捜索するベイラー
ロボットを探して雪を掘り返すこともあります。
「申し訳ない。こんな体たらくで」
「そう言うなジョット。お前の罠があったからこそ、カリン様は勝利したのだ。誇っていいんだぞ」
「それに、ナヴだって絶対みつけるから。だから今はゆっくりなさい」
「…はい。では、また」
ナヴを捜索する前に、ジョットをゲレーンに帰す一行が先立って出発した。またいつ吹雪くとも分からない。サーラの一団がくるのはまだ先とはいえ、作業も進めなくてはいけないのだ。怪我人を長居させるわけには、いかなかった。
「では、手発通りに。私は小屋の方を。カリン様は捜索の方へお願いします」
「必ず見つけてみせるわ」
「はい。カリン様なら、できます」
「……小屋のほうは頼みます。キールボアの肉も、日持ちするようにしておいてくださいね」
「もちろんです。では」
手短に連絡を済ませたオージェンが去っていく。カリンも同じように踵を返してコウに乗り込む。8組総勢16名で、森の中に入っていった。ふと、コウがカリンに疑問を投げた。
「《どうやって捜索を? 目視で? 》」
「まさか。吹雪で埋まっているでしょうから、すこしだけ掻き出すの。といっても表面をさらえばいいのだから、そんなにかからないわ。それに道具だってあるのだしね」
「《道具? カリンたちの? 》」
「貴方がつくるのよ。大丈夫。ブレードよりよっぽど簡単だから。最悪、別のベイラーにつくってもらえばいいし」
「《どんな道具? 》」
「レーキ。長い棒の真ん中に、別の棒を突き刺してある道具。たぶん、見てもらえばすぐにわかるわ」
「《……レーキ》」
「まずはジョットを隠すときに印をつけた木をめざしましょうか」
「《方向、わかる? 》」
「私、自慢じゃないけど目的地に1度いったら忘れないの」
カリンはそんな言葉を口にして、なんの代わり映えしない森の中をベイラーを率いてずんずん進んでいく。どんな根拠でその方向へすすんだか、コウにはてんでわからなかったが、しばらく歩くと、確かにギルギルスからジョットをかくしたときにつけた印の木を確かに発見した。すでにあの戦いの形跡は雪でうもれてしまっている。ここからナヴがどこに吹き飛ばされたかは、推測するのは無理というものだろう。
「さ、とりあえず班をわけて、雪をさらっていきましょうか……そこの、ベイラー。ここに」
カリンが呼びつけたベイラーがやって来る。女性の声であるそのベイラーは、センの実で緑で塗られたであろう体は、元は茶色のようだ。そのベイラーの中から、乗り手が顔を出した。こちらは妙齢の女性だ。
「ご用でしょうか? 」
「ええ。私たちと組んで頂戴。あと、レーキをつくってみせてくれる? 」
「は、はい。今すぐ。聞いたね。シーチャ」
「《聞こえたよーアネット》」
コウがサイクルブレードを作るように、シーチャと呼ばれたベイラーが、道具を作っていく。動作は、ブレードと大差がない。右手を左腕の上腕部にあてて、腕から引き抜いていくように作っていく。しかし、作っているものはまるで違った。ただの棒である。シーチャは、なんの変哲もない円形の棒を作り出した。それを見てコウは首をかしげる。
「《あれがレーキ? あれで雪をつつくの? たしかに見つかりはするだろうけど、あんまりにも時間がかかりすぎないかな》」
「まだ作り終わってないわ。よく見ていて」
シーシャの作業は続く。作り終えた棒を雪に突き刺したかと思えば、もう1本、別の棒を作り出した。それは、先ほどのように円形ではなく、平べったい板を引き伸ばしたような形状をしている。その板には、真ん中に穴があいていた。その穴に、先ほど作った棒を取り付ける。そして、取り付けた箇所を補強するように、再びサイクルを回して覆っていく。
出来上がったものは、すこし大きめのT字型になった。その形状は、コウにも見覚えがあった。
「《……トンボだ。野球部がグラウンドをならすときに使うやつ》」
「うわぁ、流れ込んできた。なんかすっごいのね。夕方にネイラみたいな頭の子達がレーキをもって走り回ってる。なんだコウ、名前を知らなかっただけで、アレがどうものか知ってるのね」
「《は、はい》」
「なら、使い方はわかるわね。あれで雪をどけていくの」
