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巨人の呼び声

「剣聖様が、負けちまった」

「で、でも鉄拳王様が踏ん張っていらっしゃる! 」


 剣聖が敗北し、鉄拳王が奮起している。民衆は心のよりどころを、必死に見出していた。


「今だって、あの黒いベイラーを叩きのめしたんだぜ! 」

「そ、そうだよな。勝てるよなこの戦争」


 住処を追われ、言われるがままに逃げていた彼ら。特に恐怖を感じていたのは、第四地区から避難してきた人々である。もし、皇帝カミノガエが全域に避難を指示していなかったら、彼らは特攻によって焼け野原になった第四地区と運命を同じくしている。


「いったい、どうなっちまうんだろうな」


 人々の不安が高まる中、轟音と共に、第十二地区の門を、拳で拡張していたリクの作業が終了した。4つある拳のうち、2つがへしゃげ、もはや使い物にならなくなっている。


「お、おわったー」

「つかれたー」

「よくやってくれた。民よ! 聞け! 」


 カミノガエがベイラーによじ登り、国民にむけ声を張る。いまだかつて、自分にこんなに大きな声をだした事はなく、ほぼ叫び声であった。


「ベイラーが道を開いた! 船は用意している! 急ぎ港へ! 」

「お、おお、陛下」


 民衆もまた、カミノガエのこのような声を初めてきき、半ば戸惑いを覚えていた。だが自分の背後には、迫る同盟軍の兵と、何より、剣聖を倒した恐ろしい黒いベイラーがいる。そうすると、考えるよりも先に、体が逃げる事を選んでいた。我先にと逃げ道を行く人々tの群れが、濁流となって第十二地区に流れ込んでいく。


「(これで、人々が戦場に巻き込まれないようにはなる、か)」


 本来であれば、足の遅い老人や子供をさきにいかせ、若者は最後に向かわせたほうが、逃げ遅れる者がいなくなり、合理的ではある。だが、それはあくまで理想論であり、命の危機に瀕している人々に強制できるような事でもなかった。張り詰めた空気の中、カミノガエがわずかにため息をつく


「(剣爺が、死んだ。死んだ、のか)」


 今、鉄拳王が必至の攻勢をみせている戦場には、ほんの数分前まで、剣聖ローディザイアが戦っていた。その戦いぶりは見事という他なく、誰も彼の勝利を疑っていなかった。


「(ああ、いかん、これは)」


 ローディザイアは、彼が幼子のころから、ずっと傍にた数少ない人物である。彼からカミノガエは剣を教わる事もなかった。絶大な権力を持つカミノガエの立場上、軍事力を伴う剣聖であるローディザイアではま、友になる事もできなかった。


 可能な限り、ローディザイアは政治とは無関係にそばに居続けた。寄り添う事意外に、天涯孤独となったカミノガエを慰める方法を知らなかった。


「(もう、おらんのだな)」


 そして、彼は12歳の少年にとって、親代わり以上の存在になっていた。その彼が死んだ事を自覚したとき、一気に目頭が熱くなってしまう。逃げ惑う民に声を張った直後で、大粒の涙を晒しそうになる。指導者として、それはあまりに羞恥であった。


「(とまれ、止まらぬか我が涙)」

「陛下」


 ベイラーの上で嗚咽がこみ上げそうになると、視界か急にふさがった。同時に背後から声がかかる。振り返ると、黒騎士がかがんでおり、その外套を使い、カミノガエの姿を民衆から隠している。

 

「黒騎士か、何用だ」

「鉄拳王殿が奮戦しています。今のうちに我らもここを離れましょう」

「わかっている」

「で、あれば、涙を流すのは、今のうちでございます」 


 彼の言葉に耳を疑い、思わず黒騎士の仮面を見やる。その表情は読み取れずとも、真意は分かった。


「拭う物がなくて申し訳ありません。ですが、こうして身を隠してさしあげます」

「余は、泣いて、よいのか? 」

「はい」


 黒騎士こと、オルレイトが続けた。


「体面があるのは、承知しております。故に、わが身で壁となります」

「……しばし、目を閉じておれ」

「はい」


 黒騎士が、皇帝の指示を受け、仮面の奥で目を閉じた。それから、少しの間をあけ、カミノガエはせき止めていた涙を、静かに、とても静かに流しはじめた。声を荒げる事もなく、泣きじゃくる事もなく、時折、しゃっくりが入りながら、ぽつぽつと、涙が落ちる。


