決着への一手
王城の地下空間。はるか昔に、流星が落ちたそのクレーター。あまりに大きなクレーターだったその地の上に、帝都ナガラの王城は作られた。地下で眠る『獣』を封印をするだけでなく、『獣』そのものを解明するための場所としても、クレーターによってできた窪みは大いに役に立った。
そのくぼみは、空を飛べるコウ達が、自由自在に行き来できるほどに広い。しかし今や、封をしていた王城は崩れ、もはや地下とは呼べず、空を見上げられる吹き抜けとなっている。マグマに身を焼かれたながらも、その命が尽きる事ない『獣』は、腕を掲げて、地上へ進出しようとしている。
初代剣聖がその名を明かし、『獣』が立ち上がろうとしている中、戦い続けるベイラーがいた。白いベイラーと、黒いベイラーが、それぞれサイクルジェットを全力で使い、空を駆け巡っている。
《ほんとにやる訳? 》
「確かめたい事がある! 」
《ったく。じゃやるわよ》
「やれよぉ! 」
《「サイクル・ノヴァ! 」》
アイがその力を解放し、サイクル・ノヴァでコウを焼き尽くさんとする。
《カリン! 》
「右! 下からも! 」
《うぉおお!? 》
コウは、サイクル・ノヴァの、攻撃を、壁スレスレで飛ぶ事で、射角を制限させている。背中に壁があれば、すくなくとも背後からはサイクル・ノヴァは飛んでこない。コウはできる限り自分に狙いを付けさせない為、ジクザクに飛び回っている事で回避し続けている。壁にはすでにサイクル・ノヴァの傷跡がいくつも刻まれていた。
「だぁ! やっぱり避けられてんじゃねぇか!」
《うっさいわね! 》
アイは、切断された手足をその長い黒髪で強引に括り付けるとともに、足と手のひらにコックピットの欠片を埋め込む事で、本来は拡散してしまうはずのサイクル・ノヴァを、遠距離射撃が可能な砲へと変容している。そして、その繋ぎ止めた手足は、アイの髪の特性をそのまま利用し、切り離して遠隔操作できる。右手から放ったサイクル・ノヴァと、両足を切り離し、対象に足して別方向からさらにサイクル・ノヴァを撃つ。一人で十字砲火を可能にしたそのこの力は、一対一の戦いにおいては圧倒的な優位性がある、はずであった。
「(一発くらい当たるかとおもったが)」
パームも、当たらない攻撃をするほど愚かではない。右手からの一撃も、両足からの追撃も、全て命中させるつもりで放っている。だが、コウは先ほどから間一髪でよけ続けている。
「(飛び道具じゃ埒が明かないとはわかっていたが、こうもまざまざと見せつけられると腹も立たないな)」
経験則上、二方向からの攻撃が強いのは知っている。単純に二対一の戦いを相手に強いる事ができるのは、日々、盗賊としてゲリラ的な戦いをしてきたパームにとっては素晴らしい事に思えた。しかし、いざ自分が使ってみても、コウを打ち倒せない。
「(それとも、この攻撃には、俺の知らない何かがあるのか)」
《どうすんのよ。このまま続ける気? 》
理屈はさておき、サイクル・ノヴァでの攻撃は通用しない。となれば、別の手段が必要になってくる。コウに勝つ為の作戦を立てるべく、パームは、アイが持つ様々な特性を頭に思い浮かべた。
「(奴はあの大太刀で勝負を仕掛けてくるはず。こっちの手札は)」
右手、両足のサイクル・ノヴァ。だがコレは、現在通用していない。黒髪による攻撃、もしくは拘束。しかし、コウも、そしてアイ自身、空を飛び回って、高速で動き続けている状態であり、遠距離から拘束するのは物理的に難しい。できる限り接近しなければ、確実に拘束する事はできない。拘束できたとしても、黒髪ではコウの体に傷をつける事はできない。
「(そして、同時攻撃のサイクル・トリプルノヴァ)」
三方向それぞれから撃つのではなく、一方に集中して放つ攻撃。パームはこの攻撃に全てをかけている。剣聖をも倒した、防御不能の圧倒的な火力で焼き尽くす。遠距離から叩き込んだとしても、今のコウではよけられてしまう可能性が大きい。
