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ベイラーと第二陣


「第二陣の用意は! 」

「空襲用装備がまだです! 」

「急がせな! あと、乗り手にはアルバトの連中が寄越した落下傘を絶対に持たせるんだよ! 」

「はい! 」


 帝都から後方、西の空から迫る空中空母。その名をベイラーキャリアード。


 ポランド・バルバロッサが主軸となって生み出したこの空母は、多数のアーリィを収納できる揚陸艦としての側面も持つ。4基の巨大なサイクルジェットからなる翼で悠々と空を飛んでいる。


 だが、内情は数百名いる人員全員が、操舵にかかり切りであり、空の上である都合、補給も多く受ける事が出来ず、物資の、特に消耗品の類は厳密に管理が行われ、船内の雰囲気は常にピリピリしている。そんな中で、商会同盟、その首脳国家であるアルバトによってもたらされた、落下時に使う緊急用落下傘は、人命を救う画期的な発明であった。ある程度の高度が必須とはいえ、墜落しても落下傘があるという安心感は代えがたく、この性能にバルバロッサは舌を巻いた。以後アーリィに乗る者全てにこの装備を持つ事を徹底さている。


 だが、まだアルバトが仮面卿の傘下に入って日が浅く、全員に行き渡るにはしばしの時間を要していた。バルバロッサが船の航行と身の安全を確保すべく奔走していると、監視をつづけていた船員のひとりが報告にくる。


「バルバロッサ卿! 第一陣のアーリィ達が戻ってきました」

「なんだ? 予定より速いじゃないか。何人戻って来た? 」

「6機確認できます」

「何ィ! 半分以上落とされたってのかい!? 」


 バルバロッサの実年齢70歳以上であるが、その姿は幼い少女である。最初は船員の誰もが、この口調と外見が一致しない女性を怪訝そうな顔をしていたが、ことアーリィベイラーの製造と、その戦術論について、右に出る者はいなかった。


「(こりゃ戦略を変えたほうがいいね)」


 バルバロッサは、ケーシィ率いる部隊の半数が帰還できなかった事を、彼女らの実力不足と断じず、別の原因があると即座に判断し、次の作戦を練る事に決めた。判断ひとつとっても、彼女が仮面卿に全面的な信頼を得ている証と言える。


「監視を続けな。ちょっと帰って来た子らの様子をみてくる」

「ハイ! 」

「それと、次からバルバロッサ卿と呼ばないように」

「へ? 」

「可愛さのかけらもない。せめてバルバロッサちゃんとお呼び」

「は、はい、バルバロッサ……ちゃん」

「よろしい」


 問題といえば、時折出る、自分の呼び方へのこだわりが強い程度である。


 階段をおり、格納庫にやってくると、規則正しく収納されたアーリィ達にまじって、多くの傷をうけたケーシィ達の部隊が並んでいる。乗り手はすでに下りた後で、皆栄養補給をしている。


「あ、ポランドのおばさま」

「なんだいこの傷? 格闘戦の傷じゃないね? 」


 乗り手を労うより先に、彼女はアーリィの傷を撫でた。ケーシィが申し訳なさそうに報告する。


「壁の上に、見た事ないような武器をもったベイラーが居ました」

「武器? 」

「弓弩、だと思います。たぶん」

「ほー」


 傷のひとつひとつを丁寧になぞり、報告を受けた情報と推察を纏め上げる。


「敵はこっちが空から来るのを知ってたってわけだ。で、ソレ用の武器を、あらかじめ用意しておいたって事かね」

「そうなんですけど、でもおかしんです」

「ん? 」

「私達がくる方角も全部ピタリと当たってて」

「ううん? 」

「よほど目がいい乗り手がいるんだと思います」

「いや、それは」


 ケーシィの真偽を疑うように首を傾げるバルバロッサ。


「密偵かなにかが手の内をバラシたって事じゃないのかい? 」

「密偵? 」

「ひらたく言えば裏切り者さ」

「あ、それは無いと思います! 」


 バルバロッサにズイと顔を近寄せるケーシィ。人にはそれぞれパーソナルスペース、自分以外の他人が侵入されて不快に思う領域がある。バルバロッサは並みの人間と同じ、両腕が届く範囲程度であり、その内側に無造作に入ってくる人間に対して、顔をしかめる程度には嫌悪感を抱く。一方のケーシィ個人のパーソナルスペースはほぼ零といってよく、他人と自分の領域の差が極端に少ない。


