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スキマの邂逅


 ゴールデンベイラーとの闘いに終止符が打たれた少し前。今の今まで戦いに参加していなかったナットとミーンは、避難誘導と、逃げ遅れた人々が居ないかの最後の確認を済ませていた。


「やっぱり居ない」

《みんなおんなじに見えるけど》

「でも、居ないんだ」


 避難船に乗り込んでいく人々を見送り、ナットがミーンへと乗り込み、一目散にスキマ街へと走っていく。彼ががスキマ街に向かうのには理由がある。


《地図をもらっておけばよかったのに》

「地図にこの街の事書いてなかったから無理だよ」

《そうだった》


 避難民を誘導している最中、その人だかりの中においても、スキマ街で傷だらけになった人々は良く目立った。彼らは、全身に火傷を負いながらも、ろくな薬を使う事も出来ず、応急処置として包帯を巻いている。


 その彼らの中に、ナットが知っている人物がいなかった。


「フランツ達が居ない。妹さんもだ」

《だから、探しにいくんでしょ》

「うん。それに、届けたい手紙もある」

《今度は、きっとうまくいくよ》

「スキマ街にミーンが入れるかわからないけど、手伝ってくれる? 」

《あいあいさー》


 スキマ街の存在を教えてくれたフランツと、その妹。妹の方はまだ名前を教わっていなかった。その兄妹が、避難船に乗り込んでいない。ナットは、彼らが逃げ遅れたものだと判断し、スキマ街へと向かっていた。

 


《さっそく手伝えないじゃん》

「スキマ街、狭いからね」


 ミーンが手伝いに意気込んでいたが、最初の仕事は、壁の上でロープをたらす事だった。ミーンの体に杭を撃ち、その杭にロープを巻き付け、壁の下へと垂らす。スキマ街は、増築を重ねた地区を隔てる壁と壁の間に存在する。壁を壊せば中に入れるが、入れたとしても、ベイラーが歩けるほどのスペースは無いに等しい。


「ミーンが奔れそうな場所に出たらすぐ呼ぶから」

《心配だなぁ。ナットはすぐ先走るから》

「すっごく耳が痛い」

《必ず呼んでね。絶対だよ》

「うん。じゃぁ、また共に」

《また共に》


 相棒に手短な別れを告げ、ズルズルとロープを伝って降りていく。


 壁そのものが高い事に加え、降りれば降りるほど視界は暗くなり、地面が見えなくなっていく。


「(ロープの長さ足りるかな)」


 用心で長いロープを用意したとはいえ、壁面の下に届くかどうかまでは考えていなかった。最悪の場合、ロープの長さが足りず、途中で宙づりになったあげく、力尽きて落ちてしまう。そんな不安と恐怖がナットの身を包む。


「(空を飛べるって、便利なんだなぁ)」


 ふと、仲間のベイラーを思い出す。コウやセス、ヨゾラは自力で空が飛ぶ事ができる。また、レイダはヨゾラと共に空を飛ぶようになるも、最近は珍しくなくなった。なお、ミーンやリクは、ヨゾラと共に空を飛ぶ事は少ない。ミーンは身に着ける外套(マント)が、 リクはその四本腕が災いして、寄せ植え(ガッタイ)できないのである。それでもリクの場合は、かろうじて、ヨゾラが伸ばした手に捕まる事で疑似的に寄せ植え(ガッタイ)は可能だが、両手の無いミーンの場合はそれも叶わない。


「(でも、飛べたら飛べたで、コウみたく墜落しまくるのもなぁ)」


 無論、飛行は恩恵ばかりではない。常に墜落の憂いは避ける事ができず、事実コウは帝都に来る前に、砂漠での墜落回数は二桁を優に超えている。乗り手が居ない状態であったからまだ問題無かっただけで、これがコックピットに乗り手がいれば、その二桁の数だけ、乗り手が怪我、もしくは重篤な障害が起きていても、おかしくない。死亡してしまう事だってあり得る。


「やっぱり走れればいいや」


 飛行へのあこがれにきっぱりとあきらめがついたころ、ロープの先に降り立つべき地面が見えてくる。ロープの長さ問題は解決し、ナットはスキマ街へと降り立った。到着した所で、当初の懸念通り、ミーンが入れるほどの幅では無い。


