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剣よカリン皇后陛下を守り給え

 

「花嫁はまだ見えないのか? 」

「陛下の御姿もないな」


 王城の中庭に建てられた新たな館。カリンの今後の住居であり、催しにも使われる事を想定し、広く、かつ天井も高い。


 以後、彼女の故郷と縁深く、かつ彼女がベイラーの乗り手であったことにちなみ、木人の館(ベイラー・ホール)と呼ばれるこの館の、お披露目会を兼ねた婚姻の儀は、粛々と進められている。広間に集められた客人はレッドカーペッドの両脇に並び、新たな皇妃が現れるその時を、今か今かと待ち望んでいる。それとば別に、カーペットの一番端に位置する祭壇の脇に、じっと控えるように、その体を動かさないベイラーが、この場で一番目立っていた。


「選抜大会の時より雄々しくみえるな」

「白いベイラーに金の飾りが、良く似合っているなぁ」

「アレが花嫁殿のベイラーか」


 それは、コウの事であったが、体中にあしらわれた金のエングレービングが、彼の存在をより引き立ており、豪華絢爛さに磨きがかかっている。


「剣聖殿もいらっしゃる……今日はすごいな」


 集まった貴族たちは、大会でさえ、僅かに顔を出すにおわった剣聖がこの場にいる事もまた物珍しく物議を醸していた。


《(呑気なもんだなぁ)》

 

 コウの脳裏には、結婚式の事の緊張感と、仮面貴君の一味が今この瞬間にも帝都を襲うかもしれない焦燥感とが、ないまぜになって、正直気が気ではなかった。


《(みんなは、うまくやってくれてればいいが)》


 コウがそれでもこの館に居るのは、カリンの傍を離れる事を嫌っての事であると同時に、他の龍石旅団の面々が、すでに迎撃すべく動き出しており、この場をコウに一任された事も後押ししている。


 どれだけ振る舞いが横暴だろうと、貴族たちは戦いには関係なく、もし戦いに巻き込まれた場合、コウ以外に守る者がいない。通常であれば、パラディンベイラーや、鉄拳王シーザァーがいるために問題ないが、パラディンは慢性的な数量不足であり、シーザァーは、門を開けるために帝都中を文字通り駆けまわっており、どうしても王城そのものの守りが手薄になってしまう。


《(カリンの花嫁姿が見れなかったら怒るぞ俺)》


 重要だが面倒であるこの仕事に、不満を漏らしつつも、カリンの姿が見れるその一点で、コウは仲間の提案を受け入れていた。


「静粛に。これより、婚姻の儀をとりおこないます」


 コルブラッドが音頭をとると、ざわめいていた参加者たちが一斉に息をひそめた。

やがて、鼓笛隊が音楽を鳴らすと館の扉がゆっくりと開き、2人がやってくる。


 1人は、皇帝カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラ。本日の主役であり、いつもの気怠そうな表情はなりをひそめている。女性を伴って歩くのはこれが初めてであるために、動きが少々ぎこちないものの、まっすぐと進んでいる。皇帝のみが着る事を許された礼服は、その髪と同じ銀色の装飾が映え、見る者に圧倒的な存在感を与える。そして隣にいるのは、無論もうひとりの主役。花嫁である。


 コウはその瞬間、さまざまな懸念が頭から吹き飛び、ただカリンの姿に釘付けになってしまった。


 純白のドレス。宝石が散りばめられたティアラに、そして、赤い花のブーケ。ドレスは、ただの白一色ではなく、素材によって色合いが異なり、しかしその全てが調和を保ち、揺れるドレープひとつひとつに気品が満ちている。


 釘付けになっているのは、コウだけではなかった。


 田舎娘と心の底では思っていた貴族たちが、その認識を一斉に改める程度には、今日のカリンは美しく、隣を歩く皇帝に引けを取らないほど、気品に満ち溢れていた。2人の歩みは、まっすぐ敷かれたカーペッドを、一旦逸れて、客人の中にいた一人の男の前で止まった。カリンの父、ゲーニッツである。ゲーニッツは2人の一礼が終わると、涙をこらえながら淡々と述べた。


「綺麗だぞ。カリン」

「ありがとうございます。お父様」

「もう、二回目だというのに、慣れないものだ」

 

