灼熱の底へ
ゴールデンベイラーに、帝都の金貨を食わらせ、自重で崩壊させる。その手筈は、成功していた。ゴールデン・ベイラーはその形を保つ事ができずに、四肢から崩れ落ち、二度と立つ事ができなかった。そこまでは、カミノガエ立案の作戦通りだった。
だが、突如として、ゴールデンベイラーの足元が崩れ、龍石旅団や、共に戦っていたアレックス、そしてパーム達でさえ、落下していく。
崩落し落下した先に広がるのは、地上に城が立っていたとは思えないほど、広大な地下空間だった。赤黒い土がドーム状に広がり、コウ達はちょうど、ドームの頂上から落ちてきた形になる。
そして、ドームの直径に当たる部分に、ぐるりと囲む足場が組まれている。足場は頑丈で、ベイラーが乗っても問題ないほど広く、大きい。
本来そのドームには、ただの虚空を収めるだけの空間だった。
《な、なんだこの空間》
「これが、あの王城の地下? なんて広さなの」
《それにこれは、柱か? 》
ドームの中心部は窪んでおり、さらに地下奥深くまで続いている。だがその地下から、黒い柱が4本、真っ直ぐのびていた。その柱は、パッと見ただけでは何でできているかもわからない。
《ひとまず、このままじゃ墜落だ! 》
不自然な柱が気になるものの、落下中であることは変わりない。コウはサイクルジェットを点火し、2対4枚の翼を広げ、推力を得て崩落した中を飛び上がる。空中に飛散している瓦礫により、安定飛行などは望む事ができず、ただひたすらよけ続けながら、散り散りになった仲間たちを見つけ出す。
《黒騎士の奴! ゴールデンベイラーに金を食わせすぎだ! 》
「とにかくみんなを助ける! 」
《お任せあれ! 》
コウがまず最初に目にしたのは、バスター化したアレックス。だがその大きさ故、落下したとしてもさほどダメージを負うとは、カリンは思えなかった。落下したベイラーはほかにレイダ。セス。リク。ならば、飛行能力を持たないレイダとリクを探し出す。
《いた! リクだ! 》
「捕まえて! 」
崩落していく瓦礫の中、何もできずに両腕をぶんぶん振り回しているリクは、黄色い肌も相まって非常に目立ち、真っ先に見つかった。降り注ぐ瓦礫を掻い潜り、リクへと手を伸ばす。
リクも、コウの事を見つけ、精いっぱい手を伸ばした。お互いにがっしりと握り合うと、リクはコウにぶら下がるような形で拾い上げられる。
「コウだ! 」
「助かった!」
《―――! 》
《他のみんなは!? 》
「セスはむこう! 」
「たぶんなんとかなってる! 」
《なら、あとは陛下とレイダさんか》
「陛下さんならあそこだよ! 」
《陛下さん? って》
リクが指さす先に、ウォリアーベイラーがなすすべなく落下していた。幸い、細かな瓦礫は身に着けた鎧により軽減されているものの、落下の衝撃までは耐え切れるはずもない。
《リク! ちょっと手伝ってくれ! 》
《―――! 》
落下中で、飛行できないのは、レイダ、リク、ウォリアー。アレックスも飛行はできないが、バスター化して巨大になったベイラーであれば、落下の衝撃などいかように耐える事が出来る。しかし他の三人はそうはいかない。とくにウォリアーに乗っているカミノガエは、まだベイラーに乗ったばかりで、闘うことはおろか、走る事さえまだままならない。そんな彼が、突然空中に放りだされてしまえば、パニックに陥るのは自明の理であった。
しかし、コウにも限度がある。三人を抱えるには、文字通り手が足らない。故に、手が物理的に余っているリクに救援を求める。意図を理解したリクは、コウとつないでいない方の片手を伸ばし、ウォリアーベイラーに掴みにいく。
コウが接近している事にカミノガエが気が付いたのか、必死にウォリアーベイラーの手を伸ばした。コウとリク、二人分の長さ、それに加え、ウォリアーが伸ばした手によって距離を稼ぐ事ができ、カミノガエのウォリアーは、なんとかその手を掴む事が出来た。
「カリンか! よく来てくれた! ほめて遣わす」
「リオもいるよ! 」
「クオもいる! 」
「おお、貴君らもほめて遣わす。」