「……ああ、ならすんじゃなくて、より分けていくのか。スコップより広く大きくできる。なにも深くやる必要はないのか」
「そう。あれで、横に並んで一斉にやれば、抜けもないわ。とにかくレーキ、つくってみる? 」
「《やります》」
まずが棒だが、コウはこの時点で苦戦した。円形にまっすぐつくれないのだ。持ち手であることは頭にはいっているが、実際つくると、曲がったり、歪んだりしてしまう。ブレードを作るときは、より鮮明にイメージできるためか、あまり困ったことにはならなかった。しかし、あまりに『ただの棒』というのが漠然としすぎていて、1本の棒をつくるのにとても時間がかかった。そこから先、漠然とはしていたものの、四角は丸よりは簡単だったようで、多少歪になったが、T字のどちらもつくることができた。補強も、ブレードをつくる要領で、なんとかなった。
「《で、き、たぁ!! サイクルレーキ! 》」
「長かったわね・・・ほかのみんな作業しはじめちゃった」
「《初めてでそれなら、上出来だとおもいますー》」
「して、カリン様。どのようにして捜索を? 」
「私たちが今いるここは、キールボアの罠をしかけていた場所です。ナヴはここでギルギルスにであってしまい、大怪我をしました。おそらくここで、足と腕を潰され、胴体を噛み砕かれたのです」
「《ギルギルスがそんなことをぉ!? あれって私たちを食べるような種類でしたっけ? 》」
「いいえ。でもナヴが言うには、『ベイラーを憎んでいる』とか」
「憎む……また恐ろしいギルギルスですね」
「実際、凄まじい執念でした……話をもどします。ここでギルギルスに会って負傷したなら、ナヴの欠片もここにあるはずです。ナヴ自身は他の班にまかせて、私たちはナヴの欠片を捜索します。いいですね」
「《わかりましたー》」
「カリン様の指示に従います」
「《ナヴさんは、薄い黄緑色をした体です。この雪の中では目立つはずです》」
「《昨日の吹雪でどれだけ積もってるかによるねぇ。まぁやるだけやるよー》」
T字状のレーキを手にもって、だいたいの見当をつける。そこから、レーキを押しだすようにして、雪を撫でるように、上の部分を払っていく。力のあるベイラーだからこそできる方法だ。人間なら、スコップをつかって狭い範囲でしかできないが、これなら広範囲でうもれたものを捜索できる。一歩づつさがっていって、探し漏れが無いようにする。
「《ん? これかぁ・・・ぐへぇ。ぺちゃんこだよ》」
早速、シーチャが何かをみつけた。薄い黄緑色のソレは、形こそ変形しているが、確かに腕に見える。ナヴのもので間違いない。そして、それを見たアネットが、信じられないような声色で、カリンに問いかける。
「カリン様、ギルギルスがベイラーの腕をこうもたやすくつぶせるのですか? 」
「普通のギルギルスの大きさだと、難しいでしょうね」
「……それほどまで大きかったと? 」
「大きいだけではありませんでした。狡猾さとそれに追いつく技能。こちらの剣戟を、口で抑えてみせたのです」
「口で!? そんなことができるのですか、ギルギルスが」
「私とて信じられませんでした。でも、その行動でコウのブレードは折られてしまったのですから」
「凄まじい戦いだったのですね」
「ええ。ナヴが身を挺してくれなければ、どうなっていたことか。欠片は、体にあてがえば治療に使えますから、一箇所にまとめて置いておきましょう。続けて捜索を行います」
「《・・・治療に使える》」
ここで、コウは、この世界に来たばかりのことを思い出す。レイダとの戦いが終わったとき、コウはレイダの放つサイクルショットを受け、左腕がボロボロになった。その際、周りにいた人たちが、その飛び散ったコウの破片を集めていた。あれは単なる森の掃除ではなく、コウを治すために、必要な材料を集めていたということだ。ベイラーの細かな傷は、自然と治ってしまうが、瞬間的に治るのではなく、徐々に徐々に回復していくものだ。それをはやめるために、元の体に、その破片をあてがうのだ。切り取られた腕が挿し木によって治るのと、理屈は同じだろう。
「《・・・あれ、ってことは切り落とされた腕も、自然と治る? 》」
