遊ぶベイラー
ロボットも雪が積もったら遊ぶのです。
手持ち無沙汰になっていると、ちょうどアネットが戻ってきた。
「オージェン様はもう行った? 」
「《アネットさん。休暇返上で拭いてくださって、ありがとうございます》 」
「ああ。どういたしまして。元気になった、わけではないみたいだね」
「《なんというか、これから、どうしようかと》 」
「さっきカリン様の様子を見に行ったんだけれど、まだお休みだったよ」
「《……お見舞いに行っても、この体じゃ邪魔になりますかね? 》」
「というより、あそこにまだベイラー用の小屋がないから、外に出てもらうことになるからね。カリン様のことだから、コウ君が外にでてずっと待ってたっていうのは、嬉しいより心配する方が先に来ないかな? 」
「《そう、かもしれません。自惚れじゃなければ》 」
「自惚れなんて。少し一緒にいれば、カリン様がどれだけコウ君の事を大切にしているかよくわかるよ。いいベイラーだって事もね」
「《あ、ありがとうございます》 」
「そうだ。暇をしているなら、すこし皆と気晴らししないかい? 」
「《気晴らし? 》」
「ああ。ちょうど暇している連中が集まっている。休暇っていっても、体力が有り余っている連中もいてね。そういう奴らが小屋の中で一日中ゴロゴロしても、かえって気が滅入って休まらないんだ。どうだい? 」
「《そしたら、お邪魔していいでしょうか? 》」
「あいよ。シーシャは先に言ってる。ついておいで。ゆっくりでいいからね! 」
拭き取ったばかりの関節に気を遣いつつ、道を進むコウ。積雪もあるが、何人ものベイラーが歩いた事で、獣道ならぬベイラー道を作っている。こうなった道ならば、転ぶリスクも少ない。連日の積雪で重くなった木々を避けならが進んでいくと、雪をかき分けて出来た広場にでた。
真ん中で高く積み上がった薪を豪快に燃やして暖をとっている。すでに人は集まって、各々バラバラに思い思いに過ごしていた。楽器を持ち込み歌を歌うもの。宴会一歩手前で騒ぐもの。グループに別れてというよりも、自分のいましたい事と合致していればそちらに行く、そんな流動的な動きがある。しかし、中でも一番活気があるのは……
「《うおぉおおおらぁあああああああああああああああああ!! 》」
雪玉を投げるベイラーとそれを避けるベイラー。つまりは雪合戦をしているベイラーたちである。そこは、なんとも混沌としていた。投げる動作そのものは怠慢である。乗り手が乗っていないのだ。
そして、よく見れば、役割分担が行われているのがわかる。雪を集めて丸める者。それを投げる者。それぞれ人数はまばらだ。ただ、各陣営に一名だけやたらと雪を受けている者がいる。決して鈍臭いという訳ではなく、むしろ自ら当たりに行っている。
「《雪合戦だ……でもなんでひとりドカドカ当たってるんだろ》 」
「あれは盾役なんだ。同じ人数で二つの班で別れて、投げる奴と玉を作るやつ。そしてその中でひとりだけ盾役をする。そいつだけ、投げれるけど当たっていいって役目で、他のやつらを守ることができるんだ。そして、投げる人数が全員居なくなった班が負け」
「《それって、全員投げる人なら負けない気がするけど》 」
「乗り手がいたらそうだろうね。でもあれはベイラーの気晴らしで、私たちが乗らない遊びなんだ」
「《・・・ああ、だからできるだけ動作を単純にするのか》 」
ベイラーとは元より人が乗り手として乗り込んで初めてその力を発揮する。それほど、乗り手がいない状態のベイラーというのは、動くのが苦手なのだ。階段を昇る動作でもひと苦労なのに、それが玉をつくって投げるとなると、大変なものになる。それでも、じっとしていては気が滅入るのも確かであり、こうした発散方法があるのは、コウにとってありがたいことだった。
