ベイラーと宇宙と
「オイオイ、なんだありゃぁ」
王都の地面が崩落し、地下でマグマに焼かれながらも生きている、生命の枠を飛び越えているとしか思えない生物を目にするコウ達。その生物を見たのは、コウ達だけではなく、崩落に巻き込まれたのち、サイクルジェットでどうにかマグマの無い場所に着地したパームも同じだった。
「生き物にしちゃ、ずいぶん気持ち悪い奴だな」
なお、パームに地理学は無く、マグマの存在すた知らないため、彼の目には、真っ赤に広がる海らしき場所の中心に、黒い何かが蠢いているようにしか見えていない。
「奴隷王がやられたんじゃ、結局はこのパーム様が決着をつけなきゃならないってことだな。」
《………》
「どうしたアイ」
《いや、なんなのよあの生き物》
「は? 」
しかし、現代で義務教育を行い、かつ、一般人よりもはるかに読書量のあったアイには、その生物の異様さを頭で理解している。星がもたらす絶対的熱量を浴びてなお、生き続けるその生物に、アイは畏怖していた。
《なんでマグマの中で生きてんのよ》
「まぐま? 」
《この星の、血みたいなものよ》
「あの赤いのがか? 」
《あれは金属だってすぐに溶かすほど熱いの。金だって一瞬よ》
「でもあいつ動いてるぜ? 」
至極真っ当な問いかけに、アイも困窮する。
《だから分からないのよ。生き物、には見えるけど》
「王城の地下にとんでもない物がいたもんだ」
《あの生き物から伸びてる柱だって気になるし》
「それって、アレの事か? 」
パームの指さす先には、あの蠢いている生き物から伸びたであろう、4本の柱のうち、1本が、アイの手で触れられるほどの距離にあった。
《気味悪いんだから触らせないでよ》
「わかってる」
柱の色は、光を吸い込むような黒。表面は陶器のように艶やかで突起もない。外見ではとても構造体を把握できるような形では無かった。しかし、人間が造った建造物ではない証明が在る。
脈打っている。規則正しく、正確に、同じ周期でドクンドクンと。
血管らしきものは表面には見えない。柱の内側から、膨れるようにして、確かに鼓動している。
《なんなのよ、コレ》
「分からねぇ。こいつは、一体」
《待って》
「あん? 」
《上からなんか来る》
「上? 一体なにが」
柱に注目していた為に、頭上の影に気がつくのに若干遅れる。一瞬警戒するものの、その影から出る声に、パームは覚えがあった。
「ブレイク! がんばれ! ホレ! がんばれっておくれ! このままじゃ訳も分からず変なとこにおちてしまうよ! 」
「ありゃぁ、もしかして」
そこには、サイクルジェットを吹かして、落下の勢いをどうにか軽減しようと奮闘する、ポランドの姿があった。彼女の乗るベイラー、ブレイクは、アーリィベイラーの改良型で、変形機構を撤廃した事で、飛行能力こそ失ったものの、アーリィよりも丈夫で、サイクルジェット由来の跳躍能力を備えた、ポランド専用の実験機である。
マグマに落下しないように必死にサイクルジェットを使っているが、ブレイクのサイクルジェットは、崩落の際に、サイクルジェットの一部が破損したのか、思うように減速できていない。さらには、落下する方向も、すでに自分の意思では制御できていない。
このままでは、ポランドはマグマに飲み込まれ、この星の一部となってしまう。
「お、おちるぅう」
《どーすんのアレ》
「別に助ける義理もねぇ」
《ま、それもそうね》
二人は冷静にポランドを見殺しにする選択を取る。そもそも、彼らの関係は雇い主と使用人のソレであり、ただの仕事上の付き合いでしかない。混沌とした戦場において、命を預けるだけの信頼など、ハナからもっていないのである。
故に、無視を決め込もうとしたが、パーム達にとっては不幸なことに、ポランドにとっては、幸いな事に、双方で目が合ってしまった。
「パーム! 助けておくれ! この子もうサイクルジェットが使えないんだ! 」