「《うーん、治るんだけどさぁ、スッゲェ時間がかかるよ? 》」
「《どれくらいなんです? 》」
「《親子三代くらいかなぁ。元からある部分をくっつけるのと、生やすのじゃぁそりゃ時間のかかり方がちがよ》」
「《……それは、ながいですね》」
「《べつにそれでいいってやつもいるけどさ、たしかナヴってやつ、狩人の仕事してるだろ? 》」
「《はい。ジョットさんの手伝いをしているとかで》」
「《両手両足、しかも上半分がないっていうのは、乗り手のこと、もう手伝えないからさ。あ、あった。コイツはどこのだぁ》」
話しながらも、てきぱきと仕事をこなすシーシャ。拾い上げたのは、指先ほどの小さな部分だ。どこの部分かは、よくわからない。
「コウ、貴方も、考え事しないで、きちんと探さなきゃ」
「《ご、ごめん。……あ、あった。……小さい》」
「そうゆうのが大事だったりするの。ナヴの指先だったらどうするの? 」
「《そ、そうか、そう言う事も、あるのか》」
「どれだけ散らばっっているかわからないから、大きなものを見つけ次第集めていくけど、小さいのを見つけたからってそれを元に戻さないでね? 」
「《そんなことしないよ。……またあった。これは腕の一部みたいだ》」
「このあたり沢山あるわね。シーシャ、聴こえて? 」
「《聞こえてますよー》」
「このあたり、重点的に探しましょう。範囲を絞っていいわ」
「《わかりましたー》」
カリンの予測通り、一帯を掘ると、かなりの数のナヴの一部が見つかった。少なくとも、両手両足の大まかな部分。それと、腰。これが見つかるだけで、怪我の治りはだいぶ早くなる。
しばらくレーキで周りを掘り返し、大きな部位よりも、小さな欠片の方が多くなってくる。集めた数はそれなり以上の成果を上げたと言っていい。しかし、同じ位時間もかかった。太陽が真上をさしている。雲はまだ陰っていないが、いつまた雪が降るかも分からない。一時、作業の手を休め、乗り手の二人は、木を背にして昼食を取る。シーシャとコウは、違いに膝立ちで乗り手の傍に寄り添った。何かあったてもすぐに乗り手が乗り込めるようにだ。
「よかった。思ったより早く見つかったわ……細かな欠片をさがしてあげたいところだけど」
「これ以上は、人の手で拾っていくしかないかと。小さすぎてもベイラーでは潰してしまいますし」
「……この広さを2人でやるのは無茶ね。全部の欠片を見つけるより、こっちの指が寒くて動かなくなるのが先になりそう」
「同感です。……一度、この欠片たちを、小屋に運びませんか? 他の班も、成果があればそこに戻るはずです。互いの状況を把握するのもいいかと」
「ナヴ本人が見つかっていればよし。見つからなくとも、他の班と合流して、まだ探していない所へ皆でいける。そうゆうことね」
「わ、私はそこまで考えておりません、ただ、これ以上ここで欠片を見つけても、今度は運ぶ手間がかかりすぎます。いまならまだ、二人で運べる量ですが、これ以上はもう一度ここへ戻って運び直さなければ」
「……それもそうね。やはり、一度戻りましょうか」
カリンは、持ってきたパンをぱぱっとその口に収める。しかし、途中で、背中を預けた木の1点を凝視したと思えば、そのパンも全て食べるのではなく、ひと欠片ほど残した。ハンカチで口を拭いて、パンの欠片を持って立ち上がる。
「コウ! 私を手に ! 」
「《は、はい。乗りますか? 》」
「その前に、私を上にあげて頂戴」
「《……はい? わかりました》」
コウがいわれるがまま、右手をカリンに寄せ、カリンも慣れたように、手のひらに飛び乗った。コウが、カリンが自分の体を支えやすいようにするために、指をすこしだけ折る。薬指にあたる部分が、ちょうどカリンにとっての手摺りになった。
「《上げます》」
「よくってよ」
今から自分が動くことを、相手に伝える。これは、ベイラーが人間とこうして共同作業する際には必要な事だ。以前、コウはこれを怠り、自分の肩にのったカリンを落としたことがある。そのような事故を防ぐために、事前に自分が動くことを相手に伝えることが必要なのだ。特に、ベイラーが動くことで、人間がその場所を動くときは、そうした方が良いとされている。そうすることで、人間側は、事前に対応もできるし、ベイラー側は、不幸な事故を起こさなくて済む。
