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ベイラーと母になるもの

「ほんとう、あの時は心配したのよ。どこに行っていたの? 」

「サルトナ砂漠です。龍に吹き飛ばされたとき、ここを通り越して」

「あら、それは」


 船の上で、2人をお茶をたしなんでいる。カリンとクリンである。久しぶりである姉妹の再会に、クリンは大いに喜んだ。無論それはカリンも同じだが、それ以上の衝撃をあたえられ、どこか会話がぎこちない。


「貴方たちがいなくなって半年以上あったけど、その間ずっと? 」

「は、はい。砂漠にはホウ族という旅をする人たちがいて、その人たちに助けていただいたんです」

「旅をする……なんだかベイラーみたいね」

「ホウ族にもベイラーがいて、そのベイラーは鎧を着てました」

「鎧を? よく嫌がらないわね」


 思い出話は弾んでいるようにみえる。だが外から眺めているコウは、カリンがどこかせわしないのを感じていた。事実、視線がクリンとまったく合う事がなく、食器を持つ手はたまにぷるぷると震えている。会話そのものは滞りなく進んでいるために、その異様さが際立っていた。


《無理もないか》


 船の上で潮風を感じながら、コウが海を眺めた。この海をまっすぐ進むと、以前自分たちのいたサーラにたどり着く。本来であればコウ達が進む予定だった航路である。


《真反対からきたんだもなぁ》


 膝下からは、ほのかな笑い声が聞こえるが、カリンが少し、だが確実に動揺している。久々に会った親類が妊娠している。そういった経験をしたことはカリンもコウもなかった。


《前見た時は……元気過ぎる人って感じだったけど》


 コウがクリンを初めて見たのは、最初の地であるゲレーンが『追われ嵐』による災害に見舞われ、その救援物資を、隣国サーラから届ける任を帯びて彼女が現れた時である。顔と声、そしてカリンが『お姉様』と呼ぶ寸前まで、コウは彼女を隣国の騎士かなにかだとおもっていた。それほどまでに、その立ち居振る舞いは気品に満ちて凛々しく、そして鮮やかだった。


 今のクリンは、その鮮やかさが色あせてしまったような、どこかはつらつさを感じない物に。代わりに、全てを包み込むような優しさが体全体からあふれ出ている。角が丸くなったと人物評で行う場合があるが、クリンはまさにその状態に当てはまっていた。


《(俺ですらこう感じているんだから、カリンなんかもっとだろうな》


 姉と妹が過ごした日々に比べれば、コウが共に過ごした日々など些細なもの。しかしその些細な出会いですら、その変化に驚けるほどに変貌している。カリンが衝撃を受けどこか、しどろもどろになっているのは、その変化をどう受け止め、クリンに何というべきか、ずっと悩んでいるようにも見えた。その言葉がみつからず、あたりさわりのない言葉だけの会話が延々と続いている。


《……ここで割って入るのも野暮か》


 コウはその光景を静観することに決めた。きっと彼女であれば、その答えを導ける。もし導けないときは、助けを求めてくる。彼女と関わって、その在りようを知ることができた。その知っている部分のカリンであれば、こちらから声を駆けて正解を差し出すのは、嫌われないにしろ、心にしこりを残す。それは、まだ王城についていない今、できれば避けたかった。


《(もちろん、俺の答えが正解であるなんて保障はないけど)》


 だが、静観にはまったくの効果もなく、二人分の茶がなくなり、日が傾いてしまう。カリンはその不安そうな顔を張り付けたまま、他愛ない話で、適度に、だが心ゆくまでは楽しめない、言ってしまえば微妙な時間が過ぎ去ろうとしている。


 さすがに夕刻に集合することは、カリン自身が決めたことであり、それをふいにするのは他の龍石旅団にも迷惑がかかり、かつ彼らもカリンを心配する。故に時間が来たことだけは告げねばならなかった。