「よし。フランツ達の家は……」


 スキマ街にたどり着いたものの、人影はなく、薄暗さも相まって、不気味な雰囲気がさらに加速している。一瞬、ナットはロープを手繰り寄せミーンの元に帰りそうになる。


「(だ、ダメだ。フランツ達はこの場所にまだ残ってるかもしれないんだ)」


 逃げ出したくなるような空間にまだ人がいるかもしれず、その人が、自分の知り合いであるかもしれない。彼にとっての動機は、それで十分だった。


「それに、まだ僕は謝ってない」


 フランツの妹。彼女に、図らずとも嘘をついた。彼女に靴を贈ると約束してしまった。その彼女には両足が無いにも関わらず。フランツはナットに激昂し、二度と来るなと脅した。


 彼の怒号は、ナットの脳裏にはこびりついている。それでも、彼らがこの戦いに巻き込まれるのだけは避けたかった。


「スキマ街はつながってる。なら走り回ってれば、必ず」


 スキマ街の構造上、街は円環となっている。全周はそれこそキロ単位であるが、道が分からずとも迷う事はない。そして目的地に関しても、彼に間違いはない。


「とにかくミーンを呼べる場所まで」


 郵便屋をして培われた土地勘の習熟速度により、フランツの家の形かはしっかりと覚えていた。そして、距離さえ考えなければ、円周の作りであるスキマ街であれば、必ずたどり着く事ができる。


「大丈夫だ。僕なら絶対見つけられる」


 ナットは、薄暗いスキマ街を駆け抜けていく。



「今日、みんないないなぁ」


 フランツの家、スキマ街の中でも比較的小奇麗な造りをしている。二階建ての家のベットに横たわるのは、全身を包帯で包んだ少女。両目も見えず、両足も無い彼女は、唯一の肉親である兄の帰りをじっと待っている。


「それに、なんか変な音がよく聞こえる」


 ソフィア。フランツの妹であり、不衛生なこのスキマ街で生まれ、病魔に侵された体で懸命に生きている。フランツは現在、商会同盟軍に参加中であり、帝都ナガラを侵攻している事など、夢にも思っていない。彼女はただ、兄が無事に帰ってきてくれる事、それだけを願っていた。


 アーリィベイラーによる空襲。そして王城を守る壁の破壊。二人のベイラーによる同時バスター化。ゴールデン・ベイラーの出現。状況が目まぐるしく変わっていた戦場が、壁を隔て先で行われている事も、まったく想像していない。 


 ただ、リクによって壁が壊され、スキマ街に居た人々が、こぞって外にあふれ出ていた為に、あたり一帯の静けさだけが、異様に際立っていた。スキマ街の人々にとって、この肥溜めのような街から脱出できれば、他にはどうでもよく、ソフィアのような病人を背負っていくような善性は、持ち合わせていない。


 よって彼女は文字通り、置いてけぼりにされていた。如何に彼女の兄、フランツが周りの住人に、手間賃を与えていたとしても、彼らにとってはもうフランツの事さえもどうでもよかった。

 

 その静けさが、突然響く、せわしない足音でいっぱいになる。


「(だれか来た……すっごい走ってる)」


 ソフィアは長年の病床生活で、両足、両目、手の感触さえおぼろげであったが、五感の内に残った聴覚は、ひどく鋭敏になっている。その耳が、聞こえてくる足跡の主は、足腰がしっかりしており、どこも怪我をしていない若者であると告げていた。警戒心が否が応でも跳ね上がる。


「(だれ? お兄ちゃんじゃない)」


 兄であるフランツは靴を片足しかもっておらず、足音も左右で異なりバラバラ。だが今近づいてくるのは、両足とも靴を履いた人間が出す、規則正しいもの。加えて、丈夫で重そうな革靴の音であった。


 その足音は、まっすぐソフィアのいる家へと向かってきている。距離が近くなるにつれ、激しく肩で息をしているのも聞こえてくる。


「(走ってきてる。お兄ちゃん以外で、この家を知ってる人? )」


 該当する人物が思い描けず、ソフィアは困惑してしまう。


「(だれ? 誰が来るの? )」


 体が恐怖に支配され、ベットの端まで身を捩る(よじる)。逃げ出したくても、彼女の足ではそもそも逃げる事ができない。やがて、その足音の主が、家の扉をガンガン叩き始める。


「フランツ! フランツ! 」

「(この声……どこかで聞いたような)」


 声の主に疑問を抱きつつも、ソフィアは居留守を決め込む。それは身の安全を守る為に身に着けた、彼女なりの防衛手段でもあった。


「妹さんはいるのか!? 僕だ! ナットだ! 」

「(ナット? 誰だっけ? )」


 掛け布団をかぶり、じっと息をひそめる。扉を叩く音は激しくなり、ついにナットと名乗る人物は、ドアを蹴破って家の中に入ってきた。埃でむせかえりながら、階段をのぼりきる。