「(近づく以外無い、か)」
《で、作戦はまとまった訳? 》
無論、接近戦になれば、コウが腰に据えている大太刀の一撃が来きてしまう。如何に大太刀の攻撃をさせずに、サイクル・トリプルノヴァを叩き込むか。
ふと、パームは、サイクル・ノヴァの特性について、アイに確認を取る。
「アイ、連射の間隔は今ので最速か? 」
《連射ならなんどもしてるじゃない》
「違う。間隔だ。一発目と二発目の間、発射までにはどのくらい時間がかかってる? 」
《数えた事ないわよそんなの! 》
「――そうか、ならちょうどいい。今からやるぞ」
パームが、もう何度目かの攻撃をコウに仕掛ける。右手を向け、エネルギーとでも言うべき光を集めていく。最初はろうそくの明かりのように小さく、徐々にその光は大きく強くなる。
「足をとばせぇ! 」
《はいはい! 》
エネルギーを貯め込んでいる間にも、両足を飛ばしてコウの対角線上へと配置させるのを忘れない。コウはアイの中心に半円を描くようにして飛び続けている。
「(やつらが避けられる理由は、まさか)」
《右足できたわよ。左足もやった》
「よし、そのままだ三連射するぞ」
《三連ね。けっこう疲れるのよコレ》
憎まれ口を叩きながら集光を続ける。風船に水を注ぐいでくように光はどんどん膨れ上がる。それは右手だけではなく、膝から下を飛ばした右足と左足も同じにように光を蓄えていく。
標的のコウは、アイに突っ込んでくる事もなく、ただ旋回しこちらの様子をうかがっている。
「(さっきもうまく避けてた。何が原因だ)」
◇
《カリン! アイの足の位置は!? 》
「下と、貴方からみて左上! 」
一方、コウ達は、迫りくる十字砲火を躱すのに、全神経を注いでいた。今まで何度も避けているのは、彼らが攻撃の性質を理解しているのもあるが、もうひとつ、まさにパームが懸念していた、パームも知らない弱点が存在している。
「発射まで……3……2……1」
《ッツ! 今だぁ!! 》
サイクルジェットを切り、慣性を利用して体をふわりと中へと浮かす。目の前に、アイのサイクル・ノヴァが素通りしていく。サイクル・ノヴァは、エネルギーを集中させ発射させている。その光は、最高潮になればなるほど、光輝き、その輝きが最高潮に達する事で、発射される。
つまり、その光が最高潮になるタイミングさえわかってしまえば、発射の瞬間をこちらでも把握できるのである。もっとも、三方向からのサイクル・ノヴァを浴びせられれば、コウも攻め入る事はできず、躱すしかできない。
「ッツ! コウ! 連射してくる! 」
《クソッ! カリン! 変形して一旦引きはがす! 》
「はい! 」
しかし、間一髪でよけるこの方法は、連射されれてしまえば意味をなさない。あくまで一点に向かう十字砲火をよけているだけで、次の砲撃までの間に、その場から離れなければならない。
《(迂闊に攻めればそれこそパームの思うつぼだ)》
パームの懸念は、つまるところ発射タイミングを読まれている点であった。それゆえに避ける事はできるが、攻める事もまたできない。サイクル・ノヴァは本来、コウがつかった、近距離でエネルギーを爆発させる技である。発射のタイミングと呼べるものはなく、充填したエネルギーを炸裂させるには、標的に接近して技を使っている、遠距離で砲撃できるようになったアイだからこそ生まれた、明確な弱点であった。
「コウ! 炎は! 」
《もう少し、もう少しだ》
そしてコウ達が攻めあぐねている理由に、龍殺しの大太刀、その準備にある。アイのように遠距離で効果のある攻撃をもたないコウは、そのすべての一撃を、龍殺しの大太刀に賭けている。サイクルと同じ力をもつ大太刀は、コウの力をさらに増幅させ強力な一撃を放てる。しかし、どれだけ強力な攻撃でも、防がれてしまっては意味がない。そして、コウの力を、この戦いに挑む前の時点で使いすぎているカリンには、体を睡魔に蝕まれている。あと一撃、打ち込めるかどうかがギリギリだった。故に、鞘に納めたまま、相手の攻撃に対しての返しでの決着を付けようとている。
