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皇帝の待ち人

「余が思った以上に、この国には民がおるなぁ」


 帝都ナガラ、12個に分かたれた区画の、その中央にそびえる王城。豪華絢爛を極めたその城で、体躯の細い12歳の少年であり、この国の最高権力者、カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラは、感慨深くつぶやいた。いまやこの王城めがけ、兵士が半ば強引に避難を進めた民草が、かつてないほど押し寄せている。


「今頃、門の近くでは人が溢れておるのだろう」


 帝都ナガラには二種類の門がある。地区と地区を区切る『地区門』と、帝都の外にでるための『外門』である。『地区門』に関しては、普段は硬く閉ざされているが、避難に際し、カミノガエはあらかじめ全地区に通達をし、異例の解放が成されている。


「問題は、外に出るための門か。それに、あの空飛ぶベイラー」


 閉じた壁の中で、程度で外に通じるのは、陸路では第四地区。海路では第十二地区のみ。その片方では、カリン達が決死の戦いが行われている。商業国家アルバトを主体とする、商会同盟軍による突然の宣戦布告により、帝都は戦争状態に突入している。そして、王城からも空から来るアーリィベイラーの大群は視認できた。


「よくもまぁ、あれだけの数を用意できたものだ」

「陛下 ここにおいででしたか」 

「おお。貴君か。見ろ。空がベイラーで埋まっておる。そうそう見れる景色ではない」

「その景色よりも、重要な事がございます」

「ほう。申して……なんだ、臭いぞ貴君よ。どうした? 」 


 カミノガエの秘書官であるコルブラッドが謁見の間に訪れる。彼からは普段嗅いだことのない匂いが漂ってきたことで、カミノガエが鼻をつまんだ。


「申し訳ありません。早急に報告にあがりたく、匂いについては後程(のちほど)

「まぁ、よい。報告とはなんだ? 」


 彼も、カリンとは違う形で、この戦争を終結させようと動いていた。


「アルバトが戦争を仕掛けてきた理由がわかりました」

「理由? この国をどうにかしたいからであろう? 」

「それだけでは無かったのです。こちらをご覧ください」

「うむ」


 コルブラッドが、持ち出したのは、ちいさな紙切れの束。一瞬カミノガエが怪訝そうな顔をする。


「その紙切れがどうしたのだ? 」

「こちらは、設計図、とでも呼びましょうか」

「設計図? ただの数字が並んでいるようにしか見えないが」


 コルブラットが丁寧にその紙をめくっていく。カミノガエのいうと落ち、紙束の中身は、複雑怪奇な数式が、所せましと並んでいる。それもひどく汚い字で数字が掛かれており、加えて随所に添削が行われ、解読しようにも困難を極めている。


「この設計図とやらが、この帝都に戦争をしかける理由と、貴君は言うのか? 子供の落書きと言われたほうがまだ芸術として見出せる」

「恐れながら陛下。これは、新型の兵器を生み出す設計図でございます」

「兵器? 」

「この数式の最後、こちらをご覧ください」


 パラパラとめくられた最後のページには、いままで乱雑に書かれた数式は無くなり、代わりに、細い糸が中に入った、瓶の絵が描かれている。その絵もまた、お世辞にも褒められた物ではなかったは、瓶の中には、液体と思しき物で満たされているのだけは、カミノガエもかろうじて読み取る事ができた。


「水筒、のようにみえるが、これが兵器? 」

「中にある薬品に、一定の処置を行う事で、コレが破裂、炎上するのです」

「炎上? 燃えるのか? こんな物が火もなしに? 」

「はい」

「貴君が嘘をいうとも思えんが、信じがたいな」

「ですので、()()()()()()()()()()

「何? 」


 コルブラットが、懐から小さな瓶を取り出す。設計図の通りに、瓶の半分にまで液体が満たされた状態の物。液体は半透明で向こう側が透けて見える。特質すべきはその匂いで、栓がしてあるというのに、鼻にツンとくる刺激臭が漂っている。鼻をつまんでもなお鼻腔を貫かんとするその匂いに、カミノガエは思わず飛びのいた。


「貴君が臭いのはコレか!? なんだこの、卵が腐ったような匂いは」

「薬品同士をまぜあわせると、この匂いになるようです。重要なのはこの液体の色になります」

「い、色? 」

「栓の内側には蝋がぬってあります。この蝋に液体をふれさせると……」


 コルブラットが、瓶をカシャカシャと振る。すると、栓の内側に塗られていた蝋が溶け出し、中の薬品にみるみるしみだしていく。すると、濁っていた液体がさらに濁り、だんだんと白くなっていく。