「や、やっぱり居た! 」

「だ、誰ですか。この家には何もありません」


 目も見えず、足もないソフィアは、抗う事も逃げる事もできない。もしナットと名乗る人物が悪漢であれば、ソフィアにはなすすべがなかった。


「持っていくなら、好きなものを持って行って。だから、乱暴しないで」

「何言ってるんだ。いいから早く逃げないと」

「逃げる? 何処に? 」

「壁の外だ! 」


 声の主が、わずかに声を張り上げた。


「帝都は今戦場になってる。みんな避難してるんだ」

「戦場? 避難? 」

「くそう。フランツはどこに行ったんだ」

「お兄ちゃんをしってるの? 」


 ソフィアが、かぶっていた薄い布団から顔をのぞかせる。視界はほぼ零であり、声の主がどこにいるのかもわからない。


「知ってる。だからここに来たんだ」

「あなた、誰? 」


 問いかけと共に、その人物がゆっくりと近づいてくるのが足音で分かる。そして、優しい手つきで、その手を取った。


「僕はナット。ナット・シング。靴屋さんだ」

「ああ! あの時の! 」

 

 声の主が分かったとたん、ソフィアの緊張の糸が切れ、へなへなとベットに横たわってしまった。声の主―――ナットは、思わずその肩を抱きとめた。


「だ、大丈夫? 」

「ごめんなさい。てっきり、強盗かなって」

「―――謝るのは、僕の方なんだ」


 ナットは、ソフィアに頭を下げながら続けた。


「僕は、本当は靴屋じゃないんだ」

「そうなんだ」

「僕は、嘘をついた。許してほしい」


 オルレイトの勉強会により、郵便屋としてではなく、商人になる展望を描いていたそんな折に、ナットはフランツ達と出会った。最初フランツに『靴を寄越せ』と追いはぎまがいな事をされながらも、交渉によってその場を丸く収める事ができた。その交渉で気を良くしたナットは、ソフィアにも、靴を贈ろうと約束してしまったのである。


 足が無いと気が付いたのは、贈る約束をした直後だった。無論、ナットに嘘をつくつもりはなかった。ナットはただ、ソフィアに喜んでほしいだけだった。


「僕は本当は郵便屋で、手紙を届ける仕事をしているんだ」

「お手紙を? 」

「うん。だから、手紙を、届けにきた」


 ナットが普段から愛用しているカバンから、一通の手紙を取り出す。一瞬、ソフィアが困った顔をする。彼女は文字が読めない。目が見えていたとしても、文字の読み方を知らなかった。


「えっと、その」

「フランツと一緒に、読んでほしい」

「お兄ちゃんと? 」

「うん。そして、僕の仲間にも会ってほしいんだ」

「郵便屋さんの、仲間? 」

「いろんな人がいるんだ。狩人とか、姫様とか、あと本の虫とか」

「本の虫? それってどんな虫なの? 足がいっぱいある? 」


 一瞬、ナットが呆けた顔をするも、意味を読み取り、思わず笑い声をあげてしまった。ソフィアは自分の言っている事の何が間違っているのかが分からず、しきりに首を傾げ、ナットはそれに気が付かず、ずっと静かに笑いづづけていた。誰も居ない静かな空間で、ナットの陽気な笑い声だけが響いている。


「えっと、郵便屋さん? 」

「ハッハッハ……ごめんごめん。本の虫っていうのは、たとえ話で、本がすっごく好きな人って意味なんだ」 

「そうなの? 」

「ああ。他にも、いろんな人がいる……そういえば、フランツは? 」


 ひと段落したのちに、フランツの居場所が気になり、ナットは問いかけた。戦争中に妹を置いて出かかるような人間性ではないと、ナットの直感が告げている。


 その問いに応えるように、ソフィアは続けた。


「お金を稼ぐんだってお仕事に行っちゃった」

「し、仕事? 」

「うん。今やってる仕事が終われば、サーラに行けるんだって」

「サーラに? 」

「この街を出て、二人で静かに暮らそうって。でもね」

「でも? 」

「私は、お兄ちゃんがいれば、どこだっていいの。なのにお兄ちゃん、仕事でいつも怪我して帰ってくるの。薬もそう。自分の食べるものだって買わないのに、全部薬と包帯に変えちゃうの」

「……もしかしたら」


 ナットは、ソフィアの現状を聞き、己のできる範囲の事がどれほどあるかを考え始める。彼女がこれから先、本当にこの場所に長居する事が良い事なのかどうか。怪我をして帰ってくるフランツ。目も足も不自由な妹。彼らを助けるには、自分ひとりの力ではどうにもできない。