コウの片腕に、ベイラーが2人プラプラと揺れながら、墜落だけはしないように、サイクルジェットの調節でカリンはてんやわんやになる。
「リオ、クオ! セスは!? 」
「セスはむこう! 」
「たぶんなんとかなってる! 」
「ありがとう! 助かるわ」
《あとはレイダさんか》
リクを掴んだまま、飛行を続ける。推力にはまだ余裕があるものの、飛行するには環境が劣悪すぎた。頭上から雨のように降り注ぐ石畳の瓦礫。さらには、進路を阻害する柱の存在により、飛行は困難を極めた。
《(瓦礫が翼に当たったらアウトだぞ)》
通常、瓦礫に当たればベイラーは耐える事などできないが、コウにはサイクル・リ・サイクルによる再生の力があり、翼が折れたとしても、一瞬で治すことがきる。だがその一瞬は、飛行時にはあまりに長すぎる。
《レイダさんは!? 》
「い、いた! 」
《どこに!? 》
「ずっと下! 」
崩落した地面のさらに下、ドーム状の地下空間の中腹にレイダは居た。リクと違い、手足はだらんと垂れ、成すがまま落下している。レイダの頭は、瓦礫に当たったのか、ベイラーのもつ、特徴的なバイザー状になった目の一部が欠けており、コックピットも不自然な擦り傷が出来ている。
《レイダさん! 捕まって! 》
コウがレイダの元に飛びこみ、その手を取ろうとする。レイダであれば、リクと同じように空中でも手を取ってもらえるはずだと、コウは直前まで考えていた。救出できるタイミングは限られている。接近しても、もう一度旋回できるかできないかは、ギリギリの距離だった。
「リク! 」
「助けてあげて! 」
《―――! 》
ましてや、リクも手伝ってくれている。もう一度掴むのなど造作もない、はずだった。レイダはコウ達の事をまるで無視するかのように、全く手を伸ばさなかった。そのまま、レイダを助ける事ができず、素通りしてしまう。
《レイダさん!? 》
意図せずすり抜けてしまった手を見送り、再び捕まえるべく旋回する。半周まわるだけでもかなりの距離があいてしまう。もう一度接近し、手を掴む事ができなければ、レイダは地面に激突してしまう。
コウは、レイダの行動に疑念を抱く。
《(なんで俺たちに気が付かない? 声も届いてなかった。まさか)》
コウ達に向け手を伸ばさないどころか、全く意に介していない様子だった。レイダの現状を確認にしたコウは、外傷を元に推察を行い、ある結論を出す。
《カリン! 》
「何かわかって? 」
《黒騎士達、気絶してる! 》
「なんですって!? 」
カリンも状況を確認する。コックピットの擦り傷は、代償を問わず様々な瓦礫がレイダの体に降り注いだ証である。コックピットに直接衝撃を受ければ、中にいる黒騎士はひとたまりもない。だが、レイダは長年人間と共に生きたベイラーである。通常であれば、コックピットへの攻撃は、最優先で防御するようにレイダは動くはずである。
だが、レイダ自身にもダメージがあり、それを妨げた。原因は、レイダの頭部にある傷。ベイラーにとって、頭部はコックピットと同じほど重要かつ、不可解な部位である。この世界の人々でも、解明されているのはごくわずかであり、そのひとつに、頭部を損傷、あるいは欠損した場合、ベイラーは活動を停止してしまうものがある。
かつて、コウが頭部を貫通する攻撃を受け、長い間眠りについてしまった。それと同じ事が、レイダにも起きている。
何かに捕まる事も、抗う事さえできなくなったレイダが、真っ逆さまに落ちていく。コウが助けるべく、距離を詰めようとすると、その手を遮るように、赤い肌のベイラーが現れる。
《セス!? なんで邪魔をする!? 》
《下手に近寄るな。巻き込まれるぞ》
《だからって見捨てられるか! 》
「大丈夫だよコウ」
セスが、サイクルボードでふわふわと浮いている。落下の速度を落としているだけでなく、降り注ぐ瓦礫が生み出すわずかな風圧さえ利用し、この地下空間で風の波に乗っていた。
セスの中から、未だにズキズキと痛む右目をさすりながら、サマナが続ける。
「彼女達が、来た」
《彼女達? 》