「(相手がもう一発サイクル・ノヴァを放ってきた時が勝負。懐に飛び込めば、パームは必ず、あの技を使ってくる)」
パームが、未だコウに使っていない技がある。
「(あの技を使ってきた瞬間に、全てが決まる)」
◇
「だいたい、3秒ってことか」
《あいつ、ちょこまかちょこまか》
「(避けられるのに、何故距離を取った?)」
コウの移動に違和感を感じたパームは、しってしらずか、アイのサイクル・ノヴァの弱点を見出しつつあった。
「(何か狙ってやがるな……それなら)」
《こっちの攻撃かぜんぜん当たらないじゃない! 》
「アイ、撃てる状態を維持したままいけるか? 」
《なにそれ? どう言う意味? 》
「ピカピカ光ったまま、撃たずにいられるか? 」
《あー……できるんじゃない。やったことないけど》
「よし。なら」
パームはアイを真っ直ぐ、コウに向けて直進させる。浮力を得る翼を持たないアイは、純粋な推力だけで飛行している。その爆音は狭い空間では耳によく響いた。
《ちょっと、何する気? 》
「接近戦を仕掛けるついでに、試す! 」
《結局その手でぶっ殺したいのね》
「――あー、そうだな。ソレもある」
アイの何気ない言葉で、パームが腑に落ちる。遠距離から放つサイクル・トリプルノヴァであれば。コウを始末できる。
「(サイクル・ノヴァだと、死にざまが見れない)」
サイクル・トリプルノヴァは、あまりの威力に、命中した者を灰としてしまう。パームの中の何かが許さなかった。コウを、カリンを、考えうる限り最悪の殺し方で殺さねば気が収まらない。何度も泥をかぶせてきた相手を、塵と消すサイクルノヴァで殺すより、確実に手触りの残る接近戦で葬りさりたいと願っている。
「(発射のタイミングがバレてるなら、ソレをずらした上で)」
それは、乗り手を直接葬る『強奪の指』で殺せるのが一番良いのだと。もっとも、『強奪の指』はすでにコウ達に種が割れており、おいそれと喰らってくれるような物ではない。
「(それでもなお、避けられるなら)」
サイクル・ノヴァを至近距離で叩き込こめるならばそこで終わる。しかし、今までコウとの闘いは、パームの想像を超えた対応の連続であった。
「(俺が直接手を下すしかない……ん? )」
コウとアイ。力の性質こそ違えど、飛行能力、接近戦の力は互角。であるならば、乗り手自身の力がものをいう。剣聖を相手にしたとき、お互いにベイラーから降り、その刃を交えたようのに、パームは、自分自身の手で、カリンを葬るのも視野に入れていた。ここまで考えて、パームは、自分自身に生まれている執着さに、わずかに驚く。
「(なんだよ。俺はあいつらにサイクル・トリプルノヴァを避けてほしいのか。この手で決着をつけたいがために)」
人の命を奪う事などなんら気にしていなかったが、奪う方法までこだわりがあるとは、自分の中では新たな発見だった。
「(まぁ、乗り手さえい無くなれば、あの白い奴だって弱くなる。そうすれば、アイが負ける道理はねぇだろ)」
ベイラーは人間と共にいる事で、その力を際限なく発揮する。逆に言えば、乗り手さえい無くなれば、ベイラーの力は半減はおろか、十分の一にまで落ち込む。そんな状態のコウを倒せないほど、アイが弱くないのは、パームは短い付き合いの中でも理解していた。
「アイ! 奴らにこっちの攻撃のタイミングがバレてる! 」
《はぁ!? なんでそんな事》
「だからこっちからタイミングをずらす! 」
《どうするの》
「一回、撃つフリをする」
《は? 》
「その後、左足から、バラバラに撃つ。そしてもう一回、今度は足を体に戻した後で、奴に同時発射のサイクル・トリプルノヴァを叩き込む」
