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ベイラーと奥義


「アイ! 速攻を仕掛ける! 」

《しょうがないわねぇ! 》


 パームは、即座に行動に移った。相手は間違いなく、帝都で最高戦力である剣聖ローディザイアと、そのベイラー、グ紅い刀身をその実に宿すレート・ブレイダー。彼らの力は、剣聖選抜大会で目にしたことがある。その剣技はもはや言わずもがな。踏み込みの速さ、体捌きの巧さ。剣士として欠点らしい欠点を一切見いだせない相手である。


「(長引けばやられる! そのまえに! )」


 アイの右腕をかざし、コクピットへと向ける。パームは皇帝に関し、彼にしては珍しく、相手を全く侮らなかった。剣の間合いより遠くからサイクルノヴァを叩きこもうとしている。接近戦さえ仕掛けなければ、剣技を受ける事なく、また迎撃もされないと考えた。だが。


「間合いの外と、侮ったか」

「―――ッツ!? 」


 アイの右手をかざしたその時、グレート・ブレイダーの体から、強烈な殺気が放たれる。乗り手である剣聖ローディザイアが持つ、この尋常ならざる殺気は、ただの人間では、その殺気を浴びただけで気を失ってしまうほどの威力がある。


「(ベイラーに乗っててもソレ使えるのかよ!? )」


 驚くべき事に、ローディザイアの体からほとばしる殺気を、グレート・ブレイダーは余すことなく拡張していた。ベイラーのサイズ感のまま、その圧倒的な殺気を拡散する事で、ベイラー相手でも確実に効果が出ていた。


《な、なに、今の、体が》

「ま、まずい!? 」


 これが、武人であれば、気合いをその殺気に合わせ相殺する事や、殺気を受けた上でも、鍛え上げた精神力でなんら影響はない。だが、パームはまだしも、アイに関しては、彼女は戦いの素人であり、殺気はおろか、闘気や気迫といった類のものは全く身に着けていない。そしてローディザイアの殺気であれば、そんな素人を一瞬で金縛りにしてしまう事など容易であった。


「サイクル・サイト」

《サイクル・ブレード》


 グレート・ブレイダーの手に、右手に剣が、左手には大鎌が作られる。どちらも片刃で、刀身は赤く透き通り、水面のように揺らめいている。剣はまだしも、大鎌に関しては、本来は戦いに不向きな武器であるが、大鎌と剣との二刀流こそ、ブレイダーとローディザイアが最も得意とする組み合わせ。


「これで終いだ」


 ローディザイア自身、動きの止まった相手に対して一撃を加える事になんら躊躇は無かった。戦いに臨んでいる者が、戦場で体をこわばらせるなど、そんな者がそもそも戦いに出る事が間違いであるというのが、彼の認識である。


「オイ! 動け! やられる! 」

《わかって、るんだけどぉ》


 アイもアイで、殺気に充てられ、金縛りを解くのに必死だった。殺気に当てられた事など彼女の生涯において一度もない。対処の方法が思いつけなかった。迫りくる大鎌を前に、焦りだけが募っていく。


「ハァアア!! 」


 剣聖は、大鎌を、その首目掛け、正確に横一閃に振りぬいた。動かぬ相手であれば、ベイラーの細い首を狙うなど造作もない。そしてベイラーは、その頭部こそ、コクピットの次に重要な器官であり、切り離されてしまえば、体の制御は一切できなくなる。ベイラー本来が持つ再生も、首側からはじまり、切り離された体側は、もはやただの木片と変わらない。


 対ベイラーの戦い方として、剣聖の行動は何一つ間違っていなかった。セオリーを守り、技巧を駆使し、黒いベイラーを刈り取ろうとした。剣聖の勝利を誰も疑わなかった。


《痛っつたぁ!? 》

「「―――何ぃ? 」」


 驚いたのは、剣聖も、そしてパームも同じだった。


 大鎌の軌道は確かにアイをとらえ、首は跳ね飛ばされるはずだった。だが、紅の刃は、アイの首に触れたものの、まったく刃が通らず、衝撃が走るだけで斬る事ができない。アイは首を『殴られた』ような形で、吹き飛ぶだけにとどまった。コックピットの中で盛大に転がりながら、しかし首がつながっている事に、アイもパームも唖然としている。


