森での戦い 3
ロボットで狩りをしても、生き物を殺したという事実がなくなるわけではありません。
「《ナヴさんは大丈夫ですよね? 》」
「ベイラーを食べるキールボアなんていないわ。動かなくなったらそれまで。今度はまたこっちに来るだけでしょう」
「《やつらの縄張りだってわかっていれば、もっといろいろ手があったのに》」
「……そうかもしれないわ」
「《うまくできれば、ナヴさんが、ジョットさんがあんな目にあわずにすんだ》」
「それは、私が、貴方をうまく使えてないと? 」
「《そうじゃない!そうじゃないけど……》」
「悔やむのはあとにしなさい。……ナヴが言っていたこと、覚えている? 」
「《ベイラーを、憎んでるっていうやつですか? 》」
「キールボアもそうだけど、ギルギルスがあそこまでベイラーたちに向かってくるなって珍しいの……このあたりで、なにかが起こっているのは確か。でも一体何が……? 」
「《カリン! 前! あれじゃないのか!? 》」
あたり一面の雪の中に、一箇所だけ、集められた木の実が置いてある。その奥の空間は、周りの雪と違って、人の手がはいっている。
「キールボア用の落とし穴! 見つけた! あれに落とせれば……コウ! 後ろ!! 」
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」
頭上がら雄叫びであろう咆哮が上がる。跳躍から、2本足で着地し、体重をのせ振り上げられた両拳が、今まさに僕を襲う瞬間だった。
カリンが再びシールドを展開しようとして、先ほどのことを思い出す。壁のようにシールドを出せば、キールボアの突進に気づけない。
故に、カリンは別の方法をとった。サイクルブレードを展開し、両腕で掲げる。切っ先が下に向かう、上段の剣戟を防ぐ際の構え。
肥大化した両拳と、白色のブレードがぶつかりあう。両腕から嫌な音がかき鳴らされるが、カリンの目論見はうまくいった。切っ先をそのまま下に下げ続け、受け止めた拳を、ブレードでそのまま受け流す。ずりずりと間抜けに滑っていき、勢いを殺せずに、ギルギルスは前につんのめる。
拳を受け流し終えた瞬間に、刀を跳ね上げ、振り下げる。大上段からの唐竹割りの動作。狙うは……あの凶悪な腕!
「《もらった! 》」
カリンの操作に誤りはなかった。剣の稽古をやっていると聞いたことがある。このような剣捌きは、最初からお手の物なのだろう。だが、それは相手もおなじだったようだ。ギルギルスは、その顎を開け、大上段からの一撃を、ギリギリで防いで見せる。強靭さを誇る顎の力と、タイミングが完璧にかみ合い、サイクルブレードがその口に挟まれる。
この生物は、顎で真剣白刃取りをしてみせた。バキバキバキと、サイクルブレードが、途方も無い力で噛み砕かれた。しかし休んではいられない。こちらは、再びブレードを展開し、そのまま、逆袈裟で切り上げようとする。
が、ギルギルスはそれを許さなかった。体を、片足を軸に器用に半回転させる。そのまま、重心をのせたしなやかな尻尾を、こちらに振り抜いた。
こちらはブレードを展開するまでの一瞬の隙を突かれて、その攻撃が、脇腹にあたってしまう。僕らは、後方へ無様に吹き飛ばされた。……森の中の、一つの木に叩きつけられる。そのまま、ずるずるずると、尻餅を付く形で、座り込む。力が入らない。カリンとの共有が切れたせいだ。。
「《カリン! カリン!! 》」
「だ、大丈夫……また、頭をぶつけたけれど……」
「《怪我はない? 》」
「血は出てないから平気。……」
すぐに、共有が始まり、視界がコクピット内部のモノに変わる。カリンも、僕の視点にかわったはずだ。それにしても今の行動をみて、二人して、先程までの戦闘を振り返ってしまう。死角からの一撃。他者との連携。さらには相手の武器破壊。そこからさらなる追撃。まだ死角から一撃を加えるのはわかる。狩りにも使うことはあるだろう。
問題は後ろの2つだ。群をなさないギルギルスが、連携をする。それも相手は別の種だ。そして、今さっきやってみせた、こちらの武器を砕く行為。この2つはあまりにも狩りから離れている。知能もそうだが、その対応がうますぎる。これではまるで……
