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ベイラーと地下水道


 クワトロンと名乗ったシラヴァーズは、コウ達を先導すべく水の中を進み続ける。赤毛の艶やかな髪を持つ彼女は、流れに逆らうようにして泳いでいるのも関わらずまったく流される様子のがないのを見て、泳ぎの達者なシラヴァーズであることをゆるぎない物としていた。


「ええと、クワトロンさん。なぜこんな場所に? 」

「まぁ、住処を捨てて放浪中ってとこさ」

《住処? サーラじゃないのか》

「元はね。でも、気に入った恋人が見つからなかった」


 先導していく途中で道が分かれ、クワトロンは迷うことなく右の道をえらび泳いでいく。


「……反対方向にはなにが? 」

「行かないほうがいいよ。そっちから汚くなる」

「汚い? 」

「このナガラは変な事を考える人間が多い。自分たちの体から出した物を、川から引いた水に捨てたかとおもえば、その汚くなった水を濃して、また綺麗にして川に戻してる。そんな面倒な事するなら、最初から捨てなきゃいいのに」

《……下水道に、その処理施設まであるのか。この国》

 

 クワトロンの説明は、現代もで規模は違えど同じ、下水道の構造そのものだった。この構造の最たる利点は、人間が生きていく上でどうしても出る排泄物を、水を用いることで衛生面を保つ事があげられる。衛生面が保たれるという事は、人間が病気にかかりにくくなるという事。排泄物の多くは菌類の温床であり、破傷風をはじめとした多くの病気を蔓延させてしまう。それを防ぐことができるのは、人類の発展に欠かせない進歩であった。


《なら、疫病が定期的に流行るのはなんでだ? 》

「疫病? ああ、たまになるらしいね」

「クワトロンさんは何かご存じ? 」

《いいやぁ。その時期になるとなんだか人間たちの嫌な心がこんな地下でもよく分かる。だからさっさと海に出ちまって、ほとぼりが冷めた頃にまだ戻ってる》


 シラヴァーズは心を読むことができる。読唇術ではなく、心そのものを読み取ることで、相手を時に惑わし、時にからかう。


《地下でも分かるって、よっぽどのことだね》

「ああ。不安と、恐れとが一緒になる、嫌な感じだ。耳を塞いだって聞こえてくるから始末に負えない。だからさっさと出ていくんだよ」

「……まって。壁で阻まれてるのに」

「『地下の川を通れば行き来できるの? 』……まぁできなくはないね」


 カリンの考えを読み、先に答えてしまう。シラヴァーズとの会話は往々にしてこのようにかみ合っているようでかみ合わない事が多くなる。


「でもおすすめしない。さっきいった汚い水を通らなきゃならい時もある」

「……へぇ」

《カリン、変な事かんがえてるだろ》

「変、というより、なんか詰めが甘いというか」

「そりゃ、壁ができた時期がちがうからさ」

「時期? 」

「この国は最初壁なんかなかった。でもいつからか、国を囲むような壁ができたかとおもえば、中にも区切りをつくっちまって。ほんとこの国の人間は変な事ばかりしてるよ」


 投げやりに問いに答えていくと、ふたたび分かれ道が現れ、迷うことなく今度は左に曲がる。明りもなく、周りの風景も変わらず、さらに道は複雑。


「クワトロンさんに会っていなければと思うとちょっと怖いわね」


 コウ1人であれば空を飛ぶこともできたが、リク、レイダ、ミーンの三人のベイラーをもって、あの瓦礫まみれの穴を通るわけにもいかなかった。


《どうして、俺たちを助けてくれたの? 》

「……気まぐれ、とは違うね。まぁ、懐かしい香りをしていたから、かな」

《サーラの? 》

「それもあるけど、もしかしてシラヴァーズの事もしってるなら、お姉さまの事も知ってる? わたしゃ嫌われてたけど」

「もしかして、メイロォの事? 」

「あっは! やっぱり知ってたか! 元気にしてるかい? 」


 メイロォ。カリン達がサーラで出会った初めてのシラヴァーズである。緑色の波打った髪が良く似合う、美しいシラヴァーズ。


「ええ、元気よ」

「恋人になろうって誘われたろ? 」

「それも心を読んだの? 」

「いいや。でも分かるんだ。あんたみたいに気前のよくて可愛らしいのを、メイロォお姉さまは恋人にしようとしてた。まぁ一番入れ込んでた人間がいなくなっちまって、それを埋めようとしてたんだろうねぇ。そんなことできやしないのにさ」

