放たれた凶弾
コウとアイが相まみえ、その力をぶつけあっている。コウは龍殺しの大太刀で、アイは改造された右手で。お互い最善手を繰り出し続けた。
「ベイラーに、あんな戦いができるのか」
避難途中である民衆は、その光景におもわず目を奪われている。本来空を飛ばないベイラーが空を飛び、あまつさえ剣戟を繰り出している。日常では決して見る事のできない、いわばショーにみえてしまった。
《(避難がまだ完璧じゃないか! )》
固まった民衆を横目にみながら、コウが空中で大上段からの唐竹割りを繰り出そうとする。サイクルジェットで加速し、全身の体重が乗った刃が、アイの体を切り裂かんと迫る。だが、アイも同じように、コウの体を握りつぶさんと右手をまっすぐに突き出す。その手のひらには、コックピットを切り取った琥珀色の結晶が埋め込まれている。大太刀と手が触れ合う刹那に、その結晶が鮮やかに輝いた。
《「真っ向唐竹大切斬! 」》
《「サイクル・ノヴァ! 」》
コウは剣技で、アイはエネルギーで対抗する。サイクル・ノヴァは、その体から破壊力を伴いエネルギーを爆発させる力である。その力は球状のコックピットから発せられるため、全方位に拡散し、遠距離まで届かないのがデメリットであった。
だがそのデメリットを、コクピットの欠片を手の平に埋め込むことで、一か所に集約させ放つように改造を施したのが、アイの右手である。結果、サイクル・ノヴァが光線と言って違いない攻撃へと変化している。大太刀と光線がぶつかり、辺りに火花を散らす。威力はどちらとも拮抗し、お互いに再び距離を取る形になる。
《カリン! いつまでもアイに時間をかけていると、空から! 》
「分かってる! わかっているのだけど! 」
アイとコウの力は、その種類こそ違えど、さきほどからずっと拮抗していた。近距離での切り結びでも、遠距離での撃ちあいでも、両者は全く致命傷を与えらず、仕切り直しを何度も繰り返している。すでに3度。お互いの攻撃はカチ合っているが、両者ともに弾きあってしまう。
「(歯が立たない訳じゃない、なのに)」
カリンは全く埒の開かないこの状況に焦りと苛立ちを感じている。アイと、そして乗り手であるパームとは決着をつける気でいる。彼らの行動は、カリンの許容する範囲をすでに逸脱している。この帝都に戦争をしかけた彼らを放置すれば、幾千の無辜の民を、喜んで惨殺するのは目に見えている。
「(コウの力もあれからずっと強くなった。なのに)」
だが、カリンの決意とは裏腹に、この戦いにおける勝利にまでの道筋が、全く見えていない。コウとアイの力は一進一退を繰り返し、差が起きる事なく、お互いがお互いを倒し切れない。
「なんで、勝てないの! 」
「なんで勝て無ぇんだクソ! 」
その心境はパームも同じだった。彼らの背後には新型爆薬を備えたアーリィが控えている。彼らが到着するまでの時間稼ぎができればパームは実質的な勝利を収める事が出来る。だが、目の前のコ相手では、そのような雑念を抱く暇はなく、余力を残す間もなく、全力で戦い続けている。
《いい加減、倒れなさいよ! 》
《嫌なこった! 》
アイが憤り、コウが叫ぶ。黒と白のベイラーがお互いもみくちゃになりながら、第四地区の空で戦い続ける。
《(このままじゃ、カリンがいたずらに消耗するだけだ)》
空中での戦いは、カリンの体力の消耗著しい。サイクル・リ・サイクルを使えば回復できるが、アイの激しい攻撃を前に活用できずにいた。
《(どうすればいい。地上にはまだ避難が終わってない人たちがいる)》
