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大いなる選択

 雨が上がり、座礁した船をコウがひっぱりあげたことで、帝都の商人達が帰って来た。


《これだけの量、俺達(ベイラー)なしでよくやろうと思うよ》


 その商人達が積んでた商品である荷物を、コウが降ろす作業を手伝っている。積み荷の種類は千差万別であり、食料か日用品、武具、果ては金貨まで。大きさと重さはまったく釣り合っておらず、人間だけで運ぼうとすれば、その手間と時間はすさまじい事になる。ほぼなし崩し的に宛がわれた仕事だった。


「お主らのおかげで帰って来た商人達が喜んでおる。ほめてつかわすぞ」

《……なんだかなぁ》


 港にたどり着いた商船のすぐ傍に、皇帝カミノガエはいつの間に用意したのか、濡れた服も着替えており、今は優雅に椅子に座ってその作業を見守っている。皇帝は、波を叩き切ったそしてコウを全面的に信頼している目をしていた。そして、作業を行っているのはコウだけではない。


《ロペキス様。この荷物は? 》

「箱に名前がないか? その名前の人が市場で待ってるはずだ」

《はい。しかし、この箱の中身すべてが野菜とは》


 この作業に、龍石旅団が駆り出されていた。箱に書かれた名前をみながら、緑色の肌をしたレイダがゆっくり歩いていく。中にはオルレイトがいるが、仮面を忘れている都合、民衆の前で体を晒さないように気を揉んでいた。


「あー! それはいいんだ! 」

「えー、なんでー? 」

「下にもっと重いのがある! そっちを頼む! 」

《―――? 》


 なし崩し的にベイラーに乗れないロペキスが音頭とっている。麻袋を持ち上げたリクが首をかしげる。雑に降ろせば中身が飛び出てしまうために、ゆっくりとその袋を降ろし、さらにその下、ロペキスの指示に従い、四隅を大きく頑丈な釘で打たれた木箱を持ち上げようとする。その重さはリクであっても一瞬体重がもっていかれてしまいそうだった。


「なにはいってるのー? 」

「おもいー! 」

「鉄鉱石だ。あんまり乱暴に扱うなよ? 」

「リク、できる? 」

「腕全部使おっか」


 リオとクオの提案をうけ、4本の腕で1つの箱を持ち上げようとする。大人一人分の大きさをもつ木箱であるが、しかしリクと比べてしまうと相対的に小さく、掴もうとしても小さすぎて力が入らない。なんども箱を持ち上げ損ねてしまうその様子を見て、コウが横から助け船を出した。


《リク、俺が一回持ち上げるから、地面から離れたら、下から手をいれるんだ》

《―――!! 》


 コウの言っている事を理解したのか、リクが木箱から体を引いた。コウが入れ替わるように木箱の前にたち、持ち上げて見せる。コウの腕も、技量も問題なく持ち上がっていく、しかし途中、中の重量に木箱が耐えきれず、みしみしと軋んだあげく、最後には中身が木箱を飛び出してしまい、留め具である釘やら金具やらと一緒に、鉄鉱石がそこら中に散らばってしまった。その一部始終をばっちりと見ていたロペキスは、思わず声を荒げる。


「な、何してるんだ! 」

《木箱が重さに耐えられなかったんだ! 》

「ど、どうするんだこんな」

《どうって……一個ずつ拾うしかないだろ》


 理不尽な怒鳴り声に睥睨しながら、コウは座り込んで鉄鉱石を集めていく。大きさとしては人間の手のひら大の鉄鉱石を集めていく。幸い、海に落ちてしまったものはなく、潜る必要性はなかったものの、ベイラーの指では全てを拾い上げるのには限界があった。


《カリン、頼める? 》

「ええ。このくらい」


 ちょうど、一旦船から降ろしておいた荷物にまぎれてしまった鉱石をみつけ、カリンがコックピットから出て拾い上げる。リクはずっと体を縮こませ申し訳なさそうにしている。


《石はそれで全部? 》

「まだあるわ……ええとリク? どうしたの 」


 乗り手の双子、リオとクオは、自分たちのミスを謝るタイミングをずっと伺っていたようであり、カリンがコウから降りたタイミングで自分たちもリクから降り、ペコリと頭を下げた。


「ひめさま、ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「2人とも気にしないの。それより運ぶのを手伝ってくれる? 」