《えー、と、つまり》
パームの説明が一瞬腑に落ちないアイであったが、自分の中でなんとか作戦を咀嚼した結果、とある表現を思いつく。
《猫騙しした後に、本命を叩き込む? 》
「そんな感じだ」
《結局小細工な訳ね》
「よく分かったな。やっぱりお前は頭の出来がいい」
《なにほめてんの。キモ》
「口のへらねぇ奴だ。だがもう作戦はわかったな! やるぞアイ! 」
《しょうがないわねぇ! 》
右手を向け、エネルギーを集めていく。光は徐々に集まっていき、より強く、より大きく輝いていく。コウ達もその光を認めた。
◇
「またサイクル・ノヴァが来る! 」
《カリン! こっちの準備はできた! 》
「待ちくたびれたわ! 」
変形を解き、両足をつかって壁を蹴る。サイクルジェットを最大限に噴射し、パームとの距離を詰めていく。
「この一撃が避けられたら終わりよ」
《ああ、終わりだ》
龍殺しの大太刀を腰に据える。炎は鞘から今か今かと漏れ出している。力を限界までため込んだ今の大太刀であれば、アイを、確実に両断できる。そして解き放ったが最後、その力を使い切り、カリンは、コウは深い眠りに落ちてしまう。今でさえ、指先の感覚が遠のくような睡魔が、体にずっしりと張り付いている。
「(居合斬りは、まだパームに見られてない。対応はできないはず)」
今にも眠ってしまいそうな頭を叩き起こしながら、カリンは勝利への道筋を描く。コウが突っ込み、サイクル・ノヴァを掻い潜り、そして接近戦の間合いまで入ったその時、パームは必ず、アイの右手を、コックピットに突き刺してくる。
「(その瞬間、居合斬りを――)」
勝利は、おそらくコレで叶う。アイの右手がコウのコックピットに突き刺さった瞬間に、居合斬りを放てば、アイは両断され、コックピットにいるパームも無事では済まない。
だが、無事では済まないのは、右手をコックピットに差し込まれたカリンも同じ。アイの右手は鋭利なカギ爪状になっている。コックピットの人間を握るまでもなく、中の人間は、間違いなく命を落とす。
《カリン、そうじゃない》
サイクルジェットで加速していく体のまま、コウが訂正した。
《パームは、あの長い髪で、俺たちを拘束してくるはずだ》
「なら、髪を巻かれる前に居合斬りを」
《おそらく巻いてくるのは間合いの外からだ。居合斬りじゃ届かない》
「でも、これ以外》
《ある。前のままの俺たちじゃできなかった事でも、今の俺たちならできる》
「それって――」
アイの手が再び光輝いている。今すぐサイクルノヴァが発射されようとしている証。作戦を一から組み立て治す時間はない。
だが彼らの間に、もはや言葉はいらなかった。
「貴方、無茶言うようになったわねぇ」
《乗り手に似たんだろ》
「失礼しちゃうわ――行くわよコウ。準備できてる? 」
《おまかせあれ》
◇
コウは、その目を真っ赤に輝かせ、アイへと突っ込んでいく。赤目となった彼の速度は、今や風と等しい。だがその軌道は、どこまでも真っ直ぐ。
《っは! 馬鹿正直に突っ込んできたわよ! 》
「まだ撃つな、ぎりぎりまで引き寄せる」
パームは、サイクルノヴァを最後まで温存する気でいた。真っすぐ突っ込んでくるコウがどんな手で来るのかを見極める必要もある。そして、腰に据えられた剣を見て、相手の手を読む。鞘を納めたままの攻撃は、剣戟では限られている。その中で、この状況に合致している技など、さらに限定される。
「(奴ら、居合斬りで返しする気か!? だが)」
その手を見て、おもわずパームはほくそ笑んだ。やはりコウ達はアイのサイクル・ノヴァの発射タイミングを完全に知っており、避けられる前提で作戦を立てている事まで。パームは読み切ったのである。
「アイ! 今だ!」
《こんな感じで》