空中で大太刀を構えなおす。再び大上段で斬りかかろうとするも、ふとアイの後ろに居る、アーリィの大群が目に入る。数にして100や200はくだらない大軍であり、その飛行能力によって、そそり立つ壁をものともしないアーリィ達が帝都に到着してしまえば、その被害は計り知れない。故にコウは判断する。
《よし。カリン。アイは無視しよう》
「なんですって? 」
《重要なのは、あのアーリィ達だ》
因縁浅からぬアイを気に掛けず、背後から迫るアーリィ達を優先しようと、コウは言った。アイとの闘いは確かに避けられないが、それでも、帝都と商会同盟軍との戦争における戦略上の価値は低い。
《アイはいつでも相手できる。でもあのアーリィ達が違う》
「……あなた、それでいいの? 」
決着を着けたいのはカリンだけではない。コウもまた、アイをこの世界に呼び寄せてしまった事への罪悪感、そしてなにより、あの時現代でアイを助けてしまった事が、全ての発端である。そのアイを、目の前で無視してしまえるのかと、カリンは問う。
《ああ。それでいい》
それは、執着とは無縁の、ひどくあっさりとした答えだった。アイは、コウに対して憎しみを抱いている。彼さえいなければと、口を開けば呪詛のように繰り返している。だが、コウは違う。自分を殺す為にアイが望んで取り付けた右腕に対して『それでは手をつかえないからやめたほうがいい』と、アイ自身を心配するような言葉を掛けられるようになっている。
コウの思想は、懐の広くなったようにも見える。だが、カリンの感じ方は違う。
「(コウは、まるで自分を無くしているような)」
コウがもつ心は、個としてひどく希薄に映った。誰かを憎むのではなく、誰かを許す。それは、短い生の人にとっては難しい。人を許すにはひどく時間が掛かる。だが、ベイラーであれば、その時間を過ごせるだけの寿命がある。
「(前からそうだった? それとも、最近特にそう思えるだけ? )」
《カリン》
「え、ええ。貴方が、それでいいなら」
《わかった》
ひとまず戦いに集中すべく、いままでの思考を頭の隅へと追いやって、空を駆ける。大上段から振り下ろす仕草だけ、アイの目の前で行う。
《そんな物でぇ! 》
アイはその刀を掴みかかろうと手を掲げたが、その剣が手に触れる事はない。コウは、アイに斬りかかるフリをして、フェイントをかけた。空中で虚しく右手が通り過ぎ、コウがその体を飛行形態へと変え、ぐんぐん帝都から離れていく。突然の戦線離脱に、一瞬アイは状況を飲み込め無い。
《あいつ、私を、無視したなぁ!? 》
理解が追いついた頃、アイは口汚く罵る。駆け巡る怒りに体を支配されていたが、乗り手のパームは、そんなアイをよそに、冷静にコウを分析していた。
「あいつ、アーリィを直接叩く気だな。そうはさせねぇ! 追いかけるぞ」
《命令されなくったて! 》
アイは肩のサイクル・ジェットを全開にし、コウを追いかける。コウは変形し飛行形態になることで、サイクル・ジェットの推力に加え、2対4枚の翼で風を捕らえ、その浮力を得る事で空を飛ぶ。それ対し、アイは、純粋に膨大な推力だけで空を飛んでいる。飛行というにはあまりに暴力的な方法だが、結果速度だけならばコウに勝っていた。直線の加速であれば、推力の勝っているアイに分がある。
《行かせる訳ないでしょう! 》
《カリン! 例の奴をやる! 》
「よしなに! 」
あっという間に背後をとったアイが、コウに向け、サイクル・ノヴァを放った。一条の光が伸び、コウの体を焼かんとする。だが、コウはその迫る光線を、クルリと体を捻る事で回避する。
それはヨゾラと毎日のようにおこなった訓練により身に着けたバレルロール。現代戦闘機でも使われる、マニューバと呼ばれる行動の一種である。螺旋形のロールを描くその軌道により、後方からの直線的な攻撃を回避せしめる。その時、乗り手にかかる荷重は体重の二倍から三倍に相当する。