「そう、かもしれないわね」

「ソレを直接お姉さまに言ってやったら、まぁ喧嘩になって、見事に嫌われたよ」

「でも、私達はお友達になったわ」

「……へぇ。そうかい」


 一瞬、クワトロンの顔が驚愕し、そして納得するように目を細めた。


「あのメイロォお姉さまがねぇ……けっこう時間が経ったみたいだ」

「これは興味本位なのだけど、貴女たちってどれくらいいきれるの? 」

「そこの旅木よりは短いよ。うんと、短くて500年くらいかねぇ」

《(いや長いよッ!! )》

「でも、死ぬときはあっけなく死ぬ。わたしたちゃ恋に燃えて生きているからね。燃え尽きたら、あっさりと海へ還る」

「そう、なのね」

「悲しく事はないだろう? また海であえるさ……さてここだ」


 クワトロンが突然泳ぐのをやめ、水の中から飛び上がる。シラヴァーズの体は魚と違い鱗はなく、その体つきはイルカやクジラのソレとちかい。人間の脇腹にあたる部分に胸鰭があり、背びれもある。自ら上がったばかりの姿は、カリンの照らす明りを受けて、美しさとなまめかしさがあった。おもわずナットとオルレイトは目を背ける。それは同性であるカリンも、直視しがたい姿でもある。


「シラヴァーズの方々って、その」

「『恥じらいはないのか』って言われてもホラ。わたしゃ綺麗だろう? 」

「……大した自信だ」

「自信? それは違うよ。驕りでもない」


 それがさも当然であるように、クワトロンは言う。


「これは誇り。海の男を虜にし続ける美しい者の姿だよ」


 そのニヒルな笑い声は、他者を排除するものではなく、他者を飲み込むような圧倒的な物。手に入れるには相当の覚悟か代償が必要であるような、そんな美しさだった。


 クワトロンが水からあがり、あたりを手探りで探していると、目当てのものがみつかり、その道の先を行と、大きな縦穴が現れた。上は吹き抜けになっているのか、わずかながら風を感じる。その上に登るための梯子もあり、おあつらえ向けにベイラーの物もあった。


「この上を登っていきな。でかい蓋があるけど、ベイラーの力なら開けられるはずだ」

「貴女は? 」

「陸は好きじゃない。それにここら辺で私を必要としてるやつもいるのさ」

「それは、恋人? 」

「……さぁね」


 それ以上の詮索をするのは、クワトロンの憂いを帯びた顔から憚れた。ひとまず、地上への入り口をみつけたことで、カリンらは安心する。


「案内をありがとう。クワトロン。いつか礼をさせてくれ」

「じゃぁね色男」

「い、いろ? 」

「見てくれは悪くないよ。もし人間が嫌いになったら、またおいで。その時は恋人候補くらいにはあげておくよ」

「あ、あはは…‥」


 オルレイトは苦笑いを返すほかなく、クワトロンも半分冗談で、だが半分は本気だった。



「コウ、いけそう? 」

《ちょっと重いけど……これならッツ! 》


 コウ達は上に登り、クワトロンの言う通りの蓋をみつけ、それを押し上げる。蓋はかなりの大きさと重さがあったが、コウの力であれば問題なかった。ガコ、ガコっと何回か押し上げるようにして蓋

をずらし、ようやく全員が地上へと脱出する。すでに日が落ち、あたりは暗くなり始めていた。


「おお! 港が見える! 第十二地区だ! 」

「まだ夜ではないようね」

《広場まで急ごう》


 カリンらが自分たちの指定した広場へと赴く。そこにはすでに集合を終えたマイヤとサマナがいた。そこまでは予想していた通りだったが、1人だけ、カリンだけが知っている人物がいた。


「あなたはたしか……お姉さまの、従者で」

「はい。ロペキスです」

 

 カリンの姉であるクリンの従者が、なぜかそこにいる。マイヤたちとはすでに挨拶が済んだようで、険悪な雰囲気にはなっていない。コウから降りたカリンがロペキスをまじまじと見つめる。どこか頭の中で引っかかっていた彼の名前と顔を、今ようやく思い至る。


