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選ばれし傀儡たち

 

 悲願の入城が叶い、客人としてゲーニッツと同じ待遇を得たカリン。それにより、部屋の質は見違えるほどに向上した。しかし夕食を終えた彼女の嘆きは、もはや筆舌につくしがたく暗い。


「やっと、やっとお味方ができたとおもったのに」

「すまない。私にはどうすることも」

「お父様が悪いわけではないわ……でも、でもどうして」


 仮面卿の謀反を暴くには味方が1人でも多い方がいい。その点ライ・バーチェスカは義理とはいえ身内であり、その実力は折り紙付き。これほど心強い相手もいない。カリンが嘆いているのは、そのライが、カリンの出場する剣聖選抜に出場し、あろうことかその一番最初の相手に決まってしまった事にある。


「勝てる想像がまったくできません……むしろあの方はどうやってお姉様に勝ったのですか? お父様もその場に居たのでしょう? 」

「いや、居たには居たが、その、だな」


 ゲーニッツが口ごもる。その訳はすぐわかった。


()()()()()()。何から語ればいいのかわからぬ」

「そんな気がしていたのでもう良いです。」


 そっぽを向くカリン。そこに父親への期待感はまるでなかった。その仕草により、ゲーニッツの心は今、世紀最大に傷ついていた。名誉挽回の術を必死に探る。しばしの沈黙の後、思い当たる節を見つけた。それはゲーニッツが見た決闘の最後。唯一何がおこったのかを見届けた結果。


「お前に勝機が無い訳ではないぞ」

「お父様。私はこれでも努力は惜しんだことありません。それは胸を張って言えます。でもお義兄様は、それだけで勝てる相手とは思っていないのです」

「そうでは無いカリン。あの王は、だな」


 しかし、それを教えるのは公平ではないかもしれないと、ゲーニッツの自尊心が静止する。ライもまた身内であり、贔屓するのは良くないと一瞬は考えた。


「お義兄様が、どうかしました? 」

「あの王には、明確に弱みがある」

「弱み? 」

「正確には、弱点に()()()()()()()んだが」

「……それは」


 カリンも、自尊心が静止を掛ける。これから戦う相手の弱点をあらかじめ聞き、決闘に挑んでは、それは相手に対し無礼ではないかと。しごくまっとうな思考で歯止めが効く。だがゲーニッツは娘への信頼回復のために、そしてカリンは、まったく想像できない自分の勝利の姿への不安のたに。


 両者の、拭切れない己の願望が、見事に嚙み合ってしまった。


「どんなものですの? 」


 その問いを投げかけたカリンに対し、嬉々として(父としての尊厳が取り戻せることに対して嬉しがっている事を隠しながら)ゲーニッツは答えた。



「利き腕が肩から上にあがら無い? 」


 夕食後にカリン達とは別室に案内されたオルレイト達。その部屋は主に王族が連れてきた妻や子供、従者が泊まる部屋であり、調度品こそないが、つい先日泊った部屋にくらべればずっとマシになっていた。そんな部屋では、サマナがライの噂話を持ち掛けていた。今まさにカリンが聞くかどうか悩んだ末に聞きだした情報は、サーラに住まう者にとってそこまで重要ではなかった。


「なんでも、決闘で刺し違えた時の怪我が元らしくって」


 のんびりとお茶をのみながらその噂を話すサマナ。その様子は本当に、まるで明日の天気でも話すような、怠慢な空気が流れてる。


「なんだ。マイヤが淹れてくれたお茶のが美味いな」

「恐れ入ります」


 お茶の味の違いが判る程度には、旅を続けていたことを珍しく感慨深くなっていると、話の続きを聞きたがるオルレイトが遮る。


「いや待て。そもそも刺し違えたってなんだ? 」

「そりゃ、王様とゲレーンの姫君との大決闘でだよ」


 サマナの姫君は、カリンの事ではなく、クリンの事であった。


「酒の席でよく話題になるんだ。2人の戦いが、如何に凄かったか」

「まぁ、凄い戦いには違いないだろうさ」

「で。我らが王様は、刺し違えで、ぎりぎり勝ったんだって」


 オルレイトが知る限り、カリンの姉、クリンは武芸においてゲレーンでは右に出る者はいなかった。そんな彼女を打ち破った男が一体どんな戦いをしたのか、興味がないわけではない。旅を始めてからというもの、剣を修めはじめて、ようやくクリンが剣術においてどんな次元の人間かを理解しはじめている。


