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ベイラーと金貨の内訳


「どうしたどうした、鉄拳さんよぉ!? 」

「(ええい、なんと戦いにくい相手かッ!)」


 バスターベイラーことアレックスと、ゴールデンベイラーが格闘戦を行っている。アレックスが振りかぶった拳は、確かにゴールデン・ベイラーの体を捉えるが、その黄金に輝く肌が、柔らかく変形し、衝撃すべてを受け流してしまう。


 正拳突きはもとより、蹴り、頭突き、投げ技もすべて同様であった。


「食らえ! 」

「(あとひとつ試してみるかッ! )」


 正面から右手で殴りかかってくるゴールデン・ベイラー。素人丸出しの攻撃だが、大きさが大きさであるため、当たれば致命傷となってしまう。その攻撃を防御するのではなく、タイミングを合わせ、間一髪のところで躱す。

 

 完全に伸びぎった右腕を、アレックスが抱えるように掴む。掴んだ腕をとったまま、ゴールデンベイラーの背後に回った。


「突きも投げも効かぬなら! 」


 そして、ゴールデン・ベイラーの腕を、肘を起点にして締め上げていく。がっちりと固めたその技は、現代ではアームロックと呼ばれる、いわゆる絞め技である。


 絞め技は、接近戦において、時に打撃よりも効果的な技となる。人間が絞め技を受けた場合は、手足が使えなくなれば、相手を容易に戦闘不能にできる。


 シーザァーが、今までベイラー相手に絞め技を使用しなかったのには、いくつか理由がある。ベイラーの場合、絞め技をしたとても、どれだけ関節を曲げても、痛覚が無いため問題はなく、絞めすぎたとして折れたとしても、ベイラーは戦闘そのものは続行可能である。


 通常であれば、ベイラー同士の戦いでは選択肢にすら上がらない絞め技をあえて選んだのには、ゴールデン・ベイラーの肌に理由がある。


「離せ! 離せぇえ! 」

「(やはり、このベイラー)」


 ミシミシと容赦なく締め上げていくと、ベイラーが持つ独特の、サイクルが回り、削れる音。木くずがパラパラと落ちてく。同時に、パリパリと、金が剥がれ落ちていく金属音が混じっていた。それは本来ベイラーには聞こえない異音。


 その音をシーザァーの耳に届いたとき、彼は己の考えが確信に変わる。


「(体は頑丈だが、同時に)」


 ゴールデン・ベイラーは、全身が黄金になった訳ではなく、身動きがとれる程度の金をまとっているだけに過ぎなかった。カチコチに固まってしまえば、そもそも動く事ができない。シーザァーが着目したのは、その体の柔軟性。


「(酷く体が()()! )」


 ゴールデン・ベイラーは肌を金で固めた事で、他のベイラーに比べ、柔軟性と呼べるものが著しく低くなっていた。そして体が固いということは、絞め技の影響をモロに受けるのである。


 片腕を締め上げ続けると、やがてゴールデン・ベイラーの肘に、ミシミシとヒビが入り始める。曲がるべき方向に曲げるでのさえ苦労するような関節が、外部から逆方向への動きを強いれば、ねじ切れるのにさほぞ時間はいらなかった。


 あれほど打撃の効果が無かった体がウソのように、ゴールデンベイラーの腕はボキリと折れた。力なく落下してくその腕には、ナガラから調達してきた軍資金の一部である金貨が元に戻って、共に落下していく。


《シーザァーさんが腕を折った! 》


 地上にいたカリン達も、その様子はありありと見ていた。右腕を折り取られたゴールデンベイラーは、腕一本分バランスが変わる。その結果、まだベイラーの操縦歴が短いライカンは、重心を安定するだけの瞬間的な判断が出来なかった。