 だが、ナットはひとりではない。


「ここから出よう」

「え」

「サーラに行きたいなら、僕の知り合いが海賊だ。船をだしてくれる」

「郵便屋さんが、海賊と知り合い? 」

「ああ。だから、お兄さんと一緒に」

「いいの? お金ないよ? 」

「いい! 」


 ナットは力強く応えた。


「これは、僕にとっての償いだ。嘘をついちゃった代わりに、二人のしたいことを、僕が後押しする。もうフランツが怪我することはない」

「なら」


 ソフィアが、胸の前で手を組みながら、ずっと奥でつっかえていた感情を、少しずつ少しずつ吐き出していく。


「もう、お兄ちゃんが、危ない事をしなくってもいいの? 」

「そんなことさせない。サーラは漁師の国だ。きっとよくしてくれる」

「私、こんな体だよ」

「病気を治せるベイラーがいる。きっとよくなるよ」

「私、私」

「君は何か、やりたいことって、ある? 」

「やりたい、事? 」


 ナットが、話を遮るように問いかけた。


「なんでもいいよ。何かある? 」

「でも、私働けないから」


 兄であるフランツに、長年、引け目を感じていた。せめて両目が見えれば、せめて足が使えれば、何か仕事を手伝えたかもしれない。その両方がないソフィアにとって、働く事はほぼ不可能である。


 ナットの質問を、ソフィアは曲解してしまう。自分の願望は、少なくとも、働ける者でなければ、叶えることができないと信じ続けてきた。


 だが、ナットはそれを否定する。


「違う。働く事じゃない。君がやりたい事だ」

「私の、やりたい事? 」

「やってみたい事。見てみたい事。なんでもいい。何かある? 」

「何か……」


 ソファアは、自分の両手を見る。体の中で唯一自由に動くその部位で、彼女は、たった一つだけ、やりたいことがあった。


「私ね、大工さんの仕事がしたいの」

「大工? 」


 一瞬、ナットが面食らう。とてもではないが、ソフィアの体では、大工のような、体を使う重労働に向いていない。それでも、ナットはじっと、ソフィアの話の続きを待った。


「それでね、おっきくて、あったかいベットを作るの。二人で横になれるおっきなやつ、お兄ちゃんが、床で寝なくても済む、あったかいやつ」


 ソフィアが眠るベットは、このスキマ街では珍しい、かなり上質なベットである。しっかりと布が縫い付けてあり、掛け布団もただの布切れではなく、宿屋で見られるような、しっかりとわたの入ったもの。


 しかし、大きさは一人用で、とてもではないが二人並んで眠ることはできない。


「そんな場所が、作れたならなぁって」

「サーラなら、きっとできるよ」

「連れて行ってくれる? 」

「ああ。今度こそ、嘘じゃない。だから、ここを出よう」

「どうやって? 」

「僕の相棒を呼ぶ。ここなら呼んでも大丈夫だ」


 ナットが、迎えを頼むべく、首から下げた笛を鳴らした。ほの暗いスキマ街の中で、ナットの鳴らした笛は不気味なまでによく響いた。家の前はスキマ街の中では比較的広く、ベイラーを呼んだとしても、足場に困る事は無い。ソフィアは、ナットの鳴らした笛の音が、初めて聞くはずの音色に、思わず聞き惚れてしまった。


「なんだか、心地いい音色。なんていう楽器? 」

「ミーンを呼ぶための笛だよ」

「ミーン? だぁれ?」

「今、来る」


 次の瞬間。ソフィアの家の前に、空色をしたベイラーがすさまじい勢いで着地してきた。土煙の中外套をはためかせて立ち上がるのは、ナットの相棒。バイザー状の目が、家の中にいるナットを確認すると共に、わずかに落胆している。


《ナット。まさかその女の子を口説きにこんな街に? 》

「ち、違うって! 」

《冗談だよ》

「冗談に聞こえないって! 」

「郵便屋さん。今の声は誰? それに、外ですっごい音が」

「ミーンだ。僕が乗るベイラーだよ! 」

「郵便屋さん()ベイラーに乗るの? 」

「……も? 」


 ナットが聞き返した直後だった。ソフィアの家のすぐ近く。スキマ街の壁から、ゴリゴリと土を削るような異音が鳴り響き始める。それは徐々に近くなっている。


「ミーン、他の誰か呼んだ? 」

《いいや。ミーンだけ》

「そしたら、コレなんの音だろう」


 ナットは最初、仲間の誰かが壁を壊してきたのだと錯覚した。のちにリクが本当に壁を壊していたのだが、それは別の話。


 壁を削る切削音が一旦止んだものの、次の瞬間。内側から蹴り破るようにして、アーリィベイラーが姿を現した。翼のついた細い体。毒々しい翡翠色をしたコックピット。ぎょろりと覗く一つ目の顔。仮面卿が貸与し、同盟軍が使用している人工ベイラーである。