 その理解とは、あまりに高次元すぎて自分では理解できないという事。その高次元で戦っている彼女と対等に戦ったライという人物がどんな戦いをしたのか。まったく想像がつかなかった。


「サーラ王は刺し違えてでもクリン様を殺したかったのか」

「うーん。それは違うと思う。」


 食後に出されたお茶を飲みながら、当時の噂話を思い出す。


「最後に刺し違えになったのは、単にそうしないと絶対に()()()()()()()()()()()って話だったし」

「……その、決闘の作法として、それはどうなのです? 」


 お代わりのお茶をだしながら聞いていたマイヤが訪ねる。


「決闘は命を奪うものではあってはならない筈」

「まぁそれは状況次第ってやつかな。その噂は嘘でもないし」

「それはなぜ? 」

「一回、姫様達と温泉に入ったんだけど、そのとき、確かに傷は残ってたぜ」


 このあたりかな、とサマナが脇腹あたりを指さす。


「あんまりに大事そうに撫でるもんだから、最初傷が疼いてしょうがないのかと思ったよ」

「クリン様が負けたのはその傷が原因か」


 もはや呆れながら、呑気にお茶をすする。


「そして王様の方には肩に剣が突き刺さってたってよ」


 オルレイトの口からお茶が噴き出る。幸いだれにもかかる事はなかった。


「それで良く生きてたな!? 」

「オルオルきたない」

「す、すまん」


 オルレイトが自分の不始末を片付けている中、その噂の真意を考える。


「その時の傷のせいで、王様は肩から上に腕があがらないんだと」

「なら、カリンには勝機があるな」

「勝機? 」

「右手をあげられないってことは、攻められたとき防げないってことだ」

「……なんで? 」

「言葉で説明するより……あー、サマナ、少し手伝ってくれ」

「あいよ」


 双子が純粋な興味で聞と、実際に見てもらうべくサマナに助力を乞う。


「サマナは右手で剣をもったふりをしてくれればいい」

「わかった」


 両者が相対し、それぞれ剣をもったフリをして立つ。


「サーラがどんな剣術を使うかはしらないが、剣を使う以上、右か左かに剣はある」

「何当たり前のこと言ってるんだ」

「当たり前だから重要なんだ。剣で剣を防ぐとき、お前はどうする? 」

「どうって」

「打ち込むぞ。そら」


 オルレイトが振りかぶり、サマナからみて左側に打ち込む。サマナもそれに対応すべく、剣を持ち上げようとしたとき。


「あ」

「そうだ。右手で持った剣で左側の攻撃を防ごうとする時、たいてい右腕は()()()()()()()


 実際、オルレイトの攻撃を受け止めようとしたサマナの右腕は、肩より上にある。それは彼女が無意識に行った動作であり、基本が染みついている証拠だった。それをみて、双子がぱちぱちと拍手を返す。


「だから、姫様はライ王の左側をひたすら狙い続ければいいわけだ」

「あれ。もしライって王様が左手だけで剣を持てる人だったら? 」

「その場合は、逆に右側を攻めてやればいい。右手で右からくる攻撃を受けるのは楽だが、左手で右からくる攻撃を対処するのは結構手間がかかる」

「のっぽ。お前は戦いの事まで理屈臭いのな」

「悪かったな」

「でも、それなら姫様は絶対勝てるってこと!? 」


 無邪気に笑うナット。双子もつられるように笑う。


「もしかして、姫様が剣聖になっちゃうのかな」

「まぁ、それはそれで見てみたいが、これには重大な欠点がある」

「なにさそれ」

「サーラ王の得物が剣でない場合、この戦法は通用しない」

「槍とか、斧じゃ通用しないの? 」

「槍の場合、まずカリンが間合いに入るところから難しくなってくる。斧の場合は、そもそも斧は防ぐ技術より如何に早く相手にあてるかの勝負だ。カリンが一撃浴びせる前に、相手はこちらに斧を叩き込んでくるだろう」