「見る分には、面白いな」

「この後です。少々はなれてください」

「うむ」


 鼻をつまみながら、コルブラットから遠く離れるカミノガエ。5mほど離れた後、コルブラットの手に持つ瓶の中で、急激な変化が訪れる。薬品とはいえ、液体でみたされていた筈の瓶の中で、バチバチと音と立てながら、突如として()が灯ったのである。


「な、何!? 」

「陛下、耳を塞いてください。すぐに! 」

「う、うむ」


 瓶の中で火がついた事に驚く暇もなく、カミノガエは鼻をつまんでいた手を離し、両耳を塞いだ。カミノガエの行動を見届けた後、コルブラットは、できるだけ遠くに放り投げた。の瞬間。その小指小瓶が爆ぜた。コルブラットが言った通り、この薬品は破裂音と衝撃をともなく爆弾として機能している。問題は、その薬品量に比例しない圧倒的な破壊力にある。


「こ、これは」

「これが、この爆弾の威力でございます。陛下」


 カミノガエは、その威力に舌を巻いた。謁見の間の下には、この国が長い間封じ込めている、正体不明の生き物がいる。牙がある為に、便宜上『獣』と呼んでいるその空間は、玉座の下からしか入る隠し通路から行くことしかできない。無論、隠し通路は謁見の間の真下にある構造となっている。


 小指ほどのちいさな瓶が破裂しただけで、その隠し通路までの間にあった石を、木っ端みじんに砕いてしまった。いまや隠し通路は『隠し』ではなく、ただの通路と化している。


「これが、兵器だというのか。貴君よ」


 本来、謁見の間でこのような暴挙を咎めるのが、皇帝としての責務である。反逆罪といわれても文句はでない。だがコルブラットの狙いは、ただこの兵器の威力を知らしめる為ではない。


 小さな小瓶で、巨大な岩を砕く事ができるのであれば。もし、もっと大量にこの薬品をようしたのであれば。それも、その薬品をいれた物を、複数運んできたのなら。なにより。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「本当に、同盟軍は勝つもりでいるということか」

「はい」

「そして、たしかに。コレがわが国で使われれば、負けるな」

「……そう、なるかと」

「いそぎカリンに伝えよ! 手段は問わぬ」

「御意」

「それと、地下の連中も避難だ。研究結果はこの際捨てて良い。いっそ爆弾であの忌まわしいアレをどうにかしてくれればいいのだが、アレは殺せまい」


 地下に眠る『獣』。その生命力は、この星の地下を流れる溶岩にさえ耐えうる。爆弾の威力は確かに強力だが、『獣』は異常なまでの再生力おも備えている。一撃で木っ端みじんに吹き飛ばしたとしても、すぐに元通りになってしまう。


「この戦争が終わった後に、実験しましょう。それより陛下も避難を」

「避難? 」

「第十二地区に船を用意しています。お早く脱出を」

「……それは」


 コルブラットは、皇帝の身を案じての逃走を提案している。この場にわざわざ爆弾を持ち込み、その威力を頭で理解させるのではなく、体で体感させる事で説得力を持たせ、これから起きる戦いが如何に苛烈になるのかを説明した上で、この場から立ち去らせようとしていた。もし、これが以前のカミノガエであれば、コルブラットの提案を素直に受け入れ、第十二地区にある船に乗り込もうとしていた。


 だが、今のカミノガエには、以前には無いものを持っている。


「それは、できぬ」

「理由を、お聞きしても? 」

「それは」


 カミノガエの視線がしばし泳ぐ。次の言葉を言い淀んでいる、というより、頭の中にある言葉を口にするかどうかを悩んでいた。そして、自分の胸にある想いにあてはまる、適した言葉を選び出す。


「余の妃が、戦場で戦っている」

「カリン様ですね」

「そして、余はその伴侶である。ならば」


 泳いでいた目は、しっかりと前をむき、コルブラットと目が合う。いままでになくはっきりとした口調で告げた。その様子はまるで、コウがカリンに初めて想いを告げた時のように初々しい。


