ベイラーと猜疑の目
「なるほど、こうやって大部屋に押しこむわけだ」
「オルレイト様、外に衛兵がいるので……」
「聞かせてやってるんだよ。来賓をこんな扱いしていいのかって話だ」
「おやめなさいオル。見苦しいわよ」
「しかしだなぁ」
旅団一同は、案内された宿舎に入り、一瞬絶句した。6畳かそこらの広さに7人。うち三人は子供とはいえ明らかに人数と広さが合っていない。だが空いている部屋はここしかないとも言われてしまい、どうしようもなかった。
「寝台があるだけいいとしましょう」
「しかしこれは……掃除はしたいところですね」
部屋の悲惨さはマイヤも認識しているようで、夜明けと共に大掃除をする勢いだった。食べかす、埃、染み。様々な汚れが目立つ。しかしごみが散らかっていないのは、一応体裁を整えたであろうことが考えられ、その分、『この程度でよい』と判断された事実があり、余計に質が悪かった。
「王様に会うのも大事だけど、カリンはどうするんだ」
「どうするって? 」
「大会に出るんだろう? 剣聖……せんば……なんだっけ」
「これー? 」
「このことー? 」
リオとクオが、部屋にはってあった張り紙を指した。両刃の剣を掲げる男が描かれたその張り紙には、大々的な宣伝であると同時に、募集要項も書いてある。
「おうありがとな双子ちゃん……腕に覚えのある者。ベイラーに乗れる者。この二つを満たす者であれば身分問わず……なんでベイラーに乗れる事が条件に入ってるの? 」
「それは、おそらく剣聖のベイラーに乗り込み為の物だ」
「そもそも剣聖って? 」
「英雄ローディザイア。この国の軍事的な地位でトップに立つ人だ。顔は見たことないが」
「いくつなんだ? 」
「たしか109歳、今年で110歳になるはずだな」
「まってオル。剣聖様ってそんなお爺さんなの? 」
「剣聖は、この国の建国以来かならず存在している、剣の達人たちの事だ」
オルレイトが剣聖の歴史について語り始める。いつの間にかレイダに備えた本棚より持ってきていた英雄譚。そこには歴代剣聖の名とその偉業が記されている。
「といっても、そのほとんどは帝国の軍事力のシンボルみたいなもので、技量の良し悪しより、その指揮ぶりを称えることの方が多い。元々帝国が軍事国家なのも相まって、まぁちょうどいい呼び名が欲しかったんだろう」
「……そう聞くと、あまり大したことないのか? 」
「ああ」
「なんだ。なら気楽だな」
「だがローディザイアは話が別だ」
オルレイトが、ある一説を読みだす。
「『恐れよ。しかして仰ぎ見よ。威光とはそれすなわちローディザイアの事なり』」
「……なにそれ? 」
「ローディザイアを称える一文だ。彼の出陣した戦の数はざっと20を超える」
「戦争に、20回も行ってる? 」
「戦争を、20回もやってるのか? 」
カリンとサマナの意見が反対方向に疑問符が重なる。カリンはその生存性を、サマナは生産性を問うている。
「生還しているのが不思議な数ね」
「よくまぁそんな戦うね」
「ふたりの貴重な意見をありがとう。僕もおおむね同意見だ」
オルレイトが話を続ける。すでに双子は旅の疲れもあり眠りにおち、マイヤは針仕事をし始めている。話半分で聞く態勢に変わっていた。
「だが重要なのは、ここ40年戦争がおきてなくて、最後に戦争に行った時でさえ剣聖ローディザイアは70歳だったってことだ」
「……化け物? 」
「カリン。それ、絶対に外で言わないでくれよ? 」
「いや、言うだろ。その人、まさかあたしと同じで、シラヴァースの血を引いてるとかじゃないのか? 普通人間が、それも70歳で剣を振り回しに戦いには出れないだろ」
サマナは、シラヴァースの呪いを受けた血筋である。その血筋を受けた物はシラヴァースと同じになる。シラヴァースは長寿であり、その姿を若々しいままとなる。彼女の祖母は、あえて姿を老婆としていたが、本来はみずみずしい肌をもった美しい女性だった。
「君と出会ってその可能性があるとも思った。だが彼は男性だ」
「……それが? 」
