敗北
ロボットに目的ができました。
「いただくぜ白いベイラー!! 」
黄色い、四ツ目のベイラーが、地中から躍り出る。コウより頭1つ大きいその巨体が、土煙と雪をかき分けて現れた。
そして、その乗り手の男は、何が楽しいのか、ずっとケラケラケラと笑っていた。四ツ目のベイラーが、その太い腕を伸ばし、コウを強引に引き寄せようとする。普通の、乗り手のいないベイラーなら、このまま抵抗できずに終わっていただろう。だが。
「させるもんですかぁ!! 」
今、コウの中には本来の乗り手であるカリンがいる。その操縦によって、伸ばされた腕を払い飛ばした。四ツ目の乗り手は、その払われた手を、閉じたり開いたりを繰り返す。そうして、しばしの思案のあと、いま起こったことの原因を探り当てた。
「女の声がする……ってことは、白いのには乗り手が別にいるのかよ! 」
「驚いた。まさか小屋ごとベイラーで作っていたとは」
「おう、でっけぇ兄ちゃんは察しがいいなぁ」
「しかも、その巨躯のベイラー、地中に潜れるのですね。通りで派手な外見の割りに見つからないわけだ。地上にいないのですから」
「あん? なんだ、このパーム様を探してたっていうのか? 」
「ああ。ずいぶんと。……何をしている!早く退きなさい!! 」
「《退く!? どうして!! 》」
「どうしたもこうしたもねぇよなぁ! 自分の体をよく見てみろよ!! 」
コウが、立ち上がろとして、操縦されているのにも関わらず、その動作が鈍い。それに、関節から、木が擦れるのとはちがう、別の鈍い音が鳴っている。白く硬い蝋燭のような何かが、関節のそこらじゅうを噛んでいるのだ。
「《か、体が思うように動かないッ! 》」
「そりゃそうよ! このパーム様直々に、冷えたらガチガチに固まるチシャ油を塗りたくってやったからなぁ! 」
「《そ、それじゃぁ》」
「ナキム!? 貴方ナキムなの!? 」
「偽名をつかって宿場で働いていた? なんて手の込みようだ」
「そうら。こっちに来てもらうぜぇ。乗り手ごとでもこの際構いはしねぇ! 」
再び、四ツ目のベイラーが手を伸ばす。カリンも、先ほどと同じように手を払おうとするが、体がガチガチになってしまって思うように動かせないでいた。小屋を破壊したことで、コウの周りが室温以下に急激に下がっていったからだ。
「サイクルは回せるのね! 」
「《な、なんとか! 》」
「なら、撃ちます! 狙いは当たればどこでもいい!! 」
「《お、お任せあれ!! 》」
「オージェン! 貴方は逃げて!! 」
腕を、少しでも四ツ目のベイラーにむける。腕を十全には伸ばせないが、体全体で動かして、狙いを定める。細かい狙いが定まらないが、カリンの思考は、どこでもいいから当たればいいというものだ。軋むサイクルを回し、針を創りだす。そのまま、さらに強引にサイクルを回していき、打ち出す力を強めていく。
「「《当たれぇ! 》」」
針が空気と雪とを引き裂きながら、四ツ目のベイラーへ飛んでいった。短い距離を疾走し、その右肩に命中する。黄色い巨躯が、わずかながらよろめいた。威力はあれから上がっているというのに、まるで意に返していない。
「なんだ、あれだけ塗ったのにまだ動けるのか。わかったわかった」
パームは、四ツ目のベイラーを、コウからみて死角になる位置に動かした。一歩進むごとに、雪がその重さで踏み固められていく。サイクルショットの範囲から逃げたのだ。その意図を読み取ったカリンだが、思うように動かないコウでは、射角に入れることができなかった。そのまま、コウの横に、四ツ目のベイラーが陣取る。
「乗り手には寝てもらうとするぜぇ! 」
四ツ目のベイラーが、腰をひねり、その巨腕を天高く振り上げて、振り子の軌道を描きながら、コウにその拳を叩き込んだ。