「……」
「パーム! おい! 」
「……」
そして、パームはガン無視を決め込む。義理が無い以上、自分の利益になる事さえ起きなければ、パームが誰かを助ける事などするはずもない。アイも、内心は呆れながらも、おおむねパームと同じ意見だった。
「助けてくれたら仮面卿の事を話してやるから! 」
「何!? 」
だからこそ、ポランドは交換条件を掲示した。その条件は、パームにとっては非常に重要な意味をもつ情報でもある。仮面卿は、事あるごとにパームを必要だと言い続けた。だが、『何故』必要なのかは、頑なに説明した事が無かった。
「だからたすけておくれよぉ! ああ! ジェットが切れた! 」
「オイオイオイまてよ! クソ! アイ! 」
《え、マジに助ける気? 正気? 》
「正気だ! 」
《えー》
「早くしろ! お前の右手なら届くだろうが! 」
《しょうがないわねぇ》
完全に乗り気ではなかったものの、パームの指示に従わなかった場合、癇癪を起すのは目に見えていた為に、アイは渋々協力する。髪の毛で接続した右手を切り離し、落下していくブレイクの足を無理やり掴む。カギ爪状になったアイの右手が、ブレイクの足にしっかりと食い込んだのを確認すると、そのまま、スルスルと、まるでリールのついた釣り糸のように引き寄せていく、救出劇というにはあまりにおおざっぱで、それはほとんど最中の一本釣りと変わらなかった。
右手で足を掴んだまま、ブレイクを宙吊りの状態にする。中にいるポランドは、落下から助かったことに安心し、深くため息をついた。
「た、助かったぁ」
「いままで何処に行ってたんだ」
「王城の調査だよ。あとは、細々と頼まれごとをね」
「それも仮面卿の指示か」
「そんなところさね。さぁ下ろしておくれ」
「そうはいかねぇ」
「ん? 」
宙吊りの状態を維持したまま、パームは尋問を開始する。彼の頭の中には、ポランドへの慈悲など微塵も存在しない。あるのは、如何にこの面妖な女から情報を引き出すかだった。
「早く言え。仮面卿の事」
「ちょ、ちょいとまっておくれ、せめて下ろしてから」
「おろした後に煙に巻かれても面倒だ。このまま話せ」
最初こそ、ポランドはコックピットの中でジタバタと暴れていたが、どれだけ自分がもがいても、パームはこの状態を変えるつもりが無いのを理解すると、ペタリと座り込んだ。逆さまになったことで、コックピットの天井が床代わりになっている。曲りなりにも、数か月行動を供にした相手に対して、パームの態度は最悪と言っていい。そのことに関して、ポランドは思わずため息をついた。
「信用ないねぇ」
「信用してるさ。ベイラーを作った事に関してだけはな」
「それ以外は、全く信用してないと」
「当然だろ? 」
「……わかったわかった」
「そうだな。最初に、あの仮面卿が何者なのか聞いておこうか」
これ以上の言い逃れをしようものなら、なんの躊躇いもなく手を放し、マグマへと突き落とすのは明白であった。ぽらんふぉは観念し、重い口を開く。
「仮面卿とは、古い馴染みだよ」
「馴染み? まさか、あんたと仮面卿って、同い年なのか? 」
「いや。もっと年上だよ」
「オイオイ」
もたらされた情報は、パームにとっては信じがたい物だった。
「なら、もう80過ぎのジジィってことかよ」
「いや、もっともっとさ」
「いったいいくつなんだよ」
「パーム、あんたの知りたい事はそんな所からなのかい? 」
「い、いやいい。俺が知りたいのはそんな事じゃない」
「だろうね」
「言え、仮面卿ってやつは、一体何をしようとしてる」
「あー、質問を質問で返すようで悪いけどね。パーム。あんたは仮面卿からなんて聞いてるんだい? 」
「龍を殺し、帝都を手に入れる。そう聞いてる。俺とアイは、その手段。俺たちは英雄なんだと」
「英雄、英雄ねぇ」
「だが、その帝都の地下に、あんなもんがある。答えろ! 」
