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セブン対ローディザイア


 近衛兵達の死肉が依り代となった。アイとパームの手によって、その身を灰としたはずの剣聖がそこにいる。背後には、月から降ってきたグレート・ブレイダー。


「(あの白いベイラーの炎が、灰となった剣聖をよみがえらせたというのか)」


 ゆっくりと立ち上がる剣聖ローディザイア。その眼光はなんら衰えを見せない。未だ血の滴る唇か声が響いた。その声は、死人とは思えないほどに軽やかで、まるで歌声のようだった。


「初代剣聖殿か」

「現代の剣聖か」


 お互いに剣聖の名を持っているが、その意味は全く異なる。セブンは、この星を飲み込む災厄。災厄である事を、民草が忘れる事で、かつての人々は、彼を亡き者にしようとした。そのための使われたのが、この偽りの称号であった。そして、現代の剣聖ローディザイアは、その災厄を、帝都の長である皇帝と共に封じる為に遣わされた、まごうこと無き最強の称号。


 セブンの称号は偽りである。だがその力が劣っている訳ではない。


「そんな体になってまで、ご苦労な事だ。あまつさえ『次の』ブレイダーまでもう用意してあるとは」

「この身は、あまりに老いた。すでブレイダーには告げていたのだ」


 ローディザイアが手を掲げる。すると、その手に目掛け、背後にいたグレートブレイダーが、人間用のサイズに調節したサイクルブレードを投げてよこした。サイクルの力によってできた剣はお世辞にも硬くない。だがその切れ味だけはどんな刀剣にも劣らない鋭さを誇る。


「この身が死する前に、新たなブレイダーを用意しておくように」

「剣爺、本当に、剣爺なのか? 」


 二人の空気を割くように、おずおずと話しかける皇帝がいる。カミノガエは、目の前で起きた事が何一つ信じられない。異常な光景の連続であった。


 近衛兵達が突然覚悟を決めたと思えば、その命を投げ出すような事をしはじめ、そしてセブン相手に成す術なく惨殺された。だが次の瞬間、バラバラになったはずの近衛兵達の体に緑の炎が奔り、気が付いたら、カミノガエが、肉親の居ない彼の中で唯一心から信頼していた、あの剣爺が立っていた。過程はまったく理解できなかった。だがその結果に関しては、夢でも幻でもなかった。堪えていた涙がは止まることなく、顔がくしゃくしゃになっていく。


「死んだ、のではなかったのか」

「お許しを、陛下。この老いぼれはまだ死ぬわけにはいかぬというのに」

「佳い、佳いのだ剣爺、まさか、死の淵から甦ったのか」

「蘇った訳ではありません」


 首だけを振り向き、目を合わせる。血肉は骨に縊りついているが、どこか動作がぎこちない。


「わずかに、先延ばしにしただけで、この身はながくありません」

「そう、なのか」

「この血肉は、どなたのもので? 」

「近衛兵だ。シーザァーの部下たちが、お前の声を聴き応えた」

「なるほど」


 手を開き、握り、そして構える。機械に油をさした事で、ぎこちない動作が少しずつなじんでいくようだった。そしてサイクル・ブレードを、セブンへと構える。


「陛下、シーザァーを褒めてやってください。あやつは、よい部下を育てた」

「承ったぞ。剣爺」

「それでは陛下。行って参ります」

「――」


 ローディザイアは言った。この身は長くないと。別れの言葉すらかけることもなく死んでしまったローディザイア。その彼が、今再び戦おうとしている。ここでローディザイアを止めることはできる。ただカミノガエが『行くな』と言えばよい。まだ話したい事がたくさんある。戦うのはその後で佳いと。もう帰ってこないのはわかり切っている。


「(帰ってこいなどいえぬ。ならば)」


 死にに行くのではない。だが勝つにしろ、負けるにしろ、死んでしまうのは変わりない。ならば、なんと声をかけるのがよいのか。カミノガエは考え、そして身近にあった言葉を選んだ。  