「つながってるんだな? 」

《そ、そうね》

「なんとも、無いんだよな? 」

《そう、見たいね》


 剣聖の一撃を受けた首をさすりながら、ひとまず間合いから離れるべく後ろに下がる。一方の剣聖もまた、黒いベイラーの異常性に、数十年ぶりに戦慄していた。


「今の手ごたえは、鉄とも、岩とも、骨とも違う」

《あのベイラー、本当に我が兄弟姉妹なのか》


 剣聖は己に手の感触を確かめるように、大鎌の柄を握りしめる。今まで彼がその剣で切り伏せてきた物は様々で、材質を挙げればきりがない。だが、まったく同じ物は思いつかないでいた。


「一番近いのは、やはりベイラーだが、それでも硬すぎる」

《あの兄弟姉妹は、中に何か仕込んでると見る》

「ならば、もう一度その首を落とすのみ! 」


 アイの硬さの秘密を、ひとまず頭からどかし、間合いに収めるべく踏み込んでいく。その踏み込みひとつで、尋常ならざる速度で迫る。アイは、自分の首がくっついてる事を半分混乱しながらも、再び大鎌の一撃が来る事だけは理解し、半ば強引に左手を動かす。


「サイクルマチェット! 」


 刃の幅が広く、先端むけ重心を偏らせた鉈を、いったん右手に押し付けるようにして生み出す。すでに指先までカギ爪上になったアイの右手では、武器を握る事はできない。左手で作り出した武器を、左手で握るには、一工程別の動作が必要になっていた。


「こんなことなら右手のサイクルは潰すんじゃなかったな」

《コックピットの破片埋め込んだんだからしょうがないでしょう!? 》

「文句はいいから前見ろ! 前ぇ! 」

「遅いッツ! 」


 憎まれ口をたたいた、わずかな時間で、すでに剣聖は間合いの中に入っている。大鎌よりもさらに内側、剣の間合いに入った剣聖は、再びその首を落とすべく剣をふるう。


「(こ、こいつも、早ぇ! )」


 パームがぎりぎりで反応し、その左手に持ち直したマチェットで首を守る。サイクルで作り上げた武器同士がぶつかり合い、ガリガリと削れる音が聞こえる。


「そんな守りでぇ! 」


 しかし、剣聖の誇る剣圧は、ただのマチェットでは防ぎきる事はできなかった。剣聖の一撃は、マチェットごとアイの首をとらえ、そのまま降りぬかれる。さきほどの大鎌に加え、剣の一撃まで受けてしまう。首を機転に体がくの字にまがりながら、王城内部の壁へと吹き飛んでいく。アイの体はそのまま壁へと激突し、パラパラと破片が地面に降り注ぐ。


「ブレイダーよ。心してかからねばならん」

《ローディ。どういう事だ? 》

「見るがいい」


 ローディザイアと共にあたりを見回す。首を狙った相手に正確に当たったはずなのに、落ちているはずの首がない。そして、たった今壁に激突した相手をみれば、やはり、その首から上は健在で、いまだ動いている。


「お、オイ! お前の体どうなってんだ!? 」

《私が知るわけないでしょう。っていうかあんたはどうなのよ。血出てるわよ》

「頭ぶつけただけだ!! ツバつけときゃ治る! 」

《うわぁ。ほんとうにソレ言う奴っているのね》

「なんだぁ!? 」

《あとであのケーシィって子に包帯でも巻いてもらいなさいよ》


 大鎌と剣。首に受けた攻撃は二回とも致命傷であったはずが、まったくの無傷。さすがに衝撃までは無くせないのか、勢いが殺せず吹き飛び続てけいるだけで、アイの体には全くダメージがない。むしろ、壁に激突した事で中にいたパームが怪我をしたほどだった。その怪我も軽傷であり、闘いを続けるにはなんら問題はない。


《なんというベイラーだ》

「まさか」


 すとんと着地し、アイは武器を構えた。先ほどつくったサイクル・マチェットもまた壊れていない。総じて、アイの頑強さが、今までとくらべものにならないほど強固になっていた。ベイラーはその体を樹木とし、どれだけ硬かろうと、折れるし割れるし壊れてしまう。その前提を、アイは全く無視している。