「のっぽ。お前どっちの味方なんだ? 」

「あのなぁ、僕はだだ、戦法の話をしているだけであって」

「なら姫様がはどうやれば勝つのさ」

「そりゃ……まぁ」


 今度は槍を見立てて、サマナを狙うような動きをする。


「槍の怖さはその間合いの広さと威力。そして突きだ」

「へぇ。薙ぎ払うのが一番強いとおもってた」

「一番じゃないだけで、どれも十分強い。たとえば」


 槍を大げさに振り回すようにしてサマナに近付くオルレイト。サマナはそれを一歩さがって対処する。振りぬいた後のがら空きになった胴体に、サマナが見立てた剣を入れようとしたとき。


 オルレイトは穂先のついていない棒の部分で。振りぬいた槍を滑らせ、すぐさま突きへと転じる。幸い予備動作を大きく見せていたため、サマナは突きを躱す事が出来た。


「―――伸びた? 」

「そう見えるだろう? 」

「(……そう見えましたか? )」

「(いや、僕には全然。オルレイトが棒で突いたようにしか)」


 横からの視点では、オルレイトはただ穂先の無い方で突いただけにすぎない。しかし、視点を正面に移すと、その突きは点の移動であり、相手からしてみれば突然その点が迫ってくる形になる。


「存外、槍はその間合いを自在に操れる。僕ならそもそも剣で槍に挑みたくない。同じ槍を使うか、遠くから弓で戦いたい」

「斧は? 」

「……斧の場合は、その威力と存在感かな」


 オルレイトの実家、ガレットリーサーは代々斧術を修める一族である。その斧の特徴は、畏怖と威力にあると、父から教わっていた。


「雄たけびをあげながら、鎧だって押しつぶすほどの威力を持った一撃を浴びせる。素人ならその一撃を恐れて身が縮む。それこそ斧の特権だ。剣とちがって重いから、攻撃を防いだり、鍔迫り合いとかは難しいが、そもそも、斧の一撃が相手に当たって無事なわけがない。」

「確かに」

「オルレイト様の話を聞いていると、まるで剣が弱いように聞こえてきますね」


 マイヤが2人の見立て稽古を眺めながらつぶやく。その意見について、オルレイトは肩をすくめながら答えた。


「これは僕の実体験なんだが、たぶん実際に弱いんだ。武器の耐久力。重さ。間合い。どれも斧にも槍にも叶わない」

「身も蓋もない話になってしまいました。そんなつもりは無かったのですが」

「だが、槍にも斧にも無いものが剣にはある」

「それは何です? 」

「速さだ」


 オルレイトは自分の剣をするりと抜く。手になじんだそれは、己の手足の延長のように自由自在に動かすことが叶う。


「斧より軽いから速い。槍より短いから速い。だから勝てる。でも、速くするには、それ相応を修練が必要だ」

「それならば、この世のすべての武器の中で、ナイフが一番強いのですか? 」


 マイヤが素直な疑問をぶつけた。彼女は武芸に疎く、オルレイトの話も半分ほどしか理解できていない。しかし、速ければ勝つのであれば、一番は軽いナイフになるはずという疑問に行き着いた。


「まぁ速いからそうなる。問題は、ナイフでそんなに速く動けるほど修練を積んだ人間なら、剣だろうと槍だろうと斧だろうと、どれ持っても強いって事だな」

「……よく、わかりませんね」

「あくまで武器はただの道具だ。どれだけ良さがあっても、それは使い手次第」


 眺めていた剣を修める。その言葉は、自分への戒めも込めていた。


「だから僕は、武器を比べて何が強いか、なんて話は、あまり好きじゃない」

「そうなんですか? 殿方は好みそうな話題ですが」

「マイヤ。君は洗濯板を数十種類ならべて、どれが一番良いか決めるか? 」

「……決めませんね。()()()()()()()()

