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同性質のベイラー

 

 帝都ナガラ。その国の中を隔てる壁。その壁の中にひっそりと存在していたスキマ街。日の光も差し込まないようなこの場所は、人が暮らすにはあまりに狭く細い。その細い場所の中で、ベイラーの二人が黒煙をあげながら、徒競走をしている。なお、彼らが走っているのは、地面でではない。


「(そんな、そんな事が)」

「(珍しい事もあるもんだな)」


 廃材を組み合わせてできた、雨風をしのげる程度の家々を踏み抜いて、ミーンとジョウは駆け回っている。彼らの足場は地面ではなく、垂直に伸びた壁。


 二人のベイラーが並走できるほど。スキマ街は広くない。ただの脚力のみで壁を駆け登り、そして駆け回っている。ベイラーの体が、地面と平行になり、体中から煙を出しながら進む様は、あまりに異様であった。


 壁を蹴って進む事、それ自体は珍しくない。一瞬でも脚力で体重を支えられるのなら、壁を蹴ってさらに上に登る事はできる。特筆すべきはその維持している距離であり、ミーンとジョウは、すでに100m以上、スキマ街の壁を、地面代わりに走り続けていた。


 真横に体が倒れていても、壁を蹴る事ができるバランス感覚。なにより、落ちるより前に足を壁へと蹴り出せる、比類稀なる脚力が双方に備わっていなければ、成しえない神業である。


「ミーンと同じくらい」

「ジョウと同じくらい」

「「速い! 」」


  追いかけているのはジョウであり、逃亡しているのはミーンである。


「(ミーンの暴風形態を使ってるのに、引きはがせない! )」


 ナットは目の前の相手に対し、驚愕すると共に、ある種尊敬の念を感じていた。


 ミーンの暴風形態は、体中のサイクルを極限まで回転させることで、最高速度になる加速時間を限りなく零にする、重要なのは、最高速度そのものを向上させるものではない。


 通常、ミーンが最高速度に達すにはそれなりの距離がいる。その距離も、道が平坦である事が条件で、障害物がひとつでもあれば。その障害物をよけるべく失速し、再び加速するのに時間がかってしまう。だが暴風形態ならば、その時間と手間を省く事ができた。その暴風形態に、ジョウは食らいついている。ミーンと同じように、全身から煙が上がるほどサイクルを回し、最高速度を維持し続けている。


 ミーンと同じ特技。しかし、その右手には、ミーンに無い物がある。


「サイクルッ! ドリル! 」

《突貫!》


 ジョウの、ドリルとなった右手がうなりを挙げて、ミーンの体を貫くべく迫りくる。サイクルドリルの回転は、ジョウの全身と同じように、激しく回転している。


「(当たってやるわけにはいかない! )」


 そんな物に当たれば。ミーンの体がずたずたに引き裂かれるだけでなく、コクピットの中にいるナットでさえ、致命傷となる。


 迫りくるドリルを、壁から降りる事で回避すると、ジョウはドリルでガリガリと壁を削りながら、さらにミーンを追い詰める。


「ミーン! ”アレ”をやる! 」

《わ、分かった! 》

「(何を仕掛けてくる? )」


 地面に降りたミーンを、頭上から串刺しにすべく、壁を蹴り上げて襲い掛かる。


「何しても無駄だ。逃げられるものか」


 完全にミーンの頭を捉え、そのドリルを突き刺さんとしたその時。


 ミーンは、進行方向に対して、左斜め45度の角度で、()()へと下がった。その後退の速度も、最高速度を維持し続けたままの後退。ブレーキをかけたのではない。


 フランツの目には、突然、影だけを残してミーンが消えたように映る。


「なに? 」


 さらに、ミーンは後退した後も、移動し続ける。45度後ろに下がった後、さらに45度の角度で曲がり、ちょうどくの字の軌道を描きながら、ジョウとの一直線になる位置にまで下がる。


 後ろに下がりながらも、速度は全く落ちていない。ブレーキして下がるのではなく、小刻みに軌道変更しながら、ミーンは、相手の背後を無理やり取った。全身に巣ざま爺負荷を受け、痛みで意識が飛びそうにながら、大声を上げ、肉体の限界を底上げする。


「蹴っ飛ばせええ! 」 

《はぁあああああ! 》


 そして、二回の軌道修正を経て、直線距離を稼いだミーンは、その距離を助走とし、ジョウめがけて無造作に蹴りを繰り出した。ジョウもコレを回避すべく足を使おうとするが、地面に突き刺さったドリルが抜けずに、その場で固まってしまう。