 前例のないその体を前に、剣聖は、ほんわずかにほほを緩ませている。


《楽しそうだな。ローディ》


 剣聖を愛称で呼ぶブレイダーのまた、その胸の内からあふれる強敵との邂逅に、心躍っている事を自覚しつつある。


「まさか、我が生涯で、首を二回斬って生き残った者と出会えるとは思わなんだ」

《ああ。だからこそ》

「ああ。だからこそ」


 大鎌と剣を掲げ、異形の二刀流を構え、両者が吠える。


《「斬ってやらねば気が済まぬ! 」》


 剣聖とブレイダーは、ここ数十年の中で、いつになく高ぶっていた。



「なんてやつだ。今まで、黒いベイラーは赤目になってなかったなんて」


 闘いの代償によって 眠りについてしまったコウを背負いながら、黒騎士ことオルレイトは、剣聖との闘いをみてひとり戦慄していた。


「しかも、あの剣聖の攻撃を二回も受けて、ぴんぴんしてるなんて」

《でも、剣聖様が時間を稼いでくださっています。今のうちに住人を避難させたほうが》

「その通りだ。黒騎士のベイラーよ」


 ウォリアーの中から、皇帝が顔だけを出して、今後の指示を出し始める。アイと剣聖が戦う事は彼にとっても予想外であったが、同時に好機でもあった。

 

「黒騎士よ! 剣爺が戦っている間に、皆を誘導し、避難させよ」 

「は、はい! 」

「皆! 黒騎士の指示を聞け! 王城に逃げ込むのだ! 」


 アイと剣聖が戦っている最中、避難民を抱える皇帝カミノガエは、ひたすらに避難を進めていた。空からの脅威がひとまず回避されたことで、住民を逃がす暇ができた。


「(しかし、また空からくるとも限らん。ほんとうにこれでよいのか)」


 カミノガエの頭には、ひとつの懸念がある。空からきたアーリィベイラーのほとんどは、コウとカリンが文字通り叩き落した。だが、さらなる援軍が来る可能性も否定できない。


「(壁が壊れた事で、住人の避難は容易になった。だが、それは敵にとっても好都合のはず)」

 

 いまだ陸路からやってきた敵が押し寄せてこないのは、ほとんどがアイの後ろに控えており、できたばかりの壁が小さく、前がつっかえて単に侵攻できないためでった。

 

「(敵軍はいまだ全滅したわけではない。このまま余が王城に立てこもって、どうにかなるのか)」


 戦力差はいまだ不明であり、持久戦をしようにも、食料や物資の観点から、非戦闘員を抱える帝都側が圧倒的に不利であった。さらには、さきほどの爆弾の威力が、目に焼き付いている。


「(いかな余の城とて、アレを食らえばひとたまりもない。何より)」


 目を向けるのは、城の地下深くで、皇帝の耳に今もなお聞こえ続けるうめき声。


「(もし、アレを大量に落とされれば、城が堕ちるだけでなく、この地下にいる『獣』を白日の下に晒す事になる、間違ってあの『獣』に、同盟軍の一人でも食われてしまえば)」


 『獣』に憑かれた人間の末路は、悲惨決まり無い。その骨の髄まで血肉を求める獣と変わり、死んだとしても、牙を剥き続ける。


「(それだけは、避けねばならぬ)」


 獣の対処方法も、いまだ解析できていない。隔離だけが唯一とれる手段だった。


「(いっそ、皆を、国の外へと逃がす事ができないものか)」


 戦争による避難は、住人達に日常を捨てさせる事と同義であるが、それでも、住人達を同盟軍の被害から守るために必要な事だった。そして、国内で安全が保障できないのであれば、国外へと逃がすのもまた常套手段である。