「《ほかに、細かい約束ごととか、ありますか? 》」
「盾役と投げる役が1人ずつになった時点で、盾役は自動的に盾役じゃなくなる。こんな約束だから、今日みたいに大人数でやると楽しい、らしい」
「《らしい? 》」
「玉をその場ですぐ作って避けながら動いている的にモノを投げて当てる。っていうのができる人間とできないベイラーとの差なんだそうだよ。だからシーシャの楽しみっていうのが、いまいちわからないんだ」
「《あー……》」
「分からないなりに、こうして他のベイラーと遊んでもらうんだ。私らじゃ近寄ったらふみつぶされちゃうし」
「《でも、そんなアネットさんだから、シーシャさんは乗り手に選んだと思います》 」
「そうかい? 」
「《そうですよ、きっと》 」
「《お、白いのが来てるぞ。やるのか? 》」
「《じゃぁ、お願いします》 」
「《そしたら俺と入れ替わってくれー体が濡れちまってさぁー》」
「《はーい》 」
薄い黄土色をしたベイラーとハイタッチで交代する。最初のうちこそ、ベイラー同士で打ち鳴らす音その轟音にクラクラしていたコウだったが、、ベイラーの一般的な挨拶にも似たそれにすっかり慣れてしまった。バゴォンと盛大に打ち鳴らして、雪の上を歩いていく。コウが入る班には、コウを含め5人のベイラーがいた。
「《コウ! こっちの班にくるのかい? 》」
「《その声、シーシャさんか! 》」
「《何をやるんだい? 玉を作るか、投げるか、盾になるか》 」
「《なら、投げます》 」
「《あいよ。玉作りなら任せな》 」
「《・・・・こっちはどんな配置なんでしょうか》 」
「《玉つくるのが2人。投げるのが2人。で盾が1人。で、投げるのをやるんだろう? 》」
「《やります! 》」
倒木の向こう側に、別の班がある。そちらも、コウ達と同じように5人ひと組であるが、盾役以外には投げるベイラーが3人いる。
「《やり方は聞いた? 》」
「《はい》 」
「《じゃぁわかるな。投げるやつら全員に当てればこっちの勝ちだ》 」
「《でもそれって、投げる人数の少ないこっちは不利じゃないですか? 》」
「《当たってもいい盾役は1人なんだから、他のやつらを狙って当てればいい。ぱっと見て守られていないのが狙い目だ。最初の1個は玉をもっていいことになってる》 」
「《はい。お願いします》 」
思わぬ顔見知りがいたことで、コウ一安心し、そのまま、手のひらに収まるくらいの大きさに固められた雪玉を掴もうとする。一瞬、力を込めすぎたと焦るコウだったが、崩れることなく、その雪玉は手のひらに収まった。そのまま、前衛とも言えるの2人に玉が行き渡る。
「《両者用意はいいなぁ! はじめぇ!! 》」
審判役を買って出たベイラーが、合図を出す。いつの間にか、音楽を奏でていた人たちが、応戦席じみた陣取りをして、合図の音をけたたましく知らせた。
「《まずは1つ!! 》」
コウが投擲姿勢にはいった。生前はロクに野球などしたことない人間だったからか、フォームはお世辞にも綺麗とは言えない。足を1歩前に出し、そのまま大げさに見えるほど大きく振りかぶり、そのまま投げつける……はずだった。その投擲で、誰もあたっていないどころか、そもそもどこにも着弾していない。
「《コウ! 手! 手!! 雪玉を離してない!! 》」
「《あれ!? 》」
体重移動をおえ、振り抜いたものの、投げつけられずに手の中で放置されている雪玉を見て首をかしげる。投げる直前に指に力を入れすぎて、雪玉が指に食い込んで離れないでいた。そうとも知らずに、腕をブンブン振り回して雪玉をはがすコウを、相手は見逃さなかった。
「《白いのには悪いがあたってもらう!! 》」