「(この方は、誰かに許しを得ないと泣くことができないのか)」


 黒騎士は、カミノガエの言う通り、涙を流すその姿を目にする事はない。ただじっと、彼が誰の目にも触れないように、外套で囲っている。幸い、民衆は自分が逃げる事しか頭になく、頭上でカミノガエが静かに泣いている事に、誰一人として気づく者はいなかった。


「(そして、死んだ者の為に涙を流せる人だ)」


 カミノガエが涙を流したのは、ほんのわずかな時間だった。数回目を擦ると、何事もなかったかのように立ち上がり、外套の外へと顔を出す。


「黒騎士、船を用意させてはいるが、商会同盟軍がまた港から来るかもしれん」

「ご安心を。すでに仲間が向かっております」

「では、鉄拳王の手伝いをしてやってくれ」

「承知。では」

「ああ、待て」

「はい? 」


 赤くはれた目を隠しもせず、カミノガエは続けた。


「死ぬな。お主が死んでも、おそらく余は泣いてしまう」

「それは―――光栄です。陛下」

「泣くと疲れる。だから死ぬな」


 それは、カミノガエが人前で泣く事で得た教訓だった。とても幼い子供のような理屈だったが、彼はまだ子供であるのだから、なにも不自然な事はなかった。


「征け。黒騎士。ここは余に任せ、鉄拳王を助けよ」

「はい! 」


 仮面をかぶり直し、レイダの元へと戻る。レイダの背には、まだ力を使いはたいして眠っているコウとカリンがいる。奇妙なのは、アイと剣聖の戦いの最中、一行に起きる気配がなかった。


「レイダ! お妃様はどうなってる!? 」

《これだけの騒ぎでまったく起きません》

「あの、サイクル・リ・サイクルの代償だったか」

《でも、これだけ長く、深い眠りは、あまりに》

「気になるが、今は鉄拳王の援護が先だ」

《コウ様たちは》

「その御身、我らに、お任せいただけませんか? 」

「あなた方は」


 背中に背負ったコウをどうするか考えていると、この戦争の最中で傷ついた近衛兵達が声をかけてくる。この戦争で一番最初に戦っていた者たちである。彼らはすでに満身創痍で、乗っているベイラーも、鎧は砕けてボロボロであった。


「お恥ずかしながら、今の隊長の戦いに、我らでは足手まといとなります」

「それは」

「せめて、お妃様と、その白いベイラーをお守りするのが、近衛兵としての務め」


 黒いベイラーとの闘いは激化の一途をたどっている。傷ついたベイラーでは、助太刀どころか、闘っているシーザァーの邪魔になってしまう。


「その心意気や良し。コウを頼みます」

「「御意! 」」

「レイダ。聞いたな? 」

《お妃様を頼みます》


 レイダがゆっくりとコウを預ける。今だに目覚めぬコウの体は、ベイラーらしからぬ重さを持っている。4枚の羽根に、大太刀を背負ったコウは、普通のベイラーの倍ほどの重さになっていた。これで、憂いは無くなる。


「では、いくぞレイダ」

《仰せのままに》


 その手にサイクル・レイピアを携え、黒騎士は戦場へと向かうのと、その戦場で、シーザァーの放った正拳突きが炸裂したのは同時だった。



「ま、まさか」

「あ、あ、ああー」


 鉄拳王の正拳突きは、アイのコクピットを打ち抜き、その乗り手にまで拳が達していた。


「あ、あぶねぇ、なぁ」


 だが、パームは無傷であった。正拳突きがあたるその直前、体をひねり、拳が当たるのを回避している。しかし、それでもコックピットでの閉鎖空間では限度があり、まさに首の皮一枚で、鉄の拳が真横にあるような状態だった。