「思い出したわ! 海賊騒ぎの時船ににた船長ね!! 」

「は、はい。あの時は仮でしたが」

「まだサマナが海賊だって疑ってた頃の話よ。お姉さまの従者だったのね‥‥…あら、でもどうしてあなたがここに? 」

「奥様が、我が王を通じて帝都に掛け合い、王城への入場を認められました。それを伝えにきたのですが、当のご本人が居ないとのことで……」

「王城へ!? 」

「はい、すでにゲレーン王もお待ちのはずです」

「コウ! 聞いたわね! 」

《ああ。やっとこの国の真ん中に入れるのか! 》


 帝都ナガラはその構造上、数字が上がる順番でしか中央部の王城にたどり着く事ができない。一番人の行き来が激しい第十二地区を除けば、第一地区から順に遠回りをする羽目になる。実際カリン達は第四番地区からここまで回り道をして港にきてた。


「まったく。真ん中にあるんだから直接行けるようにすればいいのに」

《……まぁ、ようやく入れるんだ。いいとしようよ》

「ささ、こちらです」


 全員がロペキスに促されるようにして歩いていく。すで道から人影はなく、皆家に帰っている。あたりは夜になりかけというにはあまりに静かで、本当に昼間の市場と同じ場所にいるのか分からなくなる。だが、港があることや昼間みた船がまだあることが、この場所は第十二地区であることを裏付けている。


 やがて一同は、大きな鉄製の門の前へとたどり着いた。格子上で上から下に降りるタイプの、堅牢な造りをした門。その両脇には壁と同一になった遠見台があり、門番が弓をもって控えている。近づいてきたカリン達を今も監視し、怪しい動きをすればその場で射殺す眼光をみせていた。その行き過ぎた堅牢さは、城というよりはもはや砦と言って良い。


「あー、ロペキスです! 先ほどいったゲレーンの姫様をお連れしました」


 ロペキスが大声をはりあげると、門番たちはひそひそと話はじめ、明りをカリンらに向けた。彼らはベイラーをみても動じることはなく、やがて何人かが遠見台からいなくなる。


「確認した! 門を開けるゆえ、下がられたし! 」


 カリン達が心の中でガッツポーズをしながら、うしろへと下がる。しばらくすると、。格子状の堅牢な門がガキガキガキと騒音を奏でながらゆっくりゆっくり上がっていく。その音の大きさと振動は、下がったカリン達でも揺れを感じるほどで、倒れないようにベイラー達はおもわずしゃがんでしまった。


「なんて音だ。ろくに手入れしてないんだろうな」

「どんな仕掛けなのかしら」


 オルレイトとカリンはその構造に興味を示した。ナットもそれは同じで、ふとカリンに問う。自分の国に、ここナガラのような壁はなく、ましてや鉄格子もない。


「姫さま、ゲレーンでもああいう門はつくれるでしょうか」

「うーん。あんなに大きな鉄の格子が作れないかも」


 巨大な鉄の門。そもそもとしての製鉄技術がゲレーンでは発展していない事に加え、そもそもこんな行き過ぎともいえる監視体制を敷く意味を、ゲレーンが持つことはない。


「こんなに区切ってると、まるで同じ国じゃないみたい」

「案外、中にいる連中はそう思っているかもな」

「中にいる連中? 」

「あー、ナットやリオ、クオの事を悪く言うわけじゃないぞ? それだけは頭においてくれな?」

「なぁにオルオル? 」

「オルオル悪口? 」

「違うって」


 双子の残酷な悪意のない発現にたじたじになりつつ、歩きながら補足を続ける。


「この中にいるのは、カリンら王族だ。それも各国のな。僕は一応、父が軍属で貴族でもあるが、それを鼻にかけるようなことはしていない……つもりだ」

「たしかにオルオルって貴族ってかんじしないよねー」

「ねー」

「ゲホゲホしていつも寝込んでる」

「オルレイト様は少々落ち着きがないですね。珍しい物を見た時は特に」

「のっぽは絵描いてるときはいいんだけどなぁ。他の時が説教くさくてなぁ」

「君らが僕を普段どういう目でみているかよく分かったよ!! 」


 上からリオ、クオ、ナット、マイヤ、サマナの人物評である。オルレイトはわずかに腹を立てるが、そのどれもに自覚があり、己の手に負えなかった。かといって20年以上共にある性根を治すなど、もはや無理である。


