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打倒ゴールデン

「急げ! 港まではまだあるのだぞ! 」


 時はわずかに遡る。王城から離れ、第十二地区も門付近。リクの手によって拡張された道で、帝都の人々が逃げ惑う中、カミノガエが声を張り上げて必死の誘導を行っていた。最初こそ、彼を守るべく護衛の近衛騎士たちがいたものの、カミノガエに文字通り蹴りだされ、カリン達の助成へと向かっていた。避難民の中には、今だ怪我人、病人、老人がおり、どうしても列から遅れてしまう。わずかに残った兵士がなんとか補佐する形で逃げ遅れるのを阻止しているような状態であった。


《ナットぉ! これ大変だって》

「とにかく僕らが先導するしかないんだ! この人たち道わからないんだから! 」


 ナットとミーンも、その誘導に加わっていた。先頭を走っては戻り、走っては戻りを繰り返している。バスターベイラーが現れてからというもの、人々の統率は全くとることができず、混乱を極めていた。貴族、平民、さらには壁と壁の間にひっそりと暮らしていたスキマ街の人々。初対面で、身分も考え方も違う人々が、急に団体行動をとれるわけもなかった。そんな彼らに、立ち上がったバスターベイラーが目にはいった。50mの壁越しでもわかるふたつの巨体が、突如として仲たがいを始めたことに、逃げ惑っていた人々は、さらに混乱が加速した。


「なんで、仲間割れしてるんだ? 」


 人々から疑問の声があがる。それもそのはず。バスターベイラーは、帝都に攻め入るために、商業国家アルバト率いる、商会同盟軍が遣わした兵士であった。そのバスターベイラーが、なぜか身内同士で争い合っている。


「敵が同士討ちしている今が好機ぞ! 船へ急げ! 」


 カミノガエは、状況を分析するより先に、人々へ命令するのを選んだ。その選択が功を成し、人々は疑念で足を止めたのは一瞬で、すぐさま港へと向かい足を進めていく。


「(カリンが何かしたのか? それとも、別の何かが起きたのか)」


 無論、疑問に思ったのはカミノガエも同じだった。2体のバスターベイラーを前に、絶望的な状況だったが、その片方が、なぜかこちらの味方になってくれている現状を不思議に思っている。


 この時、カミノガエには、片方のバスターベイラーに、シーザァーが乗っているとは知らなかった。カリンたち龍石旅団が、部下である近衛騎士団が、決死の想いで、シーザァーを激しい憎悪の感情から引き揚げたことなど、考えもしなかった。


「こんなことならば、剣をもっと習っておけばよかったな」


 今の王城でどのような戦いが行われているのか、彼では想像もつかず、苛烈極まりないのだけは確かだった。わずかな感傷に浸っていると、ウォリアーベイラーの足元で、なにやらひざまずいて頭を下げている老人たちがいるのを見つける。カミノガエは訝しげにコックピットから出ると、彼らの顔を一瞥し告げた。


「何をしておるのか」

「ああ、陛下、まさかこの目で、御身を拝める日が来ようとは」

「(しまった。この手合いか)」


 カミノガエは帝都の皇帝である。城下に住む人々はおろか、貴族でさえおいそれと目にかかる事はない。外交の席も、基本的には秘書官のコルブラッドを介しておこなっており、自身の顔を晒す事のほうがすくなかった。それは彼が出不精である事に加え、暗殺の危険が常に付きまとっている彼にとっての、予防策でもあった。それがこの年、4年に一度、他国の国力を削ぐ目的で行っていた遠征の年であった事を鑑みても、ここまで長い間己の顔を晒しているのは、初めての経験だった。


 そしてこの老人は、逃げ遅れたのもあるだろうが、皇帝の顔を一目みようと、護衛が居なくなったのを見計らって、わざわざウォリアーの足元で跪いてみせていた。その行動は、打算であればあまりに狡猾で、無意識であればより質が悪い。


 カミノガエは、跪いた老人に対して、後者であると断じていた。わずかに言葉が荒くなりながら、カミノガエは老人に告げる。


「余の顔は、帝都が続く限りいくらでもみせてくれよう」

「そ、そんな恐れ多い」

「だが今は、余と、余の妃がこの戦を終わらせようとしている」

「き、(きさき)? 」


 ひざまずいた老人が、妃の言葉に思わず、敬う態度も忘れて聞き返してしまったが、カミノガエはソレを無視した。


「余の顔をみたのならば走れ! これは勅命であるぞ! 」

「は、ははぁ! 」


 老人ははじき出されるようにして駆け出して行った。足腰がわるいのか、走っているのか歩いているのかもはやわからない状態になっている。しかしその老人が、王城からの脱出した最後の人間でもあった。あたりにはもう避難する人々はおらず、カミノガエとウォリアーだけが残っている。


