗者。聞こえますか》
「あ、ああ! 聞こえる」
《外気が温まりました。他のベイラーを連れてここを離脱します》
「り、離脱? 逃げるのか? 」
《いいえ。戦線は維持します。ですが、ここでは巻き込まれます》
混乱の加速させるように、ブレイダーがまくしたてる。
《『獣』が本体を露出させます。ここにいては危険です》
「本体? 露出? 」
《お急ぎを》
「ええい! 何を言っているのか全く分からん! だが! 」
極度の混乱の中、ただひとかけらの正気を繋ぎ止めているのは、彼が、ブレイダーであり、そのブレイダーを託したのは、他でもない、剣爺と慕った、剣聖ローディザイア。彼が遺したこの力は、決して無為にして良いはずもなかった。
「佳い! 他のブレイダーを使ってここを離れる! 」
《了承》
カミノガエの声を受け、ブレイダー達がわきわきと動き出す。
《な、なんだなんだ? 》
《みんな同じ顔に、同じ体だ》
ブレイダーと瓜二つの顔。そして同じ体を持った、カミノガエの乗っていない他のブレイダー達が、えっちらほっちら龍石旅団の面々を担ぎ出し、その場から撤退を始める。関節に霜が降り、満足に動けないコウ達にとっては不本意な形でも運搬だったが、身動きが取れないのであれば仕方なかった。
「ブレイダー! 王城を破棄! 急げ! 」
《承諾》
港へと一斉に後退しはじめる、50人のブレイダー達。銀髪の少女とセブンは、彼らを追いかける素振りは見せなかった。
「(背中を刺さないのは、なんでだ? )」
《搭乗者。『獣』本体の露出を確認! 加速します! 》
「よi――」
《承諾》
もはや返事を待っていなかった。ブレイダーはその場で背中のサイクル・ジェットを点火して全速力で走り去っていく。他のブレイダー達も同じように加速をかけ、まるで雪崩のように勢いづいていく。
《な、なんだってんだ!? 》
「コウ! 見て! 大きい方の! 」
《大きい方? 》
他のベイラー達も、ソレを見上げた。
月から飛来した49人のブレイダーが貫通した事で、至る所に肉塊が噴出している。そして、仮に腕としていた部位も、支えを失い、ぐらりと揺れたのちに、地上へと崩れ去っていく。死肉が骨から剥がれ落ちていくように、肉片が、『獣』を押し込んでいた地下へと降り注いでいく。高熱によって肉が焼け、黒煙がもくもくと立ち上る。穴をふさぐように、大量の血液らしきものがあふれ出ている。
「『獣』が、崩れていく? 」
《死んだのか》
「いや、アレは」
崩壊しているとしか言いようのない、『獣』の変化。同時に、あたりが、少しずつ、少しずつ暗くなり始めた。
「(そういえば、もうどのくらい戦っているのかしら)」
いつの間にか。昼はとうに過ぎ去り、夕方になりつつあった。カリン達は、この戦争が始まってから、太陽が傾き、西日が地表を照らす時間になっている。
「もう、夜になるのね」
《ああ、夕陽があんなに……明るく……》
夕陽が大地を淡く照らしはじめると、その光が、わずかに歪んでいるのにコウは気が付く。本来であれば、太陽を直視してしまいがちの夕陽の光が、何かに遮られ、光がキラキラと拡散している。
《違う、この、光は》
マグマに落ちた肉片が燃え尽き、黒煙が晴れた頃。この空を覆う、蠢いていた肉の中から、生物とはかけ離れた物が現れている。
《あれが、この星に堕ちてきた『獣』》
《獣? アレが? 》
何より目を引くのは、巨大な、恐ろしく巨大な結晶体。
全長は、200mはくだらない。形状は、透明な十二面体に見えた。その表面は氷山のように荒々しく、水晶のように透き通っている。そして中央に、ひときわ大きな、大きな眼球がある。目である事は確かだが、透明な結晶には、目以外に見当たらない。眼球ではあるものの、それは形として存在しているだけで、生物に備わっている、器官としての眼球とは。とても思えなかった。何より。
「こ、こっちを、見ている」
「なんで、こっち見てるんだ」
「ヤダ、ずっとリオと目があう」
「クオともあってる」
《(な、なんだ? なんでこの結晶は)》
乗り手がそうじて怯えている。それは、あの巨大な眼球と、ずっと目があっていて、気持ちが悪くなっている。目をそらしても、強制的に目があってしまっている。それは、ベイラー達も同じ。だが彼らが、一番困惑している点は、ただ一つ。
ここにいる全員が、自分と目が合っていると言っている。
《ありえない。大きいからって、そんな事になるはずがない。》
巨大な眼球ゆえに、錯覚しているのか、それとも、あの六面体の水晶が何か反射しているのか。そもそも、アレは眼球なのかさえ分からなかった。
《(アレは、勝つとか、負けるとか、そういう次元の話じゃない)》
夕焼けに浮かんだ瞳が、誰を見つめるでもなくぎょろぎょろと動いている。見る者に平衡感覚を失わせるようのな不快感と、夕陽を透化する結晶が、宝石のように輝いている。獣が現れたその景色は、見る者全ての、過去の認識を、多大に侵食し始めていた。
いろいろありますので一部改訂。




