ベイラーと新兵器
「マイヤちゃん! なんか、ものすっごいよ! 」
「そう、なのですか」
「空から、ものすっごい数の敵が来てる! 」
それは、遥か上空を飛び、戦場を観察し続けていたクオがはじめに見つけた。
「オルオル! クオが見つけた! 」
「何をだ!? 」
「敵! 」
「どこから!? 」
「空! 」
「どれくらいだ!? 」
「ものすっごい数! 」
「前哨戦は終わりってことか」
次に、姉であるリオが、壁の上で迎撃に当たるオルレイトに伝えた。
「ナット! 住人の避難はどうなってる!? 」
「半分くらい! 」
「急がせろ! 商会同盟軍の本隊が来る! 」
「オルレイト、じゃなかった黒騎士、姫様見てない!? 」
「港にいるはずだ! サマナも一緒にいる! 」
「分かった! 」
「それと、もう姫様じゃない」
「そ、そうだった」
そして、壁の下で連絡役をしていたナットが、港へ向かって走る。ベイラーのミーンを伴い、その外套を翻しながら、家から家へ、道行く人々を眼下に納めながら彼は走る。道を奔る事はしない。今や道という道には、人々がただ『城へ避難せよ』の一言で、訳も分からぬままひしめきあって、ぞろぞろと歩いている。なぜ避難しなければならないのか、逃げてている彼らの内、半数も理解していない。
なぜなら、彼らの目はにまだ、商会同盟軍という敵が映っていない。敵を近寄らせない為に、陸ではシーザァーが、海ではサマナが歯を食いしばっているが、ある意味では逆効果と言えた。
「(それでも一応は避難してくれてるから、いい方か)」
逃げる人々を後目に、第十二地区にある港てたどり着くナット達。普段漁師たちの活気あふれる港は、今や数多の船が燃え盛り、黒々とした煙が立ち込める、まさしく戦場へと変わっていた。
「こ、これは」
「おー、ナットか」
「えっと、ソレは? 」
「ん? これか? 」
サマナは、セスを連れ、港中を泳ぎ回って、ソレらを拾い集めていた。セスの手の平で、彼らはゼーゼーと肩で息を繰り返している。
「商会同盟軍の奴ら」
「え、ええ!? だ、大丈夫なの? 」
「ああ。こいつら、もう戦う気が無いんだ」
「だ、だからって」
サマナは、攻め入ってきた商会同盟軍の兵士たちを、溺れ死にさせないために、救助活動を行っていた。すでに何度も救助した後らしく、同盟軍の兵士たちは、その冷えた体を温めるべく、たき火を囲っている。
「一体、何があったの? というか、姫様は」
「燃えてる船、あるだろ」
「ある」
「あれ、全部カリンがやったんだ」
「姫様が? これ全部? 」
「それも、たった一撃でだ」
「一撃で!? ま、まさかぁ」
サマナが当時に状況をできうる限り、正確に話す。コウの力が、以前より増している事。その力によって、大船団を経った一撃で壊滅させてしまった事。その話を聞いて、ナットは最初、信じられなさそうに首を傾げた。だが、状況を語るサマナの、なんら茶化さない声色と、完全に戦意を喪失し、虚ろな目でたき火を囲んでいる同盟軍兵士たちをみて、語られた内容が全て真実なのだと悟る。
「姫様がすごいのかなぁ。それとも、コウがすごいのかなぁ」
「どっちもだろ」
「どっちもかぁ」
ナットにとっては、どれも現実味の無い話だが、状況証拠がそろい過ぎていた。
「そういえば、姫様は? 一緒にいるって聞いたけど」
「いま休んでる」
「休むって……姫様が? 」
ふたたび、ナットは首を傾げる。彼の知るカリン・ワイウンズは、成すべき使命の為ならば、自分の身を厭わない、少々困った癖がある。自分がどれほど犠牲になろうとも、使命を果たせるならばそれで良いと言い切る。使命の種類は千差万別。例えば、ゲレーンに住まう民の為、夜通し嵐を防ぐ壁をつくったり、雪で埋もれた道を、一日中雪かきしたり。今もこうして、帝都の人々の為に、戦火を広げさせないように戦っている。
そんな彼女が、自発的に休むのを、ナットは見た事がない。
「サイクル・リ・サイクルの影響、らしい」
