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オージェンという男

ロボットが苦手とする人柄もあるかもしれません。

 「もう一度言ってご覧なさい!! 」


 カリンの怒号が、小屋に響いた。外にいる僕でさえうるさいと思える大声だ。


 あのあと、ジョットさんを抱えて、カリンはすぐさま元の場所にもどっていた。しかし、キールボアとギルギルスの肉は希少であることも確かで、ベイラーを伴って戻り、あの2頭も持ち帰った。しかし、一往復している間に、雪は強くなり、今では吹雪となっている。


 小屋は既いくつかが完成していて、作業を終えて暖をとっている者たちが見える。そしてもう1度、今度はナヴを探しに行こうとしたところで、オージェンに呼び止められて、今に至る。


「ナヴの捜索は、明日行います。こう吹雪いてきてしまっては、我々が遭難しかねません」

「それは、それはあんまりでなくて!? 私たちを助ける為にバラバラになってしまったナヴが、この寒空の下で待ちぼうけなんて! ベイラーで行けばこんな吹雪なんともないでしょう!? 」


 オージェンの発言に、畳み掛けるようにしてカリンの怒号が重なる。……この、罵詈雑言こそないけれど、それと同等の言葉の圧力を受けてなお、オージェンは顔色一つ変える事はない。


「……ベイラーはそうかもしれません。しかし人はそうではないのです」


 ……顔色を変えない理由が、この確信だったのだろう。


「小屋を予定より早く立てるために過酷なことをさせていまいました。結果として我々はこうして暖をとれているのです。小屋がなければ、ベイラーに乗っていない10人が凍え死んでしたでしょう」

「……そして、その作業のために、私たちを除く全員が疲労している」

「いいえ。カリン様も疲弊なさっています。食事もまだとっていないのでしょう」

「それどころではないというのに! 」

「ではお聞きします」


 オージェンの声色が、変わった。


「カリン様が食事を取らずにいることが『それどころではない』とおっしゃる」

「そうでなくて? ナヴが自分を犠牲にして私たちを逃がしてくれたのよ。それに報いることをすべきじゃない! 」

「では、ナヴは、カリン様がひもじい思いをすることをお望みであると? 」

「ひ、ひもじくなんか!! 」

「『誰か』の腹の虫がなるまで待ってもいいのですよ」

「貴方って人は、本当に!! 」

「カリン様」


 声色が、元に戻る。


「物事を考えるときに、感情的になってはなりません。それが例え、人間的に正しくてもです」

「……貴方の言うことは昔からよく分からないわ」

「しかし、いつか分かっていただけると信じております。今日はもうお休みになってください。明日、吹雪が止みしだい捜索します。よろしいですね」

「……よしなに」

「はい」


 ……カリンが小屋から出てきて、そのまま僕に飛び込んできた。。


「《……カリン》」

「オージェンと、何話していたか、聞こえた? 」

「《怒ってたね》」

「だって、ナヴが可哀想だもの。こんな吹雪いているのに。ジョットのことだってそうよ」

「《ジョットさん、体の具合はどうだったの? 》」

「骨折。腕が二箇所と足が一箇所。でも、変な折れ方をしていないとかで、固定は済んでいるの。止血の方は終わって、今は寝ている。……でも、また狩りができるようになるのには、時間がかかるって。だから、国から医者を呼ぶより、もう家に帰したほうがいいって」

「《そっか。……ジョットさん、娘さんがいるんだ。きっと帰りを待ってる》」

「……そうよね。……ねぇ。コウ」

「《はい? 》」


 カリンは僕を見上げている。僕は、カリンを見下げている。操縦桿を握っていないのに、共有を行っていないのに。見える訳がないのに。そう思える。


「コウ。私、うまくやったわよね」

「《あのでっかい2頭を仕留めたんだ。僕らで。うまくやったよ》」

「でも、怪我人を出した。……ジョットたちを手伝わせたから」

「《ギルギルスが来たのは僕らと分かれた後のコトだ。僕らだけじゃどうしようもできなかった》」

「……ナヴが身を挺してくれなければ、罠に誘導できなかった」

「《そして、カリンがあの新しいブレードを思いつかなかったら、僕らはすりつぶされてた。あの策のタイミングだって完璧だった》」


 間髪いれず、すべてフォローする。それが、カリンの言って欲しい言葉ではないと思いながら、カリンの、自分を卑下する言葉を何度でも否定する。


「《明日、ナヴさんを見つければいいんだ。パンを食べて、スープを飲んで、また明日にしませんか?今日は……いろいろなことがあったんです。もう休んだほうがいい》」

「……貴方もそう言うのね」

「《カリンに倒れて欲しくないんだ》」

「大丈夫よ。倒れたって、こんなに人もベイラーもいる。へまをやらかした私1人くらい」

「《でも、それはダメだ。だってカリンの代わりはいない》」


 ……ずっと自分を責めるカリンに、言葉を塞き止めることができない。カリンはずっとそうだった。嵐の時も、今も、自責の念にいつも囚われる。

 

