赤目の、先に至るまで
「(これは、なんだ? 何を、見ているんだ)」
コロシアムの端で、ベイラーを呼ぶ事もなく、ただその戦いを眺めるに留まったライ。彼のもらい受けたパラディン・ベイラーは乗り慣れていないのもあり、ベイラー同士の戦いになれば、自分の不利は避けられない状況になるとあらかじめ踏んでいた。だがこうして、剣聖が現れ、その剣を振るい、あまつさえ剣聖の持つベイラー、グレート・ベイラーを呼び、戦っている。
その戦いは、ライが知るベイラー同士の戦いとはまるで違っている。
コウが手にしている、紅の刀身、龍殺しの大太刀。その大太刀に勝るとも劣らない、グレート・ブレイダーが生み出した大鎌。両者ともに激突するたびに、空間が震え、大地が割かれ、天に轟いている。
「(手数が多すぎる! )」
カリンはコックピット内で1人歯ぎしりしていた。目の前にいる相手がもつ武器は草刈りに使うような鎌ではあるが、両手でもてるように巨大にできており、さらにはそれがベイラーサイズであるのだから、当たればひとたまりもない。
「(大鎌より内側にはいったら、腕から剣が生えてくる)」
そして間合いの得手不得手を剣聖は解決している。長い得物は間合いが広く、懐に飛び込めば無防備になる。この通説は正しくもあり間違いでもある。槍や錫杖、そして大鎌ともあれば、懐に飛び込まれる前に、その長い棒部分を己の体に引き寄せ、飛び込んできた相手にむけそのまま突きを放ってしまえば相手の脳天をそのまま貫く事が出来る。では懐に飛び込む事が悪手と言えばそれもまた否。間合いで劣る以上、飛び込む事は必然なのである。そしてもし突きを避け、飛び込まれたとしても、グレート・ブレイダーはもう一方に剣を生み出して切り裂く。大鎌と剣。相反する得物を使う事の有利は、カリンが先ほど、イヤというほどライで味わっていた。
「(お義兄様に一撃を入れた時は何をした?……蹴った。いや、蹴った事が重要じゃない。お義兄様の予測を上回れた事が何よりの成果! ならば! )」
状況が推移したのは、三合目の切り結びから。グレート・ブレイダーが大鎌を横に振るう。極大の間合いであるその攻撃を、コウは踏み込みながらも上体を逸らすことで、紙一重で躱し、そのまま右手に持つ大太刀で突きを放つ。ブレイダーはその突きに対して、素早く大鎌の柄から片手を離すと、サイクルブレ―ドを瞬時に創り上げ、直線的な動きである突きに対し、ほんのわずかな力を横方向から与えることで、いとも容易く弾き返す。この時、ブレイダーがシールドの方を作らなかったのは、刃を弾いた直後に、ブレードであればすぐ斬りつける事ができる為であった。事実、ブレイダーはその剣でコウを両断せんと振り下ろす。
「コウ! サイクルジェットを! 」
《しゃべっていると舌を噛む! 》
ここで、ただの剣士であれば、頭上からの一振りを受けて勝負がついていた。大鎌と剣の二刀流を即座に対応できる剣士なぞそうそういない。だが、コウもカリンも、ただの剣士ではない。戦いの中で常に体を変化させ続けたベイラーとその乗り手である。その変化の最たる、両肩のサイクルジェットは、コウの体を空へと押し上げるほどの推力を生み出す。
コウの右肩、片方だけその炎を灯した。当然コウの体は空に飛ぶ事もなく、左側の推力が無いために、均衡を保てずに体が急激に回転する。その回転も、ただの回転ではなく、重心を片側、左足を軸にした強引な回転であり、コックピットの中に居るカリンにかかる荷重は一瞬で体重の二倍以上の負荷がかかる。
「グ、ガァアアアアア!! 」
コックピットに後付けで取り付けたベルトがカリンの体を締め上げる。急激な血流の偏りで視界の端がチカチカと瞬き、剣聖のベイラーを捉える事ができなくなる。同時に意識が遠のきそうになるのを、即座に吠え叫んで堪えた。己の体に喝を入れるように、強引に半円の軌道を描いたことで、振り下ろされた刃はコウの背後で宙を斬る。そして、喝をいれて手にした推力をカリンは無駄にする事をしない。軌道はそのままに、横薙ぎへと移行する。重心移動と推力、そして大太刀の間合いだからこその剣戟。
「コウ! 5回よ! 」
《お任せあれぇ!! 》
