ゴールデン・ベイラー
《な、ななな》
頭上でピカピカに光っている、全長50mのベイラー。下顎から先が無く、頭部の異様さだけみれば、化け物といっても過言では無い。だが、そんな違和感を吹き飛ばすほど、体が黄金に輝いてる。発光している訳ではない。ベイラーには本来あり得ない、金属質の肌が、日の光を反射している。
《なんだそりゃぁあ!? 》
コウが、己の主観で得た情報に対しての感想を、なりふり構わず叫んだ。その感想を、誰しも、同じように叫びたかった。
「バスターベイラーが、金貨をまとった? 」
《シーザァーさんの正拳突きを耐えた。どうなっているんだ》
その全身、コックピットも、余す事なく黄金になっている。特質すべきは、シーザァーが放った正拳突きが、全く効果が出ていない事。さらによく見れば、戦いの中でひび割れたはずの箇所も、いつの間にかふさがっている。
「どんな手品をつかった! 奴隷王! 」
殴ったシーザァー本人が、一番驚いている。手応えが全くが違っていた。
「そうかそうか、商いをしないあんたにはわからんか」
中にいるであろうライカンが、得意げに語り始める。
「金ってのは、どんな代物なのか」
「代物? 」
「試しに打ってこいよ。ホラホラ」
ゴールデン・ベイラーが、その指先をちょいちょいと誘うように曲げる。あきらかな挑発行為であり、シーザァーからしてみれば、そんな見え透いた挑発に乗る理由は無い。しかし、先ほどの不可思議な手応えを確認する術が他になかった。
「吠え面をかかせてやる。帝都近衛格闘術! 」
両足を肩幅ほどに広げ、腰を落とすと共に、右拳を脇に据える。一呼吸ほどのわずかな時間を空け、真正面にいる相手を、鉄拳で突く。
「正拳突き!! 」
彼がその生涯何度も繰り返した正拳突き。その新たな一撃は、研磨された通りの、手本のような、それでいて鋭い一撃。対してゴールデン・ベイラーの対応は、全くの不動。
不動である。正拳突きに対し、防御するでもなく、反撃するでもない。
「(まさか、返しか!? )」
シーザァーの脳裏には、一瞬その可能性が浮かび上がる。正拳突きはその性質上、返しを受けづらい。拳打での返しは、体重を乗せた相手の前に、拳を置いておく事で、自滅を誘うのがほとんど。全体重を乗せた横殴りや顎突きであれば、体重分、手痛いダメージとなる。だが正拳突きに関しては、体重の推移はわずかで、かつ片腕は、追撃可能の姿勢にある。仮に正拳突きを返しできたとしても、さらに左手からの正拳突きが相手の急所を打ち抜くのみである。
「(ライカンにそんな技量があるとは思えん! このまま突く! )」
懸念を振り払い、修練通りの正拳突きを放った。バスター化したアレックスの正拳突きは、なんの障害を受けることなく、目的であるゴールデン・ベイラーの胴体へと命中する。
すると、拳が命中した後、シーザァーは己の拳におこっていた現象を垣間見た。
「(あ、当たっている、というのに、これは!? )」
アレックスの拳は、確かに命中している。だが、その拳は、金属の輝きをもちながら、水のように形を変える不可思議な肌によって、衝撃すべてを緩和されていた。それは、ぶよぶよとした軟体生物のようでつかみどころが無い。衝撃という衝撃は、全て無力化されていた。
「我が鉄拳が、効かぬの? いや、通らぬ!? 」
「金は鉄より柔らかい。」
金はその加工のしやすさから、たたけば簡単に伸び、形を変える。表皮に融合を果たした金は、いわば緩衝材の役割を果たし、本体に衝撃が行く前に、表皮を動かす事で、全てのダメージを金が請け負い、衝撃を逃がしてしまう。その際、金が砕けてしまっても、再び表皮に戻る事で、一切の傷が無い状態に復元されている。
乗り手の血を得て強くなったバスターベイラーが、今度は金貨を取り込んだ事で、その金を自在に操る力を手に入れていた。
「そしてぇ! 」
ゴールデン・ベイラーが、アレックスに掴みかかる。アレックスの両腕を掴み、そのまま地面へと押し込んでいく。シーザァーが負けじと押し返そうとするが、今度は、その体から感じる圧倒的な重量差で、歯が立たない。
「こ、これは一体」
「金は、鉄より重い! 」
「お、おおお!? 」