それが、たまらなく嫌だった。


「《僕にはカリンしかいない。僕の乗り手はカリンだけだ。ここに何十人、ほかにどんな屈強な人がいようとも、ほかにどんな聡明な人がいようとも、ほかに綺麗な人がいようとも、それじゃ、それだけはダメなんだ》」


 もはや説得にもならない、別の何かが溢れ出る。


「《ナヴさんも、ジョットさんも、誰も君を責めちゃいない。なのに、自分で自分を責めないでくれ。お願いだ……明日もある。ナヴさんは絶対助ける。でも、その前にカリンが倒れたら、意味がないんだよ》」

「そう」

「《そうさ。だからもうすこし、自分を大切にしてくれ》」

「……そんなに大切にしてない?一応、私は周りから大切にされてるという自覚はあるのだけど」

「《平気で自分を犠牲にしようとするし、どれだけ成功してもそれを成功としない》」

「だって成功じゃないもの。今回もうまくいかなかった」

「《それはうまくいっているものを数に入れてないんだよ。言ったじゃないか。僕らはあの2頭を仕留めたんだ。それがなんで成功にならないんだ》」

「……怪我人を出した」

「《そこ「は」失敗かもしれない。でも他にはない。1つの失敗で他の成功を埋もれさせないでほしい。それで、カリンは自分を責めるんだから》」

「……責めてる? 」

「《操縦桿を握らないのもそうだろう? 僕と共有しないようにしてる。全部自分ひとりの問題だからってさ》」

「そうでしょう? 」

「《カリンは乗り手だ。そしてこの体は僕のだ。僕がもっと練習して、サイクルショットなりシールドなりを、もっとうまく作れればよかったんだ》」

「それは、違うのでなくて?あのときはあれが最善だと……」


 なんどかの問答を経て、カリンが黙りこくる。


 そうだ。いま言葉にだそうとしたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()これでは堂々巡りを繰り返してしまう。……でも、そうじゃないはずだ。


「《責めるよりも、挽回するチャンスがあるんだから、そこで何とかするほうがいい。そしてそれは、明日ナヴを必ず見つけることのはずだ》」

「……そうゆうことになるのかしらね」

「《だから、もう休もう。今日は、いろいろなことがあったんだから》」

「……ええ。そう、させてもらうわ。ちょっと待ってて」


 カリンが、そのまま中から出て行った。これで少しでも。休んでくれればいい。あのままだったら、僕を無理やり動かしてでもナヴの捜索に行っただろう。僕だってナヴさんを探したいから、手伝ってしまいそうだが。それにしたって、強敵だった。カリンの思いついたブレードがなかったらどうなっていたか。


「《あのブレード、扱うを練習しなくちゃな》」


 あの新しいブレードの威力は凄まじかったが、あの重さに振り回されている。少なくとも制御不能になるのだけは避けねばならない。剣術の心得など持っていない僕は、未だに「なんで斬れているのか」よくわかっていない。ただ「あれを斬る」「突く」と意思を示すことができる。カリンと重なった意思はきっとそこなのだ。だとすれば、振り方、扱い方を僕が知っていけば、それはきっといい方向にもっていけるはずなんだ。