「あ、はい! おねえちゃんやろう! 」

「う、うん! やろう! 」  


 2人の行動に許しと敬意を表しつつ、落ちた鉄鉱石を集めていく。


「(わざわざ海を渡って、こんな物を運ぶために、人が汗水をたらしている)」


 その真っ黒な鉄鉱石を使って何を作るのか想像し、それが人の役に立つものばかりではないことを、カリンは帝都を見て知っている。ウォリアーベイラーやパラディンベイラーの鎧がそれである。落ちた鉄鉱石をカリンは自分の手の平に集め、それをコウの足元に集め、また落ちた場所にもどってを三往復ほど繰り返すと、漏れ出した鉄鉱石の全てが集まる。


「これが武器になるんだから、不思議な物よね」

《鍋にもなったりするよ》

「そういえばあれも鉄だったわね」

《ホウ族の人たちは炉を使ってたから、帝都にもどっかあるのかな》

 

 砂漠で旅をする彼らは、その製鉄技術で商売をしていた。帝都でも同じように鉄を溶かす炉があるのは、この荷物がここにある事が想像に容易い。


「コウ、これを運べる箱は作れそう? 頑丈なの! 」

《頑丈なのね》


 足元に集められた石を入れられるような、壊れた木箱よりも大きく、それでいて頑丈になるように、箱の隅を特に硬くしておく。箱の構造を作るのは、ゲレーンで何度も行っていた。


《出来た》

「お上手。さぁ二人とも、リクに乗って」

「「はい! 」」


 落ちてしまった鉄鉱石を中に詰めていく。コウと同じ色をした、その純白の箱は、先ほどよりも大きくなっていることに加え、コウの気遣いにより、持ち上げやすいように取っ手が付いている。試しにリクが持ち上げても、軋みをあげることはまったく無い。


《大丈夫そうだ》

「ロペキス! これでいいわね! 」

「も、もちろんです」

「さて、お次は……あれね」


 今度は、麻袋を強引に何枚もつなぎ合わせた代物が現れる。同じようにベイラーで運ぼうとすれば、中身が破けてしまう。さらに中身は鉄鉱石のように手で拾える物とは限らない。


《なんだろう? 麦かな? 》

「運ぶより、縫う方が先ね」


 すでにその袋はこの船旅で痛んでおり、ところどころ破けていた。カリンが中身を確認すると、内容物が分からず首をかしげる。


「白い石? 麦には見えないけど」

《あー!!! 》


 だが、コウはその中身をよく知っていた。旅で知っていたのではない。生前からよく知る、この世界ではまだ見たことがない物。


()()だぁあ!? 》

「コメ? 」

《お米! 白いご飯! うぁ! あるのか! ええ! 》


 米。それは麦と同じくイネ科の植物であり、日本人には説明不要の炭水化物である。この世界に来てからというのも、コウが見たことがあるのはパンか麺類であり、こうして脱穀された米を見たのは初めてだった。穴が空いた麻袋だけでも、数十キロ。それも袋は複数あり、かなりの量が帝都に輸入されていた。


《米まで輸入してるのか。この国……米かぁ》

「コウ、米って? 」

《あ、ああ。説明が少し難しいから、中に入ってくれ》

「なるほど。()()()ね」


 その類。つまるところ、コウの生前の記憶と合致する物である。桜やミルフィーユがこれにあたったが、コウ自身、米に出会うとは夢にも思っていなかった。ベイラーの体では食べ物は不要であり、米が食べたいという欲求が生まれる事もない。


 コウの進言通りに、コックピットの中に入ったカリンが意識を共有すると、米の正体を理解する。日本の食卓であれば、特段珍しくない光景。炊きあがった真っ白い米が、茶碗で艶やかに光っている。隣には味噌汁。焼き魚。


「この白いのがそう? 貴方の肌みたいにつるつるしてる」

《あの一粒一粒がぜんぶ食べれるんだ》

「あら? じゃぁ粉にしないのね」

《パンだと一回小麦粉にしないといけないからね……でもそうか。あるのか。米》


 米を見た瞬間、コウの中で眠っていた欲求が沸き上がっていく。


「何? 食べたいの? お米」

《……できれば味噌汁もぜひ》

「味噌汁? スープなの? この隣の奴? 」

《ええと、大豆を溶かした野菜スープだよ。うん》

「大豆はあるわね。でもアレって味しないわよ」

《そうなんだけどさぁ!》


 日本の食卓のほとんどは大豆で出来ていると言っても過言ではない。枝豆、豆腐、味噌、醤油、納豆、この全ての原料は大豆である。これを食べずに日本で過ごすのは難しいと言えるほどのレベルで、日本人は米と同等に大豆を食している。そして味噌については、その製法は発酵、言い方を変えれば腐らせる事で生み出すのであるが、それを口で説明するのは気が気でなかった。