たった今、荷重で体を引き裂かれそうになった女が、同じことを五度繰り返せと言う。状況が問い直す暇も、隙も、甘えさえも、許さなかった。サイクルジェットがゴウゴウと燃え上がり、コウの体をさらに加速させる。そして初撃。グレートブレイダーはその剣戟を、振りぬいたはずの大鎌で受ける。大きな得物である大鎌を背後にくるくると回し、後ろ手で受け取って防いで魅せる。コウが回転したことに虚を突かれることなく対応したのである。
「(それはこちらとて同じこと!! )」
だが、カリンは剣聖に対して、一切の定石や常識を捨て去っていた。今まで相対したどんな敵とも違う相手であるが故に、己の用いれる、すべての手段を惜しげもなく披露する。サイクルジェットを用いての回転斬り。骨が軋み、視界が霞む中で行われる超常の連撃。
初撃を大鎌で防いだ剣聖は、さらに加速の乗ったコウの二撃目を受けざる負えなくなってしまう。遠心力をつけて二撃目をうけ、グレート・ブレイダーは初めて足が下がった。そして、つづく三撃目目。大鎌がわずかに持ち上がる。四撃目でブレイダーの腕に異変が起きた。コウの剣戟を受け続けていた腕に、ヒビが入ったのである。
《これは!? 》
ブレイダーが異変に気が付くより先に、最後の五度目の剣戟が届いた。両腕、手首より上、肘から下の腕部に、ミシリと亀裂が入る。その瞬間、力が入らなくなったブレイダーの大鎌は、上へと高く弾かれた。
その一瞬、胴体ががら空きになる。明確な隙がここに生まれた。しかしその好機と共に、コウもまた、五回転で勢いが有り余っている。回転が止まる事は無い。重たい物が一度加速すれば止まるのは難しい。
だが、それを可能にする力がコウにはある。
「―――やって!! 」
《応!! 》
コウはサイクルジェットの、先ほど使っていなかった左側の方を使った。右側は同時に推力を切っている。強引に軌道を変えた時でさえ荷重がカリンの体を蝕んでいる。それを今度は、加速が乗った状態での急制動。ただその場に止まる為にジェットを使った。
加速度を無視した制動。それはもはや衝突となんら変わらない。結果、先ほどとは比べ物にならない衝撃と荷重がカリンの体を襲う。ベルトで止めた上体部分。胸骨、鎖骨、操縦桿を握りしめる両腕。カリンを支えていたありとあらゆる骨が一瞬でひび割れた。意識を失わなけば耐えきれない、人体のリミッターが働こうとしている。だが痛みを知覚するより前に、カリンがコウと共に見ている視覚が捕え続けている隙を見逃していない。
大太刀を斬り返すのと、カリンが意識を無くすのは同時だった。
◇
《サイクル・リサイクル!! 》
コウの全身から緑の炎が吹き上がる。サイクルを活性させるコウの力。それは人間にも影響を及ぼす。コックピットで全身をうっ血させたカリンを治す為である。
だが、コウの力は治療ではない。元ある生命力ともよべる、命が元から持つ力の背中を押すのである。それは、傷を癒すのではない。痛みを無くす事ではない。
「―――アアアアアアアアアア!! 」
意識を取り戻したカリン。しかし彼女に訪れるのは遅延した痛み。全身の骨が折れる痛みを知覚している彼女にはそれを逃れる術はない。操縦桿をまるで最後の寄る辺のようにただひたすらに握りしめ、痛みをやり過ごす。
《操縦桿を放すな! 痛みは俺に預けろ!! 》
「わかって、るぅ!! 痛ぁあ!! この、あああ!! 」
今すぐ操縦桿を放し、その両手で体をさすらないのは、操縦桿を握ることで、唯一その痛みを分かち合う事ができる相手がいればこそ。冷や汗を全身から噴き出しながらも、状況の推移を確認する。
「どうなったの!? 剣聖は! というか私はどれくらい寝ていたの」
《寝てたのは一瞬だけよ。剣聖の方は……アレだ》
名実共に決死の攻撃であった。大鎌と剣をあやつるブレイダーに対し、サイクルジェットの変則軌道による一撃。それは確かに、グレート・ブレイダーのコックピットは真一文字に切り裂かれている。だがわずかに、傷が浅い。
「久々である」
剣聖の声がコロシアムでしんしんと響く。枯れかけの声であるが、腹に息の入った芯のある声は、いままでよりほんの少し高い。
剣聖は、機嫌が、良くなっている。
「(何だ? 何が起きた? )」
大鎌を支えにしながらも、まだ戦う意思が残っている。グレート・ブレイダーの両腕はヒビが入っている。あの剣聖に一撃を入れた。だがカリンは、それが致命傷になっていない理由を思い至れない。
