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ベイラーと城攻め

「クオ様、大丈夫ですか? 」

「寒いかも」

「お茶をどうぞ。ぬるいかもしれませんが」


 王城の遥か上空。風に乗ってヨゾラが飛んでいる。飛んでいるといっても、前後、上下左右にも移動しておらず、漂うようにその場を飛びつづけている。乗り手のマイヤによう高度な操縦を行っている訳ではなく、本当に風にのってただ落ちていないだけの状態。


 コックピットにはマイヤ以外にもう1人、リオの双子の妹、クオが居る。あまりに高い高度にいる為にその外気は冷たく、2人はそろって毛布にくるまっていた。クオは差し出されたお茶をゆっくりと飲み干す。魔法瓶のような気の利いた物は無く、あくまで地上から飛び上がる前の段階で水筒に入れてきただけのお茶であり、凍える身を温めるには少し心もとなかった。


「空の上がこんなに寒いとは思いませんでした」

「ベイラーのコックピットに居るのにねぇ」


 ベイラーのコックピットは基本的に、人間にとって非常に都合が」良い。外気を遮断し、内部の温度は季節に関係なく、人が快適に居られるように調節され、乗り手と認めた相手以外をはじき出すその外壁は、ベイラーの他のどの部位よりも頑強に出来ている。


「たき火が欲しいねぇ」

「そうですね」


 クオの提案は、凍える体を温めるにはとても魅力的に思えた。無論コックピットの中では、そんな場所も、薪もなければ、手元に火を起こす道具もない。


「今度、ベイラーの中でも乗り手があったかくなる道具を、オルレイト様あたりに頼んでみましょうか」

「コウとかにも頼んでみる? 」

「それも面白そうですね」


 2人は、単に空の旅を楽しんでいるのではない。双子の眼を利用し、戦場を見渡すために、かつ敵に見つからない為に、できうる限り高度を稼いでいた。


「偏西風に乗ると、こんな事もできるのですね」

「うん。この風にのって渡り鳥ってうんと遠くにいくの」

「サイクルジェットも使わずに、こんな長時間飛ぶ事ができるとは」


 マイヤはクオ発案の飛行に舌を巻いていた。偏西風の存在を知らなかったこともあるが、風の流れを読むサマナも、この方法には太鼓判を押している。


「あ、お姉ちゃんが盾を使った」

「あのリクが持てば、まさに百人力ですね」


 クオが望遠鏡を持って空から帝都を見回す。双子によって常時行われる視界の共有。片方が空の上で視野を広く保てば、それはすなわち戦場全域をカバーする、いわばレーダーの役割を果たす。


「海から、また来てる」

「またですか。数は? 」

「おんなじだと思う。中身まではわからないけど」

「(眼の良さは姫様に迫るものがありますね)」


 帝都でもまだ貴重な、レンズを使った望遠鏡を使っているとはいえ、視力の良さと一言でかたずけてしまうにはあまりにも正確な観測だった。マイヤ自身が視力が悪く、眼鏡をつけいる為に、余計に驚いてしまう。


「陸の方は、なんか変」

「変、とは? 」

「ドバーって来てないというか、控え目というか」

「敵が一辺に来ておらず、後ろに増援が居る、という事でしょうか」

「うん。たぶん、そう」

「それは伝えなければなりませんね。さてさて」

 

 そのマイヤにも、ヨゾラの操縦以外の役目がある。クオだけでは数を把握できても、その敵の意図などを言語化するのは難しい。そこにマイヤというある種の翻訳を挟む事で、より確実に情報を共有できる。


 手元でサラサラとメモとして書き連ね、リオに見せる。


「視えますか? 」

「うん。これでお姉ちゃんにも視えてる」



 同刻。航空戦力と戦っている黒騎士とリオ。そしてリオの眼に、マイヤが見せたメモが映った。


「あ、マイヤさんからメモだ」

「何てある!? 」

「ええと、『陸には予備戦力あり。注意せよ』? 」

「敵はまだ全力じゃないってことか! 他には! 」

「なになに。『海に増援。数は同じ』」

「そっちは、サマナ達に何とかしてもらうか。よし」


 アーリィベイラー達が、こぞってサイクルショットを放つ激戦の最中、リオとクオの間には情報の共有が即座に行われるが、それ以外の人間には難しい。であれば、他の手段を用いる必要がある。