「たまに思うんだけど、貴方の生まれ故郷って食べる事に関して、ちょっと貪欲が過ぎない? 」

《俺もそう思う》

「それにしても、これは畑? お米って作るの大変なのね」


 日本人の食へと探求は、その水からはじまり、食べられない物をどうにかして食べようとする精神があり、フグの食用等はまさにそれにあたる。フグは人間にも作用する強力な神経毒をもち、食べれば死は免れず、現代においても、資格が無いものがフグを扱う事は禁止されている。だが、日本という国は様々な障害を越えて、フグを食べることに成功している。


 とにもかくにも、動植物がいれば食べてみようという精神が根底にある事は否定しない。


「陛下にきいてみるわ。でも期待しないでね」

《たぶん、あるよ。だって米があるんだから》 

「その自信はどこから来てるのよ」

「なんだ。米が珍しいのか」


 破けそうな袋を前にし、作業が滞っていると、皇帝カミノガエが様子を見に来た。すでに民衆は恐れ多くななったのか、人だかりが消えている。


「これは、また酷いものだな。その方。船に乗っていた連中を呼び戻すがよい。運んできた荷物の始末は運んできた物がすべきであろう」

「は、はい! しかし、恐れながら陛下、彼らはいまそれぞれの家に帰っているかと思いますので、見つかるかどうか」

「ふむ。そうであったな」


 カミノガエが袋を一瞥すると、即座にロペキスに対応させようとする。だが現実問題として、長旅から帰って来た彼らはすでに帰路についており、すでにその姿のほとんどは港に無い。今から12個ある地区を巡り、船に乗っていた者を探すのは困難であった。


「陛下。進言してもよろしいですか? 」

「佳い。申してみよ」

「つまり、針仕事をすればよいのでしょう? 」

「まぁ、そうであるが。しかし見ての通り人がおらん」

「私に宛てがあります。コウ、ヨゾラは空にいるわね? 」

《上で旋回してるよ》

「合図したら降りてくると思うわ」


 カリンがコックピットの中から、ネイラから譲り受けたランプを取り出す。スイッチ一つで内部の火打石が動き、明かりが灯る便利な道具であった。それを空に掲げると、上空にいたヨゾラが高度を落としてくる。着地できるような滑走路は港にはない。


「あら。海に着地する気ね」

《よ、よくやるなぁ》


 故に、ヨゾラとマイヤは海に着水することを選んだ。船の無い場所めがけ、ゆっくり空から降りてくる。着水するタイミングと速度が合わなければ、海に接触した瞬間にヨゾラの体はバラバラになってしまう。


 だがヨゾラは大きな水しぶきをあげながらも、完璧といって良い着水をし、推力を切り、ぷかぷかと海に浮かびながらやってくる。コックっと中からマイヤが這い出てくる。タイミングは完璧だったが、着水の衝撃はどうにもならなかったようで、シートベルトで体を締め付けらてしまい、両肩をさすっている。


「お呼びですか姫様」


 しかし、カリンの前にでると、そんな痛みなど些事であったかのように振る舞った。ロペキスも、そして皇帝カミノガエも、まず空を飛んできたヨゾラに驚いて開いた口がふさがっていない。


「はい。すこし針仕事を任せたくって。あの袋なんだけど」

「なるほど。であればお任せを」

「おっきいわよ? 」

「私を誰をお思いですか」


 眼鏡をきらりと光らせたマイヤは、いつも備えてあるのか、懐から針と糸を取り出すと、瞬く間に破けた部分を修繕していく。手伝おうとしていたカリンも、その手際に圧倒され身を引いた。


「この穴、痛んだだけでなく、故意に開けられてますね」

「ネズミでもいたのかしら」

「歯形がありませんから、きっと誰かが中の物を盗んだのかもしれません。ただ」


 ほつれた糸を切り、あらたな縫い糸を走らせ、穴を見事に塞いでいく。


「外側から中に糸が向かっていますので、中身は戻したのかもしれません」

「戻した? どうして? 」

「さぁ? ただ、この小さな粒、何なのですか? 石にも見えませんが」


 戻した理由を、マイヤ自身が解き明かしていた。穴をあけた犯人は食べ物と踏んでいた事は明白だが、残念ながらその食べ方を知らなかった。中身が減った事が船の上でバレれば、それは騒ぎになり、犯人はそれこそ処罰を受けてしまう。


《(食べれば証拠が出ないんだろうけど、海の上で米は食えないだろうなぁ)》


 もし犯人が米の食べ方を知っていたとしても、それを実践したかも怪しい。米には、麺類と同等に大量の真水が必要であり、そして真水は海の上では時に宝石よりも価値があった。


