リクの咆哮
「(ちぃい! 目前だというのに! )」
コウが放った大炎斬により、空にいたアーリィ達は全滅しつつあった。ほぼすべてのアーリィの翼が焼き切られてしまい、制御できない。アーリィの乗り手のほとんどは脱出せんと落下傘をひらき、せめて帝都に降り立って兵士として戦うべく行動していが、その最中、4番機に乗るヴァンドレットだけが、まったく別の行動をしている。
「(あの空色のベイラーに再び相まみえる前に、落ちるというのか!? )」
空色のベイラー、ミーンに敗北したことで、ヴァンドレットの地位と名誉は、失墜の一途をたどっていた。ミーンの乗り手が、自分よりずっと年下の子供であったことも要因となり、帝都の兵士達のでの、ヴァンドレットの立場は一瞬で消え去ってしまう。かねてより自分の能力を過大に吹聴していたヴァンドレットにとって、ただの子供に負けた事実は、彼の評価を著しく落とす原因になった。
「(帝都からも見放され、近衛兵としての地位も失い、あのパームなどという下卑た男に頭を下げたのは何の為だ! )」
逆恨みも甚だしいが、しかしヴァンドレットの原動力として彼を動かし続けた。
「(せめて、せめて一撃! )」
その原動力が、彼にひらめきを与える。残った爆弾を確認し、もはや制御は効かないアーリィを、進行方向だけ変えていく。
「奴らに、奴らに! 」
ヴァンドレットは、己の命を使った最後の手段に出た。アーリィの中でも、空色のベイラーは確認できていた。街の中央にむけ、落下を始める。すべての呪詛を込め、空色のベイラーもろとも、己の境遇を棚にあげ、ヴァンドレットは叫んだ。
「帝都に滅びをぉおおお! 」
彼の、最後の言葉は、その場にいた誰しもが聞きりながら、彼の胸中は誰にも理解できなかった。そうするより前に、アーリィに備えられた4つの爆弾が炸裂し、あたりを飲み込んだ。
◇
「屋根の修復はどうか? 」
「もうすぐ終わります! 」
しばし時間が巻き戻る。王城の中庭、木人の館にて、カミノガエが大工に檄を飛ばすを。返事をした兵士は、ウォリアーベイラーを使い、高所にある屋根の修繕を行っている。人だけが行き来する王城と違い、ベイラーの生活を視野にいれた別館である。王城と比べれば、豪華絢爛さには劣るものの、頑丈さや修繕のしやすさに重きをおいているこの館で婚姻の儀を行った直後に、商会同盟軍より戦線を受けたカリンは、即座にコウに乗り込み、その天井をぶち壊して空に向かった。大工が修繕しているのは、元からコウが空へと向かうためのいわば出撃口であり、壊しても良い素材と、すぐに元通りに治せる単純な構造をしている。
「夜までには直せるな? 」
「は、はい! 」
木人の館の外には、すでに多くの逃げ込んできた民がいる。その多くは第十二地区の住人で、港が使えない現状、ひとまずの避難先として、王城に逃げ込んできていた。すでに多くの民で王城のエントランスはごった返している。中庭にある木人の館は、門から距離が近い事もあり、足腰の弱い老人や兵士の妻や子供が優先的に受け入れている。
「おい。アレはなんだ? 」
「はい? 」
大工が急ピッチで修繕を進める中、まだふさがれない穴の先で、黒煙をあげながらこの木人の館に突っ込んでくる何者かが居る。
「へ、陛下! 御下がりください! 」
「う、うむ」
兵士がその何者かを認め、作業を中断し、急いでその場から離れる。カミノガエも兵士の指示を聞き、その場から離れようとした。だが、落ちてくる者の姿がはっきりしていくにつれ、カミノガエは自分の産毛が逆立っていくのを感じた。
「しばし出る! 」
「陛下! いずこに!? 」
「貴君も来るのだ! アレは我が妻の仲間である! 」
「な、仲間? 」
カミノガエが血相を変えて走っていくのを、兵士はただ見送りそうになる。だが彼は、自分が『貴君』という、聞きなれない三人称で呼ばれ、かつ『来い』と命令されたのを一瞬遅れて理解し、慌ててウォリアーを走らせる。避難してきた住民は、まず駆け出していくカミノガエに驚き道をあけ、さらに後ろからウォリアーベイラーが後から付いてくるために、さらに大きく横に逸れていく。人の波となって左右に分かたれた為、ウォリアーに乗っていた兵士は、足元を気にする必要がなくなった事にわずかに安心しながら、カミノガエの後を追う。