「ならば、カリンが帰ってくる場所に居たいのだ」

「……」


 カミノガエが、自分の確固たる考えを述べた事に、コルブラットはひどく動揺した。天涯孤独の身の上であり、誰よりも権力を持っていながら、その使い道も思いつかず、かろうじて残った思想は、その殆どを『獣』の対処へと傾き、それ以外は悉く些事であると断じてきたカミノガエが、はっきりと意見を言う。


「(まさか、あの姫君が、陛下をこんなにも変えたというのか)」


 ついこの間知り合ったカリンという女性が、すでに皇帝に与えた影響は計り知れないほどになっている事を、この日、コルブラットは初めて知った。


「はじめて」

「はい? 」

「はじめて、貴君に反抗してしまったな」


 茫然としているコルブラットをよそに、カミノガエははにかみながら答えた。もう彼は、1人である事を嘆く少年ではない。帰りを待つ側とはいえ、誰かの手を取るために動く事のできるようになった。


 コルブラットは、避難することを諦め、即座に別の策を講じる事を選んだ。


「ならば、せめて木人の館(ベイラーホール)へと移動してください。謁見の間が一番狙われる可能性が高いのです」

「ああ。あそこなら、カリンが真っ先に戻る場所だな。良いだろう」


 カミノガエは今度はその考えを飲み、玉座を後にする。わずかに床が欠けた謁見の間を離れ、カリンの為に作り上げた木人の館(ベイラーホール)へと向かっていった。


 誰かの帰りを待つ。天涯孤独であった彼にとって、それは初めての経験だった。


 

 第四地区の外門。すでに真正面から粉砕され融解しているその門も前で、パームと龍石旅団は会敵していた。パームには、ポランド夫人のブレイクと、ケーシィのザンアーリィ。一方、龍石旅団は、現在空で索敵をしているヨゾラを除き、全てのベイラーが集まっている。


「カリン! あの青い奴は狙撃手だ! 手ごわいぞ! 」

「おやおや。私もずいぶん有名人になったもんだね。なら名乗るとしようか」


 サマナが、青黒いベイラーの存在に注意を呼び掛けると、そのブレイク・ベイラーから返事が聞こえてきた。その乗り手のあまりに幼い声に、龍石旅団一同はひどく動揺した。龍石旅団の中でも、リオやクオと同じくらいの少女の声だった。


「ポランド・バルバロッサ。以後お見知りおきを……ついでに」


 ブレイクベイラーが、その手にもつ弓弩を構える。弓弩といっても、実際に弦がはられては折らず、バネ仕掛けで鋼鉄製の矢を打ち出す、およそ人が持つ事のできない、超重量の代物である。それはオルレイトとレイダが防衛に際につかった物と似通っているが、一本一本再装填が必要だったのに対し、ポランドがもつ物は、独自の改良を加え、給弾機構を備えている。


「特製の弓矢を馳走してやるよ! 」


 その連射速度は、弓弩の常識をはるかに超えた武器に仕上がっている。引き金をひくと、十分に引き絞られたバネが跳ね跳び、矢が弾かれていく。その威力は。城壁さえ穿つほど太く鋭い。それが一気に10連射される。木製のサイクルシールドでは、とてもではないが防ぐことはできない。


 だが、龍石旅団には、その城壁を凌駕する盾がいる。


「リク! みんなを守って! 」

《―――!! 》


 声にならない叫びをあげ、リクが仲間の前へと躍り出る。2枚のタワーシールドを持つ彼は、その矢を真正面から受け止めた。双方とも鋼鉄製であり、激しい火花がまき散らしながら、弓矢は、10本すべて、明後日の方向へと弾かれる。


 その様子をみたポランドは、研究者としての好奇心が湧き出てしまう。


「ずいぶん面白いベイラーがいるねぇ」

「おいポランドさんよ。あんまりあそんでくれるな」

「すまないねぇ。ブレイクをこうして動かすのが楽しくって」

「ったく」


 パームは、ポランドの行動を諫めはするものの、彼女の実力を知っているために、それ以上言及することはなかった。それよりもパームにとって、目の前にいる龍石旅団の数が、知っている数と合っていない事の方が重要だった。


