表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
240/359

ベイラーと新兵器

「マイヤちゃん! なんか、ものすっごいよ! 」

「そう、なのですか」

「空から、ものすっごい数の敵が来てる! 」


 それは、遥か上空を飛び、戦場を観察し続けていたクオがはじめに見つけた。


「オルオル! クオが見つけた! 」

「何をだ!? 」

「敵! 」

「どこから!? 」

「空! 」

「どれくらいだ!? 」

「ものすっごい数! 」

「前哨戦は終わりってことか」


 次に、姉であるリオが、壁の上で迎撃に当たるオルレイトに伝えた。


「ナット! 住人の避難はどうなってる!? 」

「半分くらい! 」

「急がせろ! 商会同盟軍の本隊が来る! 」

「オルレイト、じゃなかった黒騎士、姫様見てない!? 」

「港にいるはずだ! サマナも一緒にいる! 」

「分かった! 」

「それと、もう姫様じゃない」

「そ、そうだった」


 そして、壁の下で連絡役をしていたナットが、港へ向かって走る。ベイラーのミーンを伴い、その外套を翻しながら、家から家へ、道行く人々を眼下に納めながら彼は走る。道を奔る事はしない。今や道という道には、人々がただ『城へ避難せよ』の一言で、訳も分からぬままひしめきあって、ぞろぞろと歩いている。なぜ避難しなければならないのか、逃げてている彼らの内、半数も理解していない。

 

 なぜなら、彼らの目はにまだ、商会同盟軍という敵が映っていない。敵を近寄らせない為に、陸ではシーザァーが、海ではサマナが歯を食いしばっているが、ある意味では逆効果と言えた。


「(それでも一応は避難してくれてるから、いい方か)」


 逃げる人々を後目(しりめ)に、第十二地区にある港てたどり着くナット達。普段漁師たちの活気あふれる港は、今や数多の船が燃え盛り、黒々とした煙が立ち込める、まさしく戦場へと変わっていた。


「こ、これは」

「おー、ナットか」

「えっと、ソレは? 」

「ん? これか? 」


 サマナは、セスを連れ、港中を泳ぎ回って、ソレらを拾い集めていた。セスの手の平で、彼らはゼーゼーと肩で息を繰り返している。


「商会同盟軍の奴ら」

「え、ええ!? だ、大丈夫なの? 」

「ああ。こいつら、もう戦う気が無いんだ」

「だ、だからって」


 サマナは、攻め入ってきた商会同盟軍の兵士たちを、溺れ死にさせないために、救助活動を行っていた。すでに何度も救助した後らしく、同盟軍の兵士たちは、その冷えた体を温めるべく、たき火を囲っている。


「一体、何があったの? というか、姫様は」

「燃えてる船、あるだろ」

「ある」

「あれ、全部カリンがやったんだ」

「姫様が? これ全部? 」

「それも、たった一撃でだ」

「一撃で!? ま、まさかぁ」


 サマナが当時に状況をできうる限り、正確に話す。コウの力が、以前より増している事。その力によって、大船団を経った一撃で壊滅させてしまった事。その話を聞いて、ナットは最初、信じられなさそうに首を傾げた。だが、状況を語るサマナの、なんら茶化さない声色と、完全に戦意を喪失し、虚ろな目でたき火を囲んでいる同盟軍兵士たちをみて、語られた内容が全て真実なのだと悟る。


「姫様がすごいのかなぁ。それとも、コウがすごいのかなぁ」

「どっちもだろ」

「どっちもかぁ」


 ナットにとっては、どれも現実味の無い話だが、状況証拠がそろい過ぎていた。


「そういえば、姫様は? 一緒にいるって聞いたけど」

「いま休んでる」

「休むって……姫様が? 」


 ふたたび、ナットは首を傾げる。彼の知るカリン・ワイウンズは、成すべき使命の為ならば、自分の身を厭わない、少々困った癖がある。自分がどれほど犠牲になろうとも、使命を果たせるならばそれで良いと言い切る。使命の種類は千差万別。例えば、ゲレーンに住まう民の為、夜通し嵐を防ぐ壁をつくったり、雪で埋もれた道を、一日中雪かきしたり。今もこうして、帝都の人々の為に、戦火を広げさせないように戦っている。


