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ベイラーと晴れ舞台


 ―――剣聖選抜闘技大会、当日。


 帝都、第12番地区。商業に特化したその地区には、巨大な円形闘技場が備わっていた。数年前、帝都でも名のある貴族が巨額の費用と時間を費やして作らせたその闘技場は、建築に携わった貴族が天寿を全うしてからというもの、カミノガエ陛下はその建築物をいたく気に入り、特別に遺産として残されていた。しかし、催しの無い時は、その闘技場はただの広い空き地と化している。


 その闘技場の脇、今回特別にたてられた選手控室がある。居住性は皆無で、あくまで選手の休憩や、ベイラーを控えさせられる程度の高さだけを確保した、いってしまえば掘っ立て小屋だった。


《カリン、遅いなぁ》


 コウはそこで、自分の乗り手を待っていた。


 というのも、黒騎士オール、もといオルレイトの装束をつくったことで、マイヤの、普段隠れていたであろう、縫物欲求とも呼ぶべきツボが刺激されたのか、文字通り寝食を忘れ衣装と黒騎士オールのぬいぐるみ作成に没頭している。その最中、マイヤに、なかば連れ去られるような形で、カリンも衣装を仕立てる事になってしまった。


「おま、たせ、しましたぁ」

《あ、マイヤさん……マイヤさん!? 》


 控室を訪れたマイヤの顔をみてコウが絶句する。彼女の目は三白眼であり、かつ、視力も良くない。眼鏡を手に入れる前は、物が良く見えないため、常に眉間に皺のよった、ともすれば相手を威嚇せんとばかりの眼光を放っていた。それも、カリンが送った眼鏡によりだいぶ解消されている。


 その彼女の目が、これ以上ないほどギンとつり上がっている。その目の下には、化粧ではないかと思えるほどの真っ黒い隈ができ、頬もどこかやつれている。両足がなければ、彼女を幽霊と信じる者もいるだろう。


《ど、どうしたんですか》

「ずっと縫い針を触っていたら、目が戻らなくなってしまって」

《ごはん食べました? 》

「えっと……あれ。たしか食べた……あら? 夜食は結局口をつけなかったので……ええと」


 意識もどうやら朦朧としている。自分が最後に口にした食事を思い出せない程度には消耗していた。


《ここ、布団とかないですけど、横になってください》

「いえ、私はただ、姫様をお連れしただけで」

《カリンを? 》

「さぁ姫様」


 マイヤの後ろに控えていたカリンが現れ、その姿に息をのんだ。


 長めスカートに、すこし高めのヒール。腰に据えた剣。


「新しい装束を用意することはできませんでしたが、仕立て直すだけでぐんと良くなりました」

《カリン、その恰好》

「ええ、なんだか、もう懐かしいわね」


 それは、コウと初めて出会ったときにカリンが身に着けていた物だった。


《うん。よく似合ってる》

「あら。お世辞がうまくなったわね」

《俺がお世辞が言えると思う? 》

「ふふ。いいえ」

「裏地も、オルレイト様と同じ生地に直してあります。ちょっとやそっとじゃ破けません」

「マイヤ、本当にありがとう」

「は、い……どう、いたしま……し」


 カリンを送り終え、そこでマイヤが意識が途切れてしまった。カリンが受け止めると、マイヤはすやすやと寝息を立てている。


「働きすぎよ。まったく」

《カリン。いこう》

「ええ。手に乗せてくださる? 」

《おまかせあれ》


 コウが差し伸べる手に足をかけ、そのまま手の上で仁王立ちになる。控室をでて、ゆっくりと歩く。カリンとコウの姿をみて、衛兵が佇まいを直している。そして最後の入り口を通った直後。


「「「「―――ワアアアアアアアアアア!! 」」」


 歓声。大歓声がカリン達を迎えた。客席は満員。100や200はくだらない数が入ってる。


「こ、この人たちの前でたたかうのね」

《怖気づいた? 》

「まさか」

 

 ふんと鼻をならし、カリンが胸をはってその歓声を全身に浴びる。


「情けない戦いはできないと、改めて思っただけよ」

《ならよかった》


 この状況下で、カリンは平時とおなじ心境であった。数々の修羅場をくぐった彼らの経験は、動揺や緊張というものを遠い世界にしている。


「きたな」

「お義兄様」


 そして、カリンを見て、さきに来ていたライがその歯をみせながらはにかむ。


「やぁコウ君。久しぶりだね」

《はい。ライさん、そのベイラーは? 》


 コウが、ライの傍にたたずむベイラーをみて警戒をしめした。それは城の中でもよくみた、あのパラディンベイラーだった。オレンジ色の肌と毒々しい翡翠色は目に優しくないコントラストをしている。手に持っている武器が、衛兵と違い大きなランスではなく、両刃の大剣となっている。