「こら、フラつくな! おい! 」


 いくら悪態をついても、乗り手が調節しなければ、ベイラーは動けない。とくに、乗り手側の共有のみで動く人工ベイラーであれば、なおのことだった。ぐらついた体は、そのまま王城の壁へと激突し、土煙が一面を覆った。


「腕一本、たしかに取ったぞ」


 シーザァーは、土煙の中にいる相手に警戒を解かずに構える。締め技が有用であったのは、シーザァーにとっては朗報であったが、同じ手がもう一度通用するかはまた別の話である。


 次の手を考えあぐねていると、地上から飛び上がったコウが、アレックスの肩に乗った。おなじベイラーであるはずの両者のサイズ差は、大人と子供というよりは、子供とその玩具にしかみえなかかった。


「シーザァー様! 」

「その声、カリン殿か」

「お見事でした」

「しかし、まだ倒せた訳ではありません。いかがしたものか」

「陛下から作戦があります! 」

「陛下? まさか、カミノガエ陛下がいらっしゃるのか? 」

「足元に! 」

「何、足元!? 」

「ウォリアーにのっているのです! 」


 カリンの言われるまま足元を覗き込む。たしかにウォリアーベイラーのコックピットから、カミノガエがひょっこりと顔をだしていた。


「シーザァー! 貴君が乗っておるのかぁ!! 」

「(お声はよく聞こえぬが、あのお姿、見間違うはずもなし)」

 

 またここで初めて、お互いがお互いの居場所を認識した瞬間である。カミノガエが大声で語り掛けるも、アレックスの大きさ相手ではあまりに遠く、声が届くことはない。それでも、皇帝の安否を確認できた事で、シーザァーの心に、ほんの少し余裕が生まれた。


「ご無事で、よかった。してカリン殿、いかがされた」

「その前に、あの腕をご覧になって」

「腕? 」


 シーザァーがカリンの目線をたどると、先ほど自身で折り取ったゴールデン・ベイラーの肘に行き当たる。そのパッキリと割れた肘の断面には、あの、金を多当たり次第にかすめ取るあの黒い蔦が、不気味うごめいている。やがて、その弱々しく長く伸びた蔦が、地面に落ちた金貨を、再び拾い集めはじめていた。


「なんと、欲深い」

「折れた腕を、修復しない?」


 カリンは、己の経験と、目の前で起きているゴールデン・ベイラーの行動とが食い違っているのに気が付く。かつて戦ったバスターベイラーは、黒い蔦を発現させると、その蔦が全身に食い込み、再度繋ぎ合わせることで、無理やり体を再生させていた。しかし、現状、ゴールデン・ベイラーは体を繋ぎ止めるよりも先に、落ちた金貨を拾い集める事だけに専念している。


「(血が流れていない。乗り手はまだ血を捧げていないということ? )」


 ケーシィは、その血をバスターベイラーに捧げた事で、恐るべき存在となって立ちふさがっていた。だが、ライカンの場合、金を捧げた事で、もっと別の変化が訪れている。


「(血を捧げた時は、血に飢えた。なら金を捧げたなら、金に飢える? )」


 金に飢える。カリンにはまるで体験した事のない表現だが、あふれてしまった金貨を取り戻すために、あの黒い蔦を使う様は、今のゴールデン・ベイラーにはふさわしい状態にあった。


「(もしそうなら、陛下の作戦はこれ以上なく効くはず)」

「カリン殿、どうなされた? 」

「シーザァー様。作戦がございます。あのベイラーを倒す策です」

「なんと! それはどのような」


 カリンがカミノガエ発案の作戦を伝えると、シーザァーの表情が、みるみる内に青くなっていく。その作戦には、ある重大な秘密を暴露する必要があった。


「帝都の地下に、奴を落とす? 」

「それで、勝てるそうよ。落とす手立ても、ちゃんとあるわ」

「し、しかし、それはつまり、地下を、あらわにすると? 」

「そうなるわね」

「なんと……」


 帝都の地下に何があるのか。シーザァーは知らない。この帝都の奥底に眠るのは、この星のマグマの中にあってなお、生命を保ち続ける重畳の生物。否、生物と呼べるかどうか怪しい存在がいる。牙があるために、便宜上『獣』と呼ばれているが、その獣の正体すら、未だ解明されていない。