「《この世界の剣術ってどうなってるんだろう》」

「しりたいの? 」

「《……あの、そろそろ驚かせ気味に僕の中に入るのやめません? 》」


 何度目だろう、カリンがいつの間にかコクピットの中にはいっている。そしてその手には、暖かそうなよく膨らんだ布が握られている。パンもだ。


「待っててって言ったでしょ? それに、小屋にはもう人がいっぱいだったの。だから今日はここで寝るわ」

「《……寝て、くれるんですね? 》」

「信用ないわね」

「《今すぐにでも操縦桿握って探しに行こうとするのが、さっきまでのカリンでしたから》」

「……そうね。でも、さっき小屋にいったらね。皆にいろいろ言われたわ」

「《それは、どのように? 》」

「『すばらしい功績です。姫さまと共にあることは我らの誇りです』って」

「《そうでしょうとも》」

「変ね。私、ずっと彼等が誇らしかったのに。その彼等に誇りに思われてるなんて知らなかったわ」

「《この国で、カリンが嫌な人、そうそういませんよ》」

「そうかしら」

「《まぁ、全員が全員好きだってわけじゃないとは、思います。人は皆それぞれですし》」

「そこはお世辞でも全員が好きだっていってほしいのだけど」

「《そう言ってもいいいんですが、嘘をいってもしょうがありません》」

「……でも、いまこの場にいる人たちは、嫌ってはないみたいね」

「《嫌っていたら、誇りだなんて、言いませんよ、》」

「そうね……あ、でも」

「《どうしたんです? 》」

「オージェンが私をどれだけ好きだっていっても絶対やだ。私が嫌い」

「《……オージェンさんが可哀想になるくらいに嫌ってますね》」

「いいの。私の初恋を踏みにじった男のことなんて」


 ……今、初恋といった? 誰が、誰の?


「おやすみなさい。明日は必ずナヴを見つけるからね」

「《は、はい。おやすみなさい》」


 そのまま、寝息を立てて眠るカリン。僕は、この吹雪の中膝立ちをしている。別段寒いわけではないので関係ないが、朝になったら積もった雪を落としてもらう必要がある。そうすれば探索もすぐに行うことができる。


 しかし、その意思はあるものに塗りつぶされている。カリンの初恋がオージェン? 踏みにじるってなんだ? 何をしたんだオージェン。そんな話を聴かされて、眠れるわけがない。しかし、眠らなければまた人間とのズレが出る。習慣通りに眠らなければ。


 ……結局、その日は朝日が昇るころになるまで眠れなかった。


 ◆


「ベイラー。ベイラー。起きるんだ」


 大男が純白のベイラーに話しかける。コウが初めて見たときにその男につけた名は『熊男』名前はオージェン・フェイラス。身長2mを超え、足が長く肌の浅黒い巨漢である。しかし好物は甘い物、とくに果物のはちみつ漬けが大好物だ。そのあたりは、熊と共通点があるのかもしれない。


 その男が、純白のベイラー、コウに話しかける。時刻は朝。日出から現代時間で3時間ほど経過した。コンコンと、ベイラーのコクピットである琥珀を叩く。


「《オージェンさん? おはようございます》」

「名乗ったことはあったかな? 」

「《カリン様から、お話は聞きました。情報を扱わせたらすごい人だと》」

「それは、君の言葉だな」

「《……はい? 》」

「カリン様が私をそのように褒めることはない」

「《カリン様を、よくご存知なんですね》」

「教育係だったのだ。半生を間近で見ていたと言っていいだろう」

「《……よく、知るわけですね。起こしにくるのも、その延長ですか? 》」

「それもあるが、君に、ベイラーの乗り手でもある私から、忠告も1つあるので、今日はここに来た」

「《忠告? ベイラーのことなら、カリン様から聞いているので大丈夫です》」

「私が言っているのは、乗り手側の都合なんだ。コウ君」

「《乗り手側の都合? 》」

「君たちは知りえないのだから無理もないのだが、あまりコクピットの中で乗り手を寝させないでやってほしい」

「《なんでです? ここは暖かくって、ちょうどいいのでしょう? 》」

「私たちも原因がわかっていないので、詳しくは説明できないのだが、ベイラーの中で、あまり長く座りすぎると、病気にかかるのだ」

「《病気? 》」

「我々はこれをベイラー病と呼ぶもので、足が異常に太くなり痛みが走る。息が浅くなり、そのまま吸うのも吐くのもままならない。酷いとその病気で死んでしまうことがある」

「《死ぬ!? ベイラーの中で!? 》」

「そうだ。いま、カリン様は座って寝ているな? 」

「《そ、そうです》」

「昨日は食事もさっさと終わらせてしまって……まぁ、いまはそれはいい。1日くらいは問題ない。だが連日連夜、ベイラーの中で寝させるわけにはいかない。小屋の増設も急いでいる。だから、明日からは君からも説得してほしい。姫様も小屋で寝るようにと」


 ベイラー病とはいうが、コウはその症状に聞き覚えがあった。これは現代でいうところのエコノミークラス症候群だ。足に血流が溜まりすぎて血栓ができ、それが血流を伝って肺にめぐり、呼吸困難や脈拍の上昇を引き起こすものだ。そして、やはり最悪死に至る。