《カリン、そろそろ》

「へ? ああそうか」


 案の定、カリンはまだ悩んでいる。差し出されたお茶は一口目以外減っていない。緊張でそれどころではないのだと、コウは悟った。


 クリンは、時が来てしまったのをなにより惜しむように、続けた。


「もう行くの? 」

「ええ、皆がまっているので」

「泊る所は決まっていて? もしよければ」

「だ、大丈夫です! それでは」

「カリン」


 カリンは、動揺を悟られまいと、今まで精一杯振る舞った。だがその繕った体面は、クリンの一言ですべて崩れ去ってしまう


「私、お母さんになるそうよ」

「……はい」

「お父様はお爺様になるの」

「はい」

「『せめて白髪が生えるまでそうは呼ばないでくれ』ってお願いされちゃった」

「お姉さま、私」

「カリン、お腹をさわってみて」

「え? 」

「いいから」


 握られた手を、半ば強引にその腹につけた。カリンの知る姉の腹は、鍛え上げられた肉体であり、さわれば繊維状の筋肉がしっかりとついている。柔らかいと感じることはすくなかった。しかし今は、その服の、肌の下に、確実に新たな命が宿っていることをその脈動で感じ取れる。かつての屈強さが嘘のようだった。


「……おおきいですね」

「ここにね、もう1人いるんだって」

「なんか、信じられませんね」

「私だってそうよ」

「そう、なんですか? 」


 当事者なのに? という言葉を彼女は飲み込んだ。だが表情までは隠せずにいる。嘘を言うつもりがないのに、彼女の表情筋がそれを許さなかった。


「まだ実感がわかないの。でも、日に日に体は重くなるし、食欲はあるのに、食べると気持ち悪いし、もう散々。自分の事一つだって、この体じゃ難しくって、ロペキスをさんざんコキ使ってるわ」

「ロペキス? 」

「私の従者。陰口が言えない正直者よ」

「そんな人が」

「……えー、どうも。そんな人です」


 バツがわるそうにその男はやってきた。中肉中背、無精ひげと冴えない顔の、当のロペキスである。クリンが羽織る毛布を手にしている。


「今日は沖に戻る船があるとかで、この船を動かさなきゃなりません」

「あら、そうなの」

「はい。で、ですね。()()には、王城の部屋に戻っていただいてですね」

「あー、あそこね……狭いのよね」


 主と、従者のとりとめのない会話でる。だが、ロペキスがクリンを奥様と呼んでいることが、やはりカリンには違和感しなかった。


「潮風も当たりすぎれば体に障ります」

「……わかったわ。カリン、ごめんなさい。一緒には居られそうにないわ」

「いいんです! ……あの、お姉様」

「なぁに? 」


 ずっと感じている違和感。姉が、母になること。それは喜ぶべきことであり。両手を挙げて祝福すべき事のはずなのに、なぜここまで衝撃を受けているのか。


 それは、身内に子供が生まれるのが初めてのことだからなのか、年上の義兄になるライをなんと呼べばよいのか、自分は叔母と呼ばれることからなのか。そのどれも違う。頭の中にあがる違和感に答えが出てこない。それが何より気持ち悪かった。その得たいの知れない気持ち悪さが、姉との間に変に壁を作っていることが、申し訳なかった。


「(おめでとうございます? それとも、元気な子を産んでくださいね? )」


 言葉が、出てこない。自らの気持ちの正体が分からないために判断できない。

  

「(こんなに、こんなに難しいことだったかしら。言葉を探す事が)」

《カリン》


 その時、声をかけたのは、ベイラーのコウだった。


「コウ? ああごめんなさい、私たちも船から降りなきゃいけないから」

《カリン。言いたいことがあるんだろう? 》


 コウは、その表情で、カリンが助けを求めているこを察知し、ついに口をはさんだ。野暮かもしれないと頭の片隅で思いながらも、表情が曇ったカリンをみるよりは、ずっと良いとおもえた。


 そしてそれは、カリンにとって思いもよらない助けにもなる。


「……コウ、なんで? 」

《だって、君が助けてほしいって顔をしてたから》


 おもわず顔を触る。そんな顔をしていたのかと。まったくの無自覚であった。


「で、でも、なんていえば良いのか」

《ちょっとずつでいいんだ。なんなら文章でなくたっていい》

「そんなの、変よ」

《でも、伝えないよりいい」


 きっと、カリンが感じているどうしようもない不安は、そこにあるのだと勘付いた。


《もう、言えなくなってしまうかもしれないから》


 もう言えなくなってしまった人。言葉を伝えたくてもできない事。それはこの世を去った人々を指しており、そして、その人の中の一人に、カリンは、自分の姉を重ねていたことに気が付く。


 コウの言葉で、ようやく、気が付けた。


「(ああ、だから、不安だったんだわ)」

《もう、大丈夫そう? 》

「ええ。ありがとうコウ」

《どういたしまして》

「……お姉さま」

「なぁにカリン」


 ロペキスに連れられ、船を去ろうとするクリンを呼び止めた。そこにはもう、張り付けた体面はなく、ただ、不安の根源を見出し、そして伝えねばならないと決意した、いつものカリンの顔がある。