そして外にでた事で、ようやく窓から見えた墜落者の姿が明らかになる。それは翼が欠けており、黒煙をあげながら、必死に着陸しようともがいている。
「あれは、翼をやられたのか」
それは、この戦場でずっと観測手を務めていたヨゾラであった。翼を破損し、さらには推力である脚のサイクルジェットにも被弾を受けている。自力でおもうように減速できていない。落下する方向だけは、とにかく避難してきた人に当たらないように操舵をつづけている。ヨゾラはぎりぎりまで、地面と体の水平を保っている。墜落は避けられないにしろ、機首から真っ逆さまに落ち、衝撃で体が砕けてしまうより、いくらか体が削れてしまったとしても、ズルズルと地面を滑るようにして着陸することで、すこしでも乗り手が生存できるようにしている。
そして、その目論見はほぼ完璧に成し遂げられた。
石畳で出来た中庭に、体がガリガリと削られながら、いつもよりずっと長い時間をかけ、ヨゾラは地表で着陸した。
「誰か! 手の空いている者は医者を呼べ! 」
カミノガエの一声により、兵士たちが医者を探しに散っていく。カミノガエ本人は、ヨゾラにかけより、その全体を眺めた。十分な減速をしないままで行った着陸により、体中が傷だらけになっている。なにより、乗り手が収まるべき琥珀色のコックピットには、あちこちヒビが入っていた。
「おい、おい! 生きているのか!? 」
余りにヒビ割れが激しく、中にいる乗り手が目視では確認できない。試しにこんこんと外から叩くものの、返事らしい返事も聞こえてこない。どうにか中に入ろうとするも、ヨゾラもまた満足に動くことができず、乗り手を降ろす事ができない。
「おいベイラーの方! 返事をせんか! 」
《―――》
「こ、これでは、何もできんではないか」
カミノガエが苦心している間、兵士たちはその様子をみて、道具を即座に用意しはじめる。それは、人工的に作られたベイラーであれば、必ず必要な液体。
「陛下! コレをコックピットに! これで中に入れるようになります! 」
「おお。あとで褒美をとらすぞ。ソレを寄越せ」
なんの変哲もない、この世界ではありふれた、海藻であるクラシルス。それを煮だす事で得られる液体は、人間がベイラーのコックピットを自由に行き来できるようになる。本来、ベイラーは自分の認めた相手以外を乗せることは無いが、仮面卿たちが作った、翡翠のコクピットを持つアーリィ達には心と呼ぶべきものがなく、単純に人が乗り込む事もできない。ソレを可能にしたのが、この液体である。
兵士から受け取った粘度の高い液体を、カミノガエは遠慮なくぶちまける。すると、あれほど硬く閉ざされていたコックピットに体が沈みこんでいく。
「おお。これなら……おい! 生きているか!? おい! 」
無事中に入り込むと、そこには、衝撃で怪我をしたのか、頭から血を流し力なくうなだれるマイヤと、彼女が必死の想いで抱きしめた事で、無傷のリオがいた。リオは最初、まだ状況を理解しておらず、混乱の最中にあり、コックピットに入って来たカミノガエをみて、とっさに追い出そうとする。ヨゾラを撃ち落とした相手が追い打ちをかけてきたのだと勘違いしていた。
「こ、このぉ! ヨゾラからでていけぇ! 」
「ま、まて! 余は味方である! 貴君はカリンの仲間であるな? 」
「え、姫様の事しって……あれ? 」
やがて、中に入ってきた人物が、カミノガエ、つまりカリンを妻として迎えた、この国の皇帝であることに気が付く。やがて、自分を守ったマイヤの意識が朦朧としている事にも気が付いてしまう。
「姫様の、味方? 」
「そうだ」
「えっと、皇帝さま」
「そう呼ばれておるな」
「えっと、ごめんなさい。間違えちゃって」
「うむ。許す。余は寛大である」
「えっと、かんだい? なら、リオのお願いをきいて! 」
「余が聞き届けよう」
カミノガエが政治を行うように、己の感情を殺し、ただ務めを果たそうとしたとき、その両手をリオが掴んだことで、一瞬で平静を保てなくなる。その声に、仕草に、おもわず息をのんだ