「リオ! しばらく頼む! 」

「はーい! 任せて! やるよリク! 」

《―――ッ!》


 リクの後ろに隠れるように、レイダが座る。2枚のタワーシールドを前に置き、迫りくる攻撃を遮断する。その間に、レイダから降りた黒騎士は同じ内容を手短にまとめると、壁の下にいたもう1人のベイラーに投げ落とす。


「宛先は鉄拳王だ! 」

《毎度 》


 壁の下に控えていたもう1人のベイラー、ミーン。乗り手はコックピットから手をだし、宛先だけ確認して即座に戻る。


「ええと、4番地区だっけ」

《うん。地区ごとの門は開けてくれてるって》

「なら、一気に行こうか! 」

《うん! 》


 ミーンは体を翻し、帝都で一番大きな道である王道をまっすぐに進む。3歩目で最高速度に達すると、その大きなマントをなびかせて駆けていく。


 ミーン達の役目は、双子が観測した情報を、様々な場所に共有するいわば伝令役。普段地区ごとに設けられている門があるため、迅速に情報共有することは困難だが、すでにその門は開け放たれている。


「避難はうまく行ってるみたいだね」

《ミーン達が走れないとこだった》


 普段、人でごった返しているはずの王道には、皆が一様に荷物をまとめている最中で、道行くミーンには目もくれていない。おかげでベイラーが走れるだけの幅は確保されていた。


「今はまだ平気だけど、もう少ししたら人であふれちゃうか」

《そしたら今度は壁伝いに行こう。それなら踏んだりしない》

「それがいいね」


 困惑している民衆をよそに、ミーンは、ナットを伴って全力疾走出来る事が嬉しかった。人々は、この国が、相手の一方的とはいえ、宣戦布告を受け、戦争状態に突入している事をまだ実感できていない。


「(陸は鉄拳王さんがうまくやってくれているのか)」


 ミーンの中で景色が後ろの流れていく。通常固く閉ざされてる、もしくは厳しい検閲がされているはずの門は、いまやザルのように素通りできる。


 そして、第4地区。帝都では他国とつながる陸路をもつその場所にたどり着くと、帝都の外へと躍り出る。


「す、すっごい」

《ウォリアーベイラーがいっぱいいる! 》


 そこには、隊列を組んで帝都を守らんと防衛線を組んでいる、ミーンと違いくすんだ青い色をしたベイラー達。その実態は仮面卿が意図的に流通させたであろう、翼をはぎ取られたアーリィベイラーである。


「(仮面卿はなんで敵に塩を送るような事したんだろう)」


 廉価版とはいえ、元はベイラーであり、人が乗り込む事ができれば、戦力としては申し分ない。それがなぜこの帝都に、しかもかなりの数を流入させたのか。


「(考えてもしょうがないか)」

《あ! ナット! 見つけた! 鉄拳王さんの奴! 》

「視えてる! 分かりやすいなぁアレ」


 視線の先にいるのは、他のベイラーとはいささか外見が異なっている。その両腕は鉄で押し固められ、何者をも砕かんとする意思を感じる。


 ベイラーの指は、器用さに応じてさまざまな武器や道具を使うのに便利であるが、どうしても耐久性に難が出る。関節が多く、ひとつひとつの節は体のどれよりも細く小さい。その割に、指のどれかでも欠ければ、モノを持つのは困難になる。


 着眼点としては、利便性度外視の、耐久性を極限まで求めた結果の鉄拳であった。拳をそのまま両脇から挟み込むようにして、熱した鉄を纏わせ冷やす。これにより、手は開く事ができなくなり、武器はおろか道具も何ひとつ持つ事は出来ない。代わりに、何度つかっても壊れない頑強な拳が出来上がる。


 それが、鉄拳王シーザァーの駆るベイラー、命名アレックスである。


「鉄拳王さん! 」

「おや。たしか、皇后さまの所にいた」

「ナットです。こっちはミーン」

《初めまして》

「うむ。シーザァー・バルクハッツァーである」


 中から顔を覗かせるのは、門の警備において最高指揮官の地位にあるシーザァーである。以前負った彼の怪我はまだ完治しておらず、その両腕には包帯が巻かれており、顔色はいいとはいえない。