相手側のベイラーが、投擲した雪玉が、まっすぐコウに向かっていく。スピードこそ遅いが、コントロールがいい。そのままコウに当たるルートだ。しかし……
「《強く握り過ぎだ。掬うようにすして振りかぶれば前には飛んでくれる! 》」
バシャァと、顔面に思いっきり雪をかぶりながら、同じ班の盾役がコウをからかばっていた。雪をそのままにすればシミになるベイラーの体質で、雪を好きになる者などいないと思っていたコウに、事前に説明を受けていたとはいえ、その行動は一瞬理解しがく、呆然としてしまう。
「《コウ! 雪玉!! 》」
「《は、はい! 》」
シーシャの声で我に返り、こちらに雪玉が飛んでこないことを確認しつつ、今度は慎重に雪玉を掴む。ふとコウが横に視線を逸らすと、同じ投げる役目のベイラーが、目の前で胴体に雪玉を受けてのけぞった。盾役が間に合わなかったらしい。
「《やったなぁ!! 》」
先ほどのコツを生かしつつ、今度は握りすぎないようにして振りかぶる。狙いは、今さっきベイラーに当てた相手。丁度投擲を終えて、バランスが崩れているのを直している最中だった。そのベイラーに向け、大きく足を踏み込む。しっかりと雪に足跡を付けて、重量を片足に載せる。
そのまま、手をスプーンの用にして、最低限雪を落とさないようにして振りあげる。腰から順に肩を伝って腕に体重を推移させるイメージをもってして、その雪玉を前方に投げつける。今度は、コウの手から雪玉が離れないということはなく、そのまままっすぐ相手に向かっていく。
バシャァと、相手の顔面に雪が舞った。
「《よっしゃぁ! 当たった! 当たったよシーシャさん! 》」
「《よくやったぁ!って前! 前! 》」
「《へ? 》」
今度は、コウの顔面に雪が舞った。仲間と喜びを分かち合う暇もなく、戦線から脱落してしまう。
「《コウ! 当たったら下がるんだ!それで、玉をつくる役になっていい》 」
「《は、はい! 》」
シーシャの指示を受け、すぐさま自分の立っていた場所から後ろに下がる。そうして、シーシャの手元を見ると、すでに何個も雪玉がこさえられていた。いまコウのチームは盾役が投げる役目に代わり、玉の消費量は変わらずにいる。この量でもすぐさまなくなってしまう。早く前線に玉を補給しなければならない。
「《できるだけ押し固めるんだ。あんまり柔いと投げたとき崩れちまう》 」
「《なるほど》 」
前線2人が奮戦している中、なれない手つきを晒しながら、必死に雪玉を作る。しかし、乗り手がいない状態で細かい作業ができず、1個目の雪玉は、まず掬い取れずに崩れてしまった。2個目の雪玉は、すくい取れたものの、握ってた時に、力を入れすぎて割ってしまった。そのまま、3個4個と失敗し、5個目を作ろうとしたころ、コウが横で雪玉をつくるシーシャを見た。
彼女は雪を掬っていはいるものの、手のひらで丸めているわいけではなかった。すくい取った雪を、そのままボシャンと雪の上に置き、最低限形を整えたと思えば、そのまま雪の上でころころと転がし始めた。
そうして、手のひらに収まらないほど、大きな雪玉を作ったと思えば、それを両手でつかみ、ぎゅっと押し固めた。溢れた雪が、指の間からこぼれ落ちたが、手のひらに収まる程度の雪玉が、確かにそこに完成していた。この方法なら、ベイラーの手をあまり動かさずに雪玉が作れる。
「《そうすればよかったのか》 」
「《感心してるとこ悪いけど、私たちの負けみたいだ》 」
「《へ? え!? 》」
ドスンと、目の前で尻餅をついたベイラーで、コウがシーシャの言葉の意味を悟る。見渡せば、こちらで投げていた2人は雪まみれになっており、向こうの班は仲間同士でハイタッチをしている。
「《コウが三つ目の雪玉を作り損ねたあたりでこっちの1人やられたから、まぁそんなもんだよ》 」
「《面目無い》 」