 それは、父親としての経験であり、彼女の姉がそうであったように、娘が旅立ってしまう寂しさより、美しく育ってくれた事への感動の方が大きかった。


「余も、貴君をお父様と呼んでもいいだろうか」

「そ、それは」


 カミノガエのその言葉は、感涙が一瞬で引っ込んでしまうほどの威力があった。しかし、カミノガエが、実の父である前皇帝は、物心つく頃にはすでに謀殺され、相次ぐ兄弟の死を鑑みれば、その願いは、しごく真っ当な物であった。


「では、御意のままに」

「感謝する。お父上殿」

「はい。陛下」


 皇帝の、義理といはいえ父になったゲーニッツである。カミノガエが父と呼んだその瞬間に、周りの貴族の目線が一斉に体に突き刺さるようであり、平時であれば膝を屈するところであったが、目の前に最愛の娘が花嫁姿でいるのに、膝を折ることなどゲーニッツにはできなかった。


「(これで私も、帝都の権力争いに否が応でも参加せざるおえないな)」


 カリン達を見送りながら、ゲーニッツは感傷に浸る暇もなく、今後の身の振り方を考えざる負えなかった。


 つぎにカリン達が足を止めたのは、サーラ王、ライ・バーチェスカの前である。だが、隣にいるべきはずのクリンがおらず、カリンの顔が一瞬だけ曇った。


「おめでとうカリン」

「あの、お義兄様。お姉様、いえ、お妃様は? 」

「私にできない事を、今やってもらっている」

「お義兄様にできないこと? それって! 」


 しかし、くもった顔は、さらに明るい笑顔となってカリンを包んだ。


「もうしかして! 」

「どうしたのだ? 余に分かるように説明してくれ」

「恐れながら陛下。妻が身重でございまして。おそらく、今日には生まれるかと」

「なんと」


 笑顔は、カミノガエにも伝播し、彼もわずかに頬が緩んだ。


「思い出したぞ。大会の時も言っておった。たしか1人目であったな」

「はい」

「そうか。お子が生まれたら、会いにいってもよいだろうか? 」

「それは、もちろん、願っても無い事にございます」

「今日は、よい日であるなぁカリン」

「はい陛下」


 ライは、カミノガエの柔和な表情と提案に、首をかしげそうになるのを堪えた。


「(陛下は、こんなお顔をする方だったが? )」


 第一印象と、実体験の乖離に混乱しながらも、一礼を返す。


「(これも、カリンのおかげだろうな)」


 仲睦まじいと判断するにはすこし難しい、ぎこちなさの残る歩みで、カリン達は再び進む。カミノガエは、改めてカリンの血族について逡巡していた。


「そうか。カリンには姉も、兄も、甥もいるのか」

「まだ男の子と決まったわけではありませんよ」

「そうだったな。姪というのもあるのか」

「陛下にとっても、でございます」

「……家族が、こうも急に増えるとは思わなかったな」

 

 天涯孤独となって、周りに頼れるのはコルブラッドと剣聖ローディザイアだけだった彼にとって、暖かな家庭や家族とは無縁であった。


「少しずつ、知っていただければ幸いです。陛下」

「ああ。そうしよう」


 やがて、2人が祭壇の前へとたどり着く。祭壇には、この式を取り仕切っていたコルブラッド。その脇には、コウ。反対側には剣聖ローディザイアが立っている。


 カリンは、一瞬コウの姿、特に目をみると、突然噴き出してしまった。陽気な笑い声が、突然しんと静まり返った館の中で、やけに響いてしまい、カリンは思わず手で口を押えた。


《何やってるのさ》

「ごめんなさい。でも、貴方もうちょっと目をどうにかした方がいいわ」

《目?……まさか》


 コウ自身もきがついておらず、自分の手で目を覆った時、ようやく何が起こっていたのかを理解する。ベイラーの感情は、目の光によって現れる事がおおい。特に喜びを覚えた時には、その目に、虹色の線が走り、辺りをぼんやりと照らす。


 そしてコウは、カリンの花嫁姿をみてからというもの、ずっと目がピカピカ光っていたのである。


「そんなに? 」

《……ああ。そんなに綺麗だってことだ》

「ありがとう。嬉しいわ」

《ああ》


 見下ろす形でカリンの花嫁衣裳を眺めている自分が、ひどく冷静なことにコウは驚いていた。無論、カリンが綺麗であると感じたのは間違いない。だが、そもそもとして、自分が花婿としてカリンの隣に居ない事に、少なからず思うところがあった筈であった。