「なに。衛兵の酒場に乗り込んでな」

《……はいぃ? 》

「ちょっとばかし賭けをして、そしてなんら後ろめたいことなくもらい受けた」


 ハッハッハと笑う彼の声ははつらつとしている。ライの言っている事の真偽は、彼の顔を見れば明らかだった。


《相も変わらず、というか》

「お義兄様」

「なんだい? 」

「今日は、胸をかりるつもりで、いかせていだきます」

「……ああ。全力できたまえよ」


 カリンの他の出場者はすでに出そろっていた。


 鉄拳王シーザァー。乗り込むはアーリィベイラー鉄拳仕様。


 奴隷王ライカン。彼のベイラーはまだ姿を見せない。


 フランツ。乗り込むのは頭巾(フード)のベイラー。ジョウ


 そして、最後に、真っ黒な装束に身をつつみ、仮面で隠れた顔。控えるのは、紺碧の肌に銀をあしらえた新たな姿。黒騎士オールと、ベイラー、レイダ。


 歓声が最高潮にた達しようというとき、闘技場の一番高い位置で、秘書官が言う。


「一同! 皇帝陛下の御成りである! 」


 大きな笛の音と、太鼓の音が響く。コウは、その聞こえてくる音に驚いた。


《(金管楽器の音だ……それにこれはドラムか? すごいな)》


 金管楽器。金属製の楽器であるが、ついぞこの旅で見ることは無かった。このような端々でも、ここ帝都がいかに優れた技術を持っているのかが伺えた。

 

 そして、ファンファーレが無い終わると、その玉座に皇帝が現れる。すると、カリンはコウの手から降り、膝をついた。他の出場者も同じように頭を下げている。咄嗟のことでコウは反応が遅れつつ、同じように頭を下げた。


 皇帝、カミノガエは手をあげる。その一挙手一投足で民が歓声を上げた。そして、カミノガエが、声を制するような身振りの直後、あれだけ大きかった歓声が消え去る。


「皇帝カミノガエ・フォン・アルバス・ナガラの名において、剣聖選抜闘技大会の開催を宣言するものである。両雄、その技を存分に発揮せよ」


 現代のようなスピーカーもないこの場で、皇帝の声だけが心身と響く。皇帝の声を聞き逃す事がないように、だれも声をあげていない。異様な空間がそこに発生していた。


「そして、この戦いを見事勝ち抜いた者は、余と唯一並び立つ事を、許すものである」

 

 その民の衝撃は、彼らの思想上、まさに天啓の類である。剣聖の名はここに、名実共に、皇帝と並んでいる事を改めて認識させた。


 こうして、皇帝の名のもとに、選抜大会の開催がここに宣言された。


「第一試合は、黒騎士オール! 相対するは、ライカン・ジェラルドヒート!! 」


 秘書官が対戦カードを発表した瞬間、熱狂がコロシアムに渦巻いた。



「黒騎士ぬいぐるみ! 1個! 」

「こっちにも! 2個ね! 」

「はいはい! まだ数はありますよぉ! 」


 熱狂に包まれたコロシアムの片隅で、ネルソンの商売は、これ以上なく繁盛していた。黒騎士のインパクトは、彼の想像以上の物だった。


「なんでこいつの手伝いなんか」

「サマナちゃんお店嫌い? 」

「たのしくなあい? 」

「こういうのはのっぽが向いてるんだ」

「口じゃなくて手を動かしてくださいよぉ! ほら黒騎士ぬいぐるみ3個! 」


 店番をしているのはサマナと双子のリオ、クオ。押し寄せる客をネルソンはその手練手管で捌ききっている。それはそれとしてサマナはこのネルソンの指示に従って動くというのがとても癪に障った。


「はぁ……チラシを撒くほうに行けばよかった」

「ほらぁ! こんどはバッチ! 4個! 」

「わかったわかった」


 マイヤは結局コウの控室で眠っている。そしてナットはというと、の店を宣伝すべく、チラシをもってそこら中にばらまいていた。足の速いナットとミーンだからこその仕事である。