身動きのできないコウは、その拳をなんの防御もせずに受け止める他ない。ベイラーの全力をもってして叩き込まれたその拳で吹き飛ばされたコウは、雪の上を、そのまま無様に吹き飛んでいき、木を背にしてぶつけ、その短い滑空は収まりを見せる。
「ヘッヘッヘッヘッヘッヘ、よく飛んだ飛んだ」
コウは焦った。視界の共有が切れている。この場合、中にるカリンが、その衝撃から身を守ろうと操縦桿から手を離して丸くなっているか、それも間に合わずに、衝撃をモロに受けて気絶しているかの二択となる、しかし、丸くなった場合は、すぐさま操縦桿を握り、共有が再開される。
そして、今は、それがされていない。つまり、頭か、それ以外のどこかが、打ちどころが悪く、よくて痛みでうずくまっているか、悪くて気を失っているかということになる。そして、そうなってしまった場合、コウ1人で、あの四ツ目と相対しなければならないということだ。この、乗り手がいなければ満足に動かないカラダで、あの、自分をこうも軽々と吹き飛ばせる剛力をもつあのベイラーを相手にするというのは、無謀というものだった。
「《どうすればいい……どうすれば》」
策を考える。パイロットがいなければ赤目にもなれないこの体では、ギルギルスの時のように、その体を両断するような刀を作ることもできない。サイクルショットも、撃てるかもしれないが、威力がまるで足りない。それは先ほどので分かってしまった。
「どうもしなくていいんだなぁ。ヘッヘッヘッヘッヘッヘ」
四ツ目のベイラー、その乗り手の笑い声が聴こえる。ナキム、いや、パームと名乗ったその男は、何が面白いのか、ずっとケタケタと笑っている。
「このまま俺の言うことを聞いて、そのまま運ばれてくれさえすれば、それでいいんだからよ」
「《僕を運んでどうする気なんだ》」
「そっから先はお楽しみだな。おまえが気にすることはねぇ」
「《残念だけど、僕には乗り手がいる。今はこうでも、乗り手が起きれば》」
「そのたびぶん殴ってやるから大丈夫だよ。どうせ今のも本気で殴ってねぇ」
「《あ、あれが本気じゃない? 》」
「売りものに傷つけない程度に痛めつけるんだよ。もっとも」
コウが、四ツ目のベイラーの力に驚愕しながらも、その男との会話が途切れる。それは、勿体付けるというよりも、息を吸って今から言いたいことを大声で叫んでしまって、スッキリしたいという間が開いた。
「乗り手がいても関係ねぇ! 引きずり出してそいつごと売ればいいんだからな! いい商売だぜまったくよぉ!ヘッヘッヘッヘッヘッヘ」
「《ふざけるな! 何が商売だ! ただ盗んでいるだけじゃないか!! 》」
「そうさ! 田畑耕して汗水垂らすよりずっと楽なんだぜぇ! 」
会話の最中近寄ってきた四ツ目のベイラーが、その足で、コウを蹴りとばす。もちろん、とっさに腕を動かし、乗り手を守ろうとするも、無様に雪の上を転がるコウ。カリンがまだ起きていない最中に、このように中で揺さぶられれば、どのようになるか、コウは想像してしまう。
「ほーら。こっちについてくると言わなきゃ、乗り手の全身がばきばきになっちまうぜぇ。むしろ、いまので死んでるかもなぁ」
「《し、死ぬ? 》」
「人間ってのは脆いんだよ。お前たちよりずっとずっとなぁ! そんなベイラーの中っていう狭い空間でごろごろ転がされて、無事であるわきゃねぇだろう」
「《それが分かっていて、分かっていて、僕を蹴ったのか!? 》」
「ああ。気がついたんなら、お利口だ。そこでお前にはもれなく2つの選択ができる。1つ。俺の言葉通りに動くこと。2つ。俺の言葉に歯向かうことだ。もっとも、2個目を選んだら、そこで、お前の乗り手がどうなってもいいということで、俺は全身全霊をもってしてお前を蹴飛ばし続ける。きっと中の人間はそりゃえぐいことになる。さぁ、お利口な白いベイラー。どうする? ヘッヘッヘッヘッ」
