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ベイラーの再会

 いままでの旅路が嘘のように事が簡単に運んだ。シーザァーが便宜を図ったために、カリン達は優先的に道を通る事ができるようになっていた。すれ違う人々の奇異と羨望、そして恨みの視線を存分に味わいながら、しかし背を曲げることなく、胸を張りまっすぐと進んでいく。


《そりゃ嫌われもするか。後から来た俺たちが先にいくんだから》

「なにもやましい事をしていないのだから、堂々としていればいの」

《それもそうか》


 オルレイトやマイヤは、道中買い物でもできれば御の字であると考えていたが、先をずんずんすすむシーザァーとカリンに追いつくので必死となり、何も買い物できずにいた。それどころか、コウ達ベイラーが通ることで、一瞬できたすき間に我先にと割り込みを駆けようとしてくる人間が後を絶たず、すこしでも空間をあけないようにするので神経をすり減らしている。


「(ここまできてレイダ達に人間を踏みつぶさせる訳には)」


 その想いは、龍石旅団全員が持っている。故に、止まることも退くことも、遅れることもできず、ただひたすら前へ前へ、地区を進んでいく。街の風景をすこしでも目に焼き付けながらすすみ、そうして、丸一日かけ、彼らは帝都最大の港、王城への唯一の一本道がある、第十二地区へとたどり着いた。シーザァーは港の兵士と話があるとのことで、一時的にカリンらと別れている。


《サマナ! 見ろ! 海だ! 海があるぞ! 》

「ほ、ほんとだ……ほんとにあの海だ」

《湖じゃない! 波がある! おお! おおお!! 》


 一番感動していたのは、サーラ出身のサマナと、そのベイラーセスであった。とくにセスは、サマナがいなければ今すぐにでも波に乗って遊びに行ってしまいそうな勢いがある。事実セスは海をみかけては駆け出しそうになっていた。今まで海がない生活のほうが珍しいセスにとって、砂漠と峠越えは、まさに地獄といって差し付けなく、目の前の海は楽園そのものだった。