 そんな彼女が、自発的に休むのを、ナットは見た事がない。


「サイクル・リ・サイクルの影響、らしい」

「あの、コウの緑の炎? 」

「アレを使うと、すっごく眠くなる」

「起こして平気? 」

「駄目だ! それは駄目! 」

「そ、そんな怒鳴る事ないのに」

「ごめん。でも、絶対駄目」

「わ、わかったよ」


 サマナが慌てながら訂正する。カリンがサイクル・リ・サイクルの影響で眠ってしまうのは、ただの睡眠ではなく、カリンの場合、肉体から魂が離れることで、その副次的要因として、はたから見れば、眠るように見える。無理に起こせば、魂が肉体に戻らず、そのまま目覚めず、下手をすれば廃人になる可能性がある。


「(っていっても、わかりゃしないか)」


 ソレを看破したのは、人ならざるシラヴァーズのクワトロンであり、サマナも、完全には腑に落ちていない。 


「とにかく、カリンは今、安全な場所に隠れてる。心配するな」

「わ、分かった」

「それより、敵が来たんだろう? 」

「そ、そうなんだ! 黒騎士だけじゃ危ない! 」

「なら、陸と海は陽動だったってことだな」

「サマナはどうする? 」

「黒騎士と合流する」

「なら僕も」

「いや、悪いが第四地区の門まで、もうひとっ走りしてくれ」

「門? 」

「シーザァーだったか。そいつから兵士を連れてこい」

「連れてきてどうするの? 」

「避難を手伝わせるんだ。まだかなりの数逃げおわってない」

「分かった! 」

《また会おうミーン》

《うん、セス! また共に! 》


 手短な挨拶を済ませ、ミーンは再び走る。瞬きする間に、その体は遥か彼方へと消えている。リオ、クオの双子の視覚による観測。ソレを即時に共有できるのは、ミーンが伝令役として各地を駆け回っている為である。まだ電話はおろか手旗信号さえ発達していない世界では、脚をつかっての伝令は最速の連絡手段であり、そして、ミーンはベイラーの中で随一に足が速い。郵便屋の経験から、地図を頭に入れるのも速く、いまや帝都の中は、ミーンの庭といってよかった。


 帝都で外に通じる門があるのは、第四地区と、第一地区のみ。そして件の第四地区こそ、商会同盟軍が地上から攻め入っている激戦区であった。ミーンは家と家の間を縫うように走り、人々の視線を受けながら、門へとあぶなげなくたどり着く。重く頑強な鋼鉄製でできており、鎖で上げ下げするような重厚な門も、今は開け放たれている。


「こ、ここは」

《う、うわぁ》


 たどり着いたその場所で、ミーン達は言葉を失った。ところどころ火が上がっているのは、港と同じであったが、立ち込める匂いが異なっていた。それは鼻を奥を突き刺すような、刺激臭。タンパク質を焦がした際に匂い立つ独特の香り。それに混じる血の香り。


 そして何より、力なく倒れたキルギルスの死体の山が、辺りの雰囲気を一辺させていた。


「なんで、帝都にキルギルスが」

《それも、ものすごい数だ》

「ん。その方は、たしか」


 見た事のない光景に圧倒されながら立ち尽くしていると、ミーンの元に近付くベイラーがいる。アーリィと同じ、人工ベイラーである翡翠色をしたコックピット。


「えっと、ナットです。ベイラーの名前はミーン」   

《こ、こんにちわ》

「思い出した。カリン殿のキャラバンにいらっしゃった」


 鉄拳王シーザァーの駆る、アレックスが、その拳で文字通り叩き伏せたであろう、同盟軍のアーリィベイラーを肩に担いで現れた。


 アーリィベイラーとアレックス、帝都を守るウォリアーやパラディンは、その出自を同じくしている。外見の差異が多い為、敵味方の区別はつきやすい物の、やはりコックピットの色が敵と同じある点が、ナットにとっては違和感が拭えない。


 そんな彼の事などつゆ知らず、シーザァーは豪快に笑う。


「ご安心めされよ。同盟軍、恐るるに足りず。我ら帝都近衛騎士団の守りは鉄壁! いささか相手も兵法が分かるようですが、しょせんは付け焼刃! 正面から打ち砕いてやりましたとも!ガッハッハッハッハ!」