「君の呪いについて考えたことがある。その呪いがシラヴァーズ由来の物なら、シラヴァースがもっと爆発的に増えているはずだ。サーラの、それも誰も知らない孤島に行くまで出会わないなんてことない……まぁそんな例外に今日出会っているんだが」
「話を始めておいて横道に自分で逸らすなよ」
道中であったシラヴァーズ、クワトロンに出くわしたことはオルレイトにとっても驚嘆の事実であった。だが今はその事実は重要ではない。
「シラヴァースは全員女性だった。あのクワトロンも。君の祖母もだ」
「つまり? 」
「シラヴァーズの呪いを受けた人間の子供は、必ず女になるという仮説が立つんだ」
「……まぁ、わからない話ではないわね」
カリンが話をききながら納得する。事実男のシラヴァーズに出会っていない。
「そして、剣聖は男だ。シラヴァーズじゃない」
「ならただの人間が、110歳まで生きてなおかつ剣を振るってる? 」
「それが、剣聖ローディザイアという人間の、一番特徴的な部分といっていいんだろうな」
「お話ありがとう……ねぇオル」
「なんだい? 」
「その剣聖って人と、お姉様とだと、戦ったらどっちが勝つかしら」
「……その質問はすこし意地悪だな。でもしいて言うなら」
オルレイトが押し黙る。カリンの姉、クリン・バーチェスカはまさに剣の天才だった。一つの剣術を、一度教えれば覚え、さらに発展させてしまう。
「……剣聖のほうだろう」
「理由を聞いても? 」
「経験の差だ。クリン様と剣聖とでは文字通り潜った修羅場の数も、質も違う。もちろん、剣聖の剣技を見た上で決めたいというのがあるな」
「そう、よね」
「第一、君の義兄上がこの世で一番つよいという話になるぞ」
「そう、ね」
義理の兄であるライ・バーチェスかの異質性が際立っていくが、共に晩餐を過ごした彼女は、彼を悪く言う気にはなれなかった。
勝負事ゆえ、運もあったのだろうが、しかしあの義兄は確かに最愛の姉を倒したのだと、どこか得心がいっている。
「まぁ、剣聖の事はこんなところか。この催しも、かなり急に開催が決まったらしい」
「あの、ひとつよろしいですかオルレイト様」
「なんだい? 」
マイヤが針仕事をしながら手をあげる。
「その、剣聖を決めるのは、やはり決闘なのでしょうか? 」
「人数にもよるだろうが、そうなるはずだ。決闘のしきたりは僕らの国と変わらない。むしろ、ゲレーンもサーラも、他の国の決闘のやり方も、元は帝都の物だしな」
「……初めて聞いたわ」
カリンが呆け顔で応える。
「知らなかったのか? ああいや、責めてるんじゃない」
「わ、わかっているわよ……どうせ私は箱入り娘よ」
「そうは言ってないだろう」
「決闘って一対一だろ? なら総当たりか? 勝ち抜きか? 」
「ここには勝ち抜きとあるな。まだそんなに人数が応募されていないのか」
「せめて誰と当たるかくらいしりたよなカリン」
「え、ええ。そうね。いきなり身内と戦えとは言われないでしょうけど」
「そのあたりも含め、明日、城に入らないと」
「ええ。お父様なら何か知っているはず。それに……これ以上帝都に無駄な侵攻をやめさせないと」
「……これは、夢みたいな話なんだが」
オルレイトがもったいぶる。口に出すかどうか悩んだが、ついこぼれる。
「君が剣聖になってしまえば、実は丸く収まる」
「―――私が? 」
「ああ。帝都の軍事を一手に握れるチャンスだ。侵攻をやめろと指示すればぴたりと止まる」
「で、でも、戦いに絶対はないわ」
「だから、その心づもりもしておいてくれという話なんだ。この大会には、権力欲しさで出る奴だっている。そんな奴らにくれてやるくらいなら、君が剣聖になった方がいい」
「剣聖。カリン・ワイウインズ。響きはわるくないな」
「オルレイト、サマナまで」
考えもしなかった提案にしどろもどろになりながらも、オルレイトの考えは変わらない。
「辞退したらそれこそ、ライ様の名に傷がつく。ここは胸を借りる気で行った方がいい」
「……なんか、話が大きくなっちゃったわね。もう寝ましょう」
「ああ。そうしよう」