《ほんの少し! ほんの少しでいいんだ! 》

「カリンが城についたらいくらでもあそんでやるから! 」

《目の前に海が! 波があるんだぞ! 乗らないでなにが海賊だ! 》

「我慢してー! あたしだって我慢してるのにー! 」


 海が楽園にみえているのはサマナも同じだった。潮風にあたりながら船を動かしたい。帆をあやつりたい。釣りをしたい。さまざまな願望が渦巻いていく。


《ちょっと! ちょっとだけだ! きっと白いのも許してくれる! 》

「ちょ、ちょっとね……そうだよね……」

《魚でも釣ってくれば皆が喜ぶぞ! 》

「そ、そうかな……」

《たまに喰う干し肉より絶対いいぞ! 》

「そ、そうだね。全員分くらいちょちょいと」

「サーマーナー」


 篭絡されそうだったサマナに、カリンが声をかけた。龍石旅団は何事かとおもいセスの周りをいつのまにか囲んでいる。


「ち! ちがうよ! ただちょっと魚を釣りにいこうかなぁって」

「はぁー。もう。黙って行こうとしていたの? 」

「それは、その、ごめんなさい」

《セス、サマナをあんまりいじめないであげてよ》

《もう少しで波に乗れたものを》


 生まれ故郷は別としても、彼らの海に対する情熱をしらないカリンではない。


「まぁ、砂漠からこっち、海なんてなかったものね」

《……どうする? 》

「しょうがないわね。ここは帝都にとっても重要みたいなの。王城までもうすこしだけど、まずは港の荷下ろしが先だって」

「って、ことは! 」


 サマナとセスの目が輝く。 


「夕方には落ち合いましょう。それまで、羽を伸ばしていらっしゃいな」

「はい! いってきまぁああああす! いくぞセス! 」

《波が呼んでいる!! うぉおおおおおおおおおお! 》


 あっという間に港の人混みへときえていった。海の上を真っ赤なベイラーが波乗りしている姿を民衆が目撃するのも、時間の問題だった。


《カリン、俺たちも何か見て回ろうか》

「そうしましょうか。皆、それでよい? 」

「リオもー! 」

「クオもー! 」

「あら、ナット、何かあって? 」


 ナットだけが唯一、頭をひねっていた。しかし、それは否定するために悩んでいたのではない。


「姫様、ここって市場はあるのかな」

「ええ、船の近くに、今朝あがった魚が売られているはずよ」

「ねぇオルレイト、ちょっとそこを見に行きたいんだけど、ダメかな」


 それは、オルレイトと、商売についての勉強がしたいという意味だった。その発言に、オルレイトは一瞬目を丸くするも、断る理由などなかった。


「ああ。どうせだ。一緒についていってやろう」

「ね、ねぇ! リオも一緒じゃだめ? 」

「く、クオも一緒がいい! 」

「分かった分かった。いいぞ。一緒にいこう」

「オルレイト、3人をお願いね」

「ああ、任せておいてくれ」

「私は、そうですね。サマナ様の様子を見に行ってまいります」

「わかったわ。では、皆、また共に」

「「「また共に」」」


 突発的にできた、自由時間を、各々過ごすべく移動を始めた。



「……すっごいな。」

「オルオル! あんまり揺れないで」

「す、すまん。クオ、手を離すなよ」

「わかってるー」


 オルレイト、リオ、クオ、そしてナットは、市場にやってきた。カリンの言っていたように、そこには今朝水揚げされたばかりの新鮮な魚がずらりとならべられている。その規模はゲレーンとは比べ物にならないほど広く大きい。魚以外にも、海を渡ってきた渡来品の数々が目白押しだった。そして品と同じくらいに、人と人とが行き来している。オルレイトが1人を肩車し、残り2人の手をにぎり、なんとかしてはぐれないようにするので精一杯だった。


「これが、この国最大の市場か、人が」

「オルレイト、お金もってる? 」

「まぁ、買い食いできる程度にはある。だがこれじゃぁ喰い歩きもできない」


 新鮮な魚とは別に、ここぞとばかりに出店が開かれている。酒をふるまっている出店もあり、もやはお祭りのような様相だった。そんな中、聞き覚えのある声が出店から聞こえてくる。


「さぁさぁ! サンドイッチ! 美味しいサンドイッチはいかがかねぇ」

「ん? この声は……ナット、ちょっと来い」

「わ、わかった」

「リオ! ちょっと揺れるぞ! 落ちそうになったら髪でもなんでも掴んでいいからな」

「わ、わかった」


 オルレイトがまっすぐ、その声の主の元へとすすんでいく。そこには、簡易的ながらも人が座れるように場所を広くとった、テラス式の出店がでていた。並べられた樽には水か酒か選べるようになっており、人々はそこで休憩している。出店そのものが大きく場所と広さをかなりとっており、周りの店主の顔色は芳しくない。さらにはその声の主が問題だった。


「さぁ! おいしいお水もあるよ! 」

「……なんだこれは」

「はい? ってぇえええ!! あののっぽさんじゃありませんか」

「のっぽじゃない。オルレイトだ。何やってるんだネルソン」


 あの宿で酔いつぶれて以降、顔がみえなかったネルソンが、あろうことか、オルレイト達よりも先に第十二地区について、さらには出店を開いていた。よくみれば、コウが直したあの荷台もある。しかし、荷台の中にあった鉱石はすべてなくなっていた。すでに買い取り手がついたらしい