「あ、あはは」


 シーザァーの笑い声につられるように、ナットも笑う。たしかに、シーザァーのいう通り、その戦いは苛烈を極めながらも、商会同盟軍の猛攻から、確かに門を守っていた。


「して、このような戦場に何用かな? 」

「そ、そうだ。 住人の避難がまだ終わっていないんです。兵士の人たちに手伝ってほしくって」

「避難ですと? だがもう同盟軍は腰を抜かして逃げ帰っていったのだ。むしろ家に帰してやったほうがいい」


 だが、シーザァーはまだ事の重大さが想像できていなかった。彼らが特別愚鈍という訳でもない。今、シーザァーを含め、近衛騎士団全員が、その手にした勝利の美酒に酔いしれている。自分たちがいままで磨き上げてきた技術が、思い描いていた理想が、確かに実を結び、そして敵の撃退という、確かな実体験を得たことで、歓喜に打ち震えている。もし、問題があるとすれば、それは、その勝利の美酒に一番酔っているのが、他ならぬシーザァーであること。


「(私は、まだやれる。やれるのだ)」


 両腕の怪我が完治しないままで臨んだ戦いに勝利した事が、彼の酔いに拍車をかけている。無論、この戦いで帝都近衛騎士団にも被害は出ているが、その被害を上回るほどの戦果を挙げている。


「(もうこれ以上、剣聖に大きな顔はさせぬ)」


 シーザァーの頭には、もはや勝利の有無より、剣聖に対する感情の方が優先されている。長年、その武力で帝都の頂点に君臨してきた剣聖。齢100歳を超えるその剣聖に、頭が下がらない。それはシーザァーが、剣聖に一度も勝利していない事に起因する。


「(この戦いが終われば、陛下は私を、帝都近衛騎士団にさらなる恩赦をいただけるはず。そうすれば、あの老いぼれを失脚させるのも夢ではない)」


 シーザァーが武術の鍛錬を怠った事はない。むしろ帝都の中でだれよりも努力してきた。己の家がもつ権力に甘えず、実務と武力で帝都近衛騎士団、その団長の立場を手に入れている。兵士の信頼も厚く、自他ともに認める、理想的な士官と言える。ただ一点、剣聖に対しての、長年積み重なった劣等感だけが、シーザァーの中で絶えず育ち続けていた。


「私こそが、奴に代わり、帝都の剣となるのだ」


 野望というにはあまりに脆く、願望というには儚過ぎた。


 シーザァーの思想に一番巻き込まれた形になるナットは、不憫としか言いようがない。彼の思想と、まさに迫りくる空からの軍勢とは関係がない。さらに、ナットは、想像力の及ばない相手に説得する方法を心得ていなかった。


「その、まだ敵が来るので、その」

「どこからだ? さきほど斥候を送ったが、門に向かう軍勢はいなかったぞ」

「だからぁ! 空から来るんだって! 」

「空? 空からこの帝都が襲えるものか。この門、この壁、それに私がいる」

「もぉおお!! そうじゃなくって」

「シ、シーザァー様! 」

「どうした」

「そ、空をご覧ください! 」

「何? 」


 さきほどまで勇猛果敢に戦っていたはずの帝都近衛騎士団たちが、空を見上げ、口をあんぐりと開けている。シーザァーは一瞬、揃いも揃って間抜け面を晒す兵士たちを一瞬叱ろうとしたが、その目に映った物を前にして、彼もまた口を開けて呆けた。


「空が、黒く染まっている? 」


 それは、空を埋め尽くす、おびただしい数のアーリィベイラーの戦列。青空とは程遠い、泥水のように濁った青色。点在する翡翠のコックピットが、まるでひとつの生物のように錯覚させる。100か、200か、それ以上のアーリィが、帝都へ侵攻すべく現れる。


「遅かった! 」

「なんだ、なんだというのだ」

「鉄拳王さん! はやく門まで戻って! 狙い撃ちされる! 」

「狙い撃ち? ソレは一体なんの―――」


 最後まで言葉を言い切れなかった。空を埋め尽くすアーリィベイラー達が、地表にむけ、一斉にサイクルショットを放ってきたのである。未だ距離が離れており、一発一発の威力はさほどでもない。ベイラーに乗っているナット達は、全く意に介さないが、この戦場にはまだ生身の兵士たちがいる。