「(まさか、見切られたというのか!? )」

「悪いな。その拳は、()()見たことあるんだよ! 」


 パームが生身でもその拳をよけられたのは、ひとえに彼自身の、天賦の才といえる部分にある。一目見た技であれば、それを見切る事はおろか、模倣することさえ叶う。

 

 アイの弱点をついたとしても、パームの弱点は、接近戦においては皆無であった。そして今、正拳突きを放ったシーザァーの距離は、すでに間合いの中。


 シーザァーは、死を覚悟した。


「む、無念」

「弾けろやぁ! 強奪のぉ(エクストーション)! 」

《ちょい待ち》

「あん? 」


 パームの返事を待つより先に、アイがその場を離れる。シーザァーは、すでに間合いの中に居てしまった己の命が、次の瞬間に或るとは考えておらず、故にアイの行動が不気味で仕方なかった。


 次の瞬間、アイが先ほどまで居た場所に、サイクルショットが3発、正確にコクピットを射抜くように放たれた。アイが離脱していなければ、確かにパームの命を奪っていたであろう一撃は、むなしく地面に吸い込まれていく。


「こ、これは」

「鉄拳王。手を貸します」

「おお! 黒騎士殿か! 心強い」

「……しかし、アレは」

「化け物といって相違ないでしょうな」

「(コウとはまた違う形で強くなっているのか)」


 髪の毛をうねらせ、手足を強引につなぎとめているアイを間近で見て、黒騎士の考えが別の方向に向いていく。


「(コウは、代償に眠っている……アイも、何か代償を払っているのか? )」


 コウが力を使うたびに眠りにつくのに対し、アイは一向にその気配がない。


「(それとも、パームは知らない間に代償を払っている? )」

「だぁ! あの緑色のやつか! 」


 四肢を結合し、再び立ち上がる。遠距離の攻撃を得意とするレイダが鉄拳王の側に援軍としてきた事で、パームは舌打ちしながら戦術を一から組みなおし始める。


「(今までは間合いを離せば問題なかった。空の逃げ道もある。だがあいつはダメだ。どこに逃げようと撃ち抜かれる。ポランドの姐さんと同じだ。下手すりゃ切り離した手足もズドン)」

《考え事してるとこ悪いんだけど》

「なんだ? 」

《なんか、後ろからも変なのが来るわよ》

「後ろ? 変なの? 」


 二対一の状況を打破しようと頭を使おうとした直後、背後から確かに異様のな気配が迫ってくる。けたたましい車輪の音。ガラガラと音をたてて、何者かが第四地区から王城まで、兵士を蹴散らしながら強行突破してきている。


「ハッハッハー! 愉快愉快! ベイラーの改装は巧くいったなぁ! 」


 アイの隣に、ドリフトの要領で派手に停車しするそのベイラー。下半身を二輪の車輪に置き換え、先頭にはキールボアが、鼻息を荒くしている。すでに何十人の兵士を轢いたのか、車輪とベイラーにはそれぞれ真っ赤な血が滴っている。


 それは、剣聖選抜大会で現れた、チャリオット・ベイラー。壊れてた部分を修繕しており、戦車(チャリオット)としての機能は完全に取り戻していた。さらに、その両手には、いつの間に拵えたのか、大きなハルバード握られている。その乗り手は、この戦争を仕掛けた、商会国家の首相、ライカン・ジェラルドヒート。


「これぞチャリオット・ベイラー改! お披露目だぁ! 」

「(オイオイオイ。お坊ちゃまが戦場に乗り込んできやがったぞ)」


 戦場におよそ似つかわしくない人物であった。パームにとっては、陣営としては味方なものの、面識は薄く、さらには戦う頭数として数えていない。戦いではライカンはズブの素人であった。