「《いいんだよ。3回勝負だ。もういっかいやって取り返すぞ》 」
コウが再び前線に立つ。向こうは変わらず3人を前線に出している。シーシャから雪玉を受け取り、それを左手に握る。
「《第二戦! 開始! ! 》」
どこからか太鼓まで出してきて、両者を鼓舞するように力一杯叩く人々が見える。即席の応戦席には、先度より人が集まってきた。
「《白いの! まずはよけることに専念するんだ! 》」
まだ名前も知らぬ仲間の助言に首肯で答え、相手を凝視する。相手の、両脇に陣取るベイラーは、片腕に持った雪玉を、腕の縦回転のみで玉を投げる機械的な投げ方で、タイミングはわかりやすい。ピッチングマシーンのようだ。しかし、真ん中のベイラーは話が違った。両腕に玉を持っている。
「《あいつの時間差でよくやられるんだ。さっきもやられた! 》」
そうこうしているうちに、向こうが投擲してきた。3方からの同時攻撃だ。両脇と、真ん中。それぞれ2球づつ、こちらを狙ってくる。真ん中のベイラーはよほど器用なのか、両手で別々のベイラーを正確に狙ってみせた。ここで、盾役に片方を任せ、もう片方がよけることができなければ、打ち取られて、先ほどと同じようにこちら側は敗北する。コウは、己の不甲斐なさを払拭するために、なんとしてでも勝ちたかった。
「《あの真ん中の、嫌ってほどに正確な狙い! だけどぉ! 》」
コウが回避行動を取る。といっても、飛び跳ねたりうずくまったりすれば、そのまま雪に埋もれて今度は投げることができなくなる。それを避けて、こちらに向かってくる2球を避ける必要があった。では、どうするのか。
腰を左にひねり、前面にむける面積をできるだけ小さく。そして、そのまま、ひねった側に体を傾けて、くの字に体を曲げる。両足を棒立ちにして、直立不動のまま、コウはそれを行った。言ってしまえば不格好なその回避行動で、コウの頭上に二つの雪玉が通りすぎる。
なぜこんな不格好なよけ方を選んだのかと言えば、この姿勢なら、そのまま投擲に移れるからだ。片方の味方は、盾役が守ったのだと自分に言い聞かせ、味方には目もくれずに、右足を前に踏み込んだ。そこで付け焼刃的な知識を試しに使う。
「《まずはひとぉつ! 》」
雪原に足跡を盛大につけながら、野球でいうところのサイドスローの形をとって、シーシャの作った玉で投擲を開始する。左側に傾けた上半身を大きく振り、左手に握った雪玉を、そのまま放り出す。今度も砕けることなく、雪玉はコウの手を離れ、左に陣取るベイラーへと飛ぶ。
相手も馬鹿ではない。盾役が1人しかいないと言うことは、2人は自力で避けなくては行けないということだ。コウの狙ったベイラーもそれは重々承知であり、すぐさま足を使って回避を行おう。左に2歩進んだことで、コウが放った雪玉のコースから外れ、安堵し時だった。
コウの投げた雪玉は、ゆるいカーブを描いた。ほんの少しだけ、コウは指を引っ掛けて、雪玉に回転をかけたのだ。それは目に見えるほどのものではないが、目測を見誤るには十分な変化球と化した。左端のベイラーが避けきれずに、その胴体に雪玉が半分、確かに命中する。
「《よし! ってあれ!? ああ! 》」
喜んだのも束の間。コウは投擲のことに頭が一杯で、そのあと、体重移動後の姿勢を制御するまでにはいたらなかった。サイドスローで片方に重心をよせすぎ、そのまま勢いを殺せずに前に盛大にこけた。コウの顔が雪原にくっきりと残る。
「《よくやった! でも立て! 狙い打たれる! 》」
「《は、はい。 うぉおおお! 》」
ふんばろうとしても、雪に足を取られて思うように立ち上がれない。すると、コウの前に盾役が陣取り、前衛もその盾に隠れた。時間稼ぎをしてくれているのだ。その隙に、シーシャも雪玉作りを中断し、コウを起こしにかかる。