「コルブラッド、は、おらんのだった」


 秘書官を呼びつけようとして、彼が今、避難船の準備に奔走しているのを思い出す。いつもであれば傍にいる人間が、傍にいない事にわずかな寂しさが募る。


「しかし、戦いは一体どうなって」


 カミノガエが顔を見上げた先に見えた光景に、しばし言葉を無くした。目をごしごしと擦り、その光景が現実であるかどうか確かめる。


「あれは、ベイラー、か? 」


 それは、先ほどまで王城にいたバスターベイラーの背丈であったが、その肌は金色で、さらには頭が無い。正確には、下顎から上が無く、その下顎から、黒い蔦のような物が、縦横無尽に帝都中を駆け巡り始めている。その蔦の多くは、第四地区に向かっているが、いつくかの細い蔦は、第十二地区側にむかってきていた。


「く、来るのか! 」


 まるでミミズのようにうねうねと動く蔦に対し、思わず警戒する。戦いの経験など無いカミノガエの構えは、いわゆるへっぴり腰になっており、第三者からみれば、とても勝てるようには見えなかった。だが、黒い蔦は、カミノガエを襲うような事はせず、そのまま素通りし、街の中へと這いずっていく。


「い、一体なんだ? 」

「う、わぁあ!! こら! やめろ! 」


 そして、悲鳴が聞こえたのは同時だった。カミノガエが振り返ると、逃げてきた貴族たちが持っていた、なけなしの金貨を、黒い蔦が絡めとって持ち去っていこうしていた。


「金貨を、ベイラーが集めているのか? なんのために? 」


 カミノガエの疑問は、さらに増殖していく。うんうん唸りながらその場で立ち止まっていた為に、その金貨を集めていた黒い蔦が、自分の乗るウォリアーベイラーの足を、意図せず絡まっていた事に気が付かなかった。


「うお、おおおお!? 」


 己の身を守るべく、即座にコックピットに閉じこもる。絡まった蔦はすでに絡みついて離れない。どうにか脱出しようとした時、街中の散策が終わったのか、黒い蔦は元居たバスターベイラーの場所へ、スルスルと戻っていく。カミノガエのウォリアーは、完全に巻き込まれてしまい、そもまま引きずりまわされてしまう。


 黒い蔦の剛力は目を見張るほどで、ベイラーひとつを軽々と持ち上げ連れ去ってしまった。



 そして、現在、空へと連れ去れたカミノガエが、王城へと舞い戻ってきている。カミノガエは、ゴールデン・ベイラーを一瞥すると、つまらなそうにつぶやく


「うむ。悪趣味極まりないな」

「陛下! ひとまず走ってください! 」

「おっとそうであった」


 全身黄金に輝くゴールデン・ベイラーであるが、動きは鈍重そのもので、地上へと落ちたカミノガエのベイラーを捕まえる事もできない。代わりに、本体の何倍も自在に動く黒い蔦が、彼らを捕まえるべく蠢き迫ってくる。


《こいつ、金なら手あたり次第か! 》


 周りを見れば、黒い蔦は、帝都中を探し回って手に入れたであろう金を体に取り込み続けている。このまま、体の全てを黄金に置き換える勢いだった。


「陛下、お早く! 」

「ま、まて、こいつ言う事をきかぬ」


 黒い蔦kから逃れるべく駆け出していくコウとウォリアーベイラー。カリンと視界と感覚を共通しているコウの動きは人間と大差なく、走る動作ひとつとっても、なめらかで力強い。対してカミノガエは、まだベイラーに慣れておらず、緊張した人間が両手足同時に前にでるような、不自然な動作を続けている。そんな動作でスピードが出るはずもなく、カミノガエは黒い蔦に追いつかれそうになってしまう。


「陛下!? 」

「カリン! 手を貸せ! 」

「ああもう! コウ! 」

《お任せあれ! 》


 後ろを振り返り、コウがウォリアー・ベイラーの手を取り、駆け出していく。手を握りしめ、二人で駆け出していくその様子は、ともすれば人間の恋人同士がするような仕草であったが、実際には子供を無理やり引きずる子供のような図だった。ガリガリと地面を引きずりながら、黒い蔦の追撃から逃れていく。