「しまっ―――」

 

 サイクルドリルは、一度対象に突き刺さったならば、穴を穿つまで抜ける事はない。それは逆に、一度刺さってしまえば最後、抜く事ができない。両者が高速で動き回っているのであれば、止まっているというだけで隙だらけだった。


 ミーンの蹴りは、止まったジョウに正確に叩き込まれる。足の形がくっきりと肌に残りながら、壁に激突し、ボールのようにジョウの体は何度もバウンドし、やがて路上でばたりと倒れ、しばらくすると動かなくなった。倒れた事で、サイクルの回転も収まったのか、全身からもくもくと立ち込めていた煙も掻き消えていく。


《か、勝ったよナット……ナット? 》

「ヒュー……ヒュー……」


 時間にして数秒の出来事であったが、ナットの体には、自分の体重の5倍以上の負荷がかった。鋭角で行わた高機動には、それほどの代償が伴う。ナットの脳には血液が満足に送られず、全身の骨は細かなヒビが入り、肺に残った空気は強引に押し出されている。息を吸い込もうにも、大声を出したときに喉をやられ、か細い呼吸しかできなくなっていた。


《す、すぐコウに治してもらいにいこう》

「それ……ヒュー……より……ヒュー……木箱を」

《そ、そっか》

「まとめて……ヒュー……外に……捨てるんだ……下水道が……近くに」

《もうしゃべんないでいいって》


 ナットは新型爆弾の威力をその目で見ている。もしここで起爆させようものなら、辺り一帯が吹き飛んでしまい、さらには、自力でにげられないソフィアも巻き込まれてしまう。


《爆弾って蹴ったりしていいのかな》


 意識も絶え絶えになりながら、ナットの体にできるだけ負担を与えないように、ゆっくりと歩き始める。爆弾の仕組みをミーンはまだ理解しておらず、ひいては、『火薬』の存在も、まだ頭に入っていない。幸いなことに、同盟軍の用意した爆弾には、現代のように、対象が接近した場合に自動で爆発する近接信管はおろか、時間を設定して起爆する時限式も備わっていない。ただの木箱に火薬を大量に詰め込んで、長く伸ばした導火線に火をつける、きわめてシンプルな爆弾である。ミーンが気にしているのは、その爆弾の運搬方法だった。両手が使えず、必然的に足で蹴っ飛ばす形になる。


《ま、大丈夫だよね、たぶん》


 考えても答えが返ってくる訳でもなく、ミーンはその場を後にしようとした。


「ま、まて」

《……まだ立てるなんて》


 蹴飛ばして動かなくなっていたジョウが、ドリルを杖代わりにして立ち上がる。一番損傷が著しい胸部のコックピットは、ミーンの足の形がくっきりと残り、琥珀色の欠片がポロポロと欠け落ちている。他にも、全身を強く打った事で、体中にも細かな傷がついている。


 最初からある半身の火傷も相まって、その姿は痛々しさに満ちていた。


《なんでそこまでして? 》

「これが、最後の仕事だからだ」


 仕事。その言葉に、呼吸が乱れていたナットも、耳をすました。


「この仕事が終われば、この場所から出ていけるんだ」

「(あれ、この人)」

「まだやれるな! ジョウ! 」

《肯定》

「やつらに目にものをみせてやる! 」

《了解》


 傷だらけのまま、ジョウは立ち上がり、その右手に備えたドリルを天に掲げた。ドリルの回転がはじまり、何もかものを突き穿つ武器が息を吹き返す。


「歌え!! 」

《”赤き炎はその全てを灰とする”》


 それは、旧い時代に紡がれていた、この星に起きた出来事を記した詩。その一節。もうだれも、その内容の意味を覚えている者はおらず、現に乗り手のフランツも、その歌の意味を知らない。


 ただ、この歌の一節は、彼にとって、心のよりどころとなった。


《”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”》


 それは、偶然の一致。


 あの”消毒”から逃れたジョウは、しかし体の半分が焼かれ、顔も半分は機能不全に陥り、立つこともできなくなっていた。本来ベイラーは日差しを浴びて力を蓄えるが、スキマ街ではその日差しも薄く、満足に回復もできなかった。日に日に弱っていく体と、同じように弱っていく生きる意思。ベイラーの本懐である、『ソウジュの木』になれるかどうかも、焼けた体では怪しかった。