今回もそれに習い、コウはカリンに声をかけて、了承を得たのち、その腕を上にあげていく。片膝とはいえ、その腕をめいいっぱい上げれば、5mほどの高さになる。コウは、今だにカリンの意図を理解していないが、それでも言われた通りに、その木へよせる。横に伸びる枝の向こうに、カリンは用があるらし。
「いいわ。ここでいい。……少ないけれど、冬を越えるお手伝いです。急にやってきて、うるさくしてごめんなさいね」
さきほどのパンを、横に伸びた枝におく。すぐさま、そのパンをたべに、木から小動物たちがでてきた。リスのようにもみえるそれは、カリンに怯えもせずに、そのパンに齧り付き、奥へと引っ込んでしまった。カリンは、この小動物を見つけ、自分のパンを分け与えようとしたのだ。
「ジュリィの巣よ。私たちがナヴ探しでおおきな音を立てたから、冬眠しているところを起こしちゃったみたいなの」
「《……ちゃんとカリンは自分の分を食べてるよね? まさか最初からこの子らにあげる為に持って来ていないよね? 》」
「お腹いっぱい食べたわ。信用ないのね」
「《作業に没頭すると食事をすぐ抜こうとするカリンが悪い》」
「き、気をつけてはいるの! それに、ジュリィたちを起こしちゃったのはこっちなんだし、何もしないのは気が引けただけ」
「《……そう言うのは、カリンのいいとこだと思う》」
「そう? なら、褒めるついでに早く中に入れて頂戴。ちょっと寒い」
「《お任せあれ》」
コウがカリンを中に入れるべく、その手を胸元に持っていく。カリンが滑りこむように、コウの中に入った。すぐさま操縦桿を握り、感覚と視界を共有する。
「アネット! 準備できて? 」
「いつでもどうぞ! 」
「ナヴを落とさないように。小屋に戻るわ」
コウとシーシャが、乗り手の力を借りて、ナヴの欠片を集めていく。大体2つにまとめ終えたら、それを抱えて、今度は来た道を戻る。
「《あとはナヴさん自身がみつかるといいけど》」
「あの時、ナヴはどうゆう風だったか、覚えている? 」
「《……腰から下がなくって、両手がない》」
「そう。でも砕けてしまった部分は大きいから、見つけやすくはある。それにあの時、キールボアはすぐに追ってきたから、そんなに酷い状態じゃないはず。そもそもとして、すでに酷い状態だったけど、だからこそ、それ以下はない」
「《カリン、さっきから気になっていたんだけれど》」
「どうしたの? 」
「《僕らは、最終的にどこまで残っていれば治るの? 》」
「……ごめんなさい。質問の意図が、よくわからないわ」
「《ええと、例えばね、ナヴは腰から下までなくなってしまっても、治るだろう? なら、『どこが残っていれば』平気なのかなって》」
「ああそれは……私たちもまだ分かってないの」
「《そうなんだ》」
「昔、頭だけ残ったベイラーが長い年月をかけてその体全部を治したって言うのは聞いたことあるわ」
「《頭、頭かぁ……でも、そうゆう大事そうなこと、なんで誰も知らないのさ》」
「だってね、コウ。長い年月をかけて治るとして、その長い年月ひとりぼっちで、かつ動けないってなったベイラーがどうしていると思う? 」
「《動けない、ベイラー。それも、ひとりぼっちで……》」
コウが思考を巡らせる。ベイラーは長寿だ。だからこそ、人間と寄り添うようにする。そうしたほうが寂しくないと、ベイラー医のガインは言っていた。なら、寂しくなったベイラーはどうするのだろう。新しい乗り手を探すのか、それとも……本懐を遂げるのか。
「《そうか……ソウジュの木になるのか》」
「そう。もう共にいられず、遠くにもいけないのだもの。だからみんなソウジュになる。ねぇコウ」
カリンがその目をコウに向ける。コウの思考を読み取ったからだ。
「ベイラーは死ぬことがあるのか、そんなに気になる? 」
「《……うん。気になる》」
「私の考えだけど、きっとベイラーは死なないわ。たとえその体が粉々になっても、木になればそもそも体はいらないのだもの。この国の城のようにソウジュの木になってから死が訪れることはあるみたいだけれど」
「《それは、そうだけれど》」
