バスター対バスター
「バスターベイラーが、バスターベイラーを、殴ったぁ!? 」
黒騎士が、自分の目で見ている物を、ありのままに言葉にする。高くにそびえる王城と同じほどに高く、大きく変わったバスターベイラー。その一方に乗っていたシーザァーが、コウの炎によって正気を取り戻し、共に戦う決意をしてくれた。
「(民は、かなりの数逃げ終わったようだな)」
意識が鮮明になるにつれ、曇っていた視界も広くなっていく。足元には、逃げ惑う民たちと、自分を奮起させてくれた、白い肌のベイラーと、その仲間たちがいる。そして、目の前には、明らかに敵意をもった、自分と同じ大きさのベイラー。そのベイラーが、逆上してこちらに襲ってくる。
「帝都、近衛格闘術」
それまでもがき苦しんでいたのがウソのように、50mの巨体がなめらかに動いた。両足を肩幅に広げ、右手を一旦腰に据える。左手は、脱力したまま前に伸ばす。それは、打ち据える目標を定める準備段階の動き。
「黒騎士! できる限り足元に! 下手に離れると踏み潰されます! 」
「は、はい! 」
「皆も急いで! 」
足元にいたカリン達は、次に来るであろう動きに備え、シーザァーの操るアレックスの足元へと集う。彼のもっとも得意とする攻撃が放たれようとしている。両足は肩幅よりやや広くとられたその構えであれば、バスターベイラーの巨体なら十分なスペースがある。ちょうど股下に位置する場所へと大急ぎで移動する。
やがて全員が移動し終わったころ、シーザァーが必殺の一撃を放つべく叫んだ。
「正拳突きぃいい! 」
50mの巨体が、人と同じ動きで、素早く正確に、ライカンの乗るバスターベイラーへと正拳を叩き込む。ふつうのベイラーの時でさえすさまじい威力を誇っていた正拳突きを、バスターベイラーの大きさで行ったのならば、その威力はまさに絶大。ライカンはその素早い突きを防御する事もできず、再び食らってしまった。
爆音と共に、胴体がくの字に曲がりながら、王城の壁へと叩きつけられる。壁の一部が音を立てて崩れ、あたり一面に瓦礫と土煙が舞った。
「バスターベイラーを、正気の人間が扱うとああなるのか」
正拳突きによる衝撃と爆音もまたすさまじく、おもわず両手で耳をふさぎながら、黒騎士は頭上を見上げる。
「味方になると、こんなに頼もしいとは」
砂漠では、いかにバスターベイラーを倒すかに苦心していたため、こうして自分たちの味方として戦ってくれている事実を理解するのに、まだ時間がかかった。それでも、一撃でバスターベイラーを壁に追いやるその威力に舌を巻いている。一方、闘っているシーザァーの方はというと、彼もまた、今までに無い感覚に、未だ戸惑いを隠せないでいる。
「(これが、今の間合いか)」
それは、格闘における、間合いの違い。自分で考えている手足の長さと、ベイラーの手足の長さは、必ずしも一致しない。これは、人間とベイラーとで、体の比率がわずかに違う事に起因する。無論、視界と感覚の共有が行われる事で、その差は限りなく零になる。
「(なにやら、妙な事になっているな)」
だが、バスターベイラーのように、さらに巨大になると、話が変わってくる。ふつうのベイラーの時でも高いと思っていた景色が、バスター化した事でさらに高く、広い。見慣れたはずの建物が、あまりに近く、小さい。指先の感覚は同じなのに、目で見る景色が違う為に、距離感がチグハグになっている。
「(慣らしなどしてる暇は無いか)」
本音としては、バスター化した体に己の感覚をすり合わせる時間が欲しかった。本来、50mの体に即座に順応できる人間の方が稀である。
「(前にいるのは、大きさこそ違えど、形はライカン殿が乗っていたベイラーを同じ……まったく、本当に奇妙なものだ)」
バスターベイラーとなったケーシィとライカンは、正気を失い、理性を無くした状態で、力を振るいたいままふるっていたために、シーザァーの様な葛藤は起きなかった。
「さぁ、奴隷王はどう動く」
だが彼の、長年積み重ねた修練は、確かに形となってシーザァーの助けとなった。正拳突きの動作であれば、なんら違和感なく放つ事が出来たのがその証拠である。土煙で当たりが包まれている中、構えは解かず、相手の出方を見る。その煙の中で、小さく瞬く光が、チラチラと見え隠れし始める。