 疲れ果て、生きる意思さえ手放そうとした時、フランツと出会った。


 フランツは、それまで人生で一度も見た事も無かった、巨大な体を持つソウジュベイラーを前に、めったに上げない悲鳴をあげ、盛大に尻餅をついた。だが、それも最初だけで、冷静になって観察してみれば、半身は焼け落ち、右手も人間の腕とは似ても似つかない異形。さらには、生気を感じず、今にも朽ちそうだったジョウを見て、恐ろしさよりも、哀れみが勝った。


 せめて怪我だけでも治してやろうと考えるものの、フランツは人生でベイラーと関わった事が無く、その知識も皆無である。怪我をしているのは見て明らかだが、どうすればその怪我が治るのか、見当もつかなかった。病人の薬でさえ手に入らないスキマ街で、ベイラーの治療薬など手に入る訳もない。


 さんざん悩んだ挙句、琥珀色の胸部に触れたところで、フランツは、ベイラーは人間が乗り込む事ができるのを思い出した。たった今自分が触れている場所こそが、人間が乗り込めるスペースであるのだと。


 フランツは問うた。『俺が乗っていいのか』と。


 ジョウは答えた。『君がよければ』と。


 その瞬間、硬いだけのコックピットが、まるで泥のように柔らかく変わり、中に滑り落ちた。訳も分からず手探りで内部を確認すると、その傷だらけの外見とは裏腹に、コックピットの内側は清潔そのものであった。


 そして、二本の突き出た操縦桿を握りしめた時、フランツとジョウは、それぞれの意識と感覚を共有しあった。どちらも初めての経験であり、最初、フランツは。自分では見た事のない視点で世界が広がったことに困惑してしまった。


 しかし、二人の共有が始まった時、ジョウの体に異変が起こる。


 今まで、立ち上がる事さえできないほど、朽ちていくだけの抜け殻だったような体に、フランツが操縦桿を握った事で、全身のサイクルがかつてないほど回転し始めたのである。


 回り続けたサイクルにより、全身の埃が落ち、焼け残った部分も露わになる。それはまるで、人が風呂に入り、体中の垢が落ちて、みずみずしい肌が露わになるように。全身に力が漲り、気が付いた事には、寝転んでいたはずのジョウは、二本の足でしっかりと大地に立っていた。


 その姿を、ベイラーの視点越しに見ていたフランツには、幼い頃から知っていた詩と、立ち上がったジョウの姿が重なった。


 ”恐れるなかれ。灰より命が生まれでる”


 死にかけだったベイラーが、乗り手を得て復活する様と、その歌の内容は、ぴたりと合致する。フランツは、この偶然の一致に、運命的な物を感じざる負えなかった。


 二人の出会いから、数年の時を経て、ナットの前に立ちふさがっている。


「”われら獣の愚かを超えるべく血を集めよう”」


 詩の続きを、静かに唱えながら、右手のドリルを回す。 


《”大皿に血を集め捧げよう”》


 そして、そのドリルと同じか、それ以上の速度で、全身のサイクルが回転し始める。やがてその回転は、高速の域を通り過ぎ、節々からもくもくと黒煙が上がる。乗り手とベイラーの心がひとつとなった証である、輝く『赤目』が、煙の中で怪しく光っていた。


「……暴風、形態」

「お前は、そう名付けたのか」


 ミーンと同質の力を発揮したフランツは、その命名だけは意を唱えた。


「こうなったら、もう何にも阻まれない」

「阻まれない? 」

「そうだ。道も、壁も、思うがままだ」

「……僕らだってそうだ」

「いや。お前たちは違う。お前たちに行けない道を、俺たちは行ける」」


 掲げたドリルを、ミーンに向けてではなく、地面へと向け突き刺した。当然、ドリルは地面に大穴えを開けると主に、辺り一帯に砂塵をまき散らす。


「道って……まさか!? 」


 ようやくナットが呼吸を落ちつけたにも関わらず、ミーンを急いでその場から退かせ、壁へと向かわせる。だが、視界は砂塵で封じされ、さらには、暴風形態によって生じたナットの体へのダメージにより、ただ歩くのでさえ、肩で息をするほど消耗してしまう。