これ以上、自分の肩に期待が乗っている事を自覚したくなかった。それは、道中の誘拐騒動の疲れもあり、また旅が終わる事への期待感があった。明日目覚めれば、きっと父に会える。
そう信じ、明りを消して彼らは眠りについた。
◇
明りを消してしばらくした後、建物に人影がうごめく。その数は4。
「手筈は? 」
「窓に2人。入口に1人。後詰に1人でどうだ」
「よし。俺とお前で窓にいくぞ」
「俺は高いとこが苦手だ」
「じゃぁお前だ」
「あいよ」
全身黒づくめで、さらに顔まで隠している。それは彼らが間者であることを示している。懐には刃先の短いナイフがあり、全員それぞれよく使い込まれていた。衛兵のいない隙を見て、彼らがなにか、部屋の中で企てようとしている。足音を立てず、息を殺し、二人の男が屋根から窓へと向かおうとする。
「ん? 」
「どうした? 」
「屋根の上に、何か……」
2人の男が『ソレ』をみて脚を止めた。月も出ていない暗闇の中で、屋根の上にポツンと、まるで生えているキノコのような物がそこにあった。元から暗闇である為に、なぜそんな物があるのかわからない。
「朝にこんなものあったか? 」
「いや、俺は見てない……おい、あれ、動いてないか? 」
「何? 」
男が指さすその大きなキノコは、かすかに風に揺られるように、ひらひらと蠢いている。暗闇で正体もわからぬまま、不気味で怪しく、近寄りがたい。
「さ、先に行けよ」
「お、おう。どっちにしろ窓には行かなきゃいけないんだ」
2人のうち、身長の高い方の男が前へとすすむ。得体の知らなう気味の悪く、見ているだけで心臓の鼓動が速くなる。だがそんな彼の心境など関係なく、キノコを脇を、何事もなく通り過ぎた。
「だ、大工どもがつくったからくりかなにかだ」
「なんだ。脅かしやがって」
2人の男がほっと胸をなでおろした瞬間。
そのキノコに、突如として真っ赤な目が現れる。
《―――ナットォ! 》
その、屋根から生えていたキノコ……もとい、外套を纏ったミーンが振り返る。赤目はこの夜では、周りを照らし出すには十分な光となる。その光に照らされて、間者の2人の顔が見える。
「ま、まずい! ベイラーだ! 」
「ベイラーは別の宿舎にいるんじゃなかったのか! 」
男たちは顔を見られるのをひどく嫌うように、腕で強引に口元を隠した。ここで彼らの命運が決まる。顔など隠す暇があれば、さっさと逃げていればまだ違う命運をたどったかもしれない。
「受け身くらいしてよねぇ!! 」
ナットが半分願いながら、半分はむき出しの敵意をもって、その男2人を、ミーンの脚でちょんと屋根から押し出した。無論彼らに命綱などなく、そのまま背中をおされ地面へと落下していく。
「ぐぇ!? 」
「ギャァ!!」
質素な二階建て、それも屋根の上からの落下である。幸い彼らは脚から落ちたため、怪我らしい怪我はなかった。ただそれぞれ体を強かにうち、痛みで身悶えている。
「ごめんねぇ」
《ナット、みんなを》
「うん」
ナットは、カリンのの命を受け、ミーンと共に屋根の上で見張り番をしていた。彼が任を受けたのは、元々、気象観測所で夜を徹して星を見ることの経験の有無と、郵便屋をしていくうえで身に着けた、人の顔をすぐ覚える彼独自の技能を見越してのことである。
「(今のは昼間のやつらと違う! 狙いはリオとクオじゃないな!? )」
もしもの時、夜通し起きることができ、かつ、襲撃者が昼間の人間と同じ立った場合、その対処をすぐできるナットは適任だった。すぐさまナットは龍石旅団の全員が持つ笛を高らかに呼び鳴らす。
すこしわびしさのある優しい音色はこの静かな夜でもよく響いた。
「これで姫様にもコウ達にも伝わったはず」
《……ナット。まずいかも》
「へ? 」
ナットが疑問形で問いかけるより先に、ミーンに襲い来るベイラーが現れる。それは昼間、城の前で待機していた、あの衛兵たちが使っているベイラー。翡翠のコックピットと、染料で着色したのか、あざやかな橙色。そこにわざわざ体の縁に金色の装飾を釘で打ち付けているのが分かる。