「あの、コウの緑の炎? 」
「アレを使うと、すっごく眠くなる」
「起こして平気? 」
「駄目だ! それは駄目! 」
「そ、そんな怒鳴る事ないのに」
「ごめん。でも、絶対駄目」
「わ、わかったよ」
サマナが慌てながら訂正する。カリンがサイクル・リ・サイクルの影響で眠ってしまうのは、ただの睡眠ではなく、カリンの場合、肉体から魂が離れることで、その副次的要因として、はたから見れば、眠るように見える。無理に起こせば、魂が肉体に戻らず、そのまま目覚めず、下手をすれば廃人になる可能性がある。
「(っていっても、わかりゃしないか)」
ソレを看破したのは、人ならざるシラヴァーズのクワトロンであり、サマナも、完全には腑に落ちていない。
「とにかく、カリンは今、安全な場所に隠れてる。心配するな」
「わ、分かった」
「それより、敵が来たんだろう? 」
「そ、そうなんだ! 黒騎士だけじゃ危ない! 」
「なら、陸と海は陽動だったってことだな」
「サマナはどうする? 」
「黒騎士と合流する」
「なら僕も」
「いや、悪いが第四地区の門まで、もうひとっ走りしてくれ」
「門? 」
「シーザァーだったか。そいつから兵士を連れてこい」
「連れてきてどうするの? 」
「避難を手伝わせるんだ。まだかなりの数逃げおわってない」
「分かった! 」
《また会おうミーン》
《うん、セス! また共に! 》
手短な挨拶を済ませ、ミーンは再び走る。瞬きする間に、その体は遥か彼方へと消えている。リオ、クオの双子の視覚による観測。ソレを即時に共有できるのは、ミーンが伝令役として各地を駆け回っている為である。まだ電話はおろか手旗信号さえ発達していない世界では、脚をつかっての伝令は最速の連絡手段であり、そして、ミーンはベイラーの中で随一に足が速い。郵便屋の経験から、地図を頭に入れるのも速く、いまや帝都の中は、ミーンの庭といってよかった。
帝都で外に通じる門があるのは、第四地区と、第一地区のみ。そして件の第四地区こそ、商会同盟軍が地上から攻め入っている激戦区であった。ミーンは家と家の間を縫うように走り、人々の視線を受けながら、門へとあぶなげなくたどり着く。重く頑強な鋼鉄製でできており、鎖で上げ下げするような重厚な門も、今は開け放たれている。
「こ、ここは」
《う、うわぁ》
たどり着いたその場所で、ミーン達は言葉を失った。ところどころ火が上がっているのは、港と同じであったが、立ち込める匂いが異なっていた。それは鼻を奥を突き刺すような、刺激臭。タンパク質を焦がした際に匂い立つ独特の香り。それに混じる血の香り。
そして何より、力なく倒れたキルギルスの死体の山が、辺りの雰囲気を一辺させていた。
「なんで、帝都にキルギルスが」
《それも、ものすごい数だ》
「ん。その方は、たしか」
見た事のない光景に圧倒されながら立ち尽くしていると、ミーンの元に近付くベイラーがいる。アーリィと同じ、人工ベイラーである翡翠色をしたコックピット。
「えっと、ナットです。ベイラーの名前はミーン」
《こ、こんにちわ》
「思い出した。カリン殿のキャラバンにいらっしゃった」
鉄拳王シーザァーの駆る、アレックスが、その拳で文字通り叩き伏せたであろう、同盟軍のアーリィベイラーを肩に担いで現れた。
アーリィベイラーとアレックス、帝都を守るウォリアーやパラディンは、その出自を同じくしている。外見の差異が多い為、敵味方の区別はつきやすい物の、やはりコックピットの色が敵と同じある点が、ナットにとっては違和感が拭えない。
そんな彼の事などつゆ知らず、シーザァーは豪快に笑う。
「ご安心めされよ。同盟軍、恐るるに足りず。我ら帝都近衛騎士団の守りは鉄壁! いささか相手も兵法が分かるようですが、しょせんは付け焼刃! 正面から打ち砕いてやりましたとも!ガッハッハッハッハ!」
「あ、あはは」
シーザァーの笑い声につられるように、ナットも笑う。たしかに、シーザァーのいう通り、その戦いは苛烈を極めながらも、商会同盟軍の猛攻から、確かに門を守っていた。