「そう言う事だ。結局、自分が一番得意な武器で、戦えればいいのさ」


 ぴらぴらと、件の大会の条件がかかれた紙を見る。


「剣聖選抜大会……ベイラーに乗れることが条件……家柄問わず……」

「オルレイト様? 」

「謀反の敵か味方かくらいは調べたいが、一番手っ取り早いのは相手と戦うことなんだ。ベイラーが人工の物だったら仮面卿の息がかかってるのがわかるし、そうでないにしろもっと手っ取り早く調べる方法が……方法が……」


 オルレイトがじっとその紙を眺める。参加者に名を連ねる鉄拳王と奴隷王。サーラの王に、カリン。奴隷王の腕はまだわからず、何か策を用いてくるのは明らか。


「策、か」

「オルレイト様。お茶のお代わりはどうします? 」

「ありがとう。お願いするよ」


 オルレイトがお茶を吹いたのを察し、新しいお茶を頼もうとするマイヤ。いつも通りのきめ細かな気配りに関心しながら、ふとマイヤをみる。


「……マイヤ、君は裁縫が得意だな? 」

「え、ええ。多少は」

「一つ、見繕ってくれないか? それにみんなの意見も聞きたい」


 オルレイトが、こうして大会にある策を用いる事を考えた。その策はカリンを想っての事であり、その内容は、大会当日までカリンに明かされることは無かった。みなすっかり忘れていたのである。オルレイトが考えたその策はあまりに素っ頓狂で、しかしその用意された『策』に対し、裁縫を担当したマイヤが異常に熱の入りようによって、恐るべき完成度になってしまった事も、十分に作用した。みな、どこか不安を打ち消そうと必死で、それが悪い方向に向いたのである。


◇ 


「惜しいなぁ。実に惜しい」


 酒をぐびぐび飲みながら、同じく王城でくつろぐライカン・ジェラルドヒート。彼もまた王族であり、ゲーニッツと同じような豪華な客室である。持ち込んだ酒は、この国でも手に入りにくい希少な物。通常、来賓の部屋に物を持ち込むことは禁じられている。それは城の中に毒薬を持ち込ませない為の決まりだが、その禁を破ってお咎めが無いのは、ライカンが衛兵に賄賂を送っているためである。酒以外にもさまざまな品を賄賂で融通し、もはやその部屋からは元から自分の物であるかのようにのびのびとくつろいでいる。


「双子は手にはいらなかったかぁ……で、何? あの騒ぎはお前? 」

「……」

「ああ、()()()()()()()()


 ライカンの下で跪いている彼は、リオとクオを捕まえようとしたあの青年、フランツである。主より許可を得たため、口を開く。


「あれは違う。別の間抜けがやった」

「なるほど……あの姫にそんな価値があるとは思えないけどなぁ。まぁ俺の好みと外れてるのもある。もう少しお淑やかなのがいいんだ」


 酒を一口。水でも飲んでいるかのような勢いで飲み進める。まるで顔が赤くならないのは彼の酒に対する強さを表していた。


「で、お前は他に何をみた? 」

「白い、ベイラー」

「……ふぅん。白か。たしかに見ないな。でもベイラーはこの前()()()ばかりだしなぁ」


 もちこんだ酒のつまみである燻製を無遠慮にかぶりつきながら、その品物について考える。


「でも、そのベイラー、変な力を持ってた」

「力? 」

「炎を操って、人を治す」

「……おい」


 ライカンは、口調をそのままにち上がったと思うと、突然フランツを蹴飛ばした。フランツは反抗することなくそのまま壁に体を打ち付ける。口が切れて出た血を拭っていると、ライカンはその顎を脚で持ち上げた。


「俺は冗談は嫌いだ。知ってるだろう? 」

「……冗談、じゃない」

「なら、証拠をみせろ」

「……ナイフ」

「は? 」

「1人、ナイフで刺した。殺したと思った」


 もぞもぞと足に仕込んだ暗器であるナイフを取り出し、ライカンに見せる。ライカンも彼の仕込み武器の事は知っており、そのナイフが汚れているという事は、彼が命を奪った証でもある。