「例外があるなら、燃えてしまうとかだけど」
「《燃える……そうか。それはまずいな》」
「コウ。どこまでが治るギリギリかなんて考えないで。貴方、もしもの事があれば、そのギリギリまでつかって無茶をする気でしょう? 」
「《そりゃ、そうさ》」
「足がみつからなかったら遠くにいけない。腕がなかったら私を掲げられない。そうなってしまったら、遠くに行けなくなってしまうわ。それって、ベイラーにとっては悲しいもの」
「《そう、なるのか》」
コウが、ナヴの欠片を運びながら思う。今回、ナヴの足も腕も腰も見つけることができたが、コウ自身がバラバラに砕け散った時はどうなってしまうのか。その時、果たして手足は戻ってくるのだろうか。戻ってこなければ、もう歩くことも、走ることも、カリンを手に載せることもできなくなる。
コウはまだ、どうやってソウジュの木になるのかわからないが、それでも、木になってしまうのかもしれない。触れ合えず、遠くにいけず、ただそこにいるだけでいいなら、木にでもなってしまったほうがいい。そうすれば、また多くのベイラーを作ることになる。そっちの方がずっといい。
しかし、それは、人間が自殺するのと何が違うのだろう。
「それに、きっとガインもネイラも怒るわ。また怪我したのかって」
「《あー、またグリグリと恨み事を言われながら体中抉られるのは嫌だな》」
コウはそこで思考を中断する。あーでもないこうでもないと言われながら、くそうなんでこんなとこに泥が詰まっているんだと言われながら、永遠と切っては取り除き切っては取り除きを繰り返した、あの長い長いオペを思い出した。ガインの20本に分かれた手がところせわしなく動き、体から自分のものではない物がどんどん出ていく。
その中、どれだけ感覚が鈍いこの体でも感じる痛みに、叫びながら耐えていたあのオペ。もののついでのように左腕を切り落とされたあのオペ。もしコウの四肢がぼろぼろになったら、そのオペより酷いことが行われるのであろう。それは、コウにとって筆舌に尽くしがたい事態だ。
「《思い出したらもっと嫌になった》」
「コウ、今後私が乗っているときそのこと思い出さないでね。絶対」
「《あ、ごめん! 》」
「もう遅い。一気に流れ込んできたもの。なに? 貴方あんなグリグリグリグリやられたの? 」
「《はい、隅々まで……泥が残ったら体が腐るとかで》」
「ガインたちに感謝しなくちゃね。でもそれはそれ。今後は思い出さないように。それにしても、ベイラーの治療ってああなのね」
「《ナヴさんも、あれ受けるんだよなぁ》」
「ナヴは強い子よ。きっと、きっと大丈夫。うん……」
「《尻ずぼみで言っても説得力皆無だよカリン》」
「ごめん。いまの光景をみたら、ちょっとナヴが可哀想かなって……」
「《ガ、ガインさんなら、なんとか》」
「ベイラー医、他にもいるけれど、ガインが一番治すのは早いのよ」
「《やっぱり、あの人すごいんですね》」
「でも一番遠慮ないっていうのもガインだって」
「《ナヴさんの治療は絶対にガインさん以外にやってもらいましょう!! 》」
「ガインには悪いけど、そうしましょうか……」
コウたちがナヴの行く末を案じながら、街道の作業をしている一団に戻ると、既に他のベイラーたちが、ナヴの欠片を持って帰ってきていた。僕たちが最後のようだ。しかし、よく見ると、昨日までは居なかったベイラーがいる。大量の木箱と、水がはいっているであろう樽が見える。おそらくだが、補給と労いを兼ねた物資だろう。これで、作業もより捗る。そうコウが思っていると、2人の少女たちが駆け寄ってきた。
「ナその黄緑色はナヴのでしょう!?どうして白い貴方が持ってるの!? 」
「貴方は白いからそれはナヴのでしょう!? どうして持っているの!? 」
コウが、突如現れた来訪者に質問攻めされ、カリン共々面食らっている。彼女たちはどうやらナヴの知り合い、というかおそらくジョットの知り合いだろう。彼のは娘がいると言っていた。なら、きっと彼女たちがそうなのだ。年齢は10歳前後に見える。しかし、コウたちが面食らっているのはそれだけが理由ではない。
おんなじ顔をしたの女の子が似たような意味の言葉で、足元を駆けずり回りながら、二人ともおんなじ声で話しかけてくる。