「ッハぁ! 」
《カリン、平気か? 》
「剣聖と戦った時にくらべれば、このくらい! 」
だがその荷重を、カリンは軽々と堪えてみせた。コウと共に戦い続けたことで、今のカリンは、こと荷重、Gに対して、非常高い耐性を備えつつあった。
曲芸まがいの回避をしながら、コウがアーリィの大群へと突っ込んでいく。一方のアーリィベイラー達からすれば、たった一人で大軍に立ち向かう愚者が居るとしか分からない。策らしい策も未だなく、高度を稼いで優位を取る様子もない。故に彼らは、単なる障害として、コウを排除しようと動く。変形を解くまでもなく、腕だけを前にむけ、無慈悲に放つ。
「「「サイクルショット! 」」」」
それはアーリィベイラー総勢200人で行うサイクルショット。もやは雨など生易しい物ではなく、豪雨と呼んで相違ない痛烈な攻撃。大軍でありながら、編隊を組んだ彼らの射線は全て開けており、誰一人仲間を誤射することなく、針という針がコウ一点にむけ放たれる。如何にベイラーとしては桁外れの強度を持つコウといえど、当たれば木っ端みじんは免れない。
《カリン! 今度は別の! 》
「よ! し! な! に! 」
サイクルジェットが当たるその瞬間、コウは2対4枚の翼をおおきくひろげ、空力による制動。そして推力であるサイクルジェットをあえて切り、失速。そして変形しながら、サイクルジェットを逆方向に再点火する。
それは、現代戦闘機でもまだ不可能な、一切の予備動作の無い逆噴射制動。空中で留まるだけでなく、進行方向をほぼ真逆に飛ぶことで、相手の攻撃を回避する。股下を大量のサイクルショットが通り過ぎるのを目にしながら、コウも右腕をまっすぐ伸ばし、狙いをつける。
《先頭の奴をやる! 》
「サイクルショッ―――」
狙いをつけ、戦闘のアーリィを狙い撃とうとした時、コウの上空、別方向から弓矢が撃ち込まれた。全く意識外からの放たれたその針は、コウの伸ばした右腕に深々と突き刺さり、サイクルショットを中断せざる負えなくなる。
《しまった!? 》
「っツ!! 」
動作不良と共に、カリンに鈍い痛みが走る。意識と感覚の共有が深く重なった彼らは、ベイラーと人の差が限りなく零に近付いている。ベイラーらしからぬ俊敏さと力強さをそなえた彼らであるが、明確な弱点も存在する。それは、感覚の共有が深くなりすぎたために、コウが傷ついた場合、乗り手であるカリンもまた、同じ位置に傷を受け、痛みを感じてしまう。
「コウ、今の攻撃、どこから」
《上からだ! 多分さっきヨゾラ達に向かったのが戻って来た! 》
「こんな、時にぃ」
カリンの腕から鮮血が滴り落ちる。コウが受けた場所と同じ位置に、同じ深さの傷を受けている。ベイラーであれば問題ない傷でも、人間であれば大怪我となってしまう。
コウを狙った狙撃手が、空でほくそ笑む。
「おうおう。当たった当たった」
「おばさま! もうそろそろあの子追いかけないと」
「すまないね。もう降りるから好きにおし」
「はぁーい! 」
コウとアイの戦いに横やりを入れたのは、ケーシィの駆るザンアーリィと、その背中に乗って狙撃を行ったポランドのブレイクベイラー。
「あたしのオゴリだ。全弾もっていきなぁ! 」
いままで、ケーシィのザンアーリィに文字通りおんぶにだっこの状態にいたブレイクであるが、コウの侵攻を阻止すべく、みずからザンアーリィの背中から飛び降りる。ブレイクの持つ弓弩を、その速射機能をフルに発揮していく。ベイラー由来としないその弓矢はどれも鋼鉄でできている。威力に関しても申し分なく、一撃でコウの右手を使用不可能の状態にまで追いやっている。
