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ベイラー・ジョウ


「(あのベイラー、前に帝都で会った奴)」


 ナットは、避難しそびれていたソフィアを助けるべくスキマ街へと赴いていた。病により盲目であり、足も失っているソフィアを家から連れ出すところまでは、順調に事が運んでいた。


「(アーリィベイラーと一緒にいるってことは、あいつも同盟軍か)」


 そこに、頭巾(フード)を被ったベイラーが、アーリィベイラーを伴って現れた事で状況は一変する。頭巾(フード)のベイラーは、その右手が普通の形をしていない。肘から先が、螺旋を形をした、身も蓋もない言い方をすれば、ドリルの形をしている。全身のサイクルと同じように、ドリル単体も高速で回転し、地面に穴を穿つ事が出来る。


「(あの右手で壁を掘り進んできた? )」

「答える気はないんだな」


 頭巾(フード)のベイラー、ジョウがゆっくりと歩いてくる。右手のドリルはすでに回転が始まっており、ベイラーがその体に受ければ、致命傷は避けられない。


「なら、お前は仕事の邪魔だ。消えろぉ! サイクルドリル! 」

突貫(とっかん)


 乗り手のフランツは、目の前にいるベイラーをずたずたにせんがため、攻撃をしかける。右手のドリルを突き出した突進。生半可な剣や盾では防ぎようもないその攻撃を前に、対するナットは、操縦桿を握りしめ、この狭いスキマ街の空間を思い出して奥歯を噛んだ。


「(後ろに逃げても無駄だ。でも上には天井がある。ならッ! )」


 平時なら、自身の最大限加速させる“暴風形態”を使い、躱すこともできる。しかし、ミーンは今ナットだけでなく、病人のソフィアも抱えている。暴風形態はナットでさえ骨の一本や二本簡単に折れてしまうほどの負荷がかかってしまう。そんな負荷をソフィアが耐えきれるとは、ナットは思えなかった。


 避けるにしても、横方向によけるには道は狭く、上は天井が低く、ぶつかってしまう。故にナットは、正面に活路を見出す。


()だぁあ! 」

「何!? 」


 故にナットは、正面に活路を見出す。高速で回転するドリル、その真下めがけ、ミーンの体を滑り込ませていく。スライディングの要領でジョウの股下をかいくぐり、背後へと回り込む。


「なんかうまくいった! 」

「郵便屋さん、一体何が」

「ああごめん! 驚かせた」

「だ、大丈夫、です」

「よかった。えっと……」


 コクピットの中で、ナットは初めて自分以外の人間を中に乗せている事の自覚を得る。その、胸元で震えている少女を安心させようと名前を呼ぼうとしたとき、肝心の名前を聞いていなかった事実に気が付く。


「名前、聞いていいかな」

「ソフィア、って、いいます」

「びっくりさせてごめんソフィア。でも、ちょっと我慢してね」

「はい」

《ナット! まだ居る! 》


 ジョウの背後に出ることはできたが、ジョウ以外にもまだ相手はいる。3人のアーリィベイラー達は、ミーン目掛けてサイクルショットを向けていた。


「(まさか、このまま味方ごと撃ってきたりしないよな? )」


 三人のアーリィの前には、確かに敵であるミーンがいる。しかし、ミーンの背後には、さきほど股下を通り抜けたジョウがいる。このままサイクルショットが発射されれば、ミーンが避けた場合、後ろのジョウに誤射する可能性があり、同じ同盟軍同士ならば、誤射は避けるべき事態のはずである。


「撃て! 撃てぇ! 」

「見境なしか! ミーン! サイクルシールド! 」

《あいあいさ! 》


 だがその事態など、アーリィの乗り手たちは思いも至っていないようで、頭巾のベイラーが巻き込まれる事など考えもせずにサイクルショットを放ってくる。三人のアーリィ達による一斉射撃を防ぐべく、ミーンが右足を高くあげ、足裏のサイクルを回していく。高速で回転するサイクルから、薄く大きく板状に伸びたシールドが、アーリィ達の攻撃を一心に受ける。ミーンが作り出すシールドは、範囲はもとより、強度がさほど高くなく、サイクルショットの一撃を受けるたびに、端からバリバリと壊れていく。


《足止めされてる》

「わかってる! 」

「俺に後ろを見せるのは、余裕か? それとも眼中に無いのか? 」


 再び、ミーンめがけてドリルが迫りくる。先ほどの反省を生かしてなのか、真下に掻い潜られないように、ドリルの位置が腰より低い位置で構えられていた。これでは、上によける事も、下を掻い潜る事もできない。