 獣の存在は長年秘匿されつづけてた。一般市民は当然の事、シーザァー含め近衛騎士までも、その存在は知らさていない。シーザァー含む近衛騎士団は、その地下にあるものについて聞きまわるのは、ある種の禁忌とされ、決して近寄る事さえ許されなかった。彼の先代も、そのまたさらに先代も、同じようその禁忌に触れる事はなかった。


「あの禁忌を、まさかこの目で見る事になろうとは」

「でも、方法はそれしかないわ」

「うーむ」

「港で海に沈めてもいいけれど、その場合、もっと多くの死者がでる」


 シーザァーはわずかに悩んだ。受け継がれてきた禁忌を、よもや自分が触れる事になろうとは、考えてもみなかった。その禁忌が、それがどれほど恐ろしい存在で、どれほど危険なのか、知るはずもない。ただ、この禁忌が明るみにでる事で、帝都ナガラにとって不利益しか被らない。


「(長年秘匿されつづけた禁忌を、陛下自らが明かそうとしている)」


 そしてシーザァーは、禁忌を閉じ込めておくよりも、その禁忌をどう対処すべきかの方向に思考が向いた。彼にとって禁忌は守るべき対象ではない。彼が守るべきは、あくまで人であり、ルールではなかった。


「わかりました。このシーザァー。全力を持って作戦を遂行いたします。」 


 わずかな悩みも消え去り、カリンに助力を約束する。


「して、何をすれば」

「ひとまずお待ちください」

「ま、待つ? 」

「あのベイラーは金に飢えております。ならその金を、餌にしてしまうのです」

「餌? しかし、金貨などどこに? 」

「心配いりません。陛下が教えてくれます」



「お、俺の金だ! ひとつ残らず俺の物だ! 」


 ゴールデンベイラー、そのコックピット内部で、ライカンは狂乱していた。シーザァーに腕を折られた事については、彼にとって何も感じない些事であった。問題は、その折られた腕には、集めた分の金貨のうち、全体の2割を占めていた事にある。腕1本分体が軽くなっただけでなく、ゴールデン・ベイラーの金貨そのものが、2割分軽くなってしまっている。ライカンは、その2割の喪失がなにより耐え難い。


「誰にもくれてやるものか! これは俺の物だ! 」


 憎しみはすでに金へと所有欲へと転化している。膨れ上がった欲望はもはやとどまる事を知らない。もはや戦いなど二の次であり、今はひたすら、欠けてしまった分の金をどのように補うかしか頭になかった。


「まだ足りない! どこだ俺の金! 」


 それは、かろうじて戦士として体裁を整えていたはずのライカンが、ただの商人上がりであることの、紛れもない証だった。名誉か不名誉かは、本人には関係ない。人の命さえ金でやりとりする彼にとって、金は、ありとあらゆる全ての欲求を満たし、その力で何者をも支配できると、少なくとも、彼はその力で今まで生きてきた。そう信じていた。


 零れ落ちた金を探していると、壁の一部が突如として崩れ落ちる。みれば、黒騎士が壁にむけてサイクルショットを撃っていた。


「どこを狙ってる? 」


 国を隔てる壁にしか見えなかったその中身は、通常、兵士達が行き来できる通路であり、空洞である。だが、黒騎士が壊した場所は、外からみても厳重かつ堅牢なつくりをしていた。