バスターベイラーの巨体同士。体躯が同じであれば、重量の差はそのまま、力の差となる。力任せに体重を押し付け、両膝を屈させる。
「このまま押しつぶしてやる! 」
黄金に輝くゴーデン・ベイラーが、アレックスを圧倒していく。
「(何か、何かあるはずだ)」
シーザァーは、己の状況を冷静に分析しようと努めていた、経験と勘、すべてを総動員して、相手を打ち倒す術を模索し続ける。付け加えて。
「(こんな見た目の相手に負けてなるものか! )」
彼の武人としての誇りが、目の前にいる相手に敗北する事を許さなかった。操縦桿を握りしめ、押しつぶされそうになった姿勢を変えるべく動く。
「(敵の方が重い。ならば! )」
掴まれた両腕をそのままに、あえて地面に自ら背中をつける。ゴールデン・ベイラーは、拮抗していた状態を崩された事で、同時に態勢も崩してしまう。ゴールデン・ベイラーは、意図せずしてのしかかるように倒れこむ。
シーザァーは、己のベイラーの体と、倒れこんできた相手との間に足を滑り込ませる。
「帝都近衛格闘術ッツ! 『散り花』」
地面に背中をつけたまま、足を使って相手の胴を蹴りあげた。格闘術には、殴る、蹴る。そして投げも含まれる。この技は、自身よりも高い重心にいる相手を、足の力を利用しての、投げ技である。日本の柔道にも、同様の技があり、名を巴投げと言う。
『散り花』の利点は、足さばきを必要とせず、両腕を掴まれたままで、相手の姿勢をくずせさえすれば、即座に投げる事ができる。加えて、『散り花』は、巴投げの技巧に加え、投げ飛ばす寸前に、『月流し』のように、両手を交差させる事で、対象に横方向の回転を加えるのである。
投げの最終目標は、つまるところ、相手を地面に叩き落とす事にある。打撃と違い、自分の重量がそのまま威力に反映される。故に、落下する側も、受け身を取る事で、衝撃を相殺、もしくは緩和させる。『散り花』は、相手を完全に空中に投げると同時に、回転を加える事で、落下する際に、相手がどの位置から落下するのかを分からなくさせる。
投げを受けて受け身が取れないのであれば、その衝撃は計り知れない。かつてコウが、初めてレイダと戦い、投げ飛ばされた時、中にいたカリンは、衝撃で気絶してしまったように。
コウが投げ飛ばされたのは、せいぜい自分の身長の高さほど。それが50mの高さ、かつ、重量はベイラーの週十倍。であれば、投げ技である『散り花』は最適解と言えた。
ゴールデン・ベイラーが、アレックスの『散り花』により、一時、空を舞う。
「ハルバード相手では、投げを使えなかったが、これならば」
投げはその性質上、間合いは零であり、武器を持った相手に使うにはリスクが大きい。敵が間合いの遠い武器を使っているならばなおの事である。
「さすが鉄拳王、いろいろしてくるな! だが! 」
投げ飛ばされながら、ゴールデン・ベイラーがさらなる変化を見せる。
正拳突きを受けても柔軟に歪んだその肌が、瞬時に剥がれていった。剥がれた金は、細く、薄く伸び、全方位に飛び出していき、やがて地面、壁、王城にとりつくと、黄金の柱となってゴールデン・ベイラーを固定した。
ゴールデン・ベイラーは、空中で優雅に姿勢を正し、ゆっくりと着地する。柱となった金は体へと戻っていき、再び黄金の輝きを放つ。その様子を見て、シーザァーも、ゴールデン・ベイラーの特性を理解する。
「黒いベイラーが、その髪を操るように、ゴールデン・ベイラーは金を操るというのか」
打撃は効果はなく、投げも無効。さらには
「(おそらく、斬撃も無意味か)」
黄金を両断するには、切れ味よりも、両断に耐えうる分厚い刃が必要である。肉を切るような薄い刃では、耐久的に負けてしまう。
「(よしんば斬れたとしても、黒いベイラーと同じようになるかもしれん)」
黒いベイラー、アイが、剣聖によって斬り飛ばされた手足を、その黒髪で繋いでいる。金を自在に操るのであれば、同じ事をゴールデン・ベイラーが行っても、不思議ではなかった。
一方のライカンは、金貨を捧げて手に入れた力に、笑いが止まらない。いままで劣勢だったのを覆すだけの力を、己の物とした事への高揚感が、全身に駆け巡っている。
「まだだ! まだ足りない! 」