「……おい商人」

「なんでしょう? 」

「そろそろ人がいなくなるぞ」

「はい? どうしてそんなことが」


 ネルソンが疑問におもうよりさきに、あれだけあった人の波がサァーと引いていく。


「あれ? あれぇ!? 」

「流れが集まってる。もうそろそろ決闘がはじまるんだろ」

「そ、そんなこともわかっちゃうの? 」

「わかっちゃうんだなぁこれが」


 ドカっと座り込むサマナ。リオとクオは、この店番を楽しんでいるが、サマナは言ってしまえば憂鬱だった。自分たちを騙そうとしたネルソンの元で働くことに対してもそうだが、もうひとつ、彼女特有のうっぷんがあった。


「(今朝からずっと右目が痛い……なんでだ)」


 彼女の目は無い。義眼も入っていないため、瞼の裏には何もない。だというのに、今日はずっと彼女に幻肢痛のような痛みを与えていた。


「(なんかあるのか)」

「チラシおわったよ! 

《いっぱい配った》

「あれ? お客さんは? 」

「ぐへへ……みてくださいよこれ! 決闘前なのに在庫がもう半分! 」

 

 そして、構えた店にナットとミーンが帰ってくる。すでに客足は遠のき、そしてネルソンの興奮はもはや天井知らずだった。商品を用意したのはマイヤであるが、彼も一応は手伝っている。


「旅商人が針仕事できるなんて知らなかったなぁ」

「基本、1人でなんでもこなさないといけませんからね。着てる服に穴でもあいてたら、相手は舐めてかかってきちまいます。破けたものくらいは縫えるようにしとかないと」


 売上を整理しながら、勘定を数えている。


「よし。あってる。あっしはこれからオルレイトの旦那に任された仕事をしてきすんで」

「お客がきたらどうすればいい? 」

「『今は店主がいないからあとで』って言っといてください。あんたら、とてもじゃないが金の勘定は任せられない」

「あ、あはは……まぁ、そうかも」


 ネルソンの懸念は最もだった。この中で硬貨のやりとりを経験しているのはナットだけであり、それもその経験は帝都に来てからものだった。商人からしてみれば、金勘定のできない素人そのものであった。


「代わりに、客の名前を控えてください。あとほしい品の数。帳簿はこれ! 」

「う、うん」

「品物を盗られないように! 」

「う、うん! わかった! 」

「絶対ですよ! 昼ごろには一度戻ってきますんで! 」


 木箱にはいった品物をながめながら、ネルソンがどてどてと走り去っていくのを見届ける。


「……いっちゃった」

「品物だけ誰かコックピットの中にいれるか 」

「あ。いいかもソレ。絶対盗まれない……サマナおねえちゃん調子悪い? 」

「……そう、見えるか? 」


 気が付かれた事が意外であったサマナは一瞬反応が遅れた。


「なんか、ずっと調子悪そう」

「あー……なんだろうな。まぁ、ちょっとな」

「気晴らしに散歩でもしてくれば? 」

「いや。さすがに、それは」


 サマナが遠慮するのも無理はない。今一番の年長者は彼女であり、双子とナットを置いてひとりどこかに行くのは気はひけた。


「うん。だからちょっとだけ。ずっと店番してたんでしょ? 」

「……わかった。とりあえず、品物を運んでからな」


 ナットもそれは重々承知であったが、それでも彼女を少しでも楽になればという配慮がくみ取れた。店番そのものを楽しんでいるリオとクオとちがい、サマナは生来の物としておしゃべりが好きというわけでもない。


「うん。そしたら休憩」

「はいよ」

「ミーン! ちょっとお願い」

《はーい》


 ミーンが足を投げ出すように座り込む。そしてコクピットに入るナットに、手渡すようにして運んでいく。すぐにコックピットがぬいぐるみとバッジの入った木箱でパンパンになった。


「じゃぁいってらしゃい」

 

 背中を押されるようにして、サマナは外へと出た。とっても行く当てもない。


「のっぽの決闘でも見に行ってやるか」


 自然と、その足はコロシアム内部へと向かっていった。観客席に出た途端、その圧倒的な熱量におもわず身を引いてしまう。大歓声の中、すでに戦いが始まっていた。


「さて、のっぽはどうなってるかなぁ」


 観客は誰一人として座っていない。その場の熱気がそれを許さなかった。ただでさえ大柄な帝都の人々が飛び上がらん勢いで応援しており、サマナは背伸びをしても見る事ができない。仕方なく、遠くから見守るためにコロシアムの一番端まで登り、ようやく戦っている二人をみることができた。