「今度は外さない」


 ドリルを構え、ジョウが真っ直ぐ走り込んでくる。対するミーンは、一向に動く気配がない。シールドも、最低限防御できているだけで、あと数秒もすればすべて砕けてしまう。


「ミーン! ちょっと無茶させる! 」

《分かった! 》

「郵便屋さん、何を」


 ナットは、ソフィアの問いかけに応える事なく、後ろから迫る頭巾のベイラーとの距離を注視している。アーリィ達のサイクルショットによる猛攻。それによるシールドの欠けるスピード。なにより、頭巾のベイラーのドリルがミーンに触れるか触れないかの距離に近づく、そのギリギリまで引き寄せる。


 背中に巨大なドリルが迫るその瞬間、ナットは叫んだ。


「ミーン! シールドを()()!! 」

《あいあい、さ! 》


 ただでさえ壊れかけていたシールドを、補強するでもなく、作り直すでもなく、その場で粉々に砕いてしまった。当然、サイクルショットを防いでいたシールドを砕いたのであれば、アーリィの攻撃をその身に受けてしまう。


 だが、ドリルをぶつけるべく駆け出していた頭巾(フード)のベイラーにとっても、その距離はあまりに近すぎた。


「なんだぁ!? 」


 ミーンと共に、アーリィベイラーの攻撃を受けてしまう。その場でとどまっていたミーンと違い、サイクルショットを自分から受けに行くような形で、攻撃を受けてしまう。


「我慢比べだ、頭巾(フード)のやつ!! 」


 無論、ミーンも無事では済まない。至る所にサイクルショットが突き刺さり、空色の肌がそこら中にばらまかれていく。同じように、頭巾のベイラーの肌も、散らばっていく。


「(あれ、あいつの肌って)」


 サイクルショットを受け、コックピットの中でその衝撃に耐えている中、ふとナットの目には、頭巾のベイラーの欠片が映った。


 正確には、ミーン以外のベイラーの肌が転がっているのが分かった。頭巾のベイラーはその肌を頑なに外にだしておらず、今まで何色かも分からなかった。ミーンの肌は、からりと晴れた空のような、水色を少し薄くしたような、パステル調の色彩である。対して、地面に転がっているもう一色は、橙色の色調をしており、それはまるで。


「(まるで、夕焼けの空みたいな)」


 ミーンの青空に対して、夕焼けの空。戦いの中、そんな見当違いの事を思い浮かべていた。



「やべ、奴隷ごと撃っちまった」

「あいつが勝手に飛び込んできたんだ。気にすんな」


 サイクルショットでミーンとジョウをハチの巣にしたアーリィベイラーの乗り手たち、商会同盟軍の彼らは、事態に動揺しつつも、自分たちに課せられた任務の事を思い出し、作業を続行し始める。


「とにかく、爆薬を早く取り付けてずらかるんだ」

「ああ。ここに居たら俺たちだって巻き込まれる」

 

 アーリィベイラーに取り付けていた、人が持つには大きく、ベイラーが持つには小さい木箱を、等間隔に接地していく。木箱の中には、商業国家アルバトが開発した新型爆薬が、これでもかと詰め込まれている。


「この爆弾って、そんな威力なのか? 」

「コレひとつで村一個は簡単に吹き飛ばせるんだと」

「そ、そんなもの運んでたのかよ俺たち」


 商会同盟軍。軍とは名乗っているが、正規の訓練を積んだ、根っからの軍人というのは少ない。そのほとんどが、各地で同盟を結んだ国から派遣された傭兵であり、とくにベイラーの操縦技術に関しては、未だ浸透しきっていない。例外的に、パーム・アドモントが指揮を執っている、『パーム航空騎士団』だけは、パームやケーシィが直々にベイラーの操縦訓練を行っているために、練度は頭ひとつ飛びぬけている。


 それは逆に、パーム航空騎士団以外の乗り手は、剣や槍、弓を持ったことはあっても、ベイラーの操縦桿を握った事など一度もない、ズブの素人たちである。


「俺、ベイラーに初めて乗ったんだが、ずいぶんおとなしいんだな」

「お前、さては説明を聞いてないな? 」

「説明? 」

「俺たちの乗ってるベイラーは普通と違うんだよ」

「何が違うんだ? 」

「そりゃ、人間の事をよく聞くし、逆らわねぇ」

「ふーん。奴隷みたいなもんか」


 彼らには、アーリィベイラーと、それ以外の区別さえ、最初からついておらず、加えて、アーリィが人口的に作られたベイラーであることも、彼らには説明されなかった。それは、ベイラーの出自はさほど重要ではなく、戦う上でなんら影響がないと、パームが判断し、貸し与える際には、出自に関しての説明を省いていた。