「《なに転んでるんだか。しかしどうやったんだい今の》 」
「《指を引っ掛けて回転をかけたんです》 」
「《そんなことよく思いつくもんだ。ほら、手を貸すから立ちな。相手は二人になったけど玉を配るのに時間かかってるんだ。畳み掛けるなら今! 》」
ここで、5人の班で前衛3人の構成上の脆さをコウは知る。玉を作る係が1人で配給が間に合わないのだ。攻めるときは苛烈に攻められるが、雪玉がなければ攻めることができなくなる。現に向こうは今1人が手持ち無沙汰となり、しまいにはしゃがみこんで、自分で雪玉を作ろうとしている。そこには、明確な隙が見える。
「《今1人を釘付けにすれば討ち取れる! 》」
「《はい! 》」
シーシャの手を借りて立ち上がり、雪玉を受け取る。そのまま、もうひとりの前衛が相手の盾役を釘付けにした事を確認すると、しゃがみこんでいるベイラーに向けて雪玉を投げる。今度は倒れる無いように、体重移動にも気を使って投げつける。回転をかける必要はない。ゆっくりとした軌道で、ベイラーの頭で雪玉が炸裂する。
「《あと2人! じゃんじゃん投げて! 球切れになんかしないからさ! 》」
シーシャの言うとおり、雪玉を作る係が2人だと、こちらは配給が滞ることなく投げ続けられる。2人で各個撃破に持ち込む。相手はもう盾役はいない。
「《ふたつぅ!! 》」
コウの叫びと共に雪玉が投げつけられ、相手の前衛がひとり、回避行動をとるものの、もう一方別方向から飛んできた雪玉に討ち取られた。
「《最後だ。いくぞ白いの! 》」
「《はい! 》」
今度は息を合わせて、2個の雪玉でひとりのベイラーを狙う。剛速球とは行かずとも、まっすぐにベイラーにむかって雪玉が飛ぶ。これで終わった。そう思った時だった。
最後に残っていたのは、真ん中に陣取ってるあの両利きのベイラーだ。全身はセンの実で緑だが、端々から橙色が見えている。そのベイラーは、こともあろうか、その2つの雪玉を自分の持っている雪玉で迎撃してみせた。空中で雪玉が砕け散って舞い上がる。
「《なんだそれぇええ!? 》」
「《リースのやつ、また腕を上げたのか! 白いの! もう1回だ! 相手はもう玉がない! 》」
「《はい!シーシャさん! 》」
「《はいよ! 》」
コウがシーシャから受け取るが早いか、向こうが受け取るかが早いかの勝負。リースと呼ばれたベイラーは、2つの玉を受け取るでのはなく、1つの玉を2つに割って時間を短縮してみせる。つくづくこのあそびに慣れているのがわかる。
「《あいつこの遊び大好きなんだ》 」
「《だからって勝ちまでは譲りません! 》」
「《おう。その意気だ白いの! せーの! 》」
コウと、まだ名も知らぬベイラーと息を合わせて投擲する。乗り手であったら、もう赤目になっているかもしれないとおもえるほど、息が合った。ふたつの雪玉が再びリースに向かう。
リースは再び迎撃するかと思いきや、片方だけを撃ち落とし、片方は回避行動で済ませる気でいる。1歩左足を引き、半身になって片方の雪玉をやり過ごし、もう片方は左手の雪玉で迎撃してみせた。そして、右手にあった雪玉をこちらに投げつけてくる。そのルートは、見事にコウの頭部まっすぐに当たるものだった。しかし。
「《お願いします! 》」
「《あいよ! 》」
コウがうろたえることはなかった。冷静に盾役のベイラーにその軌道をカットしてもらう。コウに当たるはずだった雪玉は、そのまま盾役の頭部に炸裂する。これで、相手の雪玉は再びなくなった。コウではない足音が、横から聴こえる。名も知らないベイラーが、足を天高く掲げ、雪の積もった大地にその足を突き刺した。
「《うぉおおおりやぁあああああああ! 》」