「何って、見ればわかるでしょう! 商売ですよ。あんたこそ子守ですかい? 」

「違うよ。それより、旅商人がなんでパン屋をやってるんだ」

「パン屋じゃなくてここは『お休み処』でさぁ! 」

「『お休み処』? 」

「あ、でもちゃんと買ってくだせぇよ? 」

「……なるほど」

「オルレイト? 」

「ナット、ちょうどいいのがあった」

「何が? 」

「ネルソンのやっている、これが三つ目の商売だ」

「これが!? 」

「よく見ろ、ネルソンはパンを作ってるか? 」


 オルレイトの言ったことを確認し、確認したうえで、ナットが唖然としている


「あれ? ナット、ネルソンはパンを作ってないよ? 」

「そうだ。こいつは、『場所』を売ってるんだ」

「場所? 」

「ネルソン、あんた性根はどうかわからないが、商人としては大した奴だ」

「でしょう? 伊達に帝都相手に商いしてないんでね」

「オルレイト? どういう事? 」

「僕が思うに、パンはどこかから仕入れているんだ。で、すこし仕入れ値より高く品をうる」

「それって、ネルソンから買ったら、そのパン屋より高いってこと? 」

「その通りだ」

「じゃぁ、そのパン屋さんに行った方がいいんじゃ」

「パンが欲しいならな」

「……どういうこと? 」

「ネルソンは、この広い市場で歩き疲れた人に、休む場所を与えている。その対価に、少し高くてもパンを買うんだ。それほど、ここに居る人は、足を休ませたいってことだ」

「だから、お休み処? 」

「僕がさっき、買い食いしても食べる場所がないっていったろ? 」

「うん。言った」

「ならここならどうだ? 」

「ねぇオルオル、ちょっと休もうよー」

「つかれたー」


 ナットの理解を後押しするように、リオとクオがこぼした。この人混みの中、ずっと歩いていれば疲れもする。そんなとき、目の前に足を休める場所があるのであれば。


「サンドイッチも買えて、足も休める。これはお金を出してでも欲しいものだ」

「……本当だ」

「これが、三つ目の商売。お金で替えられるすべてものもだ。まぁ、何が替えられるかは、その人次第なんだがな」

「これが。商売……」


 ナットが1人感心している。その顔に満足したのか、オルレイトは顔をネルソンに向きなおす。そして、懐から何枚かの硬貨を取り出す。


「いい商いだとおもう。サンドイッチ4つ、それと水を4杯」

「あい! お席にどうぞー! 」


 金をわたし、サンドイッチを受け取る、4人が座れるのはギリギリだった。


「少し休んだら、別の市場もみてみるか」

「オルオル、本は見に行かないの?」

「……そうか、本市もあるかもな」

「でもつかれたー」

「きゅーけー」

「ああ。そうだな」

「はい! お水お待ち! 」


 コンとおかれたコップには、清潔な水が入っている。サンドイッチも、しっかり野菜と燻製された肉の挟まった、決して粗野なものではない。甘辛いソースが絡んで、絶品だった。


「……お休み処かぁ」

「ナット? 」

「ゲレーンに、あったっけ? 」

「さぁ。だが、あったら、面白そうだな」

「そう、だよね……お休み処かぁ」


 ナットの頭には、この店を、ゲレーンに出したらどうなるのだろうと、そればかりが渦巻いていた。無論、帝都と違い人の絶対数が少ないため、こうまで繁盛はしない。


「でも、料理をもうちょっと豪華にしたりして……そうすれば……」

「おうおう。商人の顔になってるぞ」

「そ、そうかな」

「冷やかすようで悪いが、もしやるなら、まず料理ができるようにならないとな」

「そ、そだよね! まずはそれからか……」

「ま、お前には郵便の仕事もある。いろいろ考えてみればいいさ」

「いろ、いろかぁ」


 ここ数日で様々な情報を頭に入れたため、すこし眩暈がしそうだった。だが、オルレイトの話す言葉はどれも魅力的で、かつ好奇心を存分に刺激している。いままで手紙を運ぶんで、喜んでくれる人がいるだけで満足だった世界は、もう遠い物におもえてしまった。


「やってみたいなぁ」

「あー、のっぽさん、すいません」

「なんだネルソン。酒なら飲まないぞ」

「その、ですね、相席しちゃもらえませんかね? 」

「何? 他の席は……」


 ネルソンのばつの悪そうな顔と、周りの景色がそれを裏付ける。今開いている席はオルレイト達の席しかない。繁盛しているのは商人にとって喜ばしいが、それはそれとして不満を客に持たれるのも、商人には避けたいことだった。