「ちょ、ちょうどよかった! 今」
「賊め! 真夜中に皇帝陛下の眠りを妨げるとは」
「いやいやちょっとまって、賊は僕らじゃなくて、下で伸びてる……っていない!?」
ナットが地面を見やると、さきほどまで痛みで悶絶していたはずの男2人組はどこえやら。すでに影も形もない。衛兵はナットの笛をきいて駆け付けた様子で、完全に賊と勘違いされていた。
「ええい! この後におよんで知らぬ存ぜぬが通るか! 」
衛兵のベイラーはその手に持った巨大なランスをミーンに向ける。鉄でできた円錐状のその武器は、刃こそついていないものの、突き刺されればどんなことになるかわからない。
「剣聖より賜わりしパラディン・ベイラーの力を見るがいい!」
衛兵のベイラー、パラディン・ベイラーはそのままミーンに、ランスチャージを仕掛ける。単純な突進であるが、ベイラーが鉄製の巨大なランスをまっすぐもって突っ込んでくる。
「あんなのに当たってやることはない! 」
《わかってる! 》
ミーンはその槍の先を避けるように、屋根の上から飛び降りる。
「追え! 追え!! 」
「まったく! 僕らは違うって言ってるのに! 」
まったく聞き耳の持たない衛兵を無視し、このままカリン達の元へと向かおうとしたとき。着地の瞬間を見計らったように、ランスが別方向から投げ込まれる。
《ナット! 》
「吹き荒べミーン!! 」
2人の意思が重なり、ミーンの目が真っ赤に灯る。瞬間全身のサイクルが高速で回転し、ミーンの移動速度を飛躍的に引き上げた。ミーンの暴風形態。それはナットの体の負荷を度外視してミーンの超加速を実現する着地の瞬間に生まれる隙を明確にねられたその攻撃を、着地した足でそのまま、ノータイムで横に素早く飛び退いた。ナットの体にすさまじい荷重がかかりながらも、投げ込まれたランスはミーンに当たることなく地面へと突き刺さる。
「こ、これはちょっと」
《まずいかも》
地面を削り取りながらなんとか静止すると、すでにミーンを取り囲むように、先ほどの衛兵とは別の、さらに多くのパラディンベイラーがランスを構え、じりじりと迫っていた。逃げ道もなにもあったものではない。さらに、さきほど無理にミーンを暴風形態で動かした反動で、ナットの体が軋みをあげている。
「大丈夫。折れてないとおもう……たぶん」
《いちおう、怪しい奴は追っ払ったけど》
「……まって」
ナットが、いつまでたっても窓から顔を見せないカリン達を見て、嫌な想像が働く。それは、今自分たちが追い払った賊は、あくまでその一部に過ぎないというもの
《ま、まさか》
「返事がないのが怖い」
《で、でも僕ら2人だけじゃ》
《2人ではありませんよ》
上空から、パラディンベイラーのうちの1人を文字通り押しつぶしながら、深緑の体をしたベイラーが下りてくる。さらに上空には、旋回しながら留まる4枚の羽をつけた白いベイラー。
《レイダ! 来てくれたんだ》
《コウ様に運んでいただきました》
《ならコウを速く部屋に! たぶん姫様が危ない! 》
《なるほど。聞こえましたね! 》
《おまかせあれ!! 》
コウは返事をまたず、飛行形態のまま、窓に突っ込んでいく。
「ぞ、賊を止めろ!! 」
《おっと》
コウの行く手を阻もうと、パラディンがランスを突き刺さんとするのを、レイダがサイクルショットが弾き返す。オルレイトが乗っていないのも関わらず、この旅を経て、レイダのサイクルショットはすさまじい威力になっていた。
《やるぅ! 》
《坊やがいなくてもこのくらい》
パラディンベイラーを駆る衛兵たちは突如空から出現したこの強力なベイラーに思わず後ずさる。
「と、飛び道具があんな威力を持つのか」
「ば、化け物」
「は、速く止めろ! 白いやつが! 」
衛兵の1人が空を指して叫ぶ。闇夜でもその白く、よくみえるベイラーが、窓に突っ込もうとしている。彼らからしてみれば帝都の建物を壊そうとする極悪人として映る。
《カリン達の部屋は……あそこか! 》
宿舎の中でただひとつ、明りが灯っているその部屋をみつけ、その瞬間、コウは見た。