「して、このような戦場に何用かな? 」
「そ、そうだ。 住人の避難がまだ終わっていないんです。兵士の人たちに手伝ってほしくって」
「避難ですと? だがもう同盟軍は腰を抜かして逃げ帰っていったのだ。むしろ家に帰してやったほうがいい」
だが、シーザァーはまだ事の重大さが想像できていなかった。彼らが特別愚鈍という訳でもない。今、シーザァーを含め、近衛騎士団全員が、その手にした勝利の美酒に酔いしれている。自分たちがいままで磨き上げてきた技術が、思い描いていた理想が、確かに実を結び、そして敵の撃退という、確かな実体験を得たことで、歓喜に打ち震えている。もし、問題があるとすれば、それは、その勝利の美酒に一番酔っているのが、他ならぬシーザァーであること。
「(私は、まだやれる。やれるのだ)」
両腕の怪我が完治しないままで臨んだ戦いに勝利した事が、彼の酔いに拍車をかけている。無論、この戦いで帝都近衛騎士団にも被害は出ているが、その被害を上回るほどの戦果を挙げている。
「(もうこれ以上、剣聖に大きな顔はさせぬ)」
シーザァーの頭には、もはや勝利の有無より、剣聖に対する感情の方が優先されている。長年、その武力で帝都の頂点に君臨してきた剣聖。齢100歳を超えるその剣聖に、頭が下がらない。それはシーザァーが、剣聖に一度も勝利していない事に起因する。
「(この戦いが終われば、陛下は私を、帝都近衛騎士団にさらなる恩赦をいただけるはず。そうすれば、あの老いぼれを失脚させるのも夢ではない)」
シーザァーが武術の鍛錬を怠った事はない。むしろ帝都の中でだれよりも努力してきた。己の家がもつ権力に甘えず、実務と武力で帝都近衛騎士団、その団長の立場を手に入れている。兵士の信頼も厚く、自他ともに認める、理想的な士官と言える。ただ一点、剣聖に対しての、長年積み重なった劣等感だけが、シーザァーの中で絶えず育ち続けていた。
「私こそが、奴に代わり、帝都の剣となるのだ」
野望というにはあまりに脆く、願望というには儚過ぎた。
シーザァーの思想に一番巻き込まれた形になるナットは、不憫としか言いようがない。彼の思想と、まさに迫りくる空からの軍勢とは関係がない。さらに、ナットは、想像力の及ばない相手に説得する方法を心得ていなかった。
「その、まだ敵が来るので、その」
「どこからだ? さきほど斥候を送ったが、門に向かう軍勢はいなかったぞ」
「だからぁ! 空から来るんだって! 」
「空? 空からこの帝都が襲えるものか。この門、この壁、それに私がいる」
「もぉおお!! そうじゃなくって」
「シ、シーザァー様! 」
「どうした」
「そ、空をご覧ください! 」
「何? 」
さきほどまで勇猛果敢に戦っていたはずの帝都近衛騎士団たちが、空を見上げ、口をあんぐりと開けている。シーザァーは一瞬、揃いも揃って間抜け面を晒す兵士たちを一瞬叱ろうとしたが、その目に映った物を前にして、彼もまた口を開けて呆けた。
「空が、黒く染まっている? 」
それは、空を埋め尽くす、おびただしい数のアーリィベイラーの戦列。青空とは程遠い、泥水のように濁った青色。点在する翡翠のコックピットが、まるでひとつの生物のように錯覚させる。100か、200か、それ以上のアーリィが、帝都へ侵攻すべく現れる。
「遅かった! 」
「なんだ、なんだというのだ」
「鉄拳王さん! はやく門まで戻って! 狙い撃ちされる! 」
「狙い撃ち? ソレは一体なんの―――」
最後まで言葉を言い切れなかった。空を埋め尽くすアーリィベイラー達が、地表にむけ、一斉にサイクルショットを放ってきたのである。未だ距離が離れており、一発一発の威力はさほどでもない。ベイラーに乗っているナット達は、全く意に介さないが、この戦場にはまだ生身の兵士たちがいる。
一発一発は弱くとも、あくまでベイラー基準である。生身の人間が受けていい威力ではない。