「私たちの、お母様は、物心ついたとき、居なくなってしまいました」

「……そうね」

「そうでなくとも、子供を産むときは、とても大変なのだと、聞いています」

「お医者様から、そう聞いているわ 」

「だから、その」


 ゆっくり、ゆっくり言葉を選んでいく。


「お願いです。どうか、()()()()()、元気で、いてください。また、家族が、居なくなるのは、もう嫌です」


 子供のわがままのような言葉になってしまった。だが嘘偽りないカリン自身の言葉。 


 不安がなんなのか、目を背けていた。だが、それを今までの戦いが忘れさせない。サーラから文字通り吹き飛ばされたあの日から、人が死ぬ事をよく見た。助けられないこともあった。死とは永遠の決別であり、カリンにとって母という言葉には死がまとわりついている。


 もし、姉が、母となり、死んでしまったら。


 ありもしない不安だと笑い飛ばせるほど、カリンはまだ強くなかった。


「……カリン」

「はい」


 カリンの発した言葉をうけ、クリンが、顔をあげる、目線が、今日初めて合った。


「私を誰だとおもっているの? 」

「……私の、自慢の、お姉さまです」

「その通り。必ず元気な赤ちゃんを抱っこさせてあげるわ」


 朗らかに、堂々と宣言した。カリンは、ここにきて、姉に叶う事はないのだと実感する。当事者であるクリン、そんな不安を消し飛ばしてしまうほどの姉であったことを思い出した。


「期待しなさい。コウ君もね」

《俺も? 》

「貴方が私を手に乗せて、カリンがコウ君にのって、私がこの子を抱っこしながら、ゲレーンを歩くの。それってとても素敵じゃない? 」


 その姉は、もう自分が思い描くよりもっと楽しく、もっと未来の想像をしており、それがとてもうれしかった。


「ええ。とっても」

「決まりね。楽しみにしていなさい」


 クリンが手をひらひらをふりながら、船を後にする、代わりに船員が乗り込み始め、いよいよこの船を港から離す準備が整い始めた。うかうかしていればこのまま用意もなく船の上で一泊ということになりかねない。


《カリン、俺の中に》

「ええ。行きましょう……コウ」

《うん? 》

「ありがとう」


 胸のつっかえがとれた。それは、コウがずっとカリンから教わってきたこと。言葉を選ぶ難しさと、きちんと伝えることの大切さ。それを今度はカリンが教えらた。


《どういたしまして》


 そのことにコウは気が付いていない。ただ今は、カリンの晴れやかな笑顔が戻ってきた事の方が何より大事だった。



《あー! 実に、実にたのしかった! 》

《そりゃよかった》

《なんだ白いの。お前は特に何もなかったのか》


 一同が集まることにきめていた広場に、一番先にセスとサマナが来ていた。セスはすでに足元がびしょびしょで、サマナが渇いた布で何度もぬぐっては絞り、拭っては絞りを繰り返している。どれほどの海水を浴びたのか、まったく塩気が取れないでいた。


《そっちは、なんかもう楽しんだみたいだね》

「楽しかったじゃない! すこしは加減ってものをしろ!! 」

《なんだ。お前も最後は楽しんでいたじゃないか》

「追い込み漁やってる船の前に出る奴があるかぁ! おかげで賊扱いだぞぉ!」

《フン。セスの波に乗っている最中に出てくるあいつらが悪い》

「賊あつかいって、大丈夫なのサマナ? 」

「最後には漁を手伝うハメになりました…‥‥まぁそれも楽しかったんだけど」


 ぞうきんを絞りながら声が小さくなっていく。セスの浮かれ具合に引っ張られていた己を恥じていると同時に、楽しかった事実が替えられないことになんともいえぬジレンマを抱えていた。


「帰るとき、大船団とすれ違って、あれはおっきかったなぁ」

「(お姉様の船が港を開けたのはその大船団のせいね)」


 姉が引き上げていった理由を思い出しながら、他の仲間をまっていると、両腕でこれでもかと荷物を抱えたマイヤが返ってきた。荷物は他にもあるらしく、隣にいるヨゾラには、袋がいくつもぶら下がっており、その大部分は消耗品や日用品である。