パームの声がわずかに上擦る。
「仮面の旦那は、帝都が欲しいのか? それとも奴が欲しいのか? 」
「アレが欲しい、っていうのは、違うだろうね」
「何? 」
「元々誰の物ではもない。帝都の物でも、皇帝の物でも。いや、この星の物でもない」
「……何? どういう意味だそれ」
《ちょっとちょっと、待ちなさいよ》
獣の正体。それが、この星由来ではないと、ポランドが明言する。言葉の意味を理解できずに混乱している中、対してアイは、瞬時にソレがそのような意味を持つか理解した。
《何? アレ、この星の物じゃないの? 》
「ああ。そうさ」
《まさか、宇宙から来たっての? 》
まだ、この星の人類は、星に名前を付けていないほど、宇宙とはまだ縁遠い。空とは見上げる物で、決してたどり着く物ではない。だがここには、月に足跡をつけるほど、宇宙がずっと身近な存在だった場所から来ている魂がある。
「ほー!! 良く知ってるね。そうとも。アレは遠くの空から降ってきたのさ。まだ帝都ができるずっと前にね」
《ってことは、アレ、宇宙人ってわけ? 》
「獣と、帝都では呼んでたね」
《獣? 》
「牙があるからね」
《あー》
「宇宙って言うのは、アイがたまに言っていた、空の上の話か」
《またとんでもないのが出てきたわね》
宇宙と、獣の存在を理解できたアイ。パームはまだ完全には理解できていないものの、宇宙がなんであるのかは、アイとの共有ですでに学習している。
《なら、このデカい地下の空間は、獣が落ちた時にできたクレーターって訳ね》
「クレーター? 」
《宇宙から石が降ってくると、こんな風になるのよ》
「よ、よくわからねぇ」
《ま、宇宙の事なんてそのうちわかるように》
「そうじゃねぇ」
《なによ》
宇宙、星の外からきた者。聞き覚えない単語に存在。既存の考え方とあまりに逸脱した獣に対して、パームは混乱が激しくなっていく。それでも、彼が聞きたいのは、全く別の事。
「なんで、そんな宇宙から来た奴の為に、仮面の旦那は準備してたんだ? 」
《確かに》
「それに、仮面の旦那は、帝都を手に入れるのとは別に、龍を殺すって言ってるんだ。それと、あの獣ってやつには何の関係がある? 」
「関係あるとも、なぜなら、龍が、あの獣を押し込めているんだからね」
「……何? 」
《龍って、あの四枚羽の奴でしょ? でもここにはいないじゃない》
「アレは、どこにでもいて、どこにもいない」
《何それ。謎かけ? 》
「より正確にいえば、実体がない」
「実体が、無い? 」
様々な場所で現れる龍について、ポランドは語り始める。
「アレは、自動的なのさ。この星を守るために、この星の中であれば、どこにでも現れる。星を削るような嵐があれば、その嵐を飲み込むべくして現れ、魂のふるさとが汚されれば、それを守るべくして現れる。そして役目を終えれば、またいずこかへと消える」
《それにしては、コウだけにずいぶん肩入れしてるじゃない》
「肩入れ? なんかされたか? 」
《覚えてないの? 私、あの龍に二回も吹き飛ばされたのよ! 一回目は夢の中で、二回目は島で! 》
「あー、二回目は俺もいたな。あれでずいぶん遠くに吹き飛ばされた」
《で、実体のない龍を殺したくって、私を呼んだのよね。仮面の人って》
「あ? それじゃ、龍がコウに肩入れしてるんじゃなくって、お前が何かしでかそうとしてるから、龍が邪魔してくるってことなのか? 」
《そっちの方がしっくり来るわね。あー気持ち悪い》
龍とコウの関係性に、アイという要素が加わった事で、龍の行動に規則性を見出す。それは、逆説的に、龍と獣の関係性を理解する手がかりにもなった。
「獣を龍が抑えてるってことは、あの獣は、この星に、なんかできる訳か」
「そうなるねぇ」
「一体、何が起きる? 」
「さぁ。あたくしでも分からないよ。想像つかないねぇ」
「……最後だ。なぜ、仮面の旦那は、獣をどうしたいんだ? 」