「このギルギルス、ベイラーとの戦いを経験しているとしか考えられない」
「《キールボアも、そうみたいです……狩りでこんな2頭を逃がしたって話、ききましたっけ? 》」
「そんな話きいてないわ。すくなくとも、こんな大きなのが出てるなら、討伐隊を組むような問題だもの。ああもう! この問題は後で話しましょう。それより、もし相手が戦い慣れてるなら」
「《……罠に気がつかれる? 》」
「考えたくないけど、普通に誘導しても落ちてくれなさそうね。……どうする」
カリンが、いくつもの作戦を頭に思い描く。
まず全速力で逃げるプラン。しかしこれは、腹立たしいが、僕の速力ではどちからかも逃げられそうにない。そして逃げられなければ、ナヴの二の舞になる。もし僕がそんな目にあったならば、この寒い森の中で、カリンはひとりになる。それはまずい。次に各個撃破。……なんの手立てもなく、あのギルギルスを倒せか?それも、追いかけてくるであろうキールボアが来る前に。
サイクルブレード。サイクルショット。サイクルシールド。戦いで使えそうな道具はこの3つ。キールボアに対しては、ショットを楔として、ブレードの一撃を与えることができた。もう一度それをやるか……だめだ。そのそもブレードがギルギルスに通用しない。先ほどの白刃取りがある。そしてあの策は、キールボア単対だからこそできたことだ。悠長にショットを構えて狙い通りに撃てる気がしない。
罠を使う手立てはどうだ……少なくとも、どちらか片方の足は止められる。キールボア用といっていたのだから、それでなんとかなる。やはり問題はあのギルギルスだ。どうすれば奴を攻略できる。攻守共に隙がない。近づけは、あのハンマー状になった拳で潰される。離れようとすれば、今度は尻尾の一撃が飛んでくる。 どちらを相手にするにせよ、まずは動きを止めさせなくては。
「もっと重くて強い剣なら通用するかも……コウ。ブレードって重ねられる? 」
「《ミルフィーユシールドみたく? 》」
「そう」
「《作ってみなければ、なんとも……カリン!! 》」
ギルギルスが、僕をめがけて再びその拳を振り下ろす。カリンは尻餅になっている僕を横に転がし。立ち膝の状態にして態勢を戻す。また、ギルギルスが体をひねっている。尻尾の一撃がくる。
「作って見せて! サイクルミルフィーユブレードね! 」
「《ミルフィーユ気に入ってるね! 》」
重ねようとして……気がつく。あれはシールドを立てた状態で連続して創りだすことによって層を出すものだ。こうして手持ちのものを何度つくっても、重ねるというのはできない・
「《カリン! 重ねるってどうやって! 》」
「え、ええと……ああ! 包むの! 」
「《包む? 》」
「1本目のブレードを芯にして、さらにもう一本ブレード作るの!! やって!! 」
「《簡単に言いますね!! 》」
ブォオンと、目の前を尻尾が通りすぎる。後ろに跳躍し、距離をとる。左腕、その上腕部分に右腕を乗せ十字に組む。そのままサイクルを回し、ブレードを作る。ここまではいつもの通り。ここから、いつもとは違うことをする。
いま作ったブレードを、もう一度左腕の上腕部に、根本の部分、日本刀でいうなら、鍔の部分をあてる。ブレードと上腕で、今度はブレードの分、横に長い十字を組んでいる。
「《この作ったブレードを、芯にして、もう一度……》」
理屈はシールドでやったことと同じだ。それもブレードでやればいい。
ゴゴゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴと、ブレードの上から別のブレードが出来ていく。
さきほどまで使っていたブレードより、さらに大きく、太く。刃渡りがそのまま1.5倍、太さは2倍になった刀が出来上がっていく。
「このまま振り抜く!! 」
カリンが叫び、出来上がったその刀を、振り上げる!!
迫り来る尻尾が、そのまま、刃に激突する……鈍い衝撃が手に伝わりったとおもえば、尻尾の一撃は、自分たちの頭上へと逸れていった。前の刀なら折れていたであろうその衝撃を、今度の刀は耐え切った!