「して、何用かな。逆賊を退治中故、手短にな」

「えっと、その逆賊についてです」

「なぬ? 」

「こちらを」


 ナットが手渡しで手紙を渡す。受け取ったシーザァーは文面に目を通すと、首をわずかにかしげながらも、部下に伝令を飛ばす。


「現在の戦況はいかほどか! 」

「ハ! わが軍、2000の兵は健在! 優勢であります! 」

「けが人は」

「今のところありません。攻勢は微々たるものです」

「なるほど」

「シーザァー様、これは本当にアルバトが仕掛けた戦争なのでしょうか」

「何? 」

「あまりに弱すぎます。我ら制圧しきるのに半日もかからないでしょう」

「ならば安心せい。第二陣が来るとの報せが入った」

「第二陣!? 増援ですか」

「そうだ。一層気を引き締めよ! 」

「ハ! 」 


 帝都独自の敬礼を返し、兵士は去っていく。小気味よく指示を飛ばしたシーザァーであるが、その脳裏には、現状の気味悪さがびりついて離れない。


「(戦力の逐次投入は愚策も愚策)」


 門の前では、激しいながらも一方的な展開は広がっている。確認できている敵戦力は、投石機で門へと迫撃や、騎兵での突撃。投石機の攻撃にさえ気を付けてしまえば、シーザァー達はただ待ち構えるだけでよい。


「(最初から総力戦で来ぬのはなぜだ? )」


 戦略上、基本的に守りと攻めでは、守る方が優位とされてりる。守る側は地形を生かすことができ、迫る侵略の手を躱す手段はいくらでもある。対して攻める側は、その強固な守りを砕くために、一切の余力を残さず、数の上で圧倒する事が、いわばセオリーのひとつとなっている。帝都の防衛に今2000人がついているのであれば、その2000人を超える数の兵士はほぼ必須。


「(だが相手は小数の部隊が散発的に襲ってきておる。何故だ? )」


 被害を恐れて戦力を小出しすれば、守りを打ち砕く事はおろか、逆に返り討ちに合う。甚大な被害が出てからさらに戦力を投入しても、兵の総量そのものが減ってしまっては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。


「(戦い方があまりに素人すぎる。それとも罠か? )」

 

 増援の報せを受けたシーザァーだが、その増援を受けたとしても、自分たちが守るこの門の後ろに敵が通す気など微塵もない。


「たとえ罠だとしてもその罠ごと打ち砕いてくれる! 出るぞ」

「シーザァー様みずから!? 」

「敵は増援を出してくる。だが我が鉄拳でけちらしてやろう」


 シーザァーはコックピットに収まり、アレックスを前に出す。カリン達も使った、今や主戦場である一本道の通路には、すでに商会同盟軍の兵士が亡骸となって転がっている。上からは投石機による石塊が降ってくるが、投石ゆえに弾速は遅く、その場からすぐに逃げれば当たる事はない。むしろ投石の恐ろしい所は、大質量の物体が長距離を転がる事にある。人間が止める事が叶わないその石を。ウォリアー・ベイラーが受け止める事で、被害は全く出ていない。

 

 丁度、振って来た石塊を受け止めていた1人のウォリアーベイラーの乗り手が、シーザァーを見つけて仰天する。


「シーザァー様!? 後方にいたはずでは」

「斥候からの伝令である。増援きたれり。注意せよ」

「増援? 」

「ウァ! なんだアレはぁ!? 」


 乗り手同士の会話が満足に進まい中、突如前線から悲鳴があがる。最前線で帝都を守っていた兵士たちが、その盾や鎧をはぎ取られ、宙へと無造作に振り回されている。今まで敵兵の血でしか汚れていなかった道に、初めて帝都の兵士からの血が加わる。


「敵にも骨のあるやつが出てきたか」

 

 シーザァーは強敵の予感に胸膨らませ、最前線へと躍り出る。そこで見たものは、想像だにしない相手。


「こ、これは、キルギルスか!? 」

「シーザァー様! このままでは」


 キルギルス。全長3mを超える、この世界での恐竜である。発達した後ろ脚。前肢にはするどい爪があり、並みいる兵士を蹴散らしている。鎧をはがし、中にある肉を求めてるように口から唾液と垂れ流している。吠える。