 予防は極めて簡単で、足を伸ばして過ごすことだ。血流が足にたまり過ぎなければいい。図らずとも、この世界でも人体の構造は変わらないことの証明ができた。だからこそコウは、そのオージェンの忠告に、答えるしかなかった。ヘタをすれば、いつの間にかカリンが中で冷たくなっているというのがありえてしまう。それは、いくらなんでも悲しすぎる。


「《わかり、ました》」

「しかし、小屋にいらっしゃったはずなんだが、ここにいるとは」

「《空きがなかったとかで。こちらに》」

「……あいも変わらず策士なことを」

「《はい? 》」

「小屋に空きはあった。姫様用の小屋がな。しかし毛布だけもっていったのだ。……さて、忠告は伝えたぞ。カリン様! 起きてください! カリン様! 」


 その言葉を皮切りにしたように、カリンが中から出てきた。起きたばかりで目が虚ろになりそうなのを、必死にこらえている。それにどこか、顔が赤い。ふてくされているようにも見える。


「おはようございますカリン様」

「おはようオージェン。吹雪はやんだのね」

「はい。食事を済ませてナヴの捜索に行きましょう。ちょうど予定も、昨日の頑張りで二日分空いています。捜索が終わり次第、まる一日を休暇に当てましょう」

「そうして」

「それと、ジョットは帰します。ここでは病人を看護できない。またギルギルスが来るかもしれない。帰す際につけるベイラーはひと組よろしいですね」

「……ふた組みよ」

「それは、なぜでしょうか」

「もし獣に出会ってしまったら、ひとりでは戦えない。怪我人を抱えているのだもの。ふた組みなら、時間を稼いで片方に逃げてもらうことができるわ」

「……では人数が多いほうがよいのでは? 」

「小屋の充実がまだおわっていないのでしょう? それ以上はいいわ」

「では、総動員で探しますか? 」

「まさか。動ける人と、10組みを小屋に。残り8組み、2組づつ、4班をつくって、お互いをかばい合いながら捜索します。休暇をするなら、ベイラー用の小屋もいるのだから」

「……はい、とてもよろしいと思います。昨日よりはよくお考えかと」

「そうでしょうね。……先にいって! すぐ行きます」

「では、のちほど。今日は、昨日カリン様が仕留めたキールボアの肉を用意していますので」


 オージェンがその場をあとにする。キビキビ歩きすぎて、ベイラーの方が器用に歩いているようにすらみえる。そして、カリンはというと、突如として声を荒げ、なにやら地団駄を踏んでいる。


「ああもう! 馬鹿にして! 馬鹿にして! 馬鹿にして! 」

「《ど、どうしたのさ!? 》」

「あの答え、オージェンだって簡単に出せる! なのに! 私を! 朝1番で! 起こしにきて! 試しにきたのよ! 頭が冷えてるかどうかって! ああもう! 本当にやだ! 」

「《そ、そんなことないんじゃないかな? まさかそこまで……》」

「森の中で行動するなら2人ひと組、もしくはベイラーと乗り手で計4名が最低でも必要な人数! そう教えたのは他ならぬオージェンなの! それをわざわざ! 私に言い聞かせるでもするように! もぉおおおお! 」


 げしげしげしと雪にむかって地団駄を踏みまくるカリン。もう何個も足跡ができる。何から何まで試されたということなのだろう。昨日まで感情的で自分を省みないカリンが、もうそこにいないことを確認しに、わざわざやってきたのだ。もちろん、彼はコウに病気のことを忠告しにきたのもあるのだが、そちらが本命ではなかったということになる。


「《そうえば、カリン。小屋には空きはないっていうのはやはり……》」

「そう! それも! あの男はぁ! もう! いらない世話をして! 恥知らず! 枯れ木! 」

「《じゃぁ、それは、本当なの? 》」

「ええそうです! あんまりにも悔しくって悲しくって、どうしようもなくなったから貴方に頼ったの! ベイラー病も知ってる! 知っててコクピットの中で寝たの! すこしでも気が紛れるとおもったから! どう! これでいい! 」

「《い、いいです! 大丈夫です! ……とりあえず、朝ごはんを食べに行ったほうがいい》」

「そうしますとも! 」


 照れ隠しにしてはやたらと豪快な開き直りを見せたカリンは、その日、朝食であるキールボアの肉の食べっぷりで、再び共に作業をする皆から賞賛の声が上がるのだが、コウはそんなことを知る由もなかった。


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