《(結構、平気だな……これも、俺がベイラーに近くなったってことなのか)》

 

 これは、レイダの話を、すでに聞いていたのが大きいのかもしれないと考えている。カリンが誰かの花嫁になる。だが、それによってコウとの関係性が変わる事はない。


《(そうして、カリンが皇帝との間に子供ができて、その子供が、俺に乗る? )》


 レイダは、オルレイトの、ひいてはガレットリーサー家で4代、乗り手として迎えている。オルレイトに子供ができれば、その子供も、おそらくレイダに乗せるのは想像できた。同じように、自分のカリンの子供を乗せるのだろうと考えた。


《(想像できない)》


 しかし、どうしても思いつけなかった。


《(カリンに子供が出来る事も、ましてや俺にカリンの子供を乗せる事も、全然想像つかない)》


 どちらも、カリンの、あり得る未来である。人の一生を想えば、難しい事ではない。そのはずなのに、想像図を描くことすらできなかった。


《(俺の想像力は乏しいな)》


 考えが纏まらず、結局自分の想像力の無さを恨むだけにとどまった。彼が想像できなかったのには、理由がある。彼は無自覚に、カリンが死ぬ時、それが年齢的な物なのか、病的なものなのか、はたまた事故か。いずれにせよ、コックピットから降りなければならなくなったとき、自分も共に生を終えるのだろうと予感していたのである。


 たとえ、カリンが息災で、彼女に子供ができたとしても、彼女の家族を見守るために、その身をソウジュの木として、ベイラーの生涯を終えるのだと。ゲレーンでかつて、カリンの母であったイレーナの、名も知らぬベイラーがそうであったように。


 墓の隣に立つ、大きく立派な白い樹木になる。そちらの方が、コウにとってはとても想像しやすかった。


「不肖コルブラッドが、仲人を務めさせていただきます」

「全く。貴君の顔色はいつもの同じであるな。安心するぞ」

「恐縮であります……では」


 祭壇の前で、仲人となって2人の名を読み上げる。


「カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラ。カリン・ワイウインズを妻として迎えるか?」

「うむ」

「カリン・ワイウインズ。ナガラ家に嫁ぎ、その名を改め、カリン・フォン・イレーナ・ナガラと変わる。よろしいか」

「……はい」

「では、両者。その生涯において、苦難を共に乗り越え、喜びを共に分かち合う仲となる。ここにその証を、書き記るすことで証明とせよ」


 コルブラッドが差し出した大仰な飾りのついたペンと、丈夫な台紙のついた紙。それは両者の署名を記録するための物。カミノガエはそれを手に取り、さらさらと名を書いていく。カリンも手に取り、名を書こうとするが、ふと手が止まる。


「(嫁入りすると名を変えられるのは、結構面倒ね)」


 あらかじめ、この署名があることは伝えられており、その場で、自分の新たな名を書く事はすでに決まっていた。それでも、18年共にあった自分の名である、慣れ親しんだワイウインズと書く所であった。改めて自分の名が変わる、その実感がようやく追いついてきた。


「(カリン……フォン……イレーナ)」


 カリン・フォン・イレーナ・ナガラ。新たな名の練習こそしておいたが、こうして公の場で名を遺すとなると、どうしても緊張してしまう。震える手を抑えながら、ようやく書き終えた頃には、カミノガエと比べて少し文字が大きくなってしまっていることに気が付くのが遅れた。


「(コレ、どれくらい残るのかしら)」


 記録であるならば、もう少し練習しておけばよかったと。文字の大きさにわずかな気恥ずかしさを覚えながら、それでもブーケを落とさずにいたのは、練習の成果と言える。


「確かに。これを証とし、ここに、婚姻を認める者とする」


 厳かに執り行われた式は、ここに終わりを告げた。その瞬間。傍らにいてずっと不動かつ無言であった剣聖、ローディザイアが動いた。二人の傍に寄ったとおもうと、片膝をつき、その頭を下げた。それは、目上の者に対する、最上級の敬礼であった。


「どうか、お二人に幸あらんことを」

「剣聖様」

「剣爺……」


 この動作は、本来皇帝相手にのみ剣聖が行う物である。それを、今、皇帝の隣にカリンがいる状態で行った。それは、カリンの地位が、皇帝と同等であることを示している。この動きはコルブラッドには予想外だったようで、彼も珍しく目を見開いている。