 

「また共に。剣爺」


 カリンの故郷で使われる、別れと祈りの言葉。今はもう会えなくなってしまうかもしれないが。それでもまたいつか出会える日を楽しみにしている。そんなささやかな願い。


 くしゃくしゃになった顔のまま、笑顔で手向けたその言葉をきき、ローディザイアは心の底から、安心した。肉親を失い、人を信じる事をしなくなった皇帝が、泣き、笑い、そして、この身を信じて送り出してくれた。それだけで彼が戦う理由になった。

 

「(ああ、佳い顔をされるようになった)」


 その変化と影響を誰に受けたのか。話したい事はあった。だが今は、目の前の男を切り捨てねばならない。さもなければ、カミノガエの、ひいてはこの星は『獣』であふれてしまう。


「いざ勝負」

「死に損ないが私に勝てるものか」

 

 セブンが両腕に爪を生やし、ローディザイアの体を切り刻まんとする。剣の間合いよりも遠くから振るわれたその爪を、ローディザイアは剣で受けることなく、最小限の動きで躱す。彼の得物はサイクル・ブレードであり、一度刃に触れてしまえば容易く刃こぼする、防御にはまったく向かない剣である。故にローディザイアは躱す事しかできない。


「(なるほど速い。だが)」


 ローディザイアは、一歩ずつ、歩くように、セブンを間合いに収めるべく近づいていく。首を落とさんとして襲い来る爪を、手足を切り裂こうとして突き刺される爪を、最小限の動きだけで躱し続ける。


「(躱せない速さではない)」

「(これが、死肉から蘇った男の動きか? )」


 両手の爪でなんど切り裂こうとしても、ローディザイアの体を切り裂く事ができない。間合いにはまだ遠いとはいえ、このまま近寄られるのは危険であった。


「(二本では足らないか)」


 そして、己の力をさらに引き上げる。背中から5本の爪を生やし、さらに苛烈にローディザイアを追い詰める。2本の時とは打って変わり、ローディザイアは最小限の動きで躱すものの、完全に躱す事は困難になり、大小さまざまな、無数の切り傷をその身に刻んでいく。


 それでも、致命傷に至る事はない。たった1本の剣を握りしめて、ローディザイアは、己の間合いへとセブンを納めた。


「この男」

「まずは一太刀」


 無数の傷を受けてなお、ローディザイアは怯まない。腰をわずかに落とし、両手で握った剣を大上段に構える。そして、1歩。躱した時よりもずっと大きく動く。


「馳走せん! 」


 7本の爪を超え、その胴体へと一太刀。サイクル・ブレードが奔る。横方向に薙ぎ払われた一撃。それはセブンの体の中心点を捉えた剣戟だった。鮮血が宙を舞い、ポタポタと雫が零れ落ちる。ここで初めて、セブンの体に、爪ではなく、本体に傷がついた。


「(爪の防御を超えてなお、この体に剣を届かせた? )」


 驚いているのは、他でもないセブン自身だった。ただの薙ぎ払い。それを防ぐことは訳ないはずだった。7本あるうちの爪の3本を胴体へと回し、確かに防御した。にもかかわらず、ローディザイアの一撃は、確かにセブンの体に一太刀を浴びせて見せた。


「(侮りが、こうも響くか)」


 滴り落ちる血を、茫然と眺めながら、セブンはローディザイアを見る。仮面の奥でわずかに揺れたその瞳は、たしかに動揺している。


 それは、自分の体に傷をつけた事への動揺ではなく、背後に立ったブレイダーが、今だ動いていない事への不気味さから来ている。


「(私の後の剣聖の技巧かこれほどまであるならば)」


 彼の動揺は、傷をつけた相手への、わずかな予感。


「(まさか、私を倒せるだけの技を、()()()すら使えるのなら)」


 それは彼がたった一度の敗北した原因の技。7本の爪すべてを切り落とし、かつ、本体にも致命傷を与えうる、人とベイラーが一体となって使う技。ブレイダーは、今は沈黙を保っているが。動き出せばどうなるか定かではない。