「部屋? なぜ壁の中に部屋が―――」


 その部屋の中にあった物をみて、ライカンは言葉を失う。そこには、たったいま自分の体から零れ落ちた量とは比べ物にならないほどの、大量の、大量の金貨が眠っていた。


「き、金だ! 金だぁあ!! 」


 求めてやまなかった金が、目の前に現れた事で、ライカンは狂喜乱舞した。その喜びはゴールデン・ベイラーにも余す事なく伝わり、小躍りさせるほどであった。


「俺のだぁ! 俺の物だぁ!! 」


 そして、怪我した右手を振りかざし、黒い蔦を存分に這わせた。何十、何百、何千という金貨が、ゴールデン・ベイラーの体内へと取り込まれていく。そして変化は、すぐさま訪れた。単純に体の中にある金の量が倍増し、さらにその体表が光り輝いていく。ただ太陽の光を反射しているだけだというのに、その輝きは直視すれば目を焼かれてしまいそうだった。


「へへへ、いいぞぉ! いいぞぉ! 」


 金貨を手に入れ、悦に浸っていると、さらに黒騎士が壁の一部を壊し始める。


「陛下、ひとつ目が終わりました。次は」

「北西の壁で、さきほどのより一段下だ」

「北西……一段下……」


 地上で、カミノガエが地図を見ながら黒騎士に指示を飛ばしている。カミノガエが見ているのはただの地図ではない。王城の内部を書き記した、一部の人間しか読むことを許されない、詳細な地図兼、設計図であった。この一か所、二か所、三か所。壁の中身が露わになる。


 黒騎士に狙わせていたのは、帝都ナガラが持つ、金貨の貯蔵庫であった。国家予算が収められているその金庫の中には、帝都ナガラが発行する金貨が山ほど積み上げらている。


「なんだ! いっぱいあるじゃないかぁ! 」


 もはや、ライカンにとって戦いなどどうでもよくなっていた。膨れ上がった欲望を、そのまま満たすべく、思考停止で行動していく。


「どけぇ鉄拳! それは俺のだぁ! 」

「うぉお!? 」


 アレックスを左手一本で難なく押しのけ、金貨をむさぼっていく。不意打ちとはいえ、アレックスがいとも簡単に押しのけられた事に、アレックスの中にいたシーザァーは戦慄している。


「(ほ、本当に待つだけでよいのか!? )」


 カリンの指示とはいえ、ただ待っている状況は、心臓に良くなかった。金貨を取り込めば取り込むほど、間違いなくゴールデン・ベイラーは強くなっているのは明らかだった。


「フォオオオウ!! 」

 

 ライカンは、もはや両手いっぱいに抱えた金貨で、快楽に満ちた声を上げた。取り込んだ金貨は、コックピットにもあふれ、彼の体を押しつぶさんとているが、全く気にしていなかった。今はただ、この金貨で何を手に入れるか、何を支配するか。それだけが頭の中で駆け回ってる。


「(とても、一国の王の姿とは思えん)」

 

 金貨を存分に取り込み、ゴールデン・ベイラーはもはや金でできた立像のようなものだった。全身あますことなく金で彩られたその体は、拳が効くはずもない。だが、王の在り方としては、あまりに幼稚な姿だった。


「―――なんだ鉄拳、まだ居たのか」

「(なんだ、何をしてくる? )」


 やがて、ライカンはひとしきり楽しんだ後、未だ敵対する鉄拳王を認めると、壊れた右腕を、無造作に向けた。断面はもはやベイラーのソレではなく、傷口すら金で覆われている。


「(なにかわからんがマズイ! )」


 シーザァーは咄嗟に『月流し』の構えをとった。帝都近衛格闘術の中でも、受け流しに特化した防御姿勢である。


「俺の力を見るがいい!! 」


 そして、ゴールデン・ベイラーの折り取られた腕から、細く、長く伸びた一本の金の刃が、真っ直ぐ伸びていった。大量に手に入れた金は、あらゆる攻撃の衝撃を緩和するだけにとどまらず、すでに武器として使えるほどの多さになっていた。