《一瞬に何もかもを込める。なるほど。だがそれでは届かぬ》
《……届かない? 》
《そうだ。白い我らが兄弟姉妹よ》
ベイラーを兄弟と呼ぶその姿が、一瞬ゲレーンにたグレートギフトとかぶる。しかしその言葉は全く違っていた。
《人が生み出す一瞬の煌めきは美しい。だが我らと共にある人はそうではない》
《……ベイラーに乗る人間が醜いっていうのか》
コウが思わず反論した。グレート・ブレイダーの言いようは、龍石旅団の仲間を、今まで出会った乗り手達を貶める言葉であった。だがブレイダーはその反論に全く物怖じせずに続ける。
《その一瞬を永遠にできるのが、我らだ》
《一瞬を、永遠に? 》
《白い体を持つ我らが兄弟姉妹よ。お前の乗り手はその手段は知っている。赤く光る眼の、その先までたどり着いている》
《カリン、君、なんかやった? 》
「……やった気がするわね」
コウがコロシアムに来る直前。カリンは無意識に発した力は、コウのサイクル・リサイクルとまったく同じであった。そしてコウも、同じように力を使い、カリンが笛を使っていないにも関わらずにコロシアムにたどり着いている。それはもはや息が合っているという領域ではない。
「不思議と、貴方がずっと傍にいたような気がする」
《俺もだ。急に、カリンが居る場所に俺がいない事が酷く不自然な気がして……体がいつのまにか動いてた》
「……木我一体」
剣聖が言ったその言葉がカリンの頭に巡る。
「赤目の、次の段階」
《……それ、いいのか? 》
コウは、思わず聞き返した。
《それは、成っていいのか? 》
「……それは」
たった今、サイクル・リサイクルで己の体を元に戻したカリンにとって、その真意は、これ以上の、ベイラーとの同一化ともいえる状態を容認するのかという意味であった。
物を見るための視界。体を動かすための感覚。どれもあくまでベイラー側を補助する為の物。それが今、痛覚さえ共になることで、ベイラーであるコウが傷つけば、カリンもまた傷付く。コウの腕が砕ければ、カリンの腕もまた砕ける。
《恐れているのはお前だけだ。白い兄弟姉妹よ》
《……俺が? 》
《お前の炎は、理屈は分からぬがどうやら傷を癒すようだ。だが、それを痛みで気を失った後に使ったのはなぜだ? 》
《……何を、言っている? 》
《お前は、すでに思い立っている。その力を常時使い続ければ、その乗り手の命を燃やし続けさせられると》
《ふざけるな!! 》
コウが声を荒げる。
《カリンは人間だ! 怪我もすれば病気もする! 痛みは消せない! 》
《それがどうした? 》
激昂するコウに対し、グレート・ブレイダーはどこまでも平坦な声で応える。
《痛みは生き物に与えられた祝いだ》
《……痛みが、祝い? 》
《痛みは、だた生きる者には訪れぬ。生きようとする者にこそ与えれる》
《なんでだ……ただ生きてちゃ、ダメなのか》
《ならばお前が、その乗り手と共にみた景色を思い出せ》
グレート・ブレイダーが大鎌を持ち上げる。すでにひび割れた腕で強引に持ち上げているために、パラパラと破片が地面に落ちていく。朽ちていくその光景は、しかし他者を圧倒する意思がある。
《お前が見た景色の中で色濃く残るのは、ただ生きていた者たちだったか? 心臓が動いているだけの人であったか? 》
《……違う》
今まで出会った彼ら、彼女らは、決してそうではなかった。
《ならば、旅路で出会った者たちの為に、わが身を斬って見せよ》
《(斬ってみせよ、と言われてても……また回転斬りか? いや、あの人に二度同じ手が通用するか? )》
「コウ……アレよ」
《アレって……まさか》
「そう。そのまさか」
カリンはすでに答えにたどりついていた。攻撃する前でもあとでもなく、攻撃している最中に、こちらの攻撃を先にあてればよい。こと戦いに置いて、間合いが相手の方が優れている場合、取れる手段はおのずとかぎられてくる。後の先、先の先。技巧の表現は様々だが、古今東西の武闘家がある程度、達人の領域に近付けば近づくほど、技の威力ではなく、速さとタイミングの妙が如何に重要なのかを説く形をとるのは、戦いの歴史が紡がれ続けてきた証。
攻撃を先に当てれば勝つという、身も蓋もない真理