 重要なのは、彼らズブの素人が、曲がりなりにもベイラーを操る事で、歩兵としての能力を格段に向上する事である。そして、その歩兵にも、さらなる付加価値として、積載量の向上があげられる。大量の装備を身に着けた場合。歩兵の進行速度はどうしても低下するが、ベイラーならばその問題も解決する。


 そして、歩兵の中でも、工兵しての運用に、アーリィベイラーはまさに最適だった。大量の爆薬を人が運ぶには、その量も限られてしまうが、アーリィであれば、村一つと言わず、帝都の一区画を破壊できる量を運ぶ事が可能である。


 新型爆薬の開発は、アーリィによる空爆の他にも、このように意外な形で発揮されていた。


「お、オイ」

「なんだ、まだなんかあるのか? 」

「さっき撃った奴が」

「あの奴隷ならほっとけ」

《なるほど、その箱に細工があるんだね》


 同盟軍の顔が、一斉にミーンの方に向く。先ほどサイクルショットでハチの巣にしたはずの相手が、ゆっくりと起き上がってる。


「そんな馬鹿な」

「無傷? そんなことが」


 立ち上がったミーンが体を震わせると、無数のサイクルショットを受け、ボロボロになった外套がハラリと落ちた。中から、打ち込まれた数と同じだけの針がポロポロと落ちる。ミーンはあの一瞬で、クルリと一回転させる事で体にその外套を巻き付け、サイクルショットの勢いを殺し、致命傷を防いでみせた。


 外套を脱いだ事で、ミーンの全身が露わになる。空色をしたその体は、アーリィと比べてもやや小さく、少々頼りない。同盟軍の男たちは、さらにミーンの外見的特徴を見て嘲笑った。


「なんだぁそのベイラー。腕が無いじゃねぇか」

「とんだ出来損ないだなぁ」

「アレなら奴隷のがまだマシだぜ」


 同盟軍の男たちから、明らかに侮蔑を含んだ笑い声が上がる。ミーンは、サイクルショットを受け、ボロボロになってしまった外套を見て、胸の中にこの旅の日々が去来している。


 ナットがミーンに贈ったはじめての贈り物。雨の日も風の日も身に着けたその外套は、ほつれるたびにナットが拙い裁縫で縫いなおしていた。龍石旅団として旅しているときは、その裁縫も、マイヤが担当し、見違えるほど良くなった。どれだけ形が崩れようと、新しい物をつけるという選択肢はミーンにはなかった。とても大切な、思い出の品。


 それが、正しく役目を終えた事に、感謝と哀悼を捧げる。


《いままで、ありがとう。ミーンを守ってくれて》

「今度こそ穴だらけにしてやる」


 ミーンの哀愁をよそに、アーリィベイラーが狙いを定める。もうミーンの身を守る物はない。サイクルシールドで耐え切れないのは、先ほど証明されている。あたりさえすれば、ミーンの体はすぐに折れてしまう。それが例え未熟者が操るアーリィでも同じだった。


「くらえ―――」


 狙いをつけ、サイクルショットを撃つ直前、突如として視界が真っ暗になり、ミーンを見失ってしまう。


「な、なんだ!? 」

「お前のベイラーの顔! 人が! 」

「何ぃ!? 」

「気が付くのが遅いなぁこのノロマ! 」


 にししと笑うナットが、右手にべっとりと付いた染料を見せつける。ミーンがゆっくりと立ち上がっていたのは、ナットがコックピットから降りて、アーリィの顔へとよじ登り、その視界を塞ぐ為であった。


 視界を真っ暗にしたのは、ゲレーンでは一般的に使われる染料、センの実である。アーリィベイラーの顔は、ミーン達と違い一つ目であり、塗りつぶしてしまえば、ベイラー側の視界は確保できない。


 ベイラー側の視界が確保できなくても、最悪、コックピット越しの視点で戦う事も可能ではあるが、それは乗り手としても相当の練度が必要となる。そんな練度を、まだベイラーに乗ったばかりの彼らが持つはずも無かった。

 