 剣聖に、政治的な意図はこれっぽっちも含まれていない。ただ、それこそカミノガエが母の腹の中に居るころから知ってるローディザイアにとっては、実に喜ばしい事であり、加えて、花嫁に関しては、一度剣を交えた事のある間柄であり、その実力も人柄も、ローディザイアの目に叶う人物である事が大きかった。


剣よカミノガエ(ソード・セイブ)皇帝陛下を(・ザ・キング)守り給え(・カミノガエ)


 剣聖が立ち上がり、右手を握り、首の左側、頸動脈にあてるようにする。帝都の中で、一般的にも知られる、独特な敬礼の一種である。


剣よカリン(ソード・セイブ・)皇后陛下を(ザ・クイーン)守り給え(・カリン)


 それは、皇帝を、そして新たな皇后を称える祈り。どうかこの剣ある限り、皇帝を、皇后を、そして2人の未来をまもってくれるようにと。かつて、まだこの帝都が出来た頃に、英雄が、その友に送ったとされる言葉。


 剣聖の一挙手一投足に度肝を抜かれていた貴族たちだったが、やがてその言葉を復唱していく。もうだれも、カリンを田舎から来た娘だと思う者はいない。


 全員が、剣聖と同じ敬礼をしながら叫んだ。


「「「「剣よカミノガエ(ソード・セイブ)皇帝陛下を(・ザ・キング)守り給え(・カミノガエ)」」」」


「「「「剣よカリン(ソード・セイブ)皇后陛下を(・ザ・クイーン)守り給え(・カリン)」」」」


 その光景は、もはや大合唱であった。おびただしい数の声援をうけながら、赤いカーペッドを踏みしめ、戻っていく。


「どうだ。名実ともに女王(クイーン)となった気分は」


 すこし意地悪く、カミノガエが問いかけた。カリンは今や、帝都で唯一無二の権力と富を得た形になる。これから先、政治や物流さえ、一声で動かす事ができる。事実カミノガエもそうしていた。彼は特別、私欲に走った事はないが、それでも帝都の利益になるのであれば、その圧倒的な国力をもって他者を蹂躙したことは、一度や二度ではない。


 だが、カリンの興味は全く別の部分にあった。


「まず、あのパラディン・ベイラーを総点検しましょう」

「……何? 」

「コウが言っていました。この国にいるベイラーの、鎧との体のつなぎ目に、錆が出ていると。もしそうなら一大事です。ベイラーってあれでいて脆いんです。錆はおろか潮風ですぐ痛んでしまいます」

「そ、そうか」

「それに、食べ物を捨てるのもよくありません」

「そ、そうであるな」

「実感は正直わかりません。ただ、やるべきことは山ほどあるのは確かです」


 カリンは、その立場を強権を振るうためではなく、この国をよくするために。ひいては、己の信じる良きことの為に使う事しか、考えていなかった。


「(心は、すでにあのベイラーの物か)」


 カミノガエは、すでにカリンとコウが心を通じ合っている仲であることを知った上で、この婚姻を申し込んだ。それもまた、帝都の為である。


「(どちらも帝都を想っての事で、こうも違うとはな)」


 かたや、奪う事を至上とするカミノガエと、与える事を至上とするカリンでは、ひどく対照的である。


 しかし、カミノガエの考えは、すでにカリンの側に傾きつつある。


「貴君と共にいれば、いずれは」

「陛下? 」

「独り言だ。気にするでない」


 滞りなく式は終わり、あとは2人が退出するだけになった。二人は扉をくぐり、広間から出る。大きな扉がしまり、一息つこうとしたその時。カリンの足元に黒い羽が舞った。


「これは、からす羽か」

「オージェンね」

「姫様。陛下」

「オージェン。もう姫ではないわ」

「……失念しておりました。皇后様」


 諜報部隊のオージェンがここに現れる。それはどんな意味があるのか。カリンはすでに理解していた。


「来たのね」

「はい。敵です。西の空と、陸。それから海より」

「まさか、三方同時? 」

「オージェン。貴君のいう敵とは、仮面卿とやらのことか」

「陛下。恐れながら申し上げます」


 オージェンがその顔をあげ、静かに告げる。


「私の言う、敵とは、商会同盟国であります」

「商会、同盟? 」

「その首脳は、アバルト王ライカンであることが分かっております」

「あ、アバルトのライカンだと!? 」


 アバルト。それは帝都ナガラには及ばないものの、商人達の集う国であり、国家としても帝都とは手を結ぶ中であった。しかし、アバルトの王、ライカンは、帝都ナガラに虐げられていた他国を短期間に纏め上げ、ここナガラに攻め入って来た。