「今の光は? 」
見慣れぬ光に警戒し、身をかがめるようにし構えたその瞬間。
土煙を切り裂いて、ライカンのベイラーから熱線が吐き出された。その細くも莫大な熱量は、一直線にアレックス目掛け放たれていく。
「なんと!? 」
熱線は、アレックスの左腕を貫通し、コックピットへと直撃する。そのあまりに高い温度により、アレックスのコックピットがどろどろに融解していく。
「ただでやられるかよぉ! 」
ライカンは熱線を照射しつづける。バスター化し、発射口を手に入れたのはライカンだけであり、シーザァーはまだその領域まで達していない。シーザァーは正気を失っていたために、この熱線には対応できなかった。
氷に熱湯をかけた時のように、ゆっくり、だが確実にコックピットが溶けていく。並みのベイラーであれば、直撃を受けた時点で、乗り手の体も蒸発していた。バスターベイラーとなったことで、コクピットその物が大きく、硬くなり、またシーザァーが乗っている場所までは距離がある。
それでも熱線により外気が暖められ、コックピットの温度が急激に上昇する。
「このまま焼き殺してやる!」
「お、おおお!! 」
コックピットに穴が開いた事で、通常であれば機能するはずの、人間にとって快適な温度を保つ、いわば維持機能が完全にマヒし、コックピットの内部が、真夏のようにむし熱くなる。これ以上照射され続ければ、如何にシーザァーが鍛えられた戦士としても、耐え切る事などできない。
だが、ライカンは、シーザァーと戦っている事に夢中で、地上からの攻撃に気が付かなかった。
「サイクル・シミターァ! ブーメラン! 」
「サイクル・ショット! 」
湾曲刀と針が、ライカンの操るバスターベイラー目掛け襲い掛かる。発射口を直接狙うのではなく、その顔、特に目に向かって、地上にいた黒騎士とサマナが狙いをつけた。
シミターは右目に、ショットは左目にそれぞれ命中する。一瞬でも機能不全に陥った事で、いままで正確にコックピットを焼いてた熱線がブレる。
「好機! 」
シーザァーは一歩前へと踏み込み。熱線をかいくぐりながら、ライカンのベイラー、その首を掴みかかる。熱線が自分に向かわむように、顎を起点に上へと向かせる。
発射口を強引に上に向けられた事で、熱線はそのまま上空へと延び、再び雲を横切っていく。
「これならば、その奇妙な技も使えまい! 」
「クソがぁ! 放しやがれぇえ!! 」
首を絞められるような形であるが、人間と違い、苦しくなる事はない。だが、命中すればそのまま勝敗が決する熱線を撃てないのはいかんともしがたく、またライカンには、組み付かれた場合の体術に関しては心得がなく、50mの巨体で、駄々をこねるように暴れまわるしかなかった。
風穴があいたコックピット越しに、シーザァーがにらみつける。
「このまま首をねじ切ってくれる! 」
首にかけた手に力を籠める。人間と違い窒息しないが、首そのもの強度は、ベイラーの原則どおり脆いのは変わらない。指が喉に食い込み、ベキベキと音を立てながら割れていく。
「(クソ! 黒騎士を倒す前、やられちまう! )」
状況を打破する手段を思いつけず、ライカンは焦る。もとより、帝都の近衛を任されていた男と、商いで生活していた男とでは、同じ土俵に立てるはずもない。修練、経験、センス。如何に王と称えられるライカンでも、シーザァーと戦うには何もかもが足りていなかった。
故に、足りてない物を補うべく、ライカンは捧げる事を選ぶ。
「オイ! もっと寄越せ! 」
《チョウダイ》
「ああ! もういくらでもくれてやる! 」
何もかもを食い破る力を、ライカンは求めた。その求めに応じ、コックピットの蔦が、ライカンの全身を締め上げる。蔦には無数の棘が生え、ライカンの体に食い込んで離さない。
「が、がぁあああああ!! 」
「な、なんだ? 何が起きている? 」
至るところに棘が突き刺さり、全身の血を、バスターベイラーへと捧げる。ライカンの褐色の肌から、艶がきえていく。
「は、ハハハ、ほらよ、くれてやったんだ、だから」
もはや、自分がどんな状態になっているのかライカンは把握できていない。そんな事など、彼はもう気にしない。今はただ、目の前の、自分の邪魔になるものすべてを排除できれば、何もいらなかった。
「俺に力を寄越せぇええ! 」