カリンが、寝間着のまま、男たちと対峙しているのを。
その男は、刃物をもって、クオを人質に取っているのを。
その光景を見た瞬間、コウに怒りの感情が沸き上がった。
《あいつらぁ!? 》
コウが、激昂しながら突っ込んでいく。4枚の羽が折りたたまれ、コウは飛行形態から人型へと素早くその姿を変ると、勢いを殺さずに、感情のまま振り上げた拳を窓へと突き入れた。
「コウ!? 」
「なんだぁ!? 」
部屋の窓が突如として凄まじい衝撃と共に窓枠を粉砕される。それを見た男は、一瞬何がおこったのか理解できず、ただ飛び散った窓の破片から己の身を守るべくとっさにかがんだ。そのかがんだ隙をみて、ずっと部屋の隅で隠れていたリオが、クオの手をとり引き離す。
「なんだここいつら!? 双子か!? 」
《お前らぁ!! 》
コウは、窓枠を突っ込んだ腕を、まるで人間が、冷蔵庫の下の狭い場所を掃除するかのように、肩まで伸ばして掴みかかる。そしてリオを人質にとっていた男たちを、文字通り部屋から引きずりだした。右手に男2人をにぎり、左手で壊した窓をつかみ、壁に両足をつけて蜘蛛のように張り付く。
《子供を! よりによって子供を盾にとったなぁ!? 》
「く、くるしい」
《言え! 誰がお前たちを寄越した! 》
「い、言えるかよぉ! 」
《ならこのまま握りつぶしてやる! 》
サイクルがギコギコと鳴る。すでに男の骨が軋みはじめている。
「いてぇ!? いてぇよ! 」
《子供を盾に取るような大人が、そんな簡単に泣き言を言うのか!? 》
コウは、男の行動や言動一つ一つに、ひどくイラついていた。彼は、明確な意図をもって人質をとっている。部屋の中には女子供がおり、その子供、それも一番か弱いリオを狙って人質にとっていた。彼らの行動原理に、弱者をみつけ虐げることを厭わない卑劣さを強く感じ、それがまたコウの怒りを焚きつけている。指に入る力が徐々に強くなっていく。
《おまえらなんか! おまえらなんかぁ!! 》
ついに、明確に外からでも聞こえるような、骨の折れる音がした。このままコウが握り続ければ、この男の命はない。そう確信させる音だった。
「コウ! およしなさい! 」
サイクルの音が止まり、あたりが夜にふさわしい静けさが戻る。コウの指が、一線を超える前に緩んだ。そのまま、そっと部屋の中に戻していく。ころりと玉を転がすように離すと、解放された男はすでに、己の体がベイラーによって潰される恐怖に打ちのめされ、泡を吹いて気絶していた。
「助けてくれてありがとう。コウ」
《……どう、いたしまして。怪我はない? 》
「ええ。リオもクオも無事よ」
その言葉で、コウは一安心していた。しかし、当の双子の方は、すっかり怯えてしまっている。マイヤもサマナも、2人をなだめるので精一杯という形だった。そして、その怯えの視線は、コウを静止しようしていた衛兵たちも向けている。
「あ、あれは本当にベイラーなのか? 」
「人間を殺そうとしたぞ」
コウには、衛兵たちにそこまで言われる道理はない。元はといえば彼らが賊の侵入をゆるしていなければこんな騒ぎになっていない。
だが、理屈を頭でわかっていても、向けられる大多数にいる猜疑の目は、耐えがたかった。
《カリン。俺はこのまま空で待機してる。何かあったら笛で呼んでくれ》
「コウ」
《……何? 》
「助けてくれてありがとう」
念を押すように、まるで、それを免罪符して許しを与えるように、カリンが言う。たとえ怒りに任せた行動だったとしても。その結果は、間違いなくカリン達を救ったのだと理解させるように。
《ありがとう》
「私がお礼を言ってるのに。へんなコウ。」
《……また共に》
「また共に」
コウは、その厚意を素直に受け取った。それがカリンに対しての甘えなのか、それとも彼女に対するベイラーとしての矜持だったのかはコウにはわからない。ただ確かなのは、あの卑劣な男たちを許さず、あの握りつぶしていれば、今とは違う結果になっており、その結果とは、コウにとってもっとも最悪の物である事だけは、確かだった。