「ひとり、居ねぇな……誰がいないんだ」

「居ない? 」

「ああ! そうだ! あの試作品のベイラーが居ねぇんだ」

「試作品? 」

「アーリィのさらに前の、普通のベイラーを飛ばす為につくったあいつだよ」

「あー。そんなのも作ったねえ……しかし。そうかい」


 ポランドは、パームの情報と、自分が作り上げた試作品との情報を合わせ、ひとつの仮説を立てはじめる。


「(試作品は単体でも空が飛べるようになってる……そこに、ケーシィの言う、やたら目の良い狙撃手……これは)」


 この戦場に居る筈の空飛ぶベイラーが居ない。それはつまり、別の場所に居る事をしめしている。ならば、何処で何をしているのか。


「(もし、空から戦場全体を見渡せるなら、あるいは)」

「おい、ポランドさんよ。おーい」

「パーム、ちょいとケーシィを借りるよ」

「一体どうするんだよ」

「どうやら、空に厄介なのが居るみたいなんでね。そいつを落とす」

「へいへい。お好きにどうぞ」

「ケーシィ! ブレイクを乗せて空に上がりな! 」

「はいおばさま! 」


 ケーシィは戦場に似つかわしくないハリのある声をあげた。ブレイクはその場で飛び上がり、ブレイクと地面の間を縫うように、スルリとザンアーリィを滑り込ませる。曲芸飛行といって差し支えない行動により、ブレイクは無事ザンアーリィの背中に乗り、そのまま大空へと向かう。


「もっと速くいけないのかい」

「この子、今は翼に余計な物積んでるから、重いんですよぉ!」


 文句をいいながらも、ケーシィは戦場を離れていく。現れたばかりのベイラーが、突如として戦線を離脱したようにも見える行動、その意図に気が付いたのは、龍石旅団でも空を飛んだことのあるカリン、オルレイト、サマナの三人だった。


「まさか、ヨゾラの事が気付かれた!? 」

「まずい! コウ! 追ってくれ! 」

《分かった! 》


 空に飛び上がったポランド達を追うべく、コウも空へと飛びあがる。だが、その行く手を遮るように、黒い髪を靡かせてアイが立ちふさがった。その両肩に備えたサイクルジェットからは、全てを焼き尽くすような炎が燃え盛っている。


《お前の相手は私だろうがぁ! 》


 右腕を使うには間合いが遠い。お互いにサイクルショットで致命傷を与えられないのは知っている。故にアイは、その靡く髪を操り、コウに仕掛けていく。アイの髪は、その毛先に至るまで意のままに操る事ができる。長さはもちろんの事、その硬度を鋼のように変える事さえ可能である。


《ズタズタに引き裂いてやる! 》


 如何に硬さを変えようと、一本一本は細すぎてベイラー相手では意味が居ない。しかし、手繰り寄せ、束ねて、重ねれば、それは無数の槍と等価の武器となる。毛先を刃のように尖らせた黒髪で、コウの全身を包囲せんとしてくる。


「またコレなの!? 」

《いや、前より速い! 》


 三次元で戦っているコウとアイだが、その優位性はアイが勝っている。いまや接近戦では、改造された右手で、遠く離れたとしても、遠距離から放たれるサイクル・ノヴァに、変芸自在の黒髪。前回戦った時も、毛先を正確にあやつるその精度に、カリンは舌を巻いたが、今度はさらに強度もより硬くなっている。

 

「でも! 」

《俺達だって! 》


 成長しているのはコウも同じ。砂漠で手に入れた、龍殺しの大太刀には、コウのサイクルと共鳴し、その力を増幅する力を持つ。


《大炎斬でなくていい! 》

「分かってる! 」


 全力で叩き切れば、状況を打破する事はできる。だが、大太刀に全力を注いだが最後、カリン達は再び深い眠りについてしまう。その眠りは決して抗う事もできず、空中だろうと水中だろうと眠ってしまう。戦いの最前線に立っている中でそんな事になれば、危険極まりない。


「ちょっとずつ、ちょっとずつ」


 剣を握りながら、料理の火加減でも調節するような心持で大太刀を構える。すると、赤い刀身を包み込むように、緑色の炎が纏っていく。だが、火加減が上手くいかないのか、時折暴発ぎみに燃え盛ってしまう。


「調節難しい! 」

《細かくしなくていい! 焼き切れ! 》

「そう、する! 」


 調節に時間をかけるのは、迫りくる黒髪が許さなかった。そのまま鋭い刃となって包囲してくる黒髪を、横薙ぎに一閃して、切り開かんとする。

 

《「ズェエアアアアアア!! 」》


 2人の裂帛の気合を乗せ、大太刀が振るわれる。迫る黒髪を、その刃が触れるより先に、緑の炎が焼き焦がしていく。自分の髪がはらはらと灰となって落ちていくのを目にし、アイは憤怒の限りに叫ぶ。