「(ただの剣士があの技を使っても対応できる。だがこの男が使ってくるのなら、それは、私にとっても、『彼女』にとっても脅威になる)」

「威勢が消えたな。初代殿」

「(だが、今、奴は無防備)」


 一撃を加えた事で、ローディザイアは刃こぼれしたサイクル・ブレードを捨てる。手を掲げれば、ブレイダーが再び剣を投げてよこした。クルクルと片刃の剣が宙を舞う。


「(確実に仕留めるならば、今! )」


 7本の爪を仕舞い、右手を真っ直ぐ伸ばす。彼にとっての絡め手。


穿孔一閃(せんこういっせん)

「ッツ!? 」


 真っ直ぐに伸びる。細く鋭い爪。間合いの外からの攻撃であり、致命傷も与えられるが、本命は、爪に塗られた毒にある。どこに当たろうとも、当たりさえすれば、即効性の高い麻痺毒により、全身の身動きが取れなくなってしまう。そうなれば、如何にローディザイアでも確実に倒す事ができる。


 穿孔一閃で伸ばされた爪は、ローディザイアの心臓へと風の速さで伸びていく。動きを察知できなかったローディザイアは、躱す事はできなかった。


「ッツクァアアア!」


 心臓に伸ばされた爪を、先んじて、左手を間に挟む。ローディザイアの左手を爪はいともたやすく貫通し、胸元へと迫った。


「(よし、当たった。これで)」

「許せ兵士達! 」

「(なんだ? )」


 ローディザイアは、当たった左手を、強引に引き千切るように振るった。真っすぐ伸びた爪を曲げる事はできなかったが、体は爪から逃す事ができた。そして、宙を舞っていた新たな剣を手に取ると、躊躇する事なく、()()()()()()()()()

  

「――ほう」


 一連の行動に、セブンは思わずため息をついた。穿孔一閃を間一髪で致命傷を躱したのは、さきほど黒騎士が見せている。完全に躱す事はできなくとも、致命傷を回避する事はできる。だが、毒の方を無力化するのは初見であった。


「毒が回る前に、患部を切断するか。大胆だ」


 セブンは賞賛の声を惜しまない。だが、同時にひとつの事実を突きつける。


「だが、右手一本で勝てるのか? 」

「この身、だけでは無理であろう」

「ならば、なぜ? 」

「のう、ブレイダー」


 ローディザイアは、さきほどから指示だけを飛ばしていた相棒に声をかけた。


「そろそろ、見稽古(みげいこ)は終わったであろう? 」

《――》

「力を貸してくれんか」

《――了承》


 それはひどく冷たい声だった。ローディザイアの事を『ローディ』とあだ名で呼び慕う、あのブレイダーとは全く異なっている、声そのものや、姿形や色彩は全く同じである為に、その違和感は顕著に表れている。だが、ローディザイアの言葉を受け、ブレイダーはついに動き出した。


《搭乗者。乗り込みますか? 》

「いや、このままでいい。できるか? 」

《了承》

()()()とどこまで同じだ?」 」

《ほぼ全ての技巧は習得しました》

「ほぼ? 」

《口調は見ていないので習得できず》

「……そうか」


 ほんの少し、ほんの少しだけ、ローディザイアの目がうつむいた。同じ声。同じ姿。それでも、後ろにいるベイラーは、もう相棒ではないのだと。そして、自分が思っていた以上に相棒に入れ込んでいたんだと、自覚してしまった。自分は蘇ったが、相棒は蘇る事はできなった。