 長く伸ばした金の刃が、アレックスの首を捉えようとする。特質すべきはその速さであり、サイクルショットのように、一瞬で素早く伸びていく。


「つ、『月流し』ッツ! 」


 シーザァーは、首に迫った刃を、間一髪己の技で防ぐ。月を描くように回す事で、金の刃を受け流そうとした。だが、その金の刃は、なんの抵抗もなく、そのまま受け流した時点で、粉々に砕け散ってしまった。そのあまりの手応えの無さに、一瞬虚を突かれる。


「なんだ、脆いぞ」

「だと思うだろぉ!? 」


 その一瞬生まれた虚を、ライカンは見逃さなかった。


 金の刃を、今度は断面から()()に生み出し、アレックス目掛け突き刺した。それはまるで、アイが持つ、自在に動き、かつ硬さを変えられる髪のように、ゴールデン・ベイラーは、金を操る事ができるようになっていた。


「しまっ―――」


 無数に伸びた金の刃は、すでに『月流し』を行い終えたアレックスに無慈悲に突き刺さった。両腕、両足、頭に、金の刃が食い込んでいく。そして、コックピットも例外ではなかった。


「よし、串刺しにしてやった! 串刺しにして―」

《誰を串刺しにしたって? 》


 金の刃を元に戻そうしたとき、コックピットに伸ばした刃だけが、元に戻らない。やがて、突き刺したと思っていたその刃は、コックピットに触れるより前に、別のベイラーが途中に割り込んで、強引に受け止めているのに気が付いた。


 受け止めたのは、真っ白な体をしたベイラー。


《カリン! 届いてないだろうな!? 》

「ギリギリといったところね」


 ゴールデン・ベイラーの異変を察知し、アレックスの前に飛び出した形で、金の刃を無理やり掴みとっていた。それでも、タイミングはぎりぎりで、コウのコックピットに刃は突き刺さり、中にいるカリンの眼前にまで刃が届いている。さらには、受け止めた際、コウの手のひらは刃によって切り裂かれていた。


 コウが傷つく時、乗り手のカリンも同じ場所に傷を受ける。操縦桿を握るカリンの手の平がパックリと切り裂かれ、ポタポタと血が滴り落ちている。


「このくらいサイクル・リ・サイクルを使うまでもないわ」

《あ、でも、アレやばいかも》

「アレ? 」


 コウの目線の先には、ゴールデン・ベイラーの上顎を無くした頭部の上に、ゆっくりと降り立つ黒いベイラー。


「王様よぉ、そのまま抑えとけよ」

「パーム・アドモント! 」


 いままで、バスターベイラー同士の戦いに巻き込まれない為に、遠巻きで観戦を決め込んでいたパームが、コウが身動きできなくなったのを見計らい、戦線に復帰する。もっとも、彼らが観戦を決め込んでいたのには別の理由がある。


「(ようやくマトモに動けるくらいに体が繋がったか)」


 アイの体は、連戦につぐ連戦を経てボロボロであり、加えて剣聖との闘いで、四肢を切り取られている。アイの髪で体を無理やり繋ぎ止めている状態で、白兵戦ができるような体ではなかった。


「それに、動かない的なら、外すことはねぇな」

《ま、そういう事ね》


 アイが、右手を向ける。コックピットの中にいる人間を惨殺するのに特化したカギ爪。手のひらには、琥珀色の欠片。その欠片に、膨大な熱量がため込まれていく。鋼鉄をも溶かしきるサイクル・ノノヴァを、アイは放とうとしている。