《あいつ、私の髪ぉおお!! 》

《なんか、巧くいった》


 一方のコウは、微調整の結果できた、ほんの少し刀身に炎を纏わせるその攻撃が、想像以上の効果が挙がった事に若干興奮していた。


《コレ、もっと練習したらかなりいい武器になるんじゃ……? 》

「感慨にふけってる暇があって!? 」

《ご、ごめん! 》


 一瞬の攻防で、双方の武器の威力が想像以上であるのを、それが結果的には偵察の意味を成した。アイには新たな右手と、黒髪が、コウには大太刀がそれぞれ戦力として加わっている。


「カリン! 先に行くぞ! 黒いのを頼む! 」

「サマナ! お願い! 」


 戦場は一瞬一瞬変化している。コウがアイと相対しているわずかな間に、セスを伴ってサマナが空へと向かっている。コウやアイと違い、風にのって空を飛ぶ都合、垂直に高度を上げる事ができず、上へと向かうには左右に往復しながら風に乗る必要があり、非常に時間がかかる。


《どいつもこいつも私を無視してぇ! 》


 そして、時間は、激昂したアイの目から逃れられない事を意味する。改造された右手とちがい、その黒髪には再使用に時間はかからない。髪の毛の量が許す限り、何度でもいくらでも使う事ができる。コウを襲った時と同じように、今度はセスの体を引き裂かんと黒髪が迫る。


《無視しているのはそちらも同じ事! 》

「サイクル・バーストショットォオ! 」


 ヨゾラと合体していないレイダが、地上からの援護射撃を行う。針を拡散させて飛ばすサイクル・ショットの応用、サイクル・バーストショットは、狙い撃つ事は難しいものの、その範囲は目を見張る物がある。特に、アイのように空を飛んでいる相手には効果は覿面だった。


 セスに向かう黒髪を、文字通り撃ち落としていく。


《どいつも、こいつもぉ》

「……おい」

《何よ! 》

「そろそろ潮時だ。」

《ハァ!? 何いってんのよ! 》

「いいから一度仕切り直せ」

《あんた! コレだけ好き勝手やられて腹立たない訳!? 》

「腹立つ。すげぇ腹立つ。だがよ」


 コックピットの中で、パームが応える。アイとパームが出会い、こうして戦うようになってだいぶ経った。未だに2人は衝突が絶えず、お互いを名前で呼ぶことさえ稀である。


「だが、もう少しで、俺達は勝つ」

《なんでそう言い切れるのよ》

「アーリィ達がもうすぐ来る。爆撃の始まりだ。そしてだ」


 パームが、コックピットの中で、静かにほくそ笑む


「爆撃は始まったら、地上からアルバトの連中が攻め入ってくれる」

《それ、簡単にいくと思うの? 私達がきてやっとどうにかした連中でしょ? 》

「ああ。奴らには期待してねぇ……だが、奴らのベイラーは違う」

《ベイラー? 》

「アルバトの首脳が乗ってるベイラー、門を守ってた、あの鉄拳のベイラー。それぞれには、お前の欠片が入ってる」

《それが、どうし―――》


 ここまでのパームの説明で、アイもついにその勝利の方程式を理解した。


「そうだ。黒い欠片の力を、その瞬間解き放つ。そうすれば」

《あの、砂漠で出たアレが出てくる訳ね》

「そうだ。それも」


 アルバト首脳。奴隷王ライカンの駆るチャリオットベイラーと、鉄拳王シーザァーの乗る、彼命名、アレックス。両者にはそれぞれアイの欠片が埋め込まれている。その欠片は、人の怒りい強く呼応し、その姿を巨大なバスターベイラーへと変化させてしまう。バスターベイラー1体でもコウ達は決死の想いで打ち倒す事ができた。


「それが、今度は2()()いるわけだ」

《なるほどねぇ、それは》


 空からの新型爆薬による爆撃。その混乱に乗じての、バスターベイラーの出現。


《悪く、ないわね》

「だろう? 」


 お互いいがみ合っていたパームとアイは、時折こうして意気投合する。その時は決まって、勝利を確信した時だった。


「だから、やつらに気取られるなよ」

《しょうがないわねぇ》


 アイによる、勝利の為の時間稼ぎが、始まった。

ひさしぶりに月曜日に投函できました。

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