「お願い! マイヤちゃんを助けて! 怪我してるの! 」
リオと皇帝カミノガエの歳はさほど変わらない。だがその真摯な眼差しに思わず腰が引ける。同世代の友人がいない彼にとっては、少々距離感が近かった。そんなカミノガエの事などつゆ知らず、リオはその両手をしっかり握りしめ、懇願する。
「皇帝様って偉いんでしょう!? だからお願い! 」
「―――うむ」
カミノガエは、その真摯な頼みを前に、自分が一瞬でも気後れした事を恥じた。彼女はただ、仲間を助けてほしいだけであり、それ以上の意図はない。そして、手を握る少女も、怪我をしている人物も、等しくカリンの仲間である。ならば、自分のやる事は何も変わらない。
「承た」
少女の願いを十分に聞き入れる。それが自分の成すべき事だと、信じて疑わなかった。
「うけたまわった? 」
「―――分かった、と言う意味だ」
「ありがとう! 皇帝様! 」
リオが聞きなれない言葉遣いを聞き返しただけだが、この時点でカミノガエはすっかり毒気を抜かれた気分であった。思えばカリンですら最初は遠慮がちに接していた。初対面でここまで距離感を詰めてくる人間にはまだ出会っていない。
「様は良い。貴君には怪我はないのだな? 」
「きくん? 」
「お主の事だ」
「えっと、うん。マイヤちゃんとヨゾラが守ってくれたから! 」
「マイヤに、ヨゾラか」
「乗り手の人がマイヤちゃんで、ベイラーの名前がヨゾラ! 」
「貴君の名は何という? 」
「リオはリオって言うの! 」
「うむ。よくわかった」
一人称が自分の名である人物も、またカミノガエは初めてであった。
「(カリンと出会ってから、余には初めての事が多く起きるな)」
もはや、カミノガエのとって不可逆の影響を与えたカリンであるが、思想、言動にはじまり、ついに人間関係にまで、その影響が食い込み始めていた。
かくして兵士たちも集まり、ひとまず怪我したマイヤをヨゾラから救出する。引きずり出されるような恰好であるが、幸いマイヤの怪我は頭の怪我以外に大きな物は無かった。
「リオとやら。安心しろ。マイヤには医者にしっかりみてくれるぞ」
「ありがとう皇帝様、これで―――」
リオが言葉を続けようとしたその時、壁の外側から、激しい閃光と共に、耳をつんざく爆音が響いてきた。王城にいた避難民や、リオ、カミノガエ全員がその音を前にして思わず耳をふさぐ。それは一瞬の出来事で誰しも頭の上に疑問符が沸いた。壁の外では黒煙があがっており、帝都で炎があがっているのもわかる。兵士たちは、自国が敵に攻撃された事実に驚愕しながらも、いったい何で攻撃されたのかが理解できていない。
「今の音は、なんだ? 」
「そ、そんな」
ただ一人、状況を把握できた者がいる。双子の妹と視界を常に共有し続けていたリオは、彼女だけが、壁の外側で行われた光景が見えている。故に、この中で唯一、今の状況を理解できている。
「あんなの、あんなの」
「どうしたのだ? 」
「あんなの、あんなの、みんな死んじゃう」
「貴君は、いったい何を言っているんだ? 」
カミノガエは説明を求めるが。リオ自身、自分の能力を言葉で語ることが難しい。すでにリオとクオ同士では身近になっている能力であり、それがもう当たり前となっている。改めて人に説明したとしても、理解されるかどうかは怪しかった。それでも、自分が見たものを、できうる限り正確につたえようとする。
「アーリィベイラーが、みんなに突っ込んでいったの。そしたら、みんなを巻き込んで、どかーんって、なって、そしたら、そしたら」
「どかーん、それは、まさか」
『爆弾』を、『爆弾』という言葉を使わずに説明するのは、リオにとっては困難を極めたが、ここでカミノガエがもつ別の情報、商会同盟軍が運び込んだ新型爆薬と結びついた。
「爆薬を、奴らは使ったのか? あの黒煙はそうなのか!? 」
「う、うん。そのバクヤク? がアレを起こしたんだと、思う」
「それは」
空を舞うアーリィベイラーが、その翼に新型爆薬を満載し、帝都に攻め入ってくる。カミノガエが想像したことが、現実として起こってしまった。