避けるにはすでに遅く、かといってサイクルシールドでは、鋼鉄の矢を止める事はできない。
《カリン! 左手だけで切り払えるか!? 》
「や、って、みる! 否! 」
ならばと、カリンは大太刀を引き抜く。利き腕を潰された状態で、片腕で大きく水平に構える。もはや剣技らしい剣技を使う暇もなかった。
「やって、やる! 」
足場のない空中での剣戟は、加速をつけて振りぬくか、腰の回転を加えて振るうかの二択となる。今のカリンが大太刀を振るうには加速がたりず、空で棒立ちの状態で威力を出すには腰を使っての回転しか無い。故に腰を回し、腕、手の平へと力を伝播させ、最後の大太刀にその荷重をのせ、一文字に斬りかかる。
地上であれば、ただの横薙ぎで終わっていた。右から左へ、横方向の回転をかけた斬撃は、最終的に足の踏み込みで体を制動し、剣をとめる事ができる。しかしながら、ここは地上ではない。
「回れぇえええ!! 」
カリンは制動をしなかった。それどころか、逆に加速することで、左腕一本では本来成しえない威力を手に入れる。独楽のように体を回転させながら、鋼鉄製の矢を一本、また一本と弾きとばしていく。剣聖との闘いでみせた、回転斬りの応用である。
《「ズエァアアアアア! 」》
コウとカリンの気合が重なる。回転斬りにより連発された全ての弓矢、その悉くを蹴散らしてしまう。ポランドは素直にその攻撃に舌を巻く。
「なんて奴だい」
再び装填しようにも、さきほどの攻撃で矢を全て使い果たしてしまった。さらにブレイクには、アーリィのように変形機構がなく、空を自在に飛ぶ能力は無い。
「お役御免ってとこだね。あとは頼んだよパーム」
「ったく中途半端に投げ出しやがって。だが感謝するぜポランドさんよ」
パームはずっと機会をうかがっていた。アイの右手の痺れが解け、コウがブレイクの攻撃により足を止めるその瞬間に、再びアイの最大の攻撃を叩き込む為に。
「これで終わりだ! 」
《サイクル・ノヴァ! 》
パームが息もつかせず、ブレイクとの連続攻撃をコウに見舞う。コウは今、右手も使えず、唯一使える左手も大太刀を握っているため、サイクルで何かを作る事もできない。
《(もう一度切り払うか? でも威力がさっきのとダンチだ!? )》
対応すべく策を講じようにも、準備がどれも間に合わない。アイと戦っている時は、全力でぶつかって、ようやく対応できていた。腕が一本だけというハンディがある状態では、とてもではないが拮抗できない。
《まずい! このままだと》
「コウ! 」
《何か思いつけた!? 》
「何もしないで! 」
それはコウにとって、突然の思考破棄に思えた。窮地に陥った人間がたどり着く一種に自暴自棄に、一瞬だけ見えてしまった。だが、すぐにその考えが間違っている事に気づく。意識の共有により、意図を口に出さずとも、今の彼らは通じ合えた。
「お願い」
《おまかせあれ》
そして、カリンの言う通りに、何もせず、力を抜く。だらりと下がった左手には、大太刀をギリギリに握れているかどうか。なにより、サイクルジェットもその場で切ってしまった。
「よし! これで」
《最後! 》
アイの、パームの目にも、コウがその場で諦めたのだと映った。絶望的な状況に陥った人間が行う無抵抗。次の瞬間には、サイクル・ノヴァによってその全身を焦がしたコウが見られると、パームは、アイは、非常に心躍っていた。故に、放ったサイクル・ノヴァがコウの頭上を素通りした事を理解できなかった。
「あ、あいつ今何をやった!? 」
狙いも、タイミングも完璧だった。コウが他の行動に移す暇も与えず、サイクル・ノヴァの射程にきっちり収めた上での攻撃。パームは、コウが回避できない攻撃を回避したように見えている。実際、ポランドが放った弓矢は切り払いという形で対応された物の、命中している事に変わりない。彼らに避ける暇がないのは、すでに確認している。