アイは、右手の光が極限に達した瞬間、手をわずかに揺らした。アイによる、迫真の発射するフリである。
《アレ!? 》
「ッツ!? 」
そして、そのフリに、コウ達はまんまと引っかかった。軌道をわずかに逸れるように旋回したその先には、アイの右足と左足が向いている。
「今だ! 」
《サイクル・ノヴァ!! 》
右足と左足、それぞれから莫大なエネルギーが放出される。鋼鉄の門さえ焼け溶かしたその威力をベイラーが喰らえばひとたまりもない。大太刀で切り払おうにも、鞘に納めたままではどうにもできない。
《直撃する訳には! 》
体をひねり、バレルロールの要領で、最小限に抑えようとするも、コウの体にサイクルノヴァの余波が掠めただけで、ジリジリとコウの左足と脇腹を焼いた。
掠めただけでも、彼らにとっては甚大な被害である。
「ッツ! 」
痛みと傷は、カリンへと瞬時に伝達され、カリンの足と、脇腹が焼かれる。焼き鏝を押し付けらてたように、人の肉を焼いた音と匂いが、コックピットに一瞬で充満する。人体が焼ける。人が焼ける匂い。火を恐れる本能的恐怖で体が支配されようとしたその瞬間。
「ガァアア!!」
カリンは操縦桿を握ったまま、己の腕に思いっきり噛みついた。ブチリと己の皮を食い破り、歯を肉に食い込ませる。鼻孔を、焼けただれた肉の匂いを、己の血の匂いで上書きする。
すでに龍殺しの大太刀に力を込めている中、サイクル・リ・サイクルを使って自分やコウの傷を治している暇は無い。傷が増えようとも、戦えなくなるよりずっといい。
「まだ、だ!! 」
カリンの闘志は消える事なく、そして、庇うコウもいない。カリンの行動を咎める事はない。彼女の行動に迷いが無いのはすでに知っている。もしここで、コウがカリンの意思に反し、サイクル・リ・サイクルを使っていたならば、もう勝負はついていた。
「アイ! 」
《もう足は戻ってる! 》
サイクル・ノヴァをすでに切り離した右足、左足は元に戻っている。サイクルジェットを姿勢の維持に使い、右手と両足を、前屈のような姿勢でコウへと向ける。コウとアイの距離は近づきつつある。
「ぶっ放せぇぇえ! 」
《「サイクル・トリプルノヴァ!! 」》
剣聖ローディザイアを葬った同時発射攻撃。一射の時よりも範囲も威力も三倍以上。すでに、バレルロールで躱せるほど生易しい物ではない。
「(だが、やつらはおそらく避ける)」
避けられるはずもない攻撃を、コウなら、カリンなら、避けてくるのだろうという、確信があった。理屈は分からない。だが、確実に躱してくると踏んでいた。
「コウ! やりなさい! 」
《ヅァアアアアアあ!!! 》
コウの体から、炎が吹き上がり、サイクルジェットを支えていた2対4枚の翼が翻る。ジェットの方向を、進行方向の正面から、上昇するように垂直へと体を向ける。戦闘機動のマニューバである。マニューバそのものは、以前コウも行った事がある。だがその際は、減速をかけ、体を宙へとふわりと浮かす、浮力を生かしたマニューバである。
今のコウは、最高速度からさらに加速に、翼を使って体の向きを強引に変えた、荷重はおろか、コウの全身に影響が出かねない、急加速でのマニューバであった。さらなる加速により荷重がかるだけでなく、急上昇により、翼の根本がミシミシと亀裂が入る。ベイラーのコウに亀裂が走るという事は、カリンの体にも、同じよう影響がでる。
「が、がぁああ!? 」
翼の生えている背中。その背中を、手で無理やり引き千切られるような痛みがカリンに走る。左足と脇腹の焼けるような痛みと、背中の引きちぎられたような痛み、どの痛みも常人であればその場で気を失ってしまうほどの激痛である。
その痛みを受けてなお、カリンの目は見開いていた。なぜならば、コウの急上昇により、アイの真上を取っている。すでに至近距離。
《上を、取ったぞ》
《トリプルノヴァを避けた!? 》