「(こりゃ1対3かな)」

「パーム殿ぉ! このライカンが来たからにはもう安心するといい! 」

「へいへい。ついでにあいつの相手をしてくれや」

「あいつ? 」


 パームが指さすその先には、ライカンにとっては、自身の評価を、国の評判をを貶め、幾人の商人が国を離れた原因を作った人物と、そのベイラーが映っている。


「貴様、黒騎士ぃいい! 」

「うぉおあ!? 」


 ライカンは激昂しながら、キールボアを奮い立たせ、愚直に突進する。手にしたハルバードを力任せに振り下し、その脳天をカチ割らんとする。


「レイダ! 」

《はい! 》

《「サイクル・シールド! 」》


 ハルバード。斧と槍を組み合わせた外見をしているその武器は、質量武器とても有用であり、ただたたきつけるだけでも十分な威力を発揮する。槍のように突き刺す事もできる。だがこの武器は騎兵士が持つ事でさらなる真価を発揮する。


「そんなものでぇ! 」


 チャリオット・ベイラーは、足を車輪にし、キールボアという推力を得る事で、ベイラーの騎兵というべき戦力として数えられる。圧倒的な速度と質量でもって、剣の間合いより遠くから振り回す事で、一方的に蹂躙できる。


 ハルバードによる一撃は、レイダが作り上げたシールドをいともたやすく打ち砕き、その体に刃が突き刺さる。


「こ、こいつ!? 」

「改といったろうがぁ! 」


 左の肩口を切り裂かれ、レイダが思わず後ずさった。


《前と同じように戦っては負けます! 》

「わかってる! 」


 黒騎士は返事しながらも焦りが生じ始めている。原因は自分の持つ剣技にある。


「(左腕をやられた。レイピアの突きがうまくできない! )」


 レイピアによる刺突。それは全身の移動と、左腕の動きがより重要になっている。右手を突き出す動きは、左手をより後ろへと力強く引く動作で、初めて鋭い突きとなる。


 無論、ライカンがレイダの左腕を狙ったのは全くの偶然である。戦いでのセオリーを何一つしらず、鍛錬すらしていないライカンにとって、ハルバードを選んだ理由も、さほど技量がいらず、振り回しやすさに加え、自分の持つ、武器のコレクションのひとつを、戦場で見せびらかしたかっただけに過ぎない。


「ベイラー用の武器が、まさか役にたつ日がこようとはなぁ! 」

「(素人にしちゃ巧い事やる)」


 パームは、突然の援軍に戸惑いながらも、緑色のベイラーに一矢報いてみせたライカンの姿に、わずかながらに感心した。


「俺が受けた屈辱はこんなものではないぞ! 黒騎士ぃ! 」

「奴隷を生み出す奴が何をいうか! 」


 黒騎士は気丈にふるまうものの、以前の戦い、剣聖選抜大会においては、レイピアの一撃で勝敗を決した事もあり、勝機を見出すのに必死であった。


「(レイピア無し戦うしかないのか! )」


 右手のレイピアを捨て、サイクルショットを構えなおす。チャリオット・ベイラーに捕らえられたキールボアは、以前よりさらに凶暴さを増しているのか、その目は血走り、口からはよだれと、その牙には、戦場でむさっぼったであろう血肉がこびりついている。


「(しかし、ライカンのベイラーと、シーザァーのベイラーがここで揃うか)」


 パームもまた、変化し続ける戦場で、思案を重ねている。それは黒騎士のように勝機を見出すための物ではなく、状況の整理。


 ライカンの乗るチャリオット・ベイラーも、シーザァーの乗る鉄拳ベイラーも、ポランドが試作で作ったアーリィの発展型である。変形機構を配した代わりに、前者は陸上での機動性の向上を、後者は、ベイラーそのものの強度向上の一手として作り出されていた。