怒号と共に投げつけられた雪玉は、途中でその大きさを大きく減らしながらも、凄まじい勢いで直進し、リースに命中する。今度は、迎撃も間に合わなかった。
「《やったぁ!! 》」
「《これで1勝1敗。次でラストだ》 」
「《思ったよりさくさく勝負が決まるんですね》 」
「《これがもっと大人数だとすごいんだ。盾役が増えたりするしな》 」
雪玉を握り締めながら、他愛ない話を続ける。向こうはリースを中心にしてなにやら作戦会議をしているようだが、コウたちの班はそんな素振りもみせなかった。
「《白いの。名前は? 》」
「《コウといいます》 」
「《俺はハイシャル。シーシャは顔見知りだったな。で、盾役のブリッツ。もうひとりの玉作りのはライラだ》 」
「《よろしく》 」
こうして名前を教えあうと、コウは班の中での一体感がさらに高まるのを感じた。息抜きとしてつれてこられたが、かなり楽しんでいる自分もいることに気がつく。ふと周りを見渡せば、即席の応援席には大勢、というよりほぼこの地で作業していた人数が集まっていた。酒を飲んでいる者もいる。さらには……
「コウー!楽しんでいるー!! 」
「《姫さま!? 》」
休んでいたであろうカリンの姿まで見える。応援に駆けつけてくれたようだ。
「《コウ、良かったじゃないか! 姫さまが応援してくださってるぞ! 》」
「《は、はい! 頑張ります! 》」
「《そうでなくちゃな! 》」
雪玉を持ち、再び構える。向こうも作戦会議は終わったようだ。見れば、前衛は2人に変わっている。こちらと同じ構成に変えたようだ。
「《……みなさん。ぎりぎりで申し訳ないんですが、1つ、作戦があります》 」
「《へぇ。どんなのだい? 》」
「《投げる役に全員当たればいいんですよね? 》」
「《ああ。だから盾役が守るわけだ》 」
「《それならですね……》」
コウを取り囲み話を聞く仲間のベイラー達。しばらくして、その企みを聞いた仲間たちが大声で笑いだした。
「《なんだそりゃぁ! ハッハッハッハッハ! 》」
「《できないことはない! ないけどさぁ! なんか、すっごいバカっぽくないかいそれぇ! 》」
「《やっぱり変でしょうか》 」
「《いや、やろう! どうせ次が最後だ。それで勝てたら楽しいだろう! 》」
コウ達の班が企みを始める一方。向こう側の班、リースたちは策をすでに構えていた。それは、リースが、両腕を別々に投擲し、別々の的に当てることのできる器量さをもつベイラーであることを活かして、ワンマンプレイを行うものだった。盾役の後ろにぴったりとついて、リースは体を外に出さないようにする。前衛もリースの後ろにピタリとついて離れない。そして、盾役がリースに敵の位置を教え、両手で別々の敵に当てていくというのが、リースの考えた策だった。
普通、目視せずに、モノを投げて当てるという器用な真似は、乗り手のいないベイラーにはできもしないことだが、このリースは、『投擲』に関しては誰にも負けないという自信と実績をもったベイラーだった。
サイクルショットという、ベイラー用の飛び道具があるにもかからわず、彼女は生まれてずっと『投げる』こと練習し、それを続けてきた。彼女自身がサイクルショットが苦手だというのもあるが、なにより、ゲレーンの国でここまで投擲について考えている者などいない。それくらい、リースは勉強熱心だった。
今回も、この策をするために、前衛3人からひとり減らして、玉を供給するベイラーをひとり増やしたのだ。すべては、リースが常に雪玉を持てるようにするため。しかし、いくら遊びとはいえこの手が出来るのは国でもリース以外にはいないだろう。それゆえに、この手はある種のリースの中での禁じ手であった。それを解き放ったの理由は至極単純で。
「《くっそう! あの曲がる球、絶対に勝ってやり方を聞いてやる!! 》」