「コウ、もっと優しくできなくて? 」

《捕まるよりマシだろう》

「そうだマシだ。その調子で行けコウよ。余の事は気にするな」

《ほら。陛下もこう言ってる》


 カミノガエの許可を得て調子づいたコウは、時折スキップを交えながら、こちらを雁字搦めにしてこようとする黒い蔦を躱し続ける。


《しつこいな! 》


 しかし、カミノガエの乗るウォリアーベイラーを引きずりながらでは、躱すといっても限度がある。そのうち、蔦の一束が、ウォリアーベイラーの足をからめとってしまう。


「ええい! 不敬な! 」

「陛下! 振り払えないのですか!? 」

「貴君の方こそ平気なのか!? 」

「え? 」


 ウォリアー・ベイラーの足に絡みついた黒い蔦は、そのままコウの体までも巻き込み、二人をまとめて締め上げ始める。


「コウ!? なんとかなって!? 」

《なんとか》


 コウは、絡みついた黒い蔦を引きちぎろうと力を籠める。ブチブチと不愉快な音が鳴りながら、1度目はすんなりと拘束を解く事ができる。だが、黒い蔦は、何度引きちぎろうとも、まるで意に介さず、再びコウの体を締め上げるべく襲い掛かる。引きちぎるのが10回を超えたころ、コウが思わずつぶやいた


《カリン》

「な、なに? 」

《コレ、なんとかならないかも》

「ちょっとぉ!? 」


 際限なくまとわりついてくる黒い蔦は、あきらめる気配がない。一方のコウは、引きちぎる回数だけ、足が止まり、その場にとどまっている。移動しながら引きちぎれるほど、黒い蔦は柔らかくない。


 そして、いつの間にか、頭上にはゴールデン・ベイラーが迫っていた。


「なぁあんだ!」


 ゴールデン・ベイラーのコックピットの中から、ライカンの声がする。その声には正気など微塵も感じない、狂乱した人間のソレだった。


「まだ金があるじゃないかぁ!! 」


 ゴールデン・ベイラーが、今度は黒い蔦を使わず、その手で直接コウを掴みかかろうとする。50mの巨体の手がコウへと向かう。


「コウ! 空に! 」

《今飛んだら、黒い蔦に縛られて墜落する! 》


 ゴールデン・ベイラーの手と、追従するように迫る黒い蔦。空を覆う天井のようなそのふたつの壁を前に、コウは逃げ場を失ったかに見えた。


「レイダァ!! サイクル・バーストショット! 」

《仰せのままに》


 声高らかに叫ぶのは、深緑のベイラーのコクピットから聞こえてくる。そして一呼吸終えた頃、黒い蔦めがけ、無数の針が放たれる。黒騎士の駆る、レイダのサイクル・バーストショット。無数の針を発射するレイダの特技によって、黒い蔦をゴールデンベイラーの手のひらへと縫い付ける。


《しめた! カリン! 》

「飛べぇえええええ! 」


 黒い蔦の攻撃が一瞬止んだ。それにより、コウはサイクル・ジェットに火を灯し、頭上にあったゴールデン・ベイラーの手、その指と指の間をすり抜けるようにして飛び上がる。


「お、おお。余は、飛んでおるのか」

「陛下、空の旅はまた今度に」

「そ、そうであったな」

「コウ! 見えてる? 」

《見えてる! 》


 一度上昇した事で、周囲の状況を把握しやすくなったコウ。すでに黒騎士たちは王城の端におり、第十二地区の入り口付近まで離れている。避難民は王城から全員退場しており、闘っているのはコウ達だけだった。


《このまま黒騎士たちと合流する》

「よしなに」


 上空からゆっくりと地面に舞い戻り、一度は分断されてしまった、黒騎士たちと合流を果たす。


「黒騎士、援護ありがとう」

「お気になさらず」

《レイダさん、エングレービングは大丈夫でしたか? 》

《はい。私のはコウ様と違い銀でできておりますから》


 レイダの体には、帝都に来てからあつらえた装飾品として、銀のエングレービングがある。ゴールデン・ベイラーの狙いはあくまで金であり、その他の品には、一切の目もくれていない。


「黒騎士、ナットたちは? 」

「一足先に港にいっています。誘導が終わり次第もどってくるかと」

「なら、レイダ、セス。リクに、陛下のウォリアーね」

《あと、シーザァーさん》

 