《どう見てもヤバそう》

「そうね」

《ずいぶん冷静だね》

「だって、そろそろだもの」 


 状況は圧倒的に不利。だというのに、カリンは平常心を崩さなかった。そして、アイがサイクル・ノヴァを撃とうとしたその時。


 ゴールデン・ベイラーの全身が、ミシミシと悲鳴を上げ、崩落が始まった。突然足場が崩れた事で、アイも同じようにバランスを崩す。 


「な、なにが起きた!? オイ! どうなってる!? 」

《私が知る訳ないでしょう! 》

「とにかく飛べ! 」

《しょうがないわねぇ! 》


 ゴールデン・ベイラーから離れるように、アイが空へと飛びあがる。コウを倒すのチャンスをふたたび逃した事で、アイが悪態をつく。


《なんで、私は奴に勝てない》


 アイが悔しさを胸に抱く頃、享楽の絶頂にいたライカンは、ただひたすら混乱していた。


「お、おい! なんで動かない」


 混乱は、足元が崩れた事だけではない。ゴールデン・ベイラーの動きが、さきほどよりもずっと重く鈍くなっている。


「動け、動けって! 」

「ようやくか」


 地上にいた黒騎士は、ゴールデン・ベイラーの異変にいち早く気づく。


「金貨は、硬貨の中でももっとも価値がある。それは金を使っているからだが、金は貴重だし、なにより純金は重い。懐に仕舞い込むにはいささか難儀する」


 身動きの取れなくなったゴールデン・ベイラーだが、崩落は止まらない。


「だから、金貨は他の金属を混ぜる。その割合は国によって異なる。今まで奴が取り込んできたのは、自分の国から持ってきたアルバト金貨だ。そしてアルバト金貨の中には、純粋な金は4割しか入ってない。貧金(ひんきん)、とはいわずとも、質の悪い金貨だ」


 ゴールデン・ベイラーの体が、ゆっくり、だが確実に崩れていく。


「比べて、帝都ナガラ発行の金貨は、純粋な金を8割も使ってる。アルバト金貨と同じ大きさの金貨でなのに、含有量は2倍だ。両替するのも、アルバト金貨2枚で、1枚分の価値がある」


 そしてついに、ゴールデン・ベイラーの体に、大きな亀裂が走った。


「いままで食らってた倍の金を、あれだけ際限なく取り込めば、どれだけデカい図体だろうと、樹木のベイラーには、耐え切れない」


 その巨体が体を支え切れず、ついに片膝をつく。やがてその膝も、自重に耐え切れず、バックリと割れた。そして、一度割れてしまえば、あとは早かった。


 関節をはじめ、ゴールデン・ベイラーのありとあらゆる部分が引き裂かれていく。それはまるで、巻き割りされた木材のように、均等に割れていく。


「俺の、金が、俺のぉお! 」


 そして、ゴールデン・ベイラーの体は、ものの見事に砕け散った。木くずの他に、取り込んだであろう金があたり一面に転がっていく。バスター化したベイラーの、あっけない最後だった。


「ゴールデンベイラーはこれでどうにかなった。あとは同盟軍をどうするかだが」


 この後の事を考えたその時だった。後ろでアレックスの影に隠れていたセスが、突然倒れる。


「セス? おいどうした? 」

《セス様、どうかなしましたか? 》

《セス、にではない》


 レイダが駆け寄って抱き起すと、コックピットの中から、サマナが苦しんでいるのが聞こえてくる。うめき声と、泣き声が混ざったような、悲痛な声だった。


「サマナ!? ゴールデン・ベイラーは倒したぞ! 」

「ち、ちが、う」


 ひたすらに右目を覆い、流れ込んでくる情報を遮断しようとしている。苦しみながらかろうじて言葉を絞り出す。


「下の、何かが」

「下? なんの事さサマナ」

「人間じゃないのに、人間みたいな奴が、下から()()! 」

 

 その言葉を聞き、カミノガエが思わずツバを飲んだ。


「まさか、『獣』が」


 その先の言葉を言うことはできなかった。


 王城の広場一帯が、突然石畳ごろ崩落したのである。砕け散ったゴールデン・ベイラーも、アレックスも、コウも、セスも、レイダも、何もかもが、無理やり地下へと引きずり込まれていった。


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