「わかった。ただし。水をもう一杯、それくらいいいだろ?」

「へい! どうもどうも お客さん! こっちお願いします! 」

「ひーまいったまいった。こんなに人が多いとはねぇ」


 そして相席した人物は、他の客と様子が違っていた。


 20代後半の男性の声だった。日差しで黒く焼けた肌に、それよりも黒い波打つ髪。口元を隠すように紺のマフラーをつけている。派手な黄色の洋服が、彼の肌と相まってよく似合っていた。しかし、彼の印象とは別に、決定的に他の者との差異がある。


「でも日差しがないのがいいね。あ、俺は酒な。こいつには水」

「へい」

「……ねぇオルレイト、リオ、もういっかい肩車して」

「ん? あーいいのいいの。こいつの事は気にしないで」


 ぼろ布につつまれた子供。すっぽりとかぶったフードからちらりと見える顔には、眉が剃られてなくなっている。表情ひとつ変えずに、マフラーの青年と共にいる。だがその子供の席はない。その手足には見るからに分厚く重い枷がついており、不思議なのは、その枷には鎖がなく、手足そのものは自由であることだった。


「よく見れば双子かぁ! 顔がそっくりだ。お嬢ちゃんたち、お名前は? 」

「リ、リオ! リオ・ピラー」

「クオ・ピラー……です」

「へぇ、俺は今まで、珍しいものは一通り見たと思ったけど、ここまで顔が似てるのは初めて見た」

 

 まじまじとリオとクオを観察するマフラーの青年。


 オルレイトは、さきほどから、隣のぼろ布の子供と、その目を見て戦慄していた。


「(なんて欲深い目だ。僕と歳はそう変わらないはずなのに)」


 好奇心と所有欲が同時に存在しているその目は、見る者に警戒心を与えていた。現にリオとクオは、青年に観察されはじめてから、両手をぎゅっと握っている。


「なぁ君、君はこの子らのお兄さん? 」


 突然、青年がオルレイトに話しかけた。


「ちがう。旅の仲間だ」

「仲間? ならこの子らに親はいないのかい? 」

「居る! ご両親から預からせてもらってるんだ」

「そうか。うーむ。それは話をまとめるのが面倒だな」

「まとめる? 」

「おい」


 青年が一声かけた瞬間、ぼろ布を纏った子供はどこからか紙とペンをとりだし、青年に渡した。その動作は洗礼されており、わざわざ持ちやすいように方向をかえている。執事顔負けの所作だった。同時に、その所作見た瞬間、オルレイトは確信する。


「(まさか、この人)」

「君と商いをしたいんだけど」


 オルレイトが、状況証拠と、となりにいる子供、そして男の風貌をみて、ただものではない事、同時に、思わず口が滑った。


「‥‥…お忍び、というやつか」

「お。勉強熱心だねぇ どうやら俺の事を知ってるみたいだ 」

「確か、剣聖選抜なんとかに出るって」

「そうそれ! まぁ俺本人が出るから、そこはいいんだけど、それよりそうだなぉ」


 サラサラと紙に数字を書きながら、しかし数字とまったく関係ない言葉を話す。


「面倒だな。言い値でいいよ。いくらかな」

「断る!! 」


 決断も速かった。3人をつれ、足早にその席を立つ。


「帰るぞナット! ネルソン! 世話になった! 」

「は、はいぃ またどうぞー」

「ま、まってよオルレイト」

「気が変わったらまた言って」

「変わるか! 」


 捨て台詞を吐き捨て、オルレイトはクオを肩車しつつ、ふたりの手をしっかりと握り、お休み処を後にした。突然のオルレイトの行動に困惑しながら、しかし握りしめられたその手の熱さで、事態があまり良くない事を感じるナット。あのマフラーの青年の言葉も気になっていた。