己の血肉を捧げ、バスターベイラーはさらなる力を発揮する。その全身から黒い蔦を伸ばし、手当たり次第に絡めとろうとし始める。
「なんだコレは!? 」
植物に疎いシーザァーは、突然生えだした蔦を、蔦と認識できず、突然草木が生えた物だと誤認した。その一瞬の誤認は、対応するタイミングを逃し、首を掴んでいた両腕に、蔦が絡まる結果となる。
ライカンにそうしたように、蔦はアレックスの両腕を雁字搦めにし、その肌に棘が深く深く突き刺さっていく。
「次から次へとぉ! 」
両腕の自由を奪われた事で、この蔦が尋常の物ではない事をさとり、一歩でも間合いの外にでるべく、喉から手を放そうとする。しかし、すでに絡まった蔦は指の関節にも及び、押す事も引くこともできない。やがてその蔦は、手の関節を絡めとり終えると、今度は両腕めがけ伸びていく。このまま拮抗状態がつづけば、全身に蔦が周り、身動きが取れなくなる。
「このままでは」
《シーザァーさん! 》
得たいの知れないバスターベイラーの、数々の行動に翻弄され、窮地に陥いったシーザァーを救うべく、コウがその腕へと降り立った。
地上からでは見えにくかったバスターベイラーの状況を知り、カリンが絶句する。熱線、黒い蔦。それはどれも、乗り手がバスターベイラーに血を捧げた見返りに手に入れた力である事を知っている。
「もうここまで」
《カリン! 蔦を焼き切る! 》
「ええ! 」
《龍殺しを使う》
背中の鞘に収まる龍殺しの大太刀を抜く。その波紋は、まるで生きているかのように不規則に揺らめている。大太刀には、ソレを操るベイラーのサイクルを増幅させる力がある。
そして、コウはその力を、己の炎を拡大させる為に用いた。
《ちょっとだ。ちょっと》
全力で力をつかってしまえば、再び眠りの淵におちてしまう。かといって、ただの斬撃では、シーザァーの駆るアレックスを蝕む蔦を取り除く事はできない。器にちょびちょびと水を加えるように、少しずつ、少しづつ炎を与えていく。炎が弱すぎては意味がなく、強すぎても、アレックスを傷つけてしまう。
《ちょっときらめけぇ! 》
絶妙な手加減で、炎を、大太刀に違わぬ長い刀身に這わせていく。やがて刀身すべてに炎が纏うと、蔦にめがけ横一文字にふるった。炎は刃から飛び出し、飛ぶ斬撃として蔦に襲い掛かる。わずかに炎をまとわせただけであったが、蔦を焼き払うには十分な威力となった。関節に絡まった蔦も例外ではなく、轟々を燃えて灰を消えていく。
「コウ! このまま発射口をつぶすわ! 」
《お任せあれぇ! 》
蔦を焼き切った刃を返し、熱線を放つ発射口めがけ突撃していく。アレックスの腕を伝っていく。すぐにバスターベイラーの顔にまで到着するも、その顔の大きさにおもわず面食らう。
《やっぱりデカいが》
「このまま叩き斬る! 」
大きく開いた口に、熱線を吐き出す発射口を見つける。大太刀を大上段に構えると、巨大な顔面もろとも、発射口めがけ振り下ろした。
「真っ向! 」
《唐竹ぇ! 》
《「大切斬ぁああん! 」》
裂帛の気合を共に、体重を乗せた全身全霊の一刀を浴びせようとした。油断も容赦もない一撃であった。だがその一撃は、想像と違う手応えによって阻まれる。
「か、硬い!? 」
《いや、これは》
ベイラーを斬ったときとも違う、硬く鈍い感触が両腕を伝ったことで、思わず大太刀を取りこぼしそうになる。コクピットよりも硬い、そして、自分たちが斬れなかった者の正体をみて、今度こそ驚きで大太刀を落としそうになった。
《嘘だろう》
「コウ、何かわかって?」
《歯だ!? 》
「―――なんですって? 」
《歯だよ! このベイラー歯がある! 》
バスターベイラーの口に、発射口とは別の、人間でいうところの前歯が、新たに生えていた。コウの一撃は、その前歯によって阻まれた。人体を同じように、わずかに黄ばんでいる。
「そ、そうね、口があるんだから歯あってもいいんでしょうけど」
《こんな分厚い歯があってたまるかぁ! 》
50mの巨体にふさわしい、分厚く硬い、立派な歯であった。ベイラーに、本来必要のない口。そして歯。双方が加わる事により、バスターベイラーがいよいよもって人間に寄っていく。バイザー状の両目に、人間と同じような平たい歯。奥歯まであるかどうかは、まだ確認できなかった。