しかし、その高揚感と同時に、飢餓感が腹の奥底でうごめいていた。バスターベイラーに対して、集まった金貨は、表皮を薄く覆うだけに過ぎない。正拳突きを無力化できるとは言え、一瞬でも金でおおわれていない部位があらわになる。
「もっと金貨を! もっと金を! 」
金に覆われていない部位を見るたびに、半狂乱になっていく。目の前に敵がいるというのに、今は、自分の体を金で包みたいという欲求のみが先走っている。
「もっと金を集めて、俺は、俺は何を……?? 」
そして訪れるのは、手段を重視しすぎたために起きた、目的の喪失。ライカンは、黒騎士への憎しみでバスター化していた。しかし、目の前のシーザァーを前にして、手段を選ぶほどの余裕はなかった。頭に響く声の赴くまま、その感情をゆだね、金を捧げ、そして力を手に入れた。
その力は、あれほど憎かった黒騎士の事を忘れてしまうほど、大きく、強い。
「まぁいい、まだまだ金貨を集めるぞ、ふへへ、フヘヘヘヘ」
正気を失っていたライカンに、判断力など残っていなかった。
「コウ! 」
《接近する! 》
「あんな状態、普通じゃないわ! 速く助け出さないと! 」
ライカンが狂乱している事など分からないカリン達は、ついさきほど、シーザァーに対してそうであったように、ただ乗り手を救うべくゴールデンベイラーへと近づいていく。サイクルジェットを灯し、炎を噴き上げ、翼を広げて空へと向かう。
「あいつ、ライカンをベイラーから引きずり下ろすつもりか」
《そうはさせないっての》
パーム達も、その意図に気が付き、行く手を阻むべく、繋いだ手足で駆け出していた。空中で両者が相対する。
《アイ! 今、君にかまっている暇はない! 》
《私は元からあんたに用があるのよ! 》
両者が武器を構えようとしたその時、ゴールデン・ベイラーのコックピットから、おどろおどろしい声が響いた。
「おお、こんなとこにも金があったか」
下あごだけ残った頭が、目などないはずの顔が、コウの体を射抜く。コウの体には、確かにエングレービングによって施された金が嵌ってる。それは、婚姻の儀を前にして、カリンからの贈り物であった。
「そいつを寄越せぇええ! 」
《うぁあああ!? 》
エングレービングに使われているのは、ほんのわずかな量であるが、そのわずかな量の為に、先ほどまでシーザァーと戦っていたはずのゴールデン・ベイラーが、突如として標的を変更し、コウに襲い掛かる。なりふり構わず両手を限界まで伸ばして、コウを捕まえようとする。
《カリン! 変形! 》
「え、ええ! 」
空中でより素早く飛ぶために、コウが己の体を変形させる。腕と足を畳み、2対4枚の羽根を広げ、空高く逃げてていく。
「逃げるなぁああ! 」
両腕をブンブン振り回し、コウを捕まえるべく立ち回る。問題は、コウと戦おうとしていたアイにとって、その振り回された両腕は、たたの障害物でしかなく、自身が空中で逃げ場がない事を鑑みても、非常に危険極まりない。
「俺たちの事は無視かよッ! 」
《とにかく避けなさいよ! 》
「わかってる! 」
パームが悪態をつきながら、無造作に振り回される巨椀をかわし続ける。もはやコウとの勝負どころでは無くなってしまう。
《カリン、追ってきてるか? 》
「大丈夫、まだ空は飛べないみたい」
砂漠での戦いを思い出しながら、上空で旋回し、様子をうかがう。ゴールデン・ベイラーは口惜しそうに上空を見上げるだけで、それ以上追いかけてこない。ゴールデン・ベイラーは、金をまとった事で、全身の重さが倍増しており、格闘戦において無類の強さを誇るが、逆に機動力と呼べる物は、壊滅的に低くなっていた。追撃しようにも、ゴールデン・ベイラーには飛行能力は無い。あきらめざる終えなかった。
「まだだ、まだ足りない。これじゃ薄い」
欲望だけが膨れ上がったライカンは、もはや金を集める事しか頭になかった。黒騎士の事も忘れ、ただひたすらに金を集めようとする。
「もっとだ、もっと金を集めないと。その為には」
ゴールデン・ベイラーの指先を、今度は街へと向ける。にゅるにゅると不気味に伸びた黒い蔦は、まるで蛇のよに怪しくうねっている。
「探せ、探せ、金貨、宝石、装飾品、金なら、もうなんでもいい」
やがて、指先から大量に生えだした黒い蔦は、戦場には全く見向きもせず、壁を越え、街中へと侵攻していく。太い蔦から枝分かれしていき、手当たり次第に家屋を漁っていく。