 未だ怪我から戻らないヨゾラと、避難民を誘導しているミーン達を覗く、龍石旅団のメンバーと、コウが合流する。

 

《金なんか集めて何したいんだろ》

「そういえば、ネルソンも最初金を運んでたわね」

《わざわざ偽装してね》


 それは、帝都の入り口で出会った商人、ネルソン。彼は商いの物資の中に、黒い塗料で誤魔化した金を持ち込む、いわゆる密輸をしようとしていた。本来税として取り立てられる分と、持ち込んだ金との差額はそのままネルソンの懐に入る予定だったが、カリン達に見つかり、通行料として帝都に収めてしまっている。


「金など、商人が喉から手がでるほど欲しがるものだからな」


 一瞬味わった空の旅、その余韻に浸りながら、カミノガエが補足する。龍石旅団は、彼の声が聞こえた事で、一瞬目を白黒させたが、状況が説明を許さなかった。すぐ背後では、ゴールデンベイラーめがけ、鉄拳王シーザァー操るバスターベイラーが取っ組み合いを始めている。


 打撃では効果がなく、投げも効かない相手に、取っ組み合いはただの時間稼ぎしにかならないが、龍石旅団には、その時間こそ必要だった。50mの巨体同士の格闘は、見る者を圧倒する迫力がある。


「して、あの金のベイラーを如何にする」

「如何に……」


 カリンの脳裏に浮かぶ、砂漠での戦い。あの時は、バスターベイラーに、サイクルショットによる楔を打ち込んだ事で、最終的に倒す事ができた。だが今回の場合、ゴールデン・ベイラーの肌は文字通り黄金に包まれている。とてもレイダのサイクルショットが楔として機能するとは思えなかった。


「なぁカリン」

「どうしたのサマナ? 」

「あいつ、海につれていけないか? 」

「海に? 」

「金を纏ってるなら、もしかして、海に()()()()()()()()() 」

「ああ! 」


 サマナの発案した海へ沈める作戦。理屈としては単純である。本来ベイラーは樹木であり、水に浮く。泳ぐ事ができるベイラーは数少なく、ほとんどが漂流してしまう。


「金を体中に纏ったゴールデン・ベイラーなら! 」

「体は浮かない」

「でも、ゴールデン・ベイラーを海に連れてくる間に、人が死ぬ」


 黒騎士はあくまで冷静に、その作戦の粗を見つけ出し、指摘した。


「ようやく第十二地区に人を移動できて、足元を気にせず戦えるようになったんだ。僕らで戦場を動かず必要はない」

「それは」

「でも、重さを利用する手はアリだ。真正面から戦って勝てる相手でもない」

《重さ、か》


 背後でシーザァーが必至に戦っている中、一同はゴールデン・ベイラーの対処を決めあぐねていた。全員、弱点らしい弱点を思い至れずにいる。


「黄金の鎧を着てるベイラー相手に、剣で叶うはずもなし」

《黄金……鎧……》

「コウ? 」

《べつに、あいつの全身そのものが金になった訳じゃないよね? 》

「それはそうでしょう? 全身金にしたら、カチコチにはなるでしょうけど、それじゃ動くことなんでできないもの」

《やつは、あくまで表面が金で覆われてる。その金を自在に伸ばしたりもできる》

「金の特性だな」


 黒騎士がコウの言葉を受けて己の知識をすり合わせる。


「金は見た目よりずっと柔らかい」

《でも、金属には変わりない》

「コウ、何が言いたい?」

《あいつは、あくまで体表にしか金がない。全身金と入れ替わってたら、カリンの言う通り、動く事ができない。アレはただの鎧なんだ》

「つまり? 」

《もし、あの黒い蔦を、俺たちが放置したとして》 


 ゴールデン・ベイラーが、シーザァーのアレックスを投げ飛ばした頃、コウはつぶやく。


《どのくらい、金を()()()()()()()()() 》


 一瞬、言葉の意味を理解できなかった龍石旅団の面々が、しかし黒騎士のひらめきによってうなずきへと変わる。


「そうか! 金をまといすぎれば、奴は金の重量に負けて()()()()() 」

《たぶん、そうなる》


 コウの考えは、ゴールデン・ベイラーの自滅を促す方法であった。如何に強固な金で固められた肌といえど、その金はすさまじい重量がある。このまま際限なく金を吸収し続ければ、やがてベイラーの体が金の重さに耐えきれず、自壊する。そもそもゴールデン・ベイラーが金を飲み込み動いている時点で、関節に多大な負荷がかかっているのは明白であった。