「僕の悪いところはさておき、ともかく、僕や姫さまが貴族の普通ではないってことを知っておいてほしいんだ」

「貴族の普通? 」

「これでも牧場で商人みたいなことを母上としていたが、ひどい貴族はどこにでもいる。平民を人間とおもっていないような連中とかな」

「ゲレーンにそんな人はいないわ」

帝都(ここ)には居るってだけの話だ」


 己の惨さを棚にあげつつ、別の酷い部分を強調する。


《カリン、何か覚えてないのか? 一度来たあるんだろ? 》

「ほとんど中にいたし、今まで壁があったことだって知らなかったのよ」


 カリンが幼い頃来たことがあるとはいえ、その記憶は朧気で、退屈であったことしか記憶にない。彼女の父が、入れ替わり立ち代わり様々な人間と会話して、己もまた、何度も紹介をうけ挨拶を返したことだけは覚えている。


「あれは、大変だったわ」

《大変って、どんな? 》

「立食会だったはずだけど、なにか食べた覚えがないもの。ほとんどお父様に連れられて、どこかの王に紹介されて、挨拶して。ああ、なんか許嫁に来いって話もあったわ」

「《許嫁!?  》」


 オルレイトとコウの声が重なった。


《カリン、君、許嫁なんていたのか!? 聞いてないぞ! 》

「どんなやつなんだ!? 」

「なんで2人が驚くのよ」

「《驚くに決まってるだろ!? 》」


 再び重なる声。気が合っている訳ではなく、双方とも受けた衝撃がすさまじかった。だがそんな二人の気などつゆも知らず、話を続けていく。


「断ってたわ。お父様が」

《な、なんだ》

「そ、そうだよな」

「私よりさきにお姉様が嫁ぐとは思ってなかったようだけど」

《どうして? 》

「私に許嫁の話がきて、お姉様に来ないと思う? 」

《それは、まぁ》

「お姉様、気に入らない男が来たら殺気を放ってたから」

《殺気》

「一度、本気で殺気を放ったら1人が泡を吹いて倒れちゃって。それを見た他の貴族はお姉さまに求婚するのを一切辞めたとか、なんとか」

「ああ、そんなこともありましたねぇ」


 マイヤがしみじみとつぶやく。カリンだけでなく城勤めのマイヤでさえその話を知っているのであれば、その話が嘘でない事の証明にもなった。そうこうしているうちに、門を通り抜け、ついに龍石旅団は中央の王城へと足を踏み入れる。さぞ豪華な佇まいであろうと期待していたコウは、その城みて思わず首を傾げた。


《これが、城? 》

 

 コウが見たことのある城は二つ。ゲレーンの城とサーラの城。前者は巨木であるソウジュの枯れ木を使用し改装を施した天然の城。後者は高所かつ崖を背後に構えた攻めにくく守りやすい分かりやすく戦いに向いた城。ではこの城はと言えば、二つの城とも違う。


 まず、門の外にあった遠見台のような、内部を見張る建物が一つもない。これは内側に敵が入り込む事をまるで想定していない造りであるのがうかがえる。代わりに、石造りの建物すべてが大理石のように白く輝いている。屋根もおなじように青く透き通り、ただの石を積み上げたのではないことを伺わせる。


 この城に堅牢さや、無骨さは見いだせない。ただ圧倒的な美麗さと荘厳さだけが存在している。


「あれがナガラ城。天空城(スカイキャッスル)なんて呼ばれ方をしてるのよ」

《なるほど。たしかに、空みたいだ》


 城と淡い青のコントラストが美しい、この城まるまるひとつが芸術品のような物であった。その美麗な城の隣には、ついでというように作られた、本城とくらべてずいぶん汚い、もとい地味な建物が多く並んでいる。その建物の前には、様々な人々が荷をほどいていたり、帰り支度をすすめていたりと様々。