「オルレイト、リオ達を買うって」

「あいつは奴隷商人だ」

「奴隷、商人」

「人間を売ったり買ったりする。僕の知る限り、商人として最悪の連中だ」

「に、人間を買う? 」

「そのまんまだ。人間に値段をつけて売り買いするんだ」

「で、でもまだそうと決まったわけじゃ」

「あの隣の()()()をみたろ」

「お、女の子!? 」

 

 オルレイトが憤っていたのは、この点であった。彼がそれに気が付いたのは、足枷に血がふちゃくしており、その血が足の付け根のほうから出ていることで気が付けたのだが、今は説明するより先に、この場から立ち去るほうがいいと判断している。そして、その奴隷の扱いで、先ほどの交渉相手がどんな人物であったかもオルレイトには検討がついていた。だからこその、何もかもをかなぐり捨ててで、その場からの退却を選んだのである。


「奴隷は、人間を物にする最悪の商いだ」

「ま、まって、じゃあリオ、もしかして今、売られそうだったの? 」

「ああ。()()()()()()()()()()()()()()()()()いってきた。まとめるのが面倒だっていうのは、君らの両親と話をまとめられないという意味だ」

「……おねぇちゃん」

「大丈夫だよリオ。おねぇちゃんここにいるから」


 ナットは頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されたような気分だった。さっきまであんなに商人については明るい、わくわくしたイメージしかなかったのに、それが突如としてドブで汚されたような。そんな混乱が彼を支配していた。


「すまんナット、お前にはそんな事教えるつもりはなかった」

「オルレイトのせいじゃないよ……奴隷、商人」


 もう見えなくなったマフラーの青年の、ぎらついた目だけが異様に頭に残っていた。そしてその人物の名を、オルレイトは知っていた。


「(あれが、あれが奴隷王ライカン・ジェラルドヒート! 商人ならその名を知らない者はいない! あの目は多分本物だ。すさまじかった……でも妙な事を言ってたな)」


 オルレイトがカリンとの合流場所をめざしつつ、先ほどの会話を思い出す。 


「剣聖選抜に、奴隷王本人が出るってどういうことだ? 」



 昼過ぎ。すでに昼食をすませたカリンとコウは、宛てもなく港を彷徨っていた。カリンを肩に乗せ、のしのしと歩いていく。


「どの船も大きいわね」

《サーラに会ったのとおなじか、それ以上かも》


 港に浮かぶ船のほとんどは渡航用の客船であり、漁船はまだ沖にでていて戻っていない。客船の外観も様々で、豪華にあしらったものから、堅実に作り上げたもの、どうやってここにたどり着いたのか不思議なくらいボロボロのものまで、千差万別であった。だがその中に、見間違うはずもない船をみつけ、おもわず駆け出してしまう。


《カリン! 》

「ええ! あれは! 」


 さまざまな船を素通りし、ようやくたどり着いたその船は、本来カリン達が乗るべくして作られた、国随一の豪華客船


「サーラの船だわ! 」

《隣にはゲレーンのもある! 》

「やっぱりもう着いていたのね……よかったぁ入れ違いになるかと」

「それは心配しすぎよカリン」


 その声に、おもわずカリンは硬直した。それは長い間聞いていなかった声。そして、いつかは聞けるとおもっていた声。


「その声はおねえさ……」

「久しぶりねカリン」


 船の上で、優雅に手を振る女性。顔色もよく、健康そうで何も問題なかった。見間違うはずもない。まさしくカリンの姉、クリン・バーチェスカその人だった。


 だが一か所、カリンの知らない変化があった。


「……お姉様? そのお腹は」

「貴女の弟よ。まぁ妹かもだけど」

「―――はい? 」


 カリンは、ここで、姉との感動的な再会を果たした。だがそれは姉にとってだけであり、むしろ、実の姉が妊娠している事実をどう受け止めるか。それを考えるので精一杯だった。


《おめでとうございます》

「あらコウ君、ありがとう……なんか変わった? 」

《クリンさんほどじゃないです》


 唯一無二の相手(コウ)は、姉相手に呑気に会話をしているのだから、余計に混乱してしまった。カリンがその衝撃から立ち直ったのは、自らが示した集合時間の夕方になってからだった。

 

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