「塗ったくってやった! しばらくなんにも見えないよ」

「引きはがしてやる! 」

「ま、まて! 近寄りすぎると」


 アーリィの顔に張り付いているナットを引きはがすべく、別のアーリィが掴みかかるが、ナットはその手をスルリとかわしてしまう。さらには、勢い余って、アーリィ同士で衝突してしまい、その場でもみくちゃになって倒れてしまう。


「やーい、このノロマー。ドン亀ー! 」


 これ幸いとナットは倒れるアーリィから飛び降りて、そそくさとミーンの元に戻っていく。


《おかえりナット》

「ただいま」

《ミーン、奴隷の方がマシだって》

「あー、言ってたねぇそんな事」


 同盟軍の男たちの心ない言葉。以前であれば、ナットはその言葉一つに激昂し、我を忘れて怒り狂っていた。だが、ナットはもう、怒りに身を任せた行動をしない。その行動が、ミーンをさらに苦しませるのを、この旅で学んでいた。


《もう大丈夫? 》

「うん。ソフィアは建物の中に入ってもらってる」

《分かった》

「じゃあ、あいつらをぶっ飛ばそう」


 だが、それはそれとして。ミーンの事を悪く言った連中を許すつもりもなかった。視界を塞ぎにコクピットから降りた際、万が一を考え、ソフィアを離れた場所へと送り届けたことで、ミーンは十全に力を発揮できるようになる。


《うん。そうする》

「クソ、舐めやがってぇ! 」


 ようやく立ち直ったアーリィベイラーの3人が目にするには、先ほど自分たちが侮っていた、線の細い小柄なベイラー。そのベイラーから、見た事もないような黒い煙が立ち込めている。


 耳には、聞いたことのない炸裂音。それが、目の前のベイラーから出ている物だと気が付くのに時間がかかった。サイクルが超高速で回転しているために、余剰として黒い煙が出ている。バチバチと火花が散りながた、ミーンは体をかがめる。


「な、なんだお前はぁ!? 」


 同盟軍の男たちは、目の前の理解不能な現象に恐怖した。


「吹き荒べ、ミーン! 」  

《あいあいさ! 》

「撃て! 撃てぇえ!! 」


 サイクルショットを、もはや狙いもつけずに撃ち放つ。恐怖で照準も定まってもいなかったが、しかしミーンとの距離は、撃てば当たる程度には近かった。


 だが、アーリィベイラーが撃ったサイクルショットの全てを、ミーンは加速の乗った体で吹き飛ばしてしまう。一瞬で最高速度に達する事のできる、ミーンの『暴風形態』。その真骨頂は加速の乗ったミーン自体が、最大の武器になる点にある。圧倒的な速度でぶつかった相手を、体当たりだけで打ち勝ってしまえる。わずかな体躯の差など、もはや関係ない。


「こんなやつら、蹴飛ばすまでもない! 」

《全員吹き飛ばす! 》 

「く、くるなぁあ!! 」


 サイクルショットが効かなくなったことで、男たちの混乱はさらに極まり、もはや逃げる事しかできなくなった。サイクルショットの構えを解き、スキマ街の奥へと逃げ込もうとする。そんな彼らの足で、ミーンから逃れられるはずもなかった。


 成すすべなく吹き飛ばされていく三人のアーリィベイラー達。あるものは地面にめり込み、あるものは壁に激突し、あるものは、天井に突き刺さって、そのまま動かなくなってしまう。たった一瞬で、形勢は変わり、そして決着もついてしまった。かに思えた。


《ナット》

「まだ立てるのか」


 頭巾(フード)外套(マント)を身に着けていた、フランツのベイラー、ジョウも立ち上がる。彼らもまた、ミーンと同じように、体を回転させて布を噛ませる事で、サイクルショットの攻撃を防いでいた。


「もう同盟軍の連中は居ない。君の負けだ」

「まだ、負けじゃない」


 ズルリと布が落ち、その全身が現れる。そのベイラーの肌は、橙色よりも、わずかに淡い色合いをしており、それはナットが感じていた、夕焼けの空のような美しい肌だった。()()()


「君の、ベイラーは」

「この掃き溜めにたどり着いたのは、人間だけじゃなかったって事だ」


 夕焼けのように美しい肌の、その半身は、無残にも焼け焦げていた。特に左手の損傷が著しく、もう関節のサイクルも満足に動かせないのか、ほぼ体にくっついているだけの状態で、ピクリとも動いていない。火傷の跡は、ベイラーの顔にまで及び、バイザー状の目の半分は焼け落ち、発行体である球体が外から丸見えの状態だった。