 だが、そのふたつが特別なのは、仕様の違い。


「(怒りに反応するのであれば)」


 パームが、チャリオット・ベイラーの肩を見る。右肩のごく一部が、わずかに波打ち、元の肌よりもずっと黒くくすみ始めている。


「(やっぱりだ……怒りにアイの欠片が反応してる)」


 怒りに身を任せ続ければ、いずれその欠片から、すさまじい力が現れるのをパームはよく知っていた。バスターベイラーの布石である。


「(鉄拳の奴をどうにか怒ってもらいたいもんだが……まてよ)」


 正拳突きをパームは躱した。それはかつて、己の右足を斬り落とす原因となった技であったためである。しかし、技の名前まで一致している事に、わずかな違和感を覚えた。


「(ただ同じ流派ってんじゃない。帝都近衛格闘ってのは選ばれた人間しか習う事ができないんだったな……まさか、な)」


 頭の片隅で、近しいパズルのピースを見つけたような気分だった。ぴたりとあてはまるかは、はめてみなければわからない。だが、はめるまでの期待感がある。


「鉄拳王さんよ。ちょっときいていいかい」

「逆賊が、まさか命乞いでもするのか? 」

「いやいや、少しな」


 わずかな好奇心も混ざりながら、慎重に確かめていく。


「あんたの技、俺が見切れたのをずいぶん不思議そうにしてたなぁ」

「帝都近衛格闘術は門外不出。外の人間がしる手段もない。その技を一度見ているといったな」

「ああ。見た。見たぜぇ。しっかりと。ありゃ痛かったなぁ」


 片方のピースをまずはめていく。帝都近衛格闘術は、武芸である。武芸とは古来から、教える師匠がおり、教えを乞う弟子がいる。


「正拳突きから、肘打ち、裏拳、いろんな技を混ぜ込んできやがった」

「(近衛格闘術で、技の組み合わせができる技量を持った者が、外にいた? )」


 パームの言葉に、シーザァーは驚く。技一つ一つを成すのが難しいのに、それを組み合わせ、隙なく相手に叩き込むのは、ただの鍛錬だけでは身に憑かない。実際に戦い、己の体に覚えこませた者のみが会得できる、実践の体術である。


「(そんな者、近衛団でも両手で数えるほどしか……ほどしか……)」


 やがて、記憶の奥底に、該当する人物に行き当たり、思わず声が出る。


「まさか、ハミルトンの事か」

「(な、なんで鉄拳王が、ネイラさんの名前を知っているだ? )」


 戦場の中で、懐かしい名をきき、黒騎士も一瞬呆けた。ハミルトンの名は、黒騎士の中でも色濃く残っている、すでに呼ぶ事のできない名のひとつであった。


「ネイラ・ハミルトンは近衛隊を除隊している……あやつならば、確かに」

「ネイラ! ネイラ・ハミルトン! あいつそんな名前だったのかぁ! 」


 ネイラ・ハミルトン。それはかつて帝都におり、帝都から離れた男の名。ゲレーンの地では医者として、人々に尽くし、また愛されていた。


「まさか、ネイラと、会っているのか」

「ああ。会った。会ったぜ。すげぇ男だった」

「当然だ。アレは、私の、一番弟子だったのだから」


 パズルのピースが、ぱちりと嵌った。パームの中で、予感は確信に変わる。


「戦果も、戦いもすさまじかった。奴の両手は反逆者の血でいつも濡れていた」


 それは、鉄拳王シーザァーにとって、懐かしい思い出であった。

 

「だが、やつは理由も告げず帝都から離れた。もう10年以上前の話だ」

「へいへい。思い出話ありがとうよ」

「ネイラと、会ったのか」

「会った。そして」


 確信に変わったからこそ、いままでにないほどの笑みを浮かべ堂々と吠えた。


「ぶっ殺してやったぜ! この手で直々になぁ! 」

「―――」

「最後にあんたの名前を言っていたよ。シーザァー先生、すいませんでしたってなぁ」

「(こ、これは)」


 いち早くパームの目論見に気づいたのは、黒騎士だった。パームの戦いの手法として、相手をわざと挑発し、激昂させ、隙を誘発させる、卑怯極まりない戦術がある。カリンも、黒騎士も、その術中にはまったことがあった。