ギルギルスが、そのまま体を向き直して、こちらに相対する。今の尻尾の一撃が防がれたのか意外だったらしい。ここで、はじめて、ギルギルスが一歩引いた。こちらが、相手に様子見をさせたのだ。……しかし、こちらも問題が起きている。主に、ブレードの事でだ。
振り上げたブレードを、空中で静止させることができず、そのまま振り抜いて、後ろの地面に叩きつけてしまった。それによって大きくバランスも崩してしまいそうになる。カリンはそこで、咄嗟にブレードを手から離した。そのまま後へ、ステップの要領で、ギルギルスとの距離を取ると、同時に、地面に刺さったブレードを握りなおす。そのブレードを支えるために、肩に載せた。構えなどあったものではない。
「うまくいったみたい。これじゃミルフィーユじゃないけど……もしかして、刀が重い? 」
「《もしかしなくとも単純に重さが倍! いつものように降ったら体をもっていかれる! 》」
そうだ。重い。シールドのときはそれを「振り回す」なんてことをしなかったから、まるで考えなかった。
「この武器は、サイクル……なんて名前にする? 」
「《名前は、あとでいいと思います……》」
しかし、この重たい武器はギルギルスに一定の効果がある。それがわかっただけでも一安心だった。……キールボアの足音が聞こえるまでは。そして、カリンが作戦を思いついて、その内容が頭に入り込んでくるまでは。
「《……タイミングがシビア過ぎない? 》」
「キールボアは動けなるなるし、ギルギルスもこのブレードなら通用するのがわかったんだから、なんとかなる」
「《失敗したら? 》」
「……キールボアの突進をモロにくらったて、ギルギルスに潰されるだけ。でも成功すればいいだけでしょう? 」
「《……もっといい手は? 》」
「思いつく前に私たちがいなくなる」
「《……うーん》」
「あ。いっこだけある」
「《なに? 》」
「私を木の上に放り投げる。貴方を見捨てて、私だけ助かる」
「《そうしよう。カリンの運動神経なら木の枝に捕まるくらい余裕だ》」
「そうじゃないでしょ!! 」
「《……いや、博打を打つより全然いい。最悪僕は這ってでもいく》」
「私が嫌なの! だから却下」
「《……そっか》」
「だから、実質一択なの! やる!? やらない!? 」
カリンの策は、博打だ。タイミングと、カリンの予測している罠の『深さ』が食い違っていれば僕はキールボアの槍に貫かれ、ギルギルスのハンマーに砕かれるだろう。
……でも、カリンが僕を信じて、考えてくれた策だ。なら。僕の答えは一つだ。
「《お任せあれ》」
カリンがあたりを見回し、ジョットさんが作ってくれた罠を見つける。距離にしてもまずは移動だ。そのために、ギルギルスをすこしだけやり過ごす必要がある。
サイクルショットをギルギルスの足元に放つ。鈍い音と主に、足元の雪が舞い上がる。ついでにもう一発、今度は本体へ。これは器用に尻尾で弾かれた。これで、雪が目くらましになってくれる。僕らを見失うまで行かなくともいい。すこし標的がみえなくなったことでまよってくればいい。
僕らはすぐさま駆け出した。そして3歩駆け出したときに、いまさっきまでいた場所に、ギルギルスが飛び込んできた。両腕を振り上げ、誰もいない空間に雪による柱があがる。水柱ならぬ雪柱だ。あのギルギルスは、迷うくらいなら行動するタイプのようだ。しかし、空振りのうえ、さらに雪が舞うことでさらに目くらましが濃くなった。これは嬉しい誤算だ。
こちらは、自分の足元を注意しつつ、キールボアの足音にだけ耳を傾ける。罠の大まかな方向は、さきほど確認をすませている。あのキールボアも、ギルギルスの行動に驚いていて早くも思考の隅にいきそうだったが、あの槍を携えた猪も、こちらの攻撃の意図を察して、ベイラーの体の上まで跳躍するという、外見からは考えられない機動性と、勘のよさを備えている。その行動を踏まえ、カリンは、そもそもキールボアが罠に落ないというかの可能性を考えているのだ。
……では、どうするのか。
カリンは、僕を、罠の後ろではなく『前』に配置させた。当然、僕の背には、ジョットさんとナヴさんが拵えてくれた落とし穴がある。普段使用する物より一回り大きくなったブレードを、雪にすべらせながらも下段に構える。立ち位置と構えを、そして覚悟も決めた。
これで。すべての準備は、整った。
雪による煙幕が晴れていく。それと同時に、キールボアがこちらをめがけて一直線に駆けてくる。
肩の槍には……ナブさんの体の一部であろう、薄い黄緑色をした欠片がついている。
それを見た瞬間、この胸に、熱く、それでいて粘着くような感情が湧き上がってくる。この感情は、知っている。知っているはずなのに、あまりにも久しぶりで忘れている。なんだ。この、燃えるように熱いにの、体の内側に篭っていくように巡っていく感情は。それも、これはカリンのものではない。僕が思っていることだ。
……そうだ、これは、怒りであり、同時に敵意だ。絶対に許さないという。必ず報いを受けさせてやるという感情が、この胸に渦巻いて仕方ない。ブレードを握る手が、カリンが動かしているでもないのに、力が強くなっていく。この体にありもしない歯を食いしばる。
あいつを許せない。許せない。許せない。よくもナヴさんを。よくも。よくも!よくも!!