「それは」
「簡単だとも」
「「《ッツ!? 》」」
全くに意識外からの声であった。それはアイの頭上で、確かにこちらを見下ろしている。しっかりとした足取りでそこの立っているのは、他でもない、仮面卿であった。
「仮面の、旦那、あんた、体は」
「何、せっかくここまで来たのだ。多少無茶を押してでも来なくてはね」
「なんだいなんだい。キャリアードから出てきてたのかい」
「ああ。私の願いがようやく叶おうとしているのだ……そうだパーム君」
「な、なんだよ旦那」
頭上から聞こえる声は、仮面卿を知るものならだれでも知っている、非常に落ち着いた声。抑揚が無いのとはまた別の、とても耳触りのいい、ともすれば心地よくて眠ってしまいそうな、静かな声である。その声が、わずかに揺れた。
「月のベイラーを倒したのだね、君なら、やってくれると信じていた」
「月? 」
「今は、ブレイダーと名乗っていたね」
「(ブレイダーって、剣聖のベイラーの事だよな)」
「だがブレイダーは子機だ。そのうちすぐ月から補充される」
《……は? まさか、あの公転周期ガン無視な、気味悪い二つの月まで、あんたと関わりあるの? 》
「おお、流石降りてきた魂だ。ガミネストに住まう者より、ずっと進んだ時の場所にいたのか。まさか、双子月の違和感にすら気が付いてるとは思わなかった」
「アイ、もう月だの龍だのはどうでもいいだろ」
《でも》
「このパーム様が知りたいのは、たった1つだ」
バケツ型の兜越しに見える目は、声色とは裏腹に、何処までも生気の無い目をしていた。どんな答えが待っていようと、パームには、問いかけない選択肢は存在していない。己を英雄に仕立て上げたこの男が、一体何を望んでいるのか。
そして、地下の獣を知らない頃にはもう戻れない。あの獣から感じる、全身を襲う嫌悪感を拭う為にも、なんとしても、パームは仮面卿から答えを得なけばならなかった。
「仮面の旦那、答えてくれよ。あんたは、アレとどんな関わりがあるんだ。ここは、あんたにとってのなんなんだ! 」
「ふむ。ならば、こう答えよう」
予想通りの問いだったのか、さして慌てる事もなく、仮面卿は淡々と答えた。
「自分の家族に会うのに理由がいるのかい? 」
「―――なんだと? 」
《パーム! コイツは》
「永い、あまりに永い時間が掛かった」
瞬間、アイが仮面卿を拘束せんと、黒髪を這わせた。頭上にいた仮面卿は、抵抗する事もなく、難なく簀巻にされていく。
《あんた、こいつらと同類って訳!? 》
「ああ。そうだとも。『彼女』は傷つき、倒れた。未だに立つこともままならない」
《なら、帰ってきて、何をする気!? 》
「そうだな。まずは」
平坦な声のまま、仮面卿は続けた。仮面の奥底に宿った目が、ぱっくりと二つに割れるのを、アイは見逃さす事が出来なかった。
「人に、命に、星に、『彼女』が受けた痛みにに、しかるべき報いを」
《ッツ! パーム! こいつ殺すわよ! いいわね! 》
「何言ってやがる!? 」
《こいつ人間じゃないわ! 》
「いや、そうでもない」
《は、はぁあああ!? 》
「いままでは立場上、名乗る事はできなかったが、ブレイダーが居ない今ならば、良いか」
黒髪で簀巻にされていたはずの、仮面卿の体から、よく見れば、腕の一本が外に出ていた。黒髪で拘束されるより前に、右腕一本だけ自由になれるように、すでに外に出してあったのである。
そしてその手には、鈍く輝く両刃の剣が握らている。
「私の名は、セブン。セブン・ディザスター」
「セブン、ディザスター?」
名乗りと共に、アイの黒髪が、剣によって切り裂かれる。一瞬の出来事で、アイはおろか、パームでさえも、反応できなかった。
「ポランド君。君はここで待て。もうすぐキャリアードからも援軍が来るだろう。そこで回収してもらうといい」
「そうさせてもらおうかね。しゃべりすぎて口が痛いよ」