《あんな出っ歯もう一回叩き斬ってやる! 》
「まって、歯ができたってことは」
カリンの頭に一瞬浮かんだ懸念。ベイラーには本来口が無い。必要がないのである。故に、歯が出来た事で、何が可能になるのか。
「コウ! 離れて! 」
《ッツ! 》
カリンの直感をコウは信じ、口の前から空へと飛び退く。次の瞬間、コウのいた場所に、バスターベイラーが大口を開けて噛みつきにいった。ガチリと歯を歯が激突する音が、空中でもよく聞こえるほど響く。
《あ、危なかった》
「歯があれば、噛む事ができるのよ」
《歯はそのまま武器になるって事か》
人間の歯は大きく二種類に分かれ、前歯と奥歯で役割が異なっている。薄く尖った前歯は、事前に口に入れる物を細かく切り、分厚く広がった奥歯は、前歯で細かく切った物をさらにすりつぶし、より小さく飲み込めるようにする。
肉食の獣は、奥歯にあたる部分は存在せず、狩り取った得物の肉を、鋭い牙によって食いちぎり、丸呑みするのが通例である。逆に、草食の動物は、肉を食いちぎる必要がない為、前歯の役目は存在せず、草や果物をすりつぶす為の奥歯が発達している。無論、生態によって前歯奥歯の生え方は異なっている。
重要なのは、前歯のある生物は、その前歯を武器として扱う事にある。
「しかも、発射口を守る盾を兼ねるなんて」
攻撃性の高い、肉を切り裂きやすい牙ではなく、人間とおなじ形状をしている事が、今回の場合、バスターベイラーの脅威度をさらに上げる結果となっている。発射口をつぶし、熱線を防ごうとしても、その硬い前歯に守られてしまう。
そして、口の前でうかうかしていれば、今度はバスターベイラーによって文字通りかみ砕かれてしまう。
《前は、たしか肋骨だったな》
「でも、この状態にまでなってしまったら、もう乗り手は……」
カリンが砂漠での戦いを思い出す。あの時は、ケーシィを救い出す事はできたものの、コックピットから離脱させた後も、バスターベイラーは動き続けた。力を使うには、大量の血が必要で、地中に住まう生き物から血を吸い上げ、それでも足りなくなり、街へと向かって侵攻していった。
「(人の血をこれ以上吸わせたら、今度は何が起きるかわからない)」
砂漠の時は、街に侵攻する直前で食い止めることに成功していた。だが今回は、以前とはケタ違いに変化のスピードが速い、これは一重に、乗り手のライカンが、まったくの抵抗感なく、バスターベイラーに己を捧げているからに他ならないが、そんな理由など、カリンには知る由もなかった。
「なんとしても、ここでバスターベイラーを食い止めないと」
《カリン、食い止めなきゃいけないのは、バスターだけじゃなさそうだ》
「何? 」
大太刀を構えなおし、バスターベイラーに向き直る。その切っ先には、バスターベイラーの他に、もう1人、この戦いを意図せず静観していたベイラーが居る。
「ようやく、繋ぎ終わったぜ」
黒い肌と、それよりもさらに深い黒髪。その右手は、全ての指が刃となって、掴むものすべてを惨殺する意思が込められている。
《アイ》
《さっきまで何処行ってたのよ。まぁいいわ》
ライカンとパーム。シーザァーとカリン。陣営が綺麗に分かれる。
《あんたをズタボロにする力を手に入れたのよ》
《そいつは良かった》
《信じてない顔ね》
《君には》
《何よ》
アイの言葉の端々には、苛立ちが籠っている。コウはその苛立ちを感じ取りながら、しかし、アイとは真逆の感情が胸の内からあふれていた。
《君には、もう、俺を殺す以外に、やりたいことなんてないのか》
《あるわよ》
苛立ちがさらに膨れがある。
《あんたを殺して、気に入らない奴全員殺して、何もかもを奪ってやる》
《そうしたら、君の気が晴れるのか? 》
《何? 気が晴れるって言ったら死んでくれる訳? 》
《いいや、ダメだ》
大太刀を肩に担ぐ構えを取る。それは、カリンが最も得意とする剣術の構え。
《君に殺される訳にはいかない。なにより》
両目が赤く光り、全身から緑の炎があふれ出していく。
《人の命をどうとも思っていない君に、俺は負けない》
《―――言ったなぁあ!? 》
苛立ちが最高潮に達すると、アイの目もまた、コウと同じように赤く灯った。王城の中心部で、バスターベイラーを挟んで、コウとアイが再び相まみえた。