「でも、追い打ちを掛けようとしたとき、白いベイラーがそれを治してた。あいつら、下水道まで落っこちていったから、追いかけられなかったけど」


 フランツは一度、退却すると見せかけ、追ってきたところを踵を返して追撃する気でいた。この時のカリンの違和感は、このフランツの考えを直感で感じ取っていた為である。


 フランツ自身、自分が即座に追われない事を不信に思い、物陰に身を潜めて観察しに戻ると、コウがオルレイトを治している場面を目撃していた。


「なるほど。人を即座に治せるベイラーに、その乗り手で田舎の第二皇女か……ふぅん」


 足から顎を外し、席につく。そして靴が汚れた事をみつけ、青年に命ずる。


「拭け」

「……」


 自分の血がついた靴を、丁寧に拭い始める。


「いや、第二なのは元か。今はもう姉の方がいない。ならそいつと結婚すれば、俺は晴れてゲレーンの第一王子となるわけだ……現王様にはさっさとご隠居してもらえば、ゲレーンという国丸々一つが俺の物になる。田舎の空気は吸いたいとも思わないが、ベイラーがよくいるとなれば、それはいい商売になる」


 頭の中で簡単な計算が行われ始める。そして最後に。


「ついでだ。お前も選抜にでろ」

「……せんばつ? 」

「これだ」


 靴を磨き終えたフランツに、無用だと言わんばりに紙を叩きつける。そこには剣聖選抜大会とある。


「お前でも出場できる」

「……勝てない」

「勝つ必要はない」

「勝たなくて、いい? 」

「そろそろ参加者が分かるころだ。そうしたら、先んじて前日にお前が殺せ。そうすれば当日、お前は不戦勝だ。理想としては、勝ち抜けで最後に俺と当たって、俺が勝てるように芝居を打つことだが、まぁ勝ち抜け表次第だな」

「分かりました。出場、します」

「よし」


 談合以外の何物でもない企みだった。しかし彼はそこになんら感情を挟まない。彼はなにも名誉と誇りを糧に地位と権力を得た男ではない。そのそも彼は名誉や誇り興味はない。剣聖という名も、そ名が欲しいというより、その下にある権力欲しさだった。


「うまくいけば、あの皇女と剣聖の名が手に入る。これは中々金で買えない」

「選手がわかる、日付は」

「募集してからかなり経った。あと3日といったところかな」

「……その間だけでいい。一度もどりたい」


 フランツが見上げながら問う。その問いに、最初は難色を示しながら、しかしこの後の大きな仕事を考え、彼には休養を申し付ける事が、より多くの利益を生むことを打算する。


「いいぞ。ただし2日だ。3日目は俺の、あの買ったベイラーの慣らしを手伝え」

「分かりました。ご主人(マスター)

「そうだな。今日はもう用はない。さがれ」


 フランツは首で返事を返し、そのまま部屋をでていく。彼がここで寝泊まりすることをライカンは許していない。フランツにも、他の者と同じように従者用の部屋が用意されているにも関わらず、基本的には城の外にあった、あの粗末な小屋に寝泊まりさせていた。


「奴隷も休ませないと、働かなくなるからな」


 彼は、奴隷の扱いに対しては厳格だった。決して対等ではなく、決して甘やかさない。休ませるが、その分働かせる。怠ける者には罰をあたえ、良い働きをする者には褒美を与える。そうすることで、奴隷はうんと長持ちすることを、彼は長年の経験で知っていた。


 だからこそ、フランツを同じ人間として扱わないのは、彼にとって当然の戒律であり、信念である。なにより、奴隷は高く、売る時も買う時も慎重になる。その意味では、ベイラーを操れるフランツを買えたことに、彼は十分満足していた。


「フランツのベイラーがどれくらいやれるかだな……それも試しで分かるか」


 酒を注いだグラスの脇におちた契約書。法外な値段の書かれた書類の中に混じる、ベイラーの文字。それは、奴隷王ライカンが買い付けた、バルバロッサ製の人工ベイラーの詳細。


 オルレイトの予想通り、ライカンには仮面卿の息がかかっていた。


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