アイには、コウがなぜ自分の頭上にいるのか理解できなかった。トリプルノヴァは確実にコウを射程に収めたはずであり、避けられる位置にはいなかった。だが、現実としてコウは生きており、自分の頭の上にいる。その事が理解できなった。
だが、喜んでいる男も、また居た。
「避けてくれたかぁ! 」
パームは、ケーシィが行った飛行形態で使う回避運動の一種を行ったのだと、無理やり自分を納得させた。避けた方法は理解できなかったが、避けた事実を認めるのに時間はかからなかった。
なぜなら、必ずそうなると、心のどこかで確信があったから。
「アイ! ぼさっとするな! 」
《命令すんなぁ! 》
歓喜に打ち振るえている己をあざ笑いながら、アイの必殺の一撃を見舞うべく動く。長い黒髪を、コウの体へと巻き付ける。もう逃げ場はない。
「強奪のぉ!」
右手にはすでに、コックピットを食い破る為の液体が滴っている。海藻を煮出してできたその液体なれば、ベイラーのコックピットにいとも容易く侵入できる。
そして、カギ爪となったアイの手ならば、乗り手を殺すのに一秒とかからない。
《「指ぁあああああ! 」》
コウのコックピットに、アイの手が襲い掛かる。コウの体は、ズガンと衝撃をうけ大きく揺れた。
《――これで、勝った? 》
「いいや、あの時と同じだ」
決定的な勝利の瞬間だと、アイは思った。しかしパームは決して侮ることなく、ひたすらコウの体を注視する。やがて、一点に視点をとめると、アイのコックピットの中で、今度こそ大笑いした。
「ハッハッハ! そうだよなぁ! お前たちもそうしてくるよなぁ! 」
《ちょっと、何笑ってんのよ》
「剣聖と同じだ! 奴ら、髪で巻き取る前に、コックピットから出ていやがった」
パームは、コウの太ももの上で、雄々しく立っているカリンを見て、盛大に高笑いした。同時に、すぐさま予防策を打つ。
「アイ! 奴の手を掴め! 剣を握らせるな!」
《もうやってる! 》
コウの右手を、アイが左手で掴む。この状態では、コウは抜刀する事ができない。そして、サイクルジェットを切っている両者は、緩やかに落下し始めた。
「このまま落ちても俺たちの勝ちだ」
《結局剣聖と時と同じ勝ち方なのね》
「おうよ! 立っているほうが勝ちだぜ」
至近距離による攻防は、カリンが生き残った。だがなんにせよ、居合斬りを放てていないのであれば、それはパームの勝利である。なにより、このままコックピットに腕を突き刺したまま下へと落下すれば、生身のカリンは間違いなく死ぬ。
「(剣聖の時よりも地面はもっと低い。おれが動きを止める理由もない)」
パームは、自分が勝利するその時まで、事態を静観するつもりだった。
「(――なんでコウは乗り手を逃がした? コックピットから逃げたって結局は同じだ。さっきの戦いを見てないのか? それとも、本当に俺様がやつらの想像を凌駕したのか? )」
それは一種の不安要素。彼らが返しを仕掛けてくるのは、構えからして明らかであった。その返しが、一向にこちらに来ていない。
「(もし返しが来るなら、強奪の指の時だ。なのに奴らは、剣を抜く気配すらなかった。なぜだ? )」
疑問が堂々巡りしていく最中、コックピットから出ていたカリンを目にして、その目が、未だ闘志に燃えているのに気が付く。
「(なんだ。あんんだあの目は。なんでまだ奴らの心は折れてないんだ? なんであんな目を、こんな状況でしているんだ!? )」
カリンの目は、まだ勝負をあきらめたような、光の無い目では無かった。むしろ、これから行う行動を確実に遂行するという、明確な意思が灯ってる。
「(足の上になんでいる? こっちに来ないのはなんでだ? )」
パームが状況を理解できないでいると、ふと視界の端に、見慣れない物があった
「(あれは、コウの右手か? )」
コウが、左手を動かしている。その手には、大太刀があるが、未だ鞘に収まったままであり、肝心の右手は、アイが力強く押さえつけている。