必ず……――ス
敵意が、また、別の物に名前を変えようとしたとき、カリンが声をかけてくる。
「……大丈夫。ナヴは助けます。助かります。今はタイミングだけを! 」
「《でも! 》」
「怒っているのがあなただけだと思わないで! それとも、感情に任せて武器を振るって、あの2頭に勝てるとおもっているの!? 」
「《……必ず助ける。だから、成功させる! 絶対に! 》」
「言われなくたってそうする! 」
渦巻いていたものが、体の中から不思議と抜けていく。その代わりに、満たされていくのは、この策を成功させるという決意。先ほどまである感情が、塗りつぶされるでもなく、書き換えられるでもなく変わっていく。それは、もっと大きく、この体に染み渡っていく。
もう、あの篭るような熱さはない。代わりにあるのは、決意による別の熱さ。そして高揚。その高揚は、僕ひとりのものではない。カリンと、僕とで、2人分の感情がこの体に迸る!
重なった感情は、赤い目となって光を放つ。この白い平原の中で灯火を超えて、輝きをもってして、2頭を攻略せんとする!!
「GAAAAAAANN!! 」
突進してくるキールボア。反対方向からはギルギルスもやって来ている。罠を使うこの策のチャンスは一度。失敗すればそれまで。
でも、成功すればいいだけ!
カリンは最初の一手を切る。足を踏ん張り、下段に構えたブレードを、そのまま、キールボアの足に向けて横になぎ払う。それに対するキールボアの行動は、またしても同じ。
その図体に似合わない俊敏さともってして、こちらの必殺の一撃を難なく回避する。強靭な体を遺憾なくっ発揮して、僕を足蹴にして後方へ飛ぶ算段だ。このまま足蹴にされ飛ばれても、後ろの控えた罠に落ちることはない。だから……
『僕らは1歩後ろに下がった』
……僕らの位置取りは、そのまま罠の『前』だ。そのまま後ろの下がれば、もちろん落ちる。薄い木の板で出来ていたであろうその蓋を、遠慮なく踏み抜いた。薄い黄緑色をしていたから、これもきっとナブさんが作ったのだろう。僕らの1歩で、雪を巻き上げ、板を弾き飛ばし、僕らは落ちた。深さは……
「よし!! 這い上がれる!! いい深さねジョット!! 」
僕らの足がハマる程度。2~3mほどだ。ズゴォンと片足を落とし穴に埋まらせる。だが、カリンの言うように、這い上がれないほどではない。そして落ちたのは僕らだけではない。『僕らを足場にしようとした』キールボアは、その僕らが、突然下に消えたことで、足場を失った。……大きな図体で、こちらの頭を超える高い跳躍力。木々を何本も粉砕するあの槍。こちらの意図を察する勘。どれをとっても驚異的だ。
だから、あえて同じ繰り返しを行った。1度目の相対の時に行った攻撃。足元を狙い、行動を封じるこちらの手を、さらに上回る手をうってくるキールボア。故に、こちらの意図はそのままだ。ジャンプして、こちらを足蹴にしてくれさすれば良かった。ただ、僕らが自分の仕掛けた罠に掛かかろうとしているとまでは、予想していなかった。
僕らを基盤にしようとした足場を失い。その巨躯は落下する。普通の猪でも、高所から落下すればただではすまないだろう。そしてこの猪は、普通ではない。槍を携えたまま、高所から落ちたのだ。もちろん槍から落ちる。そして、雪にその槍が突き刺さる。。
「GA?? GAQQ?? 」
キールボアは自分に何が起こったのか、理解できないようで、ひたすら体をじたばたさせる。その巨大な槍が、地面にささり、体は宙釣り、というか串刺し状態だ。決して串が体に通っているわけではないのだが。
そして、僕らは、この穴から今すぐにでも這い上がらねばならない。重いブレードを突き刺して、それを手摺りにする。落とし穴の淵に足をかけて、一気に駆け上がる。そして、カリンの思ったとおり、ギルギルスがその穴に目掛けて両拳を振り下ろしてきた。再び雪が一体に撒き散らされる。しかし、僕らは既にその穴から脱出している。