「木我一体にまで成っても、分かたれるものだな」

《搭乗者》

「いい。アレを使うぞ」

《了承》

「この目で見るまで、あの技がなぜ、あんな大仰な動きをしていたのか分からなかったが、ようやくわかった。あの技は、このためにあったのだな」


 ブレイダーと共に、ローディザイアが構える。左手を無くしたまま、右手に1本の剣を。ブレイダーは、両腕で二刀流を。双方の構えは、それぞれ対照的になっている。その構えを見たセブンは、己の予想が正しい事を知った。


「その技は、まさか」

「そうだ。これこそ。初代剣聖を、いや、七本爪の(セブン)災厄(ディザスター)を退けるべく編み出され、脈々と受け継がれし奥義」


 未だ両者は間合いの外。だが7本の爪で襲えば、少なくともセブンは攻撃できる。それをしないのは、ローディザイアが繰り出そうとしている技の性質を理解しているが故。


 かつてセブンを葬ったのは、7本の爪の全てを一瞬にして切り落とし、その顔に決して消えない傷を残した、ベイラーと乗り手で行う、不可避の同時攻撃。剣聖は踏み込みで、ブレイダーは技量で埋めていく。二人の剣士が、それぞれ対になる動きをすることで、一人の剣士が、三刀を振るうと同じ威力となる。その名を。


龍星乱舞(りゅうせいらんぶ)!! 」

「お、おぉおおお!??! 」


 ベイラーと、剣士とが、互いに違いの攻撃の対称から剣戟を振るい続ける。たったひとりの相手に向けて振るうには、いささか手数が多すぎる技。実際、黒いベイラー、アイに向けて放った時は、硬すぎる表皮を切り裂くべく、剣戟を一か所に集中していた。本来、単一の相手に乱舞する理由がない。だが、それもすべて、この初代剣聖を攻略する為。縦横無尽に動き、斬り飛ばされても再生する7本の爪。それら全てを、同時に、かつ瞬時に切り裂き無力化するための乱舞。


「(だが、この技さえ耐えれば!! )」


 セブンも、この技の存在は知って居た。龍星乱舞は、避ける事も防ぐ事もできない。だが、爪を切られるよりも先に、相手に一撃加えればよい。


 思考している間にも、すでに2本の爪が切り落とされている。時間は無い。


「(この乱舞は強力。だがそれは、二刀と二刀が揃った時のみ! )」


 窮地であったが、一縷の望みも存在している。それは先ほど、穿孔一閃を防ぐ為に切り落とされた左手。本来二刀流の剣士とベイラーで放たれるのが龍星乱舞である。それぞれが対称的に動く事で、避けられる余地をなくし、かつ返しを(カウンター)狙う隙を与えない。だが、今は不完全な形で奥義が放たれている。ローディザイアが一刀であるために、対称で動き続けても、どうしても一手分足りていない。


「どれだけ爪が削られようとも」

「むぅ!? 」

「間合いの中であれば! 」


 その一手分で。セブンは戦況をひっくり返す。右腕に生えた爪が切り裂かれたその瞬間。ローディザイアの元へと飛び込んだ。体を至近距離で密着させ、ローディザイアの動きを、一瞬封じる。


 剣の間合い。そのさらに内側へと、自ら踏み込む事で、龍星乱舞を事実上、無力化してみせた。


「これでブレイダーからの攻撃はできまい」

「――と、おもうであろうな」


 零距離である。剣の間合いはおろか、拳の間合いですらない。投げるか極めるかしなければならない距離感でなお、ローディザイアの闘志は潰えていなかった。


「(奥義を打ち破った上でなお、この人間は勝つ気でいる? なぜ)」


 七本の爪をそろえ、勝利は目前だった。その上で、ローディザイアは、残った右手の剣を捨て、縋りつくようにセブンの体に掴みかかった。


「(首を絞める気か? だが)」


 とっさに手に生やした爪を引っ込め、首もとへと持っていく。セブンの思惑通り、ローディザイアは首を目掛けて手を伸ばしてくる。だが、右手に阻まれ、結局は首を掴む事はできない。