パームも驚愕しているが、一番驚いているのは、他でもないコウ自身であった。
《(本当に何もしないで避けられた)》
コウがやったことは、カリンの言う通り、何もしない事である。最低限大太刀を握るだけの力をもって、サイクルジェットも全て切ってしまう。当然コウの体は推力を失い、その場から墜落してしまう。しかし、それによって、どうあがいても対応できなかった攻撃を回避してしまった。もはやその勘は、地上で生きている人間では到底たどり着けない域に達している。
《(カリンは、完全に三次元の戦い方が理解るようになった)》
荷重の耐性に、空戦技術。空中戦において、無類の強さを、カリンは手に入れていた。攻撃を回避しおえ、コウが空に戻ろうとしたとき、ふと、アーリィ達が目にはいった。いままで同高度でしかみていなかった彼らを、不本意な形とはいえ、下から見上げる形になっている。アーリィの姿は、すでに何度も目にした事があり、さほど珍しくなかったが、その翼についている異物に目が行く。
「コウ、あれ何かしら? 翼に何かついてるような」
《翼に? 》
カリンもまた、その異物を確認する。樽よりも細い、楕円形の物体が、アーリィの翼に合計4つ搭載されている。重さもそれなりにあるよで、アーリィ達が今の今までこの場にたどり着くのが遅かったのが、その翼に着いた異物のせいで、最高速度が落ちている為であった。
「コウ、あれは一体---」
カリンが問いかける前に、空で異変が起る。
それは、アーリィ・ベイラーと、コウと、アイの位置関係から起きる、不幸な事故であった。アーリィ達は編隊を組み、お互いの射線がかぶらないように行動し、コウを狙うときも、一点目掛け集中砲火するため、コウより後ろまでは届かない。
対して、アイは、コウを挟んでアーリィ達と軸線を同じくしていた。さらには、サイクルショットよりもずっと射程も威力も長い、サイクル・ノヴァを使用している。つまり、この戦場において、アイは、コウを遠距離で狙えば、高確率でアーリィ達に誤射する可能性が高いのである。
そしてたったいま、コウが回避したサイクル・ノヴァの一撃が、アーリィに命中してしまう。加えて。その一撃がたまたま、翼に備えた、カリンの見た異物に命中してしまった。
カリンが見た異物。それはすなわち、新型火薬を満載した、化学爆弾である。その爆弾が、アイの誤射により起爆してしまった。空が、一瞬光で白く染まる。ソレを目にしていた者は、その光で目が眩み、前後不覚に陥る。そのそ次に来るのは、鼓膜を貫かんとする爆音。そして最後に、地表一面に、無差別に襲い来る衝撃。近い位置にいたアーリィ達は無惨に砕け、コウ達もまた、衝撃をうけ、明後日の方向に吹き飛ばされてしまう。
《ま、まさか! 》
「コウ! 今のって! 」
《ば、爆弾だ》
「ば、ばくだん? なんなのソレ? 」
《やつら、空爆をする気なんだ》
コウは、ソレを、その戦略行動の概要を知っている。現代人であれば耳にした事はある、その戦略は、こと日本人にとっては、12歳ほどの小学校高学年、義務教育では習う為に、欲しっている。
東京大空襲。かつて日本は、一度、本土に空爆を受けた事がある。学習の意義はさておき、義務教育で見る事になった、大人たちの手により、小学生のトラウマにするのを目的として作られたような、古びて画質の悪いビデオ映像をみせられる。そしてその例にもれず、コウはその映像をトラウマとしてよく覚えていた。
その映像と、目の前で起きている事象が結びついてしまう。そして、その映像をありありと思い出したために、乗り手であるカリンに共有される。