「(陸路は難しい。奴らのように空へと逃げる事もできない。であれば)」


 カミノガエの考えが、一転に集約されていく。その手段を用意すべく、カミノガエは自分の知る最も信用のおける人間を呼びつける。


「海か。コルブラット! コルブラットはおらんか! 」

「陛下。足元に」


 その返事が、存外近い位置から聞こえた事に驚きながら、秘書官であるコルブラットに勅命を下す。


「コルブラットよ。船を用意させよ」

「船、でありますか? 」

「そうだ」

「海路から住人を逃がすと? 」

「さすがだな」

「恐れながら陛下。第四地区と王城がつながったとはいえ、港のある第十二地区までは遠く、兵士はともかく、女子供が追いつけませぬ」

「問題はソレだけか? 」

「……と、申しますと? 」

「問題は、()()だけなのだな? 」


 繰り返し念を押す皇帝にわずかに後ずさるコルブラット。その物言いは、コルブラットが長年みてきた、けだるさの欠片もない。


「どうなのだ? 」

「は、はい陛下。仰せの通りでございます」

「うむ。佳い。ここにあの黄色い、図体の大きなベイラーを呼んでまいれ」

「まさか」

「その、まさかだ。壁をもう一度壊してもらう」


 いたずらが成功する事を確信したかのような、少々子供じみた笑みを浮かべながら、カミノガエは渾身の策を告げる。だが、彼はまだ12歳の正真正銘の子供であり、本来はその笑みは、もっと前からしてもおかしくはなかった。


「立てこもるより、ずっとよかろう」


 コルブラットは、皇帝の心は、すでにすり減っていたと考えていた。謀略、策略、陰謀。要因などいくらでも思いつく。だが、カミノガエの心は、すり減っていたのではなく、硬く閉じていただけに過ぎなかった。子供のように、いたずらっぽく笑うカミノガエの顔は、長年仕えてきた中で、一番良い顔をしていた。



「サイクル・ノヴァ! 」


 住人達が急ぎ避難している中、パームと剣聖の戦いは続いている。接近戦では歯が立たないと踏んだパームは、間合いの外からひたすら攻撃し続ける手段を選んだ。右手にため込まれたエネルギーが、一条の光となって突き進んでいく。ベイラー相手であれば、間違いなく必殺の技。


「その技はもう飽いたぞ」


 だが。剣聖はこともなげに、そのエネルギーを、真正面から切り裂いてしまう。二つに分かたれたエネルギーは、そのまま威力をなくし、あたりに霧散していく。ブレイダーの持つ剣の切れ味と、剣聖がもつ技巧が合わさり、遠距離からの攻撃のほとんどは、同じように剣で斬りはらわれてしまう。


「ならぁ! 」

《こいつでどうだぁ! 》


 アイの長い髪は、美しいだけではなく、その毛先ひとつまで自在に操る事ができる。硬さも細さも自在に変えられる、そのなびく髪をふるい、グレート・ブレイダーの体を雁字搦めにしようとする。遠距離からのの攻撃が無力化されるのであれば、動きそのものを拘束せんとしている。


《兄弟姉妹の髪が、このような!? 》


 長い髪はブレイダーの四肢を正確にとらえ、大鎌も、剣も、動かすことができなくなる。過去の経験から、コックピット周りは特に厳重に巻き付けられた。中にいる乗り手を逃がさない為に。


「(拘束はできた。だがサイクル・ノヴァを撃ったら、その瞬間拘束がゆるんでまた切り払われる。なら)」


 アイの髪も万能ではなく、拘束する事以外に意識が向くと、髪は制御を離れ、元の黒髪に戻ってしまう。拘束した場合も例外ではなく、攻撃に移る瞬間、硬さもしなやかさも失われ、わずかに緩んでしまう欠点がある。だがその欠点をもって有り余る攻撃を、アイは持ち合わせている。


「アイ! コックピットごと奴をつぶす! サイクルを回せぇ! 」

《しょうがないわねぇ! 》


 右手に備わった装置を動かす。カギ爪になった指先まで、液体が滴り落ちる。コックピットの中にいる人間だけを殺す最悪の技。アイの肩に備わったサイクル・ジェットがうなりを上げ、高速で接近していく。


強奪のぉ(エクストーション)!」


 あれだけ嫌っていた間合いに踏み込み、近距離にブレイダーを収める。いまだ拘束は解けず、コックピットを鷲掴みするまで、黒髪はきつくブレイダーを締め上げている。大鎌も剣も、今だふるわれる事はない。アイの目が、真っ赤に灯っている。


《「(フィンガー)ぁあああああ」》


 ブレイダーの胸部、そのコクピットに、確かに指が沈み込んでいく。クラシルスの煮汁はベイラーのコックピットを自由に行き来する力をもち、その力で、中にいる人間ごと握り潰す、命を強奪する行為である。