「危ない危ない。危うく首の骨を折られる所だった」

「――いや、これでいい」


 逆転の一手にも見えた行動すら、セブンは対応しきった。それでも、ローディザイアは冷静だった。それは敗北を認めずあがいているようには見えず、むしろ、勝利の為に、一手一手を着実に進めている者の態度であった。


「やれ! ブレイダー!! 」

「――まさか」


 ローディザイアの行動は、すべて予期できた。対応もできた。しかし、背後にいるベイラーに関しては、なんら思考を働かせていなかった。現状、新たなブレイダーは、ローディザイアの指示でしか動かない。自分で考え、行動しないベイラーなど、コックピットさえ両断できるセブンからしてみれば、取るに足らない相手である。


《了承》


 そして、ブレイダーは、指示の通りに、動いた。



「―――あら」

《ここは》

「お、おお! サマナ殿! カリン殿もコウ殿も目を覚ましたぞ! 」


 不気味な浮遊感が体に襲いながら、カリンが目を覚ました。ずっと早い目覚めであったが、それでも状況が把握できない。パームとの闘いの中で、己の嗅覚を上書きするために、食い破った腕の傷だけが異様に目立っていた。


「シーザァー様? ここは一体」

《よしサマナ! 登り切れるぞ! 》

「(急げ! 陛下が危ない)」

「だから心で喚くな! あたしにしか聞こえないんだぞ!? 」

「オルレイトは、どうしたの? なんでそんな」

「姫様! 手短に説明するぞ」


 王城の地下深くから、サイクルボード(ほぼ船の形状をしている)で、上へ上へと上がっていたサマナ達。目覚めたばかりのカリンに、セブンの事、オルレイトの体の事をツラツラと説明する。どれも内容は突飛で信じがたいが、それでも状況は納得せざる終えなかった、


「(セブンが上にたどり着いてどれくらい経つ? 他の連中は大丈夫なのか)」 

 

 加えて、サマナの心配は、すでに上へと避難していたマイヤ達の安否である。加えて、ロープをこちらに下ろそうとしていた近衛兵達の姿が見えなくなっている。


「(それに、さっき、また月からなんか降ってきた。ありゃ一体なんだ? )」

「サマナ殿! 地上にでますぞ! 」

「おっしゃぁ! みんな捕まれ! 着陸する! 」

 

 心配事は、自分達が地上に戻れる高揚感で掻き消えた。少なくとも、背後でうごめき続ける獣の傍よりは、地上はずっと安心である。


「(まずはマイヤ達と合流しなくちゃ)」

「あ、あれは!? 」

「なんだおっさんうるさいぞ! 」

「サマナ! ブレイダーよ! 」

「ブレイダー? それって確か」


 大穴からようやく船体が脱出したとき、その光景が目に飛び込んできた。


 七本の爪を生やしたセブン・ディザスターと相対しているのは、あの剣聖ローディザイア。死んだはずの男が、なぜかそこにいる。代わりに、男たちの死体が無残に転がっている。悲惨な光景でああるが、それよりも、唯一、立っているベイラーの行動に目を疑った。


「な、なんで、あいつは」


 グレート・ブレイダー。それは剣聖の剣であり、カリンと死闘を繰り広げた相手。そのブレイダーが、ローディザイアごと、セブンの体を剣で貫いている。莫大な量の血があたりにまき散らされ、セブンも、ローディザイアも、そしてブレイダー自身の体にも、鮮血が降り注いでいる。赤黒いその血の滴りは、明確な死を表している。