《ナット? 》

「なんで気が付かなかったんだ。あいつら、壁に穴をあけてきてた」

《それがどうしたのさ? 》

「つまり、あいつらは」


 ナットの気付きの答え合わせをするように、ミーンの足元が盛り上がったかと思うと、地面から高速で回転するドリルがせり上がってくる。


「あいつら、()()()()()()()()()()()()!? 」

《ッツ!? 》


 地中からの不意打ち。これこそが、ジョウの最も得意とする攻撃だった。ミーンは、突然現れたせドリルを、上体を逸らす事で、間一髪致命傷を避ける。それでも、完全に避ける事はできず、サイクルドリルがひと撫でしただけで、ミーンのコックピットが盛大に削っていく。ガリガリと琥珀色のコックピットがえぐれ、削りカスとなって地面へと落ちていく。


 地面から飛び出したジョウは、煙を挙げながら、ドリルの先端に付いたコックピットの欠片を、刀の血振るいの要領で振り落とす。フランツは、目の前のベイラーが地中からの攻撃で仕留められなかった事に、おもわず敵である事を忘れ、賞賛を贈った。


「よく避けたな」

「君以外にも、穴掘りが得意なヤツはいたんだ」


 今は仲間の一人であるリクが、まだその名前をもらう前、乗り手はパームであった頃。雪山に潜んで得物を待ち受けるスタイルであった。その話を、ナットはカリンから聞いたことがある。


「もっとも、地中をこんな速度で移動してこなかったけど」

「ならコレはどうだ? 」


 地面からの不意打ちにぎりぎり対応できたのも、リクの話をしっていたからこそ。だが、フランツは、懲りずにドリルで地中に潜っていく。再びミーンの視界が土煙で塞がる。


《ナット、コックピットが》

「ちょっと削れただけだよ。それより走って」

《でもナットが》

「何も一番早くなくっていい。それより僕らの位置が分からないように、ジグザクに走るんだ。じっとしてると良い的になる! 」

《わ、わかった! 》


 地中を掘り進むベイラー。アーリィのような、空を飛ぶベイラーとはまた異質の力を持った相手だるが、ナットには対抗策があった。移動し続ける事で、ミーンの居場所を分からなくさせ、攻撃を無力化するのである。


「(たしかにすごいベイラーだけど、地中から僕らの位置がわかるもんか)」


 ミーンは、スキップの要領で狭い道幅の中で行ったり来たりしている。視界も、じっと地面を見つめ続けている。一瞬でも地表が盛り上がれば、ドリルが現れる前兆である。そうすれば今度は、返し(カウンター)で蹴りを打ち込む。それが、ナットの対抗策であった。


「(それにしても、一回目、僕らの位置を完璧に把握してるみたいだった)」


 そしてナットとミーンは、地面を飛び跳ねながらも、地表に目を凝らしている。もうひとつの策である、とある探し物を探している。そのために視界はぐっと狭くなり、背後にも気を配っていない。


「(地中から僕らの位置を、どうやって見つけ出してるんだ)」


 一度目の奇襲の際、フランツ達の攻撃は、完全にミーンの位置を知って居なければ成しえない不意打ちだった。何かの仕掛けがあるはずだと、ナットは思考し始める。


 地表へと意識、敵の不可解な仕掛けへと思案。その二つが重なった事で、ナットとミーンの注意力がわずかに鈍った。結果、()()()ドリルの音が響いているのに気が付くのが遅くなった。


「地面から、じゃない!? 」

「”大皿に血を集め捧げよう”」

《「人が人であるために”」》


 スキマ街の壁の中から、地中からぐるりと回りこむようにして、ジョウが現れる。地中からの攻撃だけを警戒していたミーン達は、二度目の奇襲に対応できなかった。ミーンの胴体、その側面に、サイクルドリルが無慈悲に突き刺さる。今度は掠ったなど生易しい物ではなく、ドリルの刃が突き刺さり、回転によって削り取られていく。硬質なコックピットを無理やり削り取っていくために、サイクルの音とも違う、耳に残る甲高い切削音がスキマの街に轟く。


《さすがに硬い》

「だが俺たちなら容易い」

《突貫》

「わ、わああああ!? 」


 回転し、削り続けるドリルが轟音を上げ、コックピット迫る。ナットは恐怖で体を動かす事ができず、物事を判断できるような状態ではなかった。ベイラーの体の中で最も硬くできている部位を、瞬く間にに穴が開き、乗り手であるナットを巻き込もうとしたその時。ミーンは起死回生の一手を取る。


《ナット! ちょっと我慢して! 》

「な、なにを」


 ミーンは、その場から立ち退くでもなく、後ろに下がるでもなく、その場で軽く、跳ねた。バッタのように力強い訳でも、鳥のようにしなやかにでもなく、ただ、地面から離れる為だけに跳ねた。

 