だがそもそも、速度でブレイダーに勝らねばならない。そして、それは赤目ではたどり着けない。
《……君の無茶がそのまま全身を襲うんだぞ》
「ええ」
《さっきまで骨が折れて痛みで叫んでた》
「さっきも痛かったのよ。でも、貴方も同じだった」
《……共有してるんだから、そうだろう》
「だから、うれしかった」
《うれしいって、なんだそれ》
「前の貴方なら、私が気を失うまで体を動かすなんてさせてもらえなかった」
《……》
「今は、一緒にいてくれる。体だけじゃない。貴方の心を感じ取れる」
コウはそれ以上、否定できなくなった。
《……分かった。ならせめて》
「何? 」
《絶対、後悔させない》
「最初からしてないわ。貴方の乗り手になってからずっとね」
グレート・ブレイダーはコウの動きをみて、ただ淡々と告げた。
《良き乗り手であるな》
《……当然だ》
グレート・ブレイダーの言葉に対し、謙遜するでもなく、卑下するでもなく凛として応える。そのどちらも、今のコウにとっては、カリンを貶める行為であった。
《俺が選んだ。俺の乗り手だ。最高に決まっている》
《うむ! 良き返事である! 》
グレート・ブレイダーにはその答えをずいぶんと気に入ったのか、大鎌を肩にのせ、その場で肩を震わせ、カラカラと笑い始めた。コロシアムの中央で、ブレイダーの声だけがよく響く。カリンもコウも、その笑いがなんの邪気もない、純粋に、面白い者に出会った事に対する反応であることに気が付くのに、ブレイダーが笑い終えるまでずっと気が付かない。
《だが、我が乗り手は、さらに良いぞ! 》
「……しゃべりすぎだ」
《はっはっは! すまん! 》
ブレイダーが、話は済んだとばかりに大鎌を両手で握りしめ、頭上で振り回す。それは間合いの中に入った物を問答無用で切り刻む行為であり、じりじりとコウへと詰めていく。迎え撃つコウ達も、大太刀を鞘に納め、腰に据えた。彼らの最後の手段。返しの居合斬りである。
「……ふふ」
そんな中、ふとカリンが笑みをこぼした。痛みでカリンがどうかしてしまったのかと一瞬コウが心配する。
《まだどっか痛い? 》
「違うわ。……自分のもてるすべてを掛けて、全力で挑むことができる。剣ではお義兄様に、そしてベイラーでは剣聖に……それだけでも、この大会に出た甲斐があったわ」
《カリン》
「いつも、何かの為に戦ってきた気がする。畑を荒らす獣を退治するため。人々を困らせる海賊を倒すため。帝都の侵略を食い止めるため……でも、こうして自分の力を発揮するためだけに戦うのが、こんなに気分がいいなんて知らなかった」
カリンは、戦いでこんなにも高揚している自分に驚いていた。全力をだしてぶつかる事ができることの喜びを知り、その上で、目の前の相手を超える。その術を試したいという欲求から逃れられないでいる。それは、剣士となった者の性であるのか、それとも暴力を是とする物であるかは、まだカリンには判断がついていない。
しかし、剣聖も、グレート・ブレイダーも、そんなカリンにこうして付き合って戦ってくれているのだと理解する。その理解はコウにもきちんと伝わっていた。
「サイクルジェットもつかって、最速で届かせる。出来るわね」
《お任せあれ》
2人の意思が重なり、やがてそれは力となって表れる。コウの全身は緑の炎で覆われ、サイクルが甲高い音を上げている。両肩のジェットはすぐにでも全速力を出せるように暖気が終わっている。
ブレイダーのすり足が、あと半歩という所までくる。間合いに入った直後、頭上で振り回している大鎌をそのままコウにぶつけるのは明白。回転の力がどれほど有効かは、先ほどコウが証明している。太刀で行って弾き飛ばせるのであれば、大鎌ならばさらなる威力になる事は明白。カリンは、その大鎌が体に当たるより先に、居合斬りを成功させなければ勝てない。
「(私の、全力を)」
《(俺達の、全力を)》
コウの全身から緑の炎が上がる中、その目だけが真っ赤に光ってよく目立っている。炎の猛りがコウの体を大きく見せ、納刀しているにも関わらず、正面に居る者を食い殺さんとする迫力があった。収めた大太刀に、あふれんばかりの炎がため込まれていく。
《「出し切る!! 」》