「どうしたのこんなにたくさん」

「ここの市場は、どれも品が良く、それに安いのでつい買いすぎてしまいました」

「だからってこんなたくさん……まさかコクピットにも? 」

「はい! 詰めるだけ詰めておきました。これでお洗濯もお掃除もお食事も心配ありません」

「もう、たまにはあなたの買い物をすればいいのに」

「いいんです。私がしたくてしているので」

「マイヤはなんというか、よくやるよ本当」

「サマナ様、この布巾をお使いください。なんでも海水をよくすう素材だとかで」

「だ、大丈夫それ? だまされてない? 」

「効果のほどはこの目でしかと見届けました、大丈夫です」

「ほんとかなぁ」

「ならばお見せしましょう」


 やいのやいのと騒ぎながら、当のベイラーであるセスは、自分の汚れはとんと気にならないようで、その目はずっと海の方をみていた。その様子をみて、コウが思わず苦笑する。


《まだ足りない? 》

《ちがうな》

《何が? 》


 視線がコウに映る。真っ赤な肌に、一本の角。だがよく見れば、そのあちこちが潮風で痛んでいる。その傷はコウ達と出会ったときからすでにあったものであり、他の海賊のベイラー達にも皆おなじように痛んでいた。

 

《セス達の元が、海だ、海がセスの場所だ》 

《なら、どうして? 》

《……わからん、だが》


 足元で自分の脚や手を磨いているサマナとマイヤを見ながら、誰に聞かせるでもなくつぶやく。


《陸も、悪くないと、最近は思い始めた》

《なら、よかった》

《だが砂漠は二度とごめんだ》

《あー、それは……》


 苦い記憶が同時に甦る。ホウ族と出会う前、宛てもなく彷徨っていた期間が一番彼らにとっては酷い記憶だった。どれだけ進んでも見えるのは砂の山。焼け付く日差しは熱く、砂は時折関節に噛んでしまって動きがとれない。誰かが動けなくなるたび砂を払うために止まり、払い終えては進みを繰り返していたあの日々。ひと悶着あった後にホウ族と合流できたからよかったものの、あのまま放浪していたらどうなっていたか、考えるだけも恐ろしい。


《行くことはもうないだろうな》

《でも、ホウ族の人たちは優しかった》

《最初斬りかかられたのを忘れたのか? 》

《あれは誤解があったからで》

《まぁいい……まだ全員あつまらんのか》

《そういえばレイダさんとミーン、あとリクがいない》


 夕刻になっても三人の姿は見えない。ベイラーだけではない。


《マイヤさん、オルレイト達見なかった? 》

「さぁ。存じ上げません」

《……カリン、これは》

「何かあった、とみるべきね。オルレイト、約束を破る人じゃないもの」

《だよなぁ》


 オルレイト神経質だし。と言うのは辞めておいた。余計な言葉は口に出さないに限る。それもまたコウはこの旅で学んでいた。それはそれとして、人を探す手段を考える。あたりを見回せば、開かれた市場も店じまいを始めだし、人々は家や宿にそれぞれ帰りだしている。その人の移動の中、ベイラーで歩きに行くのは避けたかった。


《この人混みじゃ探すのは無理だ》

「飛んで探すのもおんなじね……兵隊に頼んでみたりすればいいのかしら」

《シーザァーさんの伝手をたどれば、なんとかなりそう》

「決まりね……門のあたりに行きましょうか」


 とにもかくにも兵士を見つけねばならない。そう思い行動しようとするも、今は例えるならば現代の退勤ラッシュ時。一番人がおおく移動する時間であり、おもうように身動きが取れないでいる。


「はい! 計画変更! 素直に飛んでいくわ」

《それ大丈夫かなぁ》

「撃ち落とされたりして」

《ハハハ……いや笑えないぞ》

「バカね。そんな事されるわけないでしょ。ほら飛んだ飛んだ」

《はいはい》

「皆、少し待ってて、連れて帰るから」


 カリンはそれだけ言い残し、コウに乗り込む、シートベルトを締め、操縦桿をにぎると、視界はいっきに開く。慣れ親しんだ動作だが、この瞬間は、カリンの中でいつしか楽しみの一つとなっていた。


「変形をする! 」

《おまかせあれ》


 コウの各部品が展開し、4枚羽の飛行機のようなシルエットへと変貌した、そのまま垂直にとびあがり、帝都の上空を通過する。人々は突如あらわれた飛行物体におどろきながら見上げている。見上げる瞳の数に若干怯みながら、流れる景色の中でオルレイト達を探す。だが如何に目がよいカリンでも、高速で移動しながらの探索は困難を極めた。