「……へぇ」


 彼女も、今は黒騎士と名乗るオルレイトの実力を知らないわけではない。だがそれでも、善戦すればいいほうだろうと勝手に思っていた。だが、目の前に広がる光景は想像と違っている。


 黒騎士の片手で操るレイピアが、一閃走るたびに、対戦相手は後ろに下がっていく。防戦一方であった。


 対戦相手のライカン・ジェラルドヒートに至っては、内心歯ぎしりしていた。


「(こいつ! その細い腕でなんて突きだ!? )」


 ライカンは、短い刃渡りの剣と、丸いラウンドシールドを手に挑んでいる。鎧で重武装することも考えたが、ライカンは鎧を着た経験がない。盾も剣も、つい先日もって多少稽古を積んだ程度である。それでもこうして実際に渡り合えているのは、戦いにおいて盾というものが如何に重要かを物語っている。


「(だが、この盾は使えるな)」


 すでに何度も迫りくるレイピアを盾で受けている。そうしなければライカンの腕は貫かれている。攻撃に転じようとすると、すでに間合いから遠のいており、ライカンの剣は届いていない。


「(守ったら負けるな、これは)」


 盾を構え、ライカンが自らの間合いに足を踏み入れようとしたときである。


「……それを待っていた」

「何!? 」


 黒騎士はレイピアを再び突き刺す。しかしライカン自身はまだ間合いの外にある。


「何度やっても同じこと」


 盾をかまえ、これを弾き、今度は攻める番だと意気込んだその時。


 バキリと、盾が中央から()()()()()()()()()


「な、なに!? 」

「そこだッ! 」


 ライカンの手にある剣めがけ、レイピアが走る。一瞬に連続でおきた事象に対応できず、ライカンは無様に剣をはたき落された。


「(俺は、一体何をされたんだ)」


 壊れた盾をみれば、割れた場所以外、不思議なことに傷ひとつ無かった。そしてその事実は、黒騎士が行っていた技巧の証明でもある。


「(まさかこいつ、レイピアでただ一点を突き続けていたのか!? 俺を狙っていたのではなく、邪魔なこの()()()()()()()!? )」


 思わず、前にいる黒騎士を見る。思案する暇もなく、その首元にレイピアが差し出された。


「……まだやるか? 」

「こ、降参だ」


 さらなる熱狂がコロシアムを包んだ。ライカン・ジェラルドヒートを、黒騎士が剣で下したのである。その瞬間をみた観客の声援は、黒騎士一色に染まっていた。


「「「オール! オール! オール! 」」」


  黒騎士がその歓声にこたえるように剣を掲げた。


 黒騎士とライカンの剣での戦いは、黒騎士の勝利におさまる。かに思えた。


「ベイラーでの! 」

「ん? 」

「ベイラーでの再度の決闘を望む! 」


 ライカンの宣誓に、観客はざわめいた。


「ベイラーでの決闘は陛下も望むものだ! どうする黒騎士」

「……いいだろう」


 黒騎士は一瞬、皇帝の方に目をやった。皇帝は決闘そのものにはそんなに興味がないようで、王座で肘をついてじっと眺めている。ここで申し出を断れば、どんな難癖をつけられるか分からなかった。


「(ライカンのベイラーがどんなのか知れるいい機会か)」


 黒騎士、もといオルレイトは承諾と共に、懐から龍石旅団の皆がもつ笛を吹いた。会場が一瞬静かになると、黒騎士の背後に、深緑のベイラー、レイダが現れる。


「我がベイラーを恐れぬならばかかってくるがいい! 」

《(……なんやかんや楽しんでいる)》 


 レイダといえば、黒騎士としてのふるまいが堂にはいりつつある彼に苦笑しながら、相手のベイラーを待っている。


《えー……黒騎士様。どうぞ》

「うむ」


 黒騎士がコックピットに入る。そして体全部が入った瞬間、黒騎士はその仮面を脱ぎ去った。


「プハァ!? 仮面って思った以上に蒸すな! 」

《脇に水を用意しています》

「たすかる」


 黒騎士としての仮面を脱ぎ去ったオルレイトは、用意された生ぬるい水で渇きを潤す。


「さて、どうにか剣では勝ってみせたが、これからだな」

《相手のベイラー、最初の顔合わせにもいませんでしたね》

「ああ。一体どんなベイラーが出てくるのやら」


 ライカンが立ち上がると、腰にぶら下げていた笛を鳴らした。同時に、彼の背後から、ベイラー以外の音が聞こえてくる。その音と、観客席にいたサマナが、その流れに気が付くのは同時だった。