 それは、彼女が奴隷で売りに出されていた頃、寝食がほぼ自分と同じ()()()()と一緒に暮らしていた為、自分が不快に思う領域など、そもそもできようが無かった為である。


「裏切り者がいないって何で言える」

「そんな人がいたら真っ先に旦那様がぶっ殺してるからです! 」

「―――それは一理あるね。あと近い」

「ムグ」


 顔がぶつかりそうな距離感から、ケーシィの顔に手を押し付け、強引に引きはがす。


「それだけじゃないんです」

「ん? 」


 顔面に手があろうと、ケーシィはあきらめることなく続けた。


「私達と戦っている間も、ずっと見られてました」

「見られた? 」

「はい。逃げ出そうとした人たちから順繰りに打ち落とされてます。もし密偵がいたとしても、戦場の事を即座には共有できない筈です」

「なら、伝令がいるんだろう? 」

「いいえ。あの緑色のベイラーと黄色いベイラー以外は壁の上に誰も来ていませんでした」

「ふむ」


 ケーシィの報告には、確固たる根拠があり、バルバロッサもその点に対して粗を探すのをやめる。ケーシィが嘘をついている可能性については、一切考慮にいれていない。ケーシィという女性が非常に素直な人格をしている事を知る程度には、2人の仲は良好と言えた。


「わかった。予定より少し早いが、あたしも出撃するよ」

「おば様が!? 」

「本当は後詰で出るつもりだっよ。でも」


 格納庫の中で静かにたたずむ、灰色と青がそれぞれ交互に着色されたベイラーを横目で眺める


「その目とやらが本当なら、作戦が根底がくつがえっちまう。ならあの子が役立つはずだ」

「ありがとうおば様! 」

「礼をいうのは速いよ。それより、そろそろあの寝坊すけを起こしてやんな」

「はぁーい! 」


 間延びした返事を返してケーシィが格納庫から去っていく。粗末な鉄で出来た梯子をカンカンと軽快に駆け上る。やがてベイラー達の姿が無くなり、ずらっとドアが並ぶ。ひとつの部屋に4人が入れるその部屋の一番奥に、特別に宛がわれた男がいる。


「ノックですコンコーン」

「入れ」


 ドアの間で声を出すと、中にいた男がけだるげに返事する。気を良くしたケーシィはドアをあけ放つと、中の男は今まで義足を調節していたようで、しきりに立った時の感触を確かめている。


「ありゃ、旦那様起きてた」

「ノックを口で言う奴、初めて見たぞ」

「旦那様、足、痛むんですか? 」

「そうじゃねぇが、まぁ慣れてないだけだ」


 パーム・アドモントが己の義足のベルトを締める。義足といっても、膝から上を失っている彼が付けているのは、ほぼ鎧の下半身を流用しているような代物で、ベルトで固定されたその足は、歩くのにひどく不安定だった。さらに板金を使っている都合、木製の義足に比べて、重さに関してもすさまじい。


「大丈夫ですか? 」

「ああ」

「今からでも木で出来たのに変えた方が」

「コレでいい。コレなら膝が付くんだ。」


 膝から上、太ももから下をパームは失っている。大量出血による壊死を防ぐ為とはいえ、その代償は大きかった。彼が頑なに金属製の、鎧を流用した義足に固執するのは、ひとえにその可動域にある。まだ高度なプラスチックなどがない世界において、木製の義足では棒義足がせいぜいであり、膝に相当する部品は、木製では加工が高度すぎて再現できない。


 一方、鎧を流用する形であれば、折り曲げる膝もキチンと存在する。さらにパームの義足には、中が空洞である事を活かし、バネやゼンマイがふんだんに使われ、必要とあれば、その機構にロックを掛けることで、両足で踏ん張る事も可能になっていた。元は怪我をした兵士たちに使う予定だったこの義足も、アーリィ同様、バルバロッサが作り上げた逸品である。