パームは一瞬、コウが、剣の柄で自分達を殴ってくるのだと考えた。
「今さら鞘で殴ろうだなんて――」
だが、その考えは浅はかであった。
コウが掲げた、刃渡りにしてベイラーと同じかそれ以上の、龍殺しの大太刀。
その大太刀の柄に、手をかける者がいる。ベイラーではない。
カリンが龍殺しの大太刀の柄を握っている。
「まさか、抜けるはずが」
「真っ向」
《逆袈裟ぁ》
人の手で、ベイラーが使う武器を扱えるはずはないとパームは思った。
カリンの手にあまる柄は。その爪がえぐれながらも、指を食い込ませる事で掴んでいる。足場は、なによりも安心できる相棒の足の上。多少狭いが、踏み込みも問題ない。
抜刀は、もとより、大太刀は鞘から引き出すのではない。大太刀の位置を変えず、体幹の動きで、鞘を移動させる事で抜刀するのである。であるならば、抜刀そのものは、コウが左手を動かすだけでよい。これもまた、問題ない。
そしてカリンは、今や、ベイラーであるコウと、一心同体の境地、赤目を超えた、木我一体の極致に達している。
目も、痛みも、そして力も分かち合う二人であれば。
龍殺しの大太刀を振るうのに何も問題ない。
コウが鞘を引き抜き、カリンが踏み込む。二人で切り裂く。
「《居合斬りぃいいいいいい! 》」
目にもとまらぬ剣閃。それはアイのコックピットを確かに捕らえる。アイの法外な硬さを誇るコックピットが、大太刀の刃を受けて火花を散らしている。
《このッ!?》
アイは、体をバラバラにする事で、この窮地を脱そうとする。首、肩、両腕、両足を即座に分離して、コウの剣をやり過ごそうとした。だが、コウがこの戦いの中で貯めた炎の量は、至近距離でバラバラになっても避けられるものではなく、加えて、コックピットの中にいるパームは、移動できない。
大太刀がコクピットにガッチリと食い込んだまま、アイの体全体が揺さぶれる。
《「ズェアアアアアア!! 」》
そしてコウとカリンの、裂帛の気合と共に、大太刀が降りぬかれた。
それはまるで、はじき出されたボールのように、アイが壁に叩きつけられ、そのまま落ちていく、コウの攻撃を受けてなお、頑強で強靭なコックピットは、両断される事はなかった。
両断はされなかった。だが、乗り手が無事な訳もなかった。
「――」
パームの体に、ぱっくりと傷が入り、おびただしい量の血が噴出する。その血の量は、明らかに急所である心臓に傷を負っていた。パームは痛みを覚える暇も、叫ぶ暇もなく、大量出血により、体の意識が強制的に落ちる。操縦桿を握る手に力が抜け、だらりと倒れる。
《え、ちょっと、ねぇ! 》
アイの必死の叫びも虚しく、またサイクルジェットで落下を防ごうにも、コウの一撃によりサイクルジェットが破損し、十全に機能を果たせる状態ではなかった。
落ちていくアイは、ただパームに声をかけるだけで、他の何者も目に入っていない。もうコウの事など眼中に無いようだった。
《起きなさいよ。ねぇ! 起きろって! ねぇってば! 》
コウは、その光景を黙って見ていた。そのまま、アイは地の底へと、叫び声をあげながら、やがて見えなくなる。いつまでも、パームを呼ぶ声だけが響いたが、やがてその声も聞こえなくなった。
「勝った、のよね」
《ああ。勝った》
「殺した、のよね」
《――ああ》
勝利の余韻など、カリンにもコウにもありはしなかった。殺人をしたという事実だけが、彼らの胸に満ちていた。
《下に、もどろう》
「ええ、皆の元に……もど、りま……」
罪の自覚をするよりも前に、コウとカリンは、サイクル・リ・サイクルの代償を払い始める。急激な眠気により、彼らもまた意識を失っていった。彼らに後悔は無かった。だがそれでも、拭いきれぬ嫌悪感だけが体にいつまでも残っていた。
ひさびさの1万文字越えでした。両者共にちみどろです。