「もうちょっと速度落とせる? 」

《無理だ。失速して落ちる》

「うーん。どうしましょうか」

《もしかしたら、俺たちの思い過ごしかも》

「だといいのだけど……そうだ」


 カリンの思いつきが頭で共有され、おもわず真顔て返した。


《壁の上に乗るぅう!? 》

「だってそうしないとよく見えないじゃない」

《それは、でも、ええ……》


 兵士になんと思われるか。それが一番の気がかりだった。


「それに、別に空を飛ぶベイラーは帝都じゃ別にめずらしくないでしょ。アーリィベイラーがいるるの忘れたの? 」

《それなんだけど》

「ん? 」

《この街にはいって、アーリィベイラーを見かけた? 》

「そりゃもちろん……」


 コウに問われて、はじめて、自分たちのみたアーリィベイラーは、あの第四番地区入り口で出会った壊れかけの物以外、見ていない。ベイラーそのものにはそこそこの数出会っているのがさらに目立った。


「なんでかしら」

《帝都には、なにか秘密があるのかもしれないってことだよ》

「秘密って、どんな」

《そりゃ……なんかおおきな秘密だよ》

「例えば? 」

《例えば……帝都は、一枚岩じゃない、とか? 》

「まさか! あれだけの規模の軍隊に、空飛ぶおっきなベイラー! 全部帝都の人たちが関わっているに決まってるじゃない」

《でも、目的が分からないんだ》

「目的? 」

《あの仮面の人が、いったい何のためにわざわざ空を飛ぶようにしたのか》

「隣国に攻め入るため? 」

《この壁を超えるため、っていうのは》

「……まさか、仮面の男は、謀反を? 」

《そう考えると、全部辻褄が合うんだ》

「じゃぁ、今度の剣聖選抜は……コウ! 右! 」

《このぉお!! 》


 コウが自力で舵をきる。バレルロールである。その瞬間、翼をかすめる飛翔物。幸いまだ飛行には支障はない。だがそれよりも確認したいことがあった


《撃たれた!?  どこから》

「壁の内側から!! それも一発じゃない!! 」


 飛翔物は点ではなく、一列であった。その一発がたまたま掠れただけにすぎない。このまま空中をただよっていては、第二射の餌食になるの間違いない。


「すっごい音がした! サイクルショットじゃない! 」

《これじゃオルレイト達を見つけるなんて》

「居たぁ!! 」

《どこぉ!? 》

「真下!!  レイダもミーンもリクもいる!! 」


 カリンの声に合わせ下を見れば、あれほど探していたレイダ達が足元でたしかに走っていた。だが、走っている理由がまた状況を混迷させる。


 大勢の、おそらくは兵士ではない、しかし確実にレイダ達を捕らえんと動いている謎の集団。彼らの身体能力は高く、屋根の間、壁の間を跳ねて移動している。レイダも全力で走ろうとはしているが、道行く人々がそれを妨げている。


《追われてる? 》

「追いかけるわよ! 」

《狙われてるぞ!? 》

「当たらなきゃいいの! 」


 カリンが即座に変形を解いた。その瞬間コウは飛行する状態を維持できなくなり、そのまま落下していく。だがその行動のおかげで、第二射を躱すことには成功した。頭上を甲高い音と共にその攻撃が飛んでいく。射線はそのまま切ることが叶い、もう狙撃されることはない。だがまだ安心はできない。


「コウ! 着地ぃい! 」

《出来て見せるがぁあ!! 》


 コウが足のサイクルジェットを最大限に噴き上げる。上半身を維持ししながら、足に多大な負担をかけ、かつ通行人をおしつぶさないように、墜落をせず、滑空をする。人々は落下してくるコウに驚き、すぐさま家の中へと引っ込んでいく。


 そして、地面にぶつかる寸前になるところで、コウの体は宙にうくように止まった。周りに人がいないことを確認し、サイクルジェットを切り、安全に着地する。


《で、できたぁ》

「安心しない! ほら追いかけて! 」

《そうだった! 》


 膝にかかる負担をかんがえれば、少しでも休憩をはさむべきだったが、まだレイダ達は追いかけられている。その中には布を纏ったベイラーのような物も見えた。


《あれも仮面卿の一味か? なら話を聞けるかもしれない》

「捕まえて吐かせてやるわ! 行くわよコウ! 」

《おまかせあれ! 》


 帝都の第十二番街の一角で、ベイラーによる鬼ごっこが開始された。

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