「あいつに乗ってりゃ気にならないんだがなぁ」

「その『あいつ』と、今度は一緒に出番だそうですよ」

「お前が帰って来たってことは、第一陣はずいぶん苦戦してんだな」

「苦戦どころじゃないですよぉ! 話と全然違うんですぅ! 」


 ケーシィが頬を膨らませながら苦言を垂れ流す。


「海からも陸からも全然増援来なかったんですよぉ! 」

「何? 」

「ケーシィ以外みんなサボったんじゃないですか! 」

「サボるような連中だったら今ごろ逃げ出してらぁ」

「あ、それもそうか」

「陸海空、三面同時展開で押しつぶすのが第一陣の狙いだったが、それが出来なくなったとあっちゃぁ、面倒だな」


 義足の最終調整を終え、軽く跳躍するパーム。カシャンカシャンと金属音が部屋に響く。


「俺も出るかぁ」

「ヤッター! 今度は一緒ですね! 」


 全身で嬉しさを表現するケーシィに、少々鬱陶しさを感じながらも彼女を伴って部屋をでる。格納庫、さらにその奥、他のベイラーと一線を画す姿のベイラーが鎮座している。


「よぉ」

《ったく。ようやく出番ってわけ? 》

「ああ」


 悪態をつくベイラー。アイ。もう偽装を施す外装パーツも必要なくなり、本来の姿となっている。その肌は光を飲み込むように黒い。


《ところで》

「なんだ」

《何? コレ? 》


 ケーシィが指を開け閉めを繰り返す。その指先に鋭い刃がつき、鈍い輝きを放っていた。

 

「前、コックピットを握りしめる前に指を蹴飛ばされたのを覚えてるか? 」

《あったわねそんなこと》

「それの対策だ。その指なら握りしめるまでもなく殺せる」

《で、この手のひらの真ん中についてるのは? 》


 彼女の右手には、改修に改修を重ね、今や異形の物となっている。刃が付いた指とは別に、腕には液体が注がれるように増設されたタンクが付き、中には、クラシルスの煮汁がこれでもかと詰め込まれている。さらにその手の平には、彼女の琥珀色のかけらが埋め込まれている。


「コックピットの破片だ」

《そんなのみりゃ分かるわよ。なんでそんなもんを埋め込んだかって聞いてるの》

「それで、サイクル・ノヴァを手で炸裂できるようになる」

《―――へぇ! 》


 改造された自分の手をまじまじと見つめるアイ。パームのいう事が本当なら、彼女の右腕は、コックピットの中に侵入でき、内部の人間をその刃で惨殺できるだけでなく、そのまま爆破できるという事になる。しかしパームは最後に言葉を濁した。


「炸裂できる、らしい」

《らしい? 何よそれ》

「あのバルバロッサでさえ、お前のサイクル・ノヴァは訳が分からないんだ。ひとまずエネルギーって呼べるものが、コックピットの、その結晶から出てる事だけは掴んでる」

《何? この胸の部分、そんな風になってるの? 》


 琥珀色をしたコックピットの外壁をコツコツと叩く。内部に入る人間にとって何もかもが都合よくなる、魔法のような空間を生み出すそのコックピットは、まだ解明されていない事が多い。


「ひとまずは、その結晶の欠片でも埋め込めば使えるだろうっていう、推察だな」

《でも、コレならあいつを倒せる》


 サイクルジェットを内蔵し肥大化した肩。肌と同じか、それ以上に黒い髪。そして、人を殺める為に特化した右腕。どれも通常のベイラーとは逸脱している。


 ベイラーは、人間を乗せることで、種である自分を出来る限り遠くの場所へと向かうのが、本来の生態である。だが今のアイの外見は、その全てを否定している。。


「よし、じゃぁいくか」

《はいはい》


 アイがパームの乗りやすいように()()()差し出そうとする。ベイラーの通例として、乗り手がコックピットに乗り込むとき、大概は利き手を差し出して乗り手が乗りやすいように手助けする。コウがいつもカリンに対して手を差し伸べるように、ベイラーにとっては当たり前の動作。だが、改修を施されたアイにとっては違う。


《(結構面倒くさいわね)》


 刃のついた右手では、乗り込むのを助けるどころか、パームが怪我してしまう可能性すらある。いそいで左手に切り替える。


《(当分は左手でやりくりするか)》


 指先がどれだけ繊細に動こうと、刃があっては掴む事ができない。くわえて、手のひらのサイクルを押しのけるようにコックピットの欠片を埋め込んでいる為、今のアイは右手で何かを作る事も出来なくなっている。


《別に気にしやしないだろうけど》

「何か言ったか? 」

《何も。それより出撃でしょう? 》

「おう。今度こそ決着をつけてやる」


 黒いベイラー、アイが格納庫の中を歩く。その後ろには、補修と補給を終えた、紫色をした、ケーシィのザンアーリィが、さらに灰色と青のツートンカラーになったベイラーが現れる。