その瞬間。崩落していく瓦礫の音とは別の、サイクルジェットの音が地下の空間に響き渡った。頭上から響くその音は、一直線にレイダへと向かっていく。レイダと同じ、この世界で使われている、『センの実』と呼ばれる特殊な顔料によって、緑色に塗られた全身。翼は1対2枚で、コウのものより数が少ない代わりに、翼そのものの幅が広い。単一でより多くの揚力を得るために設計されたその翼は、かつては失敗作の烙印を押され、倉庫でただゆっくりと朽ちるのを待つだけの存在。アーリィ・ベイラーのさらに前段階のプロトタイプ。
今は、心を通わせた乗り手がいる。
「ヨゾラ! 」
《寄セ植エシマス! 》
プロトタイプアーリィのヨゾラと、その乗り手のマイヤが、崩落した地下へとはせ参じていた。
マイヤ達がレイダの背後に急接近すると、ヨゾラが元々持つ機構、本来ベイラーの手として存在するはずの、部位で、レイダの背中に触れる。手というにはあまりに小さく頼りないその機構は、ベイラーとの接続口であり、ベイラーを空へと飛ばすための、龍石旅団の中でも、ヨゾラしか持たない部位であり、そして、ヨゾラと寄せ植えしたベイラーは、空を飛ぶ事ができるようになる。
本来、ヨゾラの翼を得たベイラー同士、感覚の共有はされるものの、主導権はヨゾラ側には無い。操縦はあくまで翼を持っていなかった側が行う。ヨゾラ側で操縦する場合、目線は常に背中側にしか無く、足も畳んでしまっているため、動かしようがない。
「ヨゾラ! 上昇を! 」
《ヤッテミル》
故に、サイクルジェットと翼の操作のみで、落ちていくレイダを引っ張り上げる。乗り手のマイヤにとって、急下降、急上昇を繰り返す事によって、マイヤには、自身の体重の5倍はくだらない荷重がのしかかる。肺の空気が押し出され、血流が頭まで回らず、視野が狭窄していく。
「(もう少し、もう少し)」
意識を飛ばしそうになりながら、瓦礫の雨をよけ続け、ついに崩落の一切を躱し、レイダを救出する事に成功した。
そして、崩落もまた、終わりを告げる。カミノガエがカリンの為にあつらえた木人の館は、崩落に巻き込まれることなく、王城の傍に佇んでいた。
◇
「―――ここは」
《一体》
レイダが目を開く。頭上の、はるか先には、小さくぽっかりと開いた穴が見える。その穴からわずかに差し込んだ日の光が、一条の線となって照らしている。あたり一帯の気温は高いものの、湿度は無く、不思議と蒸さなかった。黒騎士たちがいるのは、ドーム状の地下空間の中にある、作業場の一角だった。
黒騎士と同じタイミングで気が付いたレイダもまた、状況を確認すべくあたりをきょろきょろと見回すと、すぐそばでコウが膝たちで佇んでいた。コックピットの中からカリンも顔を出している。
「よかった。気が付いたのね」
「カリン? コウ? ……ゴールデンベイラーは!? 」
「アレよ」
カリンが指さす先に、黄金の肌をしたベイラーが、地下の底にズルズルと滑っていく姿が見える。金の重さで自壊したゴールデンベイラーは、無様に転がったままでいる。もはや戦う事などできないのは、一目瞭然だった。
「アレは、いったいどこに向かって落ちてるんだ? 」
「この地の底だ」
ウォリアーベイラーから降りたカミノガエが、転がり落ちていくゴールデンベイラーを見ながら、つぶやく。ドーム状に広がった地下空間。その中心部は、さらに深い穴が広がっている。それは、砂漠でみたアリジゴクの巣のように、中心部に吸い込まれるように螺旋を描いている。
「シーザァーさんは! 」
「今来るわ」
「今? 」
黒騎士の問いかけに応えるように、壁際に大きなげんこつが現れる。それは、ゴールデンベイラーと違い、四肢を持ったまま落下したアレックスの鉄拳であった。拳を壁にめり込ませ、壁を伝って登ってきていた。
「陛下、ご無事でありますか!? 」
「おお、鉄拳の。貴君も無事か」
「はい。このよう……ように……・」
シーザァーが、カミノガエの無事を確認し、一瞬気が緩んだその時である。50mあったはずのアレックスの体が、みるみる内に縮んでいく。巨大なサイクルは元の大きさに戻り、大量にでた削りカスだけが、パラパラと散っていく。