コウは、その言葉に怒りを表しながらも、どうにかしてカリンを外に出せないかを必死に考えていた。未だに起きることのないカリンをこのまま中にいさせれば、どんな怪我を負わせることになるのか。想像できないコウではなかった。
こうした場合の決断は、コウはとても早い。カリンを何より優先するからだ。
「《連れていけ》」
「ほう。ほう!! 物分りがいいっていうのはいいことだ」
「《ただ、途中で乗り手が起きたら、必ず下ろす。それでいいな? 》」
「うむうむ。このパーム様は約束は守るほうだ」
「《 (そうだ。ここで盗賊団が、さらったベイラーをどこへ連れていくかわかる。そうして、機をみて脱出すれば……ごめんカリン。君をこれ以上痛めつけるわけにはいかない) 》」
「さて、これで8人めだな」
四ツ目のベイラーが、その手を再びコウに伸ばす。その指が白い体に触れようとした時だった。
「君は諦めが良すぎるな。それがカリン様に関わることならなおさらだ」
雪を踏みしめる音がすると思えば、男が1人歩いてきた。先ほど小屋が崩壊した後、まるでみなかったオージェンが、四ツ目を睨みつけるようにその場に来た。
「少々、時間がかかってしまいました」
「《に、逃げたんじゃないんですか!? 》」
「あぁ?さっきのでかいにーちゃんじゃないか。まさかこの白いベイラーを助けるつもりかい? 」
「いいや。1人でそんな無謀なことをするほど、私は人が出来ていません」
「ヘッヘッヘッヘッヘッヘ! そうかい。じゃか指を咥えてみてるんだな。ここでお前を潰してもいいんだからよ」
「だがな」
コウはここで始めて、オージェンが声色がいつもと違うことに気がつく。その声はどこまでも低く、冷たく、鋭かった。オージェンは、怒りに震えていたのだ。
「私がいつ1人だと言った。盗賊が」
オージェンが、右腕を上げ、そのまま振り下ろした。それが合図となって突如、四ツ目のベイラーに向け、大量のサイクルショットが雨となって降り注いだ。1発の威力も、その連射速度も凄まじい。複数のベイラーが、森の上からサイクルショットを放っているのだ。四ツ目のベイラーの、その黄色い体が、削れるようにして散っていく。どのベイラーも、恐るべき練度で、この見えにくい夜中だというのに、近くにいるコウにはただの1発も当たっていない。
サイクルショットは上から撃たれた。射線を追ってパームはその目を森の上に移すと、赤い点滅が木の枝からはみ出しているのがよくわかった。全てはベイラーが赤目になって、この森に映える枝を足場として飛び回っていた。こうして木々の上を疾走することで、何人がショットを撃っているのかわからなくしている。
「いつの間に!? 」
「静観することもできなくなった。これから貴様には洗いざらい吐いてもらう」
「何を吐けってんだ」
「全てだ。貴様が関わったベイラー攫いを余すことなく全て教えてもらう」
「嫌なこった! 」
四ツ目のベイラーは、サイクルショットの雨を受けてなお、その腕を伸ばして、コウを捕まえようとする。頑強さが凄まじい証だ。しかし、その行動を見ても、オージェンは顔色1つ変えず別の指示を出す。
「総員、サイクルジャベリン。串刺せ」
「「「《了解》」」」
赤目のベイラーたちがその目の輝きを一層強くしたとき、その黄色い腕に、今度は1点に集中して、灰色をした巨大な槍が、吸い込まれるようにして突き刺さっていく。そのまま、四ツ目の右腕は、縫い付けられるようにして、槍で固定された。
「灰色のベイラーが出す武器! この連携! こいつら、まさか『渡り』か!? 」