「(あの方角は第四地区、門のある場所だ。もし逃げ遅れた民がまだいるなら、あんなものを大軍で使われたら、いかにカリンといえど無事では済むまい)」
ベイラーであるコウと、乗り手としてのカリンを信用していない訳ではない。ただ、アーリィの圧倒的な物量を前に、必ずしもカリン達が、逃げ遅れた民を守れるとは限らなかった。カミノガエは、さほど自国民に期待していないのも、拍車をかけている。
「(民を守れなかった事で、カリンは心を痛めるのだろうなぁ)」
自国民に対してさして愛着があるわけでもない。カミノガエにとって、すべては地下に巣食う『獣』の始末が何よりの最重要項目であり、市政などに興味はなかった。自身を取り巻く策謀の数々も、彼の気力を削いでいた。
「(気にせんでよいものを……だが、国民を逃がすの術が無いのも事実)」
陸路で外にでるための第四地区で、大量の爆薬を使われれば、避難中の民にどれだけの被害が出るかわからない。
「(カリンの為にも、民を逃がす手立てを……何かないか。何か)」
「あの、皇帝様」
カミノガエが頭をひねらしていると、リオが申し訳なさそうにしながらも、決して退くことのない意思の籠った眼差しで見つめている
「みんなを助けられる方法があるの」
「何? 」
「でも、たぶん皇帝様は怒ると思う」
「余が怒る? 」
怠惰を身を沈めていたカミノガエにとって、自分が怒りに震えることなどなかった。その自分を怒らせるだけの提案が、いったいどれほどのものなのか、逆に興味がわいてきている。
「聞かせてみよ」
「えっと、最初に何か書くものを頂戴。まずそれからなの」
「うむ。用意させよう。して、方法とはなんだ」
「えっとね」
◇
壁の向こう。アーリィの特攻により、爆弾が炸裂し、第四地区の一帯は焼け野原になっていた。石畳でできた広い道は砕かれ、建物は木っ端みじんになり、瓦礫があちらこちらに散らばっている。その様子を空から見ていたケーシィが、その光景を目にし、開いた口がふさがらなかった。威力を目にして驚いていたのではない。
「今の、数字って、もしかして」
決定的だったのは、翼の数字。各隊に割り振られた数字により、誰が乗っているかはすぐにわかるようになっている。そしてたった今、特攻していったアーリィの翼には4番機であった。
「やっぱり、ヴァンドレットさんだ」
特攻した4番機には、元帝都の軍人であるヴァンドレットが乗っていた。彼とはさほど交流していたわけでも、ましてや親交してたわけでもない。だが隊長として指示を出す都合、隊員の顔と名前は覚える必要があった。
「結局、最後まであの人が何考えてるかわからなかったな」
新型爆薬で爆散したアーリィは原型をとどめておらず、ヴァンドレットが生きているとは到底思えなかった。
「でも、あの爆弾で白いやつだって」
ケーシィは、部下の死を嘆くようなこともなく、ただ目的を達成できたかどうかを確認する。ヴァンドレットの行動は無謀ではあったが、爆薬の威力を知らしめるのには一定以上の効果があった。ベイラーであれば耐え切れないと確信させるだけの景色が広がっている。
「これじゃか、さすがにバラバラになったはず」
ケーシィは死体を確認すべく上空を旋回したときだった。一面焼け野原へと変貌した街の中で、一角だけ燃えていない場所がある事に気が付く。
「あれ? いったい、何が」
ベイラーであれば、爆発で燃えてしまう。サイクル・シールドでも炎は防げない。だが、たった一つ、この中で爆弾を防げるだけの防御力をもっている者がいる、木製ではなく、鋼鉄製で、巨大で重量があり、衝撃も風圧なも防ぐことができる頑丈な盾。
「や、やったよ! リク! 」
《―――ッツ! 》
リクがこの戦いの為に持ち込んだ、特大サイズのタワーシールドで爆発の衝撃を防いでいた。シールドは衝撃でひしゃげてしまい、その役目を終えている。背後には、龍石旅団と、逃げ遅れた避難民たち。誰一人欠けることなく、リクは体を張って守ってみせた。
「リク、クオ、本当に……よく、やってくれ……ました」
《ほん……とうに、助かった……あと、ごめん、少し……寝……る……》