《ん? 知らないのが居るわね》

「ブレイク・ベイラーだな。乗り手は」

「ポランド・バルバロッサだよ。よろしく頼むね」

《あ、あんたベイラー乗れたの!? 》


 驚愕を持って迎えるアイ。彼女の驚きは、バルバロッサが研究職である事に加え、その、年齢と一致しない、子供のような幼い体にある。手足の短さは言うに及ばずであり、操縦桿をキチンと握れる事が不思議でしょうがなかった。


「一応、親だからね」

《親、ねぇ》

「なぁバルバロッサちゃんよぉ、仮面卿はどうしてるんだ? 」

「まだ安静にしてる。アレで結構歳がいってるからねぇ」

《(どの口がいってるんだか)》


 仮面卿。いままでの大がかりな仕掛けを施した張本人だが、現在は床に伏せっている。単純な老衰が激しく、ここ最近はずっと寝たきりだった。彼の思想や意図の、最終的な部分はまだパームには明かされていない。もっとも、パームの目的は今やカリン達への復讐が主になっており、仮面卿がパームに求める英雄像やその他の行動理念は、もはや二の次になりつつある。

 

 その復讐はアイも同じ。お互いを蔑みあいながら、標的が同じという理由だけで、ふたりはその心を1つにできた。その力は絶大であり、もはや彼らを止められる者は、カリンとコウしかいない。


 それぞれ異なる姿をしたベイラーが戦列を組む。後ろには、第一陣の三倍はあろうかという人員が動員され、長い長い列を組んでいる。


「いいかいパーム。こんどのアーリィ達にはこの作戦の本命を積んである。あいつらをどうにか守り通しな」

「へいへい」

「おばさまはどうするんです? 」

「あんたが驚いたっていう、その目を潰しにいくのさ」


 バルバロッサが直々に調節したブレイク・ベイラー。変形機構こそ持たないものの、跳躍などは問題なく機能し、遠くの敵を見るためのスコープを内蔵してある頭部は、より戦闘に特化している。その手にある武器もまた遠距離狙撃に適したもの。弓弩を改良したもので、奇しくも、現在壁の上で防衛線を張っている黒騎士達が使っている武器と構造をほぼ同じくしている。相違点は、黒騎士達が打ち出すのは鋼鉄製の矢だが、こちらは木矢、かつ短く切りそろえられたもので、威力と飛距離で落ちるものの、引き絞る力が少なく済み、速射性で勝っている。



「だからケーシィ、しばらく足になてもらうよ。この子空は飛べないからね」

「はぁい! 」


 変形したあとのザン・アーリィに乗るブレイク・ベイラー。同じく変形機構を持たないアイは、その圧倒的出力により、空を飛行するというよりは、突き進む形で飛ぶ事が出来る。

 

「そういえばおばさま、陸と海のほうは気にしなくていいんですか? 」

「あっちは商会同盟軍がなんとかしてもらうよ」

「でも、協力とかしたほうが」

「向こうが拒んだんだからいいのさ」

「え、そうなんですか? 」

「指揮系統が混乱するからだと。分からない話でもないがね」


  サイクル・ジェットの暖気を終え、全員空へと飛び経つ準備が整う。格納庫のハッチがゆっくりと開き、高度相応の冷気が充満していく。アーリィ達の翼には、いままでにない装備が詰んである。任意のタイミングで火をつけ、炸裂することで、地表を焼き払う対地爆弾。左右にそれぞれ2つずつ。計4つの爆弾を抱えている。使用するときは、アーリィが自分の腕で翼から爆弾をもぎ取り、文字通り地表へと投げつける。


 それはかつて、コウが懸念した、アーリィ・ベイラーによる空襲。それが今まさに現実になった。


「ケーシィ、ザンアーリィでます! 」

「ポランド・バルバロッサ、ブレイクいくよ」


 ケーシィのザンアンリーに続くように、バルバロッサのベイラーが出撃する。翼のない彼女のベイラーを気遣うように、ザンアーリィが即座にカバーにはいる。ブレイクを背中に乗せるようにして、彼女達は大空へと飛び立った。


 やがて凄まじい数のアーリィが、ベイラーキャリアードから次々に発進する。その数は第一陣とは比べ物にならない。


「パーム・アドモント」

《アイ》

《「いくわ/ぞ」》


 最後に、莫大な加速度を伴って、アイが躍り出る。彼女もブレイクと同じように翼を持たないが、その圧倒的な推力によって強引に空を飛ぶ事が可能である。


 アイを最後尾として、編隊を組み、アーリィが帝都にむかって一直線に飛んでいく。彼らは今、帝都の街を焼き付くす為に出陣していった。



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