「……驚いた。その名まで知っているのか。なおさら聞きたくなった」
「クソ! やってられるか! 」
四ツ目のベイラーは、縫い付けられた右腕を、槍ごと強引に地面から引き抜くと、その足を使い、跳躍を行おうとする。その直前、オージェンが懐から、木の実のような物を投げつけ、四ツ目に当てる。そうとも知らずに、ただただこの場から立ち去りたいパームは、右腕に刺さった槍を引き抜くことさえせず、四ツ目を跳躍させた。その姿は、あっという間にこの雪の中に消えていった。
「よくやってくれた。ひとりは追跡。もう2人は降りてきてくれ」
その言葉に反応し、木の上から、2人のベイラーが音もなく降りてくる。雨のように降り注いでいらベイラーの攻撃は、たった3人で行われていた。ベイラー全員とも灰色に塗られているだけでなく、わざと雪をかぶってこの景色の中に溶け込んでいる。
これが、先ほどパームが言っていた『渡り』と呼ばれる者たちであり、オージェン率いる諜報部隊であるのだ。
「コウ君。カリン様はどうなさっている」
コウは、今だに自分の目の前で何が起こっているのかを把握できず呆然としている。しかし、理解できないから呆然としているのではない。自分が出来ることが、どれだけ小さいことなのかをまざまざと見せつけられて、オージェンにその意図がないとしても、結果的に自分の力の及ばなさを見せつけられて、カリンが未だに起きていないこの現状に、理解した上での逃避を含んだ呆然だった。
そんなコウを、知って知らずか、オージェンは肌を叩いて名を呼んた。
「ベイラー・コウ! 返事をしないか!! 」
「《は、はい! 》」
「カリン様はどうなっている? 」
「《そ、それが……》」
「君を責めることはない。だがこちらも君の言葉でしか状況を把握できない。できるだけ詳細に言って欲しい」
「《……共有が、切れています。1回、あの四ツ目のベイラーに殴られてから、ずっと切れたままです。どうしたら》」
「それは、急を要するな。コウ君。自分の胸に手を突っ込んでみるんだ。乗り手を無理やり下ろすのは本来あまり褒められたことではないのだが、今回は仕方ない」
「《乗り手を下ろす? そんなことができるんですか? 》」
「我々の国が何年君たちベイラーと過ごしていると思っている。ノウハウの蓄えはある」
「《ど、どうすればいいんですか? 》」
「まず、手に雪を集めて、そのまま突っ込め。このとき、ただ乗り手のことだけを考えろ」
「《乗り手の、カリンのことを》」
言われた通りに、その手を、雪に突っ込んだ。そのまま雪をすくって、今度は自分の琥珀状になった胴体に当てる。しかしそのままでは、中にいる乗り手に触ることもできなかった。今度は、乗り手をことを考えなから再度手をいれる。
「《(無事でいてくれ……お願いだから……)》」
その時、カリンがコクピットに入るときのように、今度はコウの手が、波紋を出しながら、その体の中に入っていく。
「うまくいったな。乗り手のことを考えなながら、コクピットの中のサイクルをゆっくり回せ」
「《コクピットの中の!? そんなことまで出来るんですか!? 》」
「できる。それで、カリンの座っている場所を押し出して、君の手に乗せろ」
「《や、やってみます》」
「みるんじゃない。やるんだ。そうしなければならない」
「《はい》」
内部までサイクルを回せることを知らなかったコウが、はじめてコクピット内に意識を向けながら、サイクルを回す。しばらくすると、中に入れた手に、少しの重量が加わったのが分かる。カリンが手の中にはいったのだ。雪を掴ませたのは、衝撃をすこしでも和らげる為だったのだ。
「これが、ベイラーによるの乗り手の緊急脱出の仕方だ。雪がないときは土で代用するといい」