リースは負けず嫌いだったのだ。その負けず嫌いが、この投擲技術を身に付けさせたとも言える。
「《最終戦! はじめぇ! 》」
今度はどこから持ってきたのか、ドラのようなものまで出してきて、戦いの合図を奏でる。応戦席は街道を治す為に来た者ほぼ全員がきたといっていい。
「《手筈どうりに! 》」
「「「「《応!! 》」」」
リースの号令で、雪玉を2つ握る以外は、盾役を先頭に置いて、そのまま列になるようにして構える。防御こそ鉄壁だが、攻め手も前を遮られて何もできない。しかし、リースはそうではない。
「《敵、前方、構えそのまま。あそこから動いていません! 》」
「《なんだ。ならもう勝負は決まったね》 」
リースは盾役の言葉に、若干の不満をもらしながら、両手の雪玉を投げつけるべく投擲の準備に入った。両手を天高くかかげ、片足を掲げ、一歩前に出して、左右順版に、下からの投擲を行う。これで、終わるはずだった。
「《ま、待って!なにか様子が……こちらと同じように1列になっています! 》」
「《なぁ! 盾役を前にだしてか!? 》」
「《はい。白いベイラーも見当たりませ……リース!! 》」
「《今度は何!? 》」
「《走ってください!! 『でかい雪玉』が! 》」
でかい雪玉。その言葉の意味を考えられるほど、リースは冷静ではなかった。しかし、走れと言われ、走ってしまうくらいには、条件反射は鍛えられていた。盾役の言う通りに、後方に退避する。2歩、3歩進んだところで、先ほどの言葉の意味をリースは理解した。
『でかい雪玉』それも『ベイラーと同じくらいの大きさ』を伴った雪玉がこちらに降ってくる!
リースはそれを迎撃せんと雪玉を投げつけるが、まるで軌道が変わらない。さらには、その無駄とも取れる行動で、指示を飛ばすのを忘れてしまった。結果、盾役と、反応が遅れた前衛の1人を、その巨大な雪玉で討ち取られる。
「《なんてふざけた作戦! でも! 》」
リースは、諦めるどころか、勝機を見出していた。あれほど巨大な雪玉を、1人で乗り手もなしに投げれない。それこそ、複数人で投げなければ難しい。それもきっと態勢を崩している。
事実、その予測は正しく、相手のチームは、全員態勢を崩し、四つん這いになって立ち上がろうとしている真っ最中だった。盾役すら、投げるのを手伝ったらしい。
「《いきなり2人!! 》」
雪玉割り、2つにして無造作に投げつける。それでも一直線に雪玉は伸びていき、前衛二人を見事に打ちとった。ぐえぇと情けない声が心地良い。これで、あとは盾役に雪玉を当てれば、それで終わり。そう考えていた。
「《……ん》 」
一瞬違和感を覚え、思わず指を指して数える。今さっき討ち取った2人。後方に2人。4人。内訳でいえば、前衛1人、盾役1人。玉作り係りが2人。ここまで数えて、リースの中の違和感が確信に変わった。いま目の前には合計『4人』しかいなかった。
「《白いのがいない!? どこに行った!! 》」
バゴンと、後方から音が聞こえた。 それはまるで、何かが割れたような音。
「《白いのがいない。それに、いまの大玉は、『ベイラー並みのデカイもの』……まさか! 》」
振り向いた直後に見たものは、雪玉の中から、白いベイラーが躍り出て、そのまま転ぶのも構わず全力投球でこちらに雪玉をぶん投げてきた光景だった。それを防ぐ間もなく、リースの顔面に雪玉が直撃する。
一体なにが起こったのか。事象だけ抜き取れば簡単に説明出来てしまう。それは、『コウが雪玉になって敵陣に突っ込んできた』だけなのだから。
「《そんなのアリ!? 》」
「《アリなんですかね? 実際》」
理不尽ここに極まれりと叫ぶリースと、全身雪まみれで疑問符を浮かべるコウが、審判に訪ねる。白い体に白い雪があちこちにくっついていて、雪だるまに手足が生えているような形になっている。