《一体、あんたは》
「ありがとうパーム君、アイ君。君たちのおかげで、私はここまでこれた。だが、もうしばらく付き合ってもらうよ」
《私たちに、何をさせようっていうの》
「最初にお願いした通りだとも」
平坦な声のまま、仮面卿改め、セブンが告げる。
「龍を、殺してほしいのさ」
◇
崩落した王城の地下深く、コウ達は、ひとまずは足場を確保していた。そこで、龍石旅団の面々は、とある人物の処遇を決めかねている。
《どうする。公衆の面々に晒せば私刑確定だ》
「陛下に引き渡して、その後決めてもらうわ」
《まぁ、それでいいなら》
奴隷王、ライカン・ジェラルドヒート。彼の処遇である。マグマに飲み込まれそうになっていた所をカリンが助けた形であるが、あれからまったく目を覚ましていない。
「(ここ熱いものね。コックピットに居なければどうなっていたか)」
「カリン」
「どうしました黒騎士? 」
「どうやら、ライカンの処遇はあとになりそうだ」
「へ? 」
「アイのお出ましだ! 」
《アイが来たのか!? 》
「シーザァー様! ライカンをアレックスの中に居れてやって! 」
「御意! 」
ライカンと同じくバスター化し、消耗しているはずのシーザァーは、しかし修練によって身に着けた体力により、すでに回復を終えていた。
「コウ! 見えてる!? 」
《見えてる! アイだ! でもこっちに向かってこないぞ》
「何処に向かってる? 」
《底だ、マグマの底に向かってる》
「マグマ? まさか、あの生き物の元に? でも一体何の為に? 」
黒い肌をしたアイは、地下の空間では非常に見えにくく、カリンが視界に収めようと、目を凝らす。アイの姿はなんとか視認できたものの、加えて、彼女の改造されていない、左手に、人間が乗っているのに気が付く。
「コウ、あれ、もしかして仮面卿じゃないかしら」
《え? 》
「だって、あの仮面、というかあの兜って、そうじゃなくって? 」
《……本当だ。あの仮面卿だ。あの人、こんな所に何の用だ》
《コウ様、どうされました? 》
《アイの手に仮面卿が乗ってるんだ》
「仮面卿が!? 聞いたかレイダ」
《はい、確かに》
オルレイトがコウの話を聞き、レイダにサイクルショットを構えさせる。
「黒騎士? 」
「この距離なら狙撃できる」
「殺すつもり? 」
「まさか! ショットの威力を落として、気絶させます。捕まえて尋問するんです。この一連の騒動を仕組んだ黒幕に、洗いざらい話してもらいます」
「な、なるほど」
「できるなレイダ!? 」
《仰せのままに》
レイダの目にサイクルスコープを。腕には、銃身をつけたサイクル・スナイプショットを作り出す。移動中のアイと、レイダとの距離は300mほどある。
「(一撃で気絶させてやる)」
アイは、レイダ達に気が付いていないのか、一向にこちらを向いてこない。狙撃の可能性を全く考えていない、真っ直ぐな飛行をしている。レイダと呼吸を合わせ、感覚と意識の共有をより深い物に変えていく。
やがて、レイダとオルレイトの意思が重なり、その目を真っ赤に灯す。
《サイクル・スナイプショット》
「当たれェ!! 」
長い銃身から放たれたサイクルショットの針は、吸い込まれるように仮面卿へと向かっていく。ここで、黒騎士が己のミスに思い至る。
「(しまった! サイクルショットの威力を落とすの忘れてた! 》」
普段通りの行程でサイクルスナイプショットを放った為、威力を調節する工程を挟むのを忘れてしまった。さらには、サイクルスコープで位置まできっちに合わせていた為、今までのレイダのサイクルショットの中でも、随一に正確であった。
「(直撃はしないが、それでも当たり所が悪ければ、仮面卿を殺してしまうかもしれない)」
ミスに気が付いた黒騎士の顔が真っ青になっていく。
「(あれだけ啖呵切ったうえでコレはいけない! たのむ外れてくれぇ! )」