《カリン、あの人たちは? 》

「たぶん、遠征で来た人たちの連れね。一応王族は中に入れるけど、連れはあそこにむりやり押しこまれるって聞いたわ」

《なら、俺たちもか》

「コウは難しいかも」

《どうしてさ》

「ベイラー用の大きさをしていないのよ。それだけは覚えてる」

「……カリン、どうやらそうでもないらしいぞ」

「へ? 」


 オルレイトの言葉をカリンが疑問符で返した直後、城の付近を護衛するであろう近衛兵の姿をみつけ、さらにその隣にいる物をみつけ思わず声をあげ驚いた。


「王城にアーリィがいる!? 」

《そりゃぁ、居ても、おかしくはないだろうけど》


 近衛兵の隣にで悠然とあるくアーリィベイラー。色は魚の肌のように青黒く、コックピットは毒々しい翡翠色。そこまでは何度も見た事があるアーリィベイラーと同じだったが、一部形が違っていた。


「あら? でも翼がないわ」

《サイクルジェットもない。変形をしそうにないね》

「(そもそも変形すること自体がおかしんだが、慣れている自分が怖いな)」


 アーリィベイラーは飛行能力の代償として背中側に重心も持っていかれるほど多数の部品がくっついている。それは姿勢を安定させるための翼であったり、推力であるサイクルジェットであったりするが、目の前にいるアーリィにはそのどれも見当たらない。


「また別のベイラーという事かしら」

「わざわざ空を飛ばすように改造しておいて、今度はそれを外す? 何を考えてるんだ」

「……見たことあるよ、あんな感じの奴」


 サマナが横から口をはさんだ。彼女は以前、アーリィともその上位版であるザンアーリィとも違う、まったく別の思考で生み出されたベイラーと会敵している。


「この前の戦いのとき、1人だけ妙なのがいた。そいつにはサイクルジェットがついてたけど、変形はしないけど、すばしっこくて、遠くから狙撃してくるやつ」

《狙撃……カリン、俺たちさっき狙撃されたばかりだ》

「これは、いよいよ火中にいると考えていいわね」


 狙撃したベイラーがこの中にいる可能性が高くなると、周りの風景がすべて敵に見え始める。しかしこの場所にはそれぞれ20人以上のベイラーと兵士がおり、判別のつけようがない。


「剣聖選抜の事もあるし、今は情報を集めることにしましょう」

《それしかないか》

「そこの一行! 止まりなさい! 」

「コウ、降ろして」

《おまかせあれ》

 

 近衛兵の1人が入ってきたカリン達を静止する。声を張り上げる兵士に応えるように、コウが膝立ちになり、コックピットの中からカリンが降りる


「何か」

「だれの許しを得て城にはいるか。名を名乗れ! 」


 あくまで高圧的に迫る兵士に対し、カリンは憮然として立ち向かう

  

「我が名はカリン。カリン・ワイウイズ」

「ワイウインズ……どこぞの国の王がその名だったな」

「城には我が父がおります。どうか父と面会を」

「今日はもう誰も城に入れることはできん」

「なぜです!? なにも押し入ろう言うのではありません! 」

「もう日暮れ。帝都での夜は戒厳令があるのを知らぬのか」

「……では、どこか空きの宿舎はありませんか? 」

「ふむ」


 兵士が他の兵士を呼び止める。なんどか口頭でやり取りすると、兵士はカリン達を首で促した。


「先日帰った国がつかった部屋がある。そこを使うとよかろう」

「ありがとうございます。近衛の方」

「先も言ったが、戒厳令がある。夜に外を出歩くことはくれぐれも無いように。父君と会いたいのであれば、朝にすることだ」

「よく分かりました」

「ではついて参れ」 


 兵士が歩き出すのと同時に、カリンがコウの中に再び舞い戻る。戻った直後に、コックピットでひとり愚痴る。


「もう目の前だというのに、こうも足止めを食らうなんて」

《でも、もう目の前まで来た。それで良しとしよう。今、下手な事をすれば、城には入れないだけじゃなくて、ナガラから追い出されるかもしれない》

「冷静ね」

《緊張しているだけだよ……俺たちを狙撃した奴がいるかもしれないんだ》

「寝込みでも襲ってくると考えているのね」

《可能性は零じゃない》

「なら、交代で見張りをつけましょうか」

《賛成だ》


 あと一歩のところで再び足止めを食らうカリンの一行。歯がゆさと、もうすぐ父に会える高揚感に身を包まれながら、兵士の後を付いていく。


 この時、見張りを立てる提案をした事が、カリンの命を救うことになるとは、まだ誰も知らない。

 


 

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