 無論、ただの口からでまかせであり、挑発も反論すれば問題ない。だが、今回に関しては、パームの言葉が真実であるかを突き止める手段がなかった。ネイラの死に目を、この場にいる誰もが見た事がなかったのである。彼は、サーラの孤島で致命傷を受けていた。もう助かる傷ではなかった。だが、どこで、いつ死んだのかは、まだ誰もしらないのである。


「(ネイラさんが、自分の事をパームと同じだって言ったのは、この事だったのか)」


 わずかな時間、パームの言葉を否定するだけの材料が揃わない。むしろ、なぜネイラが、自分の事をパームと同じなのかが、はっきりと理解できてしまう。


 帝都の近衛騎士団として、その最前線にたち、並み居る逆賊を葬ってきた。それはつまり、何人も何人もその手で人を殺めてきた事に他ならない。


 ネイラという人物が、のちに医者としてどれほど人の命を救ったのか定かではない。だが、鉄拳王の口ぶり、なによりネイラ自身の言葉から、救った命以上に、奪った命があるのは明白だった。


「アレで一番弟子かよ! 大したものじゃねぇなぁ。はっはっは! 」

「それ以上」


 鉄拳王シーザァーが、その肩を震わせる。シーザァーが挑発の意図を汲み取らない訳がない。挑発にもっとも効果のある反論は、無視である。すべての言葉を無視し、戦いを続ければ、隙を晒すこともなく、戦いのペースを乱される事もない。


 だが、パームの挑発は、相手が気高い人間であればあるほど、無視を許さない挑発を行っている。手法は単純。挑発を行う人物を貶めるのではなく、その関係者を貶める。


「カエルみたくぺしゃんこになる姿! 見せたかったなぁ! 」

「それ以上言うなぁ!! 」


 当人が貶められるのであば、無視をしても問題ない。当人同士の事である。だがここに、友を、身内を貶めたのであば、その贖いをさせなければ、名誉は回復しない。そして、友を辱めた相手を無視するのであれば、それこそ、友を蔑ろにする事に他ならない。


「その首ねじ切ってやるぞ小僧! 」

「鉄拳王! 早まってはいけない! 」

「黙れい黒騎士! 弟子の仇を取らぬ師匠がいるものかぁ! 」

  

 鉄拳王は怒りに震え、その拳を感情のままアイへとたたきつけた。技巧もなにもないただの拳では致命傷にならないと、頭では理解しながら、それでも体は憎しみのまま拳を振るう。


「黒騎士ぃ! お前の相手は俺だろが! 」

「次から次へと! 」

「お前の首を!その仮面を剥ぎ取らなきゃ! 俺は国に帰れないんだよぉ! 」


 黒騎士が冷静さを取り戻させようと歩み寄ろうとするも、行く手を阻むようにライカンが立ちふさがる。ライカンも、シーザァーも、二人とも、憎悪でその身を包み始めている。ライカンは己のために、シーザァーは亡き弟子のために。二人のベイラーの両肩が、どす黒くくすみ始める


「おのれぇ! おのれぇ! おのれぇ! 」

「死ね! 死ねぇ! 」


 憎悪、怨念。殺意。人間の持つ醜い部分を凝縮した感情が、一気に集まっていく。

  

《あんた、一体何したのよ》

「―――くるぜ」

 

 アイが鉄拳王の攻撃をけだるげに避けていくと、その時は訪れた。


 シーザァーと、ライカン。二人のベイラーの肩から、全身を這うように黒い影が伸びた。やがてその伸びた影は形を変え、少しずつ姿が定まっていく。チャリオットにつながれたキールボアは、その影に成すすべなく飲み込まれていく。


「まさか、パームの狙いは」


 黒騎士が見上げるその景色は、逃げ惑う民衆の中からでもよく見えた。全長50mの巨大な体。


 バスター・ベイラーが、王城に顕現する。砂漠と違い、閉所での顕現。


 さらには、2人。状況は最悪の一言であった。

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