「ローディザイアが、何で? 」

「ブレイダーが、そんな」


 状況を把握できた者など、第三者では居るはずも無い。ベイラーが乗り手ごと人間を殺すなど、聞いたことが無かった。


「よく、やった。ブレイダー」


 ブレイダーが、ゆっくりと剣を下した。ズルリと二人の剣士が剣先から外れる。ローディザイアは、満足気に、一方のセブンは、心底信じられぬといった表情で倒れ込んだ。


「最初から、相打ちする気だったのか」

「――それしかなかった」


 倒れた剣聖の体が、端からすこしずつ崩れていく。コウのサイクル・リサイクルの力でも、形を保つ事ができなくなってく。


「これで、勝ったつもりか? 」

「いいや。心底、情けない事だが、まだ勝てぬ」


 起き上がろうとするも、膝から先が崩れ、立ち上がる事もできない。


「ならばなぜあがいた。こんな、事を」

「しれた事」


 セブンもまた、立ち上がろうとするも、胴体から流れ出た血が止まらずに、立ち上がれない。


「遺す、為だ」

「遺す? 」

「我が力、我が剣。我が理念を伝える為に、生き恥を晒した」


 両者、共に立ち上がれない。最後の力を振り絞り、ローディザイアは声をかける。未だ相棒とならないブレイダー目掛け、明確な命令を下す。


「以後、白いベイラーに、従え」

《――搭乗者が不在》

「なら、搭乗者の選定は、好きに、せよ」

《好きに、とは? 》

「お前が、考えるのだ。お前の、考えで、動け」

《――了承》


 ブレイダーにそれだけ伝えると、剣聖は再び倒れ込んだ。もはや、力など残っていない。倒すべき敵はまだ目の前にいるのに、動かすだけの力が足りない、


「結局、最初の一太刀しか、馳走できなんだか。老いたものだ」

「剣聖様!? 」


 ローディザイアの元に、カリン達が集まっていく。コウ達も一緒だった。


「おお、お后様。よくぞ、ご無事で」

「貴方が、セブンを」

「一足先に、退く事をお許し下さい」

「剣爺! 」


 そして、誰よりも駆け寄りたかった相手が、ローディザイアの元へとたどり着く。体に大穴を開けて、体の端々が灰となって崩れていく中でも、カミノガエは構まわず抱きとめた。


「よく、よくやった」

「陛下。あまり、お褒め、なさらないでください。この剣爺、まだ、お役目は、果たしておりません。果たせませんでした」

「何を言う! セブンを打ち倒した! 」

「まだ、()()()()()です」


 一同が、その言葉の意味を飲み込むのに時間が掛かる。


「他に、居るのです。倒さねばならぬ相手が」

「それは、誰だ!? いや、何だ!? 」

「必ず、居ます。セブンを、災厄に変えた者が……その者を倒すのです。陛下」

「あ、ああ。必ず倒すとも! 」

「共に、戦えぬ事、お許しください。ブレイダーは、置いて……いき……ます」

「剣爺! 」


 もはや、ローディザイアの肉体は原型をとどめていなかった。蘇りの時間は尽きた。アイに焼き殺された時と同じように、灰と消えていく。


「(少々、長く、生きてしまった)」


 常人が死ぬ前に、半生を振り変える瞬間がある。走馬灯やフラッシュバク。それがローディザイアにも訪れようとしていた。剣に生きた彼が、己の人生を振り返ろうとした時。


 視界の端で、ある者を捉えた。


「(あ、アレは、アレは)」

「剣爺、もうよい。ゆっくり、休め」

「(違うのです陛下、アレは)」

 

 もはや、口を動かす事もできず、ローディザイアはただ灰と消えていく。


「(ああ、これが、ただ長く生きた者への、罰というのか)」


 どこまでも、彼には口惜しさが残った。


 戦いに明け暮れた彼に身内はいない。


 老いる前に、後継者を育てていれば。


 戦う事意外に、もっと他の事が出来たのではないかか。


 孤独になったカミノガエの顔に、影を落とさずに済んだのではないのか。


「(済まない。カミノガエ。何も、してやれなかったな)」

 

 最後の最後。ローディザイアは、カミノガエの頬に手を添える事が出来たかもしれない。さがそれは、彼の使命が許さなかった。戦いの中で若者より先に退いてしまう事が、どうしても許せなかった。何度も何度も謝罪の言葉を口にしながら、最後に、ソレを指さす。