「《2度目は通用しないと思った方がいい。今後対策されるであろう。よってアリ! これにて決着!!! シーシャたちの勝利!! 》」
審判は『アリ』と判断したようだ。応援席から、かつてない声があがる。混乱している声も若干混じっているが、それも、歓声によってかき消されてしまった。
「《うがぁ! 負けたぁ! 》」
「《楽しかったです。ええと……》」
「《リースよ。あなたは? 》」
「《コウと言います》 」
「《最後のあれ、あなたが考えたの? 》」
「《はい。一応》 」
「《はぁ! 馬鹿らしい! それを実行する仲間も仲間よ! みんなどうかしてる! 》」
両手を投げ出し、雪の中に沈むリース。見上げる顔は、ベイラー特有の表情のなさゆえに悲しんでいるのかはわからない。しかし、その目は、爛々と輝いている。
「《またやりましょう。次は負けない》 」
「《はい。是非》 」
「是非じゃない」
「《うぉああ!? カリン!? 》」
「コウ! 貴方が押しつぶしたベイラーたちをちゃんと引き上げなさい! それと今後いまの行為は禁止です! 雪が厚く積もっていたからいいものの、もし薄かったら地面に激突していたんですよ! 怪我したらどうするのです! 」
「《は、はい……》」
「それに! 貴方が組んでいた人たちも説教があります。ベイラーを乗り手も乗せずに投げ飛ばすとは何事ですか! 」
「《ごもっともです……》」
「ほら。作業をするのだから早く私を乗せる! 」
「《はい……》」
「《私は楽しかったのでいいんですけどねぇ》 」
リースがたしなめるも、それでもすっかり萎縮したコウが、それでもカリンを乗せやすいように片膝をついて、手を差し伸べる。それを分かっているように、カリンは病み上がりというのを感じさせないほど、すたすたと軽快に駆け上がり、コクピットに収まった。
「《すいません。ちょっと、というかだいぶはしゃいでしまって》 」
「コウ。楽しかったですか? 」
「《え? 》」
「楽しかったかと聞いているんです」
「《は、はい。楽しかったです》 」
「……ちょっと悔しいのよ。あれだけ無邪気に遊んでいるの初めて見たから」
「《そ、そうですか? 》」
「そうよ。私とじゃあんな風にはしゃいだことないのに」
「《ご、誤解です!それに、カリンの前だからそこああしたんです! 》」
「ふぅん? どうして ? 」
「《そ、それは、えっと》」
カリン必殺の『ふぅん』を喰らい、たじろぐコウ。必死に言葉をひねり出そうと悶々とする。やがて、答えらしきものを見つけ、おずおずと口にした。
「《勝って、かっこいいとこ、見せたかったんです》 」
「……それで、自分を雪玉に? 」
「《あの時は一番冴えたやり方だと思ったんですよぉ!! 》」
「なぁにそれ! へんなの!! ハッハッハッハッハ!! 」
思わず、コクピットの中で笑い転げるカリン。このまま動くとカリンが怪我する可能性があるので、その場で動かずじっとするコウ。周りからは「どうしたんだ? 」という視線があるのだが、さきほどコウが押しつぶしたベイラーたちを救助するのでそれどころではなかった。
「はー! 笑った笑った。で、コウ」
「《なんでしょうか。もういくらでも笑っていただいて構いません》 」
「かっこよかったわ」
「《……》」
「さ。行きましょ」
「《まって!! もういっかいだけ! お願いですから! 》」
「一度で十分でしょ? ほら早く行く! 」
「《ご無体な!! 》」
操縦桿を握るカリンは、いま、心臓が跳ね上がるくらいドキドキしているのがコウにバレないか、気が気でなかった。無論、カリンからの言葉の続きを待ち続けたコウには、そんなこと知る由もないのだが、それはまた別の話。