「吹き荒べミーン! 」
《あいあいさ!! 》
ミーンの体からもくもくと黒煙が上がる。関節という関節が目にもとまらぬ高速で回転し、ミーンにさらなる加速を与える。これこそ、踏み出した一歩目から最高速度にたどりつく、ミーンの暴風形態。
《ウリヤァアアアアア!! 》
降り注ぐサイクルショットを、風すら追い越すその圧倒的な速度でもって、体当たりではたき落していく。暴風形態となったミーンであれば、駆け出すその風圧ではじき返す事が出来る。その行動は、時間にして1秒にも満たないが、それによって、数多の兵士が串刺しの難を逃れる。兵士たちは、自分たちが助かった事も分からず、ただ茫然としていた。
「な、何が起きた? 」
「いいから! 兵隊を下がらせて! 生身じゃどうしようもない! 」
「こ、子供に言われずとも分かっている! 撤退だ! 撤退する! 」
状況を飲み込んだシーザァーが指示を叫ぶ。兵士たちは一瞬虚を突かれた顔をするものの、他ならぬシーザァーの言葉を受け、全員が慌てるの事なく、迅速に撤退し始める。
「ベイラーに乗っている者は盾を構えて生身の兵士たちを守るのだ! 」
「「「「了解! 」」」」
一度状況が整えば、対応は滞りなく進んでいく。パラディンベイラーが、盾を屋根のように構えて兵士たちの道を作る。やがて、兵士たちが門をくぐり、全員の撤退を見届けた後、シーザァーが最後に空を埋め尽くすアーリィを後目に門を閉じようとする。
《ッツ!? ナット! 何か突っ込んでくる! 》
「何かって何!? 」
《分かんない! でもなんかヤバそう! 》
ミーンは、空に居るアーリィ達とは別に、門に向かって一直線に落ちてくる何かを見つける。アーリィの戦列は組んでおらず、単騎でこの門まで迫ってきている。
「鉄拳王さん! 速く締めて! 」
「分かっている! だが鋼鉄製の門だ、閉めるのに時間が掛かる! 」
「もう! 」
門の開け閉めは、重さのせいで時間がかかる。門を閉じるべく鎖がガチガチと鳴りつづけている。やがて半分が閉まった頃、迫りくる何かの全容も明らかになる。
「ベイラー、だ。でもあれって」
《あいつの右手、また変な風になってる》
肥大化した肩からは、爆炎を挙げながら突き進むサイクルジェット。歪に指が長くなった右手。そして何より、空を覆うアーリィベイラー達よりもずっと暗い黒い肌。その姿は、ナットも忘れる事ができない相手。黒いベイラー、アイ。
「門を閉じろ! 」
「はい! 」
だが、アイは、帝都に乗り込む直前で、その門に阻まれ、同時に姿も見えなくなる。完全に閉じた門を前にし、ナット達は一息つく。
「間に合った」
《空から回られる前に、コウを呼ばないと》
「そうだね。あいつの相手は今の僕たちだとちょっと厳しいかも」
アイも、またアーリィ達と同じように空を飛ぶ事ができるため、門を閉じたところで時間稼ぎが関の山。その間にコウが来るのを祈るばかりであった。
だがそんな淡い祈りをするより先に、閉じた門で異常が起きる。
《ナット、この音何? 》
「音? 」
最初は、門の外から聞こえてきた。水が沸騰した時にでる、水蒸気にも似た音。はじめは小さく、だんだんと大きくなり、やがてその音は、両耳を塞いでも聞こえるほど大きくなっていく。
「門の外で何してるんだ? 」
次に、門の変化。分厚く重い門が、真ん中から真っ赤に染まり始める。最後に、門の奥から、アイが勝ち誇るように叫んだ。
《サイクル・ノヴァ!! 》
叫び声と共に、鋼鉄製の門が、まるで粘土細工のように軽々とはじけ飛び、宙を舞う。
「ヘッヘッヘ。いいじゃねぇかコイツ」
門を吹き飛ばしたアイの腕を見て、パームがほくそ笑む。アイに取り付けたコックピットの破片は問題なく機能し、本来、全身から迸るはずのサイクル・ノヴァを、右手に収束して打ち出して見せた。結果、門はその威力に耐えきれず、鋼鉄製であるにも関わらず、木っ端みじんに粉砕してしまう。
それはアイの新たな兵器を携えての初陣だった。