避難していた人々は、最初その蔦がなんなのかわからず、自分たちに危害を及ぼさない事で、ほんのわずかに安心するものの、家財を無遠慮に荒らされた事で、一気に吹き飛んでしまう。
「こ、こら! もっていくな! 」
「それは大事なお金なんだ! 返してくれぇえ! 」
人々の声が、ただの蔦に届くはずもなく、むなしく反響するだけで、収集が止む事は無かった。やがて、収集した金貨、もしくは金に相当する何かは、少しずつゴールデン・ベイラーの元に集約されていく。ゴールデン・ベイラーは、集められた金貨を、下あごの残った頭部へ、食べ物を食べるような仕草で、どんどん金を飲み込んでいく。
その、全く意味不明で、異様な光景に、誰しもが息をのんだ。
《ま、まさか、街中の金を集めるつもりか? 》
「ど、どうしてそんな事を? 」
《どうして? 》
「だ、だって、お金では、強くなれないわ」
カリンは、ライカンの行動理念の一切が理解できず、ただただ困惑していた。故郷ゲレーンでは通貨制度はあったものの、国の半数にはまだ浸透しておらず、未だ物々交換が盛んである、金貨に価値を見出せるほど、まだカリンは通貨制度に詳しくなかった。なによりカリンは、努力で己を鍛え続けてきた人間である。こと剣術において、強くなるのにお金は必要なかった。
「それに、もしお金で強くなれたら、私もお姉さまも、もっと強いわ! 私これでもお金は結構持ってるもの! 」
《(なんという説得力)》
「だから、あんなベイラーから降ろしてあげないと、きっとライカンは大変な事になる。きっと、あの砂漠で助けた人よりも、ずっと酷くなる、気がする」
確証はなかった。だが、現状、金の収集にくるっているライカンは、はたから見れば、異常そのものだった。
「だから、助けるわ」
《ああ。付き合う》
「まずは、龍殺しの大太刀で、コックピットを切り裂く」
《お任せ―――》
いつものように、返事を返そうとしたとき、ふと頭上で、見覚えのあるシルエットが目に入った。それは人型でありながら、人間より大きい。鉄の鎧を身に着け、顔には、一つ目がくっついている。
《ウォリアー・ベイラー?》
「ウォリアーに金って使われたかしら? 」
《いや、パラディンだけのはずだけど》
ウォリアー・ベイラー。帝都で一部の兵士が使っている、人口ベイラーの一種である。それが、なぜか黒い蔦に巻き付かれ、ゴールデン・ベイラーに飲み込まれようとしている。
「あのウォリアー、どこかで見た覚えが」
カリンが違和感に気が付いた直後である。巻き付かれながらも抵抗していたウォリアーが、その蔦を引きちぎり、拘束から逃れた。しかし、脱出するも、そこは空中。飛行手段を持たないウォリアーは、会えなく落下してしまう。
《落ちてる! 》
「コウ! 受け止めるわ! 」
《お任せあれ! 》
ウォリアーの落下地点を予測しながら、サイクル・ジェットを点火させる。落下しているウォリアーと、地面との間に己を配置する。やがて、落下してくるウォリアーを目視すると、腕を広げ、お姫様抱っこの要領で受け止めた。
「あのベイラー、もしかして」
カリンの意識が、受け止めたウォリアーの肌に残った、細かな傷へと向かう。戦いでついたのか、それとも治しきっていないのか、落ちてきたウォリアーはほぼ使い古しと言って差し支えなかった。
その使い古されたウォリアーに乗っていた人物を思い出すのと、コックピットから人が出てくるのは同時だった。
「うむ。よい働きだったぞコウよ」
《ま、まさか貴方は》
ゴールデン・ベイラーは、金貨、もしくは金を含む装飾品を狙っている。装飾品の中には、この帝都の中で、随一の量を誇る、王冠が存在している。無論、その王冠をかぶれるのは、帝都でもただ一人。
《「陛下!? 」》
「まさか、王城の中がこんな事になっているとはな」
カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラ。帝都の皇帝その人が、王冠を目当てにして、ゴールデン・ベイラーに埒されてしまった。
「こうなった以上、逃げるわけも行くまい。手を貸せカリン」
「は、はい! 」
そして今、カミノガエはカリンの夫でもあった。