「まもなく、コルブラッド様にも、アバルトを含め各国が宣戦布告した旨が伝わるかと」

「まさか、仮面卿は、アバルトが蜂起するのを待っていた? 」

「今となっては分かりません。ですが、ここはまもなく、戦場になります」


 カリンも、敵は仮面卿であり、彼らは空からやってくると思っていた。そのために対空の準備を進めていた。事実、空からすでにこのナガラへと向かう軍勢があることは確認されている。だが、陸と海に関しては全くのノーマークであり、まったくの予想外であった。


「陛下。いますぐ剣聖様を連れて、陸からくる敵の対応をお願いします」

「貴君はどうすつもりだ」

「知れた事」


 カリンが、ブーケをカミノガエに渡し、扉に手をおく、


「海から来た敵を退けに行ってまいります」

「空から来る敵は、どうする? 」

「私の、最も信頼する騎士が、どうにかしてくれましょう」

「騎士? 」

「ええ。その名を、黒騎士」


 そうして、カリンは扉を両手で開け放った。すでに中にいた貴族たちは、コルブラッドからもたらされたであろう、他国の宣戦布告してきた情報に、右往左往している。


「彼ならば、空は抑えてくれましょう」

「そう、であるか」

「では、行って参ります。陛下」

「……ヘッヘッヘ」


 押し付けらたブーケを手に、少々不気味な笑い声をあげて、カミノガエは応えた。


「行ってこい。そして帰ってくるがいい」

「はい。必ず。では、また共に! 」


 カリンは、真っ赤なカーペッドを再び踏みしめる。貴族たちの動揺など気にも留めず、その、今日この日の為に縫われた花嫁衣裳を脱ぎ捨てた。天高く放り投げられたドレスの下には、カリンが剣聖選抜大会でも着ていた、いつのもドレスがある。動きやすさと頑丈さを兼ね備えたソレは、やはりカリンの肌によく馴染んだ。


「コウ! 海からの敵を抑えるわよ! 」

《分かった! 俺の中に! 》

「カリン! 」


 喧騒の中でもよく通る声に振り向けば、ゲーニッツがカリンへと武器を投げてよこす。それもまた、カリンの肌によく馴染む、片刃の剣。

 

「忘れ物だ」

「ありがとうございます! お父様! 」

《カリン、どうやって外にでる? 》

「この館、特別製なのよ。上をご覧なさい」


 刀を腰に刺し、コックピットへと体を滑り込ませる。操縦桿を握り、視界と感覚を共有する。コウの高い目線に変わると、吹き抜けになった屋根の一部が普通と違う造りをしていた。


《アレ、天窓? え、飛び上がれってこと? 》

「ええ。貴方の翼を広げたって通れるくらいおおきなやつよ」

《壊れたりしない? 》

「壊れても良い材質にしてもらったの! 」

《なるほど。壊れる前提ね》


 破壊が前提の家屋というのはどうなんだと、コウは苦笑しながら、両肩、両足に意識を集中する。サイクル・ジェットに火が灯り、緑色の炎が吹き上がる。コウの炎に、貴族たちは恐怖し、その場から我先にと離れていく。それはまるでクモの子を散らすような勢いで、一瞬で誰もかれもがいなくなってしまう。


「見える範囲に誰もいない! 足元も大丈夫! 」

《分かった。出撃する! 》

「最大出力で行くわ。準備できてる?」

《おまかせあれ! 》


 コウの返事と共に、サイクル・ジェットの出力を開放する。緑の炎は、コウの体を空の彼方へと押し上げて、天窓をその設計思想どおりにブチ壊し、帝都の空へと躍り出る。


《変形して一気に行くぞ!》

「よしなに! 」


 2対4枚の羽が広がり、コウを、アーリィ・ベイラー由来の変形によって、空をさらに速く駆けるための姿となる。


◇ 


 かくして、突如として行われた、ライカンの一方的な宣戦布告により、帝都と同盟国における全面戦争の火蓋が切って落っておとされた。 後に帝都戦争と呼ばれる戦いの始まりである。



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