《相変わらず、凄い手際だ》


 カリンと同じく傍観に徹していたコウも、マイヤの縫物を称賛する。物の数分で空いた穴という穴がどんどん塞がっていくその様は、マイヤが行う一種のショーであった。


 商船団の荷物が、次々に捌かれていくものの、運搬作業は夕刻まで続いた。



 龍石旅団の活躍により、荷物はすべて届け先にと届き、流通は滞りなく行われた。帝都を横断するように流れる運河を渡る川船に乗せられて、様々な商品が運ばれていく。


「あれらの荷物は、我が国の運河をわたり、隅々までいきわたるであろう。よく働いたぞカリン。そしてそのベイラー達よ」


 コウの手に乗っている皇帝カミノガエが労を労う。再び命綱をつけて、王城に戻るべく歩いている。帰りの道は、帰路についた者もおおく、行よりずっと空いていた。人を踏みつぶす心配が減り、コウも、カミノガエを手から降ろす提案はしなかった。すでに港を超え、王城の門までたどり着いている。


「お褒め頂き、光栄です」

「それにしてもカリン。お主はずいぶん、優秀な者を集めたのだな」

「陛下。それは違いますわ」

「ん? 」


 数多くのベイラーを従え、麻袋の修繕まで行うカリンの元に集まった龍石旅団の面々をその能力で評価する皇帝カミノガエ。だがカリンはその評価軸を真向から否定する


「優秀だから、彼らを集めたのではありません」

「ほう。ではなぜ集めた」

「私が、彼らのようになりたいと、常に思っているからです」

「お主が、あやつらのか」

「『また共に』。それが我が国の挨拶であり、生き方です。私は……」

《姫様、私達はこれで》

「え、ええ。また共にね」

《はい。また共に》


 レイダが挨拶すると、それを皮切りに龍石旅団のベイラーが宿舎へと戻っていく。全員を見送り、王城の門が閉まる頃には、すでに広場にはコウとカリン、そして皇帝しかいなくなった。


 夕日が沈むなか、やがてカリンは、口から漏れ出すように、少しずつ話を始める。コクピット越しの視点になっても、皇帝と目線が合うように、コウが手の高さを調整する。


「この国に着いてから、ずっと変だったのです」

「変? お主がか? 」

「いえ。コウも、これは感じていたことでした」

「コウ? ああ。たしかこの白いベイラーの名か」


 ベイラーを名で呼んでいる事に、今の今まで、皇帝は気が付いていなかった。それ以外にも、カリンと皇帝には、僅かな差がつもり積って、すでに無視できないほどの断絶となる。


「これほどの大きさで、野菜も、米も、小麦でさえ輸入してる」

「そうである」

「この国では、自分の手を使って、土を使って、食べ物は作らないのですか? 」

《(―――ソレだったのか)》


 コウも感じていた違和感。それは、区画ごとに別れ管理され、運搬用の水路から、下水まで、どれも先鋭的な構造をしている国である帝都ナガラで、一度も『畑』を見ていなかった。


《(帝都には、畑も、田んぼも、牧場すら無いんだ)》


 食べるものを作らることができない。それはこの12個に区切られた国では、食料を作ろうとすれば、人が住める場所が極端に小さくなる事を意味する。


「よく、見ている」


 カリンの指摘に、皇帝は否定することなく認める。


「食料の補給は、この国の急務である。幸い魚はよく取れる」

「でも、潮の流れのせいで、美味しい魚は捕ることができない」

「……そこまで知っているとはな」


 それを教えてくれたのは、海の流れをみてた海賊のサマナであったが、しかし彼女こそ、海の上での生活を長年経験したからこその知見だった。

 

「この土地は痩せすぎている。実りは期待できん……だから、お主を選んだ」

「……まさか、あの手紙は」

「最初は、余も突飛な(とっぴな)考えと思うた。だが、ゲレーンの力を我が物にする為だ」


 カリンを娶り、ゲレーンという国を支配することで、帝国の食料難を解決する。それが皇帝の考えだった。どこまでもカリン自身を見ない、人間としてではなく、帝都を栄えさせるための装置としてしか見ないものだった。