「アレです。陛下。アレを」

「アレ? アレとは、一体」


 答えが返ってくるより先に、ローディザイアの体は灰と消えていった。別れを惜しむ時間も言葉も無かった。二度目の別れは、涙よりさきに、困惑をカミノガエにもたらす。


「剣爺、一体、アレがなんだというんだ」

「知りたい? 」


 そこに、聞いたことも無い声が、一同の耳に届く。ベイラーのような笛のような物ではない。肉声である。誰もが、その声の主を探した。ただ一人。その声を聴きいてから動かない者がいる、


「あ、ああ! あああああ!! 」


 それは、セブンの、感涙の声だった。感情が出ても、わずかに揺らいでいただけの彼は、その仮面の中でもわかるほど、歓喜と感動に打ち震えていた。セブンのその姿に驚きながらも、ベイラー達が、一斉にその声の主に身構える。コウがその姿を最初に見つけて、思わず気の抜けた声を出す。


《お、女の子? 》


 誰がどうみても、そうとしか見えない姿だった。身長はカリンと変わらず、簡素な服を着ており、体躯は細く、少々骨格が浮き出ている。だがその姿の異様さは、彼女の髪にある。 


 腰ほどに伸びたその髪は、まるで刃のように()()にきらめいている。


「貴女は、一体」

「何をみせればわかるかしら。ああ、そうだ」


 カリンの問いに、銀髪の少女は、あどけない表情のまま、その手を口の中に突っ込み、歯茎を見せた。ともすればはしたない行為である。初対面の人間に行い仕草ではない。


「コレで、わかるかしら? 」

「――」

《――な、なんで》


 唾が手に滴るのも構わず、少女は続けた。その歯茎を見せつけるように。彼女の歯は、ひとつ残らず尖っていた。それは人間の歯の形をしていない。


 牙が、ずらりと並んでいる。


「人間じゃない」

「ああ、ああああ! やった! やったぞ! 」


 明らかに人間ではない存在。そしてその存在にセブンだけが感涙している。


 セブンがしきに口にしていた彼女という単語。そして、牙の生えた口元。


「おはよう。アナタ」

「ああ、ああ。ようやく出会えた」

「ぽっかりと穴が空いてしまっているわ。可哀想に」


 少女は、穴の開いたセブンの体に手をかざす。すると、あふれ出ていた血が、少しずつ固まり始める。やがてその皮膚には霜がおり、出血が止まってしまった。


「(傷が、凍った? )」

 

 方法は分からないが、傷口を()()()()事でそれ以上肉体の損傷を防いでいるような治療だった。少女から、冷気が浴びせられたようにしかみえなかった。


「残りは中で治しましょう。ゆっくりと」

「あ、ああ! やっと、やっと会えた! 」


 セブンは、傷を負った体などお構いなく、彼女に向かって抱き着いた。体格差があり、ハグされた少女の足が宙に浮いてしまう。それでも少女はそのハグを受けれ、抱き返す。今まで声色が平坦だったセブンが、感激で声が上擦っている。


「ええ、よく耐えれくれたわ」

「君に出会う為なら、君と生きる為ならいくらでも! 」


 一同は困惑すると共に、何が起きているのかわからないでいる、


《まさか、あの女の子って》

「さぁ、はじめましょうか」


 少女のその声と、仕草が、背後の、穴の底でうごめいている『獣』と、タイミングが同じだった。彼女が動くのと同じように、『獣』は動く。そして、今まで肉の塊としか捉えられなかった『獣』に、新たな部位が見える。少女と同じように、瞳孔が縦になっている、その瞳。


 『獣』が、目を覚ました。


水星の魔女、面白いですね。

職場が変わり、月曜日更新が難しくなりそうです。

火曜日か、水曜日かはまた掲示いたします。


引き続き、カリン達の物語をよろしくお願いします。

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