 すると、ミーンに対して働いていた強烈な回転は、支える両足を無くした事で、コックピットを削るのではなく、ドリルに巻き込まれた、ただの破片の一部と変わる。ドリルで物を削る際、削る対象をしっかり固定しなければ、綺麗に丸い穴をあける事はできない。さもなければ、高速で回転するドリルは、穴をあける道具ではなく、遠心力で吹き飛ばしてしまう。それはまさしく、独楽(こま)と変わりない。


《お、おおお、おおおお!?? 》

「あ、あああ、ああああ!??」


 ミーンとナットは、ドリルが突き刺さったコクピットを軸にした独楽となった。胴体を起点にドリルの回転と同じ方向に回る。空色をした肌のベイラーが風車のようにぐるぐると周り続ける。乗り手のナットは、骨折した体で、コックピットのシートベルトに締め付けられ異様な声がでる。やがて、ミーンの体に遠心力が働きはじめると、固定の緩かったドリルから、すっぽりと体が抜けた。


 上下左右など確認する暇もなく、ガシャンと地面へと無様に落ちたミーンは、しかしコックピットを無事に守り通してみせた。一番驚いたのは、ドリルを突き出したはずなのに、相手が目の目で急に大回転したフランツ達であった。


「なんて避け方だ。初めて見た」

「僕だって初めてやったよ! ってイテテテ」

 

 その声に、おもわずナットはなんの躊躇もなく抗議してしまう。ミーンの咄嗟のアイディアで命が助かったとはいえ、体中の痛みは消えず、思わず悶えてしまう。


「だが、そう何度も……」


 フランツは、再びドリルを構えさせようとしたその時、最初の奇襲の際に開けたコックピットの穴から、乗り手の姿が見えた。


 見えて、しまった。


「なんで、靴屋が、そのベイラーに乗ってるんだ」

「靴屋? ……まさか」


 自分の事を、靴屋と呼ぶ人物は、龍石旅団の中にはおらず、そして、そう呼ぶであろう人物は一人しか思い当たらなかった。敵であるベイラーの乗り手から零れたその言葉に、体中の痛みを押し込めて、ナットがコックピットから顔を覗かせる。


 フランツは、ベイラー越しで見た物が、最初は信じられず、その目を擦りながら、今度は自分の目で確かめるべく、コックピットから顔を出した。


 同じように、お互いがお互いに、相手がそこ居る事が、信じられなかった。


「フランツ? 」

「ナット、なのか」


 スキマ街の片隅で、謝りたいと思っていた相手が、其処にいた。


「フランツ、君の妹に」

「お前、帝都側の人間なのか」


 だがそれは、ナットからしてみれば、である。


 商業国家アルバトの元首、ライカンの奴隷であるフランツ。彼からしてみれば、仕事の邪魔をされるのは、これで二度目である。一度目は帝都の人さらいの時。二度目は、この破壊工作。


「お前が、ずっと邪魔してきたのか。俺の家に来たのも、偵察か何かか」

「僕は、ただ、君に謝りたくって」

「それもどうせ嘘なんだろう」

「違う! 」

「なら、仕事の邪魔をしないでくれ。それでも俺に嘘じゃないというなら」


 フランツは、冷めた目で、吐き捨てるように言った。


「俺に殺されろ。それで信じてやる」

「そ、それは」

「できないよな。お前は嘘つきだから」


 フランツはそれ以上、言葉を交わす事は無かった。淡々とコックピットに戻り、操縦桿を握りしめる。ジョウと視界と感覚を共有する事で、目に見える景色が一段高い物に変わる。


「……あいつ、だまし討ちくらった奴の仲間なんだよな」


 双子を攫おうとした時、だまし討ちを仕掛け、相手のオルレイトは見事に引っかかり、重症を負った。フランツの中で、だまし討ちを食らうのは、性根の腐っていない、善良な人間である事を経験則で知って居る。


「あいつも、良い奴なんだろうな」


 であれば、ナットは善良な人間に囲まれて育ったのだと、簡単に推察できた。


「でも、駄目だ。この仕事を成し遂げなきゃ、ソフィアを連れ出せない」」

 

 だが彼にも、戦わなければならない理由があった。彼は仕事の一度邪魔をされている、その一度目の失敗を、今回の仕事で帳消しにできなければ、金は払われないどころか、戦争の道具として調教された野生動物たちの餌として使う事を、主人であるライカンから言い渡されている。


 もはやフランツは、逃げる事も、負ける事も、許されなかった。

あんなに一緒だったのに

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