やがて、他のベイラー達とおなじ、7mほどの大きさへと戻っていった。
「縮んだ、のではなく、戻った? 」
《バスター化が、解けたんだ》
「鉄拳の! おい返事をせんか! 」
アレックスにむけ、コウたちが群がる。やがて、コックピットから訳も分からず顔だけだしたシーザァーは、やはり状況を把握できず、キョトンとしていた。
「アレックスが、元に戻った……しかし、なぜ」
「黒騎士! アレックスの肩を貫け! 」
「サマナか!? なんだ急に」
バスター化が解けた事に一同が安堵していると、喝を入れんとばかりにサマナが声を荒げた。ビシィと指をさすその先には、アレックスの右肩がある。
「黒い欠片が右肩にある! 砕いておかないとまたバスターになるぞ! 」
「わ、分かった! シーザァー殿! 動かないで! 」
「おお! 心得た」
「レイダ! サイクルレイピア! 」
《仰せのままに》
レイダの手に、細く鋭いレイピアが生み出される。刺突に用いる剣で、シーザァーが乗るアレックスに埋め込まれた、黒い欠片。アイの残滓めがけ、一直線に貫く。バズンと鈍い音が聞こえたと同時に、アレックスの灰色とは違う、ドス黒い破片が、肩の内側から、パラパラと砕けて落ちた。アレックスの体は、鉄拳王が乗るにふさわしいベイラーへと戻っていた。
「これで良し」
「(バスター化したベイラーでも、段階さえ進まなければ、元に戻せる)」
黒騎士の行った治療を見ながら、ゴールデンベイラーに想いを馳せる。これから先、バスター化する敵はさらに増える可能性がある。そうした場合、段階さえ進ま中れば、黒い欠片を砕く事で、簡単に元に戻せる事の証明であった。
「それにしても、まさか王城の床が抜けるとは思わなかったわ」
《金の食わせ過ぎだ》
「金の場所そのものは、王城からうごいておらん。その証に、ゴールデンベイラーが自滅した瞬間まで、あの床は抜けなかった」
《なら、一体、どうして》
「呼んだ、のやもしれん」
《呼んだ? 誰が? 》
「この底にいるものだ」
カミノガエの視線の先には、4本に真っ直ぐ伸びた柱がある。王城の地下を始めて見たものからすれば、あの柱の有無は気にならない。あの柱が、ドームの上に立っていた城を支えていたのだと考えるのは仕方ない事だった。
「陛下。あの柱が、何か? 」
「あれは、この地下を支えていたものではない」
「はい? 」
「おそらくは、奴が」
「奴? 」
カミノガエが地下深くを指さす。
「(なんだ? 僕たちのいる場所より、さらに奥に、なにか)」
自分たちがいる場所よりさらに深い場所に、赤くドロドロとした液体が充満している。人知を超えた高熱を持つそれは、まさに星の血液。
《この星にも、マグマがあるのか》
「熱そうね」
カリンが最もな意見を述べた直後、マグマの中で、本来見る事のない生物が蠢ているのを見つけてしまう。
「(なにか、ある。いや、居る? )」
それは、柱と同じように黒く、だが柱と違い脈打っている。その生物は、他の生き物のパーツの組み合わせてできており、パーツの選別には規則性のない。
それらパーツすべても、かろうじて耳であり、かろうじて指であり、かろうじて牙であると、ぎりぎり理解できる程度の物であり、そのパームは全て役目を果たす場所に付いていなかった。
「陛下、アレが、陛下のおっしゃっていた」
「そうだ。『獣』と呼んでいる」
「生き物、なんでしょうか」
「ああ。生きている」
『獣』と呼ばれたその生物は、他の生物とはあまりに違っている。その証明のような出来事が、すぐに起こった。自滅したことで四肢が砕け、転がり落ちていったゴールデンベイラー。その体の一部が、マグマへと落ちた。何百度、何千度という温度の中に落ちてしまっては、黄金を操れる事などなんら意味を持たない。ゴールデンベイラーは、無残にもマグマの中へと溶けていく。
「ああ! おれの金が! 溶ける! 溶けちまう! 」
中にいたライカンは、もはや逃げる事はできなかった。否。彼は逃げる気など起きていなかった。目の前で無為に消え去る黄金が、ただ惜しいだけだった。