「他の連中はもう伸びてるのか。使えないな」

「もういい、僕は君と戦う気はない」

「俺には、ある」


 フランツの声に応えるように、彼のベイラー、ジョウは一歩を踏み出す。歩きだすたび、焼け焦げた体から、煤がパラパラと舞った。


「仕事の邪魔をされた。このままじゃ帰れない」

「し、仕事? 」

「その木箱を設置して起爆させる。邪魔をするならお前を殺す」


 煤だらけになった体で、一歩ずつあゆみを進める姿に、ナットは思わず声を張り上げた。


「やめろ! それ以上、そのベイラーを動かすな! 」

「……なんで、お前が、ジョウの事を気にするんだ? 」


 心底分からないといった口調で、フランツは続ける。


「お前には関係ないだろ」

「か、関係ないけど」

「関係ないから、お前を殺す」

「(だ、駄目だ、あんなベイラーと戦えない! )」


 ナットの目には、半身に火傷を負った、”かわいそうな”ベイラーとして映っている。事実、きちんと動いているのが不思議なくらい、そのベイラーは痛々しかった。外見上の差とは恐ろしいもので、まだ外套(マント)頭巾(フード)を身に着けていた頃の方が、納得の上で戦う事ができた。しかし、頭巾の奥にあった痛々しい傷跡を見た事で、ナットの戦意はみるみる萎む。そんなベイラーとは、戦うより先に、まずは傷を癒してほしいと願ってしまう。


「ミーン! 撤退! 」

《わ、分かった! 》


 そして、ミーンは完全に戦意を喪失し、逃亡の一手を取った。『暴風形態』のミーンであれば、即座にその場から離れる事ができる。


「(でもその前に、あの木箱は何とかしないと)」


 駆け出す寸前に、アーリィ達が設置した木箱の位置を確認する。まだ火はついておらず、爆発する兆候もない。


「(数は3つ。蹴破って即座に逃げれば)」

 

 爆薬の威力は、すでにナットも知っている。その上で、木箱を破壊すれば、中央にいるコウ達や、スキマ街に残したソフィアから危険を取り除く事ができる。さらには、傷だらけのベイラーと戦う事もない。ナットの頭の中では、これ以上ない計画だった。


「ミーン! 一つ目! 」

《あいあいさ! 》


 その場から駆け出すフリをして、設置された木箱へと向かう。『暴風形態』を維持したまま移動したために、その速度はすさまじい物だった。今のミーンの速度は、並大抵の人間では、目でも追いかけられないほど速い。


「まずはひとつ―――」


 そして、木箱の前にたどり着こうとした時。目の前に、半身に大やけどを負ったベイラーが立ちふさがっていた。先ほどまでミーンと距離は離れており、歩くのにも難儀していたはずのそのベイラーが、悠然と立っている。


「いつの間に!? 」

《まって、もしかして、このベイラー》

「……奇遇だな。本当に」


 ミーンの前に立ちふさがるジョウ。その関節からは、ミーンと同じように、サイクルが高速で回転し続ける事で起きる、焼け焦げた肌を同じか、それ以上に黒い煙が、もくもくと立っている。


 壊れた片目からは、発行体が痛々しほどの真っ赤な光を放っている。


「ま、まさか」


 ナットは疑心暗鬼になりながら、体に鞭を撃ち、一個目の木箱を無視し、二個目の木箱の元へとミーンを疾走させた。加速する暇なく、一瞬で最高速度に達したそのスピードは、風さえも置いていき、関節からでる黒煙だけが、ミーンにひと呼吸遅れてついてくる。いままでは、ミーンについてくるのは、その黒煙だけだった。


 そのすぐ横に、夕焼け色の肌をしたベイラーが、同じように黒煙を上げて()()()()()()


「間違いない、このベイラーは」

「なんだ、逃げるんじゃないのか? 」


 ミーンの超高速の動きに完全に対応できるのは、同じように、超高速で動く事のできるベイラーのみ。アイやコウでさえ叶う事のないその速さを、フランツのベイラーは持っている。


「ミーンと()()()() 」

「逃げないなら、こいつをくらえ! 」


 無造作に突き出されたサイクルドリルを、急停止で躱す。高速移動中の急制動により、ナットの体に多大な負荷がかかった。全身が圧迫され、肺から強制的に空気が吐き出される。


「ガァ!? 」

「コレを使った俺たちから、逃げられると思うなよ」


 右手のドリルも、その全身と同じように、今までになく回転している。


 ソウジュベイラー・ジョウ。かつて半身に火傷を負ったベイラーであり、そして奇しくも、ミーンと同じ体質であった。

  

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