ごうごうと燃え盛る街から逃げ惑う人々。風上にあった街が瞬く間に炎が伝い、あたり一面を火の海と変えた。その灼熱を嫌い、川に飛び込んだことでかえって、溺死してしまう人さえいた。
空爆。それは人々の暮らしを根こそぎ奪い去る行為だった。
共有してからというもの、カリンの判断は速かった。
「コウ! 一文字大炎斬を使うわ! 」
《おまかせあれ! 》
刀身を炎によって拡張し、大軍を一撃で破壊する大技である。その代償は大きく、カリンとコウはしばしの間、強制的に眠りに落ちる。だが、ここでアーリィ達を止めなければ、甚大な被害を被ってしまう。背後では、まだ帝都の民衆が何千何万も残っていた。
《「サイクル・リ・サイクル」》
全身から再生の炎を灯し、体中から力が溢れていく。さきほど怪我した右腕も、即座に完治してしまうほどの、圧倒的な再生力。その溢れた力を、大太刀へと注ぎ込む。サイクルが反応し、すでにベイラーと同じ刃渡りの太刀が、大きさを二倍、三倍へと伸ばしていく。
「もっとだ! 」
《もっと! 》
カリンの目に、木目のような緑の筋が走る。コウとの共有がより深く強くなることで起きる、赤目のさらに上の段階。木我一体の境地へと。
《「もっと煌めけぇええええええ! 」》
そして大太刀の姿は、もはや緑の柱と変わらないほど大きく、太く、長くなっていく。コレを剣であると初見で理解できる人間は居ない。
《真っ向! 》
「一文字! 」
空中で、地上とかわりない構えを行う。柄尻に左手をそえ、右手を柔らかく持つ。左から右へ、その膨大な剣を、横薙ぎに振るう。あまりに剣が長く変化しすぎて、もはや野球のスイングにもみえる奇妙な剣閃を描いているが、その剣戟が、船団一つを丸々叩き潰せるだけの威力であることを、すでに港で証明している。
《「大炎斬ぁあああああん! 」》
炎を纏った大太刀が、すべてのアーリィ達を飲み込むように振るわれた。剣はたしかにアーリィをとらえ、200におよぶアーリィ達を次々に破壊していく。翼がおられ墜落していく者。翼に備えた爆弾が誘爆し、空中で爆散している者。胴体から真っ二つに叩き折られた者。
多くの者が、アーリィから脱出し、落下傘をひらいて地上へと降りたっていく。彼らもまた兵士であり、帝都に攻め入ろうとする輩であるには違いないが、カリンはただ、目の前の脅威が去ったことに、一瞬安堵していた。
「や、やったわ。私達、帝都を守れたのね」
《そ、そうだね、これで》
大炎斬の代償は大きく、カリン達は再び眠りに落ちようとしていた。アイとの激闘もあり、コウの消耗も激しく、瞼と意識が落ちていく。故に、カリン達は、たったひとり、大炎斬から逃れたベイラーを見逃してしまった。
「帝都に! 滅びをぉおお!! 」
大炎斬をうけ半壊になり、サイクルジェットも不全で、まっすぐ飛ぶことさえままならないアーリィが、街にむけ体当たりを仕掛けにいっている。
「あのアーリィ、何を」
《まさ、か》
意識が途切れそうになりながら、その手を伸ばす。届かぬと知りながら、そうせずにはいられなかった。体当たりを制止させたかったのか、それとも、未だ逃げ遅れた民衆を守りたかったのかはもはや分からない。ただ、そのアーリィが、機能不全に陥りながらも、決して脱出しなかったその乗り手の執念が、この場ではだれよりも勝っていた。
アーリィに積んでいた爆弾は4つ。それが、第四地区中央で、アーリィもろとも起爆する。1発でもすさまじい威力であったその爆弾が、同時に4つ破裂したことで、第四地区の建物は半壊し、一気に火の手が上がる。
帝都から立ち込める煙。それは敵の手により火が放たれた、この戦争で初めての瞬間だった。