獲物が逃げたのを目ざとく追っていたのか、難なくその穴から跳躍し、再び相対する。……前はこの時点で、後ろからなり横からなりキールボアの突進が来たのだが、今はその気配はない。自分の槍が深く突き刺さって抜けなくなっているのだから、しょうがないことだろう。これで、もうあの突進を気にすることなく、ギルギルスとの戦いに専念できる。
カリンの打った博打とは落とし穴の『深さが丁度いいか』だ。深すぎれば、あの手を打った時に、僕らが穴から這い出ることができず、ギルギルスの餌食となる。逆に浅すぎれば、僕らを足場にする予定のキールボアに、その予定通りに足場にされて、僕らが落し穴にはまり、今度は2頭の餌食となる。タイミングも重要だった。キールボアがきちんと僕らを足場にするように下段からの足狙いをしなければならないし、そのあと、1歩下がって罠に自分でかかるのも、タイミングがずれれば、1回目と同じように、僕らが足蹴にされて終わっていただろう。
……しかし、その全てをカリンはクリアし、この状況を作った。
「……仕切り直してやる」
巨大になったブレードを構え直し、下段から、両手で上段を構え……ようとしたが、重さに耐えられず、そのまま肩に添えてしまう。肩幅にひろげた下半身のうち、左足を前に、右足を後ろに。そのまま半身になるように構える。重心は後ろの右足に。上半身では、両腕はブレードを持ち、そのブレードは右肩にささえられ、水平を維持する。
周りが赤くボヤけている。目が赤くなっているのだろう。さっきから舞い上がっている雪に反射している……それだけではない。頭上からも、小さく白い欠片が降ってきている。
「雪が……これじゃいよいよもってジョットが危ない。これ以上時間はかけられない」
「《なら、この一撃で終わらせよう》」
「そうね。私とコウなら、できる! そうよね! 」
「《応!! 》」
足を踏ん張る。ギルギルスを見据えて、これから行う動作を頭の中で反芻する。後ろに下げた足を、そのまま1歩踏み込む。この時点で、重心が後ろから前に運んだ右足に掛かる。そして、その重心移動に乗せていく形で、この肩に担いだこのブレードを、そのまままっすぐ振り下ろす。狙いは……ギルギルスの尻尾。
「SHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!! 」
ギルギルスが咆哮した。こちらに仕掛ける気だ。両腕のハンマーを振るう為ではなく、あの強靭な尻尾をこちらに叩きつけようと体を回転させる。しかし、その咆哮に、僕らも答える。その動作の起こりを、カリンは待ち望んでいた。ギルギルスの攻撃動作は二つある。両腕にあるハンマーをぶつけるか、尻尾によるなぎ払いを行うか。どちらもシンプルで強力だ。こちらの攻撃手段も通用していなかった。
いままでは。
ギルギルスの尻尾がこちらに届く前に、こちらの踏み込みを終わらせる。この巨大なブレードの間合いと、先程まで振るっていた短いブレードの間合いとでは、当然だがリーチが違う。そして今回は、こちらのリーチの方が長い。そのまま、肩に担いだブレードを振り下ろす。
振り上げて当てたときには感じなかった確かな手応えが、鈍い音と共に伝わる。……実を言うと、この感触に再び怯んだのが、カリンに伝わっていなければいい。
「SHAA!! SHAAAAAAAAAA!! SHAAAAAAAAAAAAAAA!! 」
今の一撃で斬り飛ばしたギルギルスの尻尾からは、当然のように血が流れ出ていた。色も深い赤色。想像通りだ。ズドンと離れたところから音が聴こえる。尻尾が遠くで落ちた音だ。その物から出る暖かな血液が、この森にかかる雪をゆっくり溶かす。