「え、ええと ? 」
「なんで貴方が持っているの! ナヴに返さなきゃだめなんだから! 」
「白い貴方が黄緑似合わないよ! ナヴに返さなきゃダメなんだから! 」
「《か、返しにいくから、足元であんまり走らないで、危なくて歩けないよ》」
「白いベイラーが困ってる! でもちゃんと返すんだよ! 」
「歩けなくて困ってる! でもちゃんと返すんだよ! 」
「さ! クオ! ナヴを探しに行こう! きっといるよ! 」
「さ! リオ! ナヴを見つけに行こう! きっといるよ! 」
クオとリオ。互いにそう呼び合った、鏡合わせのようなその双子が、あっとゆうまに足元から駆け出して何処かへいってしまった。いつもなにかしらの言葉が重なっている。そのためどっちが何を言っているのかまるでわからない。しかし、まだナヴが大変なことになっていることは知らないらしい。どう説明すればいいのか悩んでいると、再びあの双子の重なった声が聞こえた。
「「ナヴだぁあああああああ」」
「《え!? じゃぁ見つかったのか! 》」
「よくぞやってくれたわ! コウ! 私たちも行きましょう。持ってきた手足を添えておくだけでも違うはずよ」
「《そうだね。シーシャさんも一緒に! 》」
「《あ、ああ! ごめんよ。あの双子みてたら唖然としちゃって》」
「《僕も初めて見ました。でも、たぶんジョットさんの娘さんです。まさか双子だったなんて》」
「お見舞いに来のかしら。可愛らしいじゃない」
「あれ、しかしカリン様、ジョットさんはもうゲレーンに帰られたはずでは? 」
「……なんてこと。入れ違いだわ」
「《そのあたりも、あの双子に話そうよ。で、2人とも安心して、ゲレーンに帰ってもらおう》」
「そうね。残念だけど、ここで子供に出来ることはちょっと少ないわ。それなら、ジョットのとこについてもらっていたほうがいい」
歩く先を、先ほどの双子が上げた声のもとへ向ける。すこし歩けば、また新しくできつつある小屋のまえに、人だかりがあった。双子の声もその中から聴こえる。ベイラーたちの姿もある。班分けする際にみたベイラー達だ。人をかき分けて、その場所へ向かうと、確かに、多少雪にまみれているが、あの黄緑色をした体がそこに居た。
「《ナヴさん! 》」
「《おー白いの。大丈夫だったかぁ》」
「ナヴ! よく、よく無事で」
「《いやー、流石にやばかったですねぇ。身動きできないで雪に埋もることはもう二度と経験したくないです》」
「《ナヴさん、これ、貴方の手足で間違いないですか? 》」
「《おお! あたしの手足! 拾ってくれたのか! ありがたい。治るのがだいぶ早くなるよ。いやぁ助かったぁ。……にしてもすげぇペシャンコだな、》」
「《す、すいません》」
「《ああ、違う違う。責めてるんじゃないよ。あたし、そもそもこうなってんのはギルギルスにやられたからだ。で、あの2頭はきちんと仕留めたんだろう? 》」
「《……はい》」
「《で、人はもうその2頭を食べたのか? 》」
コウが、ナヴの言葉に一瞬たじろぐ。そうだ。あれらは既に食料なのだ。食べないという選択は、そもそもナヴにはなかった。
「大丈夫よナヴ。キールボアの方は、あれだけ大きいから、まだ食べきれてないくらい。干し肉にして日持ちさせられるかどうかね。でも、こうも日が出てないから、すこし難しいかも。ギルギルスは、その牙を使わせてもらっているわ。食べたいのは山々なんだけれど、肉が硬すぎて、焼いても難しそう」
「《ギルギルスは、キノコと一緒に茹でるとうまいんだそうです。是非そうしてやってください》」
「茹でたらいいのね。わかった。今日の御飯は決まりね」
「《ジョットのこと、聞きました。治るのには、時間がかかるって》」
「そうね。でも、治らないほどじゃないわ。もう先にゲレーンに帰っているわ」
「《よかった、まぁあたしがこんなじゃ、しばらく狩りはできないだろうけど……ああ、そうだ。カリン様。ちょっと話しておきたいことがあるんです》」
「いいけど、今すぐにでないとだめ? 」
「《だめですね。さっさと話しておきたいんです》」
「《黄色い、四ツ目をしたでっかいベイラーを、森の中で見ました》」