「重さで立てなくなれば、こっちのものだな」

「で、どのくらいの量の金を、あの大きい子にあげればいいの? 」


 一同が再び沈黙する。ゴールデン・ベイラーの元は、まだその力が未知数のバスター・ベイラー。50mの巨体となったベイラーで、どれだけの金がため込めるのか、計算する方法など、カリン達には持ちえなかった。


《振り出しに戻ったな》

《セスもなんか考えてよ》

《サマナの意見と同じだ。今の状態なら、少なくとも海には沈むだろう。自滅するのにどれほどの金が必要なのかわからないのだからな》


 赤い肌のセスが、自分の乗り手の意見を尊重する。


「ここが山なら、落とし穴つくるんだけどなぁ」

「硬いんだよねぇここ」


 リオとクオが地面をコンコンと叩く。落とし穴は比較的容易、かつ効果的な罠であるが、王城の石畳では、そもそも穴を掘ることができない。


「(考えなさいカリン。何か手があるはずよ)」


 攻略の糸口は少しずつ見えてきている。だが、どれも決定打とならない。戦いは長引けば長引くほど、カリンたちは不利を強いられる。避難民は帝都ナガラの住人だけではない。カリンの肉親であるゲーニッツ。そして、そのお腹に子を宿すクリンもいる。


 なにより、ゴールデン・ベイラーの無差別な攻撃を嫌ってか、一時的に姿を見せないアイとパーム達がいる。彼らがもし、ゴールデン・ベイラーと共闘すれば、強大な敵となってしまう。


「なんとか、しないと」

「カリン。わが妃よ」


 作戦が思いつかない中、ぽつりとつぶやいたのは、戦いの素人であるカミノガエであった。


「あの、金のベイラーを倒す方法がある」

「陛下? 」

「だが、それには、皆の協力が必須だ。特に黒騎士」

「はい? 」


 名指して呼ばれたことに、思わず姿勢を正す黒騎士。


「貴君のベイラーの力がいる」

「レイダの? 」

「その針の力だ。あとは、商人の知識を持つものがいれば、盤石なのだが」

「―――陛下。ご安心を」


 カリンが自信たっぷりに答えた。


「商人の知識なら、黒騎士は持っております」

「ほう」

「か、カリン!? 何を」

「ならばひとつ試しだ。黒騎士」

「陛下まで、一体なにを」

「我が国の金貨についてだ」


 戦いの最中、突然、カミノガエが懐から金貨を取り出す。帝都ナガラでは珍しくない、通常使われる金貨である。その金貨を手にし、カミノガエは問いかけた。


「この金貨に金は、()()()()()()()()() 」

「―――」

「? 」

《《《??? 》》》


 その問いの意味を、カリンは、ベイラー達は、コウでさえ、一切理解できなかった。全員頭の上にクエッションマークが浮かぶ。


「(金貨なのだから、金が入っているのではなくって? )」

《(俺も、そう思うけど)》


 謎かけであるのは確かだが、問題文から全く理解できず、そして理解できないために、正解などわかるはずもなかった。コウはただただ頭をひねるばかりだったが、問いかけられた黒騎士、ただひとりだけが、毅然と答えた。


「銀が2割、鉄が1割。残り8割が金でございます陛下」

「―――」

《《《―――??? 》》》


 問の意味も分からなければ、黒騎士の答えもまた、意味が分からなかった。だが、皇帝はその答えに、満足し、さらに問いを続けた


「アルバトが使っている金貨はどうだ? 」

「5割……ああいや、3年前に新しく発行しなおして、4割に落ちています」

「うむ。カリン。黒騎士は確かに、商人の知識を持っているようだな」

「え、ええ。そうでしょうとも」


 カリンは自慢げに応えているが、しかし内心は穏やかではなかった。


「(今の会話の、どこに商人の知識が? )」


 そんなカリンの心などつゆ知らず、カミノガエは、満足気に答える。


「よし黒騎士。貴君の知識と、余の知識を合わせ、あのベイラーを打倒するぞ」

「は、はい陛下! 」


 黒騎士とカミノガエ以外、首を傾げたまま、打倒バスターベイラーの作戦は始まったが、それを実行する仲間は、あまりに無理解だった。

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