「苦しませたりしない。一撃でやります。できる? 」
即答、できなかった。今から、僕はあのギルギルスを殺す。殺さなければ、あれが人の住む場所に来たとき、もっと大勢の人間が、ベイラーが、危険な目にあう。死んでしまうかもしれない。それに、うまくやり過ごせる方法も、見つけることができなかった。……そして、開示された手段は、ひどく有効に思えた。
「《……お任せあれ》」
ブレードを引きずりながらも再び肩に担ぐ。先ほどとは逆に、左肩に担ぐ。左足で踏み込むためだ。胴体の長いギルギルスの尻尾に当てるのと、その頭に当てるのでは距離が違う。ここからもう1歩分進まなくてはいけない。そうしなければ、一撃で終わらせられない。
大上段から放つ、頭部への、渾身の一撃で終わらせる。
左足を、大きく踏み込んだ。重心の移動が始まる。その移動する重心を、左肩に担いだブレードに乗せて、一気に真下へと振り下ろす。ギルギルスは、苦しみながらも、その攻撃の意図を察し、もう一度同じように防ぐ。顎を横に開き、歯を剥き出しにして、刃に噛み付いた。二度目も完璧なタイミングで真剣白刃取りをしてみせる。実に器用と言わざるおえない。
しかし、こちらはもう先ほどのブレードではない。重さも、厚さも、そして、それを扱う僕らも違っている。ギルギルスは、重さが倍になったそのブレードの勢いを、ついには殺しきれなかった。顎の骨が外れて牙がはじけ飛び、その口から血が吹き出る。
もうこうなっては狩りはできないだろう。だからこそ、そこで、終わりにするわけにはいかなかった。苦しませては、いけない。
「……いずれまた共に。でも今は! ごめん! 」
カリンはブレードを振り抜いた。ギルギルスの顎が、その可動範囲を超えて裂けていく。そしてその頭から、顎を切り落とした。再び、手にあの感触が訪れる。鈍く、それでいていつまでも残る肉を潰した感覚。大量の出血を伴って、ギルギルスが最後の咆哮を上げた。顎から下がないというのに、その声は、獲物を萎縮させる声でも、悲鳴を上げる声でもない。別の声を、どこまでもこの森中に響かせた。
……僕が生涯初めて聞いた、生き物の断末魔だった。
ドスンと、5mの恐竜が横倒しになる。尻尾と頭からおびただしい量の血がながれている。でも、その流している体が動くことは、もうなかった。
「……次よ、コウ」
「《わかってる》」
ブレードを自分の胸元に引き寄せる。そのまま、刃を水平に構えなおす。その切っ先の先には……身動きの取れないキールボアがいる。
「《……ッツ!! 》」
水平に構えた刃を、キールボアの首めがけ、突き出した。一瞬、キールボアの体が震え、手足を突っ張ったが、しばらくして、ぐったりと動かなくなった。今度は、断末魔は聞こえなかった。
ズルズルと、突き刺したブレードを引き抜く。赤黒いて血液が、白い刀身に嫌というほど目立っていた。
僕はブレードを手放す。そうすると、そのブレードは雪に見事にうもれてしまった。やはりあのブレードは重かったのだ。……しかし、今武器のことは、どうでもいい。
指先を揃えて、両手のひらをあわせる。僕のこの行動を、カリンは阻害しないでくれた。そのまま、体をすこしだけ倒す。……南無、といっても、この世界に仏がいるわけがない。ならやめておこう。こうして、言葉に出さずに、礼を尽くすほうがいい。
「それは、お祈り? 」
「《僕の世界で、死んだものを弔ったりすると気に、こうしたんだ》」
「……何か、言葉はあるの? 」
「《あるけど……それは僕の世界のだ。この世界の言葉の方がいいんじゃないかなって》」
「なら、教えてあげる。『また共にあれる日を』よ」
「《共に……共にか》」
その言葉に習い、両手をあわせ、礼をする。
「《また、共にあれる日を》」
……こうして、雪は降り積もり始める中で、僕の初めての狩猟は終わった。