カリンとコウは感謝の言葉を告げながら、大炎斬を使った影響で、急激な眠気により、瞼を閉じてしまう。承知の上の行動とはいえ、戦場のど真ん中で眠ってしまったコウを前に、オルレイトが焦る。
「クオ! まだ戦いが終わったわけじゃない! 同じことをされたらいくら頑丈でも持たないぞ! 」
「えっとねオルオル。それなら、どうにかなる、かも」
「何? 」
クオは、共有された視界で、リオが、文字で自分に伝えようしているのを見た。皇帝に発案した策を文字に起こすことで、たとえ意識が共有していなくても、考えていることを伝えることができる。クオが皇帝に書くものを用意させたのはこの為だった。
「逃げ遅れた人を避難できて、王城にいる兵士さんもすぐに集められる。お医者さんも呼べるよ」
「王城から? だが、ここからだと距離が」
「うん。だから、今から道を作るの」
「道? 」
オルレイトがオウム返しで聞き返す。クオは返事も聞かず、ただリクをゆっくりと歩かせ始めた。横たわるコウを後目に、地区と地区と阻む壁の前にまで。
「道って、まさか」
帝都は、王城を囲むよに50m以上の防壁ができ、その防壁に沿うように、さらに地区として区切られている。王城と地区は行き来できず、第一地区から第十二地区、そして王城まで続く一本道を渡るしかない。王城を守るためとはいえ、この過剰なまでの防衛機構があるために、帝都ナガラは、物流の面では非常に手間がかかる。第一地区でも、壁の奥には王城があるのに、その王城にたどり着くまでには、のこり十一個ある地区を通って回り道をしなければならない。ここ第四地区であれば、のこり八つの地区を通る必要がある。とてもではないが、即座に人員を補充する事も、避難させる事もできない。
「いくよリク」
《―――ッツ!》
「お前たち、まさか」
ひしゃげたシールドを捨て、壁の前にたち、リクがその拳を振り上げた。彼の前にある壁の向こうには、王城がある。
「サイクル、すっごぉおおい」
道が遠くて難儀するのであれば、道を作ればよい。そして、立ちふさがる壁があるならば、文字通り、砕けばよい。
「パァアアアアンチ! 」
《―――! 》
リクが、全身の力を漲らせ、一切の手加減なく、壁を殴りつけた。アーリィの爆弾と同じか、それ以上の衝撃が壁に走る。リクのたった一撃で、防壁はいとも簡単にひび割れていく。事の重大さを理解したオルレイトが、その無茶な行動を静止すべく叫んだ。
「まさかお前たち、地区と王城をつなげる気か!? 」
「このままじゃ姫様たちが戦えないの! だからお城に逃がすの! 」
「こ、この壁は50mはあるんだぞ!? 厚さだってかなりある! 」
「そのくらい、リクなら吹っ飛ばせる! 吹っ飛ばしてみせる! 」
その時、クオと壁の向こうにいるはずのリオの感覚が一つになる。ベイラーであるリクの目が真っ赤に灯り、その力を何倍にまで高めていく。
「「サイクル、すっごぉおおい」」
リオとクオの声が重なる。操縦桿なしに、二人の意識が、ベイラーであるリクと重なっていく。やがてそれは、リクが赤目になるほど強く、大きな力を生み出す。技巧もへったくれもない、ただ全力で殴るだけの攻撃。
「「パァアアアアンチ! 」」
《―――ォオオオオオ! 》
喉が欠け、声の出せないリクが、かすれながらも確かに聞こえる雄たけびを上げた。最大の威力で殴りこんだ拳が大きくめり込む。一撃目よりさらに大きな力でたたきつけらえた防壁は、やがてミシミシと音を立て始める。
「ま、まさか、本当に」
オルレイトが、ほかの龍石旅団の全員が、その光景にただ圧倒された。その光景を一番信じなかったのは、帝都に住んでいた住人達である。避難のために着の身着のままで出てきた彼らにとって、壁とはけっして崩れる事のない、帝都安寧の象徴だった。その象徴が、音をたてて崩れさっていく。
「壁が、壊れる! 」
やがて崩落はとどまる事をしらず、50mある壁の一部が、完膚なきまでに崩れ去った。それは、帝都ナガラがもつ歴史の中で、今日初めて、第四地区と王城がつながった日となる。
双子の機転によって、住人の避難先は確保された。だがこの出来事により、帝都ナガラと商会同盟の戦いは、新たな局面を迎えようとしていた。