「痛たぁ……この、流れは、まさか! 」


 それは、砂漠で嫌というほど感じた痛み。あの巨大化したバスターベイラーが現れた時に感じた、黒いベイラーの残滓。


 そして、コロシアムに現れたベイラーは、まったくもって普通のベイラーではなかった。


「……grrr……」

「おいおい……冗談だろう」


 そのベイラーは、両足が、人間の脚をしていない。台車とおなじ車輪がふたつくっついている。歩く、走るはベイラー自身ではすることはできない。そしてそのコクピットは、毒々しい翡翠色。


《アレは。まさか》

「GYAAAAAAAAA!! 」


 そして、そのベイラーの前に、動物が繋いである。大きく丸い体に、二本の大きな角。腹を空かせているのか、その口からよだれがたれ、目が血走っている。そのイノシシのような動物は、かつてコウ達が冬の森で遭遇し、苦戦を強いられた雑食の獣。


「このチャリオット・ベイラーで轢き潰してやる。いけぇ!! 」

「GYAAAAAAAAA!! 」


 ライカンが乗り込み、手綱を取ると、キールボアが吠える。今から喰らう獲物を委縮させるための叫び。そして、キールボアは猛スピードでレイダへと突っ込んでいく。上半身は人型。下半身は車輪。そしてそれを牽くのは、すさまじい突進力を有するキールボア。


「キールボアをつかったベイラーの戦車(チャリオット)ぉおお!? 」

《ですがただの突進など》

 

 冷静にまっすぐ突っ込んでくるキールボアを避けようとしたとき、ライカンは笑みを浮かべた。


「サイクル・ブレードだぁ! 」


 車輪の基部から、一本の長い剣が生えていく。横に躱した相手をそのまま轢き斬るべくうまれた攻撃に、レイダが目を見張る。


「レイダ! 」

《はい! 》

「《サイクル・クロス!! 》」


 左腕を前にし、肩から板状に生やしたシールドでそのシールドを防ぐ。単純な攻撃であるが、キールボアの突進力と、単純なベイラーの重量による質量攻撃の威力はすさまじく、レイダをいとも簡単に吹き飛ばしていった。咄嗟に防御をしたため、体のどこにも致命傷を追う事は無い。


「そりゃ、騎兵が強いんだから、ベイラーで騎兵させれば強いだろうけどさ」

《次、来ます! 》


 コロシアムをぐるりと旋回し、ふたたび迫るチャリオットベイラー。


「サイクルショットでキールボアを撃つ! 」

《はい! 》


 レイダは右手を伸ばし、針を生み出していく。彼女のもっとも得意とする攻撃。まっすぐ突っ込んでくる相手にはもはや狙いを定めるまでもない。


「サイクルショット!! 当たれぇ! 」


 半ば願い賭けにもにたオルレイトの叫び。レイダが放った針はまっすぐとび、狙い通り、キールボアに直撃する、はずだった。


「GYAAAAAAAAA! 」


 その瞬間、キールボアは己についた武器である角を奮い、真正面から飛んで来た針を叩き落してみせた。針は力なく堕ち、突進を止めるには至らない。


「なんだあのキールボア!? 」

《坊や! 》


 真正面に立っていたということは、その突進を受けるという事になる。キールボアの重量と、チャリオットベイラーの重量。それに四足獣特有のすさまじい突進力が加わり、レイダは、クロスを使いながらももろに受けてしまった。宙へと放り出され、地面にそのまま激突してしまう。


「……あの、ベイラー、同じだ」


 観客として見ていたサマナは、オルレイトの身を案じるよりも先に、そのチャリオッツベイラーをみて、ただ愕然としていた。


「あのベイラーにも、黒いベイラーの欠片が入ってる」


 コロシアムの中央で、勝ち誇るように吠えるキールボア。それを率いるベイラーからは、黒いベイラーの力をサマナに感じさせた。




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