「(前は、コクピットにいた乗り手に指を弾き飛ばされた。だが)」


 以前までの『強奪の指』では、中にいる乗り手の抵抗を受けた。だが、今のアイの右手には、もし中の人間を握りつぶせなくても、サイクル・ノヴァを発射できる。コックピットの中という密閉空間で、鋼鉄さえ粉々にできるサイクル・ノヴァを放てば、どんな人間であろうと影も形も残らない。


「次は逃がさねぇ! これで終わりだぁ! 」


 アイの右手が、確かにコックピットの中に滑り込まれた。新たに備えたカギ爪がコックピットを貫通し、背中まで通る。


「勝った! アイ! さっさとぶっ放せ! 」

《……居ない》

「ああ? 」


 勝利を確信した瞬間、アイから流れ込む困惑が、パームの頭を支配する。


「どういう、意味だそりゃ」

《乗り手が居ないのよ! どこにも! 》

「馬鹿いえ! あのコックピットの中のどこに隠れられる!? 」


 確かにアイの黒髪はブレイダーを拘束し、コックピットに右腕は入り込んでいる。隠れる事はおろか、逃げる隙間もない。だというのに、アイの手には、乗り手がいるのであれば感じる事のできる手応えが一切ない。虚空をつかんでいる事だけが理解できる。


「隠れてなどおらん」


 その声を聴き、パームは目を見開いた。その声の主は、いつの間にか、アイの右手に、悠々と立っている。


「なんでだ!? いつ脱出できた!? 」

「その奇怪な髪が、巻き付く前よ」


 それは、タイミングの違いだった。ブレイダーが黒髪に巻き付けられる、わずかな時間に、剣聖はすでにコックピットの中から素早く脱出し、その姿をブレイダーの頭の後ろに隠していた。そして、アイが間合いに入るのを、虎視眈々と待っていたのである。


「だ、だが、たかだか人間ひとりに何ができる! 」

「そうだ。この体は人間だ」


 ゆっくりと、アイの右腕をつたいながら歩く剣聖は、パームの言葉を肯定した。100歳を超える彼の年齢を考えれば、耄碌してもおかしくない人間の言葉である。

 

「だが、ひとりではない! 」

《ローディ! 》

「わが身と共に力を貸せぃ! 」


 その彼は、長年共に生きてきた相棒がいる。黒髪の拘束を逃れたブレイダーが、大鎌と剣を地面に突き刺し、両手を空け、その空けた両手で、アイの体に掴みかかる。すでにコックピットを掴んでいたアイの方が、今度は逃げられなくなる。


《「木我一体(きがいったい)! 」》


 剣聖と、ブレイダーの声が重なり、二人に変化が起きる。ブレイダーの目は真っ赤に灯り、剣聖の両腕は、まるでベイラーその物のように変化していく。


「な、なんだそりゃぁ!? 」

《なんで乗り手が外にいるのに、赤くなってんのよ!? 》


 赤目とは、乗り手とベイラーの心が重なったときにおこる現象であり、基本的には、乗り手がコクピットの中にいなければならない。コックピットにある操縦桿で視界と意識を共有できるのだから、必須である。だが、剣聖とブレイダーのように、赤目の次の段階にまでたどり着いた者たちであれば、もはや操縦桿は必須ではなくなる。


「(なんだ、何をする気だこいつら!? )」

「サイクル・ブレード」


 剣聖の手の甲から、まっすぐ伸びる、ベイラーと同じサイクル・ブレード。木我一体の境地に達した者が行える、人間のベイラー化とも呼べる状態。


「フン! 」


 そのブレードを、アイの、その凶悪な外見となった右腕、その肘に向けて突き立てた。ガキリとおよそ樹木から出ないであろう鈍い音が戦場に響く。


「やはり、一撃では無理か」

《であれば》

《「斬り落とせるまで斬り続けるのみ! 」》


 その両手に、サイクル・ブレードを掲げ、アイの右手を切り刻みはじめる。剣聖の剣戟は、一撃でさえ重く速い。それを二刀流で行えば、一瞬で十字傷をいくつをも生み出す事ができる。