「なんでこんなとこに! 」

《ナット! 早く乗って! 》

「ミーン、この子も一緒に! 」

《ええッ!? 》

「お願いだ! 頼むよ」


 ミーンは、乗り手であるナット以外の人間を乗せるのに、最初は難色をしめした。ベイラーのコックピットは、ベイラーが認めた相手以外は乗り降りする事ができず、逆にいえば、乗り手だと認められた者は、そのコクピットを自由自在に行き来できる。来ている服はもとより、荷物類や小道具、本棚を持ち込むことさえできる。だが、乗り手以外の人間を乗せるというのは、人間でいう浮気と大差ない。例外として、もともと乗り手が2人必要なリクや、アーリィと同じ人工ベイラーのヨゾラなどは、さほど違和感を感じない。


 ミーンが出し渋っていると、ナットの怒号が飛んだ。


「アーリィが居る場所に病人を置いていけないだろう! 」

《あーもう! わかったよ! 早く乗って! 》

「ありがとうミーン! さぁ行こう! 」

「えっと、どこに」


 非常事態である事を盾にし、なんとかミーンの同意を得ると。ナットはソフィアを抱きかかえ、ミーンの元へと走っていく。ソフィアは、自分の体が宙に浮いた感覚を得たと同時に、急に抱きかかえられた事で大いに混乱した。


「郵便屋さん!? 」

「ミーン! 座って」

《はいはい》


 本来であれば、横抱き、いわゆるお姫様抱っこをするのが、ナットも相手が喜ぶだろうと踏んでいた。しかしながら、ソフィアは両足が無い為、横抱きではバランスを崩しかねず、そもそも横抱きはある程度抱かれた側が手の力を使う必要がある。ソフィアの体力があるとは考えにくく、必然、樽を担ぐような形で、ソフィアを抱きかかえた。この方式であれば、ナットの片手が空くのもメリットとして挙げられる。このあとナットは、ミーンの体をよじ登らなければならない。ミーンにもまた、支える腕は無いのだ。

 

 足を投げ出すような形で座っているミーンを、なんとか片手でよじ登り、コックピットに収まる。一人乗りの中に無理やり二人が入り込んだ形であり、いささか窮屈になる。


「ここが、ベイラーの中? 初めて乗ったわ」

「あとでちゃんと紹介するから! ミーン、アーリィはどうなってる? 」

《何か置いてる。なんだろうアレ》


 操縦桿を握り、ミーンと視界を共有する。さきほど壁を蹴破ってきたアーリィは、まだミーンに気が付いていないのか、スキマ街に到着するや否や、何か筒状の物を設置している。


「置いてるって、罠か何か? 」

《ここからじゃなんとも》

「気が付いてないならちょうどいいや。ここはやり過ごして―――」


 ナットがここから逃げる手筈を考えた矢先。蹴破られた穴の中から、一人のベイラーが顔をのぞかせた。ミーンと同じように、外套を羽織っているが、さらに頭巾(フード)までかぶっている。全身をすっぽりと覆うようにしているその姿は、地面から伸びる影に見えた。


 唯一、琥珀色のコックピットが、その影のような外見の中で、目立っていた。


「(あいつは、オルレイトを刺したやつが乗ってたベイラー! )」


 それはまだ帝都に来たばかりのころ、裏路地で出会った、右腕がドリルに変形している奇妙なベイラーだった。


「(なんであいつが同盟軍の連中と一緒にいるんだ!? )」

「―――オイ」


 どこまでも感情を押し殺した声が、ミーンに向けて発せられた。


「そこで何をしてる」

「(まずい、見つかった!? )」

「その家の前で何をしてる? 」


 ドリル状になったそのベイラーの右手が、高速で回転し始める。


「答えろ。おい」

「(4対1! しかもこっちには病人が乗ってる! マズイ! )」


 ナットは、この場を如何に潜り抜けるか、それだけに頭の回転を費やし始めた。


 今、目の前にいるのが、ソフィアの兄であるフランツであることも。そして、フランツもまた、相手の乗り手がナットであることも。


 まだこの時は、ふたりとも知る由もなかった。、


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