「《このあと、どうするんですか》」
「その体制のまま、ゆっくり前に倒れて、最終的には四つん這いになるんだ。そうすれば、カリンを受け止められる。……ゆっくり、ゆっくりだぞ? 」
「《ゆっくり、ゆっくり》」
「皆も手伝うんだ」
ここまでオージェンが念押ししているのは、意識のない人間を動かすというのがどれだけ危険かを重々承知しているからだ。はやく現状を確認したいオージェンと、誤ってカリンを怪我をさせてしまうわけにはいかないコウとの、利害の一致が、教える側と教わる側両方で最高の状態で機能した。
コウが、尻餅を付いた状態から、ゆっくりと立ち上がる。その際のふらつきも、3人の灰色のベイラーが手助けをすることで、最小限に抑えることができた。そのまま、足を引いて、膝立ちになり、最後に空いた腕を雪につける。上体が完全に下を向いたとき、中に入れた手に、かすかな衝撃が走った。カリンが完全に手の平の中に入った。
「《……これで、ゆっくと下ろせばいいんですね》」
「そうだ。飲み込みが早くて助かる」
コウは、その手を、今度は中から引っ張りだすと、カリンが雪に埋もれるようにしてそこにいた。血が出ているわけではないが、やはり気絶しているのか動かない。すぐさま、控えていた灰色のベイラーから1人の乗り手が寄ってきて、カリンの容態を確認してく。その手つきは滞りもない。
「ベイラーの中にいる限り、衝撃で頭を打ってしまうのはよくある。君が気を揉む必要はない」
「《そんな言い方されても、嬉しくありません》」
「……この作戦に、もっと反対するべきだった」
「《なぜ? 》」
「ここまで用意周到に事を構える相手だとわかっていれば、もっと別の方法を取った。少なくとも、罠に飛び込ませるような事はしなかった」
「《この村の人たちが全員盗賊ということではないんですか? 》」
「そうであったら、すでの我々は盗賊に囲まれている。あのパームという男1人ですべてやってのけたのだろう。それだけではない」
「《ほかに何が? 》」
「盗賊を半年以上宿に潜ませるだけの財力。おそらくベイラーに大量に使用されたであろうチシャ油の供給元。ただの盗賊が我々《渡り》のベイラーを知っている事実。この盗賊団は何者かによって指示を受けているか、支援をされているかを考えるのが自然と私は考える。街か、それとも国かまではわからないが」
「《陰謀、だと? 》」
「そこまでは言っていない。ただ、このベイラー攫いが、何か1つのことを成し遂げるための、単なる通過点でしかない気がするのだ」
「オージェン様。カリン様が目を覚ましました」
「そうか」
渡りに呼ばれたオージェンが、そのままカリンに近づく。幸いながら、外傷はとくに見当たらない。
「オージェン。四ツ目は、パームという男はどうしましたか? 」
「逃げましたが、体にセンの実を投げておきました。何色でもいい目印になります。いま部下に足取りを追わせています」
「滞りなくてよかったわ」
「起き上がらないでください。今日はこのまま安静にしていただきます」
「なぜです? 」
「今さっきまで気絶していた人を動かせる訳がありません」
「まだ、まだやれます」
「いや、カリン様。ここまでです。このオージェン。パームという盗賊のことを少々過小評価しておりました。これから先、罠を張っても無意味でしょう」
「なら、どうするというのです」
「十全の準備を整え、こちらから仕掛けます。肩の赤いベイラーも何人か呼ぶ必要があるでしょう。赤目になっていなくとも、ベイラー1人を吹き飛ばすあの力。あの四ツ目のベイラーはあまりにも危険すぎます」
「……違う。違うわオージェン」
「何が、違うというのですか」
「あの子、人間をこれっぽっちも信用していないわ。でも、動かないと木にもなれないから、ああしているの。脅されているのよ」