2人の決意が、体の限界を超えた意思が重なった時。それは起こった。カリンの頬から目かけて、緑の線が走っていく。それは樹木の表皮のようであり、コウの肌の表面と凹凸が一致している。コウの体と、カリンの体の感覚にもはや一切の差がなくなり、7mの体のコウでありカリンである存在がそこに現れる。
「ついに、成ったか! それでこそ!! 」
剣聖は、現れたその姿を感慨深くなりながらも、けっして侮らず、間合いを詰めた。
半歩先。両者の間合いである。ブレイダーは、その大鎌を振るう。触れる者すべてを切り裂くような一撃がコウに迫る。
《「真っ向、逆袈裟」》
大太刀の鞘から抜き去る。加速した刀が、コウの全体重をのせて鞘の中で走る。サイクルに呼応して大太刀が燃え盛り続けていた炎が、見つけた出口にむけて一斉に迸る。、
《「大・炎・斬ぁああん 」》
サイクルジェットが吹きあがり、コウ自身も加速して、大きく一歩を踏みしめる。踏み込みで地面が抉れながら、鞘から大太刀を解き放つ。
返しが成功していれば、その刀身はグレートブレイダーを襲っている。しかし、大鎌と、炎をまとって大太刀は、その軌道とかち合い、ぶつかり合う。鍔迫り合いが起きてしまう。
その鍔迫り合いの衝撃はすさまじく、観客席、それも後部にいたるまで、人々が席から吹き飛んでしまうほどの物。切り札を使い、それでもなお、速さで優る事ができなかったコウ達。
《一瞬を、永遠に!! 》
だが、その戦意はまったく消えていない。一撃にすべてをかけているのではない。すでに彼らはその動作すべて、一挙手一投足に全力である。体がどうなろうともはや関係ない。痛みは人体のリミッターであるが、2人の意思がそれを凌駕する。
コウの一撃は大鎌を、ブレイダーの両腕ごと叩き斬った。バラバラに砕け散る木片がコロシアム中央で砂塵をあげながら落ちていく。もはや戦う手段が残されていない。
《まだだぁ!! 》
だが彼らもまた、意思を重ねた者たち。ブレイダーの頭が、空から降って来た時と同じように変形し、角のようになったかとおもえば、それは鋭い刃となって、コウに突進していく。
すでにコウは大太刀を抜き放ち、無防備。防御をするには大きく払った大太刀を斬り返さねばならない。しかしそれをするには時間が経ちすぎている。故に。
《「サイクル・ブレード!! 」》
右手でにぎっていた大太刀を捨て、左手からブレードを生み出す。それはこの戦いの中で得た変則の二刀流。それをこの土壇場で応用して己で実践した。大太刀の間合いよりも短いブレードで、切り払おうとする。
ブレイダーの角と、コウのブレードが交差し、どちらかに刃が届かんとするまさにその時。
「もうよい!!! 」
コロシアムの一番高い場所から、声が響いた。すると、あれほど勢いがあったはずのブレイダーは突進をやめ、両足を踏ん張って軌道をそらし、コウを抜き去り、そのままゆっくりと立ち止まった。
コウの方は、突然斬りかかろうとした対象が全く別方向に行ってしまった事で茫然となってしまう。あれほどの戦意があった相手が、コロシアムで叫んだ少年の一言でまったくなりを潜めている。
「よい余興であった」
その声の主こそ、皇帝、カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラその人である。ブレイダーは、皇帝に対し深々とかしずく。すると中から剣聖があらわれ、その肩に飛び乗った。
「この体、未だ耄碌しておりませぬ」
「そうか。そうか」
剣聖の言葉に気を良くした皇帝は、コロシアムにいる全員に伝わるように高らかに宣言する。
「剣聖はいまだ健在である。ならばこの大会も無意味であろう。これにて、次期剣聖の選抜を終える事を、余はここに宣言するものである!! 」
突然の皇帝による終了宣言に、コロシアムの観客も、そして実際に戦っていたカリン達も、ただただ茫然としていた。
◇
この日、人々を熱狂させた「剣聖選抜闘技大会」は、皇帝の鶴の一声により幕を閉じた。開催日たった1日であったその催しは、未だ二人の対戦者を残しての終了であったにも関わらず、商人達がおこなった便乗商売により、最高規模の経済流動が発生し、1日で半年分以上の物や金が動いてた事が明らかになる。これが皇帝の意図したことであるかどうかは、定かではない。
この後に、遂にカリンに皇帝謁見の許可が下りた。人々の熱気も冷めた、すでに大会一週間後の事である。