もはや天に祈るしか道は無かった。しかし、黒騎士の祈りもむなしく、針は正確に仮面卿へと向かっている。このままいけば、針が突き刺さり、よくて手足の一本が壊死、悪くて直撃ののち絶命まであり得た。やがて着弾に至る頃。
壊死でも絶命でもなく、全く別の結末が訪れる。
「っと」
仮面卿は、全く意識していなかった死角からのサイクルショットを、あろうことかその剣で叩き落して見せたのである。
「やったぁあ!↑ あ↓? 」
黒騎士は一瞬歓喜したのち、間抜けな声を上げる。ベイラーの作ったサイクルショットの針は、非常に軽く脆い為、人間でも斬れない事は無い。しかしそれはあくまで机上の空論である。サイクルショットを、剣で、死角からの攻撃に対応するなど、常人のなせる業ではない。
「仮面卿、剣士だったのか」
《しかしあれは、剣聖クラスの腕前ではありあせんか? 》
「サイクルショットに対応できる速さ、針だけを叩き落とす正確さ、何より、足場もろくにない、ベイラーの手の上で、あんな芸当ができるなんて」
黒騎士の関心をよそに、アイは悠々と獣の真上にたどりつく。灼熱のマグマの上にいてなお、仮面卿の肌には、汗一つ浮かんでいない。
《ここでいいのね? 》
「ああ。これでいい」
仮面卿は、右手にもっていた剣を、左手に当てると、ゆっくりと刃を引く。当然、手の平は大きく傷つき、血がドクドクと流れ始める。その、故意に流した血を、獣に向かって差し出す。ポタポタと獣に向かって滴り落ちていく。
「さぁ、私の、セブン・ディザスターの血を喰らい、甦るがいい」
やがて、獣がその血を飲み込むと、辺り一帯が振動し始める。
《また地震か!? 》
「いや、これは」
振動は主に、獣から生えた4本の柱からであった。脈動と鼓動が早まり、やがてそれらは、乗り手の肌を震わせるほど強く大きくなっていく。
《カリン! なにか嫌な予感がする! 一旦離れたほうがいい! 》
「そう、なんだけど」
「セブン。ディザスター……セブンディザスターって、まさか」
振動がさらに大きくなるにつれ、マグマの熱に焼かれ続けていた獣の姿が、少しずつ、少しずつ浮かびあがってくる。
最初に見えたのは、マグマから伸びた手らしきもの。手に見えるが、指がない。代わりに内蔵が外付けでくっついて蠢いている。爪も確認んできるが、その形も、人間のような平たい爪と、クマのような鋭い爪とがちぐはぐになっている。造形からして、生命の最低ラインをすべて下回っている。加えて、その大きさがおかしかった。
《バスターベイラーと、同じくらい無いか? 》
「まさか手だというの? なら、まだマグマの中に、本体が? 」
その手だけでも、50mほどある。バスターベイラーと変わらない。それが、手だけでその大きさだというのなら、もし体があれば、どれほどの大きさになるか、良そうもできない。
「そもそも人型なのかしら」
「あああああ!!! 」
「オルうるさい! 」
「思い出した! セブン! セブン・ディザスター!? 仮面卿は確かにそう名乗ったよな!? 」
「そんな感じだったけど、えっと、どなた? 」
「剣聖だ! 」
「いや、剣聖はローディザイア様でしょう? 」
「それは今のだ! セブン・ディザスターは」
コックピットの中で、大量の本をひっくり返しながら、オルレイトが興奮気味に叫んだ。
「『初代』剣聖の名前だ! 剣聖即位後はセブン・ロード・ディザスター! 」
「帝都建国の時の? もう何百年前の人よ。同姓同名の偶然でしょうに」
「すまない! 思い出せてすっきりしただけだ! 」
「はいはい! とにかく、ここを離れるわよ」
オルレイトの事を黒騎士と呼ぶのも忘れ呆れるカリン。黒騎士も、ただの偶然であると片付けていた。初代剣聖。その剣は、何百年たっても、褪せる事はない。
獣にまみえ、すでに人の枠を外れているのであれば、なおの事であった。
最終章っぽくなってきました