「ベイラーが、人間に脅されている? なぜそんなことが分かるのですか? 」
「怪我が、沢山あった。それも、肩が1番ひどかった」
「……怪我? 肩? 」
「あの子、傷だらけだった。鉈や斧で定期的に傷つけられている。どれも深く大きい傷だった。治る前から何度も何度も傷つけているのよ」
「傷だらけというのは、ナヴも言っていましたね」
「私、そのおびただしい数の傷を見てしまって、とっさに拳を防げなかった。あの攻撃を避けたら、きっとまたあの子は傷つけられる……そう思ってしまったの」
「コウ君が動けなかったのは、チシャ油が固まっていたからです。カリン様のせいではありません」
「でも、それでも私は動けなかったと思うわ。……オージェン」
「なんでしょうか」
「ナヴの言葉、半分信じていなかったの。でも本当にいたわ。ベイラーにあんなことをする人」
「居て、しまいましたね」
「ベイラーにあんな、あんな酷いことをする人間っているのね」
「ええ」
「……悔しいわ。あのパームと名乗った男が許せないの。なのに、何もできない。できなかった」
「ええ、許せません」
「必ず、必ず捕まえてやるんだから」
「はい。必ず。……コウ君」
「《はい》」
「歩けるかね? 」
「《難しいです。全然。体が思うように動かなくって》」
「わかった。……カリン様は、コウ君と共にお戻りを。護衛をつけますので。これから、宿の主に話を聞いてきます。ナキムと、そう名乗った男について話が聞けるはずです」
「ええ……御願いね」
「では」
オージェンは手早く指示を飛ばし、2人のベイラーがコウを支えるように、1人はカリンを抱えるようにして、歩き出す。この囮作戦は失敗に終わった。
「コウ。聞こえて? 」
「《はい》」
「どうすれば、いいのかしらね」
「《僕が、もっといろいろな武器を作り出せばいいのかもしれません》」
「作り出せるの、まだ少ないって思ってるの? 」
「ブレード、シールド、ショット。もっといろいろ出来ると思います」
「でも、それだけかしら? 」
「《ほかに、何かあると? 》」
「わからないけど、きっとそれだけじゃだめな気がする」
「《それ以外。武器を作ること以外で》」
「もっと、もっと大切なことがあるのよ」
「《もっと大切なこと? 》」
「あの四ツ目の子と、戦うにしろ捕まえるにしろ、もっと別の、何かがいる。そんな気がするの……ごめんなさい。すこし、寝るわ」
「《はい。おやすみなさい》」
カリンはそのまま、コウに向けて手ひらひらと1回降ったら、そのまま、ベイラーの手の上で寝こけてしまう。疲れや、打った箇所がまだ痛むのだと、想像するのは容易かった。
コウは、支えられながらも、カリンの言葉が頭から離れないでいた。強力な武器がいるのは確かであり、あの巨躯のベイラーをどうにかするには、ギルギルスの時のような巨大な刀が必要になる。しかし、本当にそれでいいのかを、カリンは悩んでいる。武器を強くしても、あのパームを捕まえることができないと感じている。
「《僕らは、それなりに修羅場というのを潜った。でも、いままで、本気で、ベイラーと戦ったことがあったかな……》」
レイダのときは、あくまで決闘という形であり、なんでもありの命の取り合いではなかった。でも、あのパームは、相手を確実に仕留める気で動いていた。そのために、あの二重三重の罠を仕掛けていたのだ。品性の欠如を感じさせる笑い声とは裏腹に、どこまでも目的達成には手を抜かない念密な手際。どれも、コウにはないものだった。
「《どうすれば……あの男に、勝てるんだ》」
ベイラー攫いであるパームを捕まえる。これが、コウがここの世界にきて初めてできた目標だった。