 一発一発は弱くとも、あくまでベイラー基準である。生身の人間が受けていい威力ではない。


「吹き荒べミーン! 」

《あいあいさ!! 》


 ミーンの体からもくもくと黒煙が上がる。関節という関節が目にもとまらぬ高速で回転し、ミーンにさらなる加速を与える。これこそ、踏み出した一歩目から最高速度にたどりつく、ミーンの暴風形態。


《ウリヤァアアアアア!! 》


 降り注ぐサイクルショットを、風すら追い越すその圧倒的な速度でもって、体当たりではたき落していく。暴風形態となったミーンであれば、駆け出すその風圧ではじき返す事が出来る。その行動は、時間にして1秒にも満たないが、それによって、数多の兵士が串刺しの難を逃れる。兵士たちは、自分たちが助かった事も分からず、ただ茫然としていた。

 

「な、何が起きた? 」

「いいから! 兵隊を下がらせて! 生身じゃどうしようもない! 」

「こ、子供に言われずとも分かっている! 撤退だ! 撤退する! 」


 状況を飲み込んだシーザァーが指示を叫ぶ。兵士たちは一瞬虚を突かれた顔をするものの、他ならぬシーザァーの言葉を受け、全員が慌てるの事なく、迅速に撤退し始める。


「ベイラーに乗っている者は盾を構えて生身の兵士たちを守るのだ! 」

「「「「了解! 」」」」


 一度状況が整えば、対応は滞りなく進んでいく。パラディンベイラーが、盾を屋根のように構えて兵士たちの道を作る。やがて、兵士たちが門をくぐり、全員の撤退を見届けた後、シーザァーが最後に空を埋め尽くすアーリィを後目(しりめ)に門を閉じようとする。


《ッツ!? ナット! 何か突っ込んでくる! 》

「何かって何!? 」

《分かんない! でもなんかヤバそう! 》


 ミーンは、空に居るアーリィ達とは別に、門に向かって一直線に落ちてくる何かを見つける。アーリィの戦列は組んでおらず、単騎でこの門まで迫ってきている。


「鉄拳王さん! 速く締めて! 」

「分かっている! だが鋼鉄製の門だ、閉めるのに時間が掛かる! 」

「もう! 」


 門の開け閉めは、重さのせいで時間がかかる。門を閉じるべく鎖がガチガチと鳴りつづけている。やがて半分が閉まった頃、迫りくる何かの全容も明らかになる。


「ベイラー、だ。でもあれって」

《あいつの右手、また変な風になってる》


 肥大化した肩からは、爆炎を挙げながら突き進むサイクルジェット。歪に指が長くなった右手。そして何より、空を覆うアーリィベイラー達よりもずっと暗い黒い肌。その姿は、ナットも忘れる事ができない相手。黒いベイラー、アイ。


「門を閉じろ! 」

「はい! 」


 だが、アイは、帝都に乗り込む直前で、その門に阻まれ、同時に姿も見えなくなる。完全に閉じた門を前にし、ナット達は一息つく。


「間に合った」

《空から回られる前に、コウを呼ばないと》

「そうだね。あいつの相手は今の僕たちだとちょっと厳しいかも」


 アイも、またアーリィ達と同じように空を飛ぶ事ができるため、門を閉じたところで時間稼ぎが関の山。その間にコウが来るのを祈るばかりであった。


 だがそんな淡い祈りをするより先に、閉じた門で異常が起きる。


《ナット、この音何? 》

「音? 」


 最初は、門の外から聞こえてきた。水が沸騰した時にでる、水蒸気にも似た音。はじめは小さく、だんだんと大きくなり、やがてその音は、両耳を塞いでも聞こえるほど大きくなっていく。


「門の外で何してるんだ? 」


 次に、門の変化。分厚く重い門が、真ん中から真っ赤に染まり始める。最後に、門の奥から、アイが勝ち誇るように叫んだ。


《サイクル・ノヴァ!! 》

 

 叫び声と共に、鋼鉄製の門が、まるで粘土細工のように軽々とはじけ飛び、宙を舞う。


「ヘッヘッヘ。いいじゃねぇかコイツ」


 門を吹き飛ばしたアイの腕を見て、パームがほくそ笑む。アイに取り付けたコックピットの破片は問題なく機能し、本来、全身から迸るはずのサイクル・ノヴァを、右手に収束して打ち出して見せた。結果、門はその威力に耐えきれず、鋼鉄製であるにも関わらず、木っ端みじんに粉砕してしまう。


 それはアイの新たな兵器を携えての初陣だった。

  

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