「まだだ! 俺にはまだ金がある! まだまだあるぞぉ! 」
彼が正気に戻るにはもう、時間が足らなかった。50mの巨体を包んでいた莫大な富に包まれながら、すでに満たされない肥大化した欲を捨てる事ができない。
「これで俺は、何だってできる、何にだって」
すでに、ゴールデンベイラーの体の半分はマグマへと溶けて消えている。もう彼がコックピットから降りる事はなどできない。出たとしても、あまりにマグマに近すぎて、彼の体は蒸発してしまう。コックピットの中にいればこそ、まだ彼は存命していた。
そのコックピットが端から溶け始めている。融解したコックピットがジュクジュクと音を立てて、星の一部と消えていく。
「は、ははは! なんだコレ、溶ける、溶けちまう」
融解の音と、鼻をつく異臭。それにより、ライカンは、ほんのわずかに正気に戻りかける。いまだ欲を捨てきれず、逃げる事もできず、ただ己の決定的な死だけが、脳裏にありありと浮かんでいた。
「お、おい、金なら、金ならあるんだ。誰か」
コックピットの中でよじ登り、少しでもマグマから離れようとしていく。すでにコックピットの温度は50度は下らず、全身から汗が噴き出て止まらない。
「誰か助けてくれ! 金ならいくらでもやる! だ、だれかぁ! 」
金は、経済では、交換の手段として非常に優秀である。通貨としても機能し、物々交換では無しえなかった発展を、人に約束した。だが、大前提として、命と金は等価ではない。命を金で買う事も、金で命を買う事も、本来はありえない。
だが、ライカンはそのことを失念していた。商人として成功し、商業国家の王として、他国を相手にわたりって来た。命そのものである奴隷の存在は、彼にとってはただの金を稼ぐ手段でしかない。
命を金で買っていた者が、自分の命もまた金で買われることなど、想像もしていない。ゴールデンベイラーの周りには、ライカンの従者、兵士は誰もない。それら全ては、金で買ってきた。
その金を失えば、何も彼には残らなかった。彼には、何も残らない。
「だ、誰か」
「―――まったく。最初からそう言えばいいのに」
その何も残らない彼を助けられるのは、ただ声を聞き届けた者だけである。そして、その声を聞き逃せるほど、帝都に生まれた新たな妃は、都合のいい耳をしていなかった。
「コウ」
《お任せあれぇ!! 》
ゴールデンベイラーのコックピットが、不意に持ち上がり、マグマから離れていく。下からコウが持ち上げて、どんどん離れていく。サイクルジェットが火を噴き、黒騎士たちがいた場所へと戻っていく。コックピットといえど、50mある巨体のコックピットである。重さもさることながら、持ち上げるのに非常に苦心していた。
「コウ、落とさないように」
《手すりがほしい! 》
軽口を叩きながら、コウはゴールデンベイラーのコックピットを回収をした。たどり着くや否や、コックピットをゴロンと転がす。
ゴールデンベイラーの自壊した四肢の内、肩の部位が解けてなくなった瞬間、さきほどのアレックスがそうであったように、ゴールデンベイラーもまた、元のサイズへと戻っていった。黒い欠片がマグマに飲み込まれ消失したのである。
コウのライカン救出劇に、黒騎士含め、龍石旅団全員が、おもわずため息を漏らしていた。
「一応聞きたい」
「なぁに黒騎士」
「なんで助けた? 」
「助けてって、聞こえたでしょう? 」
ライカンはこの戦争の首謀者であり、そして奴隷制度を使いづ付けていた人間である。自業自得でマグマに飲み込まれたところで、ここに居る、カリン以外の全員は、気に病まなかった。
「なら、助けるわ。今は気絶しちゃってるけど」
「礼なんか言わないぞソイツ」
「お礼が欲しくてやってるんじゃないわ」
あっけからんと答えるカリンに、コウも思わずつぶやいた。
《お人よし》
「知ってるでしょう? 」
議論するだけ、もはや無駄であった。ゴールデンベイラーの最期は、ライカン以外、マグマに飲み込まれる、それはそれはあっけない幕引きであった。