「余は口説くことはできん。コルブラッドのように腹芸もできん」

「だから、明かしたのですか? 」

「そうだ。理由が分かれば、お主のように感情で動く者は御しやすい」

《(この人、他人を自分で御せるかどうかでしか判断できないのか!? )》


 皇帝の価値観を垣間見る。人間性の根幹を担う部分として、彼を一瞬軽蔑しそうになる。


《(元からか? それとも、そういう風に育てられたのか? )》

「(それを、今から確かめるわ)」


 頭に響くカリンの言葉を聞き届けると、コウはゆっくりと、膝をちき、皇帝を地面へと降ろした。そして同じように、カリンもまた地面へと降り立つ。


 降雨てうは不意に降ろされた事をとくに不満がることは無い。だがカリンが向き直り、頭を下げる事はなく、正面を見据える態度に、僅かに眉をひそめた。ここに近衛兵がいれば、不敬であるとして、その身を拘束されてしまいそうな態度だった。


「お主、あまり余の前に立つな」


 事実、皇帝は不敬であるとし、行動を咎める。だがそれも、カリンは織り込み済みであり、目を背けたり、ましてや膝をつく事はしない。


「しかし、こうでなくてはお顔が見れません」

「余の、顔? 」

「私は、彼らと共に生きる。そして願わくば、彼らにも、私と共に生きたいと思ってほしい」


 まっすぐ覗き込むその瞳の瞬きに、皇帝はわずかに怯んだ。


「そう願ってくれるとおもったから、私は彼らを、龍石旅団に誘ったのです」

「そう、であるか」

「そしてもし」

 

 怯んだ分、一歩を踏み出したのは、カリンである。ただ微笑みを絶やさずに歩み寄っていく。


「陛下も、そうであると、私は信じてやみません」

「……余が? 」

「はい」

「な、何を言っているのか」

「何も不思議な事はありません。その、お手紙は、驚きましたけど。ただ」

「ただ、なんだ」

《(ああ、あの目と、微笑みが本当に俺は)》

 

 コウはその目を知っている。誰かを問いただすでもなく、糾弾するでもない。ただ、人を信じている目であり、そしてその微笑みに、心底惚れている。


「私は、まだ陛下の事を知りません。だから……」

「だ、だから何だ。やめろ」

「何を、やめればいいのですか? 」

「その目だ、そんな目で余を見るんじゃない」

「これが、私の目であります。やめる事はできません」


 また一歩近づくカリンに対し、カミノガエが後ずさる。もう一歩進み、また下がろうとしたとき、背後にあったコウの脚が阻んだ。


「こ、こら、足をどけろ。どけるんだ」

「コウ、どけなくていいわよ」 

《分かってる》

「(なぜだ。なぜそんな目で余を見れる)」


 カミノガエは、常に猜疑と謀略の渦中にいた。腹芸ができないと自己申告する彼は、単純な利益を生みあう関係性でしか人間を信用できない。そこに彼への理解は含まれない。その必要が無い為である。故に彼にとって、彼を皇帝と崇め崇拝する人物であれば、己の利益になるように顎で使うことができ、都合がよかった。


 カミノガエにとってカリンの行動は、自らの信用を勝ち得ようとする為のように見えている。それまで帝都の人間が彼にしてきたように。しかし、カリンが行っている事は全く異なっている。


 利益を超え、共に生きようとする。そのために友になろうとしている。


「……その、手はなんだ? 」

「ええと、お分かりにならない? 」


 カリンはピンと背筋を伸ばし、手を伸ばしている。それは友になろうという意思表示。だがカミノガエには別の物に見えている。


「外交の、握手か? 」


 仮にも、妻に召し抱えようという相手から伸ばされた握手を求める手でさえ、それが国の外交目的である行動にしか映っていない。カミノガエの手はずっと震えたままで動かない。


「……今は、それでもかまいません」


 カリンは、さらに一歩踏み込んで、震えるその手を、そっと握りしめる。


「お友達に、なりませんか? 」

「と、友達? 余と? 」

「いけませんか」

「よ、佳かろう」


 背丈もそう変わらぬ相手の手は柔らかく、温かい。振りほどくだけの思考ももはやカミノガエにはなく、ただ茫然となりながら答えるだけだった。


《俺は邪魔かな? 》

「そんなことないわ。陛下。後ろの彼が、私の一番のベイラーのコウって言います。力もすごくって空も飛べて……陛下? どうなさいました? 」

「……」


 カミノガエは、カリンの行動に戸惑うばかりで、しばらくその場から動く事ができなかった。日が沈み、近衛兵が見つけるまで硬直は続き、彼はただ、その握られた手の感触だけが、頭にこびりついて離れなくなっていた。

ずっとベイラーが働いているだけの描写がしたくなります。話が進まないのでそれはしません。

それはそれとして働いているベイラーはちょくちょく書きます。仕様です。

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