「イカン。生身の兵士を下がらせろ! 火矢の用意を! 」 

「シーザァー様は!? 」

「アレの相手は私がする! 」


 キルギルスが兵士たちの中へと突っ込んでくるのを、文字通り壁となって阻止する。ベイラーであるアレックスに何度も噛みついてくるが、乗り手にはなんら被害はない、


「(同盟軍はキルギルスの飼いならしたのか!? )」


 肉食で狂暴なキルギルス。それを飼いならし、兵力として扱うのは、たしかに強力である。


「だがたった一匹のキルギルスなどに! 」


 その頭蓋骨を、両側から挟むように叩く。瞬間、キルギルスの両目がぐるんと周り、ふらふらと後ずさる。それは戦いの中で明確な隙をとなる。


「帝都近衛格闘術! 」


 腰に拳をため、まっすぐ、その胴体を打ち据えるべく踏み込む。獣が相手だろうと、生身の兵士にとってキルギルスは脅威。手加減する道理は無い。


「正拳突き!! 」


 近衛格闘術の中でも一番最初に習う、素手の格闘、その最初の技。体の中心に打ち込む正拳突き。相手が誰であろうと、何であろうと問題はない。正拳突きを習得できた者は、常に自身の体に芯ができる。


 相手が、恐竜であろうと、己の芯がブレる事はない。

 

 まっすぐ胴体に突き刺さる。鉄で覆われた拳がめり込み、骨が砕け散る音が戦場に響く。キルギルスはそのまま口から泡を吐き、悶えるように倒れた。何度か痙攣した後、金切り声を上げ絶命する。


「急いで、負傷者の手当を」

「し、シーザァー様」

「なんだ」

「あ、アレを」


 自分の指揮下にいる兵士が、こともあろうに獣相手に倒れた事に無念を抱かずにはいられなかった。彼らの家族になんといえば良いのか考えようとしたシーザァーだが、その考えは一瞬にして吹き飛ぶ。


 商会同盟軍の増援。だがただの増援ではない。


 鎖で繋がれたキルギルスが、ざっと100頭。そのどれもが口からよだれをたらし、今か今かと、血走った目で肉を欲している。


「ッチ。厄介な」


 思わず舌打ちしてしまう。大きさに幅があれど、生身の人間が相手をするには荷が重すぎる。


「火矢も焼け石に水か。ウォリアー、いやパラディンを集めろ! 生身の人間は後ろに下がれ! 戦いの邪魔だ! 」

「ハ! 」


 指示を飛ばした後、ふと足元に転がる敵兵士を見つける。鎧こ着ているものの、体格に合っておらず、ぶかぶかでズレている。ぶかぶかなのは他の兵士も同じようなもので、武器も粗末な剣で、自軍と比べても貧相極まりない。


「(禄な兵士ではないな)」


 すぐにそう判断するものの、頭の片隅にこびりついた違和感が拭えない。アレックスの手は物をつかむ事はできない。兵士をそっと転がすようにすると、兜が脱げてその素顔が明らかになる。


 戦いで前歯欠けたのか、それとも最初からだったのか。判別はつかない。目元にはまだ幼さが残っている。


「どういうことだ。全員、まだ子供ではないか」


 血に伏せた敵兵のことごくが、まだ年端もいかない少年たちだった。


「(なぜ子供を前に出す? 大人はどうした? )」 


 シーザァーはあたりを見回す。手の届く範囲の敵兵の兜をとっても、全員子供だった。他の兵士も、やはり鎧が体に合っていない。よく見れば、その鎧も、新品ではなく使い古しで、ところどころが痛んでいる。


「同盟軍は、子供を戦場に出すのか」


 その所業に怒り震えるも、前からの遠吠えにかき消される。鎖から解き放たれ、キルギルスが餌を求めて迫りくる。


「子供の次は、獣と言うわけだ」

「シーザァー様! お待たせしました! 」

「うむ。よく来てくれた」


 そして、その横には、橙色のパラディンベイラー、総勢20騎。乗り手は、シーザァー直々に育てた、勇猛な戦士たちである。


「敵はただの獣だ! 牙と爪にだけ気をつけろ! 」

「はい! 」


 パラディンは大盾とランスを構え、アレックスは拳を構える。


「ここから先、決して通さぬ! 」 


 シーザァーの胸には、ただ同盟軍への怒りが募っていく。その怒りの感情に反応するかのように、アレックスの肩が。わずかに炎でくすぶり始めた。


 アレックス。鉄拳王のベイラーは、そもそもポランド夫人が試作でつくったアーリィベイラーの派生物。アイの肌の一部である、黒い欠片が埋め込まれている。


 かつてその欠片が埋め込まれたベイラーは、その体を変化させ、巨大なバスターベイラーとなった。敵味方関係なく破壊の限りを尽くすその姿。


 怒りが憎しみに変わった時。アレックスはバスター化してしまう。乗り手のシーザァーは、まだそのことを知らない。

 

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