 さらに、剣聖が使う得物は、ただの剣ではなく、ブレイダーと同じ、鋼の剣よりも切れ味の鋭い、使い捨ての剣。機能をそのままに、サイズだけ小型化しているに過ぎない。そして、木我一体の境地であれば、乗り手は、ベイラーと同じようにサイクルを回すことができる。


《ちょっとちょっとちょっと!? 》


 剣戟の数は、優に20を超えるが、時間にしてたった5秒。その5秒で、アイの右手が、文字通り削れるように、肘から下を切り飛ばされていった。


《な、なんで、私の右手が、あんな遠くにあるのよ》

「お、おい、待て、待てよ」


 アイも、パームも、その現象を理解できず、思考が停止していた。一撃をうけても平気だったはずの頑強さも、何もかもを吹き飛ばすサイクル・ノヴァも、すべてを絡めとる黒髪も、もてる力のすべてを使って、剣聖に挑み、そのすべてを覆された。


「そんな、バカなことが」


 斬り飛ばされ、肘の先が無くった腕をただ眺める事しかできず、茫然としてしまう。そして、その茫然と立ち尽くした相手であっても、剣聖は手加減などしなかった。


《我が兄弟姉妹よ。よく戦った》

「褒美に、我らの奥義を、馳走しよう」


 剣聖と、ブレイダーがそれぞれ構える。剣聖とブレイダーだそれぞれ、両手に剣を持った。腰を落とし、二刀の剣を下段に下げ、無造作に立った。乗り手とベイラーが、操縦桿もなしに、まったく同じ得物と、まったく同じ構えを取る。人間とベイラーの間合いは、天と地の差ほどある。皇帝は2m。ブレイダーは8m。単純計算4倍の差である。その間合いの差を、剣聖は踏み込みで、ブレイダーは技量で埋めていく。二刀と二刀をもつ二人の剣士が、それぞれ対になる動きをすることで、一人の剣士が、四刀を振るうと同じ威力となる。その剣技の名を。


《「龍星乱舞(りゅうせいらんぶ)! 」》


 ふたりの剣士を、龍と星に例えた、剣聖ローディザイアとブレイダーの奥義。四刀流を実現したその奥義は、戦いにおいて、避ける事も、受ける事も叶わない、なにより、相手が人間であろうとベイラーであろうと、大きさに関係なく、一瞬で相手を屠る事ができる。


《――――》


 アイは、その奥義を、避ける事も防ぐこともできなかった。片腕を失った衝撃がいまだ残っており、まったく動く事をしなかった。


 そしてアイは、両手両足を一瞬で切り刻まれ、右手以外の残った四肢を、頭を、すべて両断された。戦場に、ベシャリと落ちるアイだったもの。手足、胴体、頭がそれぞれ無様に転がっていく。


「これで、終いか」


 剣聖が、ブレイダーが、その両手の剣を収める。完膚なきまでの勝利。


「同盟軍を名乗る不届き者を成敗せねば」

「……へっへっへ」

「ん? 」


 アイであったものの、胴体から、声が聞こえた。


 それは、その乗り手の笑い声。しかし様子がいつもと異なる。狂気をはらんだ笑みではなく、彼はいま、純粋に笑っている。


「へっへっへ。見直したぜ。いやほんとに」

「乗り手か。だがもうそのベイラーは動かぬ。あきらめよ」

「動かない? 何言ってやがる」 


 次の瞬間、剣聖の目に、信じられない物が映る。


「なんだ、その、ベイラーは。一体、お前たち何者だ」

「ああ? そういや名乗ってなかったな」


 ちぎれ飛んだはずの手足が、もぞもぞと、勝手に動き始めている。胴体に寄り集まるように、ズルズルと地面を引きずりながら、元に戻ろうとしている。


「パーム・アドモント。そしてこのベイラーが」


 それは、アイの黒髪が、ちぎれ飛んだ四肢を、体を繋ぎとめ、外部から体を動かしている。無論、剣聖から受けた傷は深く、断じて治ったわけではない。


 壊れた操り人形のように、あらぬ方向に関節が曲がりながら、アイは名乗る。


《アイ。それが、あんたから全てを奪う者の名よ! 》

 

 執念という力を手